剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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お久しぶりです。
バイオハザードの執筆の方に少し浮気しておりました。


挫折

 

 勇者一行の魔法使い、その名はフリーレン。

 一ヶ月前に見るも無惨な様相でこの教会を訪れた彼女こそがそのフリーレンであるのだとハイターから知らされたとき、フェルンはそれが俄には信じられなかった。

 半身を呪いに侵され、右腕は肩口から切り落とされ、全身に切り傷や皮膚剥ぎを負ったあの無惨な姿にまでになったあのエルフが、あの「葬送のフリーレン」であると、誰が信じられようか。

 初めて訪れた時のフリーレンの惨状を、フェルンは生涯、忘れられることはないだろう。

 全身に負った惨い傷・・・・・・それは勿論ある。

 だが何より、フェルンの胸内をかき乱したのは、ハイターの名を呼びながら倒れたフリーレンの表情だった。

 

 まるで道標を見失った幼子のような表情。

 どこへ行けば良いのか分からず、何を目指して良いのかすら分からなくなった迷子。

 あの時のフリーレンは正に、そんな表情だった。

 

 さもありなん、もしあの時自分が父と母を失っていれば、あんな表情になっていたのかもしれないと、そんな直感すら抱いた。

 もしあの方に助けられていなければ、自分もあのような生きた屍のようになっていたのを、フェルンは容易に想像できた。

 

 

 だからこそ、フェルンは放っておけなかった。

 魔法使いフリーレン。

 かつて僧侶ハイターや戦士アイゼン、そして勇者ヒンメルと共に魔王を討った、今となっては生きる伝説である魔法使い。

 その方に、あれほどの傷を負わせたのは一体何者なのか、気になる所も確かにある。

 傷を負わせたというのは、体に限らない。

 何より、あのような表情を作り出す心の方だ。

 

 

「フリーレン様の様態はどうでしょうか、ハイター様?」

「・・・・・・よろしい、とは言えませんね」

 

 

 見上げたフェルンの問い、ハイターは表情を顰めながら苦しげに答える。

 その表情は、フェルンにとっても見てはいられないものだった。

 

 

「体の方は問題ないでしょう。半身を侵食していた呪いも、一週間を要しましたが解呪魔法でなんとか解けました。傷も回復魔法で塞がり、何ら問題ないでしょう」

 

 自嘲気にハイターは笑いながら続ける。

 

「そして、切り落とされた右腕の方も。・・・・・・皮肉なモノです。普通ならとっくに使い物にならなくなっている筈ですが、あの呪いが、あの右腕を生かし続けていた。故に解呪後に元通りにくっつける事が出来たのですから」

 

 死に至らしめる筈の呪いが、逆に、本来なら死んで使い物にならなくなっていた筈の部位を守り続けていたという皮肉。

 呪いと女神の魔法という、相反する属性の合わせ技によって、フリーレンの腕は無事に元通りになった。

 女神を信仰し、その魔法を扱う身としては、何とも皮肉な事だとハイターは笑うしかなかった。

 

「・・・・・・ですが、女神様の魔法でも、心までは治せない。初めて会ったときよりも酷い有り様です。一体、誰があの子をあそこまで追い詰めたのか・・・・・・」

 

 ────少なくとも、あの時は薬草を摘むくらいの元気はあったというのに。

 初めてヒンメル達と共にフリーレンと会った時の事を思い出しながら、ハイターは心中でため息を吐く。

 今回、フリーレンが訪れる前にハイターが見た彼女の最後の姿は、ヒンメルの遺体を納めた棺を見送った直後、ヒンメルを知ろうとしなかった事を後悔し、人間を知ろうという決意を固めて再び旅に出る後ろ姿だった。

 後悔を抱きつつも、かつての仲間のようやく見せた涙と成長をハイターは心から祝福し、ソレを送り出した。

 ・・・・・・なのに、再会した時は、この有り様だった。

 

「・・・・・・まったく、治療が完了してから三日三晩はあの時みたいに泣き喚いていたものだから、その後はカラっといつも通りになってくれると思っていたんですがね」

「・・・・・・あの時みたいって・・・・・・」

 

