サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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大地 Part10

夜が明けた。

 

空が白い。橙の帯が山の稜線へ広がり、枯れていた杉の枝に光が当たる。鳥が鳴いている。さっきまでの轟音と地鳴りが嘘みたいだ。

 

地震は収まっていた。足の裏から伝わる振動はもうない。地脈を走る光も見えない。ただ静かな山と、朝の空気がある。

 

俺は神社の石段に座っていた。右腕が重い。ゼロとの変身解除後の倦怠感だ。全身の筋肉を使い果たしたみたいな感覚が残る。

 

絶花が隣に来た。水の入ったペットボトルを差し出す。

 

「太郎、飲んでください」

 

「ああ」

 

受け取って一口飲む。冷たい。喉を潤す感覚が鮮明だ。

 

「まほさんは?」

 

「社殿の中です。八坂さんと通信中」

 

あんなが石灯籠の土台に腰掛けたまま言った。術式の破片を布に包んでいる。

 

「報告、長引きそうだね。単独行動の失敗も全部言ってるはずだから」

 

ソラが境内の隅から走ってきた。青い髪が朝風に揺れる。

 

「救出した妖怪たちの治療、終わりました。軽い怪我だけで命に別状はないそうです」

 

「そうか。よかった」

 

俺は頷いた。全員生きてる。それが一番だ。

 

*  *  *

 

社殿の中から声が聞こえた。まほの声だ。

 

低い。だが隠していない。

 

「侵入後、私は中央区画へ単独で向かいました。魔術炉の停止を一人で行おうとしました。結果、防衛術式に囲まれ作戦が遅延しました」

 

俺は立ち上がった。石段を登り、社殿の入り口へ向かう。

 

中の様子が見えた。

 

まほが座っている。膝を崩さず、背筋を伸ばしたまま。肩には新しい包帯が巻かれている。白い。血の跡は消えた。だが右腕はまだ動かしにくいはずだ。

 

彼女の前の空中に、光の板が浮かんでいる。通信画面だ。そこに映っているのは、八坂だ。

 

優雅で腹黒い王子様。だが今はただ静かに聞いている。

 

「太郎達が追いつき、防衛術式を分担したことで停止作業が再開しました。彼らがいなければ炉の破壊は不可能でした」

 

まほの声が止まる。

 

一秒。二秒。

 

「私の判断ミスです。一人で全てを処理しようとし、仲間を信じなかった。過去の失敗を繰り返しました」

 

言い切った。

 

言い訳がない。自分を守る言葉もない。ただ事実を突きつけている。

 

八坂が口を開いた。声が光の板から漏れる。

 

「だが最後には仲間へ任せた。違うかね」

 

「……はい」

 

「結果として任務は達成された。妖怪たちの救出も炉の破壊も。お前が一人で全てを成したわけではないが、お前が仲間を頼る選択をしたからこそ成った」

 

まほの膝の上に置いた手が止まる。指先が少しだけ白くなる。

 

俺は入り口の柱に寄りかかって見ていた。

 

まほは八坂の言葉を聞いている。だが視線が少し泳いだ。入り口の方へ。俺の方へ。

 

「八坂様」

 

「何だね」

 

「私は……あなたの元へ戻りたいと思っています」

 

言葉が途切れる。迷いだ。

 

「同時に、太郎の元で指揮と連携を学びたいとも思っています。彼らと戦ったことで気づきました。過去の失敗から逃げていただけだと。自分には資格がないと理由をつけて、向き合うのを避けていたのだと」

 

まほの声が少し震えた。だがすぐに消える。

 

「しかし、八坂様や妖怪勢力との関係も失いたくありません。私は……どうすれば」

 

八坂が笑った。短く。静かに。

 

「お前はまだ答えを待つ習慣があるのか」

 

まほが顔を上げた。

 

「答えは私が与えるものではない。お前が選ぶものだ。両方を選んでもいい。片方を選んでもいい。あるいは第三の道を見つけてもいい」

 

「両方を」

 

「連絡役になればいい。私と彼らの間に立って、両方の利害を調整し、両方の力を繋ぐ。それはお前の経験と立場があればこそできる役目だ」

 

まほの目が大きく開かれた。驚いている。答えを用意してもらえると思っていなかったからだ。

 

