推しの水神   作:八重堂の小説家

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第3話

 

 今住んでいるのは1LDKというやつだ。

 キッチンがあって、寝室とリビングが分かれていて、これでもフォンテーヌの賃貸マンションとしては高級なほうだ。といっても数百年住んでいた屋敷よりは小さく、俺ですら客人をもてなすには少々手狭に感じるものだな。

 

 心配せずとも、もっと気兼ねなく接することのできる関係なんだけどな。

 

「こんにちは~!」

「久しぶり、フリーナ」

 

「よ、ようこそ! この僕が歓迎を……じゃなくてその……」

 

 上擦った声で大袈裟に言ったり、言い淀んだり、それでもこの客人は見守るように、ゆっくりと言葉を待ってくれた。

 

 フリーナは、フォンテーヌの子どもから大人までの一般的なレディース服というやつで、ブラウスとスカートを着ている。まるでお姫様や王子様のような姿もフリーナらしいが、今は『1人のフォンテーヌ人』として会いたいって。

 

「えっと、いらっしゃい?」

「おう!」

「お邪魔するね」

 

 その声も水神だった頃より、かなり幼さを感じさせた。

 そんな彼女が自分で蛍ちゃんとパイモンを部屋へ迎え入れる。

 

「うぅ~」

 

 照れたようにもじもじとしていて、愛らしい姿をずっと見ていたいのだが。

 

「ほれ、入った入った」

 

 玄関で騒いでいてもあれだし、俺はフリーナとの距離を詰めさせるように、2人の背中へ声をかける。たとえ俺が手を貸さなくとも、この3人の女子ならすぐ仲良くなれそうなものだがな。

 

 パイモンはフワフワとマンションをキョロキョロしていて、蛍ちゃんは手に持った紙の箱を俺へ向けてきた。

 

「そうだ。ケーキを買ってきたよ」

「1日限定16個のやつだぞ! 前はちゃんと味わえなかっただろ?」

 

「ああ、そんなこともあったね…… あの時は彼女の視線が気になって、味わう余裕なんてなかった」

 

 蛍ちゃんから俺はケーキの箱を受け取ったが、話を聞く限り召使との会合のことだろうか。朝から並ばないと買えないはずだ。取り出したケーキの見た目からしてさすが本職のパティシエだな。

 

「元々誰かに視線を向けられるのが怖かったんだ、特に疑われたり恨まれたり……その度にいつも僕は、ヌヴィレットや、彼に護ってもらってきた」

 

 ただ臆病なわけではない。

 真実を隠すための防衛本能のようなものだろう。

 

「言うのが遅くなったけど、あの時のことも2人にはとても感謝しているよ」

「うん、どういたしまして」

「おう! とっても美味しいから期待してろよ?」

 

 少女3人の前にあるテーブルの上にケーキや紅茶のカップを手際よく並べていけば、数ヶ月ほど前に約束したお茶会が今日ようやく実現したな。あの時はまさか、屋敷ではなく賃貸マンションの一室にお招きするとも思わなかったが。

 

 さて、俺は手持ち無沙汰になったな。

 暇つぶしにリンゴの飾り切りでもしてようか。

 

「ん」

 

 ポンポンと、フリーナがソファのスペースをアピールするように軽く叩いている。しかもこちらを見ながら、む~ってしながら。

 

「それもそうか」

「うむ、よろしい!」

 

 俺も別に、従者や執事の真似事を続ける必要もないか。続けることがダメってわけでもないだろうが、今求められているのはそういうポジションでもない。

 

「それじゃあ、いただきま~す」

「「「いただきます」」」

 

 パイモンの掛け声に合わせて、俺たちも自然と手を合わせた。こういうことは俺自身に染みついていて、いつの間にかフリーナも行っている。

 

 一口食べただけで、その美味しさは伝わってきた。

 フリーナの表情もとても柔らかくなっている。

 

「うんうん、さすがはフォンテーヌの誇るパティシエだ。ここまでの味は他の国では味わえないんじゃないか?」

 

 たとえ始めは演技であっても、彼女の大げさなところも個性の1つとなっているのだろう。蛍ちゃんやパイモンもニコニコしながら、甘いケーキを口に入れた。

 

「フォンテーヌもすごいけど、他の国にだって美味しいスイーツはあるぞ?」

 

 そして、口元に生クリームをつけながらパイモンは指を振る。

 

 モンド、璃月、稲妻、スメール、あっちこっちのスイーツの名前をどんどん挙げていく。

 しかも全て本場で味わってきたのだと、彼女はえっへんと腰に手を当てた。

 

「ぐぬぬ、こっちの彼も稲妻のスイーツくらいなら作れるぞ!」

 

