シャルロット視点
目が覚めると、見慣れた天井が見えた。
喉が渇いてる感覚も、経験したものなのが感じ取れた。それでも前回に比べれば腕の痛みがないだけご機嫌な目覚めでしょうか。
霞んだ頭ではそんな能天気な思考が頭を占領していたのだけれど、段々と思考が鮮明になるにつれて途端に恐怖が襲ってきた。
何故私はここに居るのか。---マダム・ポンフリーの保健室のお世話になるのはこれで三度目という事になる。入学してからトロールに殴り飛ばされたり、箒から醜態を晒して落下したりしてその度にお小言を頂いてきたし申し訳なく思ってはいましたが、今回に限っては何故ここに寝ているのかさっぱり心当たりがなくて…
なくて?
……いや、そんな訳ないでしょう。
あれは夢ですよ。夢。
大型、ハグリッドの家に向かうまでの間に、立ちくらみでも起こしてしまったのでしょう。どうにもこの頃は体調が…
「おはようシャルロット。よい夜じゃの。気分はどうじゃ?」
なんだか時間を巻き戻した様な心地。
ほんとうに私は逆転時計で時間旅行でもしてしまったの…?
あの時と全く同じ様。寸分違わない位置で、ダンブルドアは半月型の眼鏡越しにきらきらと輝く青いトパーズのような瞳をこちらに向けている。
「何があったかは覚えておるかの?」
「…いえ。確か森番の小屋にハグリッドさんに会いに向かっていたのですが。途中で立ちくらみでも起こしちゃったのかな…。」
その答えに、ダンブルドアは微笑みを絶やしてはいないものの、少し慎重な声音で、優しく諭す様に話し始めた。
「いや、君は立ちくらみなど起こしてはおらんよ。ああ…落ち着いて聞いて欲しいのじゃが。喉は乾いておらんかね?お腹も空いておるはずじゃ。ホットチョコレートをお飲み。気分が楽になる。」
そう言うと、ダンブルドアは何気ない仕草で保健室の棚から杖を振るって無地のカップを一つ呼び寄せると、懐からチョコレートらしき包装を取り出し、サッと杖から出したお湯でホットチョコレートを作ってみせた。
「…はあ、どうも。」
実際、私は喉が渇いていたのも事実だ。お腹も意識を向けてみればかなり空いている様でした。おかしいな。確かハグリッドの小屋に向かったのが午後でしたから、夜にこんなにお腹が空くのも…
「ダンブルドア先生。」
「今日は何日ですか?」
不穏な可能性に私は思い当たった。そんな事はないとは思いたいけれど、可能性としては一番高い様な気がする。
ダンブルドアは相変わらず何でもない様な様子で、朗らかに答えた。
「そこまで経っておらんよ。君がハグリッドの小屋を訪れてから…一週間程度じゃとも。クリスマス休暇に入ってまだ一日しか経っておらん。」
「まだ楽しめるだけの時間はあるとも、シャルロット。」
「……………はぁ。あああ…それじゃあホラスおじ様は…。」
「まあ、心中穏やかではないご様子だったの。お送りしたポートキーで飛んでこられた。」
「今は客室で眠っておられるが、マダムがご親切にも連絡に向かわれたので、まもなくお越しになられるじゃろう。」
…なんて事。
おじ様に心配をかけてしまった。
しかも一週間丸々眠ってしまっていたなんて!!
なんて不甲斐ない。きっとマダムはここに来る途中のホラスおじ様にあれこれ言うでしょう。
私がトロールに腕をへし折られた事とか。
箒で地面に対して見事な激突着地を決めた事とか。
なんて無様!
なんて醜態!
あの人を心の底から安心させて、誇りに思ってもらうのが私のスラグホーンとしての義務だったはずなのに。
--両親への申し訳なさとこの身に流れる血に対して恥ずべきでしょうね。---
そんな声が頭の中で響いた気が。
もう本当に私のホグワーツ生活は絶望的じゃない?
少なくとも、ボーバトンに向かう準備はしておいた方がよさそうです…。
「そう気落ちせんでもよいと思うがのう。少なくとも今回の件に関しては、君のせいではあるまい。」
「わしの落ち度というものだよ、シャルロット。君のおじ様からの言いつけを、わしらが守れなかったから起こったこと。」
…言いつけ?
