らいぶ・ざ・ろっく 作:後藤のアトリエ
――――ライブハウス〚STARRY〛
「うわぁ……」
後藤ひとりは息を呑んだ。
階段を降りた先に広がるのは、動画サイトで何度も見たことのあるライブハウスの内装。ステージ、スピーカー、照明機材、そして無数のケーブル。暗がりの中に浮かび上がるそれらの機材は、まるで聖域のような神々しささえ感じられた。
「どう? いいでしょー!」
伊地知虹夏の得意気な声に後藤ひとりは無言で頷く。言葉にできない。できるはずがない。
(これが、これがライブハウス……!)
配信越しでしか見たことのない世界が目の前に広がっている。足が震える。心臓が早鐘を打つ。
「ひとりちゃーん、どうしたの? 顔真っ青だよ?」
「あ、あの、いえ、その……すごく、すごくて」
語彙力が小学生レベルまで退行していく。
「リアルなライブハウスは初めて?」
こくこくと頷く後藤ひとり。
「そうよねー、なかなか来る機会ないもんね。でもひとりちゃん、すっごくギター上手いんでしょ? 喜多ちゃんから聞いたよ!」
「え"っ」
濁点付きの声が出る。
(ちょ、き、喜多さん!?)
急激に血の気が引いていく。身バレの恐怖が脳裏をよぎる。
「あ、あの、ギターはその、趣味程度で……」
「あ、お姉ちゃんに紹介しなきゃ!」
伊地知虹夏に促され、4人は奥へ向かった。
(助かった……)
助かっていないのである。むしろこれから。
******……
カウンターの向こうから現れたのは、金髪をポニーテールにまとめた大人の女性だった。伊地知虹夏とよく似た顔立ちだが、雰囲気はより落ち着いている。
「お疲れさま〜。あ、新しい顔だね」
店長――――伊地知星歌は後藤ひとりを見て軽く手を上げる。
「お姉ちゃん、紹介するね。こちら後藤ひとりちゃん! 喜多ちゃんの友達でギターがとっても上手いんだって!」
「へ、へろー……じゃなくて、は、初めまして」
ガチガチに緊張しながら頭を下げる後藤ひとり。
「よろしく。で、どのくらい弾けるんだ?」
「え、えーと、その……」
どう答えていいかわからない。『毎日6時間練習してます』『動画投稿もしてます』『実は配信者です』どれも言えない。
「後藤さんはとても上手よ! 私なんて3週間教えてもらっても全然追いつけないくらい!」
喜多がフォローしてくれる。
「ほう、3週間でそこまで上達させるって相当な腕前だな」
星歌の視線が後藤ひとりに向けられる。
(うわぁぁああ、鋭い目で見られてる……!)
その時、カウンターの上に置かれていたスマートフォンが振動した。
「あ、通知……ん?」
星歌がスマートフォンを手に取る。
「ギターヒーローか。珍しい時間だな」
「え?」
後藤ひとりの顔が真っ青になる。
「知ってるの? お姉ちゃん」
「ああ、最近よく見てる。結構うまいギタリストなんだ」
(あ”あ”あ”! 予約投稿してたの忘れてだあ”あ”! やばいやばいやばい……!)
心臓が爆発しそうになる。ぼきゅん。
「あ、投稿動画だ。『Rolling Alone』……これ、うちでやる予定の曲じゃないか」
「え?」
喜多の声が裏返る。
「ほら、お前らがライブでやろうとしてた曲だよ。作詞作曲ギターヒーローって書いてあるな」
「ま、まさか……」
山田リョウが呟く。
「リョウ、どうしたの?」
「虹夏、ちょっと音出してみて」
言われるがまま、星歌がスマートフォンの音量を上げる。
ーーーー♪
後藤ひとり作詞作曲の『Rolling Alone』が流れ始める。
「……これ」
山田リョウの目が見開かれる。
「私たちがライブでやろうとしてた曲……」
「同じメロディ……」
気まずい沈黙が流れる。後藤ひとりは冷や汗をかきながら必死に考える。
(どうしよう、どうしよう……でも、でもまだバレてない! まだ言い逃れできる!)
「あ、あの……その曲、私も知ってます。すごく有名ですよね」
震え声で嘘をつく。
「そ、そうなの?」
喜多が困惑する。
「え、ええ。ギターヒーローさんの代表曲ですし……私もコピーして弾いたことあります」
自分の曲を自分でコピーしたと言う謎の状況に陥る後藤ひとり。
「へー、じゃあ弾いてみてよ」
星歌がアコースティックギターを差し出す。
「え"っ!?」
「せっかくだし、聞かせてよ」
(うわあああ、自分の曲を自分で弾いて『コピーです』って言わなきゃいけないなんて!)
この状況はあまりにもシュールすぎる。
「あ、あの、人前で弾くのは緊張して……」
「大丈夫大丈夫、みんな身内だから」
伊地知虹夏が励ます。
「そ、そうですね……じゃあ、少しだけ」
後藤ひとりは震える手でギターを受け取る。そして、自分で作った曲を『コピー』として演奏することになった。
ーーーー♪
『Rolling Alone』のイントロが響く。緊張していたはずなのに、ギターを持った瞬間、いつもの後藤ひとりに戻る。指が勝手に動く。音が生まれる。
「すご……」
「うますぎない?」
「本家そっくり……というか、本家より上手いかも」
4人が驚嘆の声を上げる。後藤ひとりは内心複雑だった。
(当たり前だよ! 本人だもん!)