「お前の意思はどうだ。西住まほ」

 

八坂が尋ねた。名前を呼んだ。

 

まほは視線を俺へ向けた。一秒。しっかりと見た。

 

それから八坂へ向き直る。

 

「両方を選びます。あなたの元を離れません。同時に、太郎の家臣として彼らと共に戦います。連絡役として、両方の力になります」

 

「いいだろう。お前の選択を尊重しよう。ただし」

 

八坂の声が少し硬くなった。

 

「無茶はするなよ。怪我人は増やさない主義だろう」

 

「……はい。肝に銘じます」

 

光の板が消えた。通信が切れた。

 

社殿に静寂が戻る。

 

まほは動かなかった。座ったまま。膝の上の手を見ている。

 

俺は柱から背を離した。足音がする。まほが振り返る。

 

「太郎」

 

「聞こえたぞ。全部」

 

「……盗み聞きですか」

 

「入り口で聞いてただけだ。堂々と聞いてた」

 

まほが立ち上がった。右肩が動く。まだ痛むはずだ。だが顔には出さない。

 

「私の選択、聞きました」

 

「ああ」

 

「あなたの家臣になります。今回の任務に限らず、これからも」

 

「歓迎する。戦車」

 

まほの目が少しだけ細くなった。笑っているのかもしれない。よくわからない。だが拒絶ではない。

 

彼女は俺の前へ進み出た。

 

一歩。二歩。

 

間近で見るまほは、やっぱり小さい。十七歳の少女だ。だがその背中には、八人の部下を失いかけて学んだ重みと、今度は失わないと決めた覚悟がある。

 

「お手柔らかに頼みます。王様」

 

「誰に言ってるんだ。行くぞ。朝飯まだだろ」

 

俺は踵を返した。

 

まほがついてくる。足音が重なる。

 

外に出ると、絶花とあんなとソラが待っていた。

 

「終わった?」

 

「ああ。新しい家臣が増えた」

 

俺が言うと、絶花が少しだけ目を丸くした。あんなが口笛を吹く。ソラが満面の笑みで頷く。

 

「まほさん、これからよろしくお願いします!」

 

「……こちらこそ。よろしく頼む」

 

まほが頭を下げた。深く。丁寧に。

 

朝日が五人を照らしていた。

 

長い夜が、ようやく明けた。

 

社殿の柱の影から出ると、朝日が目に刺さった。

 

寝てない目に光はきつい。腕で庇を作りながら石段を降りると、まほが前へ出てきた。

 

真っ直ぐ立っている。背筋が伸びている。右肩の包帯は白い。血の跡が消えた新しいやつだ。絶花が巻き直してくれたやつだ。

 

俺の前に来て、止まった。

 

一歩の距離。間合いとしては近い。だが奇妙じゃない。昨夜あれだけ一緒に戦った距離感からすると、むしろ自然だ。

 

「太郎」

 

「何だ」

 

「任務中だけではなく、これからもあなたの家臣として戦いたいです」

 

言った。

 

真っ直ぐに。前置きなしに。まほらしい。

 

だが、俺の目を見ている視線が少しだけ揺れていた。返事を待っている。その一秒が、彼女にとって長い一秒だということがわかった。

 

八坂にはもう伝えた。だが俺にも直接言う必要があったのだ。形式じゃない。彼女自身の口で、俺に。

 

「八坂様のもとにも戻ります。連絡役として、両方の立場を繋ぎます。その上で、あなたの戦車として働きたい」

 

「条件がある」

 

「何ですか」

 

「また一人で全部背負うなよ。今夜みたいに、限界来てから助けを求めるんじゃなくて、限界来る前に頼れ」

 

まほの肩が、少しだけ下がった。

 

張っていた力が抜けたのだ。一センチか二センチ。目で見てわかるほどじゃない。だが俺の目には見えた。

 

「…はい。約束します」

 

「あと、もう一つ」

 

「まだあるんですか」

 

「飯は食え。倒れたら面倒だ」

 

「…はい」

 

今度は少しだけ口角が動いた。笑みとも呼べない微かな変化。だがまほの顔にそれが浮かんだのを、俺は初めて見た。

 

足元の魔法陣が反応した。

 