守れなかった…
つまり私は何かされたと言うこと?
私に何かを言った…?
じゃあ、あのハグリッドの小屋での出来事は
まさか
本当に?
瞬間、また耳が遠くなる様な感覚と、どうしようもない激情が頭を劈くような感覚に襲われた。
また遠くで声がしたような
瞬間、ダンブルドアの出入り口近くの窓が唐突に割れた。
パリイイィ…
いや、私が
「落ち着くのじゃ、シャルロット。気を鎮めるのじゃ。」
気がつくと、ダンブルドアのトパーズのような瞳が、私の目の前にまで移動していた。私の両手を皺でいっぱいだが、温かい手が押さえている。その右手には硝子が切ったような切り傷ができて、血が流れて…
「わしは大丈夫。君のせいではない。」
ダンブルドアは微笑みを全く崩していなかった。私の手を解いて杖を一振りすると、部屋の荒れようとダンブルドアの手の傷は一瞬で元通りになった。
「今、なにが。」
「ちょっとした事故じゃよ、シャルロット。重ねて言うが、決して君のせいではない。強いて言うならば、ヴォルデモートのちょっとした悪戯のようなものじゃ。」
言っている意味がまるで分からなかった。ヴォルデモート?例のあの人が一体何処に居たというのでしょうか。そもそも彼がまともに生きている筈がない。もし生きていたのなら、ハリーは生き残ってなどいないし、私は呑気に此処に通えていない…。
「あの、先生。私色々と聞きたいことが…。」
「分かっておるよ。ハグリッドがお茶目をしてしまった呟きについてじゃろう。」
じゃあ、あの小屋の出来事は現実だった。
ハグリッドが言った言葉も。
「お前さんの兄貴なんてのとは大違いだ。あんな死喰い人とは…」
「あんな死喰い人とは…」
嘘だと思いたかったの?
あんなにハッキリと覚えてましたのに。
じゃあ私には本当に…納得できないところがないわけではなかった。私の父と母は単なる正義感以上の動機があったということでしょう。
例のあの人に逆らうための…。
「その話をする前に、一つずつ思い出していこう。君は父と母がホグワーツに入学したのはいつだと聞いているかね?」
私はその質問の意図が分からずに、まだ少しおぼつかない頭で答えた。
「確か1971年…あの、それが何か」
「ではヴォルデモートが死んだとされ、忌まわしい戦争が終わったのは何年だったかのう。」
「例のあの人が消え去ったのは1980年で…確か戦争が明確に終わったのは1981年…あっ!」
瞬間、ダンブルドアの質問の意図が理解できました!
なんだ、なんで気づかなかったんでしょうか!?
そんな事あり得る筈ないのに…!
「よっぽど慌てておったようじゃのう。ホグワーツには君のご両親も11歳で入学なされた。そこから卒業まで7年。きっちりと卒業された彼らが妊娠から子供を育てるにも短い期間で、4歳未満の死喰い人を育てられたのだとしたら、わしのこの長い人生の中でも一二を争うほど驚くべき事じゃ。」
急に頭が冴えてきた…それと同時に顔全体から火が吹き出そうなほど恥ずかしさで茹っているのを感じて…いや、ほんとにそんな事考えれば分かったのに!なんでこんなに気づくまで遅れて…!それと同時に、とてつもない安堵感が全身を包み込むのを感じました。
いや、そりゃそうですよね。
おっちょこちょいのハグリッドが、私と誰かを一瞬間違えたというだけの事でしょう。もう。
------いや待ってください、ですがそれなら、ダンブルドアがホラスおじ様に言いつけられた事とは一体…?
