もしも風のタクトのガノンおじさんがブレワイ世界に転移したとする 作:東雲るぅ
『……それは本当ですか、リンク?』
ゼルダの声に、リンクはうなずく。
その手には、一枚の手紙が握りしめられていた。
ここ数日、リンクは違和感があった。
迷いの森でマスターソードを手に入れた直後から、ドロフの様子がおかしいのだ。
うまく言葉にはできない。
ただ、これから死にゆく者のような雰囲気を纏っていた。
リンクにとって、ドロフという男は不思議な存在だった。
まるで風のように自分の元へ現れた、謎の多き、どこか哀愁のある男。
ゆいいつ分かるのは、尋常ではない剣士であるということだけだ。
しかしリンクは、初めて目にした時から、敵ではないと確信していた。
そしてそれは、間違いではなかった。
ドロフは、旅の供として頼りとなった。なによりリンクは剣の師としてドロフを尊敬していたのだ。
ドロフが己の正体を明かしたときも、リンクはそれを受け入れた。
たしかにわからないことは多い。
しかしリンクは、ドロフがどんな人物であるか、この旅を通して知っていた。だから何者であろうと受け入れることができたのだ。
そんな信頼の積み重ねによるものか、リンクはドロフのわずかな異変に気が付く。
何かを隠している、という直感。
──それに、ハテノ村に寄り道したとき、リンクはプルアから、ある話を聞いた。
あれは確か、ドロフが研究所の書庫にこもっている時である。
「ねえ、リンクは知ってた? ドロフ氏、体が瘴気で出来ているんだよね。
ひょっとしてゲルドの男って、全員があんな体をしているのかなぁ?
うーん、彼は絶好の研究対象だね。もっとデータが欲しいな……」
「って、うわぁ! どうしたの、リンク? すごく深刻な顔をしている……。
え? <ドロフさんは消えちゃうの?>って?
問題ないよ。ドロフ氏はあの通り、ピンピンしているでしょ?」
その時のリンクは心配しつつも、渋々納得した。
だがハイラル城に向かう道中のドロフの表情を目にして、リンクはプルアの話を思い出し、違和感をさらに強める。
決戦の前夜。
寝たふりをしたリンクは、うっすらまぶたを開けて、焚火に座りっぱなしのドロフを観察した。
しばらくするとドロフは立ち上がって、焚火から離れる。
ドロフは、近くの木の根に置いてあるリンクのポーチに近づく。
そして何かを紙に書き記し、折りたたんで、ポーチの裏ポケットに入れた。
リンクは不思議に思った。
何故わざわざ紙をポーチに入れたのだろうか。それも普段使わないような、裏ポケットに。
そして決戦の日の、明朝。
リンクは、ドロフに悟られないように、静かな動作で、ポーチに入った手紙を読む。
そこでリンクは知った。ガノンドロフ討伐と同時に、ドロフが消滅することを。
それを許してほしい、という旨の内容が、手紙には記されていたのだ。
すぐにリンクは、このことをゼルダに伝えた。
『そんな……ではトライフォースを使って、ドロフさんを延命させれば……』
ゼルダの言葉はそこで途切れる。
ゼルダは気が付いたのだろう。
トライフォースを使って、ドロフの命を救ったとする。
では、そのあと、どうやって魔王ガノンドロフを倒せばいいのだろうか。
トライフォースは、触れた者の願いをたった一つ叶える力を持つ。
つまりドロフを救うために、トライフォースを使用すれば、その時点で、ガノンドロフの消滅を願えなくなってしまう。
現在のリンクたちでは、ガノンドロフを完全に倒すことはできない。
トライフォースの力をもって、ガノンドロフの消滅を願うしか、勝利する術はないのだ。
ドロフを犠牲にし、ガノンドロフを滅ぼすか。
ドロフを救い、ガノンドロフを野に解き放つか。
