特級呪霊『鬼人正邪』 作:天邪鬼
視界に眩い光が差し、頭上が次第に麗らかな空色で満たされていく。先程までのピリつくような感覚は消え、木漏れ日が燦爛と私達を照らす。
どうやら闇が解除されたらしい。
この様子ならあの奇妙な空はブロンドでも黒髪でもない、他の輩による仕業だったか。思っていたよりこいつら群れの規模はでかいのかも知れない。
「……で、聞きたいことは山ほどあるんだが」
腰をかがめ黒髪を見下ろしながらそう呟く。
反抗的な目を向けられることは、こうも気持ちの良いことだったか。人間だった頃よりも幾分と天邪鬼な気質が増しているような気がする。
「そう睨むなよ、アイスブレイクに自己紹介でもしてやる。私は鬼人正邪、天邪鬼だ。お前は?」
「……」
駄目だなこりゃ、口を割る気配がまるでない。
今際の際だというのに敵愾心の豊富なこって。この感じだと痛めつけても然程意味をなさないだろう。
生憎、悠然と構えている暇はない。さっきのブロンドに味方でも呼んでこられたら多勢に無勢だ。脅して駄目なら殺す、それが最善か。
「お前じゃ私に敵いっこないのは分かってるだろ、口を割らないなら」
「──殺るなら殺れ、僕は何も吐かないぞ」
……あーあ、気が変わった。殺すのはやめだ。
つくづくこの天邪鬼な気質には困らされる。殺れなんて言われて殺る気が起きるものか。必死こいて命乞いでもしてくれたら喜々として殺してやるのに。
「まぁ見ろ、闇が晴れた。お前は見捨てられたんだ。どうだ、私の仲間になる気はないか?」
「誰が呪霊なんかの…ッ!」
「安心しろ、私はお前みたいな弱者の味方だ」
正邪本来のイデオロギー、叛逆思想に則って言うだけ言ってみたが、そりゃあ断られるか。
にしても呪霊、ね。怨霊ってことだろうか、私を悪霊とでも勘違いしているのだろう。滑稽な奴だ。
「それに私は呪霊とやらじゃない、妖怪だ。……なんだよ、その奇異の目は」
勝手に勘違いしたのは自分だろうに。馬鹿にされているようで釈然としない。
「まあ吐かないのなら吐かないで別にいい。だが、そのまま返すのはつまらん」
裸にひん剥いて吊るすか? 未だ全貌の分からないこいつら群れへの牽制くらいにはなるだろ。それに殺すよりかは屈辱を与える方が
あー……でも、肝心の紐がないな。
吊るせないなら、その逆だ。
埋めるか。
────
「……なんでそんな有様に」
報告を受け駆け付けた
聞き及んでいた状況が状況だ。遠目に見た際はてっきり生首だとばかり思い込んだ夏油だったが、嗄れた声で名前を呼ばれ、初めてそれが地に埋まった状態であることに気づかされたのだった。
「ともかく、生きてくれていて本当に良かった。今出してやる、少し耐えてくれ」
そう言うと夏油は手のある呪霊を複数顕現させ、灰原の体を掘り起こしていく。最中、灰原からそこに至るまでの経緯について聞かされる。
その内容は、どれも自身の知る呪霊の常識とはかけ離れたものだった。
「──妖怪、か。呪霊なりの思想でもあるのやら。君を殺さなかった事に関係しているかも知れない」
呪霊は人を害する、それが条理であり必然。力のない呪霊ならばともかく、特級に値する程の存在が人を──それも呪術師を意図して殺めないなど異例中の異例だ。
知性ある呪霊ゆえ気分で見逃した、という話ならまだ分かる。しかし、こうして態々手の込むような真似をしてまで人を生かす理由など見当もつかない。
更に不可解な点、その呪霊は呪具を所有していたという。呪具は元来、術師が使用するもの。呪霊側が利用したという話など夏油はそれまで聞いたことがなかった。そもそもの話、何処で手に入れたのか。
正に、奇奇怪怪。
これまでの常識を覆すような存在と言えた。
「夏油さん、すみません……」
申し訳なさげにそんな言葉を吐く灰原に、夏油はいたたまれなさを感じる。
"呪術師に悔いのない死などない"そう己の担任は言うが、殉死できず屈辱を受けること、これほど悔いのある生もないだろう。
「灰原、君が謝るような事はない。できることを精一杯やってのけた、そうじゃないのかい?」
「はい……っ」
「それに、呪霊の思惑を解くヒントまで持ち帰ったんだ。大成果じゃないか。私は君が誇らしいよ」
そうだ。"妖怪"これはきっと大きな手掛かりになる。まずはその言葉に隠されたニュアンス、これを読み解かない限り奴──鬼人正邪と名乗るソレの目的が分かることはないだろう。
「さぁ帰ろうか、灰原。君が生きていると知れば七海が喜ぶ」
目的を解明し、そしていずれは──。
────
「まいったな……」
退散すべく森から出た私は今、郊外らしき場所をあてもなくぶらついていた。
燦々と降り注ぐ陽光、それと辺り一面に広がる鮮やかな緑の田園が現在の季節をまざまざと窺わせる。
ただ流石にここが何処かも分からないのは不便で仕方ない。そう考え不審者を承知の上、見かけた通行人に声を掛けたりなんかもしてみたが……、結果は何故かガン無視。
格好がこれだから避けられたのかも、なんて考えは3人目で潰えた。多分これ、完全に見えていない。
(私、ガチで悪霊だったん……)
隙間妖怪に何かしら弄られでもしたか…?
考えても仕方がないので取り敢えずは駅を探す。恐らくはそれが一番手っ取り早い。
それと地名を確認するついで電車に乗り都会へ向かうことにした。妖怪と言えば田舎、出会わない為にはやはり幻想の廃れた地である都会へ行くことがベストだ。
そうして歩くこと数時間、幸運にも何とか自力で線路を見つけ出すことができた。そこから先は易く、後はそれを伝って進むだけ。数分程歩いたところでどこか風情の漂う小さな無人駅へと辿り着いた。
すぐさま中に入って、切符販売機の上に掲げられてある路線図を確認する。すると、驚くことにその中に東京の文字を見つけた。片田舎の辺境かと思いきや、意外にも都会は近かった訳だ。
次に来る電車を待つため改札を乗り越えようとした、その瞬間。背後から何者かに声を掛けられた。
「鬼人正邪──ですね。貴女に要件があります」
そこに立っていたのは白髪の、男とも女とも言い難い、中性的な容姿をした着物姿の妖怪? だった。
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