これもきっと妖怪のせいに違いない(願望)   作:R1zA

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真夏の訪れと氷の姫君

 

 

 

 最悪な目覚めだった。

 

 

「あっづい………」

 

 

 昨日以上に照りつける強烈な日差し。

 それに伴って上がり続ける室温。

 

 今日も元気に9時起きという夏休み出不精ノルマを達成した俺を待っていたのは、灼熱地獄とも言いたくなるような、真夏の始まりを告げる熱波だった。

 

 

 ──フミちゃんが家に来てから、はやニ日。

 

 あの日、何とかイナホさんとの写真やその他諸々etcに関する彼女からの追求を逃れ、今に至る。

 

 フミちゃんが『2回瞬きした後に右上に目線が行ってる……嘘、ついてるよね?』とか真顔で言い出した時は本当に背筋が凍ったかと思ったよね。

 

 

 君なんかちょっと数カ月前と違くない? 

 本人が知らない癖を見抜いてるのは何なのさ。

 

 

 まぁ、この癖は死ぬ気で矯正するからいい。

 これ以上この話題について深掘りしたら夜ぐっすり眠れなくなりそうだ。

 

 

「にしてもホントに暑いねー……パジャマとか汗で凄いことになってるし」

「天気予報によると、今日の最高気温は36℃を超えるそうですよ。 これは俗に言う猛暑日というやつでウィス……」

 

 

 昨日は夜までそこそこ強めの雨だったから空気中の湿度が高く、余計に体感温度が高く感じる。

 この蒸し風呂のような暑さで、ウィスパーとジバニャンはフローリングの上ですっかりダウンしてしまっていた。

 

 

「ケータ、頼むから早くエアコンつけてくれニャン……」

「ふぁぁ……わかったから、ちょっと待って」

 

 

 寝巻きから着替え、どこか気の抜けた欠伸をしながら、エアコンのリモコンを手に取っる。

 冷房のボタンを押し、エアコンの低い器械音を聞きながら、思考の裏に鎮座する疑問へと目を向ける。

 

 

 

 ───4はいつになったら始まるんだ? 

 

 

 時期を知らない。

 展開を知らない。

 どんな敵かも分からない。

 

 

 いや嘘、なんかの映画で空亡とかいうメガシンカした目玉おやじみたいなのがいた気がする。

 ゲーム版だと大抵映画のボスがラスボス枠だから恐らくはソレが空亡である可能性は高い。

 

 

 だからといって何か出来るわけでもないのだが。

 切れる手札自体はいくらかあるが、どれも俺が死ぬほど痛い思いをするから出来れば使いたくないし、後手に回るのが前提みたいな部分があるから当分はアテにならない。

 

 

 来週には8月になる。

 本来の俺こと原作ケータくんは俺が思うに、厄介事に巻き込まれることはあれど自分から積極的に行くことはほぼ無いと思っていい。

 

 

 ハッキリと彼の内面が描写されたことはないが。

 少なくとも俺は、彼のことをそう評価している。

 

 

 

 ──これはあくまで、転生した俺の主観を大いに含んだ考察ではあるが。

 小学生だった当時の彼は、周囲から見た自身の寸評である『普通であり平凡』という自分の属性に多少なりともコンプレックスを抱いていたのだろう。

 

 

 妖怪ウォッチ2のゲーム内で、怪魔に取り憑かれた人々と会話出来るシーンがあるのだが、怪魔に憑かれた彼はそこでも『普通』であることに関して言及していた。

 怪魔は負の感情に根づき、増幅させる存在なので、前述した考察は概ね合っていると考えていい。

 

 

 だが妖怪ウォッチを手にした後の彼の普段の行動は、漫画やアニメでの描写を見た限りでは、殆ど今までと変わっていないように見える。

 

 

