人間になる魔法   作:青バフ

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 本日は一挙二話投稿となります。(文字数デカすぎて分割しただけ)
 分割したせいで話のタイトルに入れる魔法の名前がなくなっちゃった。なので上下編です。


あらゆる物を通り抜ける魔法(下)

 

 

 ナトゥーアという魔族が持つ秀でた魔法の才の中には、一つだけ突出したものがある。例えば、ケルンにおいての魔法解析能力のようなそれは、ナトゥーアにとっては自らを構成する魔力の分解と制御であった。

 ただそれは、単体で戦闘において大きな利を齎すかというとそうではない。彼はどこにでもいる魔族のようにそれなりに生き、そしていつかは人に狩られ死ぬ。そのような運命を歩むはずだった。

 

 しかし、そうはならなかった。運命の悪戯なのかなんなのか、彼は異なる世界の人の魂を降ろし、その記憶を受け継いで生きることになってしまったのだから。

 彼だけに許された優れた能力とありうるはずのない記憶。その二つは交わることにより予想外の化学反応を引き起こした。

 

 分子、原子、そして量子――人の目には映らぬ、極微(ミクロ)の世界。

 その概念を知ることで、彼の魔法はより精緻さを増していく。研鑽の末に、彼は己の肉体を素粒子の単位までに分解し、完璧に統率することを可能とした。最早他者の目では、それが魔力であると認識できないほどに細かく。

 

 トンネル効果、という現象がある。極めて簡潔に説明すると、量子が壁をすり抜けてしまう現象のことだ。

 彼は極限まで分解した己を構成する粒子を、波のように振る舞わせることで同様の現象を起こすことに成功した。

 

 彼に対して、殆どの結界は意味を為さない。この魔法を使用している間のナトゥーアは、魔力を認識されず、人でも魔族でも、生物としても認識されない、人の形をした謎の粒子の集合体。そんなものを阻害するように設定されている結界はこの世には存在しない。

 そしてあらゆる物を拒む結界があろうとも、それが壁として作用する限り、彼にとっては存在しないものと同じだ。帝国の誇る隔絶大結界も、その例外ではない。

 

 彼に対して、物理的な攻撃は意味を為さない。それが刃のゴーレムの斬撃だろうが、今から落ちてくる鉄塊が齎すであろう、絶大な衝撃であろうが。

 威力の大小は関係ない。魔力による非物質的な攻撃でなければ、この魔法を使った彼を害することは出来ないのだから。

 

 魔族という生き物は、生涯をかけて一つの魔法を探究するものだ。それはナトゥーアとて、例外ではない。

 もっとも彼は二つの己を持つが故か、追い求める魔法も二つのようだが。

 

 彼が掴んだ魔法の極致。その一つ目こそがこの魔法――『あらゆる物を通り抜ける魔法(クァントラーフェン)』なのである。

 

 

 

 

 

 

「終わった、か……」

 

 分解、そして再結合。数秒間の意識の断絶の後、目が覚めた後には全てが終わっていた。量子化している最中は感覚器官も脳も分解されているので意識はない。俺を構成する粒子は事前に命令された動作をしたのち、再結合を行うだけだ。

 

 どでかいクレーターの中心に俺は変わらず横たわっている。周囲にはバラバラになったと思わしき金属塊が転がっていた。

 目算だが、数十トンを超える物体が秒速百メートルを超える速度で地表に激突したわけで。さしもの「鎧」であろうが耐えきれなかったようだ。

 ファイクの方だが、その姿は見当たらない。まあこの威力の程からして、原形を保っていない、というレベルで済む話ではないから仕方がないだろう。跡形もない、というのが正しい表現だ。

 

 で、だ。ちょっとした問題がまだ残っている。

 

「……動けねぇ…………」

 

 ゴーレムが落ちてくるちょっと前、ファイクに標本のように地面に縫い付けられたわけだが。俺の量子化の範囲は自身及び自分の魔力で作成した装備品。この魔法を使う前提で準備をしてきたので、この杖も俺の魔力による自作だ。そして俺は今のところ、局所的な量子化は行えない。

 要するに、俺は地面にピン留めされたままの状態ということだ。他の四肢も無いか折れているので、マジで動けない。

 

 これが抜けさえすれば、足が折れていても飛行魔法で移動は出来る。さて、どうするかな――

 

