今回はちょっと早めに次話を投稿させてもらいます。
前回があれだけ戦闘描写に力ウィれていたのに、今回はちょっと事実の羅列になっていて、正直面白くないとは思います……獅子狩りとネズミ捕りではやっぱり気合が……
あと次話は短めの閑話を予定しています。
やはりなんといっても、もう一方の主人公ですね……
宇宙暦七九三年一月二九日
まんまと孺子を取り逃がした第三分隊各艦は、第一辺境星域管区より第三辺境星域管区まで後退し、後続してきた第一〇二四哨戒隊本隊との合流を果たした。
事前に獅子狩りの失敗は伝えていたので、戦艦ディスターバンスに帰還した俺とドールトンを迎えたビューフォートは、シャトルに同乗したチェ=シウ中佐に一瞬だけ冷たい視線を送った後『ま、仕方ないですぁ』と苦笑を浮かべて肩を竦めたが、各分隊指揮官も集まった会議室でドールトンから渡された金髪の孺子謹製のレポートを読み進めてからは、予想通りブチ切れた。
「隊司令、もう我慢ならねぇ。我々だけで基地のドブネズミ共をぶちのめすべきじゃねぇですか!」
「ビューフォート、落ち着け」
「ハイネセンもハイネセンだ。恐竜だってもう少しは神経の巡りはいいはずですぜ」
「いいから落ち着け、ビューフォート」
「これが落ち着いていられますかい? 独航艦に辺境一帯は手玉に取られ、片手間でご丁寧に物的証拠から詳細な組織図までご用意して下さったんですぜ。隊司令は何度も何度も何度も警告を発しているのに、中央はMPの一人も寄こさない。頭がこんなんだから、戦争に負け続けるんだ」
「ビューフォート!」
俺は座ったまま、立ち上がって大きな身振りと大声で荒ぶるビューフォートの怒り顔を、斜め見で睨み返す。だがビューフォートの目は言葉の強さとは裏腹に、格段に落ち着いているようにも見える。周辺視野で居並ぶ分隊指揮官達を探れば、ビューフォートの過剰な中央批判に孕んでいた怒気が引き剥がされ、唖然としているような感じだ。つまり股肱のフォローに対して、俺が成すべきことは一つ。
「ビューフォート、貴官の言いたいこともわからないでもない」
まず道義的に言ってることは間違ってはいない、という肯定から入る。
「だが我々が実力で基地の秩序を回復するには、行動に対する正当性の証明と、明解な法的な手続きが必要だ」
次に筋として間違ってはいないが、筋を通すために何が必要かを説明する。
「しかし仮に秩序回復任務を実行に移すに際して、各個人の行動規範の徹底と綿密な計画が必要だし、その為には中央との連絡を欠かすことはできない」
そして実力行使において秩序と規則と計画を全員が認識しなければ、不必要な犠牲を生みかねない。あくまでも望むのは基地の秩序回復であって、個人的な怨恨の解消ではない事を認識する必要がある。
「じゃあ隊司令はドブネズミ共を恨んではいないと仰る?」
俺の返答にビューフォートは敢えて挑発的な口調で応じてくる。指揮官がただ機械的に手続きを順守させようとするだけの男ではないと、俺の口から言わせたいのだ。
「恨んでいるとも。奴らは俺の部下をシンジゲートに巻き込もうとした。薬漬けフィルターで哨戒隊全体を中毒にしようとした。救援偽報による集約攻撃を企図した。そして今回の獅子狩りでFASを拒否した。細切れにして基地の核融合炉に放り込んでやりたいくらいにはな」
俺の言葉にシツカワ中佐は強く瞼を閉じ、机上にあるチェ=シウ中佐の両拳は固く握られる。
「だが同盟軍人が法的根拠もなくただ怨恨で実力行使するというのであれば、我々は憎む奴らと同じ立場に立つということだ。俺はそんな『堕落』を貴官らに許すつもりはない」