 拗らせている人間なら、妖怪の力、ウォッチの悪用も考えただろうが、ギャグ調の描写以外でそんなシーンは無かった。 

 そもそも妖怪ウォッチの仕様的に悪用は不可能とはいえ、薄れた自分の記憶の限りではそうだった。

 

 

 当然である。

 だって彼は、普通の小学生だから。

 

 

 大衆の抱く幻想。

 多くの人々が脳裏に浮かべる理想的な『普通の少年』の平均値を取ったら()()なると言われれば納得はいく。

 

 

 もし仮に彼が本当に人類の平均ちょうどを写した存在だと言うのなら、人類は過大評価され過ぎだ。

 少なくとも、ここまで天野景太として生を受けて、生きてきた俺からすれば。

 

 

 原作のケータ君にとって妖怪は、妖怪側からアクションを起こされない限り、畏怖や敬虔など無く、本当に人間の友達と然程変わらない存在だったのかもしれない。

 

 

 平穏を享受する、普通に善良で一般的な人間。

 そういう属性を突き詰めた結果、ある意味非常に強い芯を持っていたのが天野景太という人間であり、ソレこそが彼を主人公たらしめていた。

 

 

 

 

 ───って考えると、やっぱり凄いなあ、以外の感想を抱けそうもない。

 

 

 作中では普通普通言われまくってるけど、俺にとっては彼も少年時代のヒーローであり、立派な主人公だ。

 お前のような普通が居るかって話。

 

 

 俺はどうなのかって? 

 そんなもの、ウチには無いよ……。

 

 

 しがない転生者である俺にあるのは、ほんのちょっとの責任感だけだ。

 

 

 まぁ、とにかく。

 最終的に何が言いたいかと言うと、大なり小なり何か事が起こるまでは待っておくことしか出来ないね、って話。

 それまでは夏休みを楽しもう。

 

 

「といってもやる事無いなー。 ゲー厶、読書、ギター……ババ抜きかオセロでもやる?」

「──部屋に居るのも良いですが、折角の夏休みなんですから、やはり外に出て遊ぶべきなのでは?」

「あっ、復活した」

 

 

 脳内で考えを纏めた直後、液状化していた状態から起き上がってきたウィスパーが妙なことを言い出した。

 未だに床に寝っ転がっていたジバニャンは、露骨に顔を顰めて首を振る。

 

 前世含めて猫を飼っていたことは無いが、やはり暑さを嫌うものなのだろうか。

 

 

「オレっちは嫌ニャ。 第一、用もないのに外出るとか頭おかしいニャーン……」

「山、海、過去、アメリカ、妖魔界……どこも()()があれば行けなくはないけど、外出て何するの?」

 

 

 そう言いながら、机の上に置いてある手のひらサイズの白い鏡──『ポケットうんがい』を手に取った。

 ゲームでは3から登場した、どこからでもうんがい鏡のワープ能力を使えるようになるスグレモノ。

 

 これがあるお陰で、ゲームの時と同じように特定の場所へ移動出来るようになったから本当に助かっている。

 技術の発展に感謝。

 

 

 一方で、ウィスパーはというと。

 問いかけの直後、クローゼットの中に入っていったかと思えば、ごそごそと音を立てながら何かを探していた。

 

 あーでもないこーでもないと言って動きが止まる気配が無いので、暫くは放っておいて大丈夫だろう。

 それまでは何かして時間を潰そう。

 

 

「あー、そこ角取られちゃったかー」

「次はケータの番ニャンねー」

 

 

 おおよそ数分後。

 すっかりウィスパーの存在を忘れて、ジバニャンと二人でオセロを打っていると、準備出来ましたー、と言いながらクローゼットから出てくるウィスパー。 

 

 

「この格好を見れば分かるでしょう?」

「ん?」

「ニャ?」

 

 

 そう言うウィスパーの方へと、ジバニャンと共に振り向く。

 その視線の先に居たウィスパーの装いは、先程までとは異なっていた。 というか違い過ぎた。

 

 

「は?」

 

 

 じゃーん、と謎に得意気なウィスパーは、両手にそれぞれサッカーボールとバットを持っていて、そこに浮き輪と水中眼鏡、片方だけのローラースケート、バックパッカー顔負けのデカいリュックを装備している。

 

 

 いや、何この───何? 

