メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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スペースシャトル・ララバイ⑥

『本日の選抜レース、最終ラウンドの出走者は、集合場所にお集まりください。出走時刻は、午後四時三十分となります。繰り返します、本日の選抜レース……』

 

「今回は……まあ、一応来てみましたけど……」

「バカねぇ、もうこんな時期なのよ?今残ってる娘なんて……言い方悪いけど、正直デビューすら怪しいレベルくらいのもの、って訳」

「まあ、そんなもんですよね。来年も学園に残ってれば、大した度胸ってくらい…………」

「ん?どうしたの?」

「いや、今日はいないんだなって思って。ほら、前回の選抜の時、熱心に望遠鏡覗いてた人いたじゃないですか?」

「ああ、美竹さんとこのサブトレーナーくんでしょう?風の噂だけどね、あの子、もう……」

 

     ◆

 

夕方の、涼しい風がシャツの隙間に入ってきて、ぶるりと身震いをする。周囲に高い建物もなく、遠く流れるうろこ雲も鮮明に観察できるトレセン学園の校舎屋上。浮世のいざこざから抜け出して、缶コーヒーで一息入れるにはうってつけの場所であった。

 

「……本当に、いい世界だな、ここは」

 

雰囲気に浸って、少しだけ瞳を閉じてみる。すぐ下の校舎裏から聞こえてくる、用務員さんの落ち葉集めの子気味いい音と、僕の背丈ほどこんもり積まれた、枯葉の香ばしい匂い。肌に触れる風は、まるで季節外れの白波を彷彿とさせる冷たさで、僕の輪郭をするりと撫で、通り過ぎていった。

 

ピンポンパンポン……

 

『……選抜レースご観覧の皆様に、お知らせです。本日の最終ラウンド、ダート1200Mは、予定通り十人立てで、まもなく午後四時三十分、出走となります。繰り返します、本日の最終ラウンド……』

 

「おっ、もうそろそろ始まるかな?」

 

パチリと瞳を開けて見下ろした先、大きく円く広がる、学園内ターフを覗き込む僕。そこから見えた光景……ダートコースに散らばるキラキラのビーズに、西日を反射した芝生の煌めき。実に煌びやかで、完璧で華やかで、僕には酷く……懐かしく思えたのだった。

 

「ええーと、アルダンは……おっ!いたいた!」

 

今日こそ持ち込んだ双眼鏡で、その変わらぬ中身をよーく見つめてみると……居た、居た、間違いない。僕の脳裏に深く深く刻まれた、あの日見た『未知』のウマ娘、『メジロアルダン』。あの日見た軽やかなブラウス姿ではなく、お馴染みの学園指定ジャージも脱ぎ捨てて、堂々と六番のゼッケンを背負ったその姿。けれども、そのロングヘアも白い肌も、その瞳も、やはりあの日と同じように、僕の眼の中で燦々と瞬いていた、それに。

 

『お待たせいたしました。本日の選抜レース最終ラウンド、ダート1200M。ただいま、出走準備が整いました』

 

「……大丈夫、そうだね。流石アルダン」

 

ものの一週間前までほとんど踏んだことさえなかった砂のコースすらも、まるで自分の庭かのように堂々と踏み締める彼女の姿。間違いなく前回の選抜レースの日から僕の想定を遥かに超えて成長を遂げたその姿は、まるでまさしく、この広い広い世界にただ一人、唯一無二の『主人公』のようで、ただただ目が眩むほどに、眩しかった。

 

『全員がゲートに収まり……今、スタートしました、横一列の良いスタート』

 

「…………!」

 

『さあ1200M、あっという間の短距離戦ですが……まず前に出たのは五番スカイハイブライド、続いて四番フォーミリオン。その後ろには……六番、メジロアルダンがピッタリと付けています』

 

