またまた冗長な章を書いてしまいました。とりあえずこれで「前ふり」は終わりです。
次回からまたちょっと巻いていきます。
それと締め切り(C108)が近いので、次回が6/6になるかはわかりません。
宇宙暦七九二年四月から 第三辺境星域管区
五回目と六回目の哨戒任務は、それまでの戦いの激しさとは打って変わってまったく静かなものだった。
三月。アルレスハイム星域ビフレスト星系で、第四七高速機動集団は小惑星帯内に巧妙に潜んでいたほぼ同規模の帝国艦隊を発見し、これをほぼ一方的に撃破した。軍事行動の詳細までは送られて来なかったが、グレゴリー叔父の事だから躊躇なく『仕掛け花火』を使ったのだと思う。
『仕掛け花火』は推進機関を取り除いた機雷を束にし、高感度カメラと重力アンカーと超光速通信用受送信アンテナとミニ端末を組み込んだ『連動式自爆型固定ミニ偵察衛星』という方が分かりやすいかもしれない。
使用者が設置されている星系に侵入し特定のパスワードを送信すると、休眠状態の『仕掛け花火』が再起動し、機雷の持つパッシブセンサーと高感度カメラで周囲を探る。事前に入力した設置宙域情報になかった物体を確認した場合、それが何か自動的にカメラで光学的に確認する。
もし確認されたものが帝国軍の戦闘艦艇であった場合、設置位置より艦砲の有効射程の五倍まで同盟軍が近づいたタイミングで帝国語による『降伏勧告』が発信される。同時に超光速通信で使用者に対し、自分の存在位置と感知した帝国軍艦艇の数を送信し、その一〇分後に自爆する。使用者は十分な戦闘距離で伏兵の位置を確認できる上、降伏勧告と自爆によって敵部隊に混乱を引き起こすことができる。
使用者がパスワードを送信しなければ、内部バッテリーが尽きるまで休眠を続けるし起爆しない。同盟軍による解体もあるのでトラップは仕掛けないし、移動力がないので砲撃で簡単に処理できる。ただ伏兵が潜みそうな宙域に約八個を一チームとして設置していて、どれか一つが砲撃で処理されたら残りの七個が強制起動し、敵味方識別後に観測データを送信し自爆するようになっている。
これは勝手な想像だが、カイザーリング中将麾下の帝国艦隊は、ビフレスト星系の小惑星帯に巧妙に潜伏し第四七高速機動集団を効率的に撃破しようとしていたものの、戦闘用レーダーで捕捉したタイミングあたりでいきなり降伏勧告を浴びせられ、その一〇分後に周辺八個の『仕掛け花火』が自爆して、混乱により気化したサイオキシン麻薬が流れ出し、まともに反撃できず敗北から潰走へと陥ったと思われる。
いずれにしても第五次イゼルローン攻防戦の緒戦において、同盟軍は先手を取ることに成功した。だが同じ中規模戦力の戦いでほぼ一方的に敗れた帝国軍も、これが大規模作戦の始まりだと分かっていた。故に辺境哨戒域への戦力を逐次投入することなく、イゼルローン回廊出口付近の根拠地まで後退し濃密な哨戒網を築いて、同盟軍の行動を探る方法に出た。
その為、第三辺境星域管区の哨戒域からは帝国軍の影がさっぱりなくなってしまった。特に五回目はルートHという普段なら帝国軍哨戒隊と交戦間違いなしの哨戒ルートを通ったにもかかわらず、一度も帝国軍哨戒隊と遭遇することはなかった。
また今回、第一〇二四哨戒隊は『副業』から外された。外されたというよりは、指名されなかったというべきか。イゼルローン攻防戦の期間中第五四補給基地を経由して幾つかの巨大輸送艦分隊が前線へと送り出されたが、一度も護衛任務にあたることはなかった。ルート哨戒とタイミングが合わなければ勿論そうなるが、六回目の出動時は燃料補給を行っていた輸送艦部隊の出港間近だった。哨戒も重要な任務だから『副業』にこだわっているわけではないが、同行したのが予定を繰り上げたギシンジ大佐の第一〇九八哨戒隊であったことを考えると、命令を下した第三辺境星域管区司令部に意図があるのかもしれない。
しかしおかげさまで第一〇二四哨戒隊は訓練三昧・『仕掛け花火(弾頭・帝国製)』の仕掛け放題。法務科出身の士官を選抜してセクハラ講習会を開いて、ビューフォートを散々に吊し上げるくらいの余裕があった。しかし五月一〇日。二回目のオーバーホールの為、艦艇を順番に入渠させていた途中で、第五次イゼルローン攻防戦の結果を聞き取ることができた。
「攻略失敗、か」
第四回に比べて悲観的ではない通達文を見るに、原作通り虚空の美女の腕を掴んで抱きしめる寸前に、足払いを喰らったのはほぼ間違いなさそうだった。甘い楽観は脆くも崩れ去り、何を企んだとしても原作の流れを変えることはできないのではないかと、無力感を感じずにはいられない。
