大国と戦争して敗北した小国の英雄が、元敵国の王子様系女性将官にプロポーズされる話。

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なんちゃって架空戦記です。
戦後の恋愛です。


プロポーズ

 

 当たり前のように魔法が存在し、多くの種族が共存する時代にて。

 

 大陸に君臨する南の太邦と北の巨人。列強に囲まれた小国の末路は、あまりに悲惨だった。

 

 始まりは単純である。更なる富国に憧れたヘリオス王国が不用意に南のヘルマ連邦に接近し、北のアーダルベルト帝国の不興を買った。緩衝国はどこまでも緩衝国としての機能を望まれる。その役割を放棄せんとするのであれば、帝国が黙っている筈もなかったのだ。

 

 闢歴923年。アーダルベルト帝国はヘリオス王国に宣戦を布告した。

 

 小国は大国に勝らず。ヘリオス王国とアーダルベルト帝国による戦争は、王国の健闘もむなしく帝国の勝利に終わる。ヘルマ連邦の仲介もあって王国の主権まで奪われることはなかったが、それも列強の緩衝国を無くさせないためという消極的な理由だった。いわば列強による列強のための停戦だったのである。

 

 さて、そんな敗戦国の末路は中々凄惨なもので。戦争で疲弊しきった国土は荒れに荒れ、自国貨幣の信用は地の底にまで落ちた。挙句の果てには、敗戦を受け入れられない馬鹿共が国民どころか王国軍内部で跋扈する始末。

 

「酷いものです」

 

 窓の外を眺めながらそんなことを告げる。

 

 かつて栄華を誇った王都も今は見る影もない。華やかな情景も今や色褪せ、道端には物乞いで溢れている。その中には国を守らんと命を懸けた傷痍兵もいるのだから見るに堪えなかった。

 

「此度の戦は高くついたな」

 

 俺の言葉に呼応したのは、いかにも高価な椅子に偉そうに腰かける老境の男性。実際俺よりも遥かに地位が高い。階級は少将、王国軍親衛隊を率いる御仁である。本来であれば一人の士官に過ぎない俺とは縁遠い方なのだが、何故か召喚を受けてここにいる。ともすれば密会ともいう。

 

「はい。今や王国の経済は崩壊し、国に仕えた忠勇の烈士も路頭に迷っています」

「嘆かわしい事だ。尤も責任の所在は議会の腰抜け共にあると私は考えているがね」

 

 成程、この人ひょっとしてタカ派なのだろうか。まいったな。

 

 現状における王国軍は主戦(タカ)派と穏健(ハト)派で二分している。無論表立って衝突している訳ではないが、どうにも最近のタカ派はキナ臭い。因みに俺は穏健派を自認している。もう二度と戦争なんて御免である。

 

「いけません閣下。誰に聞かれているかも――」

「安心したまえよクアン中尉。この場には私と君以外誰もいない。何より()()()()()も今は弾いている。だから聞かせて欲しいのだよ。帝国軍にケルンの狂犬とまで称された君の本音を」

 

 まいったな(二度目)。物騒な二つ名をつけられたせいで、俺もタカ派の同士とでも思われているのだろうか。だとしたら本当に嫌なんだけど。どうにも先の戦争における戦績のせいか、俺が穏健派に属する人間とは露ほども思われていないらしい。いや、別に公言してるわけではないんだけどさ。

 

 とはいえもし仮に少将閣下が主戦派なのだとすれば、下手な回答はできない。互いのためにも出来る限り穏当に話を終わらせるべきだ。

 

「閣下、小官はあくまで王国軍人です。そして軍人は政治にかかわるべきではないと士官学校で学びました」

 

 無難にそう応える。というか無難過ぎた。でも腹芸なんて俺には無理です。戦前は新米少尉だった男に期待するなってはなし。

 

