「ナヴィアは、太陽みたいね〜。ナヴィアがいるだけで、一気に場が明るくなる感じがするわ〜」
彼女の言葉は、ありふれたものだった。ナヴィアに対してそう評する者も、少なくはない。
けれど、まるで雪みたいな珍しい白い目が、柔い光を灯していたのを見て、ナヴィアは興味を惹かれた。長くて量の多い白いまつ毛が、ほんの少し目の下に影を作る。顔立ちは特段美しいわけではないが、不思議と儚い雰囲気を醸し出している。
ここまで純粋で潔白の象徴のような、白い優しい瞳が存在するのかと、ほんの少しだけ驚いた。
だからこそ、ナヴィアは誘ったのだ。彼女と友達になりたい、その一心で。
「お詫びに今度、何かご馳走するよ! ロゼはいつ空いてる?」
裁判は、問題なく進んだ。
リリアが原始胎海の水をかけられたことに驚き、コーウェルを箱の中に入れたら、偶然殺してしまったこと。
だから、リネたちは何も悪くなかったこと。全てが解き明かされ、裁判には勝つことができた。
「旅人、ありがとう〜! 旅人のおかげで、勝つことができたわ〜!」
「本当にありがとう。僕たちがファデュイでも、信じてくれて」
ロゼとリネが、裁判が終わってすぐ、旅人に深く頭を下げながらお礼をした。
パイモンは慌てて首を横に振った。
「そ、そんなに頭を下げなくていいぞ! おいらたちは、おいらたちの出来ることをしただけだからな!」
「パイモンの言う通り。リネには、フォンテーヌに来た時、助けてもらった恩があるから。感謝する必要はないよ」
旅人は、今までファデュイのせいで散々な目にあっている。だから、ファデュイのリネやリネット、そしてロゼは最後まで完全には信用できなかったが──。
彼らの性格が悪いものではなさそうなことは、この数日でなんとなく分かっていた。だからこそ、最後まで協力したのだ。
「私たちを信じてくれたこと、嬉しかった」
リネットは、微かに口角を上げて、笑った。リネットの珍しい笑みに、リネとロゼが驚いた顔をして、それから弾けるように笑った。
「ふふ、リネもリネットも、旅人のこと、とても気に入っているのよ〜?」
ロゼは、旅人にそう耳打ちした。旅人は、その事実にほんの少しだけ驚きながら、ますますロゼという人物がわからないとも思う。
ロゼはこの前、「リネたちを傷つけないで欲しい」と言った。三人がファデュイと分かったとしても、許して欲しいとあらかじめ言っておいたのだろう。リネたちが、旅人を気に入っているのに、気づいていたから。そんなふうに、前もって言われていたせいで、旅人も、リネたちに強く言えなかった。
ロゼは、賢い。自分たちの置かれる状況を、完全に見通していたのだ。
しかし、ロゼは、サーカス出身らしい。特に良い家庭で育ったわけではない。それは、調べてすぐに分かったことだ。おそらく、ロゼの珍しい目の色のせいで、見せ物にされていたのだろうと、容易に予想はつく。
だとしても、無理矢理ショーに出されるくらいは、されたはずだ。リネたちの話によると、彼女はちょっとしたことくらいで、倒れるくらい病弱らしいが、それならサーカスの見せ物時代に、死んでいてもおかしくない。
いや、逆に、生きていること自体、おかしいのだ。
そして、おそらく人間として扱われなかったであろう環境で、ここまでの知能を手に入れていることも。
「旅人、パイモン。私、やることがあるから、家に戻るわね〜! また機会があったら、会いましょう〜?」
ロゼは、旅人が考えていることに気づいているのかいないのか、ふわふわと笑って、歌劇場から出た。
その去る速さといったら、旅人さえも着いて来させない、と思わせるばかりのものすごいスピードだった。リネたちですら、呆気に取られている。
「ロゼ、行っちゃったな……。ん? 旅人、そんなに真剣な顔して、どうしたんだ?」
「いや、なんでもない。そういえば、ナヴィアはどこにいるの?」
「ん? あたしを呼んだ?」
旅人がナヴィアを探そうと、キョロキョロする前に、ナヴィアはひょっこりと旅人の後ろから声をかけた。
パイモンが、驚いて「わぁ!」と叫ぶ。
ナヴィアは申し訳なさそうに謝ってから、焦った様子で旅人に尋ねた。
「やっほー、相棒、ロゼを見なかった?」
「え? さっき、歌劇場を出て行ったけど」
「ひと足遅かったみたいね……。連続少女失踪事件を解決するには、ロゼの協力が必要なのに……」
連続少女失踪事件。リネが、犯人ではないかと疑われていた事件だ。
その事件が、どうかしたのだろうか? ロゼと関係がある? 旅人とパイモンは、顔を見合わせた。
「連続少女失踪事件? どうして急にそんな話を?」
「え? あたしと一緒に事件を解決してくれるんじゃ無かったの?」
違う。ただ、裁判に勝つために手伝って欲しかっただけだ。旅人は、喉の奥までそう声を出しかけて、だんまりした。
ナヴィアに助けてもらったのに、何もしないのは良くないと思ったからだ。それに、もう少しロゼと話をしてみたかったから、丁度良い機会でもあった。