「ハグリッドを許してやっておくれ。彼はとても信頼のおける人間ではあるのじゃよ。それに、彼の言った事は"全てが間違いというわけでもない"。」
「………なんですって?とんちか何かですか?屏風から虎でも引っ張ってきましょうか?」
だんだんと思考に余裕が出てきて、ついかつてお父様から聞いた東洋の皮肉で返してしまって。それでもダンブルドアは態度を崩さなかったので少々驚きました。
「おお、それはぜひいつか見てみたいのう。確かに兄と言う言葉には語弊がある。わしのかつての友がよく使っていた比喩じゃよ。わしもついそれに引っ張られてしもうた。」
「確かに君は一人っ子じゃ。じゃが、血の繋がりというものは…そう、君が理解しているよりずっと根深いのじゃよ。」
本当に何かの謎かけのようだった。
わたし、おちょくられてる?これは彼とハグリッドの仕掛けた壮大なおふざけで、実は今日はまだあの日の晩にすぎないのではないでしょうかね…。そんな訝しげな思考を読み取ったのか、ダンブルドアは微笑みを深めたように見えました。
「事実は創作よりも非凡で、摩訶不思議なものなのじゃよ、シャルロット。君もいずれ分かると思う。君は聡明じゃ。」
「なら聡明な私に分かりやすく教えて頂きたいんですけども。」
私はついムキになってしまっているのを感じながら、今はそれを崩さない方が話しやすいと、そのまま一番ダンブルドアに気になっている事を聞く事にした。流れに乗った方がスムーズに話は動いている。
「さっきから私に起こっているこの現象は何なんですか?まるで、私の魔法が赤ん坊のように暴れているこの現象は?」
その質問を飛ばした瞬間、ダンブルドアは初めて微笑みを消した。トパーズの瞳は俯き、まるで誰か旧友の死にでも触れたかのような雰囲気になった。髭まで意気消沈しているようにみられた。
「それは言えないのじゃ。申し訳ないが。君のおじ様から固く口止めされておる。我が友をこれ以上傷つけたくはない。」
「…結局、そうなんですか?全部おじ様が私に隠し事をしているせいだと?ホラスおじ様はそのような…。」
沸々と胸の内にドス黒い怒りが滲んでいくような心地がしました。
ホラスおじ様は、天涯孤独となってもおかしくない私をここまで一人で育てあげて下さった。おじ様には途方もない恩がある。
彼を先ほどからずっと侮辱され続けているような嫌な心地になった。
「君のためなのじゃよ、シャルロット。ホラスがそうするのも当然と言える。ヴォルデモートが君に残した傷跡の話なぞ、したくなくて当然のことじゃ。」
瞬間、話の大筋が見えてきた気がした。
ヴォルデモート!
結局あの男に行き着くのでしょう。
私の人生には、ずっと彼の忌まわしい影がべったりと付き纏ってきた。
殺せるものなら過去に戻って八つ裂きにしてやりたいと何度願ったかしれません。
そして、ダンブルドアに対して急に申し訳ないという感情が湧き上がってきました。
彼に理不尽に当たってしまっていたかもしれないよね?
「すみません、先生。私、動揺をあなたにぶつけてしまいました。理不尽な子供のようでした…。」
「何度も言うが、それは当然の事なのじゃよ。ヴォルデモート!あの男は途方もない傷跡を様々な場所に残していった。君に残されたものはとりわけ醜悪なものと言えよう。」
ダンブルドアは直接的な言及こそ避けていましたが、私に察してほしいと言わんばかりに、迂遠ながらも核心めいた話を続け始めました。最初からこのつもりで彼は私のそばで待っていたのだと、その時私は初めて察したのです。
「かつての我が友は、ヴォルデモートにとっては闇の道の先立であり、超えねばならない障害であったのじゃ。だからこそ、彼は我が友が失敗した事を成そうとしたのじゃ。」
ダンブルドアの声には、隠しようのない不快感が滲んでいた。何処か懺悔するような響きだった。
「最も暗い双子を従えようとしたのじゃ。忌まわしい双子を。よりにもよって我が友、ニュート・スキャマンダーが発見した方法をあやつなりに扱い、最も深遠なる闇の魔術を用いて行ったのじゃ。君にそれを植えつけた…。」
私は完全にダンブルドアの話に聞き入っていた。
彼の話には、何か絶対的な私の秘密が詰まっているように感じられたのです。
ですから、この部屋に迫っている走りにも近い足音に気付くことができなかった。
瞬間、ドアが勢いよく開けられた。
そこには見知った私の恩人が立っていました。少し以前よりやつれたように感じたのは、心労のせいだったのかも。
青筋を立てて、セイウチのような髭を振るわせた彼は、私を見て安堵したようなため息を吐くと、ダンブルドアを少し…いえかなり睨みつけて叫びました。
「アルバス!何を話そうとしていた!!彼女に何を…!!」
そして私は現実に引き戻され、この現実に打ちのめされたのでした。
私はお別れかもしれません、ダフネ…。