それは三週間にも及んだ。
オルクセン軍はヴィッセル六八/K一二cm加農砲、ヴィッセル七五/H一二cm榴弾砲、ヴィッセル七五/H二八cm攻城重砲といった星欧最新の砲兵火力でもってアルトリア要塞を包囲し、一一月二八日から三週間にも及ぶ砲撃を実施したのだ。
要塞とは言うが、アルトリアのそれはモーリアなどと同様に実際にはアルトリア市という街を稜堡で囲った城郭都市である。
その人口は五〇万を超えていたはずだ。
これにアルトカレ軍一八万を加えておよそ七〇万が、ただひたすらに包囲された都市の中で砲弾を浴びせ掛けられた。
そして降伏した。
あのマルリアンが、前哨戦で幾度かの小競り合いをやって、後は要塞に閉じ込められてただひたすらに撃たれるがまま、その末に。
あろう事か解囲攻勢を仕掛けるべき首都方面軍が動かなかったのだ。
挙句、どうやっても砲弾が届かないはずだった市中に置かれていた食糧庫や病院への直撃弾だ。
やむを得なかったのだろう。
『もうアルトリアは要塞じゃない。アルトリアは煮え滾る地獄の坩堝になったんだ』
ここヴィルトシュヴァイン大演習場のバンドウ川周辺部に作られたバンドウ俘虜収容所へつい先日収容された俘虜の一人が、そう嘆いていた。
彼女達はアルトリア要塞から脱走した末に俘虜となってここへ辿り着いていたのだ。
私は収容所の設備に不足が無いか聴取をするための通訳として呼ばれていたのだが、それで聞かされた言葉の数々はしばらく忘れられそうにない。
『どうか、教えて下さい。どうして……、どうして、大佐は、敵国の軍服を?』
何も、何も言葉を返せなかった。
そんな心持ちで取り組んでいたのがいけなかったのだろう。
バム、バム、バム
昨日に完成した機関砲の試作第二号を試射していた時の事だった。
エルミアが拉縄を引く度に三七mm砲弾が発射されていって、四発目だった。
バキン
それまで快調に発砲を繰り返していた機関砲が、この発砲と同時にその機関部を破裂させたのだ。
破片が四方八方へと飛び散って、いくつかは私やエルミアのすぐそばを掠めて飛んでいく。
しかし幸い、それら飛散した破片で誰かが怪我をしたようではなかった。
一番近い位置に居た私とエルミアでさえ拉縄で距離を取っていたし、見学者もこの一ヵ月それなりの頻度で試射をしていた事もあり慣れか飽きれか疎らだったのも幸いした。
ともあれ、エルミアと共に機関砲の成れ果てへと近付いて検分してみれば、危惧していた通り、暴発した三七mm砲弾は破滅的な結果をもたらしていた。
「やはり三七mmは恐ろしいな。次からは盛土で囲っておくべきか」
「そうね、これで負傷者が出なかったのはただの幸運だわ。こんな、砲の機関部を破裂させるだけに留まらず砲架まで歪ませるなんて」
それで破片は方々に飛び散っていたから原因究明には手間が掛かりそうだと思いきや、肝心の部品はすぐに見付かった。
数ある部品の中でもそれなりの重さがある遊底が、その重さでかすぐ近くに落ちており、拾ってみれば原因は一目瞭然だった。
発砲の際に遊底を支え留めるための閂子が、その先端が破断していたのだ。
それで支えを失った遊底が後方へ吹き飛び、三七mm砲弾を撃ち出すはずだった爆圧を砲身の内に留められず機関部で荒れ狂わせたようだ。
「しかし、この閂子は強度にかなり余裕を持たせていたはずなんだがな」
「それでも、貴女の作った反復式小銃が壊れる時はいつもこれが砕けていたじゃない」
「それはそうだが、しかし今回はモリム鋼で作ったんだぞ」
ドワーフ族の鍛えた鋼で作ったなら、私の設計した機構の弱みも補えるかもと期待していたんだがなあ。
「まあ、どこが壊れるのか分かったんだ。成果のある試射になって良かったよ」
それこそ、不具合の起きなかった試射の方が開発にとっては得る物がないのだから。
「それにしたって、たった四発でこんな壊れ方をするなんて前途多難だわ」
「……全く以ってその通りだ。ああ、それと装填していたのは五発だったろう。残りの一発はどこに落ちたかな」
「この有様で真鍮の薬莢なんて原型を留めているかすら怪しいわよ」
「かもしれん。だがしかし、模擬弾頭ながら装薬の詰まった三七mm砲弾だ。俘虜収容所の近くで紛失して良いものではあるまい。砕け散っていたとて破片の1つでも見つけなければな」
そうして辺りを探して歩き、ついでに機関砲の破片も幾つか拾い集めて。
それはあった。
「あったぞ。ここだ」
それは意外にも見た目には傷の一つも見当たらず、弾頭すら外れずに残っていた。
機関砲にはあれだけの破壊をもたらしたにも関わらず、こんな事もあるのだなと思いつつ拾おうと身を屈めて。
パチッ
微かに、何かが燻って弾けたような音が聞こえた。
目の前に転がっている三七mm弾薬からだ。
モリム鋼で作った機関砲を破裂させた、そんな破壊力を内包しているそれから。
あの衝撃で雷管か装薬かが半端に反応していた?