曲が終わると、拍手が響く。
「すげーな。プロレベルじゃん」
星歌が感心する。
一方、後藤ひとりは心の中で絶叫していた。
「でも不思議。演奏の癖というか、感じがギターヒーローさんにそっくり」
山田リョウが首をかしげる。
「そ、そうですか? そんなつもりはないんですけど……」
冷や汗がダラダラと流れる。
「まあ、上手い人の演奏を聞いて真似してると、自然と似てくるものかもね」
星歌がフォローしてくれる。
(助かった……!)
その時、喜多が何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ! ギターヒーローさんって、最近初心者の女の子にギターを教える配信やってるのよね」
「ああ、それ私も見たことある。GOって子だろ?」
星歌が反応する。
「そうそう! その子の声、私にそっくりなの!」
喜多が嬉しそうに言う。後藤ひとりの顔が青ざめる。
「へ、へー……偶然ですね」
「でしょ? もしかして私の分身なのかもって思ったくらい」
分身どころか本人だと後藤ひとりは心の中でツッコむ。
「ねえねえ、今度一緒にその配信見ない? 後藤さんも興味あるでしょ?」
「あ、あはは……そうですね」
自分の配信を一緒に見るという地獄のような状況を想像して、後藤ひとりは震え上がった。
(き、喜多さん? ……味方だよね?)
「それより」
伊地知虹夏が手を叩く。
「せっかくだからスタジオ使ってみない? 喜多ちゃんも練習したいでしょ?」
「あ、それいいですね」
喜多が頷く。
「じゃあ準備しようか。リョウ、機材セッティングお願い」
「了解」
山田リョウが立ち上がる。
「一緒にやる?」
「え、あの、私は見学で……」
「せっかくだから一緒にやろうよ! 後藤さんがいてくれた方が心強いわ」
喜多に頼まれて、断れない後藤ひとり。
「わ、分かりました……」
こうして、後藤ひとりは人生初のバンド練習に参加することになった。
******……
スタジオに移動すると、本格的な機材が揃っていた。ドラムセット、ベースアンプ、ギターアンプ、マイク。配信でしか見たことのない光景が目の前にある。
「わあ……」
後藤ひとりは再び感動する。
「じゃあ、まずは音作りから。ひとりちゃん、ギターアンプ使ったことある?」
「あ、あります……少しだけ」
実際は配信用の機材で散々いじり倒しているが、そんなことは言えない。
「じゃあお任せするね」
後藤ひとりは慣れた手つきでセッティングを始める。
「……なんか手慣れてない?」
山田リョウが疑問を呈する。
「ど、動画で勉強したので……」
(むしろ私が投稿してる側なんだよぉ!)
心の中で叫びながらも、手は止まらない。
「音出しするよー」
伊地知虹夏がドラムスティックを構える。
「じゃあ軽く合わせてみようか。何か簡単な曲で」
「みんなが知ってる曲……」
山田リョウがベースを構える。
「あ、そうだ。ギターヒーローさんの『ひとりぼっちエンドロール』はどう?」
喜多が提案する。
後藤ひとりは凍りつく。
(自分の曲を自分で弾いて、また『コピーです』って言わなきゃいけないの!?)
この日何度目かのシュールな状況に陥る。
「ひとりちゃん、知ってる?」
「あ、え、ええ……有名ですから」
震え声で答える。
「じゃあ決まりね。せーの」
伊地知虹夏がカウントを取る。
ーーーー♪
今度は『ひとりぼっちエンドロール』の演奏が始まる。自分で作った曲を、バンド形式で演奏するのは初めてだった。
(こんな感じになるんだ……)
ドラム、ベース、ギターが重なり合って、いつもとは違う厚みのある音になる。新鮮な驚きがあった。
「いいじゃん!」
伊地知虹夏が叫ぶ。
「後藤さん、やっぱりすごく上手いわ」
喜多が嬉しそうに言う。
「ありがとうございます……」
複雑な気持ちで返事をする後藤ひとり。
「でも本当に不思議」
山田リョウが呟く。
「何が?」伊地知虹夏が首をこてんとかしげる。
「ギターヒーローの演奏にそっくりなんだよね。まるで本人みたい」
ドキッとする後藤ひとり。
「……そ、そんなことないですよ」
「いや、マジで似てる。特にこの曲の間奏部分とか、本家と全く同じフレーズだった」
山田リョウの観察眼は鋭い。このままでは本当にバレてしまう。
「あ、あの、トイレ……」
後藤ひとりは慌ててスタジオから出る。
(やばい、やばすぎる! このままじゃ絶対バレる!)
廊下で一人になって、ようやく落ち着ける。
「はぁ、はぁ……」
息が荒い。心臓がバクバクしている。
(どうしよう……もう限界かも)
その時、スマートフォンが振動した。配信アプリからの通知だ。
『そろそろ定期配信の時間ですが、配信されますか?』
定期配信。いつもなら迷わず配信を始めているが、今日は状況が特殊すぎる。
(今日はさすがにやめておこうかな)
慌ただしい足音が近づいてくる。
喜多ちゃんの堂々としていればバレない理論
後藤ひとりは気づけるのか!? 明日はどっちだ!?
作者にもわからんです(^q^)