 少将閣下は葉巻を口にくわえ火をつける。うーん渋い。ダンディな見た目と合わさってかっこいいけども、対する俺の冷汗は止まらない。厚意で喫煙を勧められたが、それどころじゃないので丁重に辞退した。ここでタバコ吸えるような奴は心臓に毛が生えてる。

 

「模範解答だな。意外だよ」

「はっ。恐縮であります」

「だが私は本音が聞きたいと言ったはずだ」

 

 ヒェッ。変な空気が口から漏れ出そうになる。何より圧がすごい。二度目はないぞって感じがありありと伝わってくる。

 

 よし、覚悟を決めろ。そも仮に自分の考えを告げたところで、何の不都合があろうか。いや都合が悪くなる可能性はあるか。しかし己の立場を明確にするという意味では、ここは分水嶺となる。

 

 よし、覚悟を決めた。

 

「はっ。失礼いたしました。はっきりと申し上げますと、小官は博愛的愛国主義者と自認しております。故にもう二度と国民に血を流させてはならない。そう考える次第です」

「……愛国者ならば祖国の現状を憂うべきではないのかね?」

「はい。閣下の仰る通り、国民がその日の飢えを凌ぐことにすら難儀している現状は、確かに憂うべきです」

「クアン中尉。君は民こそが国なりと宣う口かね?」

「はい」

 

 明快に応える。民なくして国はあり得ない。まして戦争は地獄である。自ら軍に入った俺たちならともかく、民衆にその地獄を二度も味わわせるのはナンセンスだ。

 

「……ふむ。私はどうやら君を誤解していたようだ」

 

 こちらを見定める様な視線から一転、まるで奇妙な生き物でも見たかのような顔つきをする。

 

「てっきり主戦派だと思っていたのだがね」

「とんでもない。既に小官は祖国の敗北を受け入れております」

「……そうか。やはり噂など何の当てにもならんな。狂犬という触れ込みに踊らされたようだ。すまない中尉」

 

 その一言でようやく張り詰めた空気は緩んだ気がした。心なしか閣下の表情も和らいだように見える。

 

「はい。いいえ、少将閣下。戦地における働きと思想は必ずしも一致するものではありませんから」

「至言だな。クアン中尉、改めて試すような真似をしたことを詫びよう。かくいう私も平和を愛していてね。戦争なんざ糞食らえだ」

 

 ものすごくぶっちゃけたな。話を聞いてみれば、少将閣下はタカ派を炙り出すためにこうした面接染みたことを続けているらしい。何というべきか、心労がヤバそうだ。

 

「恐れながら、小官は閣下こそ――」

「タカ派だと思ったかね?」

「はい」

 

 だって今の一連のやり取りは、演技とは思えないほど真に迫っていた。

 

「だろうな。私とて思うところがない訳ではない。しかし親衛隊は国王直属の部隊だ。反戦こそが国王の御意思なのであれば、我々もそうあるべきだろう」

「……失礼、本音をお聞きしても?」

「帝国のクソ共と頭の足りない議員の連中はこの手で縊り殺してやりたいところだが、これ以上部下と民を失う訳にもいかん」

 

 良かった。思っていた以上にこの人は人間だ。階級は大きく離れているが、少なくとも理性を忘れたタカ派の連中と比べれば幾分も話しやすい。あいつらマジでやばいもん。

 

「だから私は心底安心しているのだよ。国の英雄がその二つ名の通り、狂犬でなかったことに」

 

 先よりも幾分かリラックスした様子で葉巻を堪能する少将閣下。俺としても無意味な対立が生まれなかったことに安堵する。内輪揉めができる程、我が国の情勢は安定してないのだから。

 

「話は変わるが中尉。確か君は戦中では少佐だったか」

「はい。野戦任官ではありましたが、当時新米の少尉だった小官には些か荷が重い階級でした」

「……だろうな。だがよくぞ戦い抜いてくれた。ケルン戦線の話は私も聞き及んでいる」

 

 ケルン戦線。先の戦争において最も過酷とされた戦場。

 