そして程度の差こそあれ、大作戦の敗北は休日出勤の始まりでもある。ドールトンから渡された第三辺境星域管区司令部からの命令は、入渠を中止して速やかに再出動せよ。十分に想定していたし、各艦ともコンディション良好な状態であるので問題はないが、部下達の休暇を全て取り消さなければならないのが辛いと言えば辛い。
ただ原作通りであればイゼルローン要塞駐留機動部隊もかなりの損害を出しているので、送り狼に出てくるのは前衛星系に駐留する哨戒隊に限られるだろう。部隊所属の全艦長に緊急通信を送り、非常呼集をかけ、第一〇二四哨戒隊は再び宇宙へと舞い戻った。七回目の哨戒任務で辿る予定だった航路をパッシブセンサーのレンジを最大限にして、最大巡航速度でひたすら敵勢力圏へ。五月一九日、ファイアザード星域内バルベリト星系で最初の味方と合流する。
「おう、お前が助けに来たのか。こいつは運がよかったな」
敵味方識別信号の確認もそこそこに、通信を求めてきたのは第一〇九八哨戒隊のギシンジ大佐だった。メインスクリーンに映る哨戒隊も、ほぼ一か月前と変わらない戦力で、各艦目立った損害も見受けられない。だが一緒に出動したはずの巨大輸送艦八隻の姿が見えない。
「ご無事で何よりです。前線の戦況の方はいかがでしたか?」
「敵哨戒隊の追撃を受けたから、多分負けたんだろう。ハイネセン回りで情報は入っているか?」
「攻略に失敗した、という情報は入りました。被害についての詳細はこちらもまだです。同行された輸送艦分隊どうされました?」
「リニー星系にある遠征軍司令部後方統括にそのまま引き渡した。そっから直ぐに引き返してきたから、輸送隊の詳細は分からねぇ」
厳つい肩を竦めて両手を肩口まで上げておどけるギシンジ大佐に、俺は頷いて応じる。戦略輸送艦隊に所属する巨大輸送艦は、哨戒隊にとっては客人であって、辺境星域管区の所属ではないから任務終了となれば分派するのは矛盾していない。
「了解しました。当哨戒隊はこれよりもう少し先に進んで、状況を確認いたします」
「ということは、ルートFか。気を付けろよ。どうやらお前ら、優先的に狙われているみたいだからな」
「ご忠告、ありがとうございます。では」
「おう」
俺はきっちりと、ギシンジ大佐は額に指を当てるだけの敬礼を交わして、通信は途切れた。左弦を反航していく第一〇九八哨戒隊がレーダーから消えるまで三〇分間、俺とドールトンは沈黙していたがオペレーターから反応消失の報告を受けて、お互いに顔を見合わせ同じ疑問を吐く。
「噓でしょうか?」「嘘かもしれないな」
レッディ准将から預かったマイクロデータの中身について、俺はドールトンとビューフォートにしか話していない。オブラックと決別したドールトンは中身を見てさらに嫌悪感を募らせ、ビューフォートも読み終わった後でしばらく口が利けなかった。
レッディ准将が第五四補給基地に着任した時、基地内の薬物汚染はごく普通のレベルだった。しかし基地副司令のケオ=ヴィチア大佐が急に体調を崩し、警備隊の指揮が取れなくなってから急激に事態が悪化する。それが第三辺境星域管区司令部へ基地内薬物汚染の報告を上げた、まさにそのタイミングだった。
マイクロデータには第五四補給基地におけるサイオキシン麻薬についてレッディ准将の調査内容が書き込まれていた。製造技術についてはサトミ大佐が管掌し、基地内と外部への販売統制はオブラックが、搬送や帝国軍との取引はギシンジ大佐が仕切っていると。何しろ船渠工作・基地内統制・哨戒戦闘の部門最上級責任者が悪事の首領なのだから、始末に負えない。
だが補給の細い基地にあって鹵獲兵器の再利用ができるサトミ大佐の技術力は極めて重要であり、副司令がいない基地内の統制と物資管理に参事官のオブラックを欠かすことはできず、ギシンジ大佐と第一〇九八哨戒隊はその生存率の高さと着任後の駐留部隊全体の損耗率の改善で評価されている。
何も知らない外部から見れば、辺境補給基地の労苦を現場が知恵と能力を絞ってカバーしているように見える。統合作戦本部としても『功績』を評価し、優先的に三名を転属させようと考えていたようだが、三人が三人ともそれを拒絶し、それよりも多くの戦力と物資を送り込んでほしいと『懇願』した。
元々辺境勤務など懲罰か左遷か野心的な功名餓鬼(俺のような出世願望者)のやることと考えがちな統合作戦本部としては、そんな『いじらしさ』を見せられた以上、本人が希望するまでの任期を内々で認めた。どう考えても反社の隙間商売としか思えないが、統本の中央重視・辺境軽視の悪いところが出てしまった。