──────────────

『短距離レースは読んで字のごとく、距離が短いレース。すなわち最初に出遅れれば、後から差し返すのは難しい。だから……』

『だから……ああ、なるほど……!多少体力を無駄遣いしてでも、最初から前方をキープしておく必要があるのですね?』

『そうそう、そういうこと!短距離といえど……いや、むしろ短距離だからこそ───』

──────────────

 

「スタミナと根性がものを言う……うん、そうだ。完璧だよ、アルダン」

 

美しくゲートから飛び出した彼女は、その鋭く伸びる剣のような脚で砂上を蹴り飛ばし、全体の三番手、ぐんぐんと勢いに乗って加速していく。まるでインストールしていた情報をそのまま我が身を使って再生しているような……頭では分かっていても、ほとんどの娘はそう上手くはいかないもの。そうだな、ちょうどひと月前の彼女もまた、そんな感じだったっけ。

 

『さあ、早くもコーナーに差し掛かったが……おっと、これまで三番手をキープしていたメジロアルダン、大きく外によれていきます。その内をついて一番カタリナシャドウ、三番スペードジョーカー前に出る』

 

──────────────

『ううむ、コーナーがどうしても外側に広がってしまいますね……距離ロスの事もありますし、なんとしてでも内回りを死守せねば……』

『………………』

『……どうされました?何か思いついたことでも?』

『一旦……敢えてここは、外に出てみない?』

『えっ?それは、よろしいのですか?』

『短距離はコーナー一回だけだから、中長距離と比べれば距離ロスの影響も少ない。それに、内角を意識しすぎると遠心力で体力も大幅に消耗してしまう。そうなるくらいなら、ここは外に出つつ────』

──────────────

 

「息を大きく入れて、周囲の確認。脳を働かせて……」

 

『さあコーナーを抜けて最終直線に差し掛かった。スカイハイブライドはもう厳しいか、後ろからケミストリーリングも迫ってきている、伸びるか、逃げるか、スカイハイブライド厳し……』

 

「……今だ!」

 

──────────────

『……んー、そんなに固いかな?砂、結構普通に足埋まるよ?』

『そうですかね?ん、えいっ!えいっ!……ほら、私が踏んだところは、こんなにくっきり足跡に……』

『あらほんと。まあ人間とウマ娘の脚力なんて比べ物になんないし、僕なんかよりも強い力で踏み込んだから……強い力?』

『……!』

『……そうか!すなわちダートの砂は、強く踏み込めば踏み込むほど固くなって……ええと、そうなると』

『ええ、きっと脚への反力も強くなるので……ですのですなわち、スパートをかける時は───』

──────────────

 

ダンッ……!

 

『……おっと、ここで……メジロアルダン、メジロアルダンだ、メジロアルダンが息を吹き返し、猛烈な勢いで最終直線突っ込んでくる。これはすごい、こちらまで響いてくるほどの足音を上げながら、メジロアルダン速い、メジロアルダン速い。メジロアルダン、これは強い』

 

「っ……よしっ!最高!」

 

長い助走から一転、完璧なタイミング、完璧な位置取りから強く強く地面を踏み締め、まるでロケットエンジンのように歩幅を拡げ、飛び上がるようにスパートをかける、アルダン。

 

「……………っ」

 

その脚元の凛々しさとは裏腹に、彼女の瞳……西日を強く跳ね返して、フルカラーで輝きを放つその瞳と感情を昂らせるその表情は、まるで未知のものに触れ熱をあげる、いつかの少年のようで。

 

「……本当に、楽しそうに走るんだな」

 

何故だか見ていて、少し、胸元に針が刺さったような感覚がした。

 

『後続をどんどん突き放していくのは、六番メジロアルダン、これはもう決まったか。さあ残り400』

 

「…………!」

 

『300……200……100……今、ゴールイン!』

 

かくして僕はその日、目の前で白煙と轟音を上げながら、トゥインクルシリーズの舞台に旅立って行く彼女を目撃した。

 

『一着はメジロアルダン、短距離戦ながら二着に四バ身もの差を付けた圧勝でした。いや、これは強かった』

 

