仕事が忙しくなくなったら逆に筆が進まなくなる謎。
学園都市に天使が墜落した。
その、後の話。
科学サイドと魔術サイドの『条約』に従って魔術師から学園都市を守るための組織、『
彼らの拠点オルソラ教会にて、『
(あら、これまでとは雰囲気が違う……?)
空気が弛緩した。
なんとなく、そう感じる。
『
互いに警戒し合い、監視し合い、いつか出し抜こうと騙し合う。それが本来の空気であった。
だが、今は違う。
尋常ならざる戦いを共にしたためか、魔術師達の間にも戦友として仲間意識が芽生えたのか。
天使墜落も悪い事ばかりではなかった。オリアナはそう思って微笑む。
(…………、)
だって、そうだろう?
天使墜落で仲間意識が芽生えた?
魔術師連中の態度が柔らかくなった?
けれど、生粋の魔術師であるリチャード=ブレイヴやサローニャ=A=イリヴィカが、何の理由もなく協力的になる訳がない。
オリアナ=トムソンは笑顔の裏で、焦燥感を覚える。
自らの
つまり、彼らが協力的になったという事は、何者かが彼らに目的を達成させる道を示し、その対価として『
(そして、何よりもマズイのは仲間が取り込まれた事じゃない。お姉さんが……
オリアナ=トムソンは裏切り者である。
フリーランスの魔術師として学園都市に雇われながら、その実はローマ正教所属の
彼女もまた、自らの
『
「…………っ」
「オリアナ=トムソン。何処に行こうというのかしら」
「ヴィース……ワインレッド!」
咄嗟に逃げようとしたオリアナを、両手に手袋をつけた女性が阻む。
ヴィース=ワインレッド。『
前方には逃げ場を塞ぐ時間稼ぎ専門の魔術師。背後からは名高い『
(ハメられたっ!)
「大人しく付いてきなさい、オリアナ=トムソンは」
「……お姉さんに拒否権は、なさそうね」
建設中の教会の奥。
ヴィース=ワインレッドの監視を受けながら、オリアナ=トムソンは足を進める。
やがて、彼女は椅子が並べられた礼拝堂に辿り着いた。
目を見開く。
あまりの光景に息が止まる。
そこにいたのは──
「……違う、わね。天使じゃない。でも、間違いなくこの世のモノじゃあないわ。……あなた、何者?」
「初めまして、オリアナ=トムソン。
「…………ッ⁉︎」
神々しい誰かは、一眼でオリアナ=トムソンが秘密裏に使用していた通信魔術を見抜き、更にその通信相手が何者であるかも見抜いた。
はあ、と……見抜かれてしまっては仕方ないと諦めたのか、通信魔術の先から一人の女性の声が響く。
『ええ。私と貴方は初対面ですので。どうして私の名を? いえ、そもそも……貴方は?』
「ああ。そうだね。失礼した。僕の自己紹介がまだだったね」
蜂蜜色の髪。
人形のように整った顔立ち。
青く輝く、透き通った瞳。
青いドレスを纏った、天使のような少女。
即ち────
「
さて、と。
これで主導権は握った。
僕は内心の緊張を押し殺し、余裕そうな笑みを浮かべる。
目標はただ一つ。
目の前にいる
「交渉を始めようか」
『交渉……ですか。他の方々もそれで味方につけたと?』
「勿論、全員じゃあないよ? 天草式やローマ正教のような仕事に従順な人達には何も話していない。ただ、何か目的があって『
例えば、リチャード=ブレイヴ。
彼の目的は、魔術サイドと科学サイドの『条約』に違反しかねないため使用禁止とされた術式『
即ち、『条約』の撤廃。あるいは魔術サイドと科学サイドという垣根の破壊。
例えば、シンシア=エクスメント。
彼女の目的は、魔術サイドのしがらみに囚われて帰国できなくなった天草式十字凄教・外海分派の仲間達を日本に帰すこと。
即ち、魔術サイドから科学サイドへの鞍替え。あるいはイギリス清教の破壊。
例えば、サローニャ=A=イリヴィカ。
彼女の目的は、科学サイドによって切り拓かれそうになっている
即ち、科学サイドの破壊。あるいは森林開発を行う経営陣の廃絶。
どれもこれも無理難題。
それこそ、魔術サイドの科学サイドの緩衝地点である『
しかし、今の僕ならばできる。
「リドヴィア=ロレンツェッティ、君の目的は知っている。──つまり、『
『……知っているのならば、賛同されるのが当然かと。「科学」に穢された異教の地を
『
ローマ正教が誇る十の高位霊装、『聖霊十式』の一角。
その効果は突き刺した土地を、問答無用でローマ正教の支配下に置くという法外なもの。
リドヴィア=ロレンツェッティはそれが正しい事だと心の底から思い込んでいる。
ローマ正教が上で、学園都市が下。神の教えが最も正しく、『科学』という異教は無知蒙昧な者共が掲げる愚かな間違いに過ぎないと。
僕はそれに反感を覚える。
学園都市に生きる人々の意思を簡単に否定してしまう彼女の事を受け入れられない。
