らいぶ・ざ・ろっく   作:後藤のアトリエ

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♯12「ぼきゅん」

 ――――ライブハウス〚STARRY〛

 

「うわぁ……」

 

 後藤ひとりは息を呑んだ。

 階段を降りた先に広がるのは、動画サイトで何度も見たことのあるライブハウスの内装。ステージ、スピーカー、照明機材、そして無数のケーブル。暗がりの中に浮かび上がるそれらの機材は、まるで聖域のような神々しささえ感じられた。

 

「どう? いいでしょー!」

 

 伊地知虹夏の得意気な声に後藤ひとりは無言で頷く。言葉にできない。できるはずがない。

 

(これが、これがライブハウス……!)

 

 配信越しでしか見たことのない世界が目の前に広がっている。足が震える。心臓が早鐘を打つ。

 

「ひとりちゃーん、どうしたの? 顔真っ青だよ?」

「あ、あの、いえ、その……すごく、すごくて」

 

 語彙力が小学生レベルまで退行していく。

 

「リアルなライブハウスは初めて?」

 

 こくこくと頷く後藤ひとり。

 

「そうよねー、なかなか来る機会ないもんね。でもひとりちゃん、すっごくギター上手いんでしょ? 喜多ちゃんから聞いたよ!」

「え"っ」

 

 濁点付きの声が出る。

 

(ちょ、き、喜多さん!?)

 

 急激に血の気が引いていく。身バレの恐怖が脳裏をよぎる。

 

「あ、あの、ギターはその、趣味程度で……」

「あ、お姉ちゃんに紹介しなきゃ!」

 

 伊地知虹夏に促され、4人は奥へ向かった。

 

(助かった……)

 

 助かっていないのである。むしろこれから。

 

 

******……

 

 

 

 カウンターの向こうから現れたのは、金髪をポニーテールにまとめた大人の女性だった。伊地知虹夏とよく似た顔立ちだが、雰囲気はより落ち着いている。

 

「お疲れさま〜。あ、新しい顔だね」

 

 店長――――伊地知星歌は後藤ひとりを見て軽く手を上げる。

 

「お姉ちゃん、紹介するね。こちら後藤ひとりちゃん! 喜多ちゃんの友達でギターがとっても上手いんだって!」

「へ、へろー……じゃなくて、は、初めまして」

 

 ガチガチに緊張しながら頭を下げる後藤ひとり。

 

「よろしく。で、どのくらい弾けるんだ?」

「え、えーと、その……」

 

 どう答えていいかわからない。『毎日6時間練習してます』『動画投稿もしてます』『実は配信者です』どれも言えない。

 

「後藤さんはとても上手よ! 私なんて3週間教えてもらっても全然追いつけないくらい!」

 

 喜多がフォローしてくれる。

 

「ほう、3週間でそこまで上達させるって相当な腕前だな」

 

 星歌の視線が後藤ひとりに向けられる。

 

(うわぁぁああ、鋭い目で見られてる……!)

 

 その時、カウンターの上に置かれていたスマートフォンが振動した。

 

「あ、通知……ん?」

 

 星歌がスマートフォンを手に取る。

 

「ギターヒーローか。珍しい時間だな」

「え?」

 

 後藤ひとりの顔が真っ青になる。

 

「知ってるの? お姉ちゃん」

「ああ、最近よく見てる。結構うまいギタリストなんだ」

 

(あ”あ”あ”! 予約投稿してたの忘れてだあ”あ”! やばいやばいやばい……!)