 多くの同胞が死んでいった。その中には先任の指揮官もいた。そして空いた席に座った次の上官も翌日には戦死する。王国軍人の血に塗れた地獄、それがケルン戦線だった。

 

 俺はその空席を埋める最後の士官だった。最前線の魔導騎士隊中隊長に任命され、いつの間にか少佐にまで昇進した新米少尉。当時の王国軍がどれだけ追い詰められていか分かるエピソードである。

 

「はい。しかし多くの部下を死なせました。生き残った者も片手で数えられる程度、無能の謗りは免れぬでしょう」

 

 部隊指揮なぞ最低限もできたかどうか怪しい。それでも英雄などと持て囃されているのは、単に俺が()()()()()()()()からだ。しかし個が強いだけでは戦局が覆る由もない。残ったのは僅かな部下と慰みにもならないキルスコアのみだ。

 

「君が無能ならば、後方でふんぞり返っていた私も同様だろうよ」

「閣下、それは」

 

 反応に困る。何より親衛隊は国王の命でケルン戦線から撤退中の友軍を身を挺して守ったと聞いている。そしてその過程で多くの犠牲を強いた事も。

 

「……ふむ。防音術式もそろそろ限界か。口惜しいが、お喋りはここまでだな。君と話せてよかったよ」

「はい。こちらこそ貴重な時間を頂きありがとうございます」

 

 閣下と固い握手を交わす。その時、耳元で閣下はこう囁いた。

 

「クアン中尉。君自身は価値を見出していないのだろうが、君の名声に肖りたいタカ派も存在する。くれぐれも気を付けたまえ」

「……はっ。ご忠告感謝します」

 

 こうして密会は終わった。因みに帰り際に、少将閣下直通の連絡先を頂いた。信用された、ということで良いのだろうか。まぁ頼る先が一つ増えたのは素直に喜ばしいことだろう。

 

 扉を開けると、二人の近衛兵が敬礼していた。国王直下の兵士というのもあってか、その所作はどこか気品すら感じる。

 

 しかし彼らが保有する魔力量は、両名が優れた兵士であることを雄弁に語っている。もし閣下の身に危険が及ぶような事態に発展していたら、彼らは迅速かつ適切な対応をとったことだろう。全く恐ろしい話だ。

 

 近衛兵に答礼しつつ、次の予定に思考を巡らす。今しがた峠を一つこえたところだが、次の予定も面倒だった。

 

「……はぁ。これ行かなきゃダメかなぁ」

 

 スケジュール帳を睨みつけながら独り言ちる。そこには新聞記者と対面取材と書かれていた。一介の士官を捕まえて何をしたいのだか。

 

 

 

 ★

 

 

 

(どんだけ俺をタカ派ってことにさせたいんだよ……)

 

 取材を終えた俺はそんなことを考える。今回取材を取り付けてきた新聞記者は、中々に過激な御仁だった。さっそく少将閣下の忠告が身に染みるような思いだ。

 

(とはいえ、マスメディアが継戦を訴えたがるのは危ういな)

 

 彼らは戦争を知らない。だから声高らかに戦争を続けようなどと思える。そこに僅かばかりの苛立ちを覚えるが、それ以上にこの現状をどうにかしたいと思う。さて、ではどうすれば荒ぶる民の気持ちを抑えられるか。

 

 いっそ政治家にでもなるか。そんな考えが脳裏を過る。しかし軍上層部が許さないだろう。というのもつい先日に頼んでもないのに、王国軍大学校推薦の審議が通ったという通知がきたのだ。選択肢はない。

 

「はぁ。どうしたものかな」

 

 頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら、次の目的地へ車を走らせる。

 

 場所はアーダルベルト帝国大使館。上の命令でここに向かえとの事だったが、具体的なことは何も聞かされていない。しかも終戦したとはいえ、つい先ほどまで敵だった国の大使館に単身で行かせるってどんな軍務よ。

 

