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(時々罪状列挙)
◇『迷宮での邂逅と“晩鐘の大愚剣”』
「ベートさん達はこの階層をお願いしますね」
「おい、ベル!!」
そこは52階層。
別名“竜の壺”と呼ばれる深層域。
階層を無視して58階層から大火球砲撃が飛んでくる死の階層。
当然それ以外にもこの階層に生息しているモンスターもいるので、それを相手しながら、もしくはそれを無視してその砲撃を躱さなくてはいけない。
アルテミス・ファミリア、ヴィーザル・ファミリアとの派閥連合を組み、同行する形で二度目の遠征に訪れたヘスティア・ファミリア。
元ヘラ・ファミリア、しかもベルに至っては直接の血縁者ということもあり、期待や重圧と同時にギルドの豚から目の敵にされている面もある彼ら。
ベル達が加入してからは派閥等級は一気にCランクに。
最初から遠征の義務が発生してしまったため、二度目でこんな階層まで来る羽目になった。
仮にもレベル7。
事前予習はバッチリであり、その上で適応能力も充分鍛えられている。
ロキ・ファミリアと合同で半ば失敗する形とは言え、この階層まで来たことがあるヴィーザル・ファミリアも一緒。
何も不安はない、そう思っていた。
だが、ダンジョンはダンジョン。
そう上手くはいかなかった。
下の階層からの砲撃を受けて、パーティは軽い窮地に立たされる。
壊滅や大きな被害が出るほどではないが、それでも少し面倒。
周囲のモンスター共もいるから、余計に。
それに、何かがおかしい。
砲撃の数がいくらなんでも多すぎる。
ベルはこの状況を打開するために、そしてその疑問を解消するために、一人砲撃でできた穴に飛び降りる。
「俺も行く。後は頼んだ!」
「あ、おい!バ鍛冶師!」
親友の後を追い、ヴェルフも穴に飛び込んでいく。
その二人に舌打ちしたい気持ちを抱えるベートだが、これで状況は好転する。
「春姫様!ベート様とセレニア様に魔法を!一気に片付けてベル様達の後を追います!」
「はい!」
「ああ!」
「分かった!」
階位昇華という反則技を使って、周囲のモンスターの殲滅に移る3ファミリア。
一方、穴に飛び込んだベル達。
追加の砲撃が向かってくる中、それを斬撃で相殺するという離れ業で対応するベル。
そして、疑念は更に深まる。
最初に撃った砲撃の後をなぞるように追撃が来るなど、尋常ではない。
「チッ!」
そして、世界が一変する。
56,57,58階層と降っていく中、横穴から大量の
それを舌打ちをしながら斬り捨てるが、その数は簡単には減らない。
周囲と埋め尽くすほどの数の飛竜。
そして、その中心にいる、
それを目にした時、ベルは驚いて目を見開く。
「なんだ……?」
ベート達から話は聞いていたし、遠征するに当たってギルドから渡された情報には目を通していた。
それは知っている。
だが、こんな姿だとは聞いていない。
「なんで頭が九個もあるの?それに────」
全長10M程の竜。
それがこの竜種の様相だったはずだ。
ここまで巨大で、ましてや頭が九個もあるなどという特徴は、聞いていない。
そして何より、あの身体の中央にある異形。
5M程の女の上半身。
だが、その姿は情欲を誘うようなそれではなく、いっそ不気味さすら感じさせる。
『─────!!!』
それに気を取られて立ち尽くしていると、周囲の飛竜がその顎を大きく開き、ベルを喰い殺さんと襲いかかる。
剣を手にそれを倒そうと構えるその前に。
それらの飛竜は劫炎によって焼き払われる。