 ハイターの言葉に、フェルンは困惑気味に眉を歪める。

 あの三日三晩、治療をしてくれたハイターに対して礼を言ってくるのかと思えば、おもむろに泣き出して、結局三日三晩部屋のあちこちを飛び回りながら癇癪を起こした子供のように大声でみっともなく大泣きしていたのが・・・・・・前にもあったという事なのだろうか。

 だが、逆に言えばその後はカラっと何事もなかったかのように立ち直っていたとハイターは言う。

 しかし実際の所、その三日三晩泣いた後も、フリーレンは教会の寝室に籠りきりで、一度も部屋から出たことはない。今のフリーレンは泣く気力すら、ないのだ。

 それとも最早泣くくらいでは立ち直れないくらいに、彼女は折れてしまっているのか。

 何度も様子も見に来ていたハイターとフェルンも、癇癪を起こす子供のように泣き喚いていた彼女を見てはその度に呆れていたモノの、ここまで来ては最早呆れている場合ですらなくなった。

 一体どうすればフリーレンを外の世界へ連れ出せるか、この1ヶ月間、ハイターとフェルンは悩みに悩んでいた。

 

「せめて、どうしてああなったのかだけでも聞き出さないと・・・・・・」

「そう思って粘ってみたんですが・・・・・・一向に話す気配も見せませんね。かといって待つだけでは、少なくとも千年は動きませんよ、あの様子では」

「・・・・・・千年って、さすがに冗談でありますよね、ハイター様?」

「・・・・・・」

本当(マジ)、なのですね」

 

 さすがに冗談かと思って聞いたフェルンであったが、ハイターの「私だって冗談であってほしいですよ」と言わんばかりの表情にハイターの言っている事は本当なのだとフェルンは悟る。

 ────すごいなエルフ。すごいな長命種。

 

「昔、フリーレンに初めて会った時の事を思い出しました」

「・・・・・・その時は、どうだったのですか?」

「自分はだらだら生きていただけだと。自分は優秀なわけじゃないとね。・・・・・・今ほどではないにせよ、無気力気味にそう言いながら薬草を摘んでましたね」

「ちなみに、それに対してハイター様は何と?」

「魔力量は私の5分の1くらい、まあまあですね、と」

「いや本当に何を言ってるんですか!?」

 

 思わず突っ込んでしまうフェルンに、ハイターは気まずそうにイヤーハハハ、と笑う。

 どう聞いても傷心中の人間に対してかける言葉ではないとフェルンは思った。

 

「まあ・・・・・・私も若かったという事で。強い魔法使いという噂を聞いていたので、つい張り合ってしまいましたかね・・・・・・」

「ハイター様も、そんなムカつく生意気な小僧な時期があったのですね」

「・・・・・・あぁ、フェルンがどんどん辛辣な言葉を覚えていく。ご両親にどう釈明すれば・・・・・・」

 

 フェルンの容赦ない無慈悲な言葉にハイターは波打つ涙をこぼしながら項垂れる。

 そんなハイターを少し面白可笑しそうにクスっと笑いつつ、フェルンは話を戻した。

 

「それで、結局その時フリーレン様とどのようなお話を?」

「元々、私とヒンメルとアイゼンは、森の方角に優秀なエルフの魔法使いがいるという噂を聞いて、フリーレンの元を訪れました。ですが、私達の誘いに、彼女はこう答えたのです」

 

『今更だよ。もう500年以上魔族との実戦はやっていない。もう戦い方も忘れてしまった。私は決断を先送りにしすぎた』

 

「・・・・・・そう、何処かしら諦めたように笑いながら、そう言っていましたよ」

 

 懐かしげに天井を見上げながら、ハイターはそう言う。

 だが、今でもフリーレンは魔王を討った勇者一行の魔法使いとしてその名が知られている。

 それはつまり・・・・・・。

 

「それでも、フリーレン様も最後はハイター様達の誘いを受け入れたのですよね?」

「えぇ、ヒンメルの言葉に何か思う所があったのか、当時のフリーレンが何を考えて誘いを受けてくれたのかまでは分かりませんでしたが、そうなります」

 