その結果と、何よりレースそのものの内容を嗅ぎつけて。先程まで冷めきっていた雰囲気のトレーナー陣が彼女の元へと群がり始める。その中には、ええと……おお?去年の毎日王冠の勝利トレーナーに、G1二勝級のトレーナーまでいるな?ま、あれだけ完璧なレース内容を見せられれば、きっと誰だって欲しがるに決まってるか。やっぱり、流石だよ、アルダン。

 

「………………」

 

熱烈な実況音声と人々の拍手喝采に包まれたその逞しい背中。彼女は一体、どこまで勝ち進んでいくのだろうか。日本ダービーに有馬記念、凱旋門賞……いや、そんな見知ったレースなんか目じゃないくらい、もっともっと熾烈で名誉ある『未知』のレースに辿り着いてしまうのかもしれない。辿り着いた先で、これまた未知の強豪ウマ娘達と出会って、激しいデッドヒートを繰り広げ、また更なる未知の栄光を持ち帰ってきてくれるのかも、しれない。他のどこかの誰かじゃない、彼女なら、『メジロアルダン』なら、そんな突拍子もない想像だって、本気で信じられる。

そして、どうだ。そんな最強で最高なウマ娘の誕生に実はほんの少しだけ、この僕が関わっていた。だなんて、これはもう一生ものの自慢話になりそうだ。例えばそうだな……スペースウマ娘達との最終決戦、銀河系のターフで追い詰められた彼女は、今日のレースのことを思い出して。そして、脚元の星の砂を力一杯蹴り上げて、起死回生の急加速を……

 

「……ふふっ、いいなそれ。やっぱり、最高だ」

 

そんな空想の未来が本気で楽しみで楽しみで、楽しみで……いつの間にやら東の空に登っていた一番星を見上げながら、僕はそんなことを。この希望に満ち溢れた世界をただ一人上から覗き込みながら、晴れやかな気持ちで夢想し

 

 

「──どうだよ、いい感じの娘、今度こそ見つかったか?」

 

 

「…………あ?」

 

……完璧なタイミング、最高のBGM。この『物語』のエンドロールが流れ始めた、瞬間。突如背後から聞こえてきた無駄にけたたましい声に、思わず耳を塞ぐ、僕。

 

「って、なんだよ。ちゃんとした双眼鏡も持ってんじゃねえか?こないだ心配して損したぜ」

「なんだよ、羨ましいならくれてやろうか?」

「いらねーよ。こないだ新調したばっかだ。正トレーナーになって、給料もアップしたんでな?」

「なに?自慢?悪いけどその手の話は……」

「ああ、自慢だよ。悔しけりゃ今すぐ追っかけてこいや」

「………………」

 

なんとも、二十年前からまるで変わらない間抜け面だこと。足元を動かさずチラリと目線だけ向けた先、そこに突っ立っていたのは、またしても無駄に見知った同僚トレーナーの姿……いや、今はサクラチヨノオーのトレーナーと言った方がいいのか?ま、どうでもいいか。

 

「そんでもって……こんな大事な書類、上司の机に放り投げたままとかありえねえだろ。しょうがねえから俺が預かっといたぜ、感謝しろよな」

「……部外者は、立ち入り禁止って言ったろ」

「そうだな、後でタケさんに謝っとくよ」

「ああ、ついでにそれも直接美竹さんに渡しといてくれない?話、拗れたくないからさ」

「やだね、部外者だもんで」

「……そうかよ」

 

全く、毎度毎度どっから嗅ぎつけてくるんだか。奴の手にしっかりと握られていたのは他でもない、つい先程美竹さんの机に置いておいたはずの、僕の『辞表』なのであった。

 