「ウルス、行くぞ!」
その声と劫炎の主はベルと同じく砲撃によって出来た穴を通って降りてくる。
ベルの隣に着地すると、すぐに身構えて多頭竜の方に向き直す。
「ヴェルフ!」
「よう、親友!無事か!?」
「無事だけど、ちょっと異常事態。あの竜があんなだなんて、聞いてないけど?」
「安心しろ。あんなのは俺も初めてだよ」
ヴェルフはレベル6。
オッタルとベルを除き、都市最高の冒険者の一人だ。
そんな彼でも、あんなものは見たことがないと語る。
「ここより更に下の階層にな、穢れた精霊ってのがいるんだよ。あの女の上半身はそれの分身体だ」
「なにそれ?」
「大昔にモンスターに取り込まれた精霊だ。大精霊すらも多数喰らって力を蓄えてるが、自我が汚染されて化物に成り果てちまったんだとよ」
「ふぅん……それで?」
「同種の力を狙い続ける、みたいな性質というか本能というか。そんなのを持っててな。つまるところ────」
多頭竜が突如として襲いかかる。
その攻撃の全てはどちらかと言えばヴェルフに集中しており、ベルには向いていない。
「俺やアイズを取り込もうとしてる!」
「オッケー。倒して問題ないわけだね」
「おう!これ以上階層が壊されれば、ヤバいのが産まれる!そうなる前にとっとと片付けるぞ!」
「よく分かんないけど、分かった!」
何が産まれるのかは分からないが、ヴェルフがヤバいと語る以上、それを許すわけにもいかない。
周囲の飛竜含め、すべてを殲滅するためにベルは剣を構える。
「【来タレ来タレ来タレ────」
「ベル、魔法も来るぞ!!」
「【サタナス・ヴェーリオン】!」
ヴェルフの声に反応して、先攻して魔法を放つベル。
低威力な無詠唱魔法とは言え、レベル7の馬鹿ステイタスで撃てばそれだけで詠唱を阻害できる。
さらにそれを連射して、飛竜達も沈めていく。
「ウルス!」
その隙を突いて、ヴェルフの炎が飛竜を巻き込みながら多頭竜を襲う。
だが、多頭竜も甘くはない。
「砲撃が来る!避けろ!」
九頭全てがベルとヴェルフに向き、そのすべてから
詠唱とは違い、この砲撃は簡単には阻害できそうにない。
そして、飛竜達も同時に攻撃を加えようと近づいてくる。
「ヴェルフ、飛竜たちをお願い。僕はあっちを片付けるから」
「任せろ」
ベルは砲撃を放たんと顎を開く多頭竜に向かっていく。
命の危機が迫る中、ベルは全身の血が熱くなるのを感じる。
それは、スキルの発動。
【
逆境に打ち克つ、ベルの力。
この逆境すらも糧にして英雄へと至るために、彼は駆け抜ける。
【
その一撃を振り抜く。
「【
音が響く。
追加詠唱によって炸裂した彼の魔法が、響き渡る。
それと同時に、スキルによって
その一撃は音を切り裂くように纏いながら、力を増して竜の頸へと迫る。
『──────!!』
悲鳴を上げる間もなく、あるいは悲鳴は音撃により掻き消されて。
その竜は灰となって消えていく。
寄生していた不気味な女の半身も一緒に。
それをつまらなそうに見ていたベルだが、すぐにヴェルフの応援に向かおうと踵を返す。
その時だった。
「ッ!?」
だがその前に、眼前に迫る殺気に本能が突き動かされる。
左手を犠牲にしてその刃を防いだが、傷は負ってしまった。
掌を貫通したその刀身を抜き、投げ捨てながら。
彼はその存在を睨みつける。
「
「生憎、熱心な家族愛のおかげで状態異常とは無縁なので。で、貴方は誰ですか?」
命を狙われる理由など腐るほどあるが、これは違う。
怨恨だとか憎悪だとか、そういう類のものではない。
そもそも、こいつは本当に人間なのか?
