もう一本の勇気のバトン   作:グリまりも

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この話は「橋渡二喜の章」の一話から二十話までをご覧いただいてからお読みいただけると、より楽しんでいただけるかと思います。
「橋渡二喜の章」
一話 「天空恐怖症候群」
二十話「壁の外へと」


Ⅸ:孤独の六ヶ月

 極寒の冬を越え、張っていた氷も溶けた諏訪湖の岸を、一人の少年が歩いている。

 その手には籠らしきものが抱えられており、諏訪湖で何かを獲ったところであることが見てとれた。

 

「おお、結構獲れた……春っていいなやっぱり」

 

 少年──種島創一は、手作り感のあるその籠に入った魚を見て、満足そうな声を漏らした。

 

 冬の間は湖の表面が氷で覆われていたせいで罠が仕掛けられず、思うように魚が獲れなかった。

 そのせいもあって、ひもじい思いもしていたのだが、三月も半ばのこの日は、やっと仕掛けることができた罠のおかげで久方ぶりに大漁だ。

 

「ん……?」

 

 ふと、直感的に嫌な感じがして空を見上げる。

 すると、遠くの空を移動する、鳥ではない何かの群れが視界に入った。

 

 バーテックスだ、数は四体。

 

「ちっ……!」

 

 創一は咄嗟に身を隠そうとしたが、ちょうど障害物のない場所を歩いていたため、あたりには隠れることのできそうな場所がなかった。

 

 そのせいで、隠れる前にバーテックスたちに姿を見られてしまった。

 

「くそッ」

 

 四体のバーテックスはみるみるうちに接近してくる。

 今頃隠れても間に合わないだろう。

 

 まさに絶体絶命──とは思わなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 創一はそう口にすると籠を地面に置いて、バーテックスを迎え撃つため、自分からも距離を詰めた。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 ほんの僅かな時間で決着はついた。

 バーテックスたちの繰り出す噛みつきや体当たりの攻撃を、創一はすべて紙一重で躱わし、すれ違いざまに渾身の拳、あるいは蹴りを叩き込んだ。

 

 たったそれだけで、四体のバーテックスは崩れるように消滅していった。

 当然、創一の身体にはかすり傷ひとつ付かなかった。

 

 

 

「ふう、あの程度の数でよかった」

 

 バーテックスとの戦いを終えた創一は、籠を持ち直すと移動を再開した。

 

 創一はこの半年の間、出来るだけバーテックスに発見されないように行動してきた。

 それは別に怖くて戦いたくないからというわけではなく、仲間を呼ばれたりするのを防ぐためだ。

 

 奴らにどの程度の情報伝達能力があるのかは知らないが、もし仲間を呼ばれ、諏訪に生き残りがいてまだ戦っているとバレれてしまえば、大群で攻めてくる可能性がある。

 

 そうならないようにバーテックスがいたら隠れるようにしているのだが、先ほどのように発見されてしまった場合は殲滅することにしている。

 

 そのため奴らとの戦いはだいぶ慣れて来ている。

 少なくとも、以前は苦戦していた四体のバーテックスを「あの程度の数」と言えるくらいには。

 

「よっと……」

 

 目的地に着いた創一は、その場に立ち止まって姿勢を正した。

 

 目の前の地面には、手のひらに乗る程度の大きさの石が等間隔に並べられている。かなりの広範囲に、だ。

 その数は簡単には数えきれそうにはなく、少なくとも百を軽く超えているのは確実だろう。

 

 さらによく見ると、その石のひとつひとつには文字が書かれていた。

 人の名前だ。

 

 そう、ここにある石は、墓だ。

 諏訪の住民として、創一と共に三年を生きてきたすべての人の名が書かれた石が、その者たちの安らぎを願って置かれている。

 

「みんな、おはよう」

 

 創一は無数の墓標を前に目を閉じ、手を合わせる。

 これが創一の日課だ。

 

 たっぷりと数十秒は手を合わせ続け、それが終わるとまた籠を持って歩き出した。

 

 しばらくすると、創一は階段を下り荷物を置く、ここは地下室だ。

 かつて諏訪の住民たちが避難所として作ったこの場所を、創一は拠点としている。

 