 

 

 目の前の視界から入ってくる情報量を処理できず、無意識にデカ目の声が漏れた。

 ジバニャンも『何やってんだコイツ』とでも言いたげな表情で固まっている。

 

 

「あ、お二人とも正解分かりました?」

「いや、全然……」

 

 

 そのフル装備から一体何を連想しろというのか。

 ジバニャンも同意見のようで、さっさと正解言えニャン、とウィスパーを急かしている。

 

 ウィスパーはおもむろにサッカーボールを床に置いて、バットを構えた。

 

 

「正解は『川のあるキャンプ場でローラースケート履いてサッカーボールで野球をやる』でした〜」

「「……」」

 

 

 ───この執事最近ふざけ過ぎじゃね? 

 

 一瞬そんな思考が脳裏を過ったが、よくよく考えてみればシリアスな時以外のウィスパーは大体こんな感じだった。

 アメリカで妖怪大辞典売っちゃったわー、って報告してきた時も『なんと!! ……妖怪大辞典、売っちゃいました☆』みたいな感じのテンションだったし。

 

 

「真面目に考えて損したニャン……」

「ねー……」

 

 

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 

 

「てか、暑さが問題なら()()()()の力を借りれば解決じゃん。 今から呼ばない?」

「えっ、ケータくん、まさか彼女を呼ぶつもりですか!? そのー、正直おすすめはしませんが……」

 

 

 大辞典からふぶき姫の妖怪メダルを探す俺に対し、ギョッとするウィスパー。

 理由は分からないが、ここ最近のウィスパーは緊急時を除き、一部の妖怪の召喚を極端に渋るようになった。

 

 

 一体何を恐れているのやら。

 

 

 さて、メダル……メダルは……? 

 

 

 

 ───あっ。

 

 

「ウィスパーが大辞典売ったからメダル無いじゃんッ!! どうすんのこれ!?」

「それは───あの時はケータくんも納得してたじゃないですかぁ! USAでは今までのウォッチが使えなかったんですから」

「それは!! そうだけどッ!!」

 

 

 大辞典=妖怪ウォッチUって、ゲームしてた前世の小学生の頃から思ってたけど鮫トレすぎるでしょ。

 結局一ヶ月くらいで妖怪ブラスターの付属品こと妖怪ウォッチドリームに変更したから尚更。

 

 

「まあこれはウィスパーが悪いニャンねー……」

 

 

 オセロはもう飽きたのか、ジバニャンが本棚から引っ張り出した漫画を床に広げながら呟く。

 一方でなにやら旗色が悪いと見たか、どうにかして話題を逸らそうとするウィスパー。

 

 

「そ、それに何時も言っているでしょう? 私用で妖怪の力をアテにするのは良くないでウィスと──」

「あら、そう? わたしはいつ呼んで貰っても大丈夫だけど……」

 

 

 そう語りかけていたウィスパーに対し、そう言って首を傾げるふぶき姫。

 

 

 ───ん? 

 

 

「ギョエーッ!? ふ、ふぶき姫さん、何故ここに…………」

「もー。 ウィスパーったら、そんなに怖がらなくてもいいんじゃないの?」

 

 

 その声を聞くやいなや。

 すぐさま俺の後ろへと飛び退き、俺を盾にしてガタガタ震えているウィスパー。

 それを見た彼女は小さく嘆息した後、俺の方を向いて微笑んだ。

 

 

「───久しぶりね。 元気にしてた?」

 

 

 彼女───ふぶき姫と出会ったのは、およそニ年前。

 彼女が進化前のゆきおんなだった頃まで遡る。

 

 