「あの分身がいるのがおかしいとは思ってたが、テメエまでいるのか、レヴィス」
「彼女が貴様らを強く所望しているからな」
「ヴェルフ。あれ、何?」
彼女……おそらくヴェルフが言う穢れた精霊の本体のことだろう。
その意志に従うような言動を取る彼女を疑問に思う。
返ってきた答えは、これまた奇妙なものだった。
「死んだ後に穢れた精霊に魔石を埋め込まれた元人間。
「なんでそんなのまで……事前に教えといてよ」
「しょうがねえだろ。穢れた精霊がこんな階層まで侵食してるとは思わなかったんだ。本来なら、59階層以降にいるはずなのに」
その言い回しに少し引っかかるものを覚えるベルだが、それは後回し。
取り敢えずはこの障害たちを排除しなくてはいけない。
「だったら容赦する必要もないよね?斬るよ?」
「ああ」
「残念だが殺し損ねた今、お前らの相手をするつもりはない」
その言葉とともに、地面が揺れて何かが這い出てくる。
気持ち悪い芋虫のような身体。
不釣り合いな二本の触手のような腕が更に生理的嫌悪を増長させる。
「
「チッ!!」
本日何度目になるか分からない舌打ちをしながら、それらを斬り飛ばしていくベル。
飛び散る溶解液を躱しながら、ベルは背を向けようとするそれを睨みつける。
「お前は強すぎる。今はまだ、相手をできる状態じゃない」
「…………君は、憐れだね」
背を向けようとするレヴィスに、ベルはそう語りかける。
憐憫を含みながらも強い怒りのようなものを抱いた彼の表情を見て、レヴィスも一瞬足を止める。
「なんだと……?」
「死んだのは数年数十年なんてレベルじゃないだろう?君が死んだのは、もっと大昔のはずだ。今の自分に対する葛藤が、あまりにもなさ過ぎる」
「…………。」
「死んでも死にきれず、何百年も生き永らえ。憐れという他ない。それには同情しよう。だけどね」
口調が変わる。
その口調は、誰かを想起させるようで。
ヴェルフは、思わず呆気にとられる。
「過去の亡霊が今を生きる彼女たちの道を阻むなんてこと、あってはならないんだよ。そんなこと、他の誰が許そうとも、私が許さない」
「…………。」
「これだけは、覚えておくといい」
その言葉は自分自身にも向けたもののようで。
その重みは、レヴィスの脳裏に深く突き刺さる。
だが、そんなもので彼女の足は2度も止まらない。
今度こそ、ダンジョンの闇の中に消えていった。
…………
………
……
…
そして、ようやく追いついてきたベート達と合流できたベルとヴェルフ。
二人は少なくない傷を負っていたし、異常事態が発生したということもあり、3ファミリアは急いで安全階層である50階層まで退避することに。
天幕を張り、傷の手当を終え、ようやく一息ついて。
ベルとヴェルフはベートの前で正座をさせられる。
とは言え、それも長いものではない。
ベート自身、彼の行動が最適解だと分かっているからだ。
だがそれはそれとして、危険すぎた。
自分自身の安全を無視したあの行動を、ベートは容認できない。
「お前ら、いい加減にしろよ?」
「「すみませんでした……」」
「バ鍛冶師はともかく、ベル。お前独断専行は何度目だ?最適解だとしても、もう少し立ち止まって連携を取れ」
「はい……」
「これ以上は言わん。だが、次はないぞ」
「承知いたしました」
そこで説教は終了。
眉をひそめながらも、これ以上の叱責はなかった。
「少年、君の独断専行は心臓に悪い。アルテミス様のためにも、これ以上は謹んでくれ」
「ベルくん。本当にやめようね?」
「はい……」
アルテミス・ファミリアや他のメンバーからは少し小言を言われてしまったが、それで終わり。
話は事態の把握に変わっていく。
「それで?何があった?あの魔石、穢れた精霊か?」
「怪人と精霊の分身までいやがった。分身の方はベルが倒したが、怪人……レヴィスには逃げられた」
「なるほど……もう58階層にまで姿を現したか」
「あの潔癖ハイエルフを説得してでも、あいつらの次の遠征にはベルと春姫を連れて行ったほうがいいぞ」
「分かってる。フィンにも言っておこう」
元々、穢れた精霊の討伐を主導しているのはロキ・ファミリアだ。
遠征の際、アイズを狙って襲撃してきたのが発端となり、度々激突している。
数年経っても未だ討伐は叶わず、むしろ戦いは激化していってる。
これを打開するには、新たな戦力を投入する必要がある。
「休息を取った後は、もう帰還しよう。目的は既に果たした。これ以上ここに残る理由もない」