ただの旅人としての勘だが、きっとロゼと関わっておいて損はない。──事件が起こる前の、ロゼの言動。明らかに異常だった。
偉い立場であるヌヴィレットに、敬語とはいえ気軽な雰囲気で話しかけていたし、何か隠している感じがしたのだ。
「いや、合ってるよ。事件を解決しよう」
「よかった! じゃ、早速ロゼに会いに行きましょ!」
「僕たちはまだ、ここの片付けがあるから、着いていけないけど……もし居たら、ロゼに、無理しないように言っておいてくれないかい?」
ナヴィアたちが、歌劇場を出て行こうとした時、リネは慌てて二人に声をかけた。
まるで、嫌な予感を感じ取ったように。そして、それはあながち間違いではなかったのだ。
「あれ? ロゼは居ないのか?」
「──旅人、パイモン。どうかしたの?」
「ロゼを知らないか? おいらたち、ロゼに用があって……」
壁炉の家に行っても、ロゼは居ないようだった。ロゼの歩くスピードが遅すぎるのか、それとも「家に帰る」という発言が虚言であったかは定かではない。
しかし、家の前に立っていたフレミネも、同じくロゼの行方を知らないようだった。小さく首を傾げている。
「ぼくも、ロゼは見てないよ。でも、こういうときは大抵、どこかで倒れてることが多いかな」
「そ、そうなのか!?」
「……それに関しては、あたしも賛成。ロゼはすぐ倒れるのよね。それに、いつのまにか大怪我をしてて、隠してることだって……」
そこまで話して、フレミネの表情が剣呑なものになるのを感じたナヴィアは、口をつぐんだ。
しまった、ロゼから口止めされていたのに、つい言ってしまった。誤魔化そうとするも、時すでに遅し。フレミネは、いつものおとなしさはなりを潜めて、ナヴィアに真剣な表情で尋ね始めた。
「大怪我って、何のこと?」
「え……で、でもロゼに言わないでって言われてるし……」
「どうして? ロゼは、ぼくたちのこと、やっぱり信用してなかったの?」
「それはない! ロゼは、三人のこと、自慢そうによく話してたよ」
ナヴィアが首を横に振って否定しても、フレミネは暗い表情のままだ。
ナヴィアはそんなフレミネの表情を見て、とうとう折れてしまった。ここで黙っていても、お互いにとっていいことはない。
「ロゼは、時々あたしと会うときに、大怪我をしてるのよね。お腹からすごい量の血を流してたりとか、腕が千切れかけてたり……とか。でも、どうしてそんな怪我をしてるのかは、絶対に言ってくれないの」
「……ロゼ、どうして」
フレミネは、ロゼがそんな大怪我をしていたことに、全く気づけなかった。もちろん、リネもリネットも。
なぜロゼは、怪我をして、それを隠そうとするのか。フレミネは疑問でいっぱいになった。
しかし、そろそろ仕事の時間が近い。フレミネが今すぐロゼを探しに行くのは、難しいだろう。
「……ロゼが居ないなら、仕方ないね。あたしたちは、あたしたちの出来ることをやりましょ! 本当は、ロゼが持ってる資料を使いたかったんだけど……」
「ロゼも、ナヴィアと一緒に調査してたんだ」
「そう! あたしが一緒にやらないって聞いたら、快く賛成してくれたの! ロゼはあたしの最高のともだ──」
ナヴィアはそこまで言いかけて、口をつぐんだ。ロゼに、「友達ではない」と言われたことを思い出したからだ。
本当は、資料なんて建前で、ロゼに謝りたかった。そして、なんとしてでも、ロゼに自分が友達だと認めさせたかった……のだが。ロゼは今、ここに居ないのだ。気分を切り替えなければならない。
「……なんでもない! 今からあたしのおすすめのレストランに行きましょ! それから、その後は棘薔薇の会の拠点で休んで、明日から本格的に調査! 相棒は、それでいい?」
「うん、いいよ。行こうか」
旅人は、誤魔化そうとするナヴィアを見逃すことにして、こくりと頷いたのだった。
「相棒、ここからは、手分けしましょ」
「手分けって?」
調査も順調に進み、マーセルが犯人であることと、ロシの製造場所についても特定できた。この調子で行けば、きっとナヴィアは事件を解決できることだろう。
────そんなナヴィアを、私は影から見守る。決して気配がバレないように、木の上から。
あ、三人称視点だと思った? 残念、私視点である。
急に消えたように見えた私だが、ナヴィアと会うのが気まずいから、歌劇場から出たらワープして逃げました。
……だって、あんなこと言っちゃったら話しにくいじゃん。それに、今からロシの製造現場に侵入して、ロシの流通ルートについて対策を練ろうと思ったのに、なんか旅人も来るっぽいし。このまま放っておいて、旅人が背後に現れたらビビってロゼの時の声が出そうだし。どうせなら、旅人に不意を突かれるんじゃなくて、旅人に不意を突きたいじゃないか。そっちの方がカッコいいし。
言い訳うんぬんはともかく、とにかく私は結果的に、健全な理由で、旅人をストーカーしている。
「……先に行っとくか」
