少女と羂索は新宿決戦を観戦していた 作:安西
「穿血って知ってます?まぁ、加茂家当主の貴方が知らない筈は無いんですが」
「知っている、その基準を何処に置くかにもよるが少なくとも君よりは詳しいと思うよ」
展延を纏った宿儺と五条の格闘を眺めながら、羂索は急に聞かれた問いを頭の中で反芻していた。
知っているとは言っても、その段階と基準は人により異なる。
例えば『青梗菜って知ってる?』という問いが有ったとして考えられる出題者の意図は二つ、『青梗菜という野菜を知っているかどうか』又は『青梗菜のルーツや植生地などを知っているか』と言った物だ。
前者は単語自体を知っているか、後者はそれ自体に詳しいかどうか。
もちろん通常の会話に於ける殆どの場合では、余程常識的な単語でない限り前者を想定する。
だがしかしこれは通常の会話ではなく、羂索はドがつく程の呪術オタク。
自然と彼は後者の可能性を念頭においていた。
「あぁ良かった、それでは一つ聞いて良いですか?実は私、少し前から考えている事がありまして」
「別に構わないさ、それにどうせ君は私がどう答えようが勝手に聞くだろうに」
少しの時間しか榎本楓と一緒にいないが、少しだけこの少女の性格が理解してきたのだろう、羂索はスクリーンから目を離さずにそう答えた。
「断られたくらいで諦めるのは四流ですよ。それで質問なのですが、
「穿血を中和?……なかなか奇妙な質問じゃないか。その問いに辿り着くにはまず赤血操術についてある程度理解している必要がある。加茂憲紀──学生の方の彼に聞いたのか?」
「いえ、私は天使を除く高専陣営とは接触していませんからね。当然憲紀さんとも会っていません。冥冥などに姿を覚えられると困りますし……天使離反の主犯として捜索されて五条悟を差し向けられたりしたら終わりの終わりですから」
「そうか、何処で理解を深めたのか聞きたい所だがそれを毎度指摘していたらキリがない。本題に入ろう」
榎本楓はサイコメトラーだけでは説明がつかない程の呪術に関する知識を持っている、だがそれを指摘する気はもはや羂索にはなかった。
「君が言いたいのは『穿血そのものは術式効果に含まれるのか?』という事だろう?」
「えぇ、そもそも赤血操術に出来る事は結局のところ血液の操作です。そして穿血というのは百斂により圧縮した血液を一点から打ち出す技……つまりは血液版ウォーターカッターと言っても過言ではないでしょう」
榎本楓は一旦言葉を区切り、残り少ないコーラを飲み干した。
口内を水気で満たした後、再び彼女は話し始めた。
「ですがその過程で赤血操術が使われているのは百斂だけ、百斂により圧縮された血液を一点から解放して射出するのは単なる素の技術だと私は推測しました。ここで私は一つ疑問を持ったのです。血のビームを領域展延で受けた時に、それを中和する事は可能なのか?と」
「そこまで知っているのなら『中和は不可能、何故ならば穿血自体は呪力で強化した血のビームであり赤血操術の効果ではないから』と結論付けて仕舞えば良いじゃないか。何も疑問に思うところじゃない」
てっきり穿血の詳細を知らない故の問いかと思ったが、榎本はしっかり血液の射出方法まで知っている、羂索の予想は外れた。
まあ、外れたからどうだという事はないが。
「私自身は展延自体つかえませんし、そもそも赤血操術の使い手と会敵した事もありませんし。赤血の奥義とも言われている穿血何だから隠された術式効果は有ったり、そもそもの前提として術式を用いてたりしてる可能性もあるじゃないですか。やっぱりここは専門家に聞くのが一番でしょう」
「……チグハグだな」
「何がですか?」
「いや、何でもない。そして君の言っている事は正解だ。穿血は血液操作を一切行わずに圧力からの解放のみによる技。展延による中和は不可能だ。そもそも苅祓などの血液操作により相手を攻撃する手段は、人間が脳で考えて血液を操作する以上どうしても攻撃速度が遅くなる。試行錯誤の末、逆に一切の血液操作を捨てる事により音速を超える速度で血液を射出する方法にかつての加茂家当主は辿り着いたんだ。そして生まれた奥義・穿血の攻撃速度は事実として呪術界全体で見てもトップクラスだ、だからこその奥義なんだよ」