「分かった。準備を進めよう。少年、あの溶解液を浴びた武器は使い物にならなくなる。だから、帰りは後衛を主体で頼む」
「え?この剣、まだ普通に斬れますけど?」
「「何?」」
ベートとレトゥーサは二人してベルの持つ大剣を覗き込む。
刀身を見れば、多少傷んではいるもののまだ許容範囲内。
むしろ、深層での戦いを思えばマシなくらいだ。
アダマンタイトすら溶かすあの強烈な溶解液を浴びたにも関わらず。
「そりゃそうだろ。それが溶解液ごときで使い物にならなくなるわけねえし」
「おい、なぜお前がそう断言する?」
「あ?言ってなかったか?それ作ったの俺だぞ?」
「「「「え?」」」」
その言葉には、ベルも驚いている。
そんな情報、今まで聞いたことがなかったのに。
「ベルお前、これどういう経緯で手に入れた?」
「えっと……たしか極東での騒動が終わったくらいのタイミングで、ヘルメス様に急に渡されたんですよ。丁度手持ちの武器もなくなってたし、最大出力の“斬響”にも耐えられるから、それ以降愛用してたんですけど……」
「ヘルメスぅ?あの胡散臭い神?」
「ランテ。その言葉には全面的に同意するが、言い方を考えろ」
「同意してるじゃないですか!!」
「うるさい。それでヴェルフ殿、なぜ貴方がこれを?」
「知らね。諸事情あって、ヘファイストス様に言われるがまま作った。直接鎚を振るったのは俺だが、出来や仕上がりを監修したのはヘファイストス様だし。材料も指定されて、実質ヘファイストス様が作ったようなもんだ」
「ふぅん……」
ベルは感心したようにそう溢すが、ベートは別のことが心配になった。
この悪友の悪癖を、前世の頃から知っているのだから。
「ちょっと待て。お前が作ったということは、この剣の名前は…………」
「おう!材料にアンタレスの針をふんだんに使ったからな!それをもじって、『アンチャン』と────」
「このバカ!!」
「したかったけど、ヘファイストス様に猛反対されてな。結局別の名前になった」
「あぁ…………ヴェルフ様のトンチキセンスが未然に防がれたんですね…………」
「でも無駄にするのも嫌だったし、その後に作ったリリスケの短刀にその名前を流用したんだ!アンタレスのドロップアイテムを使ったのは同じだし!」
「やめてください、本当に!クソみたいな名前つけられてるのが分かってるから、あえて聞かなかったのに!」
「な!?それは聞き捨てならねえな!この名前のどこがクソみたいな名前だ!?」
「全部ですよ、全部!!鍛冶の才能はあるくせにネーミングセンスはないんですから!」
「やめろお前ら!!」
言い合いをする二人を怒鳴りつけて止めようとするベート。
二人は取っ組み合いの喧嘩を始めようとし、止まる気配がない。
まあ、レベル差のある二人の間でそれが成立している時点で、これは二人にとってのコミュニケーションなのだろう。
それを周囲から見た時の見苦しさはさておき。
「ねえ、ヴェルフ。結局この剣の名前ってなんなの?」
「あ?ああ、名前か」
取っ組み合いをして、互いの頬を思いっきり引っ張り合いながらヴェルフは応える。
「“晩鐘の大愚剣”って名前だ。ヘファイストス様が名付けた」
「晩鐘…………大愚…………?」
どこか含みがありそうなその名前に、首を傾げるベル。
「それと、もう一つ言っとくことがあるんだ」
「なに?」
「それの材料について。アンタレスだけじゃなくてウダイオスのドロップアイテムとか、色々使ってるんだけどな。同時に、ヘスティア様とアルテミス様の血も入ってるんだよ」
「神様に…………アルテミス様も?」
「理由に関しては、本人たちに聞け」
その言葉を聞いて、ベルは神妙な顔で考え込み始める。
この答えを知るのは、もう少し先。
◇『一番の罪』
それはベルが遠征から帰った少し後のこと。
帰ったらまた案の定エイナから小言を言われ、怒られ。
ヘスティアからも色々言われてしまった。
それらを真摯に受け止めつつ、穢れた精霊という脅威への対応に加わることになった。
「待て!!クソガキ!!」
「お姉ちゃん、落ち着いて!ベルくんも待って!!」
そして今現在、彼はいつものように追いかけ回されていた。
ガネーシャ・ファミリアのヴァルマ姉妹に。
まあ、これはいつものことだ。
本当に、いつものことなのだから。
町の住民達もなれきってしまい、誰も何も思わなくなってしまった。
「クソッ、見失った!」