リンクとゼルダは、どちらの選択肢も選ぶことはできなかった。
二人にとって、ドロフが死ぬことも、ハイラルが危機に陥るのも、どちらも避けたい。
『しかし、トライフォースは一度しか願いを叶えられません。ドロフさんを救って、魔王を倒す方法なんて……』
ゼルダの言葉に、リンクは、バッと顔を上げた。
それからリンクは、頭の中で浮かんだアイデアをゼルダに伝える。
『え? <どうすればいいのか思いつきました>って?』
リンクはうなずいて、ゼルダに説明しはじめた。
★
「……いったい、なにを」
ドロフは、呆然としていた。
ゼルダが先ほど放った言葉。「ガノンドロフの消滅」と願うはずであった。
しかしゼルダが口にしたのは、別の願い。
ドロフの生存を願う、言葉。いや、こめられた願いはそれだけではない。
トライフォースが神々しく光った。触れた者の願いを叶えようとしているのだ。
力があふれて、空間を満たしていく。
さきほどまで必死だったガノンドロフが、トライフォースの威光に圧倒されて、立ち止まっている。
わずかな戸惑いの後、ドロフはすべてを察して、リンクに顔を向けた。
「……リンク、謀ったな」
すると、リンクは<そっちも隠し事をしていたからお互いさま>と言い、ポーチから一枚の紙を取り出し、ドロフに見せつける。
それは、昨晩、リンクのポーチに隠した遺書である。
リンクは、遺書を、ビリビリと破り捨てた。
「なに? <死なないで欲しい。それに『剣の稽古をつけてくれる』って約束したのに>だと?」
ドロフはため息をつく。
それは呆れと、安堵と、わずかな喜色が混じったものだった。
「見つかったのか、ならば、致し方ない……」
思えば、自分の行動は迂闊だった。
発見される可能性を考えて、別の場所に遺書を残しておくべきだったのかもしれない。
いや、あの時、自分自身、本当は気が付いていたのかもしれない……。
死ぬのが、惜しかったのだ。だから二人に見つけてほしかったのかもしれない。今となっては分からない。
巨大な三角形は、ひとつの大きな光の塊となる。
その光の塊は、ドロフの元へ向かってくる。
莫大な、トライフォースの力。それはドロフを包み込んだ。
(……そうか、そういうことか、盲点だった)
ドロフは、自分の生存を引き換えに、ガノンドロフを消滅させるつもりだった。
トライフォースを使って自分を生存させる。そんな方法も考えた。
だが、ドロフは諦めた。
そんなことをすれば、ガノンドロフを倒せなくなってしまうからだ。
しかし、ドロフは見落としていた。
トライフォースは願いをひとつだけ叶えることができる。
ドロフを生存させ、ガノンドロフを倒す。
トライフォースの性質により、どちらかの願いの一つを切り捨てなければならないように思える。
ならば、二つの願いを両立させる願いを言えばいい。
『
この願いならば、ドロフの生存と、ガノンドロフ打倒の二つを同時に達成できる。
少し頭を捻れば、わかることだ。
だが、トライフォースを長らく求めていたドロフは、先入観のせいで、すぐわかる解決方法を見落としていたのだ。
(力が、みなぎっていく)
体が軽くなる。これまで自分にかかっていた枷がすべてなくなったような感触だ。
仮初めの肉体から、本当の肉体を得たのだろう。
しかし、それだけではない。
ドロフの体から、あふれんばかりの白いオーラが立ちのぼる。
ドロフは意識が飛びそうになる。
尋常ではない大海のような大量の魔力が、ドロフの体に流れ込んでくる。
それは、取り込んだトライフォースの聖なる魔力。トライフォースの力が、今、ドロフに譲渡されたのだ。
ドロフは意識を失わないように、こらえた。
「その三角形の魔力を我に寄越せ! 貴様には過ぎたる力だ!」
