サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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大地 Part7

坑道の入り口をくぐった瞬間、世界が赤く染まった。

 

警告灯だ。天井に等間隔に並んだ赤いランプが、一定のリズムで明滅している。地下室の空気がその光に合わせて振動しているみたいだ。ブウン、ブウン、ブウン。低い音が壁から床から天井から、全部から響いてくる。

 

「前倒しだ」

 

まほの声が赤い闇を裂く。

 

「魔術炉の起動が予定より早い。振動の間隔がさっきの倍近い」

 

俺の足の裏がそれを証明していた。さっきまで三秒おきの脈だったのが、今は一秒半。心拍で言えば駆け出し。地下施設全体が小走りで動いている。

 

坑道は入り口から十メートルで広間に開けた。天井が高い。壁の術式が光っている。さっき結界の外から見た光の線が、今は目の前を走っている。壁の表面を流れる光が、全て中央へ向かっている。川だ。光の川が壁を削りながら奥へ流れている。

 

「分かれ道だ」

 

絶花が天聖を構えたまま前方を指差す。

 

広間の奥に三つの通路。左、中央、右。あんなが見取り図で描いた通りの構造だ。だが一つ違うことがあった。

 

「隔壁が閉まり始めてる」

 

あんなが叫ぶ。

 

通路の入り口に鉄製の隔壁が降りてきている。ゆっくりだが確実に。ガガガガと金属の歯車が回る音が三つの通路から同時に響く。

 

「左は拘束区画。妖怪たちがいる。中央は魔術炉。右は迂回路上に制御術式が六箇所。全員へ割り振って——」

 

まほが言い終わる前に、中央通路の奥で光が爆ぜた。

 

ドン。

 

腹に響く衝撃。赤い警告灯が一斉に点滅した。さっきまでのリズムが消えて、無秩序な明滅に変わる。

 

「起動が始まった。魔術炉が地脈の取り込みを開始した」

 

まほの弓が中央通路へ向く。

 

「拘束区画の妖気が減り始めています。時間がない」

 

俺は盤面を展開した。足元に黒と金の升目が浮かび、五人の光点が広間に散る。中央通路の奥に炉の反応。左通路の奥に七つの微弱な光点。妖怪だ。まだ生きている。だが光点が揺れている。削れている。

 

「全員動け。救出を優先する。太郎、絶花、ソラは左通路。あんなは右通路の制御術式を解除して炉への流れを弱めてください」

 

「まほは」

 

「中央通路。魔術炉の停止」

 

その一瞬、俺はまほの顔を見た。赤い明滅の中で、彼女の表情が見えない。だが声でわかる。硬い。さっきまでの指揮を取る声じゃない。報告を上げる声だ。任務報告を提出するときの声。

 

「まほお前一人で——」

 

「太郎。私は制御術式の解析と停止を担当します。あんなが右通路の術式を解除すれば炉への流入が弱まります。その隙に停止処理を行います」

 

説明が足りない。

 

俺の思考がそこに引っかかった。まほは何をしないかを言っていない。何をしないか。つまり、合流のタイミングを言っていない。いつ戻るか。いつ完了するか。危険度はどのくらいか。全部省略している。

 

「合流地点は」

 

「炉の停止後に中央通路を出ます。左通路の入り口で合流します」

 

「連絡はどうする。念話は王の駒の網の中にいるが、地下だと干渉が——」

 

「干渉されます。地脈の光が壁を走ってるので念話の精度が落ちます。ですが短い通信なら届くはずです」

 

「じゃあ五分おきに通信しろ。止まったら俺が飛び込む」

 

「わかりました」

 

まほは頷いた。わかりました。その三文字に、約束の重みがなかった。わかりました。やります。やりますが、うまくいくとは限らない。うまくいかなければどうするか。それを言っていない。

 

赤い光がまた爆ぜた。隔壁がさらに下がる。あと三十秒で閉まる。

 

「あんな右通路。今行け」

 

「了解」

 

あんなが右通路の隔壁の下を滑り抜ける。五十センチの隙間がもう二十センチになっていた。

 

「絶花ソラ左通路。俺が続く」

 

「はい」

 

「はい!」

 

絶花とソラが左通路へ駆け込む。俺も続こうとして、足を止めた。

 

中央通路の入り口に、影が立っている。二人。いや三人。ローブを着た人影。手から光が漏れている。魔術師だ。

 

「侵入者だ。止めろ」

 

