落第騎士の備忘録   作:悪事

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 魔剣秘聞、七つの秘剣と七大魔剣。


 原作ラスボス、本作ラスボス兼主人公の会談。一輝の視点では、穏やかに何事もなく終わります。




二十三話

 

 

 世界最強の魔人、比翼のエーデルワイスが極東のとある島国で没した。

 

 

 目立った戦乱や謀略の影の無い辺鄙な異国の地で、あっさりと。

 

 これが信じられなかった強者は実に多い。だが、日本の魔導騎士連盟がその直前に無期限の機能停止に陥ったことや、闘神と名高い南郷寅次郎の突然の引退宣言、日本のトップである月影首相の連盟脱退を示唆する演説。また、一連の騒動に関連しているかは定かではないが裏稼業の世界で恐れられる魔人、傀儡王もこの頃より、ぱったりと痕跡が消失している。

 

 

 何かが起こっている、と誰もが察して、その渦中の中心にいる何者かを探し始めた。欧州の魔導騎士連盟、闘神リーグの強者、欧州の魔導騎士団、米国が誇る最強の異能力者部隊、サイオン(PSYON)

 

 

 多くが痕跡を、異常の欠片を探し出そうとして、渦中の存在らしき者はあっけなく日の下へ引き摺り出された。いいや、そも彼の認識からして潜んでいたかが怪しいところだ。

 

 彼は、あるがままに生きていただけ。無才のまま、天賦の才に恵まれた者たちへ奇跡と偶然と、天運に恵まれた勝利のおこぼれを得たとしか認識していない。己を弱者と語る異形の強者は成り行きのまま策謀の渦中に置かれて、あっけなく表舞台へ上げられた。

 

 

 比翼を殺した騎士を捜索していた者たちが、日本の騎士名家、黒鉄家に生まれた落ちこぼれの少年を襲い、その全てが無為に帰した時に彼らは悟る。

 

 

 “彼こそ、新たなる厄災、新時代の最強である、と”。

 

 

 

 七星剣舞祭史上、最速で終了したCブロック第二回戦の後、ステラを待つ間の暇を持て余した“一輝”が近場のカフェで腰を落ち着けていると“不可思議な集団”がやってきた。その中の頭目と思しき人は、一輝の目の前に空いていた席に腰かける。

 

 無作法とは思ったが、相席でとやかく言うほど“一輝”も心は狭くない。

 

 

 だが──急な相席をしてきた太ましい人の背後にいる男性、バイザー越しからも分かる敵意の視線には、温厚な“一輝”も眉を顰める。

 

『やぁ、いきなり男二人で押しかけて、すまんね』

 

『……?二人よりもっといませんか?』

 

 

 

『………………ほぅ、驚いた、まさか気配を完全に遮断したエイブラハムたちを感知することのできる者がいようとは……』

 

 気配の完全遮断?いや、“狩人”と呼ばれる友人のレベルにも追いついていない未熟な隠形にどう気づかないふりをすればいいのだろうか。学生騎士にもあたわない異能に、僕は少しだけ肩を落とす。

 

『いきなり来るなり、人を取り囲んで何がしたいんですか……?』

 

 “魔剣”の呆れた声色に、眼前の肥満体を揺らして白衣の老人は邪悪そうな高笑いを決め込んだ。

 

『グゥゥフフフハハッハハッハハハ!!なるほど、これは規格外、桁外れの天井知らずだ!?まさか数十の魔人に囲まれても、そんな油断を晒していられるとはね?』

 

 

 突如、前触れもなく、“一輝”の目の前に置かれていたコーヒーがまだ入ったティーカップが砕け散る。まだ残っていたコーヒーを惜しんで、“一輝”の表情が曇りはしたが、それよりも彼は首を傾げた。

 

 ──油断?

 

 “一輝”は不思議そうに目を見張る、“魔人”というのが何かは分からないが、いくら騎士として落ちこぼれているとはいえ、凡百の学生以下の伐刀者(ブレイザー)に後れを取ると本気で考えられているのか?