ガノンドロフは怒りの表情を浮かべ、ドロフに攻撃をしかける。
それはまるで、玩具を取り上げられて癇癪をおこす子供のようである。
ドロフは双剣を構えた。
ガノンドロフの黒槍と、ドロフの双剣が衝突する。
ガノンドロフが、ドロフに向けて、3段突きを放つ。
対して、ドロフはとても戦いの最中とは思えないほど、冷静な目つきで、攻撃を受け流す。
「貴様を殺し、その魔力を強奪すればいいだけのことだ」
「世迷言をぬかすな。トライフォースはおまえも、わしも持つべきではない。人間の手に余るものだ」
しばらく、ガノンドロフの連撃が続く。しかし戦いの形勢が一気に変わった。
ドロフの反撃に、ガノンドロフが押され始めたのだ。
ドロフは受肉し、本来の実力を取り戻した。
さらに、トライフォースの魔力を浴び、ガノンドロフの秘石による能力の倍加を超越している。
身体能力、魔力、剣士としての技量。
現在のドロフは、その全てでガノンドロフを上回っていた。
ドロフは、舞うように剣戟を浴びせる。
ゲルド流剣術の最も恐ろしいところは、攻勢に転じた時である。
双剣による手数の多さ、攻撃速度、軌道の読みにくさ。それらの本領が攻撃の際に、牙を剥く。
「ぬぅっ! バカな! 魔王である我が、たかが老いぼれに打ち負けるなど!」
「年季の差、だ。少しは年長者を敬う気持ちを持った方がいい」
ドロフの右剣コウメが、ガノンドロフの脇腹を切り裂いた。
コウメコタケは、トライフォースの魔力を帯び、白く輝いている。ガノンドロフの瘴気の防御を、たやすく突破でき、大ダメージを与えられる。
続けて、左剣コタケが、ガノンドロフの右腕を切りつける。
ガノンドロフは痛みのせいか表情をゆがめ、硬直する。
その隙をドロフが見逃すはずもなく。右剣コウメで、ガノンドロフの手から槍を弾き飛ばす。
そして、左剣コタケで、ガノンドロフの胸元を一閃した。
「認めぬっ! もはや自我も肉体もいらぬ。貴様を道づれにしてくれるぞ」
追い詰められたガノンドロフは、憎々しげにドロフをにらみ、己の額に埋まった秘石を砕いた。
次の瞬間、ガノンドロフが瘴気に飲み込まれ、肥大化していく。
瘴気の嵐が巻き起こり、ガノンドロフの体が変貌していく。
漆黒の鱗を持つ、禍々しい姿の、巨大な龍へ。
「愚かだ、人の姿を捨てて、なぜそこまで……」
ドロフは、それ以上、言葉が出なかった。
なぜなら、昔の自分もガノンドロフと同じ選択肢を取ったからだ。
時の勇者に敗北し、力のトライフォースに飲まれ、醜い魔獣に成り果てた。
まるでそう、あの黒龍は、かつての自分そのものだ。
(ああ、そうだ、それほどまでに、わしはあの風が欲しかった)
野望にまみれ、破滅した魔王だった自分。
それをなかったことにしたかった。
だからこの世界で戦う理由は、己の罪を償うため。例え命尽き果てても構わなかった。
しかし、リンクとゼルダは、ドロフの生存を望み、トライフォースの力でそれを叶えた。
ドロフは滅びるはずだった仮初の肉体から、本当の肉体を手に入れた。
今の戦う理由。それは、これからの人々の未来。そして自分の未来のために。
黒龍となったガノンドロフは、ハイラルの赤い空へ上昇していく。
そのまま瘴気の黒雲の上で、ゆらゆらと泳ぎ始める。
黒龍からは、ガノンドロフの意思を感じられない。
しかしあのまま放置しておけない。
黒龍の体から瘴気が漏れ出ている。
もし黒龍が自由気ままにハイラルの空を漂えば、地上が瘴気まみれになってしまう。
ドロフは、振り返って、リンクとゼルダを見た。
「二人はそこで待っていてくれ。
あれは自分が片をつけなければならないことだ。
今から少しばかり見苦しいところを見せるが、許してくれ」