 門に近づくと、顔の怖い警備兵に呼び止められる。そして当たり前のように難癖をつけられた。こちらも仕事なので引き下がる訳にもいかず、まず官姓名を告げる。すると顔を真っ青にした警備兵は、簡単なボディチェックの後、すぐに門を通してくれた。

 

 あまり価値を感じていなかった名声だが、やはり閣下の仰る通り一定の価値はあるようだった。

 

「やぁ、待っていたよ」

 

 ホールで出迎えてくれたのは、帝国軍特有の黒い軍服を身に纏う女性。それはケルン戦線で幾度となく見た顔だった。

 

 彼女はいかにも親し気な様子で腕を広げる。どう対応したものかと逡巡した後、無難に右手を差し出す。

 

「……ご無沙汰しております、ルイーザ大佐殿」

「ああ、一週間と二日ぶりだ」

 

 残念そうにしながらも律儀に握手に応じる彼女の名は、ルイーザ・ファルベルグ・ヘルドール。帝国軍大佐にしてアーダルベルト帝国皇帝の三女。戦場では帝国の紅い怪鳥とも呼ばれた女である。

 

 ケルン戦線では彼女の魔法によって、幾人も俺の部下は灰燼に帰した。或いは俺にとって、宿敵と呼ぶべき存在である。

 

「そう畏まることはない。君と私の仲だろう? 胸襟を開けていこうじゃないか」

「はい。いいえ、小官はあくまで仕事でここにきておりますから」

「なら猶更気安く接してほしいものだけれど。もしや君、何も聞かされずにここに来たのかい?」

 

 その通りだと応える。俺は何も聞いてない。ただここに向かえという通達のみがあった。詳細を求めても、行けば分かると返されてしまったくらいだ。だからどんな軍務よ。

 

「ふーむ。なんとも薄情なことだね。全くこれだから王国人は」

「薄情? それは一体どういう――」

「気にしないでくれ。それより()()の話をしよう。ついてきたまえ」

 

 そうして案内されたのは煌びやかな応接間。何やら甘い香りがすると思ったら、テーブルの上にクッキーが置かれていることに気づく。月並みな感想だが、とてもおいしそうだった。

 

「おや? もしかして甘味が好きなのかい?」

 

 俺の視線を察したルイーザ大佐が面白そうに問いかける。その表情は穏やかそのものであり、かつてケルンの地で見た凶相とはかけ離れていた。

 

 戦争は終わった。そういうことなのだろう。

 

「戦場では嫌というほど苦い思いをしました。戦後ともなれば、口に入れる物くらいは甘いくらいが丁度よいかと」

「ふふ、話が合いそうだ。かくいう私も甘いものに目が無くてね」

「これは驚いた。帝国の怪鳥にも女性らしい面があったとは」

「言ったな。もし君が帝国軍人だったのなら、この手で直々に指導していたところだ」

「これはしたり」

 

 そこでようやく応接間が笑いに包まれる。それが堪らなく嬉しく、そして悲しかった。

 

 元々は敵だった将兵と笑って語らう。そこに至るまでに一体どれだけの人々が死んだのか、それを想わずにはいられなかったのだ。

 

「立ったまま話すのも疲れるだろう。座りたまえよ」

「はい。失礼します」

「焼き菓子も是非食べてみてくれ。そのために焼いたんだ」

「ありがとうございます。って、え?」

 

 焼いたって。これ大佐お手製なの? だとするとなんというか、家庭的というか。控え目に言うとギャップがすごい。

 

「ああ、その顔が見たかったんだ。味は保証しよう。何せ甘味愛好家がつくったお菓子だ。妥協はないよ」

 

 そしてこの自信である。実際、香りからして最高だ。まして戦中はこのような甘いお菓子など口にする機会など絶無だった。

 

 故にお言葉に甘えていざ頂こうと、クッキーを口元にまで運んだところで不意に手が止まった。大して優れてもいない俺の直感が警笛を鳴らしたのだ。

 

