──承認
響く女性の声とともに立ち上がる極大の光の柱。その声を遮らないのがいつ以来かと間の抜けたことを考えながらも剣を構えた先にいる獲物に目を向けた。
《ガレス、ガウェイン、パロミデス、ガヘリス、ランスロット、モードレッド》
騎士の名を呼ぶ事に光は増していく。死に損ないの呪霊一匹に使うには余りあるほどの絶大な力が一つの剣に集約していく。束ねきれないほどの光は剣をそのまま大きくしたような形をとって輝いている。
「死ね、ツギハギ」
上段に構えた剣は圧倒的な光を放つ。
「
解き放たれた光は指向性を持ち浅野の前方の全てを破砕して突き進む。大地は抉れ城は崩壊し解けかけていた結界に風穴をあけた。
巻き上げられた全ては粉塵となって辺りに舞っている。ツギハギの生死が確認できるその時までその粉塵の先を見据えているつもりだったが聞き覚えのある声が響いできたことで視線を外してそちらをみやる。
「──浅野ォ!!」
「虎杖……?」
「無事でしたか」
「七海さん」
崩壊していない方向から彼らは駆け寄ってきていた。その顔には心配の色が強くあったが俺の先を見ると内心に秘めていたであろうものを全て吹っ飛ばして驚愕が色濃く現れた。
「だいじょ……っなにがあった!?」
思わずといったように俺の肩に飛びついた虎杖はそのまま軽く怪我がないかを確認していく。ソフトタッチの割にゴリラ並みのパワーを感じてされるがままになってしまう。
緊張感が全くない俺たちをスルーして少し奥へと進んだ七海さんがこちらに顔を向けないまま俺たちと粉塵の間に割って入るような姿勢をとった。
「浅野くん、ここではいったい何と戦っていたんですか」
次第に晴れていく粉塵の先を眉間に皺を寄せて見据える七海さんが問うてくる。嫌な予感は見事に的中し、そこには影があった。人型の、ボロボロだが確かに人の形を保ったそれが立っていた。思わず返事よりも先に舌打ちが出てしまうがまともに答えてる暇もない。
「七海さん時間が無い。アイツは絶対に殺さなきゃいけない」
全てを覆っていた結界はエクスカリバーの衝撃もあってかそのほとんどが崩壊していた。その様子からみるに記憶が消えるまで既にあと十秒も残っていないだろう。
俺はぶら下げていた剣をもう一度握りしめて足に力を込めたその瞬間俺の肩に何かがのしかかる。
「やっと会えたね。浅野勝利くん」
その声に何より早く反応した七海さんは布で巻かれたナタを全力で振り抜いた。そのはずだったが叶うことはなく体ごと地面に沈み込み攻撃が男に届くことは無かった。
「虎杖動くな」
俺の静止が届くどうかのとき虎杖は男に向けていた拳を止めた。静止の少し先にある異常な重力場が虎杖の野性的なセンサーに引っかかったのだ。その直感は正しく俺とその男を中心に虎杖と七海さんの2人を隔てるように地面がパキパキと板チョコを割るかのような音を立ててひび割れていく。
「利口だね」
「用件あるなら早くしろよツギハギ2号」
俺は自分の額をトントンと叩いて額につなぎ目のあるその男を睨む。得体の知れないその男は重力の壁の向こうにいる2人の反応からして敵なのは分かるのだがいかんせん底がしれない。もしあのツギハギ呪霊の仲間で同等の力をもつなら非常にまずい事態だ。
その男はこちらの内心、焦りなど露ほども気にした様子はなく隙を晒して「ふむ」と考えるような仕草をしている。
「それを言うなら私の方が1号なんだが……まあ、どうでもいいか。それよりもだ。今回はこれでお終いにしないかい。こちらは一つ手札を潰されている。君も臣下を一人失った、痛み分けということにしようじゃないか」
「ダメだ。釣り合いが取れていない」
「残念だよ。だけど今回は諦めてもらう。そら、時間切れだ」
「……お前何が目的なんだ」
浅野の問いに人好きのするような朗らかな笑顔で男は答えた。
「いずれ分かるさ」
▼
「──お、終わったのか。さて、どうやら収穫はあったみたいだね……うわ、ガネーシャが居なくなってるじゃないか」
傍らに倒れるものには目もくれず額に縫い目のある男は懐を探っていた。取り出された紙はどれも真っ黒になっていて何が書いてあったかは読めない。今度は懐から這い出てきた呪霊が男になにかの映像を見せるが砂嵐が激しく見れたものでは無かった。乱れた映像に少し頭を痛めながらしかめた顔で取り出したのはビデオカメラだった。手慣れたようにビデオカメラを操作し撮っておいた映像を流す。
「……案外現代技術も捨てたもんじゃないね」
「お前も無駄に器用なことをする」
縫い目の男がひとりで散らかしているそこに現れたのは白髪おかっぱ頭の人物。縫い目の男はちらりとそちらを見やるがすぐにビデオカメラの映像の視聴を再開した。