私は木の上から音もなく、飛び降りる。先に、ロシの製造現場に侵入しておいた方が、カッコよく登場できるだろう。
私は、ワープ先を、ロシの製造現場に設定し、元素力をなるべく発さないように、ワープした。
そして、軽くぺっと血を吐いてから、製造現場の中を調べ始める。
──ここでの調査は、リネたちの救済に大きく関わるだろう。なんなら、あんなメインキャラっぽい登場をしていたリネたちを、殺すであろう運営だ。ナヴィアも殺す、なんてこともあり得る。今の動きはナヴィアが死なないかも見張れて、かなり効率的と言えよう。
友人の表情的に、ナヴィアが死ぬのはなさそうだなー、と思っていたが、わからないものである。
「……やはり、ここに連れ去っていたのか。ナヴィアがターゲットにされかけた話も、あながち間違いではなさそうだ」
私は置いてある衣服をちらりと見て、頷いた。けれど、私のやるべきことは、原始胎海の水の対策をさらに練ることだ。今、一応、私は部下に作らせた薬を使って、いざというときには原始体海の水に触れても、数分耐えることができる。
けれど、これは精密な元素の扱いが必要になるから、初見で使うのは難しいし、実質私しか使えない。実用性はあまりない。
だから、もっと、簡易的に身を守れるものが欲しい。私ではなく、私の家族を守れるものが。
「それより、この原始胎海の水だ。……なんとかロシから成分を抽出してそれらしいものは作れたものの……本物は初めてだなぁ」
私は衣服から目を離して、原始胎海の水が入った池を見ることにした。
私の優秀な部下が抽出して作ってくれたものとは、少し違う。恐らく、本物の方がよっぽど濃度が濃い。当たり前だけど。
そういえばさっきから部下頼みだけど、私は馬鹿なのでロシについてはサッパリだ。だから、こんな感じで私が実行役を担っているのだ。
「少し瓶に入れたいけど……少しでも触れたら、私が溶ける危険性もある。うーん、どうしよう」
私は瓶を手に持ったまま、立ち往生した。
「旅人、他に人がいるぞ! も、もしかして……犯人じゃないか!?」
そんなこんなで、私が決断しきれずに困っていたら、パイモンの声が響き渡った。
旅人、来るの早すぎない!? RTA勢なの!? ここ、海の中にあるから来るの大変なはずなんですけど!? あと三十分は来ないと思ってたんですけど!?
私は予想外すぎて、怪盗にあるまじきフリーズをしそうになったので、慌てて取り繕って上品かつ余裕そうに、旅人に手を振ってみせた。
「や、旅人に、可愛らしい相棒パイモン。久しぶりじゃないか」
「……な、なんだぁ……、お前かぁ。おいら、てっきり犯人がいるのかと……あ! も、もしかしてお前が真犯人」
「なわけないだろう。こんな犯行、俺の美学に反する」
私はパイモンの言葉を急いで遮った。怪盗がこんな極悪人みたいな行動をしてる人だと思われたら、最悪だ。怪盗はミステリアスクール美学めっちゃ気にする系キャラだと、決めているのだ。
私が真顔で(と言っても目は画面で見えてない)勢いよく反論してきたからか、パイモンはそれ以上の追及をやめたようだ。他の質問をしてきた。
「怪盗はどうしてここにいるんだ?」
「……予言から、大切な人を守るためだよ」
「予言? あ、リネとリネットが言ってた、フォンテーヌの人々は水に溶けてようやく罪が許される……みたいなやつのことか?」
私は口元をいたずらっぽく緩めて、頷いた。
「そう、まさにそれさ。俺は予言を完全に無くすことはできないと考えているが、ある程度の対策を練ることはできるとも考えている。そのために、俺は怪盗を始めたんだ。
そしてようやく、ロシの製造場所のデータを掴んだところで、君たちが来た、というわけさ」
「え、予言の水って、やっぱり原始胎海の水なのか?」
「……ふふ、どうだろうね」
笑ってみせたけど、私、そんなこと聞かれても知らないからね、パイモン。私の友達が、「グロシって調べてみてよ」とリネリネの話題の後に言ったから、なんか名前似てるし、絶対関係がある! と思って調べてるだけだ。深い理由なんてない。
私はミステリアスに笑いながら、心の中で愚痴った。ここで、「え、知らない」と答えるのはあまりにもダサい。だから、知ってるっぽい顔をするしかないのだ。
「それなら、怪盗も調査に協力してくれるってことでいい? ナヴィアのためにも、早く証拠を掴みたいんだ」
ええ……私、主人公に協力するの? 怪盗が協力する展開は、もうちょっと後がよかったんだけどなぁ。でも、旅人は、私に期待した顔をしている。ここで断るのは、旅人に申し訳ない。
「もちろんさ。俺にできることがあれば、手を貸すよ」
押しに弱い私は、仕方なく手を貸すことにした。
最初は、別々に分かれて証拠を見つけるのだと思っていたのだが、旅人が求めていたのはそうではないらしい。色々詳しそうな私に、聞きたかっただけのようだ。だから、旅人が一つ証拠を見つけるたびに、私が説明を補足するという役回りをやることになった。