静かに。光が明滅したわけじゃない。音が鳴ったわけでもない。ただ、戦車の駒が俺の盤面の中で、まほの光点と繋がった。

 

正式な契約だ。

 

昨夜の戦闘中に受け入れた駒が、今この瞬間に完全に俺の盤面へ組み込まれた。まほの光点が鮮明になる。位置、状態、呼吸のリズムまで伝わってくるようだ。

 

「…これが正式な繋がりか」

 

まほも感じたらしい。自分の胸に手を当てて、不思議そうな顔をしている。

 

「ああ。お前は俺の戦車だ。前で受け止める役だ。覚悟しとけ」

 

「はい。よろしくお願いします、太郎」

 

頭を下げた。深く。丁寧に。

 

だが長くはない。一秒で顔を上げた。俺の目を見て、頷く。

 

「行きましょう。皆が待ってます」

 

*  *  *

 

石段を降りると、三人が待っていた。

 

絶花が腕を組んで立っている。天聖は腰に戻っている。朝日の中で、桃色の差し色が入った黒髪が風に揺れる。

 

あんなは石灯籠の土台に腰掛けたまま、何か小さな箱を膝の上に広げている。箱の中身は——ゲームだ。ボードゲームみたいに見える。

 

ソラは境内の隅で、救出した妖怪の最後の一人を見送ったところだった。小さな影が山の方へ消えていく。ソラが手を振っている。振り返して、駆け寄ってくる。

 

「まほさん!」

 

ソラの声が朝の境内に弾ける。

 

「おめでとうございます! 正式な家臣ですね!」

 

「ありがとう、ソラ」

 

まほが頷く。ソラの明るさに少しだけ圧倒されている顔だ。

 

絶花が前に出た。

 

「まほさん」

 

「絶花」

 

「怪我が治るまでは無茶しないでください。約束です」

 

「…はい。約束します」

 

絶花はそれ以上何も言わなかった。代わりに、まほの包帯を巻いた肩を一度だけ見て、頷いた。

 

あんなが石灯籠から降りてきた。膝の上の箱を持ったまま。

 

「お祝いしたいところなんだけどさ。みんな疲れてるでしょ? 丁度いいものがあるんだけど」

 

「何だそれ」

 

俺が箱を指差すと、あんなが蓋を開けた。

 

中身は——戦車ゲームだ。

 

ヘックスマップのボード。小さな戦車のコマ。地形タイル。カード。ルールブック。

 

「はぐれ魔術師のアジトから拾ってきたんだよ。施設の残骸の中にあった。趣味悪いと思わない? 自分たちが作った魔術炉の名前つけてるし」

 

「…それを遊ぶのか」

 

「せっかく勝ったんだから、戦車ゲームで戦車の実力見せてもらおうかと思って」

 

あんながまほの方を見て笑った。悪戯っぽい笑みだ。

 

まほは箱の中身を見ている。戦車のコマを一つ手に取った。

 

「…やったことはありません」

 

「大丈夫大丈夫。ルール簡単だから。三分で覚えられるよ」

 

*  *  *

 

三分では無理だった。五分かかった。

 

ルールは簡単だ。ヘックスマップ上で戦車を動かし、地形を利用して敵を撃破する。射線と視界と装甲。三つの要素を管理しながら、相手より先に相手の戦車を破壊する。

 

ソラが率先してボードを広げた。境内の平らな石畳の上にヘックスマップを置く。コマを並べる。カードを配る。

 

「わたし、こういうゲーム初めてです! 楽しそう!」

 

「ソラ、お前は何でも楽しそうって言うだろ」

 

「楽しいからです!」

 

言い返せない。

 

絶花はルールブックを真面目に読んでいる。眉間に皺が寄っている。剣術の指南書を読むみたいな顔だ。

 

「…射線の判定が複雑ですね」

 

「慣れると直感でわかるよ。たぶん」

 

あんなが自信なさげに言う。おい。

 

まほは黙ってボードを見ていた。ルールブックを一通り読み終えた後、戦車のコマを指先で転がしている。何か考えている顔だ。

 

「始めよう」

 

俺が言った。

 

配置はランダムだ。あんなが地形タイルを裏向きに並べ、めくって配置を決める。山あり、森あり、平地あり、川あり。

 