 

 いつだって、“黒鉄一輝”と戦ってきた者たちは堂々たる戦いを望んだ。だから、その強さを“魔剣”は疑いもせず、尊敬し憧憬を燃やし続けてきた。

 

 だが、今、自身を囲んでいる有象無象は意思が薄弱で、何よりも命が軽そうだ。容易く命を投げ打つ覚悟と言えば聞こえはいいのだろうが、まるで“いくらでも替えが利く”なんて馬鹿げた戦術方針で動いているようだ。これでは、何をどう頑張っても、尊敬できないし、憧憬にあたわない。

 

 

 

 

 ──つまり“弱い”。

 

『すみません、囲まれてるのは良いですけど、この後待ち合わせがあって──』

 

 “一輝”が白衣の老人の問いかけを無視する形となったのを契機に、背後にいたバイザーの男が、周囲に展開していた数十人の同格の強者たちが、超人(ザ・ヒーロー)と呼ばれる世界、いいや歴史上初となる量産可能なクローンの魔人(デスペラード)らが無礼者を罰するため、念動力(サイコキネシス)を、発火能力(パイロキネシス)を、放電能力(エレキネシス)を、空間操作(テレポーツ)を、精神操作(マインドコントロール)を、多種多様な異能を一斉に放射する。

 

 

 合衆国における最強、エイブラハム・カーター。魔人という超越種でありながら、群体として戦略的に敵を葬る軍勢の怪物。クローン。量産品。それらは事実であるが、軍勢と化せばオリジナルすら食い殺す超越の贋作群。

 

 彼らは世界で最も恐れられた魔人の一角、“暴君、アダムス・ゲーティア”の遺伝子を種として生まれ出でた“世界最強の量産品たち”。

 

 

 たとえ、相手が魔人級の存在、比翼に匹敵する者であろうと、数十から成る布陣に囲まれては、既に没したエーデルワイスでさえ、無傷での突破は不可能……のはずだった。

 

 

 “大教授(グランドプロフェッサー)、カール・アイランズ”の天才的な頭脳の出した数字は、こと“魔剣”と呼ばれる規格外には全くの無意味を晒してしまう。

 

 

 異能の行使される直前、“一輝”は手元に置かれていたティーカップの残骸を手に取るや、その破片の礫を四方八方へと投擲、いや弾き飛ばした。

 

 

 投剣、投擲術、投げ矢にも天才的な適性と才覚を持つ“黒鉄一輝”からすれば児戯にも等しいワンアクション。たった二、三秒未満で“魔剣”は、天才が作り出した量産可能な怪物の群勢を掃討してしまった。

 

 背後に控えていたバイザーの男性は顔の中央辺りから流血して立ったまま、絶命していた。案山子同然で、もう動かない護衛を侍らせた白衣の老爺に“一輝”は憐れみをかけて、一応の礼儀で尋ねてみる。

 

『まだ、やるかい?』

 

 

 武人の誇りとかで降伏しないなら、ひと思いにとも思ったが、老爺は素直に両の手を挙げた。

 

『………………………いやいや、参った。こうも事も無げに我らの布陣を攻略されては此方の立つ瀬がない』

 

『事も無げって、事と呼べるような何か、ありました?』

 

『クック、なぅるほど。これは間違いなく規格外だ。おおよそ、人間が力づくでどうこうできる存在ではないらしい。では、別のアプローチをしてみよう』

 

『ふむ、ステラを待つまで暇だから、付き合いましょう』

 

『ありがたい。さて、まず前提として我々は米国の特務部隊の人間でねぇ。こうして、見どころの在る学生騎士に会話をしたところ、急な襲撃を受けてしまった。もしも、これを本国へ通達──』

 

『ああ、そっか、このままじゃ不味いな』

 

 “魔剣”はとても平坦な、感情の揺れが皆無の声で“困りごと”だと漏らす。その眼には人間としての熱はなく、相手を見る眼差しからはあらゆる情けが削ぎ落されていた。

 

 視線は雄弁に、語っている。

 

 

 “死体は微塵切りにしたほうがいいか、それとも肉をこそぎ落として骨を粉々にすべきか、拳大に切り分けてから処分法を考えるか”。

 

 

 “どうするか?”

 

 

『……いや、まったく、恐ろしい目だ。君、本当に素体は人類種かね?別天体からの降臨者(フォーリーナー)か、運命の輪から外れた別の生命体では?』

 

『生まれも育ちも人間です、失敬な』

 

『そうは言うが、今、君が鎧袖一触に片付けたのは……』

 

 超人?魔人の領域に達した合衆国最強の伐刀者?合衆国の超能力者部隊、サイオンの隊長?矢継ぎ早に語られる内容に“一輝”は目を白黒させる。でも、そんな肩書を持つ相手に何も品評(コメント)しないのは、問題かと、一輝はなんとか言葉を捻り出そうとする。

 

『えっと、彼はいい人でした、きっと来世ではいいことがあるよ。たぶん』

 

 捻りだした言葉は、何もかもが曖昧で、強さについては言及も出来ず、“たぶん”などという最も不確定なセリフで締めている。これでは、草葉の陰で超人様も泣いていることだろう。