 ハイターの言葉を受け、フェルンは逡巡した後にこう提言した。

 

「でしたら、また同じような言葉をハイター様がかければ・・・・・・」

「・・・・・・どうでしょうね」

 

 そんなフェルンの言葉に、ハイターは困ったようにそう答えた。

 

「私がヒンメルの受け売りの言葉を言った所で、あの子がまた立ち上がってくれるかどうか・・・・・・それに、理由はともあれ一度は立ち上がった筈のあの子が、またあのようになってしまった理由が、初めて会った時無気力だった理由と同じかどうかも分かりません」

 

 結局は、フリーレンが話してくれなければ何も始まりませんね、とハイターは天井を見上げながらぼやく。

 果たしてそれまで私とフェルンは生きていられるでしょうか、とそんな不安を口にもした。

 

「ちなみに、初めて会った時に無気力だった理由は? 戦い方を忘れてしまうくらいの時間が過ぎるなんて、余程の事では・・・・・・」

「当時よりも500年も前に、魔王軍七崩賢の一人であるマハトと戦い、敗れたと聞いています。それ以降、私達と会うまでその森で暮らしていたそうですね」

 

 つまり、圧倒的な力の差を持った敵との敗北により心が折れたのだ。

 ならば、今回も同じような理由なのではとフェルンは推察した。

 だがそれもハイターの言う通り、フリーレンの方から話してくれなければ分かりようがない。

 

「・・・・・・ですが、どうも私は別の理由のように感じますね」

「ハイター様、それは何故ですか?」

「マハトに敗れたのが理由なのだとすれば、少なくともそれより前のフリーレンは自分の力に自信を持っていたという事になります。その自信を砕かれての敗北ですから、折れるのは当たり前だ」

「・・・・・・でしたら、今回だって」

「・・・・・・ですが、それでも彼女はヒンメルの言葉でもう一度立ち上がり、私達と共に魔王を討つ旅に出ました。倒した魔族の中には、彼女一人では倒せない大魔族だって多くいました。それを学んだ彼女が、力の差を見せつけられた程度で、あそこまで折れるとは、私には思えません。一度挫折し、立ち上がった人間というのは、強い物なのです」

 

 心なしか強く語るハイターに、フェルンは何も言えなかった。

 それは同じ勇者一行としての、ハイターからフリーレンへの強い信頼が垣間見えた。何も知らない自分が、同じような理由で挫折したと気軽に言ってよいものではないと悟ったからだ。

 

「ですから、今回はもっと、彼女の根底を揺るがすような何かがあったのではないかと、そう思えてならない。一度立ち上がったあの子が、それでも折れざるを得なかった何かが」

「・・・・・・ハイター様」

 

 深刻そうに俯きながらそう言うハイターにフェルンは何も言えず、やがてフリーレンの寝室のドアの方を一瞥する。

 ハイターの言う通り、フリーレンが言ってくれなければ何も始まらないのは確かだろう。

 だが、何も始まらないからと言って、こっちがただ待っているわけにも行かないとフェルンは思う。

 それに、フェルンはあの時の事を思い返す。

 

 あの時、自分と両親を救ってくれた、あの弓使いの背中を。

 自分にはあの方ほどの力はない。

 それでも、あの方が自分を救ってくれたように、フェルンもまたフリーレンをどうにか救いたいと、そう思っていた。

 ハイターの思い出話の中で、フリーレンの話は何度だって聞かされた。

 だから、当然、フェルンにとって大魔法使いフリーレンは最も憧れた人物の一人だ。あの弓使いには及ばないにせよ、そんな憧れの人物があの暗闇の寝室の中で燻っているのを、放っておくわけにはいかなかった。

 

「フェルン。もう、いいですよ」

「ハイター様?」

 

 突然のハイターの言葉に、フェンルは思わず寝室の扉から視線を外してハイターの方を見上げる。

 

