神聖術により行使される元素は数多く、それらを組み合わせて生まれる現象を合わせれば数えられないほどだ。
熱・風・水・凍・鋼・晶・光・闇。
これらの用途は多種にわたり、生じる現象は到底人間が生み出せる力を逸脱したものであり、この世界の出で立ちに起因したものと言える。
それらはこの世界が創造された初期にログインしたフラクトライト達によって後世へと伝えられて今に至る。
それは常識。疑うところはなく、また、それ以上があるとも思いつかないほどに根付いているものだ。
今あるものを使う。それが人間としての、歴史を歩んできた者たちの、いたって当たり前の思考なのだから。
「嘘だろ…………ッ!?」
その常識を、星王は覆した。
「
ひとつの星の王に至った男は過去に囚われていた。
彼は元いた世界での経験とこの世界での経験を織り交ぜ、常識からかけ離れた公式を構築する。
それは、どの元素を掛け合わせても生まれることのなかった異常。
ゼロからイチを生み出す偉業を成し遂げた星王渾身の1。
星王の思いの具現化。
「さあ……天を見上げろ」
「ッッッ!」
星王のみが扱うことの出来る元素。
名前の付いていない、付ける必要すら感じなかったその元素に、あえて名前をつけるとするのなら、それは────【
星の王と呼ばれた男が、星の一つや二つを生み出し、動かせないはずもない。
────さぁ、
────楽しい、愉しい!!
ぺたぺたと、弾力のある素足が駆ける音が聞こえる。
無邪気に、大胆に、悍ましいほどに。
絡みつくかのような純粋さを纏って。
レインの周りを、小さな子供が鼻歌混じりに走り回る。
────キラキラ、キレイね!!
レインの裾を引っ張り、空を指さしてケタケタと嗤う子供の姿を……幻視するほどに。
「クッソ……ッ!!!」
空が輝く。それは星の命の灯火。
舞台の終幕を彩るフィナーレ。誕生日ケーキを照らすロウソクの火のように、儚いそれらは最期の姿を発揮する。
それは正しく、
世界を照らすは破滅の光。
一人の男が目を焦がした憧憬とはかけ離れた、星の終わりを告げる輝き。
それは一人の男の絶望の具現。
憎らしいほどに輝く夜空に点々と瞬く星々の輝き。世界がどうあっても変わることのない希望の象徴。
「全て儚き夢の終わり」
暗闇が覆いつつある紅い空。
分厚い雲をから覗く光は存在せず、世界からこの星を切り離すかのような壁となっていた。
地響き。突然起きた自然現象。それは空に浮かぶレインの耳に音として届けられ、しかしからが見つめるのは地上に在らず。
人類が見上げるもの。手が届かないと分かっていながら、それでも手を伸ばすもの。
願いを込めるもの。
「星に願いを」
────【
星を砕くには届かないサイズ。
されどそれは世界を破壊するに足る物量を伴い、天より飛来する。
都合五つの流星。
それらは互いに引力を発生させて、小さな存在へと集約する。
(座標が────)
星の引力は感覚を狂わせ、身体の自由を封じる。
張り裂けそうな程に四方から引っ張られ、捻れ、熱を浴びながらレイン・シンセシス・トゥエニの姿は包み隠された。
◇◇◇◇
『アスナ』
覚えている。その声を。
忘れていた記憶。思い出した記憶。もう二度と手放さないと誓った思い出。
────■■■くん。
分からない。聞こえない。思い出せない。
大好きな人の名前が分からない。
声も、顔も、仕草も、癖だって思い出せるのに。
彼の名前を呼べない。
この記憶が本物だと断言出来る。あの頃の思い出は代わるもののない宝物だと叫ぶ。
そして。
『お前らが剣を向けるんだ……なら、俺が殺しても問題無いだろう?』
覚えている。
『どうして殺すのか、か……必要だからに決まってるだろ』
覚えている。
『お前らの言葉は矛盾しすぎてて気持ち悪いよ』
覚えている。
【
ラフィン・コフィンのNo.2。攻略組によるラフコフ掃討作戦において、その大半を斬殺し、無傷で逃亡。
以来、poH同様、SAO内で見つけることの叶わなかった殺人鬼。
分かっている。
理解している。
ゼロという男を知っている。交わした言葉を覚えている。あの悲しい瞳を忘れることなんてできない。
だからこそ……私は、その記憶が偽りのものであると断言出来る。
『アスナ』
その声を思い出す度、胸が張り裂けそうになる。
呆れたように、けれど優しさを含んだ彼の声が、何度も、何度も、何度も。