俺の戦車は平地の真ん中に置かれた。最悪だ。遮蔽物がない。一ターンで射抜かれる。

 

絶花は森の中。悪くない。

 

あんなは丘の上。射線は通るが遮蔽も利く。

 

ソラは川の向こう。渡河に手間取る位置だ。

 

そしてまほは——

 

「…あんた、何でそこに置いたの」

 

あんなが驚いた声を出した。

 

まほの戦車は、マップの中央にある廃墟タイルの裏側に配置されていた。射線は通らない。だが廃墟の窓から一本だけ射線が通る。その射線上に、俺の戦車がいる。

 

「ここしかありませんか」

 

「いや、ここしかないのは正解だと思うけど。初めてなのにそれわかるの」

 

「地形を見ればわかります」

 

まほが平板に言った。

 

嘘だろ。こいつ初めてだよな。

 

第一ターン。

 

俺は動いた。平地から森へ逃げ込む。遮蔽を取らないと一瞬で終わる。

 

まほは動かなかった。廃墟の中で待機。

 

絶花は森の中を移動した。音もなく。ゲームの中で音が出るわけないが、絶花の戦車は森の中を移動するたびに最短距離を選んでいる。剣士の間合いの感覚がそのまま適用されている。

 

あんなは丘の上からソラへ撃った。命中。ソラの戦車の装甲が一枚剥がれる。

 

「あうっ! あんなさん容赦ないです!」

 

「ごめんごめん。でもゲームだからね」

 

ソラは川を渡り始めた。二ターンかかる。その間は無防備だ。

 

第二ターン。

 

俺は森の中で構えを変えた。射線を確保しつつ遮蔽を維持する位置だ。

 

まほが動いた。

 

廃墟の窓から、一マスだけ前へ出た。射線が一本増える。その射線上に——絶花の戦車がいた。

 

「あ」

 

絶花の声が小さかった。

 

まほの射撃。命中。絶花の装甲が一枚剥がれる。

 

「まほさん、私の位置最初から見えてたんですか」

 

「森の配置と、あなたの移動方向から推測しました。絶花は最短距離を選ぶ癖があります。剣術と同じです」

 

「…癖」

 

絶花が複雑な顔をしている。

 

第三ターン。

 

俺は森の中で待機した。動くと射線が漏れる。だが待機してもジリ貧だ。まほの廃墟は堅い。

 

あんなが丘からまほの廃墟へ撃った。遮蔽で弾かれる。

 

「やっぱり硬い。廃墟の装甲値高いね」

 

「高いです」

 

まほが淡々と答える。

 

ソラが川を渡り終えた。森の中へ入る。あんなの背面へ回る動きだ。

 

「ソラ、背面取られそうだよ」

 

「わかってます。でも背面を取るには森を抜けなきゃいけない。その間にわたしが撃つ」

 

「計算してるじゃん」

 

「ヒーローは先を読むものです!」

 

第四ターン。

 

まほが動いた。

 

廃墟から出た。

 

出た。

 

全員が止まった。

 

「え、まほさん出るの?」

 

あんなが驚いている。廃墟は堅い。出る理由がない。

 

だがまほは出た。一マス。廃墟のすぐ横。射線が三本通る位置だ。俺、あんな、ソラの三方向から撃てる。

 

だが——。

 

「あ」

 

俺が気づいた。

 

まほの戦車は、廃墟の角にいる。射線は三本通る。だがその三本の射線は、全て交差している。交差点に、あんなの戦車がある。

 

つまり、まほへ撃とうとすると、あんなの射線を塞ぐ。あんなが撃とうとすると、俺の射線を塞ぐ。

 

「こいつ…」

 

「射線の交差点に自分を置きました。三人同時に撃てません」

 

まほが言った。無表情のまま。

 

その通りだ。俺が撃てばあんなの射線を遮る。あんなが撃てば俺の射線を遮る。ソラは森の中で位置がずれているが、ソラの射線も絶花の残骸に遮られている。

 

五人が一人ずつしか撃てない状況で、まほは三人の射線を一本ずつに減らした。

 

第五ターン。

 

俺は撃った。まほの装甲が一枚剥がれる。

 