声が響く。影の手から光の弾が飛んだ。俺の右肩を掠める。熱いい。ジャケットに焦げた穴が開いた。

 

「太郎!」

 

まほが前に出た。弓を引く。右手だ。包帯を巻いた右肩。だが構えた。矢が弦から離れる。

 

中央通路の壁を走る光の線の一部が砕けた。まほの矢が、術式の発動点を正確に射抜いたのだ。光の弾が消える。魔術師の構えが崩れる。

 

「行け。ここは私が抑えます」

 

まほが二本目を番える。左手だけ。右手は動かしたくないはずだ。だが弓を保持している。三本目を番える。四本目。左手だけで引く。精度が落ちるはずだ。だが矢は魔術師の足元を正確に射抜き、術式の起動点を次々に砕いていく。

 

魔術師が引いた。隔壁の下をくぐって逃げた。追撃しない。まほは追わない。追う余裕がない。弓を構えたまま、中央通路の入り口に立っている。

 

「太郎、行ってください。隔壁が閉まる」

 

「五分おきだ。忘れるな」

 

「言われなくても」

 

「忘れるな。絶対に」

 

俺は中央通路を一瞬見て、それから左通路へ走った。隔壁の隙間はもう十センチしかない。体を滑り込ませる。背中の布が鉄の縁に引っかかった。ちりっと裂ける音がしたが構わない。

 

左通路の暗闇へ入った瞬間、背後で隔壁が閉まる音がした。ガシャン。重い。金属と金属が噛み合う音。

 

まほはあの隔壁の向こう側にいる。

 

中央通路の奥へ向かって歩いているはずだ。一人で。

 

(あいつ、約束してない)

 

俺の思考が喉の奥で焼ける。

 

(わかりました。やります。でも戻るとは言ってない)

 

「太郎!」

 

絶花の声で思考が切れた。前を見る。左通路は狭い。天井が低い。壁に術式が刻まれている。赤い光が走っている。そして奥に、鉄格子がある。その向こうに、七つの影が見えた。

 

小さい。縮こまっている。動いている。生きている。

 

「見つけた」

 

ソラが駆け出す。俺の盤面に七つの光点が、まだ点滅している。消えていない。まだ間に合う。

 

だが俺の盤面のもう一つの光点、まほの点が、中央通路の奥へ沈んでいく。

 

深く。深く。一歩ずつ。

 

中央通路へ戻る前に、左通路の鉄格子を壊した。

 

ゼロの力を右腕へ集め、光の刃として叩きつける。鉄が融ける音と共に格子が崩れ落ちる。ソラが中へ飛び込む。

 

七つの影が縮こまっていた。妖怪たちだ。小さな体に術式の導線が食い込んでいる。痛々しい。だが生きている。

 

「外します。動かないでください」

 

ソラがルーンの光で導線を切断していく。絶花が天聖で術式の接続点を斬る。斬るだけで生命力を奪わない精密な制御だ。あんなが右通路から戻ってきて、拘束具の鍵を術式で開ける。

 

五分もかからなかった。妖怪たちを安全な退避区画へ誘導する。広間の隅だ。術式の影響が薄い場所。

 

「ここで待っててください。すぐに全部終わらせます」

 

ソラが妖怪の頭を撫でる。小さな子供の妖怪が、ソラの服の裾を掴んだまま離れない。

 

「よし。次だ」

 

俺は盤面を見た。

 

まほの光点が、中央通路の奥で止まっていた。いや、止まっているわけじゃない。小さく動いている。前へ。横へ。また前へ。

 

だが、五分おきの連絡が途絶えていた。

 

「まほ」

 

念話を飛ばす。返事がない。

 

「まほ、応答しろ」

 

二度目。三度目。砂嵐みたいなノイズが走る。地脈の光が壁を走り、念話を阻害している。

 

「通信が切れた。行くぞ」

 

俺は中央通路へ走った。絶花、あんな、ソラが続く。

 

通路の壁には矢が刺さっていた。

 

まほの矢だ。黒い矢羽根。壁を走る術式の発動点を正確に射抜いた跡が、等間隔に続いている。一本。二本。三本。八本。十本。

 

見事な狙撃だ。だが、矢が刺さった発動点のいくつかが、光を取り戻している。再起動している。壊しても壊しても、別の発動点が補っている構造だ。

 

そして、矢の跡の途中から、赤い染みが点々と続いていた。

 

血だ。

 

まほの血だ。

 

*  *  *

 

(まだ間に合う)