「フリーレンを立ち上がらせるのは、同じ勇者一行である私の役目です。フェルンまで、それに付き合う必要はありません」

「・・・・・・」

「私は、どうせもう老い先短い。ですが、フェルンはまだこれからじゃないですか。その時間を、いつ、何百年経って立ち直るか分からないフリーレンに使わせる訳には行きません。ですから、フリーレンについては私一人に────」

 

「嫌です」

「・・・・・・フェルン?」

「嫌だと言いました、ハイター様」

 

 真っ直ぐにハイターを見上げながらそう答えるフェルンに、ハイターは思わず茫然となった。

 

「今の私がここにいるのは、誰かに助けられたからなのです」

 

 その誰かには勿論、目の前にいるハイターだって含まれている。

 

「私はいずれ、あのお方を捜して旅に出るつもりです。なのに、あのお方に助けられた私が、誰かを助けないまま旅に出ては、私はあのお方に出会ったとき、顔向けができないと。そう、思います」

「────ッ」

「ですから、ハイター様一人にやらせません。私もここに残って一緒にフリーレン様を立ち上がらせるまでは、旅に出るつもりはありません」

 

 その言葉に、ハイターは目を見開いたまま立ち竦むしかなかった。

 強い子なのは、知っていた。

 だが、同時に何処か危うげでもあった。

 この子は、両親が無事であったとはいえ、それ以外の故郷の人々や友達を全員亡くしている。

 そこに来て、顔も知らない誰かに助けられたという事実が、その危うさを却って加速させているような気も感じていた。

 それでも、フェルンの目はどこまでも真っ直ぐだった。

 ・・・・・・まるで、かつての勇者ヒンメルのように。

 

「・・・・・・強くなりましたね、フェルン」

 

 そう言って、優しく笑ってハイターはフェルンの頭を撫でる。

 フェルンはどこか嬉しそうにハイターの手を受け入れつつも、やがて手を離したハイターを再び見上げて言った。

 

「という訳ですので、ハイター様も一緒に考えてください。でないと、旅に出る前に私、寿命で死んじゃいそうなので」

「その年で寿命を語るなんて、少なくとも70年は早いですよ」

 

 そんなフェルンにハイターはおかしく笑いつつ、再びフェルンの頭の上にポンと頭を置く。

 

「ありがとう、フェルン。おかげで大切な事を思い出せました」

 

 そして、2人は、どうにかしてフリーレンを立ち上がらせられないかを考えるのだった。

 

 

     ◇

 

 

「失礼致します」

 

 カーテンが閉じられ、月の光も届かない暗闇の中、開かれたドアから差し込んできた廊下の明かりがフリーレンの眼をつんざく。

 その光の奥に見えた影に、フリーレンは見覚えがあった。

 この教会で、ハイターのお手伝いとして働いている、フェルンという少女だった。

 

「結局、今日も昼食はお食べになっていないのですね。代わりに夕食を持ってきました。パパとママが作ってくれたモノです」

「・・・・・・」

 

 ベッドから上半身のみを起き上がらせた状態のフリーレンの隣にあった、お盆を見ながらフェルンはそう言う。

 

「いくら寿命の長いエルフとはいえ、このままでは栄養失調になります。昼食(これ)は私とハイター様で頂きますので、せめて今夜こそはお食べになってください」

「・・・・・・」

 

 そんなフェルンの言葉に、フリーレンは答えない。

 傷を負った体は既に完治している。

 呪いもハイターの尽力により解呪され、今のフリーレンの体は健康体の少女そのものだった。

 しかし、何週間も手入れされていない銀髪はボロボロの状態で下がっており、その目も虚ろなままだった。

 辛うじてその目はフェルンの方を向いてはいるものの、その奥に光はない。

 

「髪もそろそろ手入れが必要で御座いますね。明日も部屋から出ないようでしたら、ここで整えていきます」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、いい」

 

 ボロボロになったフリーレンの髪を撫でながらそう言うフェルンに、ようやくフリーレンが言葉を発した。

 その言葉を聞いたフェルンは驚いたように目を見開いた後、フリーレンの目を覗き込むように見上げて話しかけた。

 

