凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
岸姉妹と下校した翌日のことだった。
「放課後、久しぶりに下校しませんか。その前に、あの空き教室へ来てほしいです」
と俺の元にダイレクトメッセージが届いていた。
ベッドで起床して間もなくのことで、寝ぼけていた頭が急に水を掛けられたように冴えてしまった。
差出人の名前を見るに、行く気はどうにも起きない。
起きないが、行かなければとんでもなく嫌なことが起きそうに思い、到底放置できない気持ち悪さが俺の心の中で
「わかった」
とだけ相手には返答した後、朝食を摂りに一階へゆっくり下りていった。
学校にて放課後を迎え、いつもなら下駄箱へ向かう足を今日はちょっとばかし方向を変え、空き教室の方へ向かう。
一学期のときは奄美先輩との打合せに使うため通っていた部屋でもあり、迷うことなく辿り着いた。
しかし、足取りはどうにも軽くならなかった。
空き教室の扉が閉まっていたので、少し静かに扉を引く。
「……お久しぶりです。胡星先輩」
そこには今朝のメッセージの差出人である、葵が待っていた。
「……クリスマスのとき以来か」
「ええ」
それ以外に掛ける言葉も見つからず、葵からの話をじっと待っていた。
やがて、葵の方から話が切り出された。
「春野先輩から聞きました。告白のこと」
「そうか」
春野も葵の告白の件を俺から聞き出していた。
きっとフェアになるように、自分から話したのだろう。
「春野先輩、言ってましたよ。貴方のこと、たった一度の告白程度で諦めないって」
「そうか」
奇遇だな。俺もそんな精神強靭な宣言を
「それを聞いて、バカバカしくなっちゃいましたよ。あの日からずっと胡星先輩を避けてた、自分自身が」
そうか、とはなぜか返せる気になれなかった。
「あんな人が近くにいるなら、いつまでも受け身で待ってられない、じゃないですか」
誰の何を、待つのか。
その全てを知っている俺は、葵の話をただじっと聞いていた。
「私も胡星先輩に振り向いてもらえるように、頑張るしかないじゃないですか」
葵は、泣いていた。
蛇口の蓋を開け放したように、彼女の目から涙が次から次へと流れ落ちていた。
……そんな結論に至るまで、葵はどういう胸中でクリスマスから今日までを過ごしてきたのだろうか。
どういった感情が去来し、悩み苦しんだのだろうか。
葵には大変申し訳ないが、似たような感情を味わったことのない俺に窺い知ることはできなかった。
想像さえ付かなかった。
「ねえ、先輩」
「ああ」
「やっぱり、今でも気持ちは変わんないですか」
「ああ」
どうあっても、俺の意向は揺るがない。
葵や春野に対していくら罪悪感があろうとも、俺は俺の願望を優先するまでだ。
「フフ……先輩、らしい、ですね」
ここで葵が下を向き、手で目の辺りをしっかりと拭う。
「いいです、よ。それなら、わ、私、も。春野、先輩、にも……胡星、先輩、にも……負けません……から!」
途切れ途切れになり、それでも命懸けのごとく、ひたすらに俺へ伝えようとする葵。
俺はそんな葵の姿勢を、ただ受け入れる他、なかった。
ムダだからやめろ、と止められる気は全くしなかった。
……コイツもまた、主人公並に諦めの悪い奴だとは思わなかったな。
俺は自身のことを、春野や葵と釣り合う存在とは全く思えないが。
そしてそれは、今後も変わることがないのだが。