 

まほは自分に言い聞かせた。

 

中央区画は熱かった。床の石材が温かいのではない。熱い。裸足で歩けないほどの熱だ。地脈の光が床を走り、足元から熱気を噴き上げている。巨大な魔術炉が、赤い光の脈動と共に唸りを上げていた。

 

制御盤の前に立つ。防衛術式が起動した。壁から床から天井から、光の槍が飛んでくる。

 

まほは弓を引いた。右肩が裂けるように痛む。包帯の下から血が滲むのがわかる。だが引く。矢を放つ。光の槍を撃ち落とす。

 

(まだ間に合う。制御術式だけを壊せばいい。炉本体は壊せない。地脈と直結しているからだ。暴走すれば町が消える)

 

まほは次の矢を番えた。左手だけで。右手はもう上がらない。指が震える。弓を保持するだけで精一杯だ。

 

(太郎。問題ない)

 

念話が届くかどうかわからない。短く送る。

 

(問題ないから。次の制御術式を壊せば)

 

三つの制御術式が並んでいる。同時に壊さなければ、互いに補完し合って再起動する。三方向へ同時に矢を飛ばすことなんてできない。

 

だが、やるしかない。

 

一つ目を射抜く。二つ目へ矢を番える前に、三つ目の術式から光の槍が飛んだ。避けきれない。

 

左腕をかざす。妖術の障壁。光の槍が障壁を砕き、まほの体を弾き飛ばす。壁へ背中を打つつける。息が止まる。肺の中の空気が全部押し出される。

 

倒れそうになるのを堪える。膝が折れる。だが立つ。

 

「まだ…」

 

矢筒を探る。矢がない。全部射った。一本だけ残っていた。最後の一本。

 

指が滑った。

 

汗か血か。指が矢に絡まない。掴めない。弓が手から滑り落ちそうになる。

 

「間に…」

 

防衛術式が再起動した。壁の光が強くなる。三方向からの照準が、まほに向く。

 

動けない。矢が番えない。避けられない。

 

(ああ、また)

 

まほは目を閉じなかった。

 

(また一人だ)

 

*  *  *

 

光の奔流が見えた。

 

中央通路の突き当たり。赤い光が壁を飲み込んでいる。その奥に、小さな背中が見えた。

 

弓を持っている。だが引いていない。立ち尽くしている。

 

三方から光の槍が彼女に向かっている。発動まであと二秒。

 

「絶花!」

 

俺は叫ぶと同時に走った。

 

間に合うか。

 

間に合う。

 

絶花が飛んだ。天聖を抜き放ち、光の奔流の中へ身を投げる。

 

「落花狼藉!」

 

横一文字の閃きが、三方向の光の槍を同時に斬り払った。

 

光が砕け散り、火花が散る。絶花がまほの前に着地する。刀を構えたまま、背中でまほを守る形だ。

 

俺が続いた。右腕からゼロの力を放出する。光の刃が、再起動しようとする術式の発動点を薙ぎ払う。

 

「あんな、ソラ、道を開け!」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

あんなが術式の制御を奪い、ソラがルーンの結界で防衛術式の回路を遮断する。

 

光の槍が止まった。中央区画の熱気だけが残る。

 

俺はまほの前に立った。

 

彼女は膝をついていた。弓を握ったまま。右手が震えている。包帯は赤く湿っていた。顔色が白い。唇が青い。呼吸が浅い。早い。

 

「まほ」

 

俺は名前を呼んで、彼女の手から弓を取り上げた。

 

震えている指を、俺の手で包む。

 

冷たかった。

 

「連絡が途絶えた。矢が尽きた。術式が再起動した。全部わかってたな」

 

まほは俺を見なかった。床に落ちた最後の矢を見ている。

 

「間に合うと、思いました」

 

「間に合わなかった」

 

「はい」

 

「肩の傷、開いてるぞ」

 

「はい」

 

「残りの術式はあと三つ。同時に壊さないと止まらない。お前一人じゃ無理だ」

 

まほの目が初めて俺を捉えた。揺れていた。恐怖のせいじゃない。自分がまた失敗したという、焦りのようなものだ。

 

「私が、また」

 

「責めるのは後だ。今は止めるのが先だ」

 

俺はまほの肩を掴んだ。痛むはずだ。だが彼女は声を上げなかった。

 

「お前はここで待て。俺たちがやる」

 

「でも」

 

「お前が作った穴は俺が埋める。それが王の役目だろ」

 