俺の言葉に会議室は静まり返る。一〇秒か二〇秒か。少なくとも一分以上ではないが、重く淀んだやるせない空気が会議室に充満する。ビューフォートも席に着き、頭を掻いて深く溜息をつく。ドールトンもいつものように端末を膝の上において微動だにしていない……が、腕に付けた艦内通信用端末が振動し、視線を落として浮かび上がる文字を読み進めていくうちに、横から見てもわかるくらい瞳孔が広がっていく。
「隊司令」
顔を上げて瞬間に目と目が合ったが、ドールトンはもう一度腕端末の文章に視線を落としてから、意を決っしたような力強い視線を返してから告げた。
「第五四補給基地より第一〇二四哨戒隊を含めた全所属哨戒隊宛に、最優先緊急指令が発せられました。『基地より脱走した艦艇を追跡、捕縛せよ』とのことです」
その報告に会議室はざわめきに溢れる。内容が内容だけに俺は第一〇二四哨戒隊を現宙域で一時停止させ、各分隊指揮官にはディスターバンスから各艦への指揮を執ってもらうことにした。それから二〇分後。再度第五四補給基地より緊急指令と共に、今度は簡単な状況説明が入る。
それによると、昨年一二月上旬から秘密裏に統合作戦本部査閲部・戦略一課・情報部・憲兵司令部による合同内偵が、第五四補給基地司令部に知らせることなく行われていた。明一月二七日。一度は帰路についた臨時J〇八〇九輸送隊の巨大輸送艦一隻が、機関故障のため第五四補給基地へと戻った。ただし中に乗っていたのは武装憲兵隊三個中隊、白兵戦部隊一個中隊で、係船桟橋に接舷と同時に上陸。基地の要所を急襲・占拠した。
基地司令官レッディ准将、同参事官オブラック中佐は即座に司令部区画で拘束された。各所で散発的な抵抗はあったものの、憲兵隊はほぼ一方的に基地内を制圧することに成功した。しかし船渠長のサトミ大佐と第一〇九八哨戒隊司令のギシンジ大佐の拘束には失敗している。実働部隊六〇〇名前後。そのうち白兵戦部隊は二〇〇名に達しない地上戦力に制圧されてしまう前線補給基地というのも問題だが、係留中の船を砲撃しながら強引に脱出する連中を阻止できなかった制圧側にも問題がありすぎる。
この準備は万端・仕上げは杜撰としか言えない制圧劇の指揮官は、憲兵隊のフィリップ=ドーソン少将で、副指揮官は情報部のカーチェント准将。統合作戦本部より一時的にドーソン少将が第五四補給基地司令を代行するのだという……
「さすが憲兵だ。巨大輸送艦で来るのに、キロコンテナ(縦一五〇メートル・横二〇〇メートル・幅一〇〇〇メートルで巨大輸送艦に四つあるカーゴスペース)に戦闘艦を詰め込む程度の知恵すらない」
「事前に潜入捜査しておきながらボス格にはあっさり逃げられるんだから、憲兵隊のヘボさは救いようがないな」
「どうせ少将閣下は真っ先に基地の糧食部へ突撃したんだろ? サイオキシン麻薬より在庫のジャガイモの鮮度の方が重要なんだぜ、きっと」
性格も容姿も異なる巡航艦分隊指揮官の三人なのに、ほぼ一致した内容で言いたい放題。というよりもドーソンに対する反感や軽蔑は、同盟軍将兵の間でどれだけ根が深いのか。現在ドーソンは四一歳で少将。少なくともグレゴリー叔父さんと同階級で叔父さんより四歳若い。原作における評価は散々だが、『性格はともかく』四〇代前半で少将になれる人物が無能とは思えないのに。
「諸君の敬愛する補給基地司令代行閣下からの命令は、逃走を果たしたサトミ大佐とギシンジ大佐を拘束することだ。ドールトン。見事に憲兵隊の裏をかくことに成功した勇敢な逃走部隊の戦力は?」
「戦艦ムプルング、巡航艦五隻、駆逐艦一隻。合わせて七隻です」
