誰もが夢見たまさにドリームマッチ……あの世界的戦士たちが今ここに雌雄を決する!!!!!!!!

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赤ずきんVS不思議の国のアリス

 

 

 

 

 むかしむかしあるところに、赤ずきんちゃんという可愛らしい女の子がいました。彼女は赤い頭巾が似合うので、みんなから赤ずきんちゃんと呼ばれていたのです。そしておばあちゃんの家に向かう途中で狼に襲われたりなんだりして、世界的に有名な童話になったのです。

 そしてむかしむかしあるところに、アリスという可愛いらしい女の子がいました。夢みがちな金の髪の毛の、可愛い可愛いアリス。そんな女の子が見た出鱈目な夢は本として出版され、世界的に有名な童話になったのです。

 赤ずきんと、不思議の国のアリス。二人はとっても仲良しで、同じ本棚で暮らすことをとてもとても喜んでいました。

 しかし、一つ気になっていたことがあったのです。

 二人が戦ったなら、どちらが強いのだろう、と。

 ──真の戦士にとって、闘う理由などそれだけでいい。

 主人公たるもの、真の戦士に違いないのだから。

 

「さあ、アリス。まずはお互い、ルールの確認からいきましょうか」

「そうね! 赤ずきんちゃん! わたしが思うに、こういうことは公正公平でなければつまらないと思うの!」

「一つ。バトルフィールドは、森林1。ここは森の中の拓けた原っぱね。基本は、ここを中心に立ち回る。お互い慣れ親しんだ草木満ちる場所、卑怯ではないわよね?」

「ええ! わたしとってもいいと思うわ。そして二つ! お互いの使える道具は、お互いの"お話"に出てきたものだけ! 登場人物、生き物は認めません!」

「うん。私はこのバスケットから、アリスはそのポケットから。いくらでも、覚えているものを出していい。ただし、無機物限定」

「──そうね。そして、三つ」

「負けたと思ったら、潔く降参すること」

「それ以外では、敗北はない」

「じゃあ」

「はじめっ、ましょうっ!」

 

 ざわめきのない森、部外者のいない世界。いつもトラブルに巻き込まれる赤ずきんとアリスにとっては、奇妙な状況といえるかもしれない。しかし二人は裏腹に、この状況に納得していた。

 この物語の登場人物は、私とあなた二人であり。

 この物語の主人公は、勝った方だと。

 ──すっ。

 空色を着たプラチナブロンドが、赤の下の影の内に隠れる。躰を屈めて上体とその側部についた腕を捻り引き絞るまで、戦闘が始まったと言い切れる状態まで、正に一瞬の幕開けだった。

 音もなく声もなく、風さえ起こさず忍び寄る。

 先に相手の懐に潜り込んだのは、アリスからだった。

 「不思議の国のアリス」、では、アリスの身体能力の高さが描かれている。あの世界では七歳半の女の子は他の誰よりしっかりとした存在であるし、何しろそこは夢の中。好奇心がそのまま身体能力に変換され、望めばどれほどのことさえできる。

 だから、アリスは超人的な身のこなしを誇る。その目にも止まらぬ動作は、熟練の暗殺者に近いのだ。足のばね、腕の筋肉、少女に見合う細いそれには、少女に見合わない俊敏さが秘められている。体勢を低く、十メートルほどの距離と間合いをひと跳びで詰め切る。そしてゼロ距離から、回避不能の攻撃を放つ。先手必勝、絶対勝利の方程式。小さな金が相手の懐に潜り込んだ時点で、死角と攻撃は担保されている。その一瞬で、勝負は決まる。アリスは主人公として、強力無比な戦士と言っていいだろう。

 ……しかし。

 

「甘いわね、アリス」

 

 下に潜り込んでからのアッパーカット。顎を的確に狙った一撃は、幼いアリスの非力を補う急所への攻撃。これが一番効果的で、スピード特化のファイトスタイルの権化とも言える。姿勢を落として足を跳ねさせ身体の下からその拳が打ち上げられるまで、確かにその攻撃は赤ずきんには「見えていなかった」。……だが、だからこそ。見えない、見せない、そういう攻撃をしてくると、わかっているからこそ。

 

「これで勝てるとは思ってないわよ、赤ずきんちゃん?」

 

 そんな言葉の応酬と共に、アリスの細い拳は赤ずきんの柔らかい二の腕に受け止められていた。乾いた拳の音は、ぱしぃ、と小気味よく鳴っていた。鈍いあごへのクリーンヒットの音は、終ぞ聞こえなかった。

 そう。見えない、わからないからこそ、読まれやすい軌道である。見えない、わからない、そういう場所に攻撃が来るとわかっているのだから。あくまで非力なアリスの拳と戦法では、一撃で仕留めにくることはわかっている。そして一撃で仕留めるならば、顎に衝撃を与えて脳を揺らしてしまうのが一番効果的だということも、戦士にとっては常識である。