 

 だが、仕方がない。エイブラハム・カーターの起源ともいうべき、“暴君”を屠ったのは、今より昔の、五歳時点の“一輝”なのだから。当時よりも成長し、筋力、認識力を高めた“魔剣”が相手では、“アダムス・ゲーティア”の劣化品など語るに及ばず。

 

 

 エイブラハムを虫けらのように圧倒して、一輝はつまらなそうに、いや退屈のあまりため息を吐く。一輝からすれば、超能力とかいう異能は、“一瞬は”、面白そうではあった。だが、所詮はスプーン曲げの延長線。取り立てて特筆することもなく量産品をゴミにする作業をこなしただけで終わってしまった。

 

 

 退屈にあえいでいる“一輝”へ、“大教授(グランドプロフェッサー)”は問を投げた。それは小難しい学術的なモノではなく、もっと俗っぽい好奇心による問い掛け。

 

『君は、どうしてそれほどまでに強くなったのかねぇ?』

 

『別段、特別なことはしてませんけど……貴方は、もしかして学者さんですか?』

 

 白衣を着ている人間に対しては、やや鈍い問い返し。それに鷹揚な態度でカール・アイランズは応じる。

 

『まぁ、見たままだね?それで、私が学者であることになんの疑問を?』

 

『貴方が学者であることへの疑問はありません。ただ……そうだな、学者という人種へ聞きたいことはあったんだ。これは素朴な疑問なんですが、どうして世に起こる出来事の理由や経緯を不思議に思うんですか?』

 

 “一輝”の虚ろな視線に呑まれかけ、カール・アイランズは大きく息を吐いて冷静さを保とうと努めた。

 

『それが学者というものの本能だからだ、あらゆる不条理、不可解、理不尽を問い殺し、疑い、その真理の底を掴む。それが学者という生物の基本設計だからだ』

 

『意味はない。水が凍ったり、リンゴが地に落ちたり、月が満ち欠けたり、そんなことにいちいち理由が必要なんですか?ただ、そうあるという以上に理由などないでしょう』

 

『当たり前という出来事を分解し、そこから密接に関係する事象を紐解く。全ての事柄には意味があり、それらを人類は征服しなければならない』

 

『意味が無い。全ては自然のままにあるだけだ。ただ、そうある、という答え以上に回答なんてありませんよ』

 

『……ありえない?それこそがありえない(ナンセンス)、だ。万物が生まれた以上、そこには意味と価値がある。そう、君の強さにだって、論理的な根拠が』

 

『無い────弱さに理由が無いように強さにも理由は存在しない』

 

 

 誰よりも戦闘者の才覚に恵まれながら、魔導騎士として無才であるがゆえに、才能の残酷さを識る少年は冷たく、だがこれまでの曖昧模糊とした言動が嘘のようにきっぱりと自論を下した。

 

『ふぅぅむ、では私の仮説を聞いてもらおうか』

 

『……まぁ、言うだけならご自由に』

 

『有難く。……過去の、騎士連盟ができるより以前、全ての人々は運命の檻の中で安定して生きてこられた。この世界に収まるだけの可能性の中、でね。だが、“暴君”と呼ばれる一人の魔人の誕生から時代は加速していった!』

 

 喫茶店で大声出すの止めて欲しいなぁ、とか考えつつ、“一輝”は近くでギョッとしてる店員さんへ軽く頭を下げる。

 

 おや、“暴君”?なんか、聞き覚えのある様な、無い様な……。

 

 一輝は少し、過去のことを思い出そうとしたが、どうでもよさそうな内容だったので、あっさりと思い出すのを中断して、学者の話の続きを促す。

 

『君の祖父、サムライリョーマ。連盟の長、白髭公。闘神リーグの最精鋭、日本だと西京寧音とか、ああ、居なくなって久しい傀儡王とか砂漠の死神なんてのもいたっけ。そして、何より、世界最悪の犯罪者、比翼のエーデルワイス……すべてが単独で世界に蔓延る運命を捻じ曲げた者たちだ』

 

 

 魔人、今の社会においてトップシークレットというべき、最大の秘密事項をカール・アイランズはただの喫茶店の一席で暴露してしまった。幸い、周囲に人がいないことが救いだろうが、悪しきもの、正義感に囚われたものが知れば、世界情勢を引っくり返す情報の羅列。

 

 “一輝”からすると、大して興味のない情報に分類され、容易く聞き流された。

 

『それが?』

 

『“多すぎる”。かつては一人もいなかった運命の呪縛を脱した者が“暴君”の到来を皮切りに増えすぎている、とは思わないかね?』

 