「ようやく話しかけて下さいましたね。一ヶ月と2週間ぶりに、貴女様の声を聞いた気がします」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よく、覚えてるね、そんな事・・・・・・」

 

 最初は無言で拒絶を示していたフリーレンであったが、それでもめげずに食事を運んでくる度に何度も話しかけてくるフェルンに、さすがの彼女も懲りたのか、ようやくここに至ってフェルンと会話するようになった。

 

「エルフであるフリーレン様にとっては、大した時間ではないのでは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうだろう、ね、ここ最近じゃ、昨日の事さえ・・・・・・遠い昔のように感じるよ・・・・・・ヒンメルも、ハイターの事も・・・・・・」

「それだけは、聞き捨てなりません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・・」

 

 割とマジなトーンで言い放つフェルンに、さすがのフリーレンも今のは失言であると気付いたのか、無気力ながらも謝罪する。

 会話はしてくれるようにはなったものの、未だ生ける屍のような様相のフリーレンにフェルンはため息を吐きつつも。

 いつも通り、フリーレンが立ち上がるために考えた言葉を投げかける。

 

「ハイター様から、アナタたち勇者一行の旅の話はたくさん聞いております。七崩賢や皇極竜の討伐まで・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「いつか、フリーレン様からもそんな話を聞きたいです。ですから────この部屋から出てくるのを待っていますね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、フェルンは夕食のお盆をフリーレンの隣に置いて出て行った。

 フリーレンはその背中を一瞥することなく、力なく薄暗い天井を見上げた。

 星は見えなかった。

 当たり前だ、上は夜空ではなく天井だ。見える筈がない。

 だが、外に行けば星は見える。

 それだけのことが分かっていながら、フリーレンはそれでもこの部屋から一歩も動くことはなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・“フリーレン様からも、そんな話を聞きたい”か・・・・・・」

 

 再び俯き、先ほど言われたフェルンの言葉を反復する。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿馬鹿しい」

 

 自嘲するように、フリーレンは力なく笑った。

 もう何を思い出そうとしようが、その度にあの桃色の魔族の顔がノイズとして浮かび上がってくる。

 己の原動力を思い出そうとする度に、あの魔族の言葉が脳内で反復される。

 

『・・・・・・そうだね、語るには、気付くのが遅すぎた』

 

 あのフェルンという少女に語るには、自分はあまりにも遅すぎるのだ。

 いつだって、自分は遅かった。

 気付くのも、決断するのも。

 

『所詮、無くしてから気付いた────半端者だ』

 

 そうだ、自分は半端者だ。

 師匠(せんせい)の時だって、ヒンメルの時だって、失ってからようやく、自分が蔑ろにしてきた物に気付いたのだから。

 

『どうしてそんな顔するの? 常にお前を殺せる状況にも関わらず・・・・・・全力のお前と魔法勝負をしようとする私の()()()()()()()に、安心しているのに?』

 

 それを、よりにもよって魔族なんかに見透かされた。

 何も理解していない魔族の言葉に、何も言い返せなかった。

 魔族の言葉など、獣の鳴声と同じだと分かっていながら、自分はあの言葉を無視できなかった。

 

 それは、自分の根底を揺るがす言葉であった。

 だから、フリーレンはあの魔族を何がなんでも否定しなければならなくなった。

 ヒンメルならば確実に止まっていたであろう、子供達や僧侶の亡骸を守ろうとしたあの魔族の行動を、否定しなければならなくなった。

 

 その行動を取ったあの魔族を撃った(否定した)時点で、フリーレンはもう後戻りができなくなっていたのだろう。

 その時点で既に勇者ヒンメルを否定していたのだと認める訳にはいかず、だから自分の中のヒンメルを殺してでも、フリーレンはあの魔族を討たねばならなくなった。

 

 ・・・・・・なぜなら、もしその考えを撤回し、あの魔族の事を認めてしまっては。

 

 

 それを踏みにじり、あまつさえあの奇跡(回復魔法)を消費させてしまったのは、他ならない自分なのだから。

 

 