 ならば見えなくとも、攻撃の来る角度と威力は読めるのだ。赤ずきんにとっては、最初から相手の拳と己の顎の間に、クッションとなる腕を置いておけばいいというだけ。素早さで負けるとしても、下に入ったアリスの拳が巻き上げられる軌道は完璧に読み切れる。アリスがどこに潜り込むか、あるいは潜り込ま「せる」か、己の姿勢である程度制御できるのだから。「死角」を作っておけば、物語のように脅威はそちらへ誘い込まれるのだ。

 認識できなくてもわかりきっている脅威を退けるのは、言うまでもなく赤ずきんの十八番であるのだから。

 ──そして、そのまま。

 くるり。赤ずきんは軽く跳び上がり、いとも容易く空中で一回転。脚で跳び、全身で丸まり、次のカットでは空中で静止していた。ふわふわのスカートの中身が見えない程度に、思いっきりに右脚を百二十度に持ち上げて。

 回転の勢いを足した半月越えの踵落としを、カウンター気味に叩きつけた。

 地面に亀裂が入る。大地が悲鳴を上げる。けれど素早く、アリスは紙一重でかわす。横に身体を捻って、縦の蹴りを躱す。

 しかし、それも読み通り。赤いずきんの少女は脚を振り下ろしたまま、その勢いで上体まで下げて。重心の移動を済ませると同時に、返す左脚で強烈な回し蹴りを放ったのである。

 大地に刺した右脚は、この軸のため。スピードで敵わないのなら、攻撃の隙間を無くせばいいのだから。

 

「……手応え、あり」

 

 音はなく、重みが空気にまで伝わり。

 

「一発じゃあ、参ったとは言わないわ」

 

 赤ずきんの一撃は、確かにアリスの背中を捉えていた。間一髪で骨の通った箇所に攻撃を逃したのは、流石アリスの身のこなしと言ったところだが。一撃目の右を躱されても、二の太刀の左が逃れる敵を捉える。赤ずきんには、二本の刀に等しい脚が生えているのだ。

 赤ずきんの物語の特筆すべき点は、遠い場所にあるおばあちゃんの家へ、赤ずきんが一人で向かったという点である。その勇気もさることながら、重要なのはその脚力。彼女もまだ幼く、歩幅は小さい。それであっても一説には二キロあるという道のりを歩き続けたのだから、彼女の脚は相当なものである。

 ──なら、その脚力を、攻撃に転じれば? 

 そうやって生み出されたのが、蹴りを主体にした赤ずきんのファイトスタイルである。

 

「……まだまだ!」

 

 赤ずきんは、当然この好機を逃さない。すぐさま二本の脚を地面の上に戻し、また離す。上半身で引き戻して、下半身は一本の軸と一本の刀を交互に切り替えるかの如く蹴り続ける。ロー、ハイ、回し蹴り、踵落とし。それらを織り交ぜ上下に翻弄し、アリスの身のこなしを徐々に封じていく。

 大ぶりな真正面を蹴り飛ばすようなストレートキックも、「見せ」に使う。そう、あくまでこれらは決定打にはならない。見えている攻撃は、アリスの方が素早い限り避けられてしまう。後退を続け防戦一方に見えるアリスだが、赤ずきんとしてはあくまで隙を作らないだけ。毒針のように飛んでくる一撃は、赤ずきんには躱せない。故にこうして、アグレッシブに踏み込み続け──。

 どん! 再び、赤ずきんの脚が宙から真っ二つに大地を裂く。先程よりも大ぶりに、アリスの頭を踏み抜くために。しかしそれも躱し、追撃の回し蹴りは背中を逸らして躱し。……アリスからすれば、こうすれば、いい。どんなに攻撃のパターンがあっても、いつかはいつかと同じ流れが存在する。先程は喰らったから対応できなかった、この刹那。踵落としからの回し蹴りのあとのこの一瞬、赤ずきんの脚が動かないこと。一度見た隙を、未知の不思議さえ跳ね除けたアリスは見逃さない。

 故に、今度こそ必殺の一撃を繰り出して。

 

「その杖可愛いわ、アリス」

「その酒瓶は可愛くないと思う!」

 

 二人の腕ではなくその手に握られた得物が、がきんと硬い音でぶつかった。

 二つ。物語に登場した無機物は、使用を許可する。今度こそ腕で止められないよう、アリスが取り出したのは一つの細く煌びやかな装飾のついた杖。「鏡の国のアリス」に登場する、女王アリスのステッキである。アリスの物語なのだから続編から引用しても何の問題もない。