まほは撃ち返さなかった。俺じゃなくて、あんなへ撃った。命中。あんなの装甲が残り一枚になる。

 

「なんで私!?」

 

「丘の上は射線が広い。放置すれば一番危険です」

 

「論理的すぎない?」

 

あんなが悲鳴に近い声を出す。

 

絶花が森から飛び出した。まほの背面へ回る動き。だが——。

 

「絶花、そこは川の浅瀬です。移動力が半減します」

 

「知ってます」

 

「知ってるなら、次のターンで私が振り向く前に撃てますよ」

 

絶花が止まった。計算している。一秒。二秒。

 

「…確かに。間に合わない」

 

絶花が森へ戻った。

 

第六ターン。

 

ソラが動いた。森の中を一気に抜けて、まほの側面へ出る。勇んで。

 

「今こそヒーローの出番です!」

 

「ソラ、そのマスは——」

 

まほが言い終わる前に、ソラが撃った。命中。まほの装甲が残り一枚になる。

 

「やった——」

 

「そのマスは高低差があります。次のターン、あなたの戦車は移動できません」

 

「…え?」

 

ソラの戦車が固定された。

 

まほが振り向いた。ソラへ。撃つ。命中。ソラの戦車が破壊された。

 

「あううう…」

 

ソラが膝に顔を埋める。

 

第七ターン。

 

俺とあんなと絶花。残り三人。まほは装甲一枚。

 

三対一。負けるわけがない。

 

と思った。

 

まほが動いた。廃墟の中へ戻る。一マス。射線が一本に減る。俺からの射線だけ。

 

「太郎、撃って」

 

あんなが言う。だが俺が撃てば、まほは廃墟の装甲で受ける。俺の弾数は残り二発。

 

「待て。弾切れを起こす」

 

「じゃあ私が——」

 

「お前も残り二発だろ」

 

「…そうだった」

 

絶花が森の中で動いた。廃墟の別の窓へ射線を通そうとする。だが——。

 

「絶花、その角度では窓が見えません。廃墟の壁面が遮蔽になります」

 

「…くそっ」

 

絶花が歯を噛む。ゲームで舌打ちする剣士は珍しい。

 

第八ターン。

 

まほが動いた。

 

廃墟の窓から、俺へ撃った。

 

命中。

 

俺の装甲が残り一枚になる。

 

「太郎!」

 

絶花が叫ぶ。

 

「落ち着け。まだ生きてる」

 

だが状況は最悪だ。俺は装甲一枚。あんなも装甲一枚。絶花は装甲二枚だが射線が通らない位置にいる。

 

まほは廃墟の中で装甲一枚。堅い位置にいる。

 

三対一で負けている。

 

第九ターン。

 

あんなが動いた。丘を降りる。廃墟の側面へ回り込む動き。だが——。

 

「あんな、そこは平地です。射線が通ります」

 

まほが言った瞬間、窓から撃った。

 

命中。

 

あんなの戦車が破壊された。

 

「うそでしょ…」

 

あんなが石灯籠の土台に背を預けて天を仰いだ。

 

残り二人。俺と絶花。

 

まほは廃墟の中。装甲一枚。だが位置が堅い。

 

「太郎、どうしますか」

 

絶花が森の中で俺を見た。桃色の瞳が真剣だ。ゲームでここまで真剣な顔をするな。

 

「…一つだけある」

 

「何ですか」

 

「お前が森から飛び出して廃墟の正面へ出る。そうすれば俺とお前の二方向から撃てる。あいつは一本しか遮れない」

 

「私が囮になります」

 

「お前の装甲は二枚だ。一発は耐えられる」

 

「わかりました」

 

絶花が動いた。森から飛び出す。廃墟の正面へ。

 

まほの射線が絶花へ向く。

 

「絶花、無駄です」

 

「無駄じゃないです。太郎の射線を作るためです」

 

絶花が撃った。命中。まほの装甲が——割れた。

 

「あと一枚」

 

まほの声が初めて硬くなった。

 

だが、まほは絶花に撃ち返さなかった。

 

俺へ撃った。

 

命中。

 

俺の戦車が破壊された。

 

「太郎!」

 

絶花が叫ぶ。残りは絶花一人。装甲二枚。まほは装甲一枚。廃墟の中。

 