そんな事は最早、それよりも。
咄嗟に、私の後ろから近付いてきていたエルミアを庇うように突き飛ばして。
ポン
背中が灼けた。
「えっ、ちょっと!?ホルステナ?ホルステナ!?」
ともかく、私は間に合ったらしい。
「ああ、無事かエルミア。……久々に名前を呼んでくれたな」
「そんな事はどうでも良いでしょう!貴女、怪我は!?」
「私か?まあ、背中に幾らか、砲弾の破片が刺さったようだ」
「すまんが、シュレーゲルミルヒ少佐を呼んで医者の手配を頼む」
「そうだ、俘虜収容所に常駐しているんだ」
「そこが一番近いだろう」
そこまで、私は最後まで声に出せたのだろうか。
既にエルミアの動かす口からの声は聞き取れず、その視界も暗く霞んできた。
まったく、三七mmは本当に恐ろしいな。
目が覚めた。
今回は明るいのだな。
そう知覚したと同時に軽い筋肉痛が全身を襲った。
そして背中には針で刺されたような感覚が幾つか。
私は何処かのベッドに寝かせられていて、それも何故かうつ伏せの姿勢で固定されているらしい。
顔は横向きだから息は出来ているが、どうやら何日かずっとこの姿勢だったらしい。それでこの筋肉痛か。
そしてつい最近にも覚えのある空腹と喉の渇き。
とりあえず、すぐ近くにいるらしい何者かの気配へ水を求め声を絞り出す。
「あー。誰か、誰か、水をくれ」
「水か?少し待て」
はて?
この数ヶ月ばかり聞いていないような、しかし知っている声がした。
「た、大将。どうか、私が飲ませますので」
「……それもそうか。君の族長だものな」
もう一つの声の主、今日はエルフィンド軍の被服を着ているレーヴェンショルドが私の視界に現れ、水差しを私の口に寄せてくれる。
それで喉の渇きを癒して、空腹も幾らばかりを水で満たして。
声の主が誰なのか思い至った。
「マルリアン?マルリアン大将が、何故?」
「何故も何も、私は俘虜で、ここは俘虜収容所だ。貴公こそ何故?キャメロットへ密航したらしいとは聞いていたが」
そうか、ここは俘虜収容所の病棟か。
「見ての通り、負傷したのさ。爆発から部下を庇ってな」
「爆発?……まさか貴公、オルクセンでもあの手持ち機関砲とやらを作ってるのか?」
「ああ。……あー、一応は機密なんだが」
しまったな。いや、元より私をよく知っているマルリアンに隠せるような事でも無かったか。
そう思いきや、事態は更に深刻だった。
「機密?……俘虜収容所の近くであの連発音を響かせておいて機密だと?ここを取材しに来ている星欧各国の記者にも聞かれていたぞ」
「不味い。それは不味い。レーヴェンショルド、明日からの試射はなるべく緩慢に撃つよう伝えてくれ」
これでは誤魔化しにしかならないだろうが、それでも機密として誤魔化し通すしかあるまい。
「まったく、さすがドワーフ族をも擁するオルクセンだと思っていたのに、霧が晴れてみればティリオン王立造兵廠と同じく貴公の仕業とはな」
「まあな。おかげで部下を養えてるよ」
「ふうん?つまりオルクセンは貴公の銃隊を丸ごと抱え込んだのか。恐ろしい事だな」
「……。閣下、それも機密であります」
やはり私に隠し事は向いていないのだ。
「だろうな。まあ良い、ともかく三日ぶりに目が覚めたのだ。医者を呼んでやらねばな」