「……好き」
口から漏れ出た声は、思いのほか掠れていた。それもそうだ。もう何時間と戦い続けて水分を補給する暇なんてなかった。
ダークテリトリー軍との戦闘は、ほとんど現地の騎士達によって制圧されていたけれど、現実世界からの敵軍はそうもいかなかったから。
汗と僅かな流血が混ざり、僅かな粘度を有する程に時間が経っているそれを拭って私は誰に聞かせる訳でもなくひとり呟く。
「好き」
今度は上手く言えた。
少し喉が痛いけれど、それでもその音は言葉として成立していた。
キリトくんと彼。
大きな戦局が二つ同時に動いている。
増援に来てくれたクラインさん達は見えない場所の戦いの結末を見届けるように立ち、そして迷う様な素振りを見せる。
それは助太刀に行くという選択肢を考えての事ではなくて。
シリカちゃんやユナ、今は既にここにはいないしののんとユウキ、ユイちゃん達との認識のズレ。
私の中に混ざる二つの記憶。
頭が痛くなるほどの矛盾。決して相容れない二つの記憶。その一方を偽りであると言わなければならず、けれどそのどちらもが本物だと言えるもので。
『アスナ』
だからもう一度断言する。
偽りの記憶は、そちらなのだと。
彼は敵じゃない。彼との思い出がそれを証明する。
彼と過ごした日々は全て本物で、彼と見た景色は全て宝物で。
彼は殺人鬼では無い。
あんなにも冷たい目をしていない。
「……どこの誰かは知らないけど、絶対許さないから────」
彼の記憶を消された。彼の偽りの記憶を混ぜられた。
許されざる行為だ。
返せ。
本当の■■■くんを────。
「……」
ぎゅっと拳を握り締める。整えられているはずの爪はそのまま掌の皮膚を僅かに突き破り、血のネイルが歪に覆う。
熱のような痛みが手から伝わってきて、私は視線を下へと傾ける。
下を向く。なんの価値もない行為だ。この場においては不正解としか言いようのない。そう分かっていても顔をあげることは出来ない。
彼の名前を思い出せない私にそんな資格があるのだろうか。
『好き』。それは本当。彼との思い出が蘇った私の心からの恋慕。何度も何度も繰り返し唱えることの出来るものだ。
けれど、同時に思う。
『好き』、と。そう重ねて言い続けているのは、つまるところ自己暗示のようなものなのではないかと。
彼のことが好きな結城明日奈が正しいのだと。そう言い聞かせているだけなのではないか、と。
頭を押さえて何かを思い出そうとするシリカちゃんを見る。そして、エイジくんに寄り添うユナを見て、そのままぐるっと周りを見渡す。
ユウキは走った。ユイちゃんはしがみ付いた。しののんは翔んだ。アリスは己の使命を果たしに行った。ベルクーリさんも、戦場へと向かった。
剣音が僅かに聞こえる。この距離まで。この規模で。
空を覆う爆発が。闇が、光が。聞こえては来ない雄叫びを幻聴する程に。
力が入っていた手を開き、顔の前に持ってくる。
内出血のようにじわりと滲んだ出血。ヒリヒリと残り続ける痛み。それだけ。
────私は何をしてるの?
「っ、アスナ!?」
視界が広がる。地面が遠のく。
違う。私の足は地に付いている。私の足元がせせり上がったんだ。
神に捧げる賛歌のような音と虹の架け橋。相反するかのような頭痛に眉を顰めながら、私は地形操作による地盤隆起で一気に空を飛んだ。
「づっ……!!」
立て続けに地形操作を行う。耐え難い頭痛だ。脳内を直接かき混ぜられるかのような、正気を保つことも難しい痛みだ。
それだけ。
「嫌だよ……っ」
皆みたいに私は飛べない。
だから私は走る。ユウキがしたように。
なんて遅い走り出しなんだろう。子供の時にやっていたけんけんみたいに、点々と作り出されていく足場を大股で飛び乗って走る。
自分で作っておきながら躓きそうになる脚を叩いて走る。
「私、もっと……ずっと────」
目的地は定まって。けれど全然縮まらない距離に歯噛みして。
間に合わないかもしれない。意味は無いのかもしれない。それでも走らずにはいられない。
溢れそうになる涙を堪えて、けれど流れてしまうからそれすら置き去りにするほどに走って。
こんがらがって、ぐるぐると色々なことが回り続ける頭のままに、私は走る。
「キミと、一緒にいたい……!」
走って、走って、走って。
後悔するかもしれない。そんなのはどうでもいい。