「ま、君の意見を批判する気はないけれど」
『…………はい?』
けれど、討論するつもりはない。
リドヴィア=ロレンツェッティは狂信者であり、彼女の信仰を曲げる事はできない。
そもそも、内心は自由だ。具体的な行動に出たならば兎も角、未遂である現在においては彼女に罪はないのだから。
「不思議な顔をしているね。糾弾されるとでも思ったかい?」
『……ええ。私の行いに恥じる所など一つもありませんが、正しい教えを聞いたばかりの人々は反発する事が多いものですので』
「言っただろう、これは交渉だ。僕は君を否定しに来たのではなく、別のやり方を提示しに来たのさ。……残念ながら、君の計画にはいくつか瑕疵がある」
『何を……』
「まず、
会話の主導権を手放さない。
動揺する暇すら与えず、言葉を畳み掛ける。
「この世には神様の加護すら無効化してしまう特別な右手が存在する。どれだけ努力して『
『ならば、その手を持つ者を殺めてしまえば……』
「異能を無効化する伝承なんて世界各地の何処にでもある。彼ほど強力な右手でなくとも、彼以外にも同じ事ができる人はいると思うけど?」
『…………、』
残念ながら、これはハッタリだ。
『原作』において、
異能の火で燃やされた灰に触れても
だが、リドヴィア=ロレンツェッティはそれを知らない。というか誰も知らない。
当然だ。『
「そして、もう一つ。君は
『…………っ、違いますっ! 私はッ』
「『
『ッッッ!』
その一言を聞いた時、オリアナ=トムソンは頭を抱えた。
リドヴィア=ロレンツェッティを知っているからこそ分かる。これは効く。効いてしまう。
リドヴィア=ロレンツェッティは逆境に燃えるタイプの人間であり、壁が高ければ高いほど悦ぶドM染みた修道女。
異名である『
「実を言うとね、僕は君を尊敬している。リドヴィア=ロレンツェッティ。困難であればこそ挑む君は、神の教えに程遠い人間に布教を成功させて来た。──つまり、問題児の更生において君は飛び抜けた才覚を持つ。君の本性はどうあれ、君という人間は確かに通常の教会では救えない人間に手を差し伸べてきたんだ」
動機なんてどうでもいい。
社会から外れた人々にこそ手を伸ばす。
少なくとも、その行動は善に違いないのだから。
「だからこそ、僕は君にこの言葉を送ろう。──
「これで、全員かしら」
「ああ、終わったよ。『
オルソラ=アクィナス。
『パルツィバル』。
天草式十字凄教。
この者達は元より何の野心もなかった。
リチャード=ブレイヴ。
シンシア=エクスメント。
サローニャ=A=イリヴィカ。
この三名は将来的な手助けを対価に味方につけた。
スクーグズヌフラ。
オリアナ=トムソン。
この二名にはそれぞれニコライ=トルストイとリドヴィア=ロレンツェッティというバックがいた。
故に、ニコライ=トルストイは学園都市と協力する明確な利益を見せる事で、リドヴィア=ロレンツェッティは正しく布教ができる場を設ける事で味方につけた。
ヴィース=ワインレッドは尊敬の念よりも先に、その少女に恐怖を抱く。
ほんの一日と少し。それも話術だけを用いて、少女は三大宗派が入り乱れる複雑な盤面を全て手中に収めたのだ。
継雲雷糸。
学園都市統括理事長に座する者。
この星の半分を支配する怪物は、気安く語りかける。
「改めて聞こうか、ヴィース=ワインレッド。君の望みは?」
「……変わらないわ。ただ、魔術サイドと科学サイドの衝突をなくしたいだけ」
ヴィース=ワインレッドはイギリス清教と学園都市に雇われるフリーランスの魔術師である。
この言葉を聞いた時、多くの者は不思議に思う。魔術サイドの人間が科学サイドに雇われて良いのか? と。
無論、許されない。
けれど、ヴィース=ワインレッドはそもそもがグレーゾーンにいる例外的な存在。
魔術サイドの母と科学サイドの父の間に生まれた彼女は、魔術サイドの存在でありながら例外的に科学サイドの依頼を受ける事が許されている。
「安心していい。ロシア成教にはニコライ=トルストイ、ローマ正教にはリドヴィア=ロレンツェッティというパイプ役ができた。これで魔術サイドとの正面衝突は避けられる……はずだ」
そう言いつつ、継雲雷糸は自分の言葉を信じていないようだった。
それも当たり前だとヴィース=ワインレッドは思う。
魔術師とは、自らの
三大宗派という大きな組織自体は止められても、個々の魔術師は止まらない。
そう、例えば。
魔術サイドと科学サイドが近づくのを許さない、そんな魔術師がいたとすれば。
そして、最悪の予感は的中する。
それは九月一日。
二学期の始まりの日。
魔術と科学。
二つの世界は、激突を果たす事となる。
第四章で大体アニメ1期の範囲は終わる予定です。
ついでに色々と爆発させます。