サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
西住まほは、地面に片膝をついたまま顔も上げなかった。
「この町の地脈なんですけど、妙な脈打ち方をしています。一定の周期で揺れているんじゃない。吸って、吐いてまた吸う。――生き物みたいに」
指先が土へ触れている。何かを探るというより、脈を数えているようだった。
「太郎。この辺りで、心当たりのある場所は」
「神社」
答えたのは俺じゃない。絶花だった。
「……ああ、そうだな。町の外れの」
俺が続けると絶花は小さくうなずいた。桃色の混じった黒髪が、肩の上で揺れる。
「昔、よく行きました。太郎と二人で」
「悪ガキの溜まり場だったんだよ、あそこ」
「溜まり場って言い方、太郎だけです。私はちゃんと参拝してました」
「賽銭泥棒しようとした奴がよく言う」
「しようとしただけです。やってません」
まほが立ち上がる。膝の土を払う動作は無駄がなく、目はもう山の方へ向いていた。
「案内してください。話は道中で聞きます」
* * *
山道は、思っていたより荒れていなかった。
石段の苔は増えていたが、崩れているわけじゃない。両脇の杉は太くなり、枝が空を覆うように伸びている。昼だというのに、光がまだらにしか落ちてこない。
絶花が一段目に足をかけて、少し止まった。
「……変わってないですね」
「石はな。でも、あの辺の看板なくなってる」
俺が指差すと絶花はそっちを見て、すぐに頷いた。
「あぁ、『熊出没注意』って書いてあったやつ」
「あれ、絶花が読めなくて俺に聞いてきたんだよな」
「読めました。『くま』しか読めなかっただけで」
「それ読めてないだろ」
「……太郎だって、『出没』の意味、知らなかったじゃないですか」
「知ってた。熊が出るんだろ」
「出てから気づいたじゃないですか」
まほは黙って二人の後ろを歩いていた。足音がほとんどしない。人間と猫又の混血だと聞いたが、なるほど、坂道を登る速度が一定で息も乱れていない。
「この石段、百八段あるんですよ」
絶花が言った。
「数えたのか」
「太郎が数えろって言ったんです」
「言ったっけ」
「言いました。『数え終わるまで帰らない』って」
「……覚えてないな」
「私が三十段目で諦めたら、太郎が怒って先に登って途中で転んで、泣きそうな顔で戻ってきたところまでは覚えてます」
「記憶力が悪いとか言うなよ」
「言ってません」
まほが、ふ、と息を吐いた。笑ったのかもしれない。表情は見えない。
「動物の気配が減っています」
まほの声で、空気が変わった。
「虫も、鳥も。この高さなら杉の実を啄む鳥がいてもおかしくない。、今、四つ目の石段から上生き物の音が一切ない」
絶花が足を止める。俺も止まった。
風はある。木の葉は鳴っている。だがその音の中に、生き物の立てる音が一つも混ざっていない。羽音も、爪の音も息づかいも。
「神社まで、あと何段ですか」
「……六十、くらい」
「行きましょう。ただし、私の合図があるまで鳥居はくぐらないでください」
まほは弓に手をかけた。矢はまだ番えていない。だが、いつでも引ける態勢だった。
絶花が俺の袖を、ほんの少しだけ引いた。
「太郎」
「わかってる」
「あの神社、私たちが最後に行ったの五年前です」
「ああ」
「その間に、何かがあっても」
「おかしくない、か」
「はい」
俺たちは石段を登り直す。足元の苔は、昔よりずっと湿っていた。
神社に着いた。
まほの許可が出たのは鳥居の前で十分以上立ち止まった後だった。「入れます」の一言は短かったが、その間に彼女は何度も地面へ手を触れ空気を嗅いでいく。
境内は、思っていたより静かだ。
悪い意味で。
「…狛犬が片方ない」
絶花が呟く。確かに参道の右側にあったはずの狛犬が消えている。左側の狛犬は残っているが、台座ごと傾いていた。まるで何かに押されたみたいに。
「あれ、太郎。灯籠の場所」
「変わってるな」
拝殿へ続く石灯籠。記憶では六基あった。今は五基。しかも一つは参道の真ん中に移動している。誰が動かしたのか。重さはたぶん百キロ以上ある。
「子供の頃、太郎が灯籠に登って怒られてましたよね」
「登ってない。足かけただけだ」
「それで落ちて石段を三回転半しました」
「回転数盛るな」
