霊夢 「要注意人物なんだね。過去になんかやらかしたの?」
フラン「何も出来るはずがないわ。私は495年間一回も、お外に出てないのよ」
霊夢 「ほんとに、問題児なのね」

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495年間、一回もお外に出てないの

 幻想郷の夜の闇は深い。その闇を縫うように、妖怪達は我が物顔で力をふるう。

 妖怪が、否、幻想が否定された外の世界ではもはや見ることの叶わぬ光景。妖々跋扈、それはまさに百鬼夜行。

 

 夜空の広大なスクリーンに堂々とあるのは、青白く冷たい光を放つ満月だ。

 夜の恐怖を忘れた人間にとって、それは太陽の光を反射して降り注ぐ仄かな明かりでしかない。だが、妖怪にとって月の光は太陽の何倍も眩しく、普段見えない筈の物も照らし出す。

 月明かりによって照らし出されるのは妖怪の道だ。

 人間にとっては不便な月明かりの夜は、妖怪にとって人間を襲う絶好の機会となる。こんな月夜に出歩く人間は大そうな虚け者か、迷い込んだ外来人くらいだ。

 

 そんな夜だからこそ闇の中でも一際目立ち異彩を放つ館がある。紅色に染め上げられた西洋風の邸――――紅魔館である。

 紅魔館には光が灯され、一層の存在感と威圧感を放ちながら自らの存在を主張していた。

 

「…………お嬢様、お茶が入りました」

 

 盆に載せられた紅茶のカップを置きながら、メイド服を身にまとった銀髪の少女が恭しく頭を下げた。

 そのまま、メイド長――十六夜咲夜は自らが仕える主人の命令をいつでも聞けるように、じっとその左後方に控えていた。

 

「いただくわ……」

 

 甘い、されど闇に染み込んでゆくように静かで明瞭とした声が答えた。

 霧の湖に映し出された満月を眺めながら紅茶のカップを傾けていたのは、齢十にも満たぬほどの外見の少女であった。

 彼女こそ紅魔館の当主、『永遠に紅い幼き月』レミリア・スカーレットである。

 その少女の振る舞いには、ただ紅茶を飲み、テラスより満月を眺めるだけで示せる確かな貫録と風格が宿っていた。

 

「…………」

 

 レミリア・スカーレット。

 “運命を操る程度の能力”を持つ吸血鬼。

 500年以上の時を生きた悪魔。……その彼女が今、何を考え何を為そうとしているのか。人の身にすぎぬ咲夜には予想もできないことである。

 

「……ねえ、咲夜」

「はい」

 

 唐突に、レミリアが口を開いた。それがまるで人に話しかけるのではなく、独り言でも呟くかのように喋るものだから、咲夜は少し反応が遅れてしまった。

 

「あなた、私に何か言いたいことがあるんじゃないかしら?」

 

 じっと、レミリアの眼光が咲夜を射抜く。息が詰まる。どくんと、大きく胸が鼓動した。

 ただ目を向けられただけなのに、咲夜はまるで心臓を片手で鷲掴みにでもされたかのような錯覚を覚える。これだ、これこそが吸血鬼の持つ魔性の力。カリスマと一言で表現すれば簡単なのだろう。しかし、レミリアの持つそれはそんな陳腐な言葉一つで表せるものではなかった。

 瀟洒な従者は、その内心の動揺をおくびにも出さずに言った。

 

「いえ、そのようなことは、何も……」

「本当のことを話しなさい」

 

 沈黙。月の光さえ委縮してしまったかもしれない。

 風がぴたりと止み、満月が雲に隠される。レミリアの赤い両目だけは、変わらず爛爛とした暗い輝きを放っている。

 

「……妹様の、…フランドール様のことです」

「ああ、あの子のこと。それで、何……?」

「フランドール様の、その……幽閉を解いて差し上げても、よろしいのではないでしょうか?」

 

 レミリアの顔には、何の感情も浮かんでこない。ただただ静かに。夜の湖畔のような静寂でもって咲夜の言葉を受け止めていた。

 咲夜の額を一筋の汗が伝い、ぽたりと床を濡らす。

 すっと、レミリアの目蓋が閉じられた。その表情が変化する。それはまるで、遠い日の何かを思い出しているかのように感じられた。

 

「……………………だめよ」

 

 その返答が聞けたのは雲に隠れた満月が再び顔を出した時だった。短くない時間を、レミリアは静かに、何事か思い巡らしていたのだ。

 

「それは、何故なのですか」

 

 

 フランドール・スカーレット。

 

 

 それは生まれてから495年間もの間、紅魔館の地下に幽閉され、表に出ることの許されない吸血鬼の少女の名前。

 

 悪魔の妹。“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を持った、…………レミリアの妹。

 

 『気がふれている』だとか『情緒不安定』などとフランドールのことを噂する者は大勢いるが、その実、フランドールと直接対面し、会話した者は少ない。

 逆に彼女のことを知っている者達曰く、弾幕ごっこでは己の力を制御できていただとか、スペルカードのルールを理解して、破壊の能力を無闇矢鱈と使うこともなかったなど。とてもではないが、幽閉されるような狂人には見えなかったらしい。

 咲夜自身、フランドールに接したことなど片手の指で足りるほどであるが、それでも彼女が狂っているようには思えなかった。だからこその疑問。

 

 ――――何故、レミリア・スカーレットは妹を地下室に幽閉したのか?