そして、色々見て回って、最後の原始胎海の水を説明するところまで進んだ。私は説明が得意なわけじゃないから、伝わっているか不安だったが、どうにかやれているようだ。
「原始胎海の水を普通の水で薄めたものが、ロシだ。君たちも、話くらいは聞いたことがあるだろう?」
「あ、それナヴィアが飲まされかけてたやつのことか!」
「……ナヴィア嬢が?」
一瞬、時が止まったような気がした。
──え……ナヴィア、死んでないよね? あ、でも飲まされかけてたって言ってたし、飲んだわけじゃないのか。
私は冷静になって、ため息をついた。怪盗なのにここまで取り乱すのは、キャラ崩壊だ。
「おいらたちが間違ってナヴィアのを飲んじゃって、なんとか助かったんだ!」
「──……俺が言うのもおかしい気がするが、感謝するよ。ありがとう、ナヴィア嬢を、助けてくれて」
「怪盗は、ナヴィアと知り合いなの?」
私が旅人に軽く礼をすれば、旅人がそう聞いてきたので、私は答え方に迷った。
知り合いといえばそうだが、難しい関係性だ。怪盗は、ナヴィアに追われてるけど、ロゼでは割と仲がいいし。
私はバレないように言葉を慎重に選びつつ、意味深に笑った。
「──そう、俺は思っているし、恐らく彼女も思っていることだろう。ま、これからどうなるかは、わからないけど……ね」
「……怪盗は──」
「わあああ! なんだこれ!」
旅人は、一瞬だけ驚いた顔をした。それから、何かを言おうと口を開きかける。けれど、旅人が発しかけた声を、パイモンの大声が飲み込んでしまった。
私はふふ、と思わず小さく笑ってから、パイモンのもとへ駆け寄る。
「パイモン、どうしたんだ?」
「こ、これ──星殺しの少女って言う、殺人犯についての新聞が置いてあったんだけど……」
星殺しの……少女? あれ? どっかで聞いたなぁ、その名前。なんだっけ……。
あ! そうだ、リネットから聞いたんだ! なんか、お茶会をしてたから、この人知ってる? って聞いてきたんだった。
でも、その人がどうかしたんだろうか? 私は新聞を覗き込んで、そしてパイモンが叫んだ理由がすぐに分かり、絶句した。
「こ、この星殺しの少女ってやつの名前、ロゼって言うみたいだ。しかも、新聞の写真も──」
「ロゼにそっくりだね」
旅人は横から口を挟み、難しい顔をした。
新聞には、私をかなり幼くしたみたいな、そんな少女が載っている。さらに、その下には「ロゼ」とはっきり書かれていた。これが示すことは、つまり────。
「ロゼは、もしかして星殺しの少女なのかな」
いや、違います。
私は即答したくなって、けれどグッと堪えた。絶対違う、私じゃない。確かに目の色も白っぽいし、モブとプレイアブルの中間みたいな絶妙な顔も一緒だけど! 断じて違う。私ではない。
なぜここまで確信して言えるのか。記憶喪失パターンや、隠された秘密、みたいな可能性がゼロと言い切れるのか。それは、そもそも私の本名は「ロゼ」じゃないからだ。
誰もが……なんなら私も忘れかけていたが、ロゼはお父様が誘拐犯だと思っていたとき、慌てて名乗った偽名である。私の本名は、あくまでローゼリアだ。
こう言う新聞は本名で書かれるだろうし、私の可能性は絶対にない。
「……星殺しの少女は、両親と両親の友達を殺したらしい。両親と、その友達はみんな揃って、有名なスターだったそうだ。そんなスターを大量虐殺したから、ロゼは星殺しの少女って呼ばれてるみたいだな」
……繰り返し言うが、私は殺人なんてしたことはない。あくまで、犯罪の手助けと時々盗むくらいしかやってない。
私じゃないんだよ! そいつ誰だよ! と否定したいけど、怪盗が否定するのは明らかに、おかしい。だから、何も言えない。私は、旅人とパイモンの会話を見守ることしかできなかった。
「たぶん、このことはリネたちも知らないよな……」
「そうだね。ナヴィアには黙っていた方がいいかな」
「でも、わざわざここに置いてあるってことは、やっぱりロゼも事件に関係あるんじゃないか?」
「確かに、そうかも」
いや、ナヴィアには言わないで! 勘違いされるから! ロゼとしてナヴィアに出会った時、誤解を解くのが大変だよ!
私はなんとかやめさせようと、口を挟むことにした。
「──ロゼがその犯罪者であると、確定していないのにナヴィア嬢に見せるのは、良くないんじゃないか。そもそも、その新聞が犯人のフェイクだってことも、あり得るだろう」
「怪盗は、ナヴィアに見せたくない理由でもあるの?」
「い……や。そう言うわけではないさ」
「なら、なんでナヴィアに見せたがらないの? ちょっとでも可能性があるなら、ナヴィアと相談した方が、いいでしょ?」
「見せたくないわけじゃないよ。ただ、不確定要素を出して、混乱させるのは良くないと思っただけだ。だが、君がそうしたいなら、俺はこれ以上止めないさ」
旅人、鋭い! やめて、私のライフはもうゼロよ!