レッディ准将は本来一任期で終える予定であったが、そういう背景もあって定年までの二任期を過ごすことを決める。勿論内心はヴィチア大佐の体調不良に大いに疑問を持っていたからであるが、二期目も二ヶ月を過ぎた頃に脳梗塞のような症状を発症してしまう。基地需品会計の不備、捕虜の戦地釈放の異常な多さ、未使用工作工場における水道・電力使用量。その調査をオブラックに秘密で第一二〇四哨戒隊司令のダミアン=ラブレー中佐に内々で指示したタイミングだった。マイクロデータの更新日もそこで途切れている。
ちなみにその第一二〇四哨戒隊は、次の哨戒任務で赴いたパランティア星域イストゥスタヤ星系にて帝国軍の打撃戦隊から奇襲を受け、全艦未帰還となった。辺境間における捕虜交換においてもダミアン=ラブレー中佐の名前はなく、生存し捕虜交換で帰還した工作艦ハサメリ八七号の乗員から、旗艦戦艦モンテリマールの撃沈が証言された。
「第五四補給基地からリニー星系まで、各星系内を護衛標準速度で進めば、五月九日には到着いたします。我々がイゼルローン攻略戦の戦闘の可否を知ったのが五月一〇日です。ギリギリと言えばギリギリです」
「そしてリニー星系からこのバルベリト星系に到達するには一〇日。今日が五月一九日でピッタリではある」
航海が予定通り進むことはいいことだが、大規模作戦時においては上手くいかない。第五次イゼルローン攻防戦の勝敗が、前線から後方統括に届くまで二日以上かかったのに、ハイネセン回りで情報が一日で回るというのも、あり得ないわけではないが隙間を縫うような話だ。
「気持ち悪い話です。第一二〇四哨戒隊の命運を考えますと」
「勝敗が決まって落武者狩りを始めたとしても、帝国軍は攻防戦当初に哨戒網をかなり後方に下げている。押し上げは始まっているだろうが、反撃に備えながらだからゆっくりになるだろうが……」
もしギシンジ大佐が味方哨戒隊(今回は我々)を帝国軍の餌食にしたいと思っても、物理的に距離が離れている。我々か帝国軍か、どちらかが急進しない限り遭遇戦闘は発生しない。急進するだけの理由がなければ。そしてその理由が四日後。折り返しのパランティア星域ミクトラン星系に入ってから飛んできた。
「圧縮超光速通信を傍受しました。敵味方識別信号グリーン。味方です。発信先は隣接ヴァハグン星系方面」
「当該通信解凍解析完了。発信先は第一七戦略輸送艦隊臨時B五五九八輸送隊所属、輸送艦アストヒク一〇号。『我、帝国軍の攻撃を受け損傷、ヴァハグン星系内にて潜伏中。救援求む』以上」
通信オペレーターの報告は艦橋中に聞こえ、階下の戦闘艦橋からと司令艦橋の左右から、俺に向かって視線が集中するのを感じる。ルート哨戒の折り返し星系に到着しているのでここで引き返しても問題はないが、救援を求めている味方を見捨てるのは、部隊の士気維持という面では大いに問題だ。
仮に救援に向かうとして往復行程四日と捜索時間二日で計六日追加。燃料や生活物資・エネルギーがその程度で不足することはない。ただし行けば間違いなく戦闘になる。ミイラ取りがミイラになる可能性は高い。進むか引くか、俺はインカムを手に取って通信オペレーター達に確認を取った。
「発信状況は、継続か?」
「継続です。星系間タイムラグに一〇秒を加えた間隔で、同文が繰り返されています」
「返信は打てるか?」
「打てますが、こちらの存在も明白になります」
当たり前だ。指向性の強い超光速通信でありながら一星系をすっ飛ばして送信し続けている。返信しようにも距離が遠すぎて『底面積』が広くなり傍受は容易になる。こちらも輸送艦がヴァハグン星系の何処に隠れているかわからない上に、内容を信じるなら輸送艦の周囲に帝国軍の哨戒隊がいるわけだから、返信はこちらの存在を露見させることになる。いや、既に露見していると考えるべきだろう。
「我々がルートFを通ることを、ギシンジ大佐から帝国軍に連絡が行ってますな。でなければこれほどタイミングよく移動中に受信できるとは思えません。通信は偽報と判断し、引き返すべきです」
ビューフォートの言う通りで、それが正解だ。そもそも救援通信の発信自体で隠れている輸送艦自身の位置を露見させることになりかねない。いくら指向性が強かろうと、潜伏中に通信を発すれば聞き耳を立てている周囲の帝国軍が感知してしまう。なのに未だ継続発信されていること自体がおかしい。