 そしてそれを受け止めたのは、より強固な赤ずきんの得物。赤ずきんの物語は、極めてシンプル。彼女がバスケットに入れていたものは、おみやげのケーキと──。

 

「……やあぁあっ!」

 

 一つの、ワインボトルである。

 中身もたっぷり入ったそれは、細い杖の質量を押し返す。力の差は歴然で、杖がくるくると飛ぶ音と共にアリスの肢体は吹き飛ばされた。遠く遠く、木々の方まで。空中で転がりながらもその身のこなしで木の表面に脚をつき、受け身と反転の構えをきっちり取ったアリスは、すぐさま再び距離を詰めようとするも。

 それで、終わりではない。赤ずきんの猛攻は、この間合いでも止まらない。

 一幕目の攻防はこれで終わり。ならば物語に必要なのは、第二幕であり──。

 ……銃声が、ぱんと鳴った。

 

「やっぱり、猟師さんのようにうまくはいかないわ」

 

 一丁のライフルが、赤ずきんの両手に握られていた。

「赤ずきん」に登場する、猟師の猟銃である。物語に登場するのなら、何を使っても例外はない。

 ワインボトルと、猟銃。この二つが、赤ずきんをシンプルに強力な戦士にしている武器である。二本の脚を主体にしながらも、浮いた手をそのままにしておくことはない。強い脚は、そのまま強い軸になる。足腰に支えられているからこそ振り抜ける、遠近双方の強力な二対の武器。単純な力の押し合いなら、やはり赤ずきんに分があるだろう。

 

「……うーん」

 

 だが、しかし。

 

「やっぱりわたしは、真正面は苦手みたい!」

 

 「夢」を物語としたアリスの真骨頂は、ここからなのである。

 

「……ちいさくなーれ!」

 

 そう言って、アリスはポケットから小瓶を取り出して。木々の合間にあった傷だらけでも可愛らしい女の子の姿は、「消えた」。

 不思議の国のアリスに登場する、飲むと身体が縮む不思議な薬である。

 不思議の国のアリス、鏡の国のアリス。二つの出鱈目な物語によって構成されたアリスの無二の強みは、ここにある。

 物語に登場した「不思議な」無機物を、大量に使えること。ストーリーの奇天烈さと長さが、赤ずきんに比べてあらゆる点で有利である。搦手において、アリスに勝る戦士はいない。

 そのまま森に紛れ込み、完全に赤ずきんの攻撃範囲から外れるアリス。赤ずきんとしてはワインボトルを片手に、森の中を探し回るしかないのだが──。

 そう、易々ともいかないに決まっている。

 赤ずきんが森の中に立ち入った瞬間、だった。黒い影が、赤ずきんの元に飛来する。地表に足をついている様子はなく、だけど真っ直ぐに。超、高速で。明確に、敵意を持って。意思のあるものの動き方をして、移動すればそちらへ向かってきて。あれはなんだ。逃げられない。生き物の使用は禁止されているはずなのに。赤ずきんが、そう思う間もなく。

 反射的に、ワインボトルをぶつけた。

 がちゃんとガラスの砕ける音と共に、葡萄酒が周りの木々に飛び散った。黒い影は幹のふもとで沈黙し、ようやくその正体が見える。

 

「『生きた』、無機物。……ルールを破らないまま従わないなんて、わがままな子ね」

 

 再びバスケットからワインボトルを取り出しながら、赤ずきんは独りごちる。先程赤ずきんの元に飛来してきたのは、黒く大きいチェスの駒。「鏡の国のアリス」に登場する、ひとりでに動く巨大なポーンである。

 ……もちろん、ルール違反には当たらない。生き物ではなく、生きた無機物である。出鱈目かもしれないが、出鱈目でなければ「アリス」は成り立たない。

 ポーン、ルーク、ビショップ、ナイト。ありとあらゆる挙動で、突撃してくる女王の兵がいた。その度に真正面から得物をぶち撒け、アルコールと葡萄の匂いが木々の香りを掻き消していた。赤ずきんはこれらチェスの駒を捌きながら、小さくなったアリスを見つけなければならない。とはいえアリスにとってもサイズの変化は不利であるのは間違いない、と赤ずきんにはわかっていた。ただでさえ非力だから、チェスという外部手段に頼っている。だがそれでは倒せないと、しっかり叩きのめし続けて証明していた。

 千日手に近いと言える状況だった。襲い来るチェスを赤ずきんが打ち倒し、その度に飛び散ったワインと沈黙した駒のみが残る。それの繰り返し。このままでは埒があかない、そう思われた時だった。

 ひらり、と。赤ずきんの足元に、一枚の紙が落ちてくる。唐突に、静かに。

 誰かの、差金で。

 

「……おおきくなーれ!」

 