「なんだ裏梅か。こういう小細工も時には必要なのさ」
「現代技術に簡易領域の付与なんて無駄な技術をお前以外に誰が習得するというんだ」
「案外簡単だよ。呪霊操術みたいな術式がないと私のような運用は難しいだろうけどね」
それ以上は彼らの間でその会話は続かなかったが裏梅と呼ばれた人物はふと思い出したように、しかし言葉を選んでいるのか慎重に口を開いた。
「……夏油、お前がご執心だったヤツを先程見かけたがどうする」
裏梅の言葉を聞いてか夏油とよばれた男はニヤリと笑った。
「どうもしない。私が手を出さなくても呪術界が勝手に殺してくれるさ」
夏油が見ていたビデオに記録されていたのは件の男、浅野勝利が結界内にて呪術を用いて山を抉り地形を変化させるほどの攻撃をした瞬間だった。
▼
「なになに、七海も伊地知も集まってどうしたの」
任務で地方にいた五条を迎えたのは緊張した面持ちの伊地知と珍しく焦りが滲み出ている七海であった。「まずはご報告を」と伊地知が説明を始めた。
それは結界内にて七海が虎杖とともに浅野の元へと走っていたときに伊地知へと一か八かの賭けでとばした連絡が繋がったことによって得た成果だった。
「単刀直入にいいますと、夏油さんの見た目をした誰かが五条さん、あなたを狙っています」
「は、傑の見た目?」
「ええ、七海さんを筆頭に虎杖くんと浅野くんが調査に出ました山奥の廃病院を覆う結界、そこへの突入から4時間後に七海さんから連絡を受け情報を伝達、その大部分は恐らく結界の影響で伝わりませんでしたが、唯一伝わったのはそこに居たという夏油さん、の見た目をした誰かです」
「……七海」
「私は結界内でのことは覚えていませんが、任務中にそんな嘘をつく訳がないでしょう」
記憶が消えたその後、七海、虎杖、浅野の3人は気づいた時には既に入ってきた際の山の麓に戻っておりそこに血相変えて到着した伊地知に拾われて帰ってきたのだが、前例通り3人とも結界内で起こった記憶を失っていた。
結界は消えたが結局結界の謎は解かれず報告を聞いた上は頭を抱えた。そうして五条も予想外の人物の登場に頭を抱える羽目になった。
「分かっていることを整理しましょう。
山奥にて出現した結界は調査の結果、抜け出す際にその中での記憶が奪われるということが分かっていました。こちらは結界に入ってから出るまでの全てが効果範囲なのでしょう。幸いこれは既に解かれましたが記憶は依然として戻らないままです。なので結界の目的も首謀者も分かりません。
また、七海さんからの報告で夏油さんの見た目をした誰かの存在が確認されました。この情報が伝えられたことから伝達に関してはあくまで結界の詳細のみ禁止されているのだと考えられます。推論を交えてしまいましたが結論として、これが結界の情報と関係ないものだったからだと考えられます。それを踏まえまして夏油さんらしき誰かは今回の件においては完全な第三者であると考えられています」
そこまで語り終えた伊地知は一息ついた。しかし五条からは伊地知の真一文字に引き結ばれた口はまだ何かを伝えようとしているように感じられた。少しの沈黙の後、意を決したように伊地知は顔を上げた。
「そして……浅野くんの死刑が、決まりました」
「……は?」
あっけに取られる五条に伊地知は口内が乾くのを感じながらも全ての情報を共有しようとさらにその口を動かす。
「結界が解けてすぐ、山の頂上に大穴があいていました」
それが表す意味を五条は嫌という程理解出来てしまった。呪術界の世間への露呈を嫌う上層部、そこに生半可な対応では効かないほどの爆発を起こした爆弾がまだそこにあることを許容する度量が上層部にあるわけもない。臭いものには蓋をするように手っ取り早く殺すのが上のやり口だった。
「ほんとに勝利がやったのか」
「上の調査が入り大量に残っていた残穢から特定されました。申し訳ありません」
五条の問いに答えたのは七海だった。言葉尻は濁り、浅野たちの監督者として五条に任されたためか、生じてしまった罪悪感が色濃く現れていた。
「いや、七海のせいじゃない。それで勝利は今どこ」
「それなのですが。報告はこれだけではないんです」
「まだなんかあんの」
まるでこれが本命だと言わんばかりに伊地知の目は泳いでいた。
「浅野くんは……たまたま居合わせた釘崎さんと共に聖王教会を名乗るものに攫われました。現在日本にその姿がないとの事です」
伊地知が何より伝えたかったこと。それは浅野勝利は今既に日本に居ないということだった。
「──えぇ……」
五条にとってはもう言葉すら億劫だった。