リンクとゼルダは、上空を漂う黒龍に視線を向けたあと、ドロフの言葉にうなずいた。
自分たちでは、高度数千メートルの高さにいる黒龍には近づけないと考えたのだろう。
それからドロフは意識を己の内側に向けた。
体の中で沸き起こる膨大なトライフォースの魔力を、操る。
ドロフの体が、巨大化し、姿を変えていく。
二本の角を生やした、イノシシのような顔。巨大な四足歩行の獣だ。
──魔獣ガノン。
かつて時の勇者に追い詰められたドロフは、力のトライフォースを暴走させ、魔獣になった。
だが、今回は違う。
自分の意志で、力に飲まれず、敵と対抗するためにこの姿となった。
魔獣ガノンは、跳躍する。
そこに見えない坂道があるかのように、四本足で空を駆け上っていく。
やがて魔獣ガノンは、黒龍の元にたどりついた。
獣と龍が、ハイラルの空で、交錯する。
決着は一瞬だった。
黒龍は咆哮をとどろかせ、本能のおもむくままに、魔獣ガノンに嚙みつこうとする。
魔獣ガノンは、相手の噛みつきをかわし、黒龍の首元に牙を突き立てた。
黒龍の体が、白く光った。
魔獣ガノンの牙から注入された、トライフォースの魔力。それが、黒龍を侵食していく。
やがて、トライフォースの魔力が全身に回り、黒龍は消滅した。
ハイラルの赤い空が、元の空の色へ戻る。晴れ渡る、青空に。
魔獣ガノンの巨体がしぼみ、元の姿──ドロフの姿へ戻っていく。
ドロフは、上空数千メートルを落下し、ハイラル城の近くにあった湖に着水する。
湖の水面から顔を出したドロフは、快晴の空を視界におさめる。
その時、空に誰かが浮かんでいるのが見えた。
あれは誰だろう。
3人いる。
一人は、黒色の肌を持つ、羊のような顔をした獣人の男。
その隣には、ブロンド色の髪を肩まで伸ばした、褐色肌の女。
もう一人は、ウサギのような耳を生やした、鼠色の肌をした、獣人の女。
距離が遠いせいで、ドロフは、上空にいる三人の顔をはっきりとは確認できない。
ドロフには、彼らが何者かは分からない。
ひょっとすると、ドロフがいなければ、リンクとゼルダは彼らと出会っていた可能性もあったかもしれない。
それでも、彼らに伝えよう。
魔王は倒された。そのことを、伝えよう。
ドロフは、三人に向かって、右腕をかかげる。
すると、三人組は、幻影のように風とともに消え去った。
見間違いだろうか。消える直前、三人は満足したかのような表情を浮かべていた。
それはまるで、自分たちが果たせなかったことを見届けたみたいに。
ドロフが湖の岸に上がると、すでにリンクとゼルダが迎えに来ている。
二人に向かって、ドロフはゆっくりと歩き出す。
こうして、ハイラルの存亡をかけた戦いは、静かに幕を閉じた。
★
「はい、今日のお話はここまでです」
「ゼルダ先生ー!! そのあとはどうなったの!?」
小さな教室。小さな空間を満たすように、椅子に座った少年少女たちの声が飛び交う。
黒板の前で、ハイリア人の少女が子供たちと向かい合っていた。
かつて肩まで伸ばしていた少女の金髪は、短く、ボブカットに切りそろえられている。
この4年で、少女は成長し、やや大人びた顔立ちになっている。
教室の壁には『ゼルダせんせー』というタイトルの絵が飾られている。
拙くクレヨンで描かれた、少女の姿。
少女が先生として子供達から慕われていることが、この絵からうかがえる。
その日、ハテノ村にある学舎でおこなわれたのは、歴史の授業だ。
100年前に起こった、厄災によるハイラルの滅亡。
そしてちょうど4年前に果たされた、厄災ガノンと、元凶である魔王ガノンドロフの討伐。
その顛末を、少女は子供たちに語り聞かせていたのだ。当事者として。