 彼女がちょっとした事故でウィスパーを凍らせてしまい、それを俺とジバニャンを含めた三人で頑張って救助したのが始まりだった。*1

 

 

 力を持て余し、苦しんでいた彼女。

 友達になってからは、彼女の冷気の制御の練習に協力したり、一緒にアイス食べたり、逆に有事の際は力を借りたりと、今では友達妖怪の中でもかなり付き合いの長い部類に入る。

 

 

 進化したのは一年前のこと。

 ヒキコウモリが謎に懸賞で当たったという『白銀のかみどめ』を貰った俺が、そのまま彼女に渡した。

 ちなみに進化方法はゲームのような合成進化ではなく、ポケモンみたいに装備したら進化するタイプだった。

 

 お陰で力の制御も出来るようになって万事解決って話。

 

 

 ただ──それにしても、だ。

 

 

「いつから此処に?」

「『大辞典売ったから……』、の辺りからかな。 最近全然呼んでくれないし、わたしがアナタに用があったから……彼処から入ってきたの」

 

 

 そう言って、彼女が指差したベランダの方を見ると、確かに窓一面に結露が発生していた。

 氷雪系最強クラスの力を持つ彼女は、ただそこにいるだけで気温を大きく下げてしまう。

 

 さっきまでは少し涼しい程度だった部屋が、今はもう肌寒いように感じる程に。

 

 

「もっとも───」

 

 

 彼女は凄まじい冷気を発しながらウィスパーへと近寄り、ガシッ、とウィスパーの肩を掴む。

 その瞳は据わっていて、漏れ出した冷気でウィスパーの身体の一部が凍りつつあった。

 

 

「何で呼んでくれなかったのかは、もう分かったみたいだけどねー?」

「へ、へへっ……い、いいい一体誰のせいなんでしょうかねぇ……」

 

 

 そう言うウィスパーは、視線を右往左往させながら、滝のように汗を流していた。

 反応がちょっと露骨過ぎて庇えそうにない。オイオイオイ死んだわアイツ。

 

 

 そんなことを考えていると、ウィスパーが漫画を読み耽っていたジバニャンの肩を小突く。

 

 

「ジ、ジバニャンさんや、ちょっとワタクシとアイスでも買いにいきませんか? ワタクシのおごりでうぃすよ」

「えー……ニャンでオレっちまで……」

 

 

 見るからに怠そうな顔をして、腹巻に腕を突っ込んでいるジバニャン。

 まあ生死に関わる状況なのはウィスパーだけなので、ジバニャンからすれば対岸の火事だ。

 

 

「いいから行きますよッ!! 此処にいたら揃ってかき氷にされてしまいますッ!!」

「ニャニャ!? 自分で歩くから首掴まないでくれニャン──ッ!」

「あっ、ちょっと待ちなさい───」

 

 

 その逃げ足はまさに脱兎の如く。

 おもむろにジバニャンの首根っこを掴んで逃亡したウィスパーは、ふぶき姫の静止さえも振り切り、一目散に部屋から出ていってしまった。

 

 

「───えっ、俺は?」

 

 

 俺は一人取り残された。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「──ふぅ。 ここまでくれば大丈夫でしょう」

「ゆーて玄関まできただけニャン」

 

 

 玄関先にて。

 軽口を叩きながら、ケータの自室から脱出してきたウィスパーと、何故か巻き込まれたジバニャン。

 

 先程まで掴まれていた首筋と床で引きずられていた尻を掻きながら、先程凍らされた部分の氷を払っているウィスパーを睨む。

 

 

「てか、何でオレっちまで連れ出したニャン!? 後で凍らされるのはウィスパーだけで十分ニャン!!」

「ちょっとアナタ酷くないですか!? ……仕方ないですよ。 あのまま部屋に居ても遅かれ早かれこうなっていたでしょうから」

「ふぶき姫がケータと二人きりになりたかったってことニャン?」

「まあ、そういうことになりますね」

 