「ただその輸送艦が、ギシンジ大佐に護衛されていた輸送艦だった場合は、敵軍通謀と任務不徹底と偽証の重要な物的証拠になりうる」
恐らくギシンジ大佐は俺がそう考え、輸送艦救援に向かうと見越している。もしビューフォートの言うように見捨てて帰れば、どこからか輸送艦が帝国軍によって撃沈される映像が流布して、俺と第一〇二四哨戒隊が仲間を見捨てたと汚名を着せるつもりだろう。
「ドールトン。第一七戦略輸送艦隊臨時B五五九八輸送隊が第五四補給基地に立ち寄ったか、確認できるか?」
「そもそも第一七戦略輸送艦隊臨時B五五九八輸送隊という部隊は同盟軍に存在しないので、ご質問に対する答えはNOです」
「「……は?」」
俺とビューフォートは首を回してドールトンを見つめと、ドールトンは長いウェーブのかかった黒髪を手で振り払いながら、情報参謀用の端末を操作して印字したペーパーを俺に向かって差し出した。それには戦略輸送艦隊の内部規則の一部が書かれている。
「戦略輸送艦隊には特殊なルールがあり、臨時輸送隊を編成するに際し、艦隊番号に応じて頭文字が変わります。艦隊番号が奇数ならA・C・E・G・I、偶数ならB・D・F・H・J。ですから第一七にBの付く臨時輸送隊は編成されません」
「そんな珍妙なルールがあったんかい……これはこういう時の為の偽装防止策か?」
俺の手を通してペーパーを手に取ったビューフォートが右眉を吊り上げ少し怖い顔でドールトンを見つめるが、ドールトンはさも当然と言わんばかりに澄まし顔で応える。
「それもありますが、主は管理の問題です。もし臨時『G』五五九八輸送隊ならば、真の可能性があります」
「……まさか帝国軍の奴ら、B(ベー)とG(ゲー)で間違えたってことか?」
「ありえます。ただB(ビー)とG(ジー)を間違える戦略輸送艦隊乗組員はまずいないと思います」
「キーは近けぇぞ?」
「えぇ。ですから一〇〇パーセント偽だとは申しません。ただ臨時輸送隊番号としては不適格、とは申し上げられます」
ドールトンの前任が戦略輸送艦隊所属の輸送艦の航海長だという幸運に感謝したくなったが、同時にオブラックも第七一警備艦隊補給参謀の前は戦略輸送艦隊にいたことも思い出した。
「それは当然オブラックも知っているはずだな?」
「……えぇ、戦略輸送艦隊の幹部士官なら誰でも知っている話ですので」
「ということは、『あえて』その番号にしている可能性があるな」
巨大輸送艦という目立つ艦船を何らかの悪事に利用するとして、戦略輸送艦隊の幹部経験者でない限り見抜けない、それっぽい嘘の所属を敢えて作っている。同盟領内それも規則の緩い辺境領域で発見されても、『護衛』の艦が付いて航行していれば、いちいち臨検するようなことはない。
それに巨大輸送艦であれば当然RAS機能もあるので瀬取り運用するにもよく、工場として利用してもそれなりに広いし、なおかつ移動もできる。基地内にわざわざ証拠となる設備を残す必要がない。帝国軍と通謀していれば、逃走も取引も容易にできる。
そして戦略輸送艦隊に所属していたドールトンが第一〇二四哨戒隊の副官をしていることを、オブラックは知っている。つまりギシンジ大佐だけでなく、オブラックも我々が自分達を追い詰める『証拠品確保の為』この輸送艦を救援に向かうだろうと、理解している。
「明らかに罠だとわかってても、隊司令は行かれるわけですな」
「部下にはすまないと思う。心の底から引き返したいかぎりだが、引き返した後で軍事法廷に起訴されて有罪とはなくても、辺境哨戒隊が目の前の味方を見捨てたとなれば懲罰部隊として扱われるだろう」
その立場になるとどうなるかは、俺は第四四高速機動集団で十分すぎるほど知っている。
「『救出作戦』を立てよう。我々が帝国軍哨戒隊に勝利しても輸送艦はどうせ自爆するだろうが、しっかりとした証拠があるのが重要だ」
俺がそういうと、二人はそれぞれ厳しい顔をして頷くのだった。
◆
五月二五日〇〇〇〇時。第一〇二四哨戒隊はヴァハグン星系外縁部の跳躍宙点に現界する。無防備な一〇分をクリアして、最大出力で全周囲重力波アクティブ走査を行うと案の定、こちらに向かってくる二〇隻余の部隊と、跳躍宙域を目指して『後方から』移動してくる三〇隻程度の部隊が確認された。
「一応、跳躍宙域内での戦闘は避けようという考えはあるんだな」