境内の空気は乾いていた。埃っぽい匂いがする。雨は最近も降っているはずだ。それなのに、石畳の隙間から伸びていたはずの草が全部枯れている。踏まれて枯れたんじゃない。根から死んでいる。
絶花が拝殿の裏手へ回り込む。俺も続いた。
「これ、まだありました」
彼女が指差したのは、拝殿の柱の根本だった。小さな傷が刻まれている。二本の線が交差したような形。俺がナイフでつけたやつだ。
「よく残ってたな」
「太郎が『これが俺の印だ』って言ったの、覚えてます」
「言ったっけ」
「言いました。絶花の印も隣に刻もうとしたけど、ナイフが滑って親指切って泣きそうになってました」
「泣いてない」
「泣きそうだったんです」
懐かしいな、と思った。声には出さない。出すと絶花がまた何か言ってくる。
俺は拝殿の陰から、さらに奥を見た。
「裏道、あそこだ」
「え」
絶花が振り返る。
「昔、抜け道みたいに使ってたとこ。神社の裏から山の反対側に出るやつ」
「あれ、崩れてたはずです。三年前に」
「今は」
俺は歩き出した。藪は膝の高さまで伸びている。だが、よく見ると中央だけ踏み固められた跡がある。誰かが最近通ったみたいに。
「まほ」
振り返ると、まほは境内の中心で立ち止まっていた。目を閉じている。耳だけが微かに動いた。
「地脈の流れが、この真下で曲げられています」
「曲げられてる?」
「はい。本来なら山の尾根に沿って南へ抜けるはずの流れが、拝殿の真下で直角に東へ折れている。自然にできる形じゃありません」
まほが目を開ける。
「誰かが意図的に土を掘って、流路を変えた痕跡があります」
* * *
あんなとソラは、境内の外周を調べて戻ってきた。
「太郎さん」
ソラが真っ先に口を開く。ヴァルキリーの軽装鎧のまま、マントが土埃で少し汚れている。
「境内の東側、石畳に亀裂があります。幅は指一本分くらいですけど、長さは十メートル以上。一直線に走ってるんです」
「自然に割れた感じじゃないな」
「はい。それで、その亀裂の中から魔力が漏れていました」
あんなが続ける。普段は飄々としているが、今は眉を寄せている。
「ゾグの残したガイアの力とは違う。もっと冷たい感じ。地面を這うみたいに重い魔力だよ」
「ガイアじゃない」
「うん。少なくとも、あの戦いで撒き散らされたものじゃない」
俺は亀裂の方向を見た。拝殿の東。まほが言った地脈の曲がり角と同じ方角だ。
「まほ、その曲げられた地脈の先って」
「この神社の地下で一度分岐して、東側の亀裂へ流れ込んでいます」
まほは弓を背負い直した。表情は変わらないが、声の温度が一段下がった。
「地脈を曲げ、魔力を漏らす。ゾグの襲来と偶然重なったにしては、出来すぎています」
絶花が俺の隣に並ぶ。
「太郎」
「ああ」
「これ、誰かが仕組んだんでしょうか」
「わからん。でも、自然にこうなるとは思えない」
俺は足元の石畳を見た。枯れた草。傾いた狛犬。動かされた灯籠。曲げられた地脈。漏れ出す見知らぬ魔力。
神社は、昔のままじゃなかった。
俺たちが知っている場所の形をしながら、中身だけが少しずつ入れ替わっている。まるで、誰かが俺たちの記憶の上に別の何かを重ねているみたいに。
風が吹く。杉の葉が鳴る。その音だけが、昔と変わらない。
「裏道へ行きます。先導してください」
まほの声に逆らう理由はない。俺は頷いて藪の中へ足を踏み入れた。
昔はここを潛り抜けると神社の裏手から山の尾根へ出られた。子供の足で十五分。今は藪が膝まで伸びていて、一歩ごとに草の匂いが立つ。
「太郎、そこ石が崩れてます」
「わかってる」
絶花が後ろから声をかけてくる。振り返ると、彼女はサラシの上から制服のブレザーを羽織ったまま、枝を払いながらついてきていた。まほはその更に後ろ。足音がやっぱりしない。
「この倒木、前はなかったですよね」
「ああ。五年前は立ってた」
「根元から折れてます。腐って倒れたんじゃない」
絶花の指摘は正しい。切り口が白い。折れてからまだ日が浅い。
俺は倒木を跨いだ。その先に崩れた石垣が見える。子供の頃、ここで絶花とどっちが先に登れるか競争した。俺が負けた。三回連続で負けた。絶花はそれを覚えているだろうか。
「太郎、あの石垣」
「覚えてる」
「私、一度も登れませんでした」
「嘘つけ。俺が三回負けた」