 

 ついでにケータくんたちの分も買いに行きましょう、と言って玄関の扉を開ける。

 外からくる熱気と、じりじりと照りつける日差しに顔を顰めながらも、ウィスパーに続いて外に出るジバニャン。

 

 

 真夏のアスファルトの熱さは馬鹿にならない。 

 心なしか早歩きになりながらも、ジバニャンはボソッと疑問を零した。

 

 

「でもホントに大丈夫ニャン? ケータを一人にしちゃって」

「悪いようにはならないでしょう。 彼女は()()マシな方でうぃす」

 

 

 視線を前に向けたまま、ウィスパーが答えた。

 

 

 妖怪の中にも種類がある。

 Bランク以下の低級、Aランク以上の上級、非友好的大型(ビッグボス)の特級。

 最後に関しては己の主の少年が勝手に付けた名称ではあるのだが。

 

 

 一つ、言えることがあるとすれば。

 上級より上は基本的に危険だ。

 

 

 それは───何故? 

 

 

「恐らく、ランクが上がったことで彼女の『雪女』としての概念的側面が強まっているのでしょうね。 そこが懸念ではありますが、彼女自体はケータくんに害を与えるような性質(たち)ではありません」

 

 

 それは偏に、対処の困難さに起因していた。

 ランクが高ければ高いほど、妖怪になる人間時代の人格よりも概念や化身的側面が高まる傾向があり、無論その分価値観も人間のソレとは離れていく。

 

 

 そういう意味では、天野景太に対する凄まじい好感度の高さを加味しても、理性的かつ善性の彼女は本当にマシな部類であった。

 伝承に伝わる『雪女』の逸話を考えれば、尚更。

 

 

「んー……、まあ最悪全部オレっちが何とかするから大丈夫ニャン」

「そういえば限定的とはいえSランクでしたね、アナタ……」

 

 

 そう溜息のように言う。

 まあ、何かあってもケータの召喚した最終防衛ライン(ジバニャンS)を正面から倒せる妖怪はさくらニュータウンにいないと言っても過言ではない。

 

 

 だからまあ、ケータがド級の爆弾発言をして地雷を踏まない限りは大丈夫だろう。

 そんな諦観にも近い楽観的結論を下し、二人は目的地のコンビニへと進んでいった。

 

 

「──まあ、こういう発言は往々にして'フラグ'となるのですが。 それもまた全て『妖怪のせい』ということで。 そうでしょう?」

「……ウィスパー、誰に向かって話してるニャン?」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「もー……」

「ハハハ……、ウィスパーがごめんね……」

 

 

 ふぶき姫の静止を振り切って逃亡したウィスパー。

 彼女の伸ばした手が空を切り、不満気にむくれている。

 

 苦笑いする俺の方を見て、彼女は小さく頭を振った。

 

 

「気にしなくていいわよ、ケータのせいじゃないもの。 でも……ウィスパーとはまた今度しっかり()()しないとね?」

 

 

 後半の発言については、聞かなかったことにする。

 どこか黒いオーラを放ちながら笑うふぶき姫を見ながら、ウィスパーの骨くらいは拾ってやろうかと考える。

 

 

「それで、本題は何?」

「あぁ、そうよね。 でもその前に───はい、これ。 もう無くしちゃダメよ?」

 

 

 そう言って、スッと拳を突き出した彼女。

 それに合わせるように右手を伸ばし、掌を差し出す。

 瞬間、何重にも眩い光の帯が発生した後、キィンと甲高い金属音と共に、虚空から彼女の妖怪メダルが現れた。

 

 

「うん。 ありがとう、ふぶき姫」

 

 

 そのメダルをキャッチして、懐に仕舞う。

 これで大体三分の一。

 大辞典の中身すべてを元通りに戻すには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

「───」

 

 

 机の上に置かれた大辞典。

 そこへと無言で視線を落とすふぶき姫。

 