跳んでくるのが第一〇二四哨戒隊であると、確証がなかったからかもしれない。状況証拠がどんどんと積みあがっていく感じだが、現実としてとどまれば五時間後。跳躍宙域で挟撃される形となる。このままもう一度ニンシグシグ星系に戻ることも可能だが、恐らくはこの近辺に光学カメラが潜んでいて跳躍宙域を録画している可能性が高い。
「デコイを出しますか?」
「我々は至近距離で探知されている。このまま第一巡航速度で前進。まず前方の二〇隻の部隊を打ち破る」
「了解いたしました。一〇二四、全艦第一巡速。方位一一〇四時、俯角一二.三度」
「方位一一〇四、俯角一二.三度、第一巡速。アイサ―」
航海長の返答と共に、戦艦ディスターバンスが首をもたげるように動くと、他艦もそれに倣って移動する。しっかりと外側の艦が速度を調整して、陣形を崩さずスムーズに変針を行う。贔屓目抜きにしても、もはや第一〇二四哨戒隊は、第三艦隊や第五艦隊の哨戒隊に引けを取らない。
「恒星風の強さは?」
「微弱です。岩石型小惑星帯が安定維持できる程度しか吹いておりません」
このヴァハグン星系はKⅣ型の準巨星ヴァハグンを中心とする単一恒星系で、軌道面に対しては厚く密度のそこそこ濃い小惑星帯が、半径二〇AUあたりを公転しているだけの、名前にふさわしくない安定した星系だ。
回廊すら確認できないほどに濃密な小惑星帯は容易に潜伏を可能にする。個々の小惑星は最大でも直径一〇キロ。根拠地としても鉱山としても旨味はそれほどない。仮に「仕掛け花火」を仕掛けようとしたらカバーするのに幾ついるか見当がつかないくらいだ。
接近する二つの敵部隊の動きからは何の策略も感じ取れない。一方がデコイで、もう一方が真で、何か地理的に問題がある宙域に誘導する感じでもない。こちらとしてもデコイを出すには距離が近すぎるし、レーダー透過装置を使った奇策を行うには、少しばかり宙域が安定しすぎている。
恒星の重力を使うにも距離がある。このままだと真正面からぶつかって最初は数の勝負、時間差をつけた各個撃破という、部下の能力に賭けるだけの戦いになってしまう。そうなると部下の命も損害も無視できない。挟撃されたり、合流されたりしたら、勝利の可能性はガクンと落ちる。正面の敵と接触するまで残り約二時間。今までは作戦を考える時間に余裕はあったが、今度はない。
「指揮官としての実力を試される場面というわけだ」
同数の兵力と対峙した時、アスベルン星系で爺様が見せた果断な戦闘指揮。一〇〇〇隻単位の艦隊戦とは違い、こちらは一隻の損害が致命傷になりかねないが、参謀の立てた作戦と知識をその場でしっかりとアレンジし、状況に応じて臨機応変に指揮をとる。それこそが本来指揮官に求められる能力だ。
「隊司令?」
独り言をブツブツ言っていた俺が、席から立ち上がったのに驚いたのか、ドールトンが左から心配そうな声をかけてくる。こちらから踏み込んだ戦いで、しかも数的不利。ケープ・レインボーのように常に相手を誘導できる状況でもないから、部下達にも不安があって当然だ。どのような窮地であれ、戦地の指揮官は常に前を向かねばならない。
「戦うぞ、ドールトン」
「……はい」
俺が半ばドールトンの顔を睨みつけながらそう言うと、ドールトンはなぜか気恥ずかしそうに視線をそらしながら頷く。
「第一〇二四哨戒隊全艦、対艦戦闘。総力戦、用意」
「一〇二四全艦、対艦戦闘。総力戦用意!」
「右斜陣形。先頭第二、長辺第一、以降、分隊順に整列」
「一〇二四全艦、右斜陣形。先頭、第二分隊。長辺、第一分隊。以降分隊順に交互並列」
響き渡るブザー音に被さるドールトンの声に、第一〇二四哨戒隊は五分かからず右上がりの直角三角形となって前進を続ける。敵部隊もこちらの陣形変更を確認したようで、陣形を維持しつつ左横滑り(こちらから見て右から左へ)移動する。
「機雷投射用意。電磁投射砲投射。目標三つ。第一目標、方位〇九三〇、仰角〇度。距離一〇.五光秒。発射速度、第一巡航速度。弾数二。第二目標、方位一一〇〇、俯角四五度。距離一二。五光秒。発射速度、第三巡航速度。弾数二第三目標、方位〇七三〇、仰角七五度。距離二二.五光秒。発射速度、微速。弾数四。投射後、デコイ装填」
「水雷長、了解。機雷一、第一巡速投射。発射弾数二発。ポイントXマイナス〇.九六、Yプラス〇.二六、Zプラマイ〇。機雷二、第三巡速推進投射。発射弾数二発。ポイントXマイナス〇.五、Yプラス〇.八六、Zマイナス〇.七〇。機雷三、微速推進投射。発射弾数四発。ポイントXマイナス〇.五、Yマイナス〇.五、Zプラス〇.九六。投射後各砲にデコイ装填、タスク待ち」