 ここは帝国の大使館である。つまりこの地は王国の法が罷り通らない治外法権だ。故に何が起きてもおかしくないし、何かが起きても帝国はその封殺が可能だろう。そう、例えばこのクッキーに――

 

「毒なんて盛らないよ」

 

 見透かしたような言葉に、事実見透かされた訳だが、酷く恥じ入るような気分になった。

 

 そも魔術師に毒殺は悪手だ。何故ならこの世界には解析ないし解毒という魔術が存在するからだ。そして俺は魔術師であり、解析はともかく解毒に関する魔術は大方修めているである。

 

 しかし無防備に食すというのも憚られる。非常に高価ではあるが、魔術師にも通用する毒物は存在するのだ。

 

「いや、その反応も無理はない。寧ろ配慮に欠けていたのはこちらの方だね。申し訳ない」

 

 ルイーザ大佐は頭を下げて謝罪する。

 

 その様子を見て、俺はどうしてか自棄になってしまった。具体的に言うと、焼き菓子を口にし、思いっきり咀嚼したのである。

 

 行儀は良くない。だが相応に覚悟を要求される行動だった。故にマナーなど忘れてしまう。まして味なんて分かる筈もなかった。ただ彼女の言の通り、焼き菓子に毒は含まれていなかった。

 

「ごちそうさまです。大変美味ではありますが、お茶も欲しくなりますね」

「――っ! 勿論だとも。すぐに用意させるよ」

 

 このようにして、大佐との謎の会談が始まった。

 

 ルイーザ・ファルベルグ・ヘルドール。ケルン戦線で鎬を削り合った宿敵。何度も殺されそうになり、そして何度も殺し損なった相手。

 

 そしてどうにも、今回の仕儀は彼女によるものらしい。だが今のところ、その思惑は何も分かっていない。

 

「さて、そろそろ本題に移りましょう」

 

 ティーカップに注がれた紅茶を口に運びながら告げる。因みに紅茶は美味しかった。味覚が鈍感な俺でも美味いと感じるのだから、相当良い茶葉なのだろう。

 

「そうだね。では単刀直入に言おう。クアン・ボルッツァ中尉、君と婚約を交わしたい」

 

 聞き間違いだろうか。何やらこの場に似つかわしくない言葉が聞こえた気がする。だが何の脈絡もない。だからもう一度丁寧に大佐の言葉を咀嚼しても、やはり一つの答えにしかたどり着かなかった。まさかとは思うが、念のため確認しよう。

 

「……もしかして自分はプロポーズを受けているのでありますか?」

「その通りだよ」

 

 あっさりと返された。どうやら間違ってないらしい。

 

「私は王国軍人で、貴女は帝国軍人です」

「そうだね」

「つい数日前までは殺し合った仲でもあります」

「ふむ、何か問題でも?」

 

 ここに価値観の齟齬を感じた。とてもではないが理解できない。

 

「そう驚かないでほしい。敵対していたからといって、親しい仲になれない訳でもないだろう?」

 

 目の前の女傑は困った様に肩を竦めた。しかし目が笑っていない。まるで獲物を前にした獣のような貪欲さと野性味を感じる。素直な感想を述べれば、恐ろしく気持ち悪かった。

 

「小官としては、些か気持ち悪く思いますね」

「それは残念」

「しかし貴婦人にここまで言わせたのならば、私も誠意をもってお答えしましょう」

「うん。君ならそう言うだろうさ」

 

 謎の信頼を感じる。いや、戦場で幾度も戦えば、こういう理解もあり得るのだろうか。少なくとも見知らぬ他人と比べれば、幾分もその人となりを知る機会がある。もっともそのコミュニケーションツールは、刃や拳などの大変素敵な代物だった訳だが。

 

 少し考えよう。俺から見たルイーザ大佐は、恐ろしい女将校であり宿敵である。俺は彼女の部下を何人も殺したし、彼女も俺の部下を何人も殺した。だからこそ憎く思うし、畏敬の念もある。

 