 バーテックス相手では作った本来の目的を果たすには至らなかったが、決して無駄にはなっていない。

 

「今日も一日頑張るか!」

 

 創一は自分の頬を叩いて気合を入れる。

 

 まずは獲って来た魚を食べよう。

 食べきれない分は干して保存食に。無駄にするほどの余裕はない。

 それから……、

 

「ん……」

 

 ふと、部屋にある手書きのカレンダーに目をやる。

 大きく書かれた「三月」の文字を見て、創一は呟いた。

 

「あれからもう、半年になるのか……」

 

 創一の脳裏に、一人で過ごした六か月間が思い起こされた──。

 

 

 

 

 

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 諏訪の土地神の力ををその身に取り込み、バーテックスを倒したあの後、創一はまず住民たちの遺体を回収した。

 当然、同時に生存者がいないか改めて探したが、残念ながら生きている人間はいなかった。

 

 遺体の回収を急いだのは、もちろんできるだけ早く弔ってやりたかったからだ。

 

 遺体はどれも損傷がひどく、人の形が残っていれば運がいいといえるレベルだった。

 というより、食い殺すというバーテックスの攻撃の性質上、遺体が残らない人たちのほうが多かった。

 

 それでも遺体の数はまさに大量であり、範囲も広範囲だったため、一日二日では終わらなかった。

 

 また、回収といっても、安置所のような場所に置くのではなく、すべて早急に火葬した。

 見つけた遺体を片っ端から炎に投じるのは、創一に罪悪感を与えたが、当時はまだ暑い時期だったのもあり、遺体の腐敗は早い。

 ほんの数日前まで一緒に生きていた人たちの一部に虫がたかる様子を見るのは創一も耐えられず、他にどうしようもなかった。

 

 しかし、何人分もの遺体を火葬するとなると、何か所にも巨大な炎をおこさねばならず、そうなると虫でないものが寄ってくる。

 

「ちっ、バーテックスども……立ちのぼった煙で寄って来たか!」

 

 したがって、諏訪にある遺体すべての火葬を終えるまでに、創一は何度かバーテックスに襲われた。

 当時すでに創一はバーテックスとの戦いは可能な限り避けるつもりだったが、それより住民たちの弔いが優先だったので仕方がない。

 

 まだ戦い慣れしていなかった当時の創一にとって、とても苦しい戦いだった。

 そしてそれ以上に、見知った人たちの遺体の回収ということそのものが、創一の心を深くえぐった。

 

 しかし、どれだけ心身ともに傷つけられようと、創一の心が折れることはなかった。

 生き残った者の務めを、果たさねばならないからだ。

 

 

 

 全ての遺体を火葬し終わると、創一は遺骨と遺灰を埋め、住民一人一人の墓石を置いて名前を書いた。

 かつて住民全員で書いた手紙や署名があるので、全員分の名前を書くことは簡単だった。 

 まさか四国の勇者たちの手に渡る前に役立つとは思っていなかったが。

 

 このときはまだ、墓石にはそこそこ大きめの石を使っていた。

 

 また、墓作りと並行して拠点も整備した。

 建物がすべて壊されていたのと、バーテックスから発見される可能性を減らすために拠点は地下室にした。

 

 しかし、地下室は既に避難所として作ってあったのだが、そこで何人もの住民が殺されているわけだから、遺体を回収したあとも臭いは酷く、衛生面でも問題があった。

 

 ゆえに、徹底的に清掃した。それでも足りなかったので、周りの土をさらに削り、地下室そのものを一回り大きくした。

 

 そうしたら何とか人が住める程度にはなったので、以降、生活拠点はここになっている。

 半年経った今ではだいぶ手を加えて、かなり住みやすくなっている。

 

 

 

 次に、創一は畑を耕した。

 それまでは、壊された建物や畑から食べられるものを拾い集めて食べていたが、それがいつまでもは続けられないことは創一だって知っていた。

 

 幸い、創一には農耕や漁のノウハウがある。

 めちゃくちゃに荒らされたとはいえ、もともと畑だった場所を耕すのは簡単だったし、漁だって簡易的な罠の作り方は知っている。

 

