病める時もすこや物語 作:足洗
祖母の葬式が終わり、野辺の送りの葬列が畑道を粛々歩いていく。
その薄黒い喪服の列なりの中で、父や叔父らに担がれた棺桶にとぼとぼと寄り添う細い背中。項垂れて覗く項の白さが子供ながらに眩しく、それに目を奪われた自分自身の不謹慎さがその時はひどく恥ずかしかった。
喪服の黒は濃く深く、重すぎて、新雪と同じほどに澄んだその白肌を際立たせた。
金糸の髪色など、まるでこの世のものではない。夕暮れの茜よりそれは輝いていた。
人ではないようだった。
事実、彼女は只人ではなかった。
常人ではありえないほど長く尖った両耳。兎か狐のようだと親戚の者共はよく陰口を叩いた。
えるふ。
エルフ、という。
彼女は異類の人だった。
そして祖母の親友だったそうだ。
思えば、俺が知る彼女はいつも泣いていた。寂しそうに、心細げに、儚げに、そしてひどく……綺麗な顔で。
「あぁやっぱりまた、逝ってしまうの……?」
祖母の棺桶を撫でて、彼女は切なく囁いた。
どこをどうしてこんな山村の片田舎まで流れて来たかは知れない。祖母の祖父の伝手を辿って、大戦を逃れて来たのだというが、親戚達も村の年寄もとんと経緯は知らぬという。
知る者は既に亡い。
彼女は一人だった。気付けばいつも、一人だった。
それがあんまり憐れだったから、俺は彼女に声をかけたのだ。慰めたくて、元気付けたくて。
「……あの娘の息子の……たしか四男坊ちゃんだね。ふふ、慰めてくれるの? 優しい子だね」
泣き腫らした赤い目に弱々しく笑みを作る。その痛ましさに、俺はますます彼女を放って置けなくなった。なにやら使命感染みたものまで抱いて。
父母は決して良い顔をしなかった。親戚達の中には露骨に俺を咎める者さえあった。
────あの女に近寄るな。ありゃ人じゃねぇ。人にとり憑いて生きてる、化けもんだぞ
村の者らが何故ああまで彼女を嫌うのか当時の俺には理解できなかった。そしてその理不尽さにひどく憤ったものだ。
反骨心もあったのだろう。農家の四男坊など、上の兄らの奴隷で、いざという時跡継ぎにする為の代用品でしかない。
彼女に接することで、その不満や鬱屈の代償を得たかったのか。
それとも。
「ふふ、貴方は優しいね」
ただ、美しいこの人に恋をしていたのか。
今はもうわからない。
もう、確かめることもできない。
彼女の作ってくれる焼き菓子が好きだった。
祖母にもよく振る舞っていたと、彼女は昔語りをしてくれた。
「あの娘もね。ひとりぼっちの私をよく気にかけてくれたの。優しい娘だったぁ。そう、貴方とおんなじ……大好きだった。なのに……」
村の外れの小川の向こう。村人の誰も近寄らない山裾辺りに彼女の庭園があった。
そこには彼女が植えた様々な花が色とりどり咲いていてた。どれも彼女の故郷の花だという。
「上手くはいかないね」
花を見下ろして彼女は呟く。
悲しそうな、寂しそうな、懐かしそうな声色で、それらを一切含まない横顔。
まるで人形のようだと思った。
花の香りのする箱庭。無機質な笑みで彼女が俺を見る。
ただ瞳だけが、妙にどろどろとして見えた。こんなに綺麗で、精緻で、良い匂いなのに。
「今度こそ」
沼の淵のようにその両瞳は澱んで見えた。
何年か経った。
日が沈むまで働き、泥のような眠りの中で、また日が昇るのを待つ。ひたすらにそれを繰り返す毎日。
祖父が死んだ。老衰だった。
葬式を済ませ、次の日には畑に出て土を耕した。
いつからか家に俺の居場所はなかった。所詮四男坊の扱いなどこんなもの。諦めた心地でなるべく気に留めないよう努めた。
時折彼女の庭に行き、花の香りのする焼き菓子を食べた。
何年か経った。
父が死んだ。体を壊して寝たきりになり、そのまま起き上がることもなかった。
生前、病床から父はよく俺を罵倒した。香など焚きやがって。鼻が曲がる、と。
よくわからない。父は俺が嫌いなのだろう。彼女と親しむ俺が嫌いなのだろう。
彼女に呼ばわれてまた焼き菓子を食べた。
何年か経った。
母が死んだ。やはり老衰だった。
上の兄は嫁を貰い畑を継ぎ、次の兄は他村に移った。三男は、流行り病で逝った。
花の香りがする。今日は焼き菓子など、食べてはいないのに。
何年か経った。
兄らが死んだ。
皆、老衰だった。
今際の際、すっかりと老いさらばえた上の兄は床に伏してそれでも凝然と俺を睨み、怖れ震える声で言った。
────おめぇも化けもんになったか
俺は、歳を取らなくなっていた。
花の香り。
いつ何時、どこにいようとも付いて回る。体に纏い付き染み付いた匂い。
あの焼き菓子の匂い。
あの、箱庭の匂いがした。
違う。これは。
家の外から。扉の前に。
いる。
香りが強まる。
柔らかな声が響く。はしゃぐ。子供のように。
「今度は、上手くいった」
上手くいった。
上手くいった上手くいった上手くいった。
「これでもう、ひとりぼっちじゃない」