チグハグ、それが今までの榎本の話を聞いて思い浮かんだ感想だった。
穿血が赤血の奥義であると知っていながら、百斂という技があるのを知りながら、何故かこの少女は赤血操術について上っ面しか知らないと話す。
サイコメトラーで渋谷の脹相VS誰かの戦いを読み取ったとしても、穿血と百斂の詳細を知る事はできないだろう。
それ以前に展延は羂索自身が発明した高等技術、渋谷で呪霊共に披露させるまで彼以外の誰もが知らなかった。
さっきから薄々感じてはいたが、映画館に入った時から榎本楓の知識の方向性は偏っていた。
渋谷以前から呪術界と繋がっていて知っていたと考えようともしていたが、節々から感じられる違和感が羂索の思考をその方向から引き戻した。
例えるならばオーブンの使い方を知らないのに、クッキーをオーブンで何分焼けば出来上がるのか知っているような、本来術師が呪術を学ぶ過程とは全く違う知識の取得をしているかのような違和感。
サイコメトラーという術式を考慮に入れて尚、羂索は違和感を捨てきれなかった。
「まぁ、たしかに私の持つ知識がチグハグなものである事は否定しませんよ。ですがそこに違和感を持たれても私としては……それならいっその事こうしましょう。一つ私とゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「えぇ。私がサイコメトラー以外でどうやって呪術の知識を得たのか、それを貴方が当てられるかどうか。そんなゲームです」
「はぁ……もう死滅回遊も終了間際なんだよ。どうして私がそんなゲームに参加しないといけないんだい?」
羂索が呆れたように問いかけると、榎本楓は不思議そうな顔をして、さも当たり前の事を口にするかのように異常極まりない思想を語り出した。
「私にとっては新宿決戦も死滅回遊も単なるスパイスに過ぎないんですよ、全ては貴方との戦争を盛り上げるための調味料。刹那的な人生を盛り上げるために、最後まで踊り切るために、受けてくれませんか?このゲーム」
「……それを受ける事による私のメリットは?」
「うーん、そうですね。情報と私への命令権なんてのはどうでしょう。死滅回遊の低ポイント術師の中に1人とてつもない術式を持つ術師がいます、どうせ貴方のことだから注目していないでしょうけど」
自分で開催しておいて期待するのを辞めるなんて勿体ない……と榎本はやれやれと手首を振った、どうしてここまで自分の性格が把握されているか疑問に思ったのが、羂索の直感が恐らくそれが榎本の正体に繋がる鍵だと告げていた。
「日車寛見…は高得点プレイヤーだな、そんな術師がいたのか?誰も彼も受肉型のプレイヤーに蹂躙されているだけの弱小ばかりだと思っていたんだけどね」
そもそも死滅回遊とは儀式なのだ、彼岸へと渡す準備を整えるための儀式。
羂索の目的である一億総呪霊はその先にあり、死滅回遊は単なる通過点に過ぎない。
初めから期待なんてしていなかったのだ。
「もう少し弱者にも気を配りましょうよ、そんなんだから脹相に一泡吹かせられたんですよ?」
「ははっ、薨星宮にも行ったのか」
脹相の一撃により重力の術式の使用を余儀なくされたのは、ひと月前の薨星宮での事。
サイコメトラーで読み取ったのならば、その場所に行っていないとおかしい。
だがそうだとしたら加茂家や高専陣営の誰にも気付かれず薨星宮に辿り着いたことになる、それもまた至難の業。
「ブラックホールで吹き飛んだ天元の空性結界から何を読み取るんですか。あぁ、答えは後で聞きましょう。そろそろ格闘戦で互いの呪力出力や総量について把握したことでしょう。始まりますよ、領域合戦が……!」
見るからにワクワクした様子で榎本楓は映画館の音量を一段階上げた。
手元にスイッチがあったらしい。
「領域合戦か、たしかに彼ら程の術師が互いの呪力の起こりを見逃すとは考えにくい。
「貴方はどちらがこの領域合戦、どちらが勝利すると思いますか?」
「五条悟だ、これは疑う余地も無い」
「へぇ、意外ですね。貴方のことだから宿儺と言うのかと思いました」
「もちろん最終的に勝つのは宿儺だろう、そして仮に互いが同一のタイミングで領域を展開すれば勝つのは宿儺だ。いくら五条悟が強かろうが、領域が外からの攻撃に弱い以上宿儺の方に分がある。中での必中命令の打ち消し合いは大した意味を持たない、そもそも外殻の押し合いで勝負は決まってしまうんだからね」