「もう日が暮れています。つづきはまた明日。みんな、気をつけて帰ってね」
「えー! そんなぁ! ここで話を終わらせるなんて、ひどすぎるよー!」
「もっとドロフおじさまの活躍が聞きたいー!」
「そういえば、ゼルダ先生は、いつリンクお兄ちゃんと結婚するの?」
ハイリア人の少女──ゼルダは、いつものように、ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供たちを宥めすかす。
やがて子供たちは文句を垂らしながらも、ひとりまたひとりと、学舎から出ていく。
子供たちを見送るため、ゼルダは学舎の玄関口から外に出る。
外に出たゼルダが耳にしたのは、子供たちの喜びの声だった。
「うわぁ、ドロフおじさんだ!!」
ゼルダの視線の先。
ハテノ村の歩道。その中央には、子供達に群がられている、ドロフの姿があった。
「おじさん、肩車してー!」
「私も私も!」
「肩車ー!」
子供達がひっきりなしに言ってくるせいか、ドロフは仕方ないといった風にため息をつく。
そして、ドロフは一番近くにいた小さな女の子を肩車する。
子供達は列を作り、ドロフに肩車をしてもらうのを、ウキウキとした様子で待ちわびる。
ゼルダは、毎日繰り広げられるその光景を目にして、にっこりする。
4年前、ハイラルを脅かす厄災と、元凶である魔王は滅び、この地に平和がもたらされた。
それを成したドロフ、リンク、ゼルダの三人は、休む暇もなくハイラル各地を巡った。
主な目的は二つ。
一つは、復興支援をおこなうこと。
100年前のハイラル滅亡により、この地にはいまだ禍根と悲しみが残されている。
それは長い年月をかけてでも、取り除かなければならないだろう。
もう一つは、各村各里の長と連携を取るためだ。
将来、ハイラル王国は生まれ変わる。5年後、あるいは10年後、ゼルダは女王として、この国を治める日がやってくる。
ハイリア人、ゾーラ族、ゴロン族、ゲルド族、リト族。
この国で生きる5種族が、手を取り合って、新生ハイラルを立ち上げていくのだ。
行く先々で出会う人々は、三人を迎えいれ、歓待した。
ハイラルの人々にとって、ドロフとリンクは、厄災を倒した英雄だ。
なによりドロフとリンクは厄災討伐の旅ですでに各地を巡り、四種族とかかわりを持っている。
加えて、ドロフはゲルド族であり、ゲルドの民との関係を取り持つように動くことができた。
そのおかげで、ゼルダと各地の長たちの間で、協力関係がスムーズに結ばれたのである。
ドロフたちはあちこちを飛び回ったりと、忙しい日々を過ごし、あっという間に3年の月日が流れた。
そのあと三人は、ある理由から、ハテノ村に1年間、滞在することになった。
「おい、おまえたち、あやつなら、もっと面白く遊んでくれるぞ」
子供たちを順番に肩車していたドロフは、にやり、と笑みを作る。
ドロフが、子供達の背後を指さす。振り返る子供達。
そこには、リンクがいた。ちょうど狩りから戻ってきたのだろう。
リンクは両手で、小さな板──『プルアパッド』を操作する。
すると、リンクの周囲にある虚空が緑色に光る。そこから物体が現れる。
ひしゃげたゲージ、木材、さびた鉄の板。ゴーレムの残骸。それらスクラップを無理やり合体した、いびつで無骨な小型戦車だ。
子供たちは、リンクが生み出した小型戦車に集まり、触ったり、その上に乗ったりする。
「やっぱり『ぞなうぎあ』の力はすげえー!!」
「リンクお兄ちゃん、この前みたいに空飛ぶヘンテコな乗り物を作ってよ!」
「リンク兄ちゃんとゼルダ先生はいつ結婚するのかなぁ……」
ざわざわ、と騒ぐ子供たち。ドロフはうんうん、と頷いた。
「ふむ、やはり子供は玩具に心惹かれるものだな……」