「……色々言いてえことはあるが、面倒だから一言で纏めんぞ。なんでだ?」

「別に、ひと月ぐらい前から決めてたことだし」

「ひと月前、か。そういや『あいつ』がトレセン辞めたのが、ちょうどそれぐらいだったな。確かその直前、お前が病院に付き添ったんだっけ?」

「何さ、古畑気取り?」

「そん時何を話したかまでは知らねえが……まあ、その気持ちは分かるぜ。怪我だのスランプだので、昨日までそこに居て前向きに歩いてた奴が、今日突然消えちまう。それがトレセン学園だ、絶望する気持ちは、分かる」

「……別に、絶望って程じゃないよ」

「だが分からねえのが、その後の事だ。俺はてっきり『メジロアルダン』と出会って、もういっぺんケツに火ぃ着いたもんだと思ってたんだが……肝心の本番の日、いきなりお前はこんなもんを提出して、こんなとこから高みの見物、ときた」

 

なんとも偉そうに、つらつらと言葉を並べ奉る奴の態度、何かしら文句の百や二百でもぶつけてやろうとも思ったが、気分じゃないのでやめておくことにした。

 

「なんだよ、怖気付いたか?今更『メジロアルダン』と『あいつ』を重ねて、いずれ壊れるのが……自分の手で壊しちまうのが、怖くなった、ってか?」

「それは違う、アルダンは壊れたりしない。今までの彼女はほんの少し空回りしてただけ、今の彼女は……誰よりも強いウマ娘だ」

「あ?最強はチヨに決まってる……と、言いてえとこだが。そう言うんだったらそれを証明してみろ、お前らが、俺たちに、日本ダービーの舞台でな。そうすりゃ認めてやるからよ」

「………………」

「……わっかんねえよ。なんだよ『都合が良すぎる』って?分かるように説明されるまでこいつは返さねえし、ここも通さねえ」

「……そんなにお節介キャラだったか?お前」

「担当でもないウマ娘の為に、月のほとんど徹夜するような奴に言われたかねえな?」

 

煩いな、本当に本当に、こいつはいつも煩い。わざわざこんな所までノコノコやってきて高説垂れ流して……本当にバカで、変な奴だ。こんな奴、世界中探しても二人と居な……

……まあ、そうだな、『二人』くらいは居る、か。

 

「……間違いなく、アルダンは強いよ。悪いけどチヨノオーよりも、ずっとずっと強いと僕は思う」

「あ?なんだと?」

「彼女は強いし……それに、やさしい。こんな何の実績もないサブトレーナーの話を、一ミリも笑わずに最後まで聴いて、受け入れてくれた」

「…………」

「そして、彼女は常に『変わり続ける』。自分の『今』信じる事のためなら、必死に努力してきたものも、それこそ何年もかけて信じてきたものすら、当然のように投げ打って新しい可能性を探ることが出来る娘だ。それこそ、こんな僕に声をかけてくれたのもその一つか。とにかく、彼女は本当に凄いウマ娘……そして」

 

僕はしっかりと踵を回し、奴の顔面を凝視しながら、ぽつりぽつりと口を開く。西の空へ沈んでいく鮮烈な夕陽に眼を焦がされながら、それでも僕は、言葉を繋ぐ。

 

「彼女は、僕の理想の相手『過ぎる』んだ」

「理想の相手、過ぎる?」

「僕は今までずっと、一人で夢を見続けてきた。宇宙飛行士になりたいって言ってた時も、月とか火星とかじゃなく本当に誰も知らない未知の惑星に行きたいと思ってたし、ウマ娘のトレーナーを目指した時も、ダービーとか有馬記念とかじゃなく、世界最強のウマ娘を決めるトーナメントみたいな、誰も見たことのないレースを目指したいと本気で思ってた」

「は?お前そんなこと考えてたの?どうりで微妙に話が噛み合わないと思ってたぜ……」

「ああ、噛み合わなかった、一度も、誰とも、世界とも。夢を見て、それをきっかけに皆と繋がりを持って、安心して。でもどんどん噛み合わなくなって、自分でその夢から離れていって、そして一人に戻る。それが僕の人生の全てだった。そうやってひと月前に、トレーナーになるって夢も、失った」