そもそも平安時代、宿儺が羂索の知る限り史上初めて閉じない領域を発明したのは、同格の領域使いを一方的に倒すためだ。
「それなら何故……そういえば五条悟には蒼による高速移動がありましたね」
「そうだ、仮に宿儺が領域戦を仕掛ければ勝つのは五条悟になる。蒼があれば相手の呪力の起こりを察知して瞬時に領域範囲外に逃げる事は容易い、そしてそれは宿儺も承知の上の筈。つまり『宿儺は自身のみの術式の焼き切れを危惧して領域を展開しない』『無下限をメインにして戦う五条悟にとって、展延メインの宿儺相手の戦いでは、術式を焼き切れさせるなんてデメリットを負う筈がない』と言うことになる。悪いけどそもそも領域合戦は起こらないよ」
互いにメリットがない、この状況で領域を展開する意味はない。
その、はずだった。
「……私なら展開しますよ」
「君なら?」
「えぇ、もしも私が五条悟だったのなら領域を展開します。そしてこれは私の予想ですが───五条悟は確実に領域を展開します。その呪力の起こりに気付いた宿儺も領域を展開せざるを得ない筈です」
妙に自信あり気に榎本楓は語る、そしてそれは羂索には全く共感できない言葉だった。
「……何故そう思うんだ?」
「ふふっ、貴方は少し長く生き過ぎて慎重になり過ぎ。そして一人で戦い過ぎです。五条悟が領域を展開するに至ると私が予測する根拠は二つ。一つ目は五条悟が死んだ場合に出てくる後続の高専組のためです」
「……マジで言ってるのかい?確かに五条悟が死んだら、消耗している宿儺を狙って乙骨達は出てくるだろう。そのために先んじて領域を使わせ、宿儺の呪力量を消費させて領域展開が困難な状況に追い込み、仮に自分が死んでも後続の勝率を少しでも上げる作戦。君はそう言いたいんだろう?だがこの数分の格闘戦で五条悟は十分に理解した筈だ、宿儺は日に何度も領域を展開できる程の呪力量と呪力効率の持ち主だと」
「でも呪力量は確実に削れる、一度領域を破られても落花の情などで耐え切りもう一度領域を展開すれば更に呪力を削れる。それにまずもって小難しい理屈なんて必要ないんですよ。生まれながらに強者として育てられ、獄門疆や伏黒甚爾を含まない正面戦闘では無敗と言って良い程の生涯。最強と呼ばれ、力を持っているからと言う理由で彼はわがままを貫いてきた。そんな彼が、『領域勝負に負けるかもしれないから』なんて理由で怖気付くはずが無い」
「……理屈としては理解できる。御三家の出身なら落花の情も使えるだろう。宿儺の領域を耐え切る事も出来るかもしれない。だがそれはあくまで可能性、それも相当低い類の。五条悟は仮にも高専の最高戦力だ。それなのにほぼ負けるであろう戦いを挑むとでも?」
「知らなかったとしたら?」
榎本楓は終始笑みを崩さずに、スクリーンから目を離さずに、持論を話し続ける。
「
「……あり得ない。外界に直接影響を及ぼせるからこその閉じない領域、渋谷での更地が結界が閉じない事の証明だ。閉じない領域という発想がないなんてこともあり得ない、私は既に脹相の前でアレを見せている」
「私も詳しい事は分かりませんが、一つ断言できるのは今現在五条悟は宿儺の結界が閉じないと言う事を知らない。ただそれだけ。まぁ、その理由が高専側の作戦だろうと悲しいすれ違いだろうとなんらかの縛りだろうとどうでも良いんですよ」
榎本楓にとって日本の未来は塵芥程の価値もない、呪力からの脱却などなおさら。
五条悟が負ける確率が高まって尚、彼女の興奮度は上昇していた。
「さぁ、見ましょうよ。最強と最強の領域対決!」
【【領域展開】】
新宿決戦は次のステージへと、レベルを上げた。
穿血に関してはずっと「単なる血のビームとかって中和できなくない?」と思っていたので書いてみました。
閉じない領域を把握していなかった事に関して。
これは個人的には羂索が脹相に何かしたんだと思ってますが、原作でそこらへんの情報がまだ全然出てないのでとりあえずこの二次創作では『何故かはわからない』と言う事にしました。
ここら辺はみんなの考察も聞かせて欲しい……!
穿血誕生の流れは完全に妄想です