回答を聞いて分隊指揮官達の顔が一様に不満と軽蔑の二色で彩られる。戦艦ムプルングは第一〇九八哨戒隊の旗艦だ。ギシンジ大佐を拘束するのであれば、真っ先にその行動を阻止しなければならない艦であろうに、まんまと逃げられている。同時に巡航艦も五隻逃げられているとなると、三〇隻前後の哨戒隊としては部隊を分けて網を広げて索敵・捕捉制圧する際、少なからず犠牲が出る可能性がある。
「現在推定ではありますが、第三辺境星域管区では七五個の哨戒隊が展開しております。敵独航艦追跡の為に緊急展開した哨戒隊の半数以上は帰路についておりますが、彼らももう一度参加することになるでしょう」
「獅子狩りがネズミ捕りにランクダウンとは。これはツアー主催者に参加費用を返していただかないと、到底納得できませんな。きっちり始末して帰りましょうや」
ビューフォートの嫌味たっぷりな返しに、会議室には乾いた笑いが漏れる。既に五〇日を超える継続任務に、部下将兵の疲労はピークに達しつつある。勇敵を捉えるという軍事的冒険への興奮が哨戒隊の士気をなんとか支えていたが、それが途切れるとなれば任務に対する意識が低下しかねない。それを茶化した言葉を使って分隊指揮官達を引き締めにかかるビューフォートは、得難い補佐役としか言いようがない。
ともあれ逃げ出した二人の大佐が同一行動をとるかは分からないが、とにかく捕捉するルートを検討する必要がある。緊急指令が出ているので規定された哨戒ルートを通っている哨戒隊が発見すれば、即座に周辺星系を航行する哨戒隊へ向けて警報が出るので、その辺りはまず通らないと見ていい。
ネズミ共が第五四補給基地を逃げ出したのが一月二七日となれば、まだ第三辺境星域管区内に潜んでいるのは間違いない。帝国領方面か、フェザーン方面か、同盟本土方面の三択。逃走・潜伏の容易さから言えば当然のことながら帝国領方面になる。だが逃亡者生活するとなれば海賊行動なりで生活の糧を得るか、違法薬物を頒布するかにしても、どこかに根拠地を必要とする。
今までは帝国軍の一部と通謀していたから、帝国領方面に根拠地を得ても問題はなかった。だが金髪の孺子によって『まともな方の』帝国軍に辺境宙域での薬物汚染の状況は既知となった。今まで基地・工場代わりにしていた補給艦は自爆しカイザーリング艦隊も壊滅している以上、帝国軍に逃げ込んでも亡命者とは扱われずただの捕虜となるか、薬物犯罪人として拘禁・処刑されるのがオチだ。
ではフェザーン方面か同盟本土方面となるが、こちらの哨戒密度は帝国領方面の比ではない。軍だけではなくサトミ大佐の元職である航路保安局も出張ってくる。勿論すぐに捕まるとも思えないが、ヘーシュリッヒエンチェンで失態をかました第二・第三辺境星域管区が、七隻もの軍艦を有する宇宙海賊をのさばらせるわけがない。汚名挽回にと働くだろう。
一番考えられるのは一時的に帝国領方面に逃走し、落ち着いた時期を見計らって個艦単位で同盟本土方面に向かうことだ。基地からの逃走時に補給艦が同行しなかったことを考えれば、各艦に搭載されている物資を食いつぶしていくしかない。冷凍睡眠モードにして潜伏するほど大胆不敵とも考えられないから、想定される活動限界は五〇日前後。ギシンジ大佐とサトミ大佐の統率力で、それだけの期間、組織を維持できるかどうか。
「隊司令? 隊司令!?」
いきなり左肩を揺すられ、俺は椅子の上で小さく震える。首を回せばドールトンが真っ青な顔つきで俺を心配そうに見つめている。久しぶりに軽く意識を飛ばしていたらしい。俺が小さく左手を上げてすまないと視線で謝ると、ドールトンは深く溜息をつく。そのタイミングで俺の頭の後ろから咳払いが響く。そして