「これはまた派手にやったね。まだ生きてるかい?」

 

 多少荒っぽい手段を使っても抜くべきかと考え始めたところ、頭上から声が掛けられる。これはヴァルの声だ。

 見つかる可能性は低いとはいえ、ここに戻ってきたのか。俺が戻ってこなかったら逃げろと言っておいたはずなんだが。

 とはいえ、ナイスタイミングではある。

 

「……来たのかよ。まぁ助かるけど……とりあえず、これ抜いてくれ」

 

「ものすごい音がしたから心配になってね」

 

 杖を抜いてもらった後は、空いた穴を魔法で止血し、飛行魔法で宙に浮く。かなり紆余曲折あったが、あとは魔法で隠れながら二人で戦場を離れるだけだ。

 

「しっかしなぁ、マジで死ぬかと思ったよ。当分命懸けの戦いはゴメンだわ」

 

「これからの予定はあるのかい?」

 

「都市部はちょっとなぁ……俺はともかく、お前はそんなに顔を変えられるわけじゃないしな。まあ、どこか辺鄙な農村にでも行くか」    

 

 何かの拍子で貴族や軍の偉い人間に顔を見られたら、身元が割れる可能性もある。顔を変えられる俺はまだしも、ヴァルのことを考えればこの選択がベターだろう。

 腕はどうするかな。新たに再生するまで五年から十年くらいはかかるだろうが、人間は失った腕がまた生えることなど当然ない。

 幻影魔法で動かない腕を見せかけ、呪いを受けて動かなくなった、ということにしておこうか。生える頃合いになったら、治してもらったという体でいこう。

 

「皇帝から一転、農民として畑を耕すわけか。……ふふ。いいね、こういうこと、一度はやってみたかったんだ」

 

「おいおい、農作業なめんなよ? 結構キツいんだぞ、色々と」

 

「そういう君はどうなんだい? 五十年以上、殆ど帝都で籠りきりだったじゃないか」

 

「はっ、俺は農村出身だぜ。こちとら五年は農民としてやってきてんだ、手取り足取り教えてやるよ」

 

 談笑しながらも俺たちは空を駆け、戦場から離れてゆく。

 空は魔族の領域だ。透明になったヴァルが横にいても魔族の姿をした俺がいれば不審に思われることはないだろう。

 無事に俺たちは戦火から遠ざかり、一先ず安全な開けた場所に着地した。着地といっても立てないので僅かに浮いた状態だが。

 

「ねぇ、ナトゥーア」

 

「どうしたよ」

 

「……ありがとう」

 

「なんだよ、いきなり」

 

「君がいなければ、私はここで死んでいた。……いや、それ以前に何の意欲もない人形のままだったかもしれない。だからだよ――本当にありがとう。君は私を救ってくれたんだ」

 

 ヴァルが深々と頭を下げる。なんというか、面と向かってそういわれると小恥ずかしいものだ。

 

 だが、まあ――悪い気分はしないな。

 

「俺がやりたくてやったことだ、気にする必要はねぇよ。……ま、その言葉は受け取っといてやる。それにまだ、喜ぶのは早いぜ。マイナスがゼロになっただけなんだ、人生はこれからだろ?」

 

「ふふ。そうか、そうだね――私たちは、自由なんだから」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皇帝率いる遠征隊、北の地にて敗れる。

 

 そのあまりにも衝撃的な報せは瞬く間に広がり、帝都は大いに揺れた。

 現皇帝、及び筆頭宮廷魔法使いを含む分断された殆どの兵が戦死し、唯一死を免れることは出来たのは親衛隊隊長を務めていた帝国騎士団副団長と、その時彼が率いていた兵の数十名のみだった。

 この情報を帝都へと届けることが出来たのも彼のおかげである。

 

 彼は分断されたのち、死闘の末に敵将軍を打ち倒した。

 同時期にケルンが敗死したことによる魔族側の指揮系統の乱れを感じ取った彼は周辺にいた兵の百数十名を纏め上げ、皇帝の捜索へと乗り出したのだが、彼が見つけられたのはその装備品を纏った遺体のみ。

 最早戦況は打開不可能と悟った彼は矢の如き陣形を組み、包囲の一点突破、及び戦場からの脱出を図ったのだ。

 