「……お前」

 

 

「そうしたら、何故だかそこに、『彼女が居た』んだ」

 

 

今でも、瞼の裏にこびり付いている、あの日視た光景。不意に響いたあの日の声、他の誰でもない、やさしい声。

 

「彼女は『メジロアルダン』に、他の誰でもない『未知』のウマ娘になりたいと言った。まだ誰も見た事のない一等星を創り出したいのだと。その時、生まれて初めて独りじゃないと感じた。僕なら彼女の気持ちを分かってあげられるし、彼女なら、僕の理想を叶えてくれると、そう思ったんだ」

「それなら、よ」

「けれども同時に感じたんだ。それは『都合が良すぎる』。理想的過ぎるんだ、『今』の彼女が。共にいて、心地が良すぎる」

「………………」

「視えてしまったんだよ、この『眼』で。そう遠くない未来、彼女のトレーナーになって長い時間を共に過ごした結果……『変わるのが怖くなってしまった』僕自身の姿が」

「……観察眼、か」

「このままじゃ、『彼女と共にいる』事だけが僕の夢になってしまう。その夢を叶える為に……きっと今回みたいな挑戦は二度と出来なくなる。無理なく出来るトレーニングに無理なく走れるレースだけを、僕は望むようになる。けれども、それは……」

「メジロアルダンと、噛み合わなくなる」

「……あれだけ疑っていた世の中を、もう僕は疑えなくなる、未知を望めなくなってしまう。彼女が『肯定』してくれた僕を、僕自身が捨ててしまう。何よりまた『彼女を独りにしてしまう』」

 

……そんなやさしい声に、僕は絶対に甘えてしまう。変わってくれるなと、今のままの君でいてくれと。歩幅も戦術も思想も、着ている服でさえ……僕は醜く、彼女に懇願してしまうようになるだろう。そして……やさしい彼女は、きっとそれに応えようとしてしまう。

それでは、いけない。彼女には、僕の夢や希望なんてまるで無視して自分の行きたい所に行ってほしいし、自分の出たいレースに出てほしい。自分の食べたいものを食べ、着たいものを着て……ひたすら自由に、生きていてほしい。

その為なら、僕は……僕の夢なんて、一生叶わなくなったって、いい、いいんだ、もう。

 

「そうなってしまうくらいなら、僕は、僕は最初か

 

 

「さっきからごちゃごちゃ!うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

「ぶべらぁっ!?」

 

チカチカと光る眼の奥に、頭上に拡がるうろこ雲。鮮烈な夕陽に、積まれた枯葉、突然視界の全てがぐわんぐわんと回り始めて、堪らず僕は、その場に倒れ込んだ。

 

「おいコラ、歯ァ食いしばれや……!」

「な、殴る前に言えよ!それ!」

 

「なぁーにが彼女を独りにしてしまうだよ?バカだろお前?今、現在進行形で『独り』にさせてる奴が舐めたこと言うんじゃねえ!」

 

「…………!」

 

もう一撃、緩む顎に突き刺さってしまった奴の言葉のアッパーカット。クソが、何回も何回もバカって言いやがって……何かしら文句の千や二千でもぶつけてやろうとも思ったが……

 

「当人同士の問題だからよ、これは言わないでいようと思ったが……もういいわめんどくせぇ!」

「な、なんだ……?」

「……こないだ相談受けたんだよ、チヨから。メジロアルダンの様子がおかしくて、心配だってな」

「あ、アルダンの様子が!?なんだ?か、身体のどこかに不調が?それともやっぱり、トレーニング内容に不満があったとか……いやでも……」

「あー!うるせーうるせー最後まで聞け!チヨが言うには、こないだ寝る前にこんな会話をしたんだとよ……」

「……?」

 

──────────────

『ええと、当然アルダンさんもご存知かと思うのですが……選抜レースというものは、すなわち『ウマ娘がトレーナーに見つけてもらう為のレース』ですよね?』

『え?ええ、当然存じ上げておりますが……』

 