「隊司令とベッドを共にする人は、毎朝生きているか死んでいるか心配で仕方ないでしょうなぁ……まるで蝋人形みたいにピクリともしない」
首を右に回せば、呆れてモノが言えないといった表情で、ビューフォートが肩を竦めている。ドールトンに視線を半分向けての物言いは明らかにセクハラだが、正面の席から立ち上がっていた各分隊指揮官達も、顔色が心配から安堵に移っていく途中の為、誰もそれを指摘しない。
「で、夢の中でなんぞ良い考えでも浮かびましたか?」
それをいいことにさらに茶化すような口ぶりでビューフォートは問いかけるので、俺は席から立ち上がって大きく深呼吸してから応えた。
「コンカストリオン星系に向かう」
現在位置から行程三日。帝国側勢力圏に近接する交通の要衝でありながら、分厚く細かい小惑星帯と複雑怪奇な未開拓回廊があり、帝国側協力者との通謀の拠点となっていた星系。第五四補給基地からもっとも離れている上に、その気になれば第一辺境星域管区方面にも逃走可能。まず身の振り方を考える上で奴らが潜伏する拠点としたら、この星系を置いて他には考えられない。
「二月一六日まで同星系内で待ち受ける。これまでの長期任務は指揮のまずさから失敗続きで申し訳ないと思うが、もう少しだけ俺に力を貸してくれ」
席から立ち上がり俺は分隊指揮官達に頭を深く下げる。軍事指揮官として明らかにふさわしくない行動だと分かってはいたが、自然と体がそう動いてしまった。部下に哀願する指揮官など軽蔑されて当然だ……会議室が沈黙に包まれたのも、分隊指揮官達の失望の証拠だろう。だが顔を上げ会議室を見渡すと、分隊指揮官達はみな席から立ち上がり、いずれも意気軒昂な表情をしている。
「俺達の『提督』たっての願いだ。もうちょっと手伝ってやってやろうぜ!」
右拳を高く振り上げたビューフォートの、野太い叫声が会議室中に響き渡る。
「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」
それに分隊指揮官達も拳を上げて喊声で応じる。まるで部屋ごと揺れるような声に、俺は体の奥底から震える。これを本当に部下からの信望ととらえていいのか、ドールトンの困惑と怯えが含まれる視線を受けつつ自省するのだった。
◆
二月二日。予定通りコンカストリオン星系に到着した第一〇二四哨戒隊は、以前調査した分厚い小惑星帯の中を捻り曲がりながら貫く回廊の一つに潜り込むと、そこを拠点にして部隊を分派し、未知の回廊の調査に乗り出す。航路探知作業をしていればいずれ巡回している帝国軍哨戒隊に悟られるだろうが、可能な限り探知出力を抑えて実施する。
その甲斐あってか、運が良かったのか。二月七日に帝国軍哨戒隊の一隊が星系内に現れたものの、回廊を調査するまでもなく三日ほど星系外縁を回ってから出て行った。恐らく一週間後、また別の哨戒隊がこの宙域に来るだろう。それまでに可能な限りの航路データを集積する。
二月一三日。部隊は調査を切り上げる。発見された回廊は七つ。そのうち小惑星帯の出口まで追えたのは二つ。以前両軍の通謀があった回廊は勿論クリアした。奴らが逃げ込むとしたらこの回廊以外に考えられない。その回廊と分岐する別の二つ回廊との結束点周囲の小惑星帯内に、分隊単位で潜伏させじっと待つ。そして翌一四日。想定の最短時間で、奴らはやってきた。
それまで最大戦速に近い速度で移動してきた七隻は、回廊に入ると明らかに速度を落としていく。ここまでの逃走の反動が出ているのは間違いない。結束点にあれば仮にどの方角から追撃があっても、別の回廊を通れば逃げ出せるという安心感もあるのだろう。それまでバンバン周囲に飛ばしていたパッシブセンサーの出力も急激に低下した。