 しかしそれは彼女の一側面に過ぎない。俺は敵としての彼女しか知らない。焼き菓子が好きな私人としての彼女なんて俺は欠片も知らない。何より国の命運に関わる事態だ。ならば――

 

「……恐れながら、現時点では承諾いたしかねます」

「うん」

「ですが両国の関係改善のためにも、この期を逃す手はないとも考えております」

「ふふ、そうだろうね」

「だからまずは、お互いを知るところから始めませんか?」

「構わないよ」

 

 ぶっちゃけた話をすると、ルックスは最高である。長身かつ中性的な容姿の麗人、正に王子様系ってやつだ。立場や感情に縛られてなければ、こちらからプロポーズするぐらいには別嬪さんである。うんごめん、最低だな。

 

 とはいえ実際問題、そこまで悪い話でもない様な気がする。もし仮に婚約が実現すれば、それは和平の象徴になり得る。俺の無駄に大きい影響力の使いどころと言えなくもない。

 

 気がかりなのは、タカ派の連中と軍やお国の上層部。特に後者に関しては、何故黙したまま俺に大使館(ここ)へ行かせたのかが気になる。要件の内容を知っていたら、何らかの指示があって然るべきだろうに。それとも、あくまでも俺の自由意志を尊重したかったのか。何にせよ俺一人では決めきれない。

 

「しかし小官にとって手に余る案件です」

「どうして?」

「貴女は帝国皇帝陛下のご息女であらせられる。対して私は元を正せば、しがない地方貴族の三男坊。あまりにも地位が釣り合わないでしょう」

「帝国は血筋に拘りはないよ。もちろん伝統を貴ぶ側面はあるけど、そこは貴国と同じさ。ただ帝国では種族や身分、性差によらない生き方ができる。だから問題があるとすれば、貴国の事情くらいだね」

 

 随分と近代的な君主制国家だ。その合理性は我が祖国にも分けてほしい。

 

「それでも気になるのなら嫁いでも良い。それくらいの覚悟はあるし、家族にも話は通してる」

「なるほど、逞しい限りです」

 

 何この人、覚悟ガンギマリで本当に怖いんだけど。常在戦場ってそういう意味でしたっけ。まぁ流石に嫁ぐ云々は嘘だろうが。

 

「で、まだ何か懸念点があるの?」

「それはもう。単にお付き合いするだけでも多くの問題がつき纏うでしょう」

「例えば」

「王国軍のタカ派が認める事はまずないでしょうね。下手をすると内戦に発展します」

 

 俺としては主権を維持したまま、和平が成立しただけでも万々歳なのだ。だというのに、タカ派の連中ときたら未だに帝国に勝てる気でいる。それが俺には信じられない。帝国軍の物量と質は本物だというのに。

 

「それは何とも無粋なことだ。でも気持ちは少し分かるかもしれないな」

「といいますと?」

「負けたままなのは辛抱ならないってことさ」

「貴女は勝者の側でしょう」

「ケルン戦線では終ぞ君に勝る事は無かったけどね」

 

 ティーカップを傾けながら彼女は告げる。戦時中の話であれば、俺とルイーザ大佐が率いる部隊の実力はほぼ互角だった筈だ。寧ろ大局的に見れば負けていたくらいである。

 

「自己評価が低いのか、それともただ謙虚なだけなのか。さてどちらかね。少なくとも帝国屈指の精鋭部隊をまるごと単騎で相手取るのは普通じゃないよ」

「……殺し合いが得意だった。それだけのことです。褒められることではありません」

「本当に戦争が嫌いなんだ」

「ええ」

 

 だって戦争して良い事なんて何にもない。人が沢山死ぬ上に、あらゆる資源を無駄遣いする。人類史上最も不毛な行為、それは戦争だ。現に王国の経済も内政もガタガタである。

 

「ならやっぱり帝国は憎い?」

「貴女の事は嫌いではないですよ」

「手厳しいな」

 