「相対距離が戦艦有効射程三〇秒前に、第一・第四・第五・第六分隊のみ極宙点転換、左四五度回頭、推進方向維持。第二・第三分隊は直進。以降、順次指示」
「航海長、了解。戦艦有効射程三〇秒前、極点旋回左四五度ヨー、推進方向維持」
「第一分隊は敵射程に入り次第、敵先頭分隊への長距離集中砲撃。旗艦指示の目標。四・五・六分隊は各個射程に入り次第、分隊旗艦個別指示目標」
「砲術長、了解。左旋回後、光子砲、咄嗟長距離砲撃。敵先頭分隊艦、司令指示の目標」
「全戦闘艇、発進待機。砲撃開始五分前に発進。隊直衛位置待機」
「副長、了解。戦闘艇搭乗員、コクピット内待機。砲撃開始五分前発進。任務、直衛」
「測距オペレーター、相対距離が戦艦砲撃有効射程前六分からカウントダウン開始」
「船務班、了解!」
戦艦ディスターバンスの幹部達の回答に迷いはない。迷っているのは恐らく俺、それとドールトンだけだろうか。その間も敵は刻々と近づいてくる。こちらの斜陣形を警戒して、より横移動の速度を上げている。
「機雷投射開始。第一、発射。二分後に第二、一〇分後に第三、各個発射」
「了解。機雷第一、投射用意、撃ぇー!」
レーヌ中尉の声と共に小さなベルの音が鳴り、左弦の電磁投射砲から機雷が二発発射される。続いて砲が下を向き二発。後ろを向いて四発。白い光の糸を引きながら発射される。
「有効射程まで相対速度で約六分!」
「艦載機、発進せよ」
俺が無言で右腕を上げると、直ぐにビューフォートが応える。直後に艦底部から振動が伝わり、スパルタニアンの姿が次々とメインスクリーンに映る。直衛位置待機なので、ほぼ固定位置になる。撃破されたスパルタニアンがパトロクロスに衝突した位置というのが分かりやすいかもしれない。
「有効射程まであと一分!」
「各部署・要員、準備せよ」
戦闘艦橋の先任はルシェンテス航海長だが、本人が舵を握っているので代わりに次席のモフェット砲雷長が、戦闘艦橋の要員に指示を出している。
「敵艦発砲!」
「まだ有効射程外だ。中和磁場で対応しろ」
敵の戦艦がしびれを切らしたのか青白いビームが六本ずつ。亜光速で左舷方向から飛来してくるが、各砲門の射線が乱れているのか、ビーム間の間隔がてんでんばらばら。逆にまぐれ当たりを狙っているのかもしれないが、ことごとく戦艦の中和磁場に弾かれるか何もない空間をすり抜けて行ってしまう。
「三〇秒前!」
「左旋回。左四五度ヨー!」
繰り返し砲撃が行われる中で、第一・第四・第五・第六分隊が一斉に回頭する。その一方で第二・第三分隊は直進して本隊から離れていく。
「第一分隊。砲撃目標、敵前衛巡航艦分隊中央三番艦。各艦砲撃開始。斉射継続。指示待ち必要なし」
「第一分隊。咄嗟砲撃開始せよ」
「光子砲、狙点固定よし。砲撃はじめ。用意、撃ぇー」
俺、ドールトン、そしてヴァーヴラの声がコンマ数秒で重なり、第一分隊各艦から砲撃が放たれる。敵も応射を繰り返すが、命中するどころかかすりもしない。一方でこちらの砲撃は次々と命中し、敵の前衛である巡航艦分隊五隻が、順序良く血祭りに上げられる。
「敵より小型高速目標、多数分離!」
「水雷長より。デコイ、電磁投射、第二戦速推進で即応射します!」
「了解」
レーヌ中尉の大声に、俺が左手を小さく上げるとドールトンが応答する。両舷の電磁投射砲からデコイが三発ずつ。第一分隊だけで二四発。さらに第四分隊もデコイを発射し、敵味方のほぼ中間地点でほぼ全弾が迎撃される。
「第二・第三分隊へ。左旋回指示。『脇腹を食いちぎれ』以上」
それまで直進していた第二・第三分隊は急速左旋回し、敵哨戒隊の左側面に襲い掛かる。敵哨戒隊は更なる右横滑り移動で陣形を密集させ防御を厚くしようとするが、本隊の集中砲火のいい的となるだけだ。前方と左側面からの圧力に耐えられなくなったのか、それとも指揮官が撃沈して統制が崩壊したのか、一部の艦が戦線を勝手に離脱し始める。敵のいないさらなる右舷方向へ……
「敵艦複数。機雷に接触。爆破閃光確認」
「バーカ!! バーカ!!」
艦橋中に響き渡る罵声のあとに何かが衝突する鈍い音が聞こえたので、久しぶりに鉄拳制裁が発生したのかもしれないが、確認する暇はない。機雷接触で敵の士気はほぼ崩壊したのか、機雷原による全滅を恐れたのか、今度は四方八方に個艦単位で逃げ始める。全てを射界に捉えるには、我々も数が足りない。故に
「進路変更。現在の方位を保ったまま、下げ舵、二度」