一四三四時。奴らは戦艦を中心にし、繋がる回廊にそれぞれ一隻ずつ舳先を向けて投錨したことを確認した俺は、最大出力で戦艦ディスターバンスからフルレンジで超光速通信を放つ。
「こちらは自由惑星同盟軍第三辺境星域管区所属、第一〇二四哨戒隊である。投錨中の逃亡各艦に告ぐ。速やかに動力を停止し降伏信号を上げ投降せよ。しからざれば撃沈する」
発信と共に全ての分隊が小惑星帯から飛び出し、敵艦に主砲門を指向しつつ機雷を投射して回廊を封鎖する。各回廊とも一対四。小惑星帯に潜り込む以外逃げる方法はないが、一度投錨した艦艇が再び動き出すよりはやく各艦を撃沈することができる状態だ。
しかし往生際が悪いというか、巡航艦五隻はその場で降伏信号を上げたものの、戦艦と駆逐艦は抜錨して再度逃走に移る。駆逐艦は小惑星帯内へ、戦艦は駆逐艦の居た回廊へ向けて。
その回廊を守っていた第五分隊は取り決め通りに駆逐艦を追撃に向かい、わざと回廊に空白域を作って戦艦を誘導する。戦艦はその罠に乗って回廊へと速度を上げて逃走を図った。そして駆逐艦も戦艦も小惑星帯に息を殺して潜んでいたスパルタニアンによって動力部を破壊されてたちまち航行不能に陥る。
「アボルダージュ(移乗攻撃)、用意」
第一分隊が担当する回廊にいる巡航艦の拿捕はグアダコルテとハストルバルに任せ、残りの三隻で放流状態の戦艦ムプルングに向かう。ディスターバンスとアーケイディアで両舷から挟み、容赦なく外装甲板に向けてありったけの有刺鎖錨をぶち込んだ。
メインスクリーンからでも分かるくらいにそばかすだらけになったムプルングに、ディスターバンスとアーケイディアは、鎖錨巻き取って強制的に接舷すると、舷側に備え付けられているヒートドリルによってムプルングの装甲板に人通口規模の穴を穿つ。
「白兵戦部隊、突入せよ」
ムプルング側も同盟軍であるため、識別用に右肩を赤く塗った装甲戦闘服を纏った乗員がその穴を抜け、ムプルングの内部へと侵入を果たす。ディスターバンス側はマーフォバーが、アーケイディア側はナウカリネン大尉がそれぞれ指揮を執って艦内各所の制圧を行う。そして橋頭保を確保した両隊の突入隊員の数名のボディカメラから、戦闘状況のデータが転送され、艦橋のサブスクリーンに映し出された。
「え? あ、あれ?」
突入部隊が順調に通常の軍服を着た乗組員を捕縛・制圧していく映像を見て、ドールトンが何度も目をしばたかせる。そして何を思ったか司令艦橋から身を乗り出して戦闘艦橋を見下ろすと、ああぁぁ……と顔に両手を当てて嘆息しながら腰を床に下ろした。明らかに不審な動きに、俺とビューフォートは慌ててドールトンに近づいて問うと、ドールトンは呻くような声でサブスクリーンを指さして言った。
「シルヴィが……いえ、レーヌ中尉が突入部隊に、いました」
「「はぁ!?」」
俺がサブスクリーンを、ビューフォートが戦闘艦橋をそれぞれ見れば、周囲より頭一つ以上小さい装甲戦闘服の隊員が隊の最前列でトマホークをブンブン元気よく振り回していて、水雷長席にはレーヌ中尉が普段使っている降下猟兵がデザインされたブランケットだけがかけられていた。
「おい、ヴァーヴラ!! レーヌはどうした!!」
ビューフォートの怒声に、水雷長席の横にある砲術長席に座ってのんびりとパックジュースを飲んでいたヴァーヴラ中尉が、インカムを取って応えてくる。
『レーヌ中尉ならちょっとトイレに行ってくると言って席を外していますが?』
「どうして止めなかった! 艦橋は第三級の準戦闘配置だぞ!」
『準戦闘配置の場合、トイレには行けるはずですが……』