 

 ───これは俺の気の所為かもしれないが。

 その時の彼女の眼差しが、どうしてか何の感情も無い、酷く冷たいものに感じられた。

 

 ごくりと生唾を飲み、口を開く。

 

 

「ふ、ふぶき姫……さん?」

「ねぇ、ケータ───」

 

 

 こちらへと振り返る彼女。

 一滴の冷や汗が背筋を伝い、やはり俺は予想が杞憂では無かったと確信する。

 

 

 だって───

 

 

「───『また』こんなに友達を増やしたんだ?」

 

 

 彼女の瞳から、感情の色が抜け落ちていたから。

 なんかこの展開ちょっと前にあったなあとか、雪女がこういうムーブしてると絵になるなーとか、ヤバい時特有のどうでもいい考えが脳内を反芻する。

 

 そんなこと考えてる余裕があるなら、もっと今の状況の解決策を考えてくれという魂の叫びは、にべもなく一蹴されてしまった。

 

 

「ともだち妖怪なら───私一人で十分でしょ?」

 

 

 瞬間、ピシリという音と共に部屋中が彼女の冷気に満たされ、凍えるような寒さに襲われる。

 まるで業務用の巨大な冷凍庫に閉じ込められてしまったのではと錯覚する程の冷たさだ。

 

 今の部屋の室温は5℃にも満たないだろう。

 

 

「じゃあ、ジバニャンも駄目?」

「じ、ジバちゃんと……ウィスパーは、別にいいけど。 わたしが言いたいのは、それ以外の妖怪のこと!」

 

 

 一瞬だけ、いつもの雰囲気に戻った気がした。

 ただ本当に一瞬だけで、コミカルな雰囲気はあっという間に霧散してしまった。

 

 

「…………わたしはただ、アナタが心配なだけなの」

 

 

 ふぶき姫が悲しそうに目を伏せる。

 

 

「いつも

 危ない橋を渡って、傷付いて───大怪我しても治るからって、気にしない筈ないじゃない」

「そう言われたら、本当に返す言葉が無いね」

 

 

 再三言っていることだが、俺は転生者だ。

 物語の中の主人公が、物事や事象を好転させる力、僅かな可能性を手繰り寄せる力───運命力とでも呼ぼうか。

 

 

 それが本来あるべき物より劣っていた。

 そのせいかは知らないが、本来無かったはずのタイミングで怪我を負ったり、子供向け作品の世界とは思えないレベルの流血沙汰になったことはある。

 

 

「でも、ああするしか無かったんだ。 死んだらそこで終わりだからね」

 

 

 一度、怪魔の石を使った。

 二度、己の妖怪としての力を使った。

 

 足りない分を、無理矢理試行回数(かず)と意思の力で補って、死に物狂いで走り続けた。

 そしてこれからも、必要に駆られれば俺は、三度(みたび)その力を使うだろう。

 

 

 天野景太という一人の少年。

 その小さな背に背負わされた使命を果たす為に。

 

 

「今はあのイカやお婆さんの話なんてしてないわ。 ……わたしが言いたいのは、その沢山の『ともだち』のこと」

「それは、どうして?」

 

 

 俺を指差す彼女に、疑問を投げる。

 視線を上げた彼女は、右手を胸に当てて続けた。

 

 

「わたしたちは妖怪なのよ? 常識も、道徳も、人間とは同じじゃない。 危険な妖怪だって沢山いるわ。 『ともだち』という協力関係も、妖怪(私たち)の良心や理性によって保たれているだけ」

 

 

 彼女の言っていることは事実だ。 妖怪ウォッチに強制力は無い。

 あくまで主導権を握っているのは妖怪だ。

 

 今のように他の妖怪も居らず、完全に丸腰の状態の俺はソレに抵抗する手段を持たない。

 

 

「人間相手ならまだいいわ。 でも…………ケータが他の妖怪のモノになるなんて、わたしは絶対にイヤ」

 