 

 心臓が爆発しそうになる。ぼきゅん。

 

「あ、投稿動画だ。『Rolling Alone』……これ、うちでやる予定の曲じゃないか」

「え?」

 

 喜多の声が裏返る。

 

「ほら、お前らがライブでやろうとしてた曲だよ。作詞作曲ギターヒーローって書いてあるな」

「ま、まさか……」

 

 山田リョウが呟く。

 

「リョウ、どうしたの?」

「虹夏、ちょっと音出してみて」

 

 言われるがまま、星歌がスマートフォンの音量を上げる。

 ーーーー♪

 後藤ひとり作詞作曲の『Rolling Alone』が流れ始める。

 

「……これ」

 

 山田リョウの目が見開かれる。

 

「私たちがライブでやろうとしてた曲……」

「同じメロディ……」

 

 気まずい沈黙が流れる。後藤ひとりは冷や汗をかきながら必死に考える。

 

(どうしよう、どうしよう……でも、でもまだバレてない! まだ言い逃れできる!)

 

「あ、あの……その曲、私も知ってます。すごく有名ですよね」

 

 震え声で嘘をつく。

 

「そ、そうなの?」

 

 喜多が困惑する。

 

「え、ええ。ギターヒーローさんの代表曲ですし……私もコピーして弾いたことあります」

 

 自分の曲を自分でコピーしたと言う謎の状況に陥る後藤ひとり。

 

「へー、じゃあ弾いてみてよ」

 

 星歌がアコースティックギターを差し出す。

 

「え"っ!?」

「せっかくだし、聞かせてよ」

 

(うわあああ、自分の曲を自分で弾いて『コピーです』って言わなきゃいけないなんて!)

 

 この状況はあまりにもシュールすぎる。

 

「あ、あの、人前で弾くのは緊張して……」

「大丈夫大丈夫、みんな身内だから」

 

 伊地知虹夏が励ます。

 

「そ、そうですね……じゃあ、少しだけ」

 

 後藤ひとりは震える手でギターを受け取る。そして、自分で作った曲を『コピー』として演奏することになった。

 

 ーーーー♪

『Rolling Alone』のイントロが響く。緊張していたはずなのに、ギターを持った瞬間、いつもの後藤ひとりに戻る。指が勝手に動く。音が生まれる。

 

「すご……」

「うますぎない?」

「本家そっくり……というか、本家より上手いかも」

 

 4人が驚嘆の声を上げる。後藤ひとりは内心複雑だった。

 

(当たり前だよ! 本人だもん!)

 

 曲が終わると、拍手が響く。

 

「すげーな。プロレベルじゃん」

 

 星歌が感心する。

 一方、後藤ひとりは心の中で絶叫していた。

 

「でも不思議。演奏の癖というか、感じがギターヒーローさんにそっくり」

 

 山田リョウが首をかしげる。

 

「そ、そうですか? そんなつもりはないんですけど……」

 

 冷や汗がダラダラと流れる。

 

「まあ、上手い人の演奏を聞いて真似してると、自然と似てくるものかもね」

 

 星歌がフォローしてくれる。

 

(助かった……!)

 

 その時、喜多が何かを思い出したように手を叩いた。

 

「そうだ! ギターヒーローさんって、最近初心者の女の子にギターを教える配信やってるのよね」

「ああ、それ私も見たことある。GOって子だろ?」

 

 星歌が反応する。

 

「そうそう! その子の声、私にそっくりなの!」

 

 喜多が嬉しそうに言う。後藤ひとりの顔が青ざめる。

 

「へ、へー……偶然ですね」

「でしょ? もしかして私の分身なのかもって思ったくらい」

 

 分身どころか本人だと後藤ひとりは心の中でツッコむ。

 

「ねえねえ、今度一緒にその配信見ない? 後藤さんも興味あるでしょ?」

「あ、あはは……そうですね」

 

 自分の配信を一緒に見るという地獄のような状況を想像して、後藤ひとりは震え上がった。

 

(き、喜多さん? ……味方だよね?)