おもちゃにしては、少々物騒である。
ドロフたちがハテノ村に滞在したのは、プルアの研究を手伝うためである。
ガノンドロフ討伐直後、プルアはゾナウ文明の遺跡を発見する。
次に、ハイラルの地底には広大な空間が広がり、そこにゾナウ文明の貴重な遺物があることに気が付いた。
さらにハイラルの上空にある空島に、ゾナウ文明に関する遺跡があることも発見。
ドロフたちは、プルアに協力し、ゾナウ文明の調査に乗り出す。
ゾナウ文明の技術は、シーカー族の技術に匹敵するほど高度なものだった。
その技術を手に入れることができれば、ハイラルの国益になるのは間違いない。
アッカレ地方で研究所を構えていたシーカー族のロベリーも加わり、調査は大規模なものとなった。
ドロフとリンクは、ハテノ村を拠点にしつつ、地底に潜ったり、空島へ飛んだりする。
一方、ゼルダはゾナウ文明の研究をしつつ、ハテノ村の学舎で子供たちの相手をした。
しばらくして、ゾナウの技術をいくつか手に入れた。
『ウルトラハンド』
『スクラビルド』
『トーレルーフ』
『モドレコ』
『ブループリント』
それらの技術は入念に解析され、プルアが作成した『プルアパッド』に移植された。
そして最大の発見はなんといっても『ゾナウギア』と呼ばれるアイテムだ。
このアイテムを使えば、特殊なエネルギーにより、組み立てたガラクタを乗り物や兵器に一変させられる。
ゾナウの機械の周囲で、きゃあきゃあ騒ぐ子供達を見て、ドロフはしみじみと呟いた。
「ううむ、やはりリンクのようには使えんな。こればかりは、苦手な分野だ……」
当初、誰もがゾナウの技術を持て余していた。
そんな中、リンクが、次々とそれらのアイテムを使いこなしていった。生来持つ優れた機転と発想力によるものだろう。
ドロフは、リンクと子供達の様子をながめて、ほほえましく感じた。
(……そういえば、あの海の時代で出会った勇者と姫も、平時はあのように無邪気だったのかもしれんな)
海底に沈みゆく魔王城。あの時、あそこで、ドロフは、ガノンドロフとして、小さな勇者と姫の前に立ちふさがった。
それは敵対者として。あるいは子供たちの最後の試練として。
ドロフは思いをはせた。
今の自分なら、あの時と違った態度で、あの二人と接していたかもしれない。
(いまさら悔やんでも、どうにもならんか)
過去を清算しても、なかったことにはできない。
しかし、自分は今、生きている。
生きているから、次は生き方を変えていく。
ガノンドロフは、かつての世界で死んだ。
今の自分はドロフ。ただの、ゲルドの男。
ドロフとしての生き方。それは、次の世代を見守り、あるいは導き、見送ることなのかもしれない。
★
「では、しばしの別れだな」
「はい、少し寂しくなりますね」
「なに、しばらくすればまた会える。貴殿はこれから務めを果たすのだろう、ゼルダ姫。
それにリンクがいる、心配はない。
ん? どうしたリンク、<次にあった時、土産話をたくさん聞かせてよ>だと? ああ、いいさ」
数日後、ドロフ、リンク、ゼルダの三人は、ハテノ村を出立した。
村人たちに見送られ、三人は村の門を出た。
ドロフは黒馬に乗っている。
リンクはエポナに騎乗している。
ゼルダは、つい最近、遺跡から発掘された『マスターバイク』に搭乗している。
三人は並んで、村の門から続く街道を進んだ。やがて三人は立ち止まった。
その先は、右と左。二つの道に分かれている。
これから、ゼルダとリンクは右の道へ進み、中央ハイラルへ向かう。
三人が各地を巡ったおかげで、各村各里同士の交流も活性化した。
さらにガノンドロフの消滅と同時に、ハイラル全土から瘴気が消え、魔物が急速に数を減らした。