舵固定なので、各艦は陣形を維持したまま、ゆっくりと『下』に向かって円運動を行う。『上』に逃げた五隻ばかりには、牽制程度に中性子ミサイルを放ち、砲撃は『下』に逃げた敵のみを砲撃で追い詰める。そしてさらに『下』に逃げた敵はもう一つの機雷原に追い込まれた。
「後方・上方より、敵接近!」
「第二・第三分隊は、上げ舵三度に変更し、進路一〇三〇へ。最大戦速」
そして後方から、三〇隻の敵が急速に接近しつつある。こちらが『降下』したので、覆いかぶさろうという形だが、彼らがこちらを有効射程内に収める前に、円運動を継続するだけで敵に正対することができる。第二・第三分隊は指示に従い上げ舵を取ったので、『降りてくる』敵の左舷下後方のポジションで砲門を指向できる。
慌てて追撃してきた敵の陣形は乱れている。統制砲撃というより、ひたすら正面にいる第一分隊に対して火力を浴びせかけているだけに過ぎない。こちらとしては中性子防御幕とAMMで対応しつつ、適度に先頭の艦だけを丁寧に焼いて行けばいい。第四・第五・第六分隊が第一分隊の防御幕の陰から猛烈なミサイル攻撃を浴びせ、ひるんで足が止まったタイミングで、第二・第三分隊からも飽和ミサイル攻撃が浴びせられる。
「皇帝(カイザー)のモノは皇帝(カイザー)に返せと言いますからな」
皮肉っぽい笑みを浮かべるビューフォートの呟きに、俺も肩を竦めるしかない。大盤振る舞いされている中性子ミサイルは、前回の戦いで鹵獲した帝国製弾頭。しかも二個哨戒隊分だから数に余裕がある。そう言うと後方待機の第七分隊から文句が出そうだが、今の各艦の水雷長達は、札束風呂で紙幣を舞い上げる成金の気分だろう。
中性子ミサイルのクロスファイヤーを浴びた敵は、交差合成ベクトルの反対側に向けて逃げ出して……もう一つの機雷原へと自ら突っ込んでいった。接近する機雷を掃射しようとして、間違って中距離砲撃を周囲に浴びせて僚艦に被害を与える艦までいる。
敵の残存艦は一四隻。侮りがたい戦力ではあるが、それぞれが四散して戦闘宙域から離脱していく様に、俺は攻撃を中止させ、第二・第三分隊に合流を命じた。
「またしても、我等の勝利だ!」
「「「hooray(ウーレイ)!!」」」
「我等が『提督』、万歳!」
「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」
今度は最初から全艦放送で。ビューフォートの声と戦艦ディスターバンスの戦闘艦橋と、各艦の戦闘艦橋の喊声が響き渡る。その声に俺は、大きく溜息をついてから司令席に深く腰を下ろすと、左手を小さく動かしてドールトンを呼ぶ。
「被害状況をまとめてくれ。撃沈艦がないのは分かっているが、被害を受けている艦はあるはずだ」
「すぐに取り掛かります。それが終わった後は『私の仕事』ですか?」
腰を曲げて疲労感の残る顔を寄せてくるドールトンに、俺は席に座ったまま首を左に回して、さらに顔を寄せて言った。
「その予定だが、その前にずっと立ちっぱなしだろう。取り掛かりは少し休んでからでいい。一時間、休みをとれ」
「いえ、私は戦闘職ではありませんから……」
「いいから休め。休まないなら、レーヌ中尉に気絶させるよう命じるぞ?」
左手人差し指の第二関節でドールトンの額を軽く叩くと、すみませんと呟いてから腰を戻し、直立不動の姿勢で敬礼してから、情報参謀用の席に向かって行く。被害報告が纏まったのはその一〇分後。
「戦艦一、巡航艦一、大破。戦艦一、巡航艦三、駆逐艦二、中破。戦艦二、巡航艦五、駆逐艦三小破……戦死一二名、重体八名、重傷六九名、軽傷多数、か」
哨戒隊初めての戦死者は、中性子ミサイルが至近で複数炸裂した戦艦グアダコルテの六名。それと中性子ビームで左舷側面を持っていかれた第四分隊のブルゴス四二号で六名。両艦とも一歩間違えれば撃沈という危機的な状況だった。俺の声色を気にしたのかドールトンが何か話かけようとしたが、俺は左手を強く振って追い払う仕草をすると、肩を落として司令艦橋から降りていく。
第四四高速機動集団の次席参謀時に『殺した味方の数』に比べればささやかな『数』だが、あの時の責任者は爺様で、今回は全て俺の責任だ。敵も三四隻撃沈しており、恐らく五〇〇〇名は殺している。その霊の重さが物理的な力となって、俺の両肩に圧し掛かってくる感じがする。
「将兵の犠牲を数字でしか捉えられない上級士官になるな、か」
今更ながら、爺様の忠告が頭を過ぎる。だが数字として捉えなければ、下せる決断も下せなくなる……そういう考えがどうしても浮かんでしまう。やはり進むべきではなかった、通信を無視して引き上げても問題はなかったのではないか、これは兵士を犠牲にしてまですることか……そうするしかなかったことなのか。なかなか明確な答えを導き出すことはできないかった。