「何をやってるんだ、お前達は」
「あ、アルテミス様!」
「丁度いい!アルテミス様、あのクソガキはどこに向かいましたか!?」
「あの子だったら、この道を真っ直ぐ────」
「感謝します!!今に見てろ、クソガキ!!」
「待ってってお姉ちゃん!すいません、アルテミス様!失礼します!」
「あっ、おい」
居合わせた女神に行方を聞く二人。
それを聞くと、アルテミスが指差す方向に向かって、勢いよく走り出すシャクティとそれを必死に追いかけるアーディ。
アルテミスは驚いて声を上げるが、二人は既に走り去った後だ。
「まったく……神の話は最後まで聞くべきだと言うのに」
そう溢しながら、ため息を吐くアルテミス。
そして彼女は、背後にある樽に向かって声をかける。
「もう行った。出てきていいぞ」
「はぁ~い」
樽の中から出てきたのは、つい先程二人が追いかけていたベル。
そのことを咎めて疑問に思う人物は、ここにはいなかった。
「いいんですか、アルテミス様?嘘なんかついちゃって」
「嘘などついていない。私は『この道を真っ直ぐ行こうとしてたのを引き止めた』と言おうとしたのに、あの二人が最後まで聞かなかっただけだ」
「僕を隠したのに?」
「たまたまだ」
そう嘯く彼女に、ベルは何とも言えない表情をする。
正直、彼女との関係がイマイチ分からない。
同盟ファミリアの主神で、ヘスティアの神友。
ベルにとってはその程度の関係という認識しかないのに、彼女は何故かベルに甘い。
こうして匿ってもらうこともあるし、なにかあれば庇うような言動をすることもある。
挙句の果てに、剣の材料として血を差し出していたなんて。
彼女が自分にどういう感情を向けているのかが、分からなかった。
「それで?今回は何をしたんだ?」
「アポロン・ファミリアに絡まれたんですよ。最初は相手にしなかったんですけど、主神の言動があまりにも気持ち悪くて、つい……」
「どうせいつもの好色だろうが、何をやってるんだあのバカは……。近々戦争遊戯でも仕掛けるかもしれんな」
「それの方が楽かもしれないですね」
正面切って潰せるのなら、その方が楽だ。
その方が、簡単なのだから。
「にしても、最初は相手にしていなかった、か。変わったな。都市に来たばかりの頃はすぐに殴り飛ばしていたのに」
「もう4ヶ月近く経ちますからね。少しは神様のやり方に慣れてきたのかも知れないです」
「そうか……。まあ、それがいい。ヘラのやり方は些か暴力的だからな。君には、ヘスティアの方が性に合うだろう?」
「性に合う、ですか……」
元々、暴力が好きなわけでも人を殴りたいわけでもない。
いつの間にか本能に刷り込まれるレベルでそうなっていただけであって、本来のベルはもう少し平和主義だ。
本来の彼に戻っていってる、と形容できるかも知れない。
今では余程のことがなければ売られた喧嘩を買うことはないし、言葉で煽ることもない。
相手がしつこかったり自分以外に牙を向ければその限りではないが、そうでないなら問題を起こすことはなくなった。
そういうケースが多いから、端から見れば変わっていないように見るのだろうが。
それは違う。
彼はちゃんと、変わっていってる。
元の性格に戻っていってる。
それを実感したアルテミスはそんな言葉を言うが、ベルにはそれが些か奇妙に映った。
「…………アルテミス様って、なんで僕に良くしてくれるんですか?」
「うん?」
「ヴェルフから聞いたんですけど、僕の剣の材料に血を提供してくれたって。それに、今みたいに庇ってもらうことも多いですし。なんでですか?」
「なんで、か。そうだな、君の目には奇妙に映ったのかも知れないな。だが、これは大した話じゃなくて…………」
話している途中で迷い、言葉が詰まる。
何を語るべきか、何から話すべきか。
それが分からなくなり、アルテミスは少し考え込む。
「う~ん、なんと言ったものか。昔ある子どもとした約束があるから…………かな?」
「約束?」
「ああ、約束だ。君は極東に伝わる『玉兎伝説』というものを知ってるか?」
「はい。極東に行った時、仲良くなった子どもに教えてもらいました」
「話が早いな。あれは月の模様を餅をつく兎に見立てたもので、それが転じて月に住む兎は不老不死の仙薬を作っている、などという尾ヒレがついたものだ。月女神として言うが、そういう事実はない。だが、それらは確かな言い伝えや伝承として残っている以上、下界の子どもたちからしてみれば、月と兎の結び付きを表すものだと言えるだろう」