商人や旅人が魔物に襲われる危険性が下がり、各地の交流がより促されたのだ。
そんな中、ある変化が起きた。
中央ハイラル。そこには、100年前に厄災ガノンによって消滅した、王都の残骸がある。
廃墟だったその場所に、各地から種族を問わず様々な者たちが集まり、小さな集落が生まれた。
「時間が空いたらそちらを訪ねよう。……新生ハイラルの王都が誕生する瞬間を、この目で見届けねばな」
ドロフは、未来の女王とその騎士へ期待のこもった眼差しを向けた。
ゼルダはその集落の長を務める。
集落は、日に日に各地から人が集まり、規模が大きくなっている。
何十年後もの未来、そこはかつてのような栄華を誇る都となるだろう。
それはきっと、ハイラル王国の新しい始まりとなる。
「ゼルダ姫、貴殿との約束を果たすのは少し先になる。わしには、やらねばならないことがあるからな」
ドロフは、中央ハイラルとは別方向の、左の道へ、顔を向ける。
左の道。その先はゲルド地方の方角だ。
ドロフは、リンクとゼルダと行動せず、ゲルドの街へ帰郷する。
ドロフは、以前、ゼルダと約束した。『新生ハイラルに仕える』と。
だがその前に、ドロフはこの世界で見つけた夢を実現させようと思った。
ドロフの新しい夢。
それは、ゲルドの砂漠に緑の自然を芽吹かせ、豊かな土地にする。
かつて憧れたハイラルの、あの緑の平原のように。
いつかまたガノンドロフが現れても、乾いたゲルドの土地が豊かであれば、かつてのドロフのように野望に走ることはないはずだ。
それに、ドロフがゲルドの街に戻る理由はもう一つある。
少し前、族長のルージュから伝言の手紙が届いた。
どうやら、現在、ゲルドの街はある問題に悩まされているらしい。
ヴォーイハントのためにゲルドの街から出ていく者たちの数が、激減している。
その原因が、ドロフにあるという。
聞けば、ゲルドの街の女のほとんどが『ドロフ様ファンクラブ』という団体に加入しているそうだ。
ゲルド族にとって、ドロフは100年に1度の魅力的な異性である。
しかも砂漠の民を苦しめるイーガ団を倒し、神獣の暴走を鎮めた、まごうことなき勇者。
この4年間で、ドロフはゲルドの街に何回か赴き、そのたびにドロフのファンが加速度的に増加していった。
(ルージュ族長も困っているようだな。なんとか事態を収拾せねばな……)
つまるところ、ドロフによって、ゲルドの民の間で男に対するハードルが上がりきってしまった。
その結果、ヴォーイハントに向かう者が激減し、ゲルドの街において、深刻な社会問題となっているのだ。
(自分が行けば、余計に状況が悪化しそうだが……)
しかし、同胞たちの元へ帰りたいという気持ちがある。
そしてドロフが下した決断は、最終的にその時の自分がなんとかするだろう、という投げやりなものだった。
<また会おう>
リンクは、そう告げて、ドロフに手を振った。
ドロフはゆっくりと手を振り返した。自分らしくない、と思った。
それからリンクはエポナを走らせる。
ゼルダはアクセルグリップを回し、エンジンを吹かしながら、マスターバイクでリンクを追走する。
二人が右の道へ移動したあと、ドロフは手綱を揺らし、黒馬に走るように急かす。
ドロフを乗せた黒馬が、左の道へ走り出した。
故郷につながる、道へ。
穏やかな風が吹いた。
風が、ドロフの頬を撫でた。
風は野生の息吹を運んでくる。自分が生きていると伝えてくれる。
ドロフは、つぶやいた。
「……今日も、良い風だ」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
一ヶ月空いちゃったけど、完結させることができて一安心です。それではまたどこかで。