私は冷や汗を、ダラダラと流した。不味い、このままここに居たら、旅人に追い詰められて正体がバレそうだ。
それだけは嫌だ! せめて、リネリネ救済まで待ってよ!
私は、ため息をついた。最近胃が妙にすぐ痛むからやりたくなかったけど、やるしかない。ボロが出る前に、私は逃げる!
ワープ地点を自室に設定して、炎元素で自分の体を包み込んだ。
「俺はそろそろ、お暇するとしようか。俺の用は完全に済んだからね。ああ、そうだ、また会ったら、その時も仲良くしてくれよ」
「え、ちょっと待ってくれ! おいらたち、怪盗にまだ聞きたいことが──」
すまん、パイモン! なんか言いたそうだけど、私は逃げる!
私は元素力を解放して、自室へとワープしたのだった。
「ナヴィア、そういえば結局使わなかったけど、おいらたち、こんな記事を見つけたんだ!」
夕焼けがぎらぎらと輝く、空の下。ナヴィアはようやく、長く解決のために動いていた事件を、終結させた。
旅人とパイモンは無事に、ロシの製造場所の調査を終え、証拠を持ってきてくれたのだ。さらに、怪盗までもが旅人に手を貸してくれたらしい。
彼は存外に、人助けは嫌いじゃなさそうだから、それは納得できた。無論、ナヴィアは自分から彼を頼りたいとは、微塵も思わないけれど。
さて、事件が全て解決したところで、パイモンは突如思い出したかのように、一枚の新聞紙を旅人から受け取って、それをナヴィアに見せてきたのだった。
ナヴィアは、その内容を見て、息を呑んだ。
「────星殺しの少女の名前は、ロゼ? それに、この顔は……幼い時の、ロゼ、なの?」
大量のスターを殺したのは、一人の小さな少女か!?
そんな見出しと共に、事件について詳しく書いてあった。星殺しの少女は、一時期話題になった殺人鬼だ。今はめっきり話を聞かなくなったから、知らない人の方が多いが、ナヴィアは職業柄知っていた。
けれど、その犯人の名前や顔写真まで載っている記事は、見たことがなかった。
「──やっぱり、ロゼは両親を殺してたのね」
ロゼと仲良くなったばかりの頃、ロゼは両親は死んだ、と言っていたし、自分が死に関与したかのような言い回しをしていた。
ナヴィアは、ロゼに何か後ろめたい事情があるのだとは思ってはいたが──まさか、大量殺人犯だなんて、思いもしなかった。
「……ごめん、パイモン、旅人。ちょっと、しばらくでいいから、一人にさせてくれない? あたし、心の整理がつきそうにない」
ナヴィアはそう言いながら新聞を返そうとしたけれど、旅人はナヴィアにその新聞をくれるようだった。
二人は、そっとナヴィアから離れていく。長年付き添ってくれていたマルシラックとシルヴァは、既にナヴィアを離れたところで見守ってくれていた。
──この事実を知ったとて、ナヴィアはロゼに対して、迷わず友達だと言えるだろう。けれど、どうしてもあの穏やかで純粋で、潔白の化身のようなロゼと、殺人犯が結びつかないのだ。
「……事実なんだし、ちゃんと受け止めないと」
ナヴィアは気持ちを切り替えるために、ため息をついてから、歩き出した。
新聞は無意識のうちに畳んで、見ないようにしている。
ナヴィアにとって、ロゼといえば、あの白い柔らかな瞳だ。ロゼのそれに、ナヴィアは陰りを感じたことがなかった。そう、なかったはずだというのに。
「……あたし、ロゼのこと、全然分かってなかった」
「私のことを、知らないから言えるのよ」と、ロゼが聞いたこともないくらいに、冷たい声で言い放った理由を、ナヴィアは理解してしまった。
ナヴィアは、ロゼについてほとんど知らない。旅人が見せてくれた新聞を読んでなお、真にロゼを理解したとはいえない。
事件を解決した今、ナヴィアは、無性にロゼを知りたい。
さて、これからどうしようか。ロゼに直接真相を聞くのが正解か。はたまた、その「きょうだい」にそれとなく聞いてみるのが正解か。
それとも──自分で調べるのが手っ取り早いのか。ナヴィアはぼんやりとフォンテーヌ邸の外を歩きながら、決められずにいた。
──ふと、夕暮れの赤い日を遮る影。ガチャリとした機械の音にようやく気づいた、次の瞬間。
ナヴィアは、勢いよく顔を上げた。
「──っ! マシナリー!? なんで、こんな量がまた……」
ナヴィアの周りを、いつのまにかマシナリーたちが、大量に囲んでいた。考え事をしていたせいで、気づかなかった可能性も考えるが、こんな量が一気に現れることはない。
間違いなく、意図的に差し向けられたマシナリーだ。神の目を持っているナヴィアでさえ、これを一気に片付けることは難しい。丁度、そのくらいの数なのだ。これは、計算されている。
恐らく、マーセルが差し向けていたものが、今頃になって襲ってきたのだろう。
「──ある程度、片付けてから逃げましょ! あたしなら、やれる!」
ナヴィアは、武器を取り出して、勢いよく振りかぶった。そのままの勢いで、マシナリーを粉砕する。
……確かに、全てを倒すことは難しいが、逃げることはできなくもなさそうだ。
そう、増援さえ来なければ。
ナヴィアは、傘から岩元素を爆発させて、大きなマシナリーを倒す。その勢いのまま、小型のものも武器で切り刻んだ。
そして、あと少しで逃げられそうなくらい、マシナリーが減ったと思ったその時。