「その伝説が、どうかしたんですか?」
「昔、私を前に“玉兎”という偽名を名乗った子どもがいたんだ」
月女神を相手に、月に住む兎の名を騙る。
それがどういう意味合いなのか、それが分からないほどベルはバカではない。
「それは、なんというか……」
「告白にも似た行為だとは思わないか?本人は玉兎伝説の内実は知らなかったようだが、それでも月女神を相手にその名を使ったんだ。私からしてみれば、“自分は
「その人、アルテミス様のことが好きだったんですか?」
「私を好いてくれていたのは間違いないが、違うよ。あの子の思いは、私じゃない月女神に向けたものだった。あの子は永別したその月女神への感情を、よく似た私に重ねていただけなんだ」
「…………酷い人ですね」
「そうでもないさ。たとえ重ねたものでも、あの子が私を思ってくれていたことに変わりはないんだから」
どうあれ、好意は好意。
あの子どもがアルテミスを心の底から大切に思っていたことに、変わりはない。
「そして、あの子に頼まれたというか、予言されたというか。その子を見て、互いに思い合う私じゃない月女神とその子を見て、決めたんだよ。いつの日か身を焦がすほどの恋をしたのなら、その思いに素直に従ってみよう、と」
そして、君といつの日かなんでもない話をしようと。
言葉にはしないが、アルテミスは心の中でそう呟く。
今のこの子には決して言えない、この恋の始まりを。
「つまるところ、私は君に一目惚れしてしまったんだ」
「一目惚れ……!?」
「そんなに驚かないでくれ。わりと分かりやすくしてただろう?」
「そう、なんですか……?よく分かんないです」
「君、多分ヘラ達のせいでその当たりの感性死んでるだろ」
「うっ、否定できない……」
間違いではない。
ベル自身、そういう自覚はある。
「否定できないついでに言いますけど、今の僕にそういったものを処理できるだけの余裕はちょっと……。黒竜を倒す前に……」
「分かってるよ。答えを急かすつもりもない。ただ、そういうものだと知っておいてほしかっただけだ」
「アルテミス様は、それでいいんですか?そういうの、辛くないですか?」
「そうだなぁ……」
辛くない、とは言い切れないかも知れない。
今すぐにでも彼と両思いになりたいという感情も、確かにある。
だが、今はそれ以上に────
「なあ、ベル。君は今、幸せか?」
「……なんですか、急に」
「いいからさ。君は今、幸せかい?」
「そりゃもちろん、幸せですよ」
突然の問いかけに戸惑いながらも、それでもベルは胸を張って応える。
自分は今、幸せだと。
「助けられなかった命も、悔やむべき過去もいっぱいあります。だけど、その人達もそれを悔やみ続けるなんて望んでないでしょうから。僕は胸を張って言い続けますよ。“幸せだ”って」
「………………そっか」
「お義母さんもおじさんも元気になりましたし、神様やリリ団長と出会えましたし、ベートさんやレトゥーサ達も仲良くしてくれますし。そして何より、こんな素敵な女神様とお話できてますし」
「君のことを好きだと言った女に対して、その言動はどうかと思うよ?」
「…………すいません」
「まったく、君って奴は」
呆れるようにしながらも、アルテミスは笑う。
それにつられて、ベルも思わず笑ってしまう。
「関係を急ぎたい気持ちもあるが、今はまだこの時間を楽しみたい。変わった未来の先で、変わらない君は笑ってる。今は、それだけで充分なんだ」
アルテミスは一歩踏み出し、振り返り、手を差し伸べる。
笑いながら、彼を誘う。
「とはいえ、君との仲を深めるに越したことはないしね。どうせこの後は暇だろ?折角だから、デートをしよう」
「デート?」
「一緒に都市を巡ろうってこと。まだ都市に不慣れな君を、私がエスコートしてあげるよ。次からは、君が誘って、エスコートしてくれると嬉しいな」
「それは……いいですけど……」
「よし、じゃあ決まりだ!早速行こうか────『私のオリオン』!」
「オリオン?」
「君の愛称さ。射抜くものって意味。私の心を射抜いた君にはピッタリだろう?」
「なんでですか!?」
ベルの手を引きながら、アルテミスは都市の中を駆け出す。
戸惑いながら、悩みながら、笑いながら。
初めての感情の全てを、味わいながら。
アルテミスは、笑っている。
【アルテミス・ファミリア】
功績
・アンタレス討伐
罪状
・窃盗罪?