 こればかりはどうしようもない。安全保障を確保するためと言えば聞こえは良い。しかしそれは何処まで行っても帝国の事情であり、更なる発展を望んだ王国民としてはあまりにも許しがたい。いや、でも無策なまま南の連邦に急接近した政治家の連中は反省してほしい。下手をすると帝国よりも嫌いかもしれん。あとタカ派な、あいつらはマジで嫌い。

 

「で、少し話は戻るのですが、何故婚約なのですか? 先ほども申し上げましたが、私は田舎貴族の末弟ですが」

「一目惚れでは納得できない?」

 

 何を馬鹿なことを。

 

「悪かった。そんな顔しないでくれ」

「では?」

「失礼を承知で言わせてもらうのだけれどね。帝国は貴国の青い血などよりもよっぽど君に価値を感じている。これは我が父、皇帝陛下のご意向でもある」

「どういう意味でしょう?」

「察し悪いなぁ。つまり我々は、君の力に興味があるのさ」

 

 力。言い換えれば、俺の魔術師としての才能。帝国はそれを求めているということか。どうやら彼女たちはケルン戦線の出来事がよほど印象に残っているらしい。

 

 だとすれば勘違いだ。俺の力は血筋によるものではない。どちらかといえば突然変異。事実として我が一族の祖先に、魔術師として優れた者はいなかった。強いて言えば、魔力量が平均より大きいくらいか。勿論、その事実を口にすることはない。

 

「……ではやはり帝国は王国との融和を望んでいるということでしょうか」

「はは、直球だね。でも否定はしないよ。婚約が確たるものになれば、戦後復興の支援もするつもり。というか、それを武器に君に迫る予定だったんだけどね」

 

 手口えげつな。そんなこと言われたら俺に拒否権ないじゃん。だがそれ以上に重要なことがある。

 

「王国の主権は?」

「――ヘルドールの名を懸けて尊重するとも」

 

 口約束で申し訳ないけどね、と彼女は付け加えた。その眼と声音は俺からすれば誠実に見えた。しかし疑うようだが口約束とはいえ契約は契約、おいそれと口にするには些か責任が伴い過ぎているような気もする。

 

「しかし婚約するにしても相手が他にいるでしょう」

 

 しつこいようだが彼女の会的地位はアーダルベルト帝国皇帝の第三女、皇位継承順位は決して高くないがその肩書は不動のものである。帝国側は王族に興味がないにしても、王国人はそうではない。政略結婚をするのであれば、権威を軽んじるべきではないだろう。

 

「だから言ったじゃないか、一目惚れだって。より正確に言えば、刃を交える内に君のことを好ましく思うようになったよ。ふふ、今でも残ってるんだ。腹部の傷」

 

 微笑みながら腹部を摩る彼女は確実に目がキマっていた。控え目に言って怖いです。

 

 というか彼女ほどの魔術師ならば、傷跡くらいすぐに治せるはずだ。尤も問い詰めたらより怖くなりそうなので黙ってよう。もう()()()()()()なのだと思っておく。

 

「俄かには信じがたいですね」

「だからこれからお互いを知って行こう。先の話はそういうことだろう?」

「……ええ、まぁ、はい」

 

 戸惑いながらも頷く。

 

「しかし国民は認めるでしょうか」

「認めるさ」

「根拠は」

「戦時中のプロパガンダさ。少しでも国民の厭戦気分を抑えるために、貴国のメディアは君を英雄として大々的に報道した。その甲斐もあって中々表に出ない王族よりも君は人気者なのさ」

 

 マジかよ。俺の知らない内にそこまで欺瞞が浸透していたのか。上層部が沈黙していた理由も何らかの政治的背景があったのかもしれない。

 

 とはいえ、帝国の主張は聞くことができた。あとは()()にどう説明するかだ。

 

 話はシンプルだ。帝国は、少なくともその皇族の一人は、王国との協調を望んでいる。その上、婚約が成立すれば戦後の復興も早まる。

 