まほの口が開く。何か言いかけて、止まる。

 

握った手の力が、抜けた。

 

「…はい」

 

か細い声が、熱気の中に溶けた。

 

防衛術式の光が止まった。

 

まだ完全じゃない。壁の紋様が明滅している。再起動の予兆だ。だが三分は持つ。その三分でやるべきことがある。

 

「まほ、立てるか」

 

「立てます」

 

まほは膝をついたまま言った。立てると言って立たない。足が動かないんじゃない。動かすための判断が止まっている。

 

俺は手を伸ばした。まほが俺の手を見る。一秒。その手を取った。

 

冷たい。指先が冷え切っている。血が足りてないのか痛みで感覚が飛んでいるのか。引いて立たせる。軽い。十七歳の少女の体重が、まるで弓一本分くらいしかないみたいに感じる。

 

「すみません。皆さんを危険な場所へ」

 

「謝るな。お前が呼んだんじゃない。俺たちが来たんだ」

 

「ですが」

 

「ソラ」

 

俺が振り返ると、ソラがまほの前に立っていた。青い瞳が赤い警告灯の下で揺れている。だが声は揺れていない。

 

「わたしたちの意思で追いついたんです。まほさんが呼んだわけじゃない。わたしたちが来たんです」

 

まほがソラを見た。ソラの目を。二秒。三秒。

 

「…はい」

 

まほの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。

 

「まほ。お前が一人で全部やろうとしたのはわかった。でも、もう無理だ。だから役割を変えろ」

 

「役割を」

 

「攻撃を抱えるな。地脈と術式の位置を読んで、俺たちに指示を送れ。お前にしか見えないものがあるだろ。猫又としての感覚で、地脈の流れがどこが脆くてどこが強いか。それを教えろ。俺たちが動く」

 

まほの目が変わった。焦点が俺から外れ、中央区画全体へ広がる。壁の術式。床の光の筋。炉の脈動。天井から落ちる砂。全部を一度に見ている。

 

「…わかりました」

 

まほは弓を下ろした。初めてだ。戦闘中に弓を下ろしたのを俺は見たことがない。

 

「あんな。制御盤の右側、三番と五番の術式。解除できるか」

 

「見せて」

 

あんなが制御盤へ駆け寄る。手をかざして紋様を追う。五秒。

 

「三番はいける。五番は紋様が二重になってる。一本じゃ剥がせない」

 

「では五番は絶花に任せる。太郎は一番と七番。物理で発動点を叩けば止まる」

 

「わかった」

 

「ソラは退路。万一炉が暴走したら全員が逃げられるように、通路の防衛術式を無効化しておいてください」

 

「はい」

 

「私は全体を見ます。再起動の兆候があったら、発動点を射抜きます。一本の矢で済む位置にいますので」

 

まほはそう言ってから、一度口を閉じた。

 

「右肩はもう上がりません。左手のみで撃ちます。精度は落ちます。命中まで三秒かかります。その間に再起動された場合は、太郎の判断に任せます」

 

隠さなかった。怪我の程度も限界も。全部口に出した。

 

俺は頷く。

 

「了解。全員動け」

 

*  *  *

 

動いた。

 

俺と絶花が前に出る。俺は右腕にゼロの力を集め、一番と七番の発動点へ光の刃を叩きつける。ガガガと壁が砕ける。紋様が割れて光が消える。

 

絶花が五番の術式へ天聖を走らせる。二重の紋様の隙間に刀身を滑り込ませ、一太刀目で外層を斬り、二太刀目で内層を裂く。精密だ。天聖の簒奪能力を使わず、純粋な剣技だけで術式を解体している。

 

あんなが三番の制御盤へ指を走らせる。紋様を辿り、分岐点を見つけ、指先でなぞるように解除していく。速い。あんなの術式解析は俺が思っていたより正確だ。

 

ソラは通路へ通り、ルーンの光で退路の防衛術式を一枚ずつ中和している。青白い光が赤い警告灯と混じって紫色に揺れる。

 

まほは中央に立っていた。

 

弓を左手だけで構えている。右手は下ろしたまま。だが目は動いている。壁の紋様。床の光。全員の位置。全部を一度に追っている。

 

「太郎、七番の下に第二発動点。今」

 

俺は振り抜いた刃の軌道を変えた。七番の下。砕けた紋様の隙間から漏れていた光を、下からの叩きつけで潰す。

 

「あんな、三番の右端が再起動してる。あと三秒で」

 