最悪の事態は起きた。大量のマシナリーが、ゾロゾロと増えてナヴィアをさらに囲ってきたのだ。ナヴィアはその不意な増援に冷や汗をかきながら、冷静に他のマシナリーを倒していく。
「……きりがない。せっかく、パパの免罪を解けたのに……!」
ナヴィアはマシナリーを倒しながら、悔しくて唇を噛んだ。もう、息が上がってきた。このまま戦ったとて、ナヴィアが負けるだけだ。
「せめてここら辺のマシナリーだけは、あたしの岩元素で吹っ飛ばして──」
ナヴィアがそう思いながら、岩元素を込めた傘を敵に向けた。
──しかし、ぐらりと体の重心が傾く。戦い続けた疲労感に、精神的な疲労。それらのせいで、少しだけナヴィアはよろけた。
その隙を、敵が見逃すはずもない。マシナリーたちは一斉にナヴィアに猛攻を仕掛けてきた。
もう、ダメかもしれない。ナヴィアは痛みに耐えるため、ぎゅっと目を閉じた。
けれど、一秒、二秒、三秒、四秒……ナヴィアが目を閉じてしばらく経っても痛みはなかった。ナヴィアは恐る恐る目を開けた。
まず、視界に広がったのは、黒。それが、黒いマントなのだと、ナヴィアは数秒遅れてからようやく気づく。
怪盗だ。ナヴィアは助かったと思う反面、怪訝に思って、眉を顰めた。
「……怪盗? なんで、あんたがここに──」
「──ナヴィア嬢。まだ、動けるか」
怪盗はナヴィアの質問を無視して、ナヴィアに問いかけた。声はなんだか掠れていて、元気がない。それに、有無を言わせない雰囲気もあった。
ナヴィアは、返事代わりに武器を構える。怪盗も、片手剣を逆手に構えて、ものすごい勢いで敵を倒し始めた。
いつもは、ダンスを踊るような優雅な剣技なのに、今回は余裕がないのか、人殺しをするためだけにあるような、洗練された動きで剣を振るっている。
マシナリーの弱点を突き、最低限の動きで敵を倒し、炎元素で辺り一面を燃やし、軽口すらも叩かない。
ここまで真面目な怪盗の姿など、見たことがなかった。ナヴィアは、戦いながらも思わず怪盗に、目を吸い寄せられた。
「──ナヴィア嬢、そろそろ道が開く。先に、逃げてくれ」
ナヴィアはそう言われてようやく、マシナリーがかなり減っていることに気づいた。
ナヴィアがぼんやりとしている間に、怪盗はマシナリーを倒し尽くしていたらしい。
「先にって──あんたは、いつ逃げるの? 一緒に逃げればいいでしょ?」
「いや……俺は手負いだ。足手纏いになる」
「手負いって……そんな────こと」
ナヴィアは、否定しかけて怪盗の服を見て息を呑んだ。
怪盗の背中が、真っ赤に染まっていた。マントが黒いせいで、全く気づかなかった。
さっきから話さなかったのは、これが原因なのか。恐らく最初にナヴィアを庇った時に、できた傷なのだろう。
ナヴィアはその考えに至り、怪盗を背負った。怪盗は驚いたのか、何も言わずに固まっている。
「一緒に逃げるよ、怪盗。あたしが恩人を置いていけるなんて、本当に思ってるの?」
怪盗は恐らく目を瞬かせたのだろうな、とナヴィアは思った。確たる証拠があるわけではないけれど、怪盗が何か言ったわけではないけれど、なんだかそう思った。
ナヴィアは何も言わない怪盗を背負い、マシナリーから逃げ始める。
怪盗は、成人男性なはずなのに、その体はまるで少女のように柔く、軽かった。ナヴィアは違和感を感じたが、今はそれが幸運なことに良い方向に影響してくれている。
マシナリーから逃げるのは難しいと思っていたが、このままこの近くの洞窟辺りに逃げ込めば、逃げ切れそうだ。
「ナヴィア……嬢。そこの滝の下に……洞窟……が」
「洞窟があるのは知ってるけど、あんた、そんな怪我で水に濡れて大丈夫なの?」
「問題……ない。俺はそこまで、か弱くは、ない」
怪盗もナヴィアと同じ考えなのか、途切れ途切れになりながらも、後ろから洞窟の中に逃げるように言ってきた。
怪盗の息は苦しそうで、脂汗をかいている。体温も、血が流れたせいでかなり低い。このままでは、死んでしまうのではないか。ナヴィアはそんな予感がしてならなかった。
もし、滝の中に飛び込んで怪盗の体がさらに冷えてしまったら……。ナヴィアは嫌な想像をしてしまい、強く唇を噛んだ。
「ナヴィア嬢。俺はこれくらいで、死んだりなんかしない。
お願い……お願いだ。どうか、信じてくれないか」
その言い回しを、ナヴィアはどこかで聞いたことがある気がした。そう……とても、身近な人に言われた気がしたのだ。だが、誰に言われたのかを考える時間などない。ナヴィアは、怪盗を信じて滝に飛び込まなければならないのだから。
「──分かった、あんたを信じる! 行くよ!」
ナヴィアは全力で滝の中に飛び込んだ。そして、怪盗を背負って洞窟を手探りで探して、転がり込むようにその中に入った。
「──けほ、無事……か。ナヴィア嬢」
「あたしより、あんたの方が心配だよ……。今、すぐに止血するから!」
「………………いや、いい。大丈夫だ」
ナヴィアは、怪盗を無視して、怪盗のマントの裾を勝手に拝借し、簡易的な包帯を作った。
そして、それを巻き付けるため、服を脱がせることにした。──が、怪盗はよほど嫌なのか、大怪我にも関わらず、後退りしている。
「本当に……へいき、だから。だからだいじょう……ぶ……」
怪盗はゆるゆると首を横に振り、ナヴィアを押し除けた。