 多数の戦死者を出しながらも包囲の突破に成功した彼らは一先ず難を逃れ、近郊の町へと身を寄せる。

 彼らは身を休めたのちに伝令を放ち、中央へとこの事態を伝えるために動き出したのだが、そこでも問題に突き当たることになる。

 第二隔絶大結界の機能不全。ケルンの掛けた呪いは死してなお続き、かつて帝国の繁栄の象徴だった結界は人間を拒み続けていた。

 

 改めて結界の境目にある砦へと足を向けた彼らは、結界越しに情報を伝えることに成功するも、結界の復旧の見通しは未だ立たない。彼ら本人が再び帝都の土を踏むことになるのは、結局一年が経ってからのことだった。

 

 その間、帝国議会は紛糾の最中であった。現皇帝の戦死が正式に伝えられるや否や、宮廷内では血みどろの政争が巻き起こる。

 それと並行して大結界の復旧に向けて宮廷魔法使い達は呪いの解析に取り掛かるも、その結果は芳しくなく。分断がこれ以上長期に渡って続いたときの被害を鑑みて、宮廷魔法使いの半数の同意を得て結界の終了という決断が下された。

 

 結局、新たなる皇帝の座に収まったのは、帝国一番の権勢を誇るライストン公――そのバックアップを大いに受けた彼の甥であった。彼より上位の継承権を持つ者たちは揃って皆継承を辞退するか、不祥事が明るみに出ることによって凋落していったからだ。

 大いに揉めた末の即位ではあったが、彼の――というより、その背後にいるであろうライストン公の――治世は、そう悪いものではなかった。

 

 ――そう。彼らが悪いわけではない。この後に起きることは決して抗えぬ時代の流れであり、自然の摂理だったのだから。

 

 隔絶大結界の機能不全、そして消失。それにより直接的な被害を被るのは、帝国中央部ではなく、これまで結界外縁部付近にあった各地方である。

 突然魔族の脅威に晒されるようになった各地域の領主らは、中央に頼らず自らを守れるように力を蓄えていくことになる。それは以前からあった地方と中央の軋轢を更に加速させ、後に帝国の崩壊の大きな原因となった。

 

 後世の歴史家たちは、この戦いこそが統一帝国の崩壊、その最初のきっかけになったと口を揃えて評する。

 現に、拡大の一途を辿っていた統一帝国の領土はこの敗戦を境に広がることはなくなった。これまで手を焼いていた地方との軋轢に本腰を入れて対処しなくてはならなくなったからだ。

 だが、それはあまりにも遅すぎた。時代の潮目は既に変わり、各地方が独立の機運を高めるのにそう時間は掛からない。

 

 例えるなら、水の溜まりきった堰堤が崩壊するように。

 

 例えるなら、膨らみ切った風船に針を刺した時のように。

 

 統一帝国という風船(・・)が弾けるのは、一瞬だ。だが、今はまだその時ではない。

 その時が訪れるのは、約百年後。輝かしい帝国の歴史に終止符が打たれるには、いくらかの猶予があった。

 

 

 ――もっとも、立場を捨てて自由になったあの二人にとっては、もう関係のない話だが。

 

 

 




 ナトゥーアくんの固有魔法について

 平たく言えば自身を量子レベルに細かくして意図的にトンネル現象的なものを引き起こし、物理攻撃を透過して無効化するのが主な用途。副次効果で大抵の結界も抜けれます。結界そのものに攻撃的な効果が付与されてるとかだと通れないかと思われ。
 現代魔法戦の質量攻撃メタを先取りしてますね。あと対戦士でもクソ強い。本作では戦士と戦う機会ほぼない予定ですが。
 ただ非物質的な魔法攻撃にめっぽう弱くて、使用中にそれこそゾルトラークとかが当たると一発でばらけて戻れなくなって死にます。
 

 混ざり物なし純正ナトゥーアくんの固有魔法が『あらゆる物を通り抜ける魔法(クァントラーフェン)』です。現代知識無い場合はちょっと違うものになりますが、行きつくところは似通うはず。

 人間の魂入りナトゥーアくんの固有魔法が『人間になる魔法(メンシュゼーレ)』ですね。

 それぞれ派生形があって、分解したあと組成をちょっと変えて再構築するのが『姿を自在に変える魔法(ファークライデン)』。

 『人間になる魔法』の派生形は……まぁ後々出ます。
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