『世界人口って、数十億とかですよね。四、五人とか増えたところで何も変わらないでしょうに』

 

『変わるのだ。世界の運命とは、いわばこの惑星の安全装置だ。個人が世界を転覆させ得る力を好き放題に振るえば、ちっぽけな一惑星、世界などあっけなく滅んでしまう。しかし、その軛を破る者が増え続け、世界は大きく歪み始めた。解放軍なんてテロリストは跋扈し、連盟はその意味を保てずにいる。日本という島国もこれから大きな変革期に入る』

 

 世界とか、惑星とか、いよいよ自分とは無関係のスケールの話になった辺りで、“一輝”は手元の情報端末で検索を始める。

 

 “あやしい宗教勧誘、断り方”、“ネズミ講、切り抜けるには”。

 

『君の強さは、この辺りに理由があるのではないか?』

 

 急に自分の話になって、“魔剣”は決断する。

 

 “壺やお札を買わないか”という展開になったら、席を立とう、と。

 

 

『運命より外れた魔人たちへの反動、世界の自浄作用というべきか!運命を逸脱した超越者を葬るため、“理”が寄越した刺客!!全ての魔人を葬ることを宿命づけられた終末機構!!運命に囚われず、魔導騎士としての異能を何も持ちえぬ君こそが、全ての超越者を屠るに相応しい!!!!』

 

 なんか白熱した老人の血圧を心配しながらも、“一輝”は小さく口元をほころばせる。そして、少年は手を挙げて、ちょっと離れたところからドン引きした目で此方を窺う店員さんへと一言。

 

 

 

『──すみません、この人にコーヒーを』

 

 

 まずは落ち着いてもらうとこから。

 

 そしたら僕は会計だけして此処から離れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 影とは、本体である実像の虚像であり、本体と同じようにしか動かない。光源の位置や高さによって、形状が変わりこそすれ、それ以上のことはない。

 

 

 単なる光にまつわる事象の一つであり、普遍の事実。

 

 そこに理由はなく、ありふれた当たり前の出来事だ。

 

 

 その事実を捻じ曲げることができるだろうか。

 

 速度の極致に至れば、影という事象を遅らせることが可能なるや。

 

 技の極点に達せば、影という現象を絶つことが叶うか。

 

 

 “是、成り”。できる、できるのだ!

 

 

 

 魔剣にはそれが叶う、剣神にはそれが可能である。

 

 如何に荒唐無稽な空想的現象であろうと、既に彼らは一切の異能に因らず剣技によって全てを事実と堕しているのだから──。

 

 

 

 

 

 “魔剣”、“剣神”の両者が激突する。

 

 迎え撃つのは、(つい)の秘剣、追影。

 

 世界が白と黒の二色に染まり、一輝の影はゆっくりと騙し絵のごとく本体であるはずの肉体へ遅れて追随していく。握り込まれた刀身にかけた反動、それをバネとすることによる最高速度の居合抜き。

 

 まさしく、影すら追随する極域の斬撃。

 

 襲来するは、第七の魔剣、太刀()影。

 

 剣士にとって、最も秘め隠さねばならない剣の最高速度。それを開帳することによって、発動する極点の剣技。魔剣、世界すら歪ませる剣技の達人が放つ最速の居合抜刀術。その速度は担い手の影を亡霊がごとく、この世から幽世へと絶つ最強の魔技。

 

 影すら絶つ、究極の一振り。

 

 

 全ては刹那の出来事、これらの事象を正確に観測できたのは当事者である二人と、黒い天蓋に縛り付けられた竜の乙女のみ。

 

 

 魔剣が放った一刀、それは速度の点で剣神の一刀を凌駕していた。だが、剣神もさるもので、神速の刀身へ己の最速の斬撃を交差させることに成功し、そこから鍔ぜり合おうと……。

 

 

 世界の軋む音を誰かが聞いた。

 

 

 

 一輝の“追影”の剣は、ただ早いだけの抜刀術ではない。黒鉄一輝という騎士が踏みしめた道のりの全てを収斂、一本化して、抜刀の瞬間に、敵対者を斬り伏せた、という“結果”を因果律へ刻みつける絶技こそが正体である。世界が白と黒の二色に染まることも、影が後を追って、動くことも、全ては因果が結果を後付けで証明しようとする現象を視覚化しただけに過ぎない。

 

 

 つまり、“追影”は発動さえすれば、必ずや相手を斬り伏せるのだ。斬り伏せることが叶わなくとも、相手には命中、防御を強いる。

 

 