「一〇分以上経っても戻ってこないことを不思議には思わねぇのか!」
『いや流石に女性のトイレの時間を計るわけには』
「わかった。もういい。後で一緒に突入したモフェットに言っておく」
インカムを頭からもぎ取って右手で握りつぶすと、ビューフォートは思いっきり床に叩きつける。突入隊の人選についてはマーフォバーに一任しているので、レーヌ中尉が突入隊にいても問題はないのだが、『水雷長の不在』を報告に上げなかったのは流石に見逃せない。だが報告を上げるべきモフェット砲雷長も人数不足で突入部隊の一隊を指揮している以上、現時点で戦闘班の最先任であるヴァーヴラ中尉がビューフォートに報告しなければならない。
「マーフォバーとモフェットとヴァーヴラとレーヌ。全員営倉一週間でいいですね!」
思いつく限りのF語を一通り吐き捨てたビューフォートは、肩で息をしながらそう言うと、まだ怒り足りないのか司令艦橋中央にあるエレベーターの外板を拳で叩く。
「……ついでに脱走犯の尋問をやらせるといいよ」
俺がそう応じて顔を上げると、標準型戦艦の司令艦橋に突入したサブスクリーンの中のレーヌ中尉が、見覚えのある頭二つ以上大きな同盟軍大佐に向かって指揮官卓を足掛かりに、装甲戦闘服を着たまま綺麗なドロップキックを浴びせかけていた。
一六〇〇時。基地から逃走した七隻全艦の拿捕と、乗員の制圧・逮捕を済ませた第一〇二四哨戒隊は、六〇日ぶりに基地への帰路につく。脱走犯の内、抵抗した戦艦ムプルングと駆逐艦トランブル七六号で合わせて一二名が死亡、三六名が重傷、二一名が軽傷を負った。一方、第一〇二四哨戒隊の損害は突入部隊の要員に負傷者一二名。うち二名は戦艦ディスターバンス内で軽傷を負っていて、他にも一名艦内から負傷者が出ている。
「余計な仕事を増やさんで貰いたいんだがね。まったく」
士官の数が激減したディスターバンスの戦闘艦橋でモイミール医務長は、まだ怒りの収まらないビューフォートを横目にそうぼやくと、簡易報告書を提出した。
「ギシンジ大佐はしばらく口が利ける状態にない。いったい誰だね。左顎骨と同鎖骨の粉砕骨折なんてやらかしてくれたのは。折るなら横骨折になるようにしてくれ」
誰だかわかっているドールトンが吹きだすのを抑えるように咳払いをするが、俺は表情筋を全力稼働させて「さぁ……」としらばっくれつつ簡易報告書を受け取る。逮捕者五四二名のうち、一七名からサイオキシン麻薬の反応が出た。ただし恒常的に利用している重度の中毒患者はおらず離脱症状も出てはいない。
「サトミ=ハジメ大佐からは?」
「血液検査からは確認できんな。本人もやっていないというし、腕に注射痕もない。普通のどこにでもいる定年間際の技術将校にしか見えんが、あれが本当に第五四補給基地の『元締め』なのか?」
「えぇ、間違いありません。その辺りの捜査は基地に戻ってからMPがカッチリやってくれるでしょう」
「その大佐は隊司令に面会を求めているが、どうする?」
「会う必要を認めません。弁明はどうぞMPにしてくださいとお伝えください」
経験豊富なモイミール医務長ですら騙されそうになるくらいの話巧者だ。俺相手でも自分は被害者であると言いくるめる自信があるのだろう。サイオキシン麻薬組織においてサトミ大佐に直接繋がる物的証拠はない。恐らく俺を襲った三匹の大豚もサトミ大佐とは直接関係のある部署ではないだろうし、この逃走劇もギシンジ大佐の犯行に巻き込まれたと言われればそれまでだ。