 だがその一方で南連邦との関係悪化は免れないだろう。ただ戦中碌な支援を寄越さなかった連邦に、いい感情を抱いていない王国の者は多い。

 

 また他の問題としては、タカ派の動向が全く読めないこと。あと国民の感情、最近は何やら赤い主張も聞こえてくるし。ごめん、全くシンプルじゃないや。俺にはどうするべきか分からないぞ。

 

「もっとシンプルに考えようよ」

 

 考え込む俺に対し、そんな言葉が聞こえてくる。

 

「いいかい。私は君が好きだ。そしてとても尽くす方だと自認している。婚約が相成れば、私は全力で君を幸せにすると誓う。だからどうか共に生きてはくれないだろうか」

 

 片膝をついて、こちらを見つめるルイーザ大佐。その眼差しは俺の顔を熱くさせるのに十分であり、顔を逸らしたくなってしまった。

 

「……随分と雄々しいアプローチですね」

「君は強引な姿勢に弱いと見た。どうだった?」

「正直に言えば、胸を打たれましたよ」

「ならよかった」

 

 こうして本日二度目となる密談は終わった。

 

 そして近い将来で俺と彼女は正式に婚約を交わし、なんやかんやあって帝国と王国は平和になりましたとさ。ちゃんちゃん。

 





 以下は作者の自慰設定。

・クアン・ボルッツァ
 本作の主人公。実は元日本人の転生者で、魔術師のすっごい才能も転生におけるギフトだったりする。
 王国の田舎貴族、その三男坊として第二の人生を歩む。また貴族とはいえ収益の乏しい貧乏貴族だった親の願望で、支援金の出る士官学校に入学する。しかし士官学校を卒業した半年後に戦争が勃発したため、魔道騎士部隊の小隊長としてケルン戦線に送られる。ケルン戦線では上官が多く戦死し、繰り上げで中隊長となる。またこの時に野戦任官で少尉から少佐となる。
 戦場で目覚ましい戦果(主に帝国の精鋭部隊を単騎で抑える等)を挙げ、本国では英雄として持て囃される。そのせいで戦後大変な目にあうが、色々あって王国の立て直しに貢献する。
 最終的には戦場で鎬を削り合った帝国将官にして皇帝の第三女、ルイーザ・ファルベルグ・ヘルドールと結婚する。その見返りとして王国は帝国の支援を受け、驚異的な速度で復興した。またこの時にタカ派による軍部暴走、過激な共産主義者の台頭など、立て続けに事件が発生するが主人公の活躍で何とか鎮火。王国は主権を維持するも、親帝国となったため南の連邦とは関係が悪化してしまった。とはいえ日和見主義の連邦は王国、ひいては帝国と事を構えるつもりはなく一時の平和が訪れる。

・ルイーザ・ファルベルグ・ヘルドール
 本作における王子様系ヒロイン。また現皇帝の第三女にして帝国屈指の魔術師。本人の希望で軍属となり、軍学校でも主席で卒業。戦場でも無類の強さを誇り、特に彼女が率いる部隊は負け知らずの無敵魔法大隊と呼ばれていた。
 戦後は王国との協調を図り、政略結婚によって見事王国を帝国陣営に引き込むことに成功する。なお主人公のことは割と真面目に愛しており、本人的には恋愛結婚だと思っている。因みにマジで嫁いだ。
 結婚した後は王国の客員将官としてボロボロだった王国軍を立て直す。またその容姿も相まって王国に受け入れられた。
 当然ながらタカ派の軍人には目の敵にされ、何度も暗殺されそうになるもその度に返り討ちにした。またタカ派が口先だけの素人だと分かると、即座にタカ派高官を失脚させる。それがトリガーとなって軍部が暴走するも、それを踏まえた上で準備していた主人公が鎮圧した。また同様に赤い人たちも取り締まった。後に、タカ派よりも赤い人たちの方が手強かったと彼女は語る。
 最終的に9人の子宝に恵まれた。

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