しかし、血を流しすぎたらしい。怪盗は、まるで人形の糸が切れるかのように、突然脱力して気を失った。
ナヴィアは、申し訳なく思いながらも、気絶した怪盗を地面に横たえて、服を脱がせ始めた。このまま手当しないと、死んでしまうからだ。
そして、そろそろ傷口が見えそうというところで、ナヴィアは「は……」と息が漏れるような微かな声を出した。
ぐるぐると包帯で巻かれた胸元。明らかに、膨らみをなくそうとしているが、無くなりきれていない。さらに、この華奢な骨格。恐らく、男性ではない。
しかも、顔をよく見れば、目が仮面で隠れているとはいえ、男顔の女──というふうに見えなくもなかった。
怪盗は、女性だったのだ。
「……」
ナヴィアは、無言で怪盗の腹に包帯を巻いた。今は、それどころではない。怪盗は、今にも死にそうなくらい、出血をしている。ぼんやりとしていたら、命を落としてしまうだろう。
黒いマントで作った包帯は、たちまちのうちに怪盗の血に染まっていく。何も考えてはいけない、とナヴィアは自分を説得させる。そして、そのままナヴィアは、無心で怪盗に包帯を巻き終えた。
「──そもそも性別が違ったなんて」
応急処置が終わり、ナヴィアはびしょびしょに濡れた服を気にもせず、ため息をついて地面に座った。
怪盗は、何かを隠しているとは思っていた。けれど、そもそも性別を偽っていたとは。怪盗はきっと、さらに何かを隠している。他の隠し場所に思い当たりは、ある。
例えば──怪盗の、素顔。素顔を見れば、怪盗の正体に気づけてしまう気がしている。
今日、ようやく気づいたのだが、怪盗は、ナヴィアの知り合い……いや、友人なのだろう。
あそこまで必死にナヴィアを助けて、自分の命を捨てようとして。それも、何度もだ。これまで、ナヴィアは数回怪盗に助けられたことがあったが──そんなこと、ただの知り合いがしてくれるだろうか。……いや、してくれないに決まっている。
ナヴィアは半ば確信を持って、怪盗の仮面に手を伸ばす。金属の冷たい感触が、ナヴィアの手を冷やした。
強い好奇心と、強い興味。ほんの少しの罪悪感こそあれど、初めて怪盗の仮面に触れられた喜びの方が勝る。
今を逃したら、二度とその素顔は拝めないかもしれない。それならば、見ないなんて選択肢、ナヴィアの中になかった。
「……ごめん! ちょっとだけだから!」
ナヴィアは怪盗の仮面をそっと外した。
最初に見えたのは、長い白いまつ毛。それが、閉じた目を飾っていた。
──どこかで、見た。この色白い、病弱そうな肌色に、珍しいくらいに白いまつ毛。
ナヴィアはそれを無意識に考えないように、してしまった。
いや、まさか。あの子はだって病弱で、こんなふうに激しく動いたり戦ったりしたら、血を吐いてしまうではないか。
現実から逃げていたところで、白いまつ毛がゆるゆると動く。そして、ようやくその瞳を見せた。
白い、双眸。恐らく、ここまでの白は他に存在しないのではないか、と思われるくらいの、印象的な白。
それとナヴィアの空色が、交差する。
「……ナ……ヴィア?」
ガサついた声ながら、怪盗は声を出した。高い、柔らかな声。ナヴィアは息を呑む。そして、怪盗は苦しそうに咳き込んだ。血を吐いたのか、その手からは、血がどろどろと流れている。
その声、その瞳、その仕草。決定的な、証拠だった。
「ロゼ……なの?」
「…………」
ロゼは、ぱちぱちと瞬きをした。一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにそれは崩れて、やがて困ったような笑みに変わる。纏う雰囲気は、まるでロゼじゃなかった。
「そんなわけないだろう……と、言いたいけれど、ナヴィアはもう確信しているのね。それならもう、無駄足掻きはしないさ。
──そうよ、ナヴィア。ふふ、こんなに早く、バレるとは思っていなかった。寝ている時に顔を見るなんて、困った、お嬢様だよ」
いたずらっぽく笑っているのに、まるで笑っていない。ロゼの顔は、悲しそうで、寂しそうだった。
「ごめんね、ずっと騙してて。でも、これでようやく君は俺を捕まえられる。
ほら、好きにするといい。俺は、これ以上君に抵抗する気はないさ。それともまさか、いろんな悪事を犯した悪い怪盗を、捕まえられるチャンスを、逃すのかい?」
ロゼは、諦めたように脱力し、両手を無害をアピールするように上げた。
ナヴィアは、そんなロゼの両手を強く握る。捕まったのかと思ったのか、ロゼは眉を下げて、俯いた。
「……ロゼは、いじわるよ」
ナヴィアはお気に入りの口紅を塗った唇を、強く噛み締めた。ロゼは、思いもしなかった言動だったのか、その白い目を大きく開いた。
「そんなこと……できるわけ、ないじゃない。
だって、ロゼがどれだけ否定しても、どんな悪事を犯しても、あんたはあたしの友達だから。
友達を自分の手で捕まえるなんて……あたしには、できない──できないのよ、ロゼ」
ロゼはまるで迷子の子供のような表情をした。それから泣きそうな顔で、ナヴィアに何かを聞こうとして、結局口を閉ざした。
しばらく、場は静寂に包まれる。そんな中、ナヴィアは意を決するように軽く息を吐いてから、静寂を打ち破った。
「ロゼは、どうしてそんなに捕まりたがるの? さっきだってそうだし、怪盗の時だってそうでしょ?