そもそも本当に無実であれば、憲兵隊が突入した時に両手を上げていたはずだ。誘拐されたのであれば戦艦ムプルングではなく駆逐艦トランブル七六号に乗っていた合理的理由もない。その辺りの矛盾に『性格の良い』ドーソンもカーチェントも気が付かないわけがない。恐らくこれだけ時間がかかったということは、別に立件できる証拠を用意しているはずだ。それにこちらには金髪の孺子からのプレゼントもある。
「基地に戻るまではサトミ大佐とギシンジ大佐以外の尋問を継続させてください。従犯でしょうが、税金と証言は絞れるだけ絞れと言いますから」
「隊司令は軍人にも向いていないが、政治家にもならんほうがいいな。泣く人間の数は比ではないだろう」
モイミール医務長の皮肉っぽい評価に思わず苦笑せざるを得ない。俺自身本当に軍人にも政治家にも向いていないと思ってるし、周囲の評価も過剰に過ぎることが辛くなってきたところだ。俺がホッとした表情を見せたのが気になったのか、モイミール医務長は首を傾げていたが直ぐに肩を竦めて、口のきけない大佐の居る医務室へと戻っていく。その後ろ姿が中央エレベーターに消えた後、ドールトンが何気なく呟いた。
「これで一件落着となるでしょうか?」
切実にそうであって欲しいと俺も思う。命懸けの獅子狩りには失敗したが、とりあえずネズミ捕りには成功した。第一〇二四哨戒隊に直接の被害はなかったが、普段の二倍の任務を一度でやり通して将兵は疲労困憊。さらに恐らく第五四補給基地に戻れば、面倒な証人喚問が待ち構えているだろう。証人?
「ドールトン。一つ聞いていいか?」
「なんでしょう、隊司令?」
着任した時よりもずっとソフトな対応になったドールトンに、俺は真正面から問いかける。
「この哨戒隊に着任するにあたって、君の方からカーチェント准将に面会を希望したか?」
「……いいえ。カーチェント准将閣下の方から、私の方にアポイントを取ってきました」
眉を顰め、思い出すのも嫌と言った表情で、ドールトンは応える。
「その……その時准将閣下は最初ケリムの昔話をされて、その中でオブラック中佐が第五四補給基地にいる事を、私にお話になりました。そしてもし赴任を希望するなら新規に配属される哨戒隊の副官として私を推薦する、と」
「それは、『いつ』の事だ?」
「……確か七九一年の一月だったと思います。私が第七戦略輸送艦隊に異動になって輸送艦の航海長をしていた時です。面会してから半年以上ほっておかれて、ただのリップサービスかと思っていたところに、再度アポイントがありました。そこで九月にポストが空いたので希望するなら推薦状も出す、と」
「『どこ』でカーチェント准将と面会した?」
「二回ともホテル『ユーフォニア』のレストラン『シルバー・ベル』です。そうです。確か最初の面会時に軍服で行ってカーチェント准将に苦笑されたことを、今思い出しました」
つまりそれは最初から仕組まれていたという証言。俺が怪物と話をする前から決まっていて、またも俺は道化役として働かされたということ。そして怪物と、原作には名前すら出てこなかった一人の情報将校の間で、何らかの取引があったということ。グリーンヒル子飼いの情報将校と怪物がどういう繋がりなのか。実に興味深く、そして気味が悪い。
「あの、隊司令?」
「ドールトン。このことは誰にも言うな。そしてカーチェント准将にも、俺に話したことを言わないでもらいたい」
「あ、はい。承知しました」
そうは言っても、とうにカーチェントは察しているだろう。むしろ今頃聞いたのかと呆れているくらいだろうか。辺境の大掃除だけが目的ではない、いったい何が目的なのか。どうしてそんな近づきたくもない泥沼で自分が当事者なのかと、心の中で転生させた神に恨み言を言わざるを得なかった。
2026.09.13 更新