この衝動に身を委ねる他に、私に残された選択肢なんてあるのだろうか。
烏滸がましいよね。傲慢だよね。怠惰ですらあるだろう。
それでも、私は望んでしまうから。
一度見えてしまった光を、触れた感触を取り戻したいのだと。
そうして、私は叫ぶのだ。
「────レインくんっ!!!」
◇◇◇◇◇
星同士の衝突。
それは単純な岩と岩の衝突を拡大解釈するだけで測れるスケールを逸脱したもの。
星とは生命。衝突は生命の終わりを意味し、星の灯火の爆発はただの衝撃に終わらない。
それは命を刈り取るもの。
落下に伴う運動エネルギーが衝突により全て熱エネルギーへと変換される。
衝突点の温度は数万℃にまで一瞬にして上昇。流星自体すら一瞬にして蒸発させる熱はプラズマとなり、超音速で周囲に膨張・伝播する。
プラズマ化した窒素、酸素、そして地殻成分である硫黄。
それらが高活性化。大気中で窒素化合物が大量生成される大規模な化学反応が引き起こされ、創り出されるのは死の領域。
ダークテリトリーという、作物に適さない既に死した大地は侵入者の生命を貪り尽くす死の大地と化した。
少なく見積って、100年。
星の衝突が繰り広げられた地点から半径約100kmは、何人たりとも踏み込むことの出来ない地となる。
「……」
融解した大地はブクブクと膨れては弾け、色を纏った煙が空へと昇る。
駆け巡る雷電。一層紅く染まった大地に走る白い閃光は今なお有害成分を生成し続けている証。
一種の地獄とも言うべき大地に照らされ、星王は空中で静止したまま黙り込む。
レインとの戦闘が始まって以来、一歩たりとも動くことのなかった星王は変わらずその場で大地を見下ろし、ただ呼吸をするのみ。
異常なまでに傷一つ無い黒のロングコートが靡く。背中で交差される形で背負う二刀の剣は抜かれない。
数分、もしかしたら数秒かもしれない。
彼はただ待つ。来ることが分かっているから。
隠れている気配に気付いていながら、それでも星王は動かない。それを、望んでいるから。
果たして、それは来る。
衝撃。星王の左側、肩の辺りに向けられた脚。
球状に常時展開されている星王の心意が奇襲を防ぐ。
「ぐっ……!!」
苦渋の声が漏れたのは襲撃者の方から。
流星のごとき蹴りを見舞うレインは、心意による壁の強度に目を見張る。
星王は揺れない、崩れない。世界に固定されているようにただそこに存在するばかり。
(硬すぎるだろクソがッ……!!!)
左腕が光る。それは強化によるものではなく治癒。
半ば強引に実行した転移の代償。生存を勝ち取ったレインにとっては小さなものでも、その痛みは無視できない。
だが、それ以上の集中とアドレナリンによって一時的に痛覚を遮断した。
(行け、行け、行けッ! この程度砕けないようじゃ時間稼ぎなんてできるわけねぇだろうが!?)
レインの中に、勝利という選択肢は既に無い。
力量差は歴然。何がどう転んだとしても勝てるはずが無い。それを理解しているからこそ、勝利の択は捨てている。
それは諦めでは無く冷静な分析。
心意の壁は揺らぐことはない。亀裂は入らない。星王の顔が歪むことはない。
我関せずといった様子を見て、レインは目を細めた後に僅かに歯を剥き出しにして口角を上げる。
「……
心意の壁が弾ける。
絶対的な防御となっていた心意の壁の消失。停止では無く進み続けていたレインはそのまま星王の横っ腹へとつま先を捩じ込み、吹き飛ばす。
威力は衰えず、カセドラルの外壁を容易く砕く渾身の蹴り。何重にも重ねて本来の出力を演出した神聖術と心意による強化を加えた一撃は、確かな手応えを感じるには十分すぎる一撃。
ハハッ、と笑うレインは視線を切ることなく星王を見つめる。
「……お前さぁ────」
半開きの口、力の入っていない両腕。凄まじい速度で吹き飛ばされた身体を即座に宙に固定。薄まった靄から覗く瞳は尚も黒く暗く澱んでいる。
「俺の事殺せないんだろ」
「……」
レインの放った言葉は核心を突いていた。
その言葉の真意は、実力によるものでは無い。『殺せない』というのも、正しいが誤りとも言えるだろう。
初邂逅の心意による攻撃。
あの時、星王はレインの首を落とすことが出来なかったはずが無いのだ。
造作も無い事だろう。それほどまでに、星を統べる男の心意は極まっているのだから。
だから今レインが生きているのは偶然では無く必然。
単に、星王にレインを殺すつもりが無いため。