「見てる。ここだね」

 

あんなの指が紋様の右端を押さえる。光が消える。

 

「絶花、五番の内層が残ってる。二太刀じゃ足りない。三太刀目を」

 

「はい」

 

絶花が三度目の斬撃を入れる。天聖の刀身が紋様の芯を砕く。

 

速い。

 

一人でやっていたときの三倍速い。

 

まほが見ているだけじゃない。矢を放つタイミングも最小限にしている。再起動の兆候が出た瞬間だけ、左手だけで矢を番え、引き、放つ。三秒。確かに三秒かかっている。だが、その三秒の間に俺たちが別の発動点を抑えるから、全体としては止まらない。

 

「全ての制御術式、解除完了」

 

あんなが声を上げた。

 

「炉への流入、止まってない。地脈の流れは生きてる。でも制御側は落ちた。炉が自分で力を吸い続けてる」

 

「炉本体は壊せない。地脈と直結してる。壊せば——」

 

「町が消える。わかってる」

 

俺は炉を見た。

 

巨大な円形の装置。表面の術式は全て無効化された。だが、炉の中心の光の渦は止まっていない。それどころか、強くなっている。

 

「あんな、炉の状態は」

 

「まずい。制御術式を外したことで、炉の中の力が自由になった。ガイアの力と地脈の力が混ざり始めてる。本来なら制御術式が一定の割合で炉へ流していたんだけど、今は無制限に流れ込んでる」

 

「止まらないのか」

 

「止まらない。炉が満杯になるまで吸い続ける。満杯になったら——」

 

あんなが言い終わる前に、炉が唸った。

 

ドン。

 

さっきとは違う衝撃。腹じゃない。胸だ。心臓を直接殴られたみたいな衝撃。

 

炉の表面にひびが入った。

 

「まほ!」

 

「見てます」

 

まほの声が変わった。指揮官の声じゃない。もっと原始的な、警告の声だ。

 

「炉の内部に蓄積した力が制御を離れました。地脈の流れが逆転してます。外へ出ようとしている」

 

「外へ?」

 

「地下から上へ。地面を突き破って」

 

床の亀裂が広がった。さっきまでは中央から放射状に走っていた亀裂が、今は中央から外へ向かって開き始めている。亀裂から光が漏れる。赤い光じゃない。もっと深い、暗い赤。血みたいな色だ。

 

天井から砂が降り始めた。壁が揺れている。中央通路全体がきしむ音がする。

 

「全員。魔術炉から離れてください」

 

まほの声が響いた。命令だ。だが、前に彼女が使っていた命令とは違う。自分一人を犠牲にするための命令じゃない。全員を生かすための命令だ。

 

「距離を取れ。二十メートル。最低でも」

 

「まほも来い」

 

「はい。皆と一緒に退きます」

 

俺たちは走った。中央通路を入り口へ向かって。あんなが制御盤から離れ、絶花が天聖を納めて走る。ソラが退路の結界を維持したまま全員の通れる幅を確保している。

 

まほも走った。左手に弓を持ったまま。右肩は動かない。だが足は動いている。

 

十メートル。十五メートル。

 

背後で、音がした。

 

割れる音じゃない。生まれる音だ。

 

グアアアアア。

 

地底から湧き上がる唸り。炉が砕けた音がそれに続く。だが、砕けたのは炉だけじゃない。地面だ。地下施設の天井が裂け、土と石が崩れ落ちる。

 

俺は振り返った。

 

中央区画の天井が、持ち上がっていた。

 

いや、天井じゃない。天井の上の地面だ。土と岩と砂が、内側から押し上げられている。何かが、下からせり上がってきている。

 

輪郭が見えた。

 

暗い。巨大だ。炉の残骸を纏っているのか、それとも炉そのものが変化したのか。形が定まらない。だが、でかい。圧倒的にでかい。

 

背後の壁が崩れ始めた。地下施設の天井が、地上の地面が、内側から持ち上がっている。魔獣だ。さっきの小型魔獣とは桁が違う。

 

地下から、何かがせり上がってきている。

 

「太郎!」

 

絶花が叫ぶ。

 

「見てる」

 

見ている。だが目が追いつかない。さっきまで坑道だった場所に、山が動いているみたいな質量が押し上げられている。

 

まほの声が背中から届いた。

 

「全員、地上へ。今」

 

俺は走った。全員が走った。

 

背後で、地下が生まれ変わる音が追いかけてきた。

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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