 だから食料確保の方法がわからず慌てるということはなかったのだが、生活がある程度安定してきた十一月の上旬頃、事件が起こった。

 

 十数体のバーテックスの襲撃にあったのだ。

 

「いてて、クソったれめ……」

 

 バーテックス自体は手傷を負いつつもなんとか倒すことができたが、被害は他にもあった。

 

「お墓と畑、作り直さなきゃな……」

 

 バーテックスによって、せっかく作った墓と畑が壊された。

 どうやら、人が作ったものを何がなんでも破壊するというのは、諏訪が滅んだ後でも変わらないらしい。

 

 むしろ、滅んだはずの諏訪で新たに人の存在が感じられるものを見つけたら、怪しくて寄ってくるということか。

 

 墓と畑を作り直すとすれば、何か見つかりにくくする工夫をしなければならない。

 

「とりあえず、墓石は小さな石にすればそうそう見つからないだろう……野菜も一か所に集めないでバラバラにちょっとずつ育てればただの自生した植物に見えるはず……」

 

 茂みに隠すように育てるというのもありかもしれない。

 もちろん、畑として一か所で大量に育てるのに比べたら収穫できる量も質も落ちるだろうが、一人で食いつないでいける程度なら何とかなるはず。

 

「俺はこんな逆境じゃ折れないぞ……負けてたまるかよ、絶対!」

 

 

 

 

 

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 十二月三十一日、大晦日。

 

 長野の冬は寒い。極寒だ。

 特に、ちゃんとした屋根と壁のある家がなければなおさらだ。

 

 しかも、寒くなれば野菜を育てるのも気を遣うし、諏訪湖にも氷が張り始めて漁も難しくなってきた。

 

 冬は創一にとっては本当に厳しい季節だった。

 

 

 

「よっと……これはまだ使えるな」

 

 創一は、そんな厳しい冬でもめげずに活動していた。

 

 普段創一が一日の内に行うことは、食料の確保、そして倒壊した家屋の中からまだ使える物を回収することだ。

 

 といっても回収できるのは、人間が生活していることがバレないように、拠点に隠して置けるものだけだが。

 

「よし、これだけあれば何とか作れるかな……」

 

 この日は、蕎麦屋のあった場所で探し物をしていた。

 蕎麦作りの道具だ。

 

 蕎麦屋も例にもれず総攻撃の日に見る影もなく破壊されていたが、どうにかまだ使えそうな道具が数点残されていた。

 

「おっちゃん、使わせてもらいます……」

 

 この蕎麦屋の店主で、自分に蕎麦打ちを教えてくれた師匠でもある人物を思い、創一は蕎麦屋の残骸に頭を下げた。

 

 蕎麦の材料自体は先日ようやく収穫ができたものと、備蓄されてあったものを合わせてそれなりにある。

 

 これで、約束が果たせる。

 歌野の誕生日に、蕎麦を作ってあげるという約束が。

 

 

 

 その深夜、創一は複数のお椀をもって墓場に来ていた。

 

 そして、「白鳥歌野」「藤森水都」とそれぞれ書かれた石の前に、お椀を置く。

 水都には一つ、歌野の墓石の前には二つ置いた。

 お椀の中には蕎麦が入っている。

 

「年越し蕎麦です。召し上がれ、歌野さんは誕生日のぶんと合わせて二つね」

 

 創一は自分のぶんを持ち、すする。

 

「お、久しぶりだったから不安だったけど……そこまで腕は落ちてなかったな、よかった」

 

 歌野は創一の作る蕎麦を楽しみにしていたから、美味しい蕎麦が作れて安心した。

 しかし、味の感想を言ってくれる声はない。

 

 歌野の誕生日に蕎麦を作る、そう約束した日がはるか遠くに感じる。

 あのときはまだ、みんなで年越しを迎えられると信じていた。  

 

「……食べてもらいたかったな」

 

 歌野がこの蕎麦を食べたら、どんな感想を言っただろうか、そしてそんな歌野を見て、水都はどんな顔をしただろうか。

 今となっては、もうわからない。

 

「今年も、終わるのか……来年は、会えるだろうか、四国の勇者に」

 