 

 危険だから? 狂っているから? 能力が恐ろしいから? 

 それとも…………、

 

「足りないからよ」

 

 自分の言葉を確かめるように、しかしキッパリとレミリアは言った。

 

「フランには吸血鬼としての矜持が足りない」

 

「我がスカーレット家の一員としての自覚が足りない」

 

「知識が、誇りが、理念が気品が優雅さが――」

 

「――そう、何もかもが足りないわ」

 

 だから、まだ出すわけにはいかないのだと。レミリアは咲夜を見返した。

 長い睫に縁どられた妖しい瞳。ゾッとするほどに色白で美しい肌。形の良い唇。どんな素晴らしい芸術品であろうと色褪せてしまうであろうその容貌に見つめられ、咲夜は言葉を失くしてしまう。

 

「聞きたいことはそれだけ? 咲夜も、……あなた達も」

 

 視線を咲夜から逸らすと、レミリアは扉へ首だけを向けた。

 

 扉の前に立ていたのは、月飾りを付けた薄紫色の帽子を被った少女、パチュリー・ノーレッジと白黒の魔女衣装に身を包んだ少女、霧雨魔理沙だった。

 やや後方には、この館の門番である中華風の民族衣装を着た女性、紅美鈴も控えている。

 3人ともがその顔に浮かべているのは、程度の差はあれどレミリアを非難するかのような表情だった。

 

 

『…………』

 

 

 返事は、なかった。

 

「ふう……。せっかく月が綺麗な夜なのに、これじゃ興醒めだわ」

 

 座っていた椅子から優雅な仕草で立ち上がると、背中に生えた蝙蝠の羽が大きく広げられた。

 

「レミィ…!」

 

「少し一人にさせてちょうだいな。パチェ」

 

 一陣の風が吹いた。

 その風に溶けるかのようにレミリアの身体が崩れ去ってゆく。否、崩れているのではない。その体は水滴よりも細かく鮮やかな赤い霧となり、また無数の蝙蝠となって、幻想郷の闇の中へと吸い込まれるかのように飛び去っていったのだ。

 後に残された咲夜たち4人は、しばらくの間何もできず、ただレミリアが消えていった辺りを見つめるしかなかった。

 

「レミィ……」

 

 ぽつりと、パチュリーが辛そうな表情で呟く。彼女の中で晴れることのないもやのようなものが立ち込め、心をざわつかせていた。

 

「レミリアのやつ、いったい何を考えてんだ……」

 

 大きなため息を吐くようにして、魔理沙は苦々しい表情で言った。

 その疑問に答えられる者はいなかった。従者として一番傍にいる咲夜にも、親友であるパチュリーにも、長く仕えている美鈴にも、レミリアの心の内を読み取ることはできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 霧と蝙蝠に己が身を変化させ、何処かへ飛び去ったように見えたレミリアであったが、その姿は紅魔館の中にあった。

 その足音は不自然なほどに小さく、耳をすませなければ聞こえない。

 地下への階段を下り、大図書館の前を通り過ぎ、最下層へと続く階段へと足をかける。そこまで来て、湿っぽい、嫌な空気が流れてくるのをレミリアは感じた。

 古さの割にしっかりとした階段をゆっくりと下りる。壁にかかった燭台の炎がゆらゆらと揺れ、壁に映った影を不気味に蠢かせた。

 

「…………」

 

 長い階段を下りきると、明るく長い廊下が顔を出す。その廊下は目的の部屋までは一本道で、途中の壁には扉どころか装飾すらない。

 そうして、レミリアは一度立ち止まった。

 目前には大きく重厚な赤い扉が待ち受けている。扉には円の内側に図形が描かれたような、不可思議な幾何学模様の装飾が施されていた。図形の隙間にはヘブライ語のような奇怪な文字が書き込まれているそれは、まさしく魔法陣であった。

 その扉の取っ手に手を伸ばそうとして、……レミリアは一度手を引っ込める。そして、扉を静かに二回ノックした。

 

「ん~、だぁれ? まだご飯の時間じゃないでしょ」

 

 扉越しに妙に間延びした、暢気そうな声で返事が返ってきた。

 

「フラン、…私よ。レミリアよ」

「……何だ、お姉さまか。……何の用?」

 

 明らかに落胆したかのような、あるいは興味を失ったかのような声色。

 その態度にレミリアは拳を握りしめ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランんんんん!! お願いだから出てきて頂戴! みんなフランに会いたいって言ってるから!!」

 

 思いっきり情けない表情で扉に縋りついた。

 