「太郎が滑ってただけです」
「滑ってない」
「滑ってました。両手ついて」
まほが俺たちの間を通り抜ける。無言で石垣の上に飛び乗った。着地の音がしない。
「祠が見えます」
* * *
草に埋もれた小さな祠だった。
高さは俺の腰ほど。屋根は半分崩れ中には石の小さな社が一つ。昔はここで絶花と、拾った小石を供えたりしていた。
「変わってないな」
「屋根、前より壊れてます」
「そうか?」
「太郎は毎回石を投げてたので覚えてないんです」
「投げてない」
「投げてました」
まほは祠の周囲をゆっくり一周した。手を地面にかざす。指先が土に触れた瞬間、彼女の耳がわずかに動いた。
「この下。魔術式が埋まっています」
「何個」
「複数。少なくとも五つ。円を描くように配置されている」
俺は腰を落として地面を見た。土は盛り上がってもいないし、掘り返された痕跡もない。だがまほの指の下では確かに何かが脈打っている。
「見えるか」
「見えません。ですが流れは読めます。この祠を中心に、地脈の曲がり角を結ぶように術式が組まれている。地中に埋め込まれたまま、地脈そのものを固定しているんです」
まほが立ち上がる。
「ゾグの力が流れ込んでいます」
「ゾグの?」
「はい。ですが、これがゾグのものかゾグを利用したものかは判別できません」
俺は手を伸ばしかけた。術式の一部が地面の下で薄く光っている。これだけはっきりしているなら、砕けば止まる。そう思った。
手首を掴まれた。
「待ってください」
まほの指は細いのに、びくともしない。
「地脈と接続した術式をそのまま壊せば、反動が町全体へ流れます。この規模なら数百メートル範囲の地盤が一気に緩む。家が傾く程度では済みません」
「じゃあどうする」
「調べます。構造を把握してから、切り離す順番を決める。順番を間違えれば同じことになる」
俺は手を引っ込めた。まほは手を離す。
「太郎さん。ここ、爪痕があります」
ソラが祠の裏手から声を上げた。駆け寄ると、石の裏に三本の筋が刻まれている。深い。獣の爪というより、何かが必死に掴もうとした跡みたいに見える。
「妖怪のものか」
「たぶん。でも古いです。乾いてますから」
「他には」
「これだけです」
あんなも反対側から戻ってきた。手のひらに何か握っている。
「太郎。これ落ちてた」
小さな布切れだった。色は褪せているが、端に縫い目がある。誰かの持ち物だ。でも誰のかはわからない。俺たちの知り合いのものではない。
「置いとけ。触った跡を残すな」
「了解」
あんなは布を元の場所へ戻した。
まほは祠の前にしゃがみ込んだまま動かない。目を閉じて、地中の流れを追っている。
「…面倒だな」
思わず声に出た。絶花が俺を見る。
「太郎」
「わかってる。壊すなって言われた」
「そうじゃなくて」
絶花は少し間を置いた。
「太郎が今、笑ってないから」
「笑う理由がないだろ」
「昔はこういう時、必ず『面倒だ』って言いながら笑ってました」
俺は答えなかった。答えられなかった。
ふいに祠の下で、何かが光った。
淡い。青とも白ともつかない光が地面の下から漏れ出す。同時に足の裏へ振動が伝わってきた。重い。脈みたいに、ゆっくりとだが確実に大きくなっている。
「まほ」
「わかっています」
まほは立ち上がり、地面に手を当てたまま言った。
「地下で何かが動いています。術式じゃない。もっと大きい」
振動が一度、強くなる。祠の石が小さく跳ねた。
絶花が腰の天聖に手をかける。あんなとソラも左右へ散った。俺は魔法陣を展開しない。まだ何も見えていない。
「動くなら動くでいい。だが」
俺は地面を見下ろした。
「出てくる前に、正体を見せろ」
振動は止まらない。地下の何かは、確かにそこにいる。
次回の王は
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妖怪王
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機械王
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怪獣王
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幻想王