▶備考
『奴はとんでもないものを盗んでいきました………アルテミス様の心です』
番外編;【オッタルの責任】
時はアルフィア達襲来の直後。
フレイヤ・ファミリアの幹部たちは、未だ刻まれた傷に苛まれながらも、その場に集まっていた。
誰かが固唾をのむ音がする。
そして、この部屋の中心にいる彼……ベルは、勢いよく声を上げる。
「では、第一回!『オッタルさんに全責任を押し付けよう!~団長なら責任取れや~会議』を始めたいと思います!!」
『『『よっしゃあああ!!!』』』
勢いよく声を上げるのはガリバー兄弟とヘイズ。
他の面々も、声にこそ出してはいないが表情はその感情を物語っている。
「よくやった、ベル!」
「信じてたぞ!」
「この時を待ってた!」
「「「マジでありがとう!!」」」
「流石です、ベル!あとでチュ~してあげますよ、チュ~!」
嬉しそうに拳を突き上げるものまでいる始末。
オッタルが常日頃、どういう感情を向けられているのかがよく分かる。
「ヘイズさんは置いておいて、会議内容は表題の通り。お義母さん達のせいで、フレイヤ・ファミリアが実質的にロキ・ファミリアの指揮下に入ることになってしまった一件の責任を、全部オッタルさんに擦り付けるための話し合いです」
「…………元凶の半分はお前だろうが」
「すいません。これに関しては、本当にすいません!だから、責任取ってこういう形で納めたんじゃないですか!」
「喚くな、愚兎。分かってる。そもそもの原因はこちら側にある以上、私達に反論する権利はない。むしろ、連中の苛烈さを思えば、私達やフレイヤ様の命があるだけ温情だ」
「ふ、フフフ……本当に、恐ろしかった……」
若干不服そうなアレンの言葉からベルを庇うのはヘディンとヘグニ。
ヘラ・ファミリアの恐ろしさを知っている彼らからしてみれば、この状況はまだマシな方なのだろう。
「だが、当の本人はどうした?罰を与えるにしても、あの猪を取り押さえるのは手間だぞ?」
「それならご心配なく。負けたらこの処遇を受け入れるって条件でおじさんとの決闘を取り付けて、負けてボロボロになったものが、ここにいます」
「よし、よくやった」
「流石ベル……我が、暗黒の盟友……フフッ」
三分クッキングのごとく、隣りにある箱からボロボロになって意識を失っているオッタルを取り出すベル。
それを見て、ヘディンたちは満足そうに笑う。
「では、早速ご意見をお願いします」
「はい!爪を一枚一枚剥いでいく!」
「徹底的に痛めつける!」
「ボコボコにする!」
「全団員でリンチ!」
「拷問!」
「却下だ、バカ共。あのクソ猪にその類は効果が薄い」
「ヘイズさん、オッタルさんにどれだけ恨み抱えてるんですか?」
「フフフッ、聞きたいですかー?」
「遠慮しておきます」
止める理由が効果が薄いというのが、ヘディンらしい。
「そもそも、それだったらお義母さんたちがやった方がいいですし、そうなったら廃人化のリスクもありますし」
「ロキ・ファミリアの遠征に同行するのがほぼ確定な現状、廃人は困る……」
「というわけで、もう少しフレイヤ・ファミリア内で完結できるような、独自性みたいなのが欲しいです」
「我儘ですねぇ、ベルは」
ヘイズは若干不服そうにしながらも、それでも考え事態は否定しない。
だが、それだと条件が厳しいような気もしてくるから困ったものだ。
「じゃあ、シル様に『オッタルさんなんか大っ嫌い!』って言ってもらう」
「一歩間違えれば自害しかねないから却下です」
「あの御方の手を煩わせるな、バカが」
「それもそうですね」
ヘイズの提案が思った以上に容赦がないし恐ろしい。
全団員のヘイトが収まるようにオッタルに罰を与えて、その上でオッタルを無事でいさせなくてはいけない。
この塩梅が思ったより難しい。
「おい、この場にいるバカ共」
全員がウンウン唸りながら頭を悩ませていると、そんな声が聞こえてくる。
その言葉に、一人ずつ反応していく。
「言われてるぞ、メガネ」
「誰がメガネだ、糞猫。私ではないに決まってるだろう。言われてるぞ、ヘグニ」
「俺でもないよ……アルフリッグ、言われてるよ」
「俺じゃない、ドヴァインのことだ」
「俺でもない、ベーリングだろ」
「俺でもない、グレールのことだ」
「そもそも俺達のことじゃない。言われてるぞ、ヘイズ」
「私じゃないですよ。言われてますよー、ベルー?」
「僕でもないですよ、アレンさんのことですって」
「ぶっ殺すぞ」