「またその話? 私が自分の部屋で何しようがいいじゃない、ほっといてよ」

「ずっと部屋にこもってると体に悪いわよ? ほら、私と弾幕ごっこでもしましょう!」

「いいもん。部屋の中で遊んでる方が楽しいから」

「ふ、フラン!? フランドールッ!! ……フランちゃあーーーん!!」

 

 ドンドンと扉を叩く音が地下室に響く。

 フランドール・スカーレット。その力の強大さから495年間幽閉されている狂気の吸血鬼。周りにはそう思われていたのだが……単に筋金入りの引きこもりなだけであった。

 彼女は無理矢理閉じ込められている訳でもなく、自分から好きで地下にこもっているのだ。

 それをレミリアは過去何度か怒っているのだが、「幻想郷という土地に引き籠っている妖怪も同じでしょ?」などと屁理屈をこねたり無視されたりと取り付く島もない。それどころか、最近は上手くあしらわれることが多くなってきた気さえする。

 

「ね、フラン? 少しお姉ちゃんとお話しましょう。だから扉を開けてちょうだい」

「……」

 

 妙に媚を売ったような甘ったるい声でレミリアが話しかける。

 わずかな沈黙の後、扉の下がかぱりと開いた。まるでアパートの郵便受けのような長方形のそれは、フランドールがいつの間にか勝手に作ったものである。

 扉を開けずに本を出し入れしたり、毎日の食事を受け取れて便利…! とはフランドールの台詞。これのせいで最近益々外に出なくなってしまった。

 

「ちょっ、フラン? これじゃあ不便よ。できれば扉を……結界を解いて欲しいんだけど……」

 

 言いつつもしゃがみ込んで、その隙間に頭を突っ込むかのようにして部屋の中を覗き見ようとする。

 その時、突然視界が明るくなったかと思うと、レミリアの眼球に異物が挿入された。

 

「覗いちゃダメ」

 

 ぬぷっ、という嫌な音を立てて目潰しがかまされる。フランちゃんおかんむりです。

 

「ぐぅおおおぁぁああぁ……!? 目ェ、目がぁああぁあ! 目がぁあああああ!!」

 

 ゴロゴロゴロと、地下室の床を両目を押さえたレミリアが転がる。そんな風に体でローラーしても、地下室は地ならしできません。

 のたうち回るレミリアに、また扉越しに声がかかった。

 

「大体、外に出なくても不都合はないでしょ。それにほら、かぐやも、あの竹林のお姫様も引きこもりのニートなんじゃないの?」

「違う。それは違うわフラン。……ぬぅぅぅう痛いぃぃ………」

 

 フランドールが自主的な引きこもりだとしても、蓬莱山輝夜は事情が違う。

 あれは永遠亭の薬師、八意永琳によって閉じ込められ、誰にも会わず部屋の中で連続する須臾を過ごしていただけだ。

 空に浮かぶ満月が偽物の月と入れ替えられたあの異変以降、輝夜は月の博覧会を開いたりと割とアクティブに活動していたはずである。

 

「他の皆は、私の気がふれてるからとか、能力が強すぎて危険だから地下に封印されてると勝手に勘違いしてるんでしょ?

 なら今後もその悲劇のヒロイン設定で通しましょうよ。何だかカッコいいし素敵だわ」

「設定とか言うな!?」

 

 あまりと言えばあんまりなフランドールの主張にレミリアがツッコミを入れる。もうダメージは回復したらしい。流石、腐っても吸血鬼である。

 というか、そろそろその設定で押し通すのもキツくなってきたのだ。レミリアの知らない所で勝手に噂になり、幻想郷縁起にまで載っていると知った時は本気で頭を抱えた。

 

「もー。あれもあかん、これもあかんだと人間成長できないわよ。ここは妹の自主性を尊重してよー」

「アンタは吸血鬼でしょうが! というか、今までその自主性を尊重した積み重ねが今の引きこもり生活なのよ!」

「えー」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 駄目だ、やっぱり駄目だった。

 暖簾に腕押し。糠に釘。押しても引いても手応えがない。

 やはりフランを外に連れ出すのは無理なのか。これから先パチェたちに白い目で見られながら、妹を幽閉してる極悪カリスマ吸血鬼設定を維持し続けなければならないのかと考えると頭が痛い。

 重い足取りで自室に戻るレミリアの目の端に、きらりと光る滴が一つ。……ううう、吸血鬼は流水は苦手だけど、涙は例外なのよー。

 そのままふらりと、ベッドにうつぶせに倒れ込む。

 普段のレミリアからは想像できない姿がそこにあった。

 

 

 

 

 翌日、地下図書館でお茶を飲むレミリアとパチュリー。

 

「パチェ。昨日、フランに会ってきたわ」

「……レミィ! それで、どうするの?」

「やっぱり駄目ね。フランを外に出す訳にはいかないわ」

「……そう」

「(あ゛ぁあぁああ゛ぁ゛あぁぁ! ごめんなさいパチェ! ホントごめん)」

 

 すました顔で優雅に紅茶を飲むレミリアだが、内心は己の不甲斐なさと罪悪感に身悶えていたそうな。

 

 


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