 頭上から、その声が聞こえた。

 赤ずきんが見上げれば、木の上には金髪碧眼の少女と。

 なんらかの柄のついた紙が、森中の木々の葉を埋め尽くすほど目一杯に積まれていた。

 

「ふっふっふ赤ずきんちゃん、勝負あったようね!」

 

 チェスの駒に気を逸らさせ、一撃必殺を今度こそ。アリスから作った、「死角」である。

 

「何を、したのかしら」

「──今にわかるわ──ええと」

 

 その刹那で、赤ずきんは手元に落ちた紙を見る。硬く、折れず、鋭い。絵柄があって、裏面がある。その意味は幼い赤ずきんにはわからないが、アリスはよく知っているもの。

 

「"判決を下します"!」

 

 トランプと呼ばれるカードの一枚、ハートの女王。「不思議の国のアリス」における、最大の厄介者。

 その性質は──。

 

「"赤ずきんちゃんは、死刑! "」

 

 理不尽な判決を下した相手に、すべてのトランプが襲いかかること。埋もれ、埋め尽くし、息の根を止めること。

「不思議の国のアリス」の、クライマックスの再現である。

「そういう性質」を持つ無機物であり、やはりルール違反には当たらない。このルールである限り、アリスは無限に不可思議なアイテムを持ち出せる。ひとりでに動く"夢のような"ものたちを、物語の中では現実にできる。ならば物語の土俵で戦った時点で、この勝敗は最初から決まっていたのかもしれない、と。

 無数のトランプを、千のギロチンのように赤ずきんに落としながら。

 アリスは、そう思った。

 

「──でもね」

 

 赤ずきんは、そう思わなかった。

 ……ぱぁん。

 火花の音が、また鳴って。

 赤ずきんの手元からのそれを、合図に。

 一瞬で、すべてが燃えた。

 

「私は、赤ずきんよ」

 森も不思議なトランプも、一緒くたに集まって。

 大爆発を、起こしたのだった。

 

 

「……何をしたの」

「ワインのアルコールを火種に、猟銃で火花を飛ばしたの。さっきの駒相手に森中にお酒を撒いておいたから、目の前で火花を飛ばせば一気に引火した。あなたのトランプも、一緒に」

「あの爆発があって、どうしてあなたは平気なの」

「だって私は赤ずきんだもの。狼に呑まれたり森一つ爆発したくらいで服が乱れていては、赤ずきんとは呼べないわ」

「最初から、こうなると思ってた?」

「……ううん。紙一重、だったと思う」

「そっか。……参りました、赤ずきんちゃん」

「ありがとう、アリス」

 

 振り返ってみれば、瞬く間の決着だった。接近戦と遠距離戦、双方のホームのどちらに引き摺り込むか、そういう勝負だった。そして最後の切り札を躱す手段があった時点で、もう決まっていた。アリスの敗因は、トランプを撒くための時間稼ぎの間に、赤ずきんの側にも準備する時間を与えてしまったことかもしれない。奇想天外な攻撃でも対応するだけの能力が、赤ずきんにはあったから。

 とはいえ、紙一重。短い攻防は、こうして終わった。

 この戦いは、終わった。

 

「ねえ、アリス」

「何かしら、赤ずきんちゃん」

「……私より強い人は、どこのお話にいると思う?」

 

 あくまでこの戦いは、である。二人の笑みは勝者と敗者の笑みではなく、共に頂点を目指す主人公の笑みだった。

 真の戦士たちにとって、闘う理由などいくらあってもいい。

 

「やるわね、赤ずきんちゃん。そうね、まだまだ強い人はいる。人じゃないのもいる。この世界は、広い」

「なら、その中で最強にならなくちゃね。だって私たちは、子供たちのための物語なんだから」

 

 手を取り合い、立ち上がる。次の戦いへの道は、既に見えていた。

 

「子供は強いものが好き! よくわかっていらっしゃる! まあ差し当たって強いのはすさまじいパワーの持ち主たるがらがらどんさんとかなんだけど、近代に入ってから恐るべき能力を持つ児童文学といえばハリー……」

「あーいい、いいわ。自分で、確かめてくる」

 

 たまらずそう言ってネタバレを止めさせると、勝ち誇ったような顔をするアリス。やはりあなたは底知れないな、と赤ずきんは思ったのだった。本当に白黒ついたとは言えない、と。

 

「うん、それがいいと思う! ゲートは、あっちよ」

 

 そうして、森の外を見る。だから、彼女たちの戦いは終わらない。二つの理由があるから、終わらない。これから先、更なる強敵が待っている。次会うときは、アリスももっと強くなっている。

 そう、信じて。

 

「じゃあ、行ってくるわね!」

 

 童話だった赤ずきんは、ここから伝説を始めるのである。

 


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