 だが、一輝が放った渾身の一刀は、切っ先を両断されて“魔剣、黒鉄一輝”に届きはしなかった。

 

 

 “一輝”が逆手に持ち替えた二撃目の太刀が、“一撃目の太刀”を追い越して一輝の隕鉄の先端を斬ったのである。

 

 

 それはあり得ぬ光景だった。

 

 一撃目の太刀が、二撃目の太刀よりも遅いということなど。

 

 二撃目が一撃目より早い、ということなど。

 

 

 有り得ぬはずの理不尽が、此の場においては有り得た。

 

 

 

 第七の魔剣、太刀影は二段階の居合抜刀術である。

 

 

 まず、居合によって為された影すら絶つほどの最高速度の一刀が相手を斬り伏せ、その速度を緩めず、瞬時に逆手に持ち替えることで一撃目の最速を更に凌駕するほどの速度で二段目の斬撃を放つことを可能とする。

 

 最速の一撃、その斬撃の軌跡に生じた真空の空間、そこにすかさず二撃目を徹す。空気抵抗のない空間は、真空と化した箇所に流れ込む追い風を味方として二刀目を加速させる。加速の要因には、一撃目の切り返し、逆手に持ち替えて逆方向へ振り返すときの反動をバネとすることも挙げられる。

 

 “一輝”の身体操作術にかかれば、刀を順手から逆手に持ち替えるのに刹那も時間を要さない。一刀目を超える二撃目の剣速。それはある理不尽な不可能を実現させた。

 

 

 それは、一撃目を二撃目が追い抜くという現象である。

 

 ありえない、どれほど速くとも、時間の流れが違う以上、一撃の後に放たれた二撃目が最初の一撃を追い抜くなぞ、不可能。だが、その不可能は如何にしてかは別として、有り得てしまった。有り得たのだ。

 

 

 一撃目が振り抜かれた以上、続く斬撃が確定する。そうなったとき、一撃目を追い抜いて、いつ、どこで、どうやって、放たれたのかが確定しない二撃目が振り抜かれる。

 

 

 一太刀目の影にすぎない二太刀目が、その関係を反転させる。

 

 最初の一撃が、遅れて放たれた二撃目の影となる。

 

 

 祖父、黒鉄龍馬の命を奪った最後の剣技。

 

 剣の極点を掴んだ刹那に開眼した究極の一。

 

 一切の物理法則を逸脱しないまま、世界現実を捻じ曲げた斬撃。

 

 

 

 

 ゆえに“黒鉄一輝”は七番目の魔剣にこう名付けた。

 

 

 “太刀影(たちかげ)”、と。

 

 

 

 

 遥か彼方を征く鈍足の亀を追い抜く俊足のアキレス、相対性理論の敗北。“一輝”の剣は一切の異能を纏っていない。物理法則の下で行使されている。だが、此処に現実は、絶対なる公理の法則は、斬り伏せられた。

 

 絶影の太刀により剣神の一刀は、切っ先を両断され、魔剣が追影の剣技を凌駕した。これが、此処までは事実だ。決して覆ることのない結果だ。

 

 

 だが、剣神の瞳は一切の驚きを映していなかった。この状況を、想定のうちに入れ、彼は状況を組み立てていた。

 

 追影の抜刀時、切っ先をより強く握りしめ、絶大な負荷をかけていたこと。

 

 陰鉄を斬り伏せる、そのような選択を相手に強いていたこと。

 

 斬り落とされた切っ先が己の眼前に来るように立ち位置を調整したこと。

 

 

 

 全てに意味があったのだ!

 

 

「はぁぁ!!!!」

 

 一輝は渾身の力で拳を握り、斬り分かたれた切っ先を殴りつける。そのまま、切っ先を相手へ捻じ込むようにして、“魔剣”の腹部を切っ先ごと殴りつけた。小さくも鋭利な鉄片が“一輝”の腹部へとめり込む。

 

 

 臓腑を抉る刀身の先端と拳の痛みを受け、魔剣は声なく──

 

 

 

 ……………………笑った。

 

 

 




 備考:黒鉄一輝について

 以前、“暴君”を仕留めたことがあるため、カール・アイランズ作の量産魔人、エイブラハム・カーターは流れ作業で仕留めることが出来る。そのため、数十が数百、数千、数がいくら増えようと魔剣の前では、“超人”は一切の奮闘も意味を為さない。

 全ては無意味である。

次に投稿するかもしれないエピソードについて

  • ラスベガス水着剣豪七色勝負
  • 本作一輝VS原作一輝
  • エーデルワイス戦
  • 連載
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