 

 そう吐き捨てて、彼女は俺より頭一つ分ほど上の目線まで浮き上がり、すうっと水平に移動しながら近づいてくる。

 

 

 

「だから、こうやって───ほら」

 

 

 彼女の両手が、俺の頬を挟み込む。

 その手はまるで氷に触れたように感じるほどひんやりとしていて、相変わらず冷たかった。

 雪女なのだから、ある意味当然の話ではあるが。

 

 

「何度も言ったわよね? そうやって無防備だと、わるい妖怪に襲われちゃうかもって」

「確かに言ってたけど…………てか力強ッ!?」

 

 

 まさか言ってた本人に襲われるとは思わなかった。

 俺よりも一回り小さい華奢な身体からは、想像もつかない程の膂力で抑え込まれる。

 これでも握力50kgはあった筈なんだけどなあ。 ちょっと力強すぎやしません? 

 

 いやでも、大体の作品でこの手のくだりはこうやって襲われるまでが様式美みたいな風潮があるから、フラグに気付けなかった俺が悪いのかもしれない。

 

 

 また一段階、冷気が強まる。

 これは……

 

 

「流石に、寒──ッ!?」

「視線を逸らしちゃ駄目。 わたしだけを見て」

 

 

 並の人間では抵抗出来ない膂力でガッチリと俺の頭を押さえて、彼女と正面から向き合うように固定される。

 俺の視界は、お互いの息がかかりそうな程まで接近した彼女の腕と顔に占拠されてしまった。

 

 

「抵抗しないの? ならいっそのこと、このまま───」

 

 

 パキパキと音を立てて、髪の先端から腹にかけて霜がつき、固まっていく。

 このまま俺は、氷像にでもされてしまうのだろうか? 

 

 

 (いや)、そんなことにはならない。

 

 

「───抵抗なんてしないよ。 君はそんなことしないって、知ってるからね」

 

 

 初対面の時。

 ウィスパーを凍らせてしまって、ギャン泣きしながら謝ってきた彼女の姿を覚えている。

 

 ふぶき姫に進化したときも真っ先に、これでやっと役に立てる、と喜んでいた彼女の善性を、俺は信じたい。

 

 幼児のように目を丸くしていた彼女が、ハッとしてこちらを訝しむような目で凝視してきた。

 

 

「……アナタ正気? 自分の状況分かってるの? ケータは今わるーい妖怪に、襲われちゃってるんだよ?」

「ホントに悪い妖怪なら、そんな可愛く名乗ったりはしないんじゃないかな」

 

 

 それにもしアテが外れたとしても。

 そうなるのが天命だと言うのなら、受け入れよう。

 

 実質安楽死だと思えばお得じゃないか。

 

 そんな事を考えながら、小さく笑った。

 

 

「まあ───友達の手で逝けるなら本望だよ」

「───」

 

 

 そう言った直後のことだった。

 彼女が両の手を俺の方から離して、歩数にして2歩分ほど下がった。

 

 発していた冷気も収まり、パキパキと凍りつつあった髪についた霜も落ちていく。

 

 

「…………やっぱりやーめたっ。 ()()なったら遅いって教えようとしたのに、なんだかバカみたい」

 

 

 よく分からないが助かったらしい。

 ふぶき姫は何か本人の中で納得していない部分があるのか、可愛らしく頬を膨らませていたが。

 

 

 ───過程はともかく、彼女は真っ直ぐにその想いをぶつけてきた。

 俺という人間の存在が、彼女の中で相当な比重を占めていることぐらいは分かる。

 

 

「───あのさ、ふぶき姫」

 

 

 なら次は、俺が何か言う番だ。  

 脳裏に浮かんだ思いをそのまま、言葉として紡ぎ、声として打ち出していく。

 

 

「君が俺のことを心配してくれてることは痛いほど分かった。 だから、俺からも言わせてほしい」

 