司令席で堂々巡りをしているうちに一時間三〇分が過ぎ、一時的な休息を終えた将兵達が部署に戻り、大破および中破している艦艇と第七分隊を中心に、薄い球形陣を形成した第一〇二四哨戒隊は、改めて救援を求めた輸送艦を探しに進発する。
輸送艦からの超光速通信は星系に到着していた時から途絶していたので、ドールトンの指示の下、各艦が五次元レーダーによる観測を行い、ここ一週間の星系内の艦の動きを纏めて戦艦ディスターバンスに送ってくる。
そのデータをドールトンは再び航法予備士官席で分析し、結果として星系内を一周した二〇時間後、報告書を提出した。
「小惑星帯の中に移動できるルートがあれば別ですが、細かく破砕された岩石で構成されるこの星系の小惑星帯を、輸送艦が宇宙航行速度で移動するのはほぼ不可能です」
各分隊指揮艦長とビューフォートが揃った戦艦ディスターバンスの会議室で、ドールトンは拡大された星系の三次元映像と次元航跡解析を重ね合わせ時系列で映像を動かすと、跳躍宙点間を結ぶ通常航路より逸脱して小惑星帯に潜り込み、しばらくしてから出ていく一組の反応に、九人全員の視線が集中する。
進入したのが八八時間前。脱出したのが三〇時間前。我々が輸送艦アストヒク一〇号から超光速通信を受信したタイミングとほぼ同じ。帝国軍の二つの哨戒隊は七五時間前にこの星系に到着している。状況証拠として、この船団が我々を誘い込んだ連中であると疑いの余地はない。
「ですが彼らは去り、物証は得られませんでした」
「意外と慎重というか、通謀しつつもお互いを信じていないんだろう。まぁ反社組織なら当然か」
「実に心温まる美しい同志愛だ。尊敬に値するね」
九人で一番小柄なシツカワ中佐(第七)が無念さを滲ませた声で指摘すると、一番大柄なカンナスコルビ中佐(第二)が太い腕を組んだまま応じ、サマニエゴ中佐(第四)が見事なブロンドのポニーテールを揺らしながら肩を竦める。
「しかしこの戦いで我々は、彼らの信頼関係に楔を打ち込むことができました」
サイニャーソン中佐(第六)の言葉に居並ぶ分隊司令が頷く。目障りな一哨戒隊を誘い込んで、二倍の兵力で挟撃しようとして失敗した。同盟側は帝国側の戦闘能力を疑い、帝国側は同盟側の情報内容を疑う。俺達ばかりに損をさせるのか、と帝国側から抗議が来るだろう。同盟側としてもこんなに頼りにならない奴らではと、関係を損切りする可能性もある。
「そろそろ第五四補給基地でも『白兵戦競技会』を開催してもいいのではないですかな?」
チェ=シウ中佐(第三)の呟きに軽い笑いが起き、「お前が戦いだけだろ」と隣に立つサマニエゴ中佐が軽く肘打ちするが、ここにいる誰もがその必要性を感じてる。特に部下に戦死者を出したサマニエゴ中佐自身がそうだ。戦闘が終了した後、七七名の捕虜を得たが、その取り調べを是非自分にやらせてくれと懇願してきたのも彼だ。
「中央には第四七高速機動集団を通じて既に説明している。遠からず監査官が送られてくるはずだが、残念ながら統合作戦本部長改選の日取りも近い」
「では八月か、九月」
「そうなるな、オドゥオール中佐」
中央の情勢から手続きには時間がかかるのはわかるが、些か長すぎるのではないか。そう言外に伝えてくるオドゥオール中佐に、俺は抑止の意味も含めてやや語気を強めにして応じる。基地警備隊の数だけでいえば、哨戒隊全員で制圧することは恐らく可能だ。だが船渠・運用部門の汚染具合も考えれば、相手方はその数倍になる。
その上、明確な物証と中央ないし上級司令部の指示・承認がない限り、武力による基地の秩序回復は法的根拠のない造反でしかない。捕虜の証言など『薬物中毒者の保身』としかとられない。故に今回アストヒク一〇号を拿捕できればほぼ確実だっただけに悔やまれるし、その危険性も考えて恐らくはサトミ大佐が星系離脱を指示したのだろう。
「これは思ったより長期戦になりますな……」
ビューフォートの溜息交じりの吐露に、会議室にいる誰もが同意せざるをえなかったが、その結末がここまで長くなるとまで想像していなかった。
何しろイゼルローン回廊から、厄介などという言葉では到底収まりきらない『醜いアヒルの子』がやってくるなんて、誰も思いもよらなかっただろうから。
2026.05.24 更新
C108の当選確認前より、5/25にちゃんと給与が振り込まれているかの方が心配。