 

「それより」

 

 伊地知虹夏が手を叩く。

 

「せっかくだからスタジオ使ってみない? 喜多ちゃんも練習したいでしょ?」

「あ、それいいですね」

 

 喜多が頷く。

 

「じゃあ準備しようか。リョウ、機材セッティングお願い」

「了解」

 

 山田リョウが立ち上がる。

 

「一緒にやる?」

「え、あの、私は見学で……」

「せっかくだから一緒にやろうよ! 後藤さんがいてくれた方が心強いわ」

 

 喜多に頼まれて、断れない後藤ひとり。

 

「わ、分かりました……」

 

 こうして、後藤ひとりは人生初のバンド練習に参加することになった。

 

 

 

******……

 

 

 

 スタジオに移動すると、本格的な機材が揃っていた。ドラムセット、ベースアンプ、ギターアンプ、マイク。配信でしか見たことのない光景が目の前にある。

 

「わあ……」

 

 後藤ひとりは再び感動する。

 

「じゃあ、まずは音作りから。ひとりちゃん、ギターアンプ使ったことある?」

「あ、あります……少しだけ」

 

 実際は配信用の機材で散々いじり倒しているが、そんなことは言えない。

 

「じゃあお任せするね」

 

 後藤ひとりは慣れた手つきでセッティングを始める。

 

「……なんか手慣れてない?」

 

 山田リョウが疑問を呈する。

 

「ど、動画で勉強したので……」

 

(むしろ私が投稿してる側なんだよぉ!)

 

 心の中で叫びながらも、手は止まらない。

 

「音出しするよー」

 

 伊地知虹夏がドラムスティックを構える。

 

「じゃあ軽く合わせてみようか。何か簡単な曲で」

「みんなが知ってる曲……」

 

 山田リョウがベースを構える。

 

「あ、そうだ。ギターヒーローさんの『ひとりぼっちエンドロール』はどう?」

 

 喜多が提案する。

 後藤ひとりは凍りつく。

 

(自分の曲を自分で弾いて、また『コピーです』って言わなきゃいけないの!?)

 

 この日何度目かのシュールな状況に陥る。

 

「ひとりちゃん、知ってる?」

「あ、え、ええ……有名ですから」

 

 震え声で答える。

 

「じゃあ決まりね。せーの」

 

 伊地知虹夏がカウントを取る。

 

 ーーーー♪

 今度は『ひとりぼっちエンドロール』の演奏が始まる。自分で作った曲を、バンド形式で演奏するのは初めてだった。

 

(こんな感じになるんだ……)

 

 ドラム、ベース、ギターが重なり合って、いつもとは違う厚みのある音になる。新鮮な驚きがあった。

 

「いいじゃん!」

 

 伊地知虹夏が叫ぶ。

 

「後藤さん、やっぱりすごく上手いわ」

 

 喜多が嬉しそうに言う。

 

「ありがとうございます……」

 

 複雑な気持ちで返事をする後藤ひとり。

 

「でも本当に不思議」

 

 山田リョウが呟く。

 

「何が?」伊地知虹夏が首をこてんとかしげる。

「ギターヒーローの演奏にそっくりなんだよね。まるで本人みたい」

 

 ドキッとする後藤ひとり。

 

「……そ、そんなことないですよ」

「いや、マジで似てる。特にこの曲の間奏部分とか、本家と全く同じフレーズだった」

 

 山田リョウの観察眼は鋭い。このままでは本当にバレてしまう。

 

「あ、あの、トイレ……」

 

 後藤ひとりは慌ててスタジオから出る。

 

(やばい、やばすぎる! このままじゃ絶対バレる!)

 

 廊下で一人になって、ようやく落ち着ける。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 息が荒い。心臓がバクバクしている。

 

(どうしよう……もう限界かも)

 

 その時、スマートフォンが振動した。配信アプリからの通知だ。

 

『そろそろ定期配信の時間ですが、配信されますか?』

 

 定期配信。いつもなら迷わず配信を始めているが、今日は状況が特殊すぎる。

 (今日はさすがにやめておこうかな)

 

 慌ただしい足音が近づいてくる。

 

 




喜多ちゃんの堂々としていればバレない理論
後藤ひとりは気づけるのか!? 明日はどっちだ!?

作者にもわからんです(^q^)
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