 

 これは俺の我儘みたいなものだ。

 それでいて女々しく、押し付けがましい。

 

 

 ただ、何となく。

 言うべきだと、誰かに言われた気がした。

 

 

「俺が、ふぶき姫のことを信じてたように。 ──どうか俺のことを信じてほしい」

 

 

 以前に、お前はもっとともだち妖怪を頼れ、と言われたのはいつの話だっただろう。

 確かエンマに言われたんだっけか。

 

 

「多分、これからも俺は危ない目に合うし、無茶もするとは思う」

「…………」

 

 

 自分的には最大限頼ってるつもりなんだけど、俺には無意識で色々と背負い込む悪癖があるらしい。

 

 事実ならとんでもないことだ。

 俺は別にドMでは無いし、好き好んで気苦労を背負い込みたいわけじゃない。

 主人公になってしまった者としての、最低限の責任を果たそうとしているだけだ。

 

 

 故に、折れるという選択肢は存在しない。

 

 

「でも死ぬつもりはないよ。 俺は絶対に死なないって、誓ってもいい。 だからさっきのは、えーっと……言葉の綾みたいな物って事にしておいてほしいかな?」

「──もし、ダメだったら? 頑張って頑張って、それでも無理だったらどうするの?」

 

 

 無理だったら、か。

 そんな事、今まで一度も考えたこと無かったかもしれない。

 

 

 ただ、もしも。

 その問いに、今の俺が答えを出すのなら。

 

 

 この世界がどういう世界かを考えれば、出る答えは一つしかないだろう。

 

 

「──なら、そうならないように、俺の事を守ってほしい」

「……はぁ」

 

 

 小さく溜息を零して、視線を向け直した彼女。

 大きく息を吸い、突き出された彼女の指先が、真っ直ぐに俺のことを捉えていた。

 

 

 そして、そんな俺の視線の先には──

 

 

 

 ───顔真っ赤で、プルプルと震えながら俺のことを指差している、ふぶき姫の姿があった。

 

 

「ほんっっっとに、そういうとこ……っ!! この妖怪タラシ……!! 女の敵……ッ!!」

「事実無根すぎる……。 ……けどまあ、そういう訳だからさ。 分かってくれたら嬉しいな」

「…………ん」

 

 

 ぷいっと顔を背けた彼女の頬の、陶磁器のように白い肌は、未だにほんのりと(あか)らんでいた。

 何はともあれ、これで一件落着と言って良いのではないだろうか。

 

 

「にしてもさっきの、凄い熱演だったね。 一瞬、ホントに氷漬けにされて終わるかと思っちゃったよ」

「えっ? あー……そうね。 アレは演技だったから気にしないで…………半分くらいは

 

 

 そう最後にボソッと零したのを、俺は聞き逃さなかった。

 そうかー、半分かー。 なら50:50で俺が氷漬けになってた世界線があったのかぁ。

 

 

 ―――えっ?

 

 

「はいっ、辛気臭い話は終わりッ! 早くジバちゃんたちの所に行きましょう?」

「待ってふぶき姫、半分って何? 俺はもう半分でどうなってたの?」

 

 

 

「………………早く行きましょう?」

「その間は何!? あの、そういう反応されるのが一番怖いんだって――!?」

 

 

 この後めちゃくちゃアイス食べた。

 

 

 

*1
漫画版第35話参照





なお翌日ウィスパーは氷漬けになって発見された模様


ふぶき姫:軽度の独占型。 根が善良なので強硬策には出ない。漫画版で登場していた個体と同じ。
 本当にやっちゃおうかなーとか考えてたら、想い人の『先生、俺死にたいんですよ(意訳)』でメンタルが破壊された。 ただその後急速に回復したことで事なきを得た。
 


色んな妖怪書こうとするとネタが持たないので、近いうちに活動報告でリクエスト募集するかもです。


ここで募集中

皆の好きな妖怪は?

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