「ちっちっちっ、こちらの旅人もレシピさえ知っていれば、その料理を再現できる天才料理人だぞ? 今度来るときはいろいろ作ってきてやるよ!」

 

 ほぼ食べる専の2人が自慢し合っているが、なかなか波長が合うんじゃないか。フリーナがここまで自分を出してはしゃぐのは、俺以外では初めてかもしれない。

 

 それに、また来てくれるということに。

 隣のフリーナは指で目元を少しぬぐった。

 

「パイモンが作るわけじゃないでしょ? 最後に料理したのいつ?」

「オイラだって料理くらい余裕だ! えっと最近は……あれ? 鳥肉とキノコの串焼き? アイシングスライム?」

 

「アイシングスライム? 何だい、その美味しそうな響きは?」

 

 フリーナの質問に、よくぞ聞いてくれたとパイモンは再びドヤ顔へ戻る。

 

「氷スライムの液体をちょっと借りて、それにスイートフラワーを刻んで混ぜる! あの璃月七星の凝光だって絶賛のスイーツだ!」

「絶賛、してたかな?」

「スライムを食べるなんて、聞いたことがないよ」

「水スライムの液体くらいなら用意できるぞ」

 

 試してみるか、と言うと。

 ふと脳内に浮かんだ水スライムや、隣のフリーナが、ぶんぶんと首を振るからやめておこうか。

 

「璃月七星か。フォンテーヌの執律庭のようなものだったか?」

「細かくは違いそうだけど、あっちもこっちも忙しそうにしていたな」

「また甘雨が無理してないといいね」

 

 璃月七星とも知り合いらしいが、その全員が友人と言われても、この2人ならと納得できそうだな。

 

「それにしても君たちは璃月からスメールの森、さらに砂漠を経由して、そしてフォンテーヌへ遠路はるばる来たわけだ。話を聞く限り、ほとんど全て徒歩なんじゃないか?」

 

「そうだね、宝箱や瞳もあちこちにあるし」

「なんだ? シャルロットやドヴォルザークのやつは、別のルートで他の国へ行っているのか?」

 

 瞳って何のことだろう。

 まあいいか。

 

「あの記者の子ならどこでも行けそうだが、例えば璃月やスメールにも旅客船が出ているな。珍玉の谷の川下りは観光スポットとしても有名らしい」

 

 こんな風に専ら紅茶を飲むことが多くなっているが、璃月の話をしていると久しぶりに緑茶も飲みたくなってきたな。予言のこともあって、最近は俺でさえスメールくらいしか行っていない。

 

 そうか、とフリーナは呟いた。

 

「今の僕は、自由に旅をすることだってできるんだ。今まで旅行をするなんて考えたこともなかった」

 

 そう言って窓を少し見つめた。

 ポカポカと照らされていて、心地よい風が吹く。

 

「知らず知らずのうちに諦めていたのかもしれない。でも今なら、選択する資格があるんだよね」

 

「うん。自由はフリーナへの報酬だよ」

「ああ。お前だってもっと自由でいいんだぞ。モンドの吟遊野郎を見習ってな」

 

 モンドと言えば自由の国か。

 フォンテーヌとは真逆で、神の姿を見ることができないと聞く。だが、案外と俗世に混じって自由気ままに暮らしているのかもしれないな。

 

「うん、ありがとう」

 

 フリーナはごしごしと、目元をぬぐった。

 

「吟遊野郎…というのは分からないけど、モンドにはお城があるんだよね? 王様がいたり、お姫様がいたりするのかな?」

「ああ。湖に囲まれたお城だな。王様じゃなくて騎士団なら、あっ、断罪の皇女ならいるな」

「きっと、モンドのみんなとも気が合うと思うよ」

 

 お城と言えば、ということで稲妻の話も賑やかに話し始めた。

 

 俺では、側にいるくらいしかできない。

 フリーナを広く自由な世界に連れて行ってくれるのは、蛍ちゃんとパイモンのように未来に向かって進み続けている子たちだったか。

 

「このフォンテーヌから出て、旅をしてみるというのはワクワクするね。でもちょっぴり不安もあるんだ。それに、一緒に観光したり、いろんなものを食べたりしたい」

 

 そう言って、俺の袖を軽く引っ張ってきた。

 

「付いてきてくれる?」

「ああ……」

 

 俺はたぶん、貴女の秘密が何か知りたいわけじゃなかったんだ。どこか思いつめて背伸びを続けていた彼女に、自由になってほしいって思っていたらしい。

 

「どこまでも付いていくよ。ありがとう」

「どうしたんだい? えっと、こちらこそ、いつもありがとう!」

 

 その笑顔が、俺にとって最高の報酬で。

 

 やっと、俺も前に進めそうだ。

 

 

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