他の人にも言ってるの? それともあたしだけ?」
「……それ、は」
ロゼは青白い唇を硬く結んだ。白い目は後ろめたそうに、下を向く。
「自分でも、わからないよ」
「わからない?」
思いもよらない答えに、ナヴィアは聞き返す。ロゼはこくり、と幼い仕草で頷いた。
「うん、ナヴィアにだけ、助けを求めたくなる。目には見えないけど、どんどん黒く染まっていく手で、リネたちに触れるのが、怖くなった。
……なんで、助けを求めたのが、ナヴィアだけだったのか、そんなに逃げたくなったのかは、もう分からなくなってきた。
でも、最期までやり遂げるよ。私は予言を食い止める」
自分を説得させるような、言い方でロゼはフラフラと立ち上がった。
もしかして、その怪我で出ていくつもりなのか。ナヴィアは慌ててロゼを引き留めた。
「ちょっと! そんな怪我で歩いたら、傷が広がるでしょ!?」
「でも、長く家を空けると、リネたちに正体がバレてしまうかもしれない」
「バレる前に命を落としたらどうしようもないでしょ!?」
「みんなの命を救う前に正体がバレるくらいなら、死んだほうがマシだ」
「……はぁ、ロゼってこんなに頑固だったの?」
弱い力ながら、暴れて抵抗してくるロゼに、ナヴィアは呆れるしかない。水を吸った服を着ているせいで、体温は死体のように冷たいし、今も黒いマントで作った包帯を血が赤黒く染め上げている最中だというのに。
どうにか、暴れるのをやめさせたいが、ロゼにとっての落とし所を見つけるまで、辞めてくれなそうだ。
そこで思いだしたのは、先ほどの発言だった。
「ね、ロゼ。あんたの目的は、フォンテーヌの予言を止めるってことで合ってる?」
「……そうだ」
やはり、ロゼの目的は予言を止めることらしい。それについては、納得だ。怪盗はやけに情報屋を雇っていたようだし、怪しげな薬を開発もしているようだった。
その可能性を、考えなかったわけではない。
「それなら、あたしが傷が癒えるまで、あんたを匿うよ。あたしとお泊まり会をするってことにしたら、リネたちも怪しんでこないでしょ? 今までも、時々事件の調査が長引いて、泊まっていったこともあったし」
「確かにそうだけど──ナヴィアは、それでいいの?」
ロゼは困惑した表情で、ナヴィアを見上げてくる。今まで自分より身長があると思っていた怪盗だが、こうして並んでみると、華奢で小柄だ。
突然小柄に見えてきたのは、きっと怪盗が弱々しいせいだろう。
……あたしが、ロゼを元気づけないと。
ナヴィアはにかっ、と明るく笑ってロゼの手を掴んだ。
「もちろん! あたしたち、友達でしょ?」
ロゼは後ろめたそうに唇を軽く噛んで、それから微かに頷いた。
そして、ナヴィアはロゼに肩を貸して歩き出す。
ロゼに「星殺しの少女」の話をする必要が無くなったことに、心底安心しながら。同時に、ナヴィアだけがロゼの秘密を全て知っていることに微かな優越感を抱きながら、無意識に、本当に悪意なく、ナヴィアは笑った。
お気に入り登録や、感想、ここすき登録等、ありがとうございます。
ナヴィア ロゼが人を殺していても、関係ない。早くロゼがナヴィアに、なんならナヴィアだけに懺悔してくれるのを待ってる。仮面を取ったのは、性別がわかってから、無意識になんとなくロゼな気はしてたから。
ロゼ 私ロゼちゃう、ローゼリアや。と思っていたし、旅人の誤解を早く解きたい。ナヴィアが星殺しの少女について知っていることは知らない。ナヴィアに友達と言われると、気まずいし罪悪感がすごいが、同時にちょっと喜ぶ自分がいる。