 真冬の寒空の下、孤独に蕎麦をすする音だけが、哀しく響いていた。

 

 

 

 

 

====================

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 あれからも、厳しい寒さの中を創一は越えてきた。

 

 だが、もう冬は終わり、ようやく春が訪れた。

 まだ寒さは残るが、いずれ暖かくなるだろう。

 季節が変われば生活も変わる。

 やることは数え上げればきりがない。

 

「よし、獲った魚の処理もあらかた終わったな」

 

 朝食を食べ終わり、食べきれなかった魚も、ひとまず内臓を取るなどした後、日光のあたる場所に干した。

 少量なのでバーテックスに気付かれることもあるまい。

 取った内臓や食べかすは肥料にするため一度燃やして置いておいた。

 

「今日は外まで行ってくるか」

 

 物資集めに赴くが、今日は諏訪の外、もともと結界の範囲外だった場所に行くことにした。

 諏訪の結界内だった場所はバーテックスがあまりにも徹底的に蹂躙したため使える物資が少ないからだ。

 

 あまり遠くに移動すると発見される危険も上がってしまうため、今までは避けていたが、季節が変わるとなれば必要な物も出てくる。

 意を決して、創一は街へ出た。

 

 

 

「やっぱり、諏訪ほど建物も壊されてないな……」

 

 結界外だった場所の街には、まだ形を残している建物も少なくなかった。

 創一が諏訪へ逃げてきた頃からさほど変わっていない。

 

「食べられるものは流石に残っていないだろうけど、サイズの合う服とか靴があると助かるな……」

 

 服も靴もぼろぼろなので新しくしたいと思っていたところなので、この機会に探しておくことにした。

 

「この家の人すいません、使えるものがあったらもらっていきます」

 

 創一は一言そう言った後、まだ形の残った民家に入っていった。

 

 

 

 

 

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「ちょっと時間かかりすぎちゃったな……」

 

 夕方、ある程度探索し終えた創一は、諏訪へ戻ってきた。

 

 服はすぐに見つかったが、ちょうどいい靴がなかなか見つからず、いろいろな家を探したので時間がかかってしまった。

 しかし、そのおかげでまだ食べられる保存食を見つけるという想定外の幸運にも巡り逢えたので良かったとしよう。

 

「……ん?」

 

 諏訪に着くと、言い表しにくい漠然とした違和感が創一の頭をよぎった。

 結界の外に出る前と今で、何かが変わっている気がする。

 

「なんだろう……」

 

 気になりつつも、荷物を置きに拠点に戻る。

 拠点には特に変化はなかった。

 

「気のせい……? いや……」

 

 創一は荷物を置くと、諏訪内の見回りを始めた。

 違和感の正体を確かめるために。

 

「やっぱり位置が少し移動している物があるような……諏訪の外を探索している間にバーテックスが来た……?」

 

 あり得る話だ。もしそうなら、新しく何かを破壊されているかもしれない。

 確認しておかねば。

 

「墓は、大丈夫そうだな……ん?」

 

 取り敢えず、墓は壊されてはいなかった。

 しかし、それ以外の変化があった。

 

「足、あと……? 俺のじゃ、ないぞ」

 

 そう、墓場に、明らかに自分のものではない足跡があった。

 それも、一つではない。

 

「ッ!」

 

 創一は飛び出すように走り出した。

 この足跡が意味する可能性に思い当たったからだ。

 

「まさか、まさかッ!」

 

 探す。わかりかけてきた違和感の正体を。

 駆け回って、探す。

 

 より遠くを見渡せるように、ちょっとした高台へ駆け上がる。

 そしてついに、見つけた。

 

「ッ────」

 

 この瞬間を、創一はずっとずっと、待っていた。

 

「おい、みんな! あれ、見ろ!」

 

 創一を指さし、騒ぐ声が聞こえる。

 次に続いた言葉は、()しくも創一が思わずもらした言葉と同じだった。

 

「「人だ!」」

 

 久しぶりに見る、自分以外の人の姿。

 この瞬間、創一の半年の孤独が報われる。

 

 創一が独り待ち続けたこの諏訪の地に、六人の少女がやって来た。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

それでは次回もお楽しみに!
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