「全員に決まってるだろうが、バカ共!!」
全員自分をバカじゃないと思い、キレイに一周する。
そんな彼らに痺れを切らして声を上げるのが、彼女。
「どうしたんですか、ミアさん?」
「どうしたもこうしたもあるか!!いきなり呼びつけたと思ったらなんなんだい!?」
いきなりベルに呼ばれてやって来たミア。
真剣な話し合いかと思えば、こんなトンチキな話し合いをしているのだ。
そりゃあ、文句の一つや二つ言いたくもなる。
「だから、オッタルに責任を取らせるための話し合いだ」
「ミアさんも無関係じゃないんですから、協力してくださいよ」
「関係ないだろうが!あんた達だけで勝手にやってな!」
「そんなー、手伝ってくださいよ、店長ー。いいアイデアが出ないんですよー」
「知るかっての!!」
怒りのあまり出ていこうとするミアを、ヘイズは縋るようにして止めようとする。
とは言え、あまり効果はない。
だが、それでも鬱陶しくはあるようで。
「お願いしますよー」
「知らないよ!ああもう!そこまで言うならあのバカ娘の毒料理でも食わせとけばいいだろ!!」
「「「「…………。」」」」
思わず叫んだその言葉に、全員が動きを止める。
「な、なんだい……?」
それを不気味に思うミアだったが、その答えはすぐに出た。
「「採用」」
ヘディンとベルが顔を見合わせ、その案を即採用する。
他の幹部たちからも、反対意見は出ていない。
「では、オッタルさんへの罰はシルさんの料理の味見をすること。異論はありませんか?」
「「「「異論なし!」」」」
「えぇ……いいですけどちょっと不服ですー。いくら毒……ゲフンゲフン!ゲテモノ料理とは言え、シル様の手料理を食べさせるなんてー」
「考え方を変えましょう、ヘイズさん。こんな形になってシルさんも心苦しいでしょうし、その完成形を全団員に振る舞うって約束を取り付けるんですよ。そうすれば自分たちは、オッタルさんを犠牲にして上達したシルさんの美味しい手料理を心置きなく楽しむことが出来ますよ?」
「なるほど!!冴えてますね!!私からも異論はないです!!」
先程までのグダグダっぷりが何だったのか。
驚くほどのスピードで決まっていく。
「オッタルさんには、3食のうち朝と昼をシルさんの手料理、夕食をおじさんの手料理を食べることを強制させます」
「あの男の料理?なんでだ?」
「味覚が壊れたら味見もクソもないだろう?戦闘で使い物にならなくても困る。定期的に美味いものを食わせて、味覚と身体を保たせるんだ」
「期限はどうするの?」
「もちろん、シルさんの料理の腕がおじさん並みに上達するまでですよ」
「ナイス鬼畜!」
「いいぞ、ベル!」
「「「それな!」」」
どれだけ途方もない時間が掛かるのか。
考えるだけで恐ろしい。
「では、可決いたします。最終確認として、異論がない方は立って拍手をお願いします!」
無論、全員が立って拍手をする。
その様子を見て、ミアは呟いた。
「マジで悪かった……」
と。
オッタルへの同情が、滲んでいた。
余談だが、オッタルの耐異常のアビリティは一週間もしないうちにEからDに上がっていた。
これは狩人を超える、オッタルの最高ランクになる。
まあ、偶然だ。
たまたまそういう時期だったんだろう。
~おしまい~
あとがき
というわけで、最悪世界のベルくんのお話はこれでおしまい。
次に書くのは穢れた精霊との戦いか、今まで書けてなかった道化行進の続きか。
迷っているところです。
まあ、その前に時を渡る乙女達の方終わらせた方がいい気がするので、そっちが先かもしれません。
あと、アイデアシリーズでブルアカの先生に呪術の腸相がなってるクロスオーバーとか書きたい。
転生した九相図三兄弟も事務員になって一緒で。
どこかのタイミングで腸相に虎杖が受肉して、みたいな話。
呪術はともかく、ブルアカは結構にあわかだから、誰かに任せたい。
他には陰実の上映会系作品とか。
シド/シャドウ視点を入れずに、西村さんとかアルファとかアウロラさん視点だけで、徹底的な表の世界の住人(クレア、アレクシア、アイリス、シェリーあたり)の徹底的な曇らせ展開とか。
そういうのを書きたい。
こっちは自分で書きたい。
そういうのを、私は書きたい。
でも、時間がないから。
仕事とか他でやってる二次創作の漫画とか、色々あってやるとしてもすごく遅くなりそう。
そんな愚痴でした。
アイデアに関しては、書きたい方がいれば是非どうぞ。
以上、あとがきでした