一対一。

 

「…まだ終わってない」

 

絶花が構え直した。ゲームのコマを握る指に力が入っている。

 

だがまほが動いた。

 

廃墟から出た。

 

出たのだ。

 

「なんでまた出るんですか!」

 

絶花が叫ぶ。

 

「あなたの射線は一本です。私の射線も一本です。廃墟の中にいればあなたの射線を壁で遮れる。ですが、出ればあなたの射線を正面から受けられます」

 

「それじゃあ——」

 

「私は撃ちます。あなたより先に」

 

まほが撃った。

 

命中。

 

絶花の装甲が一枚になる。

 

絶花が撃った。

 

命中。

 

まほの最後の装甲が——割れた。

 

同時だ。両方とも残りゼロ。

 

「…引き分け?」

 

絶花が信じられない顔をしている。

 

「いいえ」

 

まほが盤面を指差した。

 

「私の射撃が先です。ターン順序では私が先手です」

 

「…まさか最初からターン順序まで計算してたんですか」

 

「当然です」

 

境内に沈黙が落ちた。

 

あんなが天を仰いだまま動かない。ソラは膝に顔を埋めたままぐずぐず言っている。絶花は盤面を見つめたまま硬直している。

 

まほは無表情だった。

 

コマを箱に戻す手つきが淡々としている。

 

「…まほ」

 

「はい」

 

「お前、本当に初めてか」

 

「初めてです」

 

「嘘だろ」

 

「嘘ではありません。地形と射線と配置を見れば、最適手は一つに絞られます。戦場と同じです」

 

戦場と同じ。

 

こいつ、ゲーム盤を戦場だと思って動いていたのか。

 

絶花が呻いた。

 

「まほさん、強すぎます…」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてないです」

 

「そうですか」

 

あんなが天から顔を戻した。

 

「ねえ太郎。この人、戦車でしょ? 戦車ゲームで無敗ってどうなの」

 

「知るかよ」

 

ソラが顔を上げた。青い瞳が潤んでいる。

 

「まほさん強いです! さすが戦車です! ヒーローみたいです!」

 

「ゲームでヒーローは言い過ぎでは」

 

「ヒーローです!」

 

まほが困った顔をした。初めて見る表情だ。困るというより、褒められてどう反応していいかわからない顔だ。

 

俺は石段に座り直した。

 

朝日が暖かい。風が吹く。杉の葉が擦れる音。虫の声。鳥の鳴き声。

 

全員ここにいる。

 

五人。

 

血と泥と包帯の匂いは消えていない。疲労は残っている。肩の傷はまだ癒えていない。

 

だが、この境内に五人の笑い声が——いや、ソラの叫び声と絶花の呻き声とあんなの天を仰ぐ声とまほの無表情が、朝の光の中にあった。

 

長い夜だった。

 

だが夜は明けた。

 

「腹減ったな」

 

俺が言うと、絶花が立ち上がった。

 

「コンビニ行きます。何か買ってきます」

 

「パン三つとお茶」

 

「わたしも行きます! お菓子買いたいです!」

 

ソラが跳ねるように立ち上がった。

 

「あんなは何かいるか」

 

「コーヒー。ブラック。砂糖なし」

 

「苦いの飲めるの?」

 

「太郎に言われたくないけどね」

 

二人が石段を降りていく。

 

あんなが後ろからついていく。まほは残った。

 

「太郎」

 

「何だ」

 

「ありがとうございます」

 

「またその言葉か」

 

「何度でも言います」

 

まほが隣に座った。石段に。肩が触れるか触れないかの距離。

 

弓は持っていない。地面に置いている。右肩の包帯だけが、昨夜の全てを残している。

 

「太郎。一つ聞いていいですか」

 

「何だ」

 

「王様になるって、本当ですか」

 

「ああ。なるさ」

 

「どうして」

 

「なりたいからだろ。理由なんてそれでいい」

 

まほが俺を見た。二秒。

 

頷いた。

 

「じゃあ、私はその王の戦車です。前で止めます。後ろは任せます」

 

「ああ。頼む」

 

朝の光が境内を照らしていた。

 

石段に座る二人の影が、長く延びていた。

 

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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