 心の奥底では、それが分かっているからこそ、フリーレンはもう立ち止まれなくなっていた。

 

『見ろ、フリーレン』

 

 かつての思い出が蘇る。

 とある迷宮(ダンジョン)を攻略し、その宝物庫の中身に辿り着いた時の、ヒンメルとの何気ない会話だった。

 

『聖典の記載に間違いがなければ、これがかつてかの英雄が竜を討伐するのに振るった剣だ。まさかこの目で見る日が来るなんてね』

『・・・・・・使うの?』

『・・・・・・いいや、置いていく。ボクは()()()で魔王を討ち、平和な時代に連れて行くと決めているからね』

 

 偽物の勇者の剣を誇らしげに叩きながら、ヒンメルは惜しむことなく、宝物庫の剣を元の所へ戻す。

 

『だから、ここに置いていくとしよう。いつかまた、振るうに相応しい英雄の手に渡るまで』

 

 ヒンメルの言葉が終わった瞬間、フリーレンの中でソレはある場面に切り替わった。

 あの魔族が見せた『剣の丘』。

 その剣雨の中に交じっていた、あの時の竜殺しの剣を。

 

「────ッ」

 

 それを思い出したフリーレンは、思わず頭を振って、その光景を振り払った。

 

(・・・・・・あの剣、だけじゃない)

 

 フリーレンは思い返す。

 

(あの世界には、他にも、見覚えのある剣がたくさんあった。ヒンメル達と一緒に攻略して、開放した宝物庫の中にあったものと同じ剣が・・・・・・たくさん・・・・・・)

 

 魔法とは、イメージできないモノは何があっても作り出すことはできない。

 フリーレンが好きな『花畑を出す魔法』だって、一度見た花でなければ咲かすことはできない。

 それはつまり、あの魔族は、それらの剣の数々を一度は見ているということになる。

 その剣の多くは、自分達の旅路で開放した宝物庫の中にあったもの。

 それが意味する所は────。

 

(私達の旅は・・・・・・ヒンメルの旅路の陰には・・・・・・常に、アイツが、いた・・・・・・)

 

 その旅路は、皮肉にもあの魔族に力を与え、そして今回。

 ・・・・・・それらが一斉に、フリーレンに牙を剥いてきた。

 フリーレンに牙を剥いたのは、自分を含めたヒンメルたちの旅路の成果そのものと言っても過言ではなかった。

 それが分かってしまったから、フリーレンの中では彼らとの旅の思い出すら、只の綺麗なモノではなくなりつつあった。

 

 

「・・・・・・私は・・・・・・どうすれば・・・・・・」

 

 

 ヒンメルたちの旅路からも否定されて、己はこれからどうやって歩めばいいのか、フリーレンには分からなかった。

 

 それを認める訳にはいかなかったから、自分は何が何でもあの魔族を仕留めなければならなかったのに。

 

 仕留められなかった。

 

 それどころか殺さないように手加減されながら。

 

 ヒンメルや師匠(せんせい)との思い出すら否定してでも戦ったというのに、敗北した末に、見逃された。

 

 魔法使いフリーレンとしても、勇者一行のフリーレンとしても、フリーレンは敗北したのだ。

 マハトのように単純な力の差による敗北とは訳が違う。

 フリーレンの心が、魂が、その全てが敗北してしまった。

 

 そして、生ける屍のまま見逃された。

 

 だから、今のフリーレンには何もなかった。

 

 あの時のように三日三晩泣き喚いても、それが戻ることはない。

 涙が涸れるまでも泣いても、心は枯れたまま。

 

 

『フリーレン、魔法は好きか?』

 

 

 現れた師匠の幻影が、フリーレンの前に現れ、問うてくる。

 ほどほどかな、と答えた事があるフリーレンであったが、その言葉すら思い浮かんでこなかった。

 ・・・・・・やがて。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌いだよ」

 

 

 絞り出すように答える。

 あの『剣の丘』を思い出す。

 ・・・・・・魔族の魔法も。

 あの奇跡を思い出す。

 ・・・・・・女神の魔法も。

 あの敗北を思い出す。

 ・・・・・・何も出来なかった自分の魔法も。

 