否。
「俺が『親友』だから殺せないってか」
「……」
星王にとって、その存在こそが至上。
すべての始まり。
叶わぬ願い。
ようやく訪れた絶好の機会。
星王は、レインを殺さない。
200年近くの時を重ね歪んだ後悔は今どんな形をしているのか。それは星王にも定かではない。
返事は無い。それこそが答えなのだと、レインは息を吐き笑みを深めた。
「俺の知らないところで勝手に親友認定すんなよ気色悪いな!」
生成できるありったけの光素を重ねた両手の間に集約させる。ジリジリと音を出しながら熱を生み出す光の玉。星王のデバフがあってなお、小さな太陽と呼ぶべき熱量を内包したそれを極限まで小さな球状へと形成。
「女の『レイン』と勘違いしてんじゃねぇだろうなぁ!!」
その光は、白を通り越したもの。
万物を焼き焦がす光は大気すら燃やし尽くす。
光が放たれる。音はしない。これはあくまでも、ファナティオ・シンセシス・ツー有する天穿剣の劣化版。
それでも尚、アドミニストレータをして回避一択を即決する程の貫通力を秘めた光線。
対する星王は闇素をひとつ……否、重ねて見えないものの数十の闇素を瞬時に創り出し闇の渦を展開。
空間が捻れる。範囲を限定した強烈な引力。限定的なブラックホールが、光を呑み込む。
(まぁ無理か……天穿剣なら話は変わってくるだろうけど────)
「レイン……『レイン』……」
「……?」
片手間に対処し当然のように無傷で立つ星王。
舌打ちすらする気が起きない程の力量は分かりきっているもので、レインが訝しんだのはそこではなく星王の様子を見てのもの。
考え込むように、思い出すように、噛み砕くように。ブツブツと呟気を繰り返す相手に、しかし隙が一切ない事から様子見をしつつ傷の治療を行う。
数秒、片手で数えられるほどの時間を経て、星王はようやく言葉を止め、レインを見やる。
「ああ……多刀流の女か」
────居たな、そんなやつも。
ゾワッ……。
幾度なく死を目前とし、恐怖を感じ続けて来たレイン。
「忘れてたよ……」
圧倒的な心意による不可視の必殺。星を統べる男の管理者権限による神聖術の弱体化。逆に、一つ一つが命の灯火を消すに足る威力を誇る神聖術の数々。
極め付けに見せられた新たな神聖術、星素。
全てが紙一重。全てが星王の掌の上。今レインが生きているのは星王自身による采配あってのもの。
星王がレインを殺すことは無い。
それを突き止め、理解し、利用しようとしてなお……ソレを見てレインは呼吸を止める。
両手をゆっくりと動かし、肩へと回すとそのまま背中に携えた二刀の柄を握る。
まだ剣を抜いていない。戦闘態勢にすら入っていない。
大気が軋む。地が叫ぶ。
地獄の釜のマグマとなった大地がその活動をさらに活発化。地の底から響く叫び声のような歪み。
ゆっくりと。
星王の周りの空間が歪む。所々に見えるヒビのようなもの。
装飾の欠けた剣が姿を現す。
片や、紫にも見える、けれど限りなく黒に近い剣だった。
花のような装飾は砕け、柄は片方が折れている。天命値を見れたなら、きっとマイナスを示しているだろうという程にその剣は古びたものだった。
片や、闇と言うべき黒。
刃先が砕け、刃こぼれも酷く、剣としての機能が生きているとは到底思えない代物だった。
剣を使う騎士にあるまじき事態。
魂であり相棒であり、命を預ける剣の手入れを怠っているとしか思えないもの。
いや、仮にそうでないとしても、そこまで壊れた剣を使い古すというのはたとえ思い入れがあろうとも騎士としての振る舞いでは無いと非難されて然るべきもの。
「────」
そんな剣で何が出来るのか。
そんな思考に、レインが至ることはない。
何を考えるよりも先に身体が後退を選択する。
一気に流れ出した冷や汗を置き去りにしての飛翔。ここから先は瞬きすら許されないとばかりに目を見張り、星王の挙動を観察する。
「【心意収束】」
目を逸らした訳ではない。ずっと見ていた。否、今も見ている。一歩も動かずに佇む星王を。
けれど、と。レインは心臓を大きく弾ませ、喉を鳴らす。
聞こえるはずの無い距離で、聞こえるはずの無い方向から聞こえてきた死の宣告を。
「────【
対星王
アドミニストレータは100回闘ったら1回は相打ちにもっていける
ガブリエルは能力が星王特攻だからワンチャン勝てる
キリトくんは絶対負けない