 

「・・・・・・・・・・・・魔法なんて・・・・・・・・・・・・ぜんぶぜんぶ・・・・・・大嫌いだ・・・・・・」

 

 

 ベッドの上で蹲りながら、フリーレンは掠れた声でそう呟いた。

 

 

     ◇

 

 

 ────ザッ、ザッ、ザッ。

 

「────」

 

 風が吹く南側諸国の荒野を、1人の少女が歩いている。

 少女はかつてこう言った。

 苦しむ人を見たくない、助けられるものならば、苦しむ人々すべてを助けることはできないかと。

 

 少女の脳裏に焼き付くのは、いつも1つの地獄。

 助けを求める人々。

 それを見捨て走る己の背中。

 そして、結局は助けられなかった一番大切な存在。

 

 やがて少女はその屍を食らい、その地獄を踏み台に生き残ってしまう。

 

 それ以降も、少女は地獄を駆け続けた。

 それらの地獄は全て、少女自身の手で作り上げたものだった。

 

 戦いが終わった後も、満たされることはなく。

 何を満たしたいのかさえ分からず、少女は彷徨い続けた。

 

 そして、少女は出会った。

 己を知り、そして己を理解してくれたもう一人の少女と。

 やがて交流を得て、少女は徐々に己の求めているものを自覚していくようになる。

 

 

 そして、自覚し切った後は、また遅かった。

 少女はまた守れず、そしてまた失った。

 

 

 だが、それでも少女はようやく気付いた。

 己の求めていたものに。

 本当に求めていたものは既に手に入らないとしても、それでも求め続けることはできると。

 

 

 時折、気付いた後でさえも、そんな自分は偽物だったのかと思うことがある。

 いや、事実偽物だった。

 あの2人に近付いたのだって、同情を誘うための、腹を空かせた子供への擬態だった。

 それに気付かず、あの2人は手を差し伸べた。

 魔族を知るものならば、それは愚かであると誰もが咎めるだろう。

 

 

 だが、噓という言葉が本当がなければ成り立たないように。

 理想という言葉が、現実がなければ成り立たないように。

 擬態というのも、その一方で真実があってこそ成り立つ。

 

 

 擬態した己は、確かに偽物だったのだろう。

 だがそれでも、その擬態に差し伸べられた手だけは、美しいモノの筈だ。

 たとえ何者がその行為を愚かと笑おうとも、その行為自体は、尊いモノの筈だ。

 でなければ、魔族の犠牲になる人間はもっと減っていることだろう。

 

 

 なら、歩き続ける理由などそれで十分だ。

 

 

 己のしたことは消えない。

 どんなに救った所で、消えはしない。

 この体に刻まれた数々の裏切りの跡が、それを物語っている。

 決して帳消しになることはない。

 

 だから、後悔だって消えない。

 その後悔は今も尚積み重なっている。

 助けられなかった人々。

 誰かを助けることはできても、結局は誰かを救えない。

 

 

 だが、この後悔を消したいとも思わない。

 それを消すということは、あの日偽物だった自分に差し伸べられた手すら、なかったことにしてしまうものだから。

 

 

 だから少女は生涯、後悔を重ねながらも贖罪の旅を続けることだろう。

 だがそれでもと、少女は前を向く。

 

 ────この後悔があるからこそ。

 ────この思い出()があるからこそ。

 

 

「・・・・・・大丈夫、まだ頑張れる」

 

 

 首に下げた十字架のネックレス(アンジュの形見)を愛おしく握りながら、少女は己を鼓舞するように歩き出す。

 

 ────リーニエは、これからも『正義の味方』を張り続けていく事だろう。

 




これさあ・・・・・・フリーレンのトラウマをとっとと克服しないと、フリーレンとフェルンがリーニエ関係で互いの地雷を踏んで関係破局して曇る上にそれを見ていたリーニエも曇るという地獄絵図が完成しかねないことに書いた後に気付いちゃった自分がいるんですよね(白目)
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