『そ……それだったら、あの人に専属トレーナーになって欲しいと、こちらからお願いしてみる。というのは、いかがでしょう?』

 

『………………そ、れは、それは、ダメです』

「え、えぇ〜〜〜?どうしてですかアルダンさん!?アルダンさんの為にそこまでしてくれる人なんですよ?きっと断られることなんて……』

『ダメなんです、あの人は、あの人は私に『優しすぎる』んです……あの人はきっと、私がやりたいと言えばなんでもやらせてくれる、私が出たいと言えば、世界中どんなレースにでも、そこへ辿り着く為のルートを選び出してくれる』

『は、はい?それの、どこがダメなんですか?』

『……あの人はきっと、いえ、絶対に私のことを諦めないから。どんなに私が不甲斐ない走りをしても、身体中のどこを痛めても、世界中の全員に無理だと言われても……あの人は諦めずに、そこからの新しいルートを導きだそうとしてしまう……例え自分のトレーナー人生の、全てを捧げてでも』

『……!』

『だから、ダメなんです。私一人の身が燃え尽きようと構いませんが……誰かがその巻き添えになってしまうのは……それもあんなに優しくて、真っ直ぐで、素敵な人が、私の為にその身を散らしてしまうなんて……そんなの、私には……』

『……それなら、想像できますか?あの人以外の人が、あなたのトレーナーになる。そんな、未来を』

『それ……は……』

『それは……?』

『………………』

『………………?』

『……ふ、ふふふ、もう流石に、今日は疲れてしまいましたね?そろそろ眠りましょう?ね?チヨノオーさん?』

『えっ?ちょ、アルダンさん……!』

『そ、それでは、おやすみなさい……!』

──────────────

 

「……その後、朝起きたらすっかりいつも通り……だがこの件についてはマトモに話せないまま、ずっとモヤモヤを抱えたままになってるんだとよ」

「…………………………………………」

「なあ、おい。お前がお前自身のこと、性懲りも無く『疑い続けてる』のはよーく解った。だがメジロアルダンの方は、それでもお前が自分の事諦めねえって『信じ続けてる』らしいぜ。まあ、向こうは向こうで、だからこそなんだろうが……」

「…………………………………………………………………」

 

……何かしら文句の千や二千でもぶつけてやろうとも思ったが……残念ながら今の僕の脳には、そんな大層な語彙力など、ひとつも備わっていなかった。

代わりに僕の頭の中。いや、血液を通してグツグツに全身からとめどなく溢れてくるのは……彼女と刻んだ全ての傷跡。砂を踏みしめた冷たさも、夕陽を見つめた目の眩みも、一緒にバスに乗った時の揺れのひとつひとつすらも、僕の中、鮮明に思い出せた。

 

「はぁー……マジでクソめんどくせぇぜ『お前ら』どっちも!お前らがどうなろうが俺には知ったこっちゃねぇがなぁ!その事でチヨに余計な心配かけるようだったら容赦し……!」

 

ブーッ、ブーッ、ブーッ……

 

「っと、噂をすれば……」

「……?」

 

ピッ……

 

「おお、チヨ!ナイスタイミングだぜ!それで、メジロアルダンは……おお、おお!ちゃんと回収出来たか!こっちも予想通り屋上に居たからよ、ああ、わかった、待ってるぜ!それじゃ!」

「……!」

「オラ、何ボサっと寝てんだコラ?メジロアルダンに無様なとこ見せたくなけりゃ、ちゃんと起き上がっとけよ」

「……煩いな、お前がぶん殴ってくるからだろ」

 

よろよろと立ち上がった僕の目の前には、奴が開け放った、階段に繋がる扉がひとつ。奴の話によれば、もうじきこの扉をくぐって、彼女は、ここに……

……本当にそれでいいのか?もう一度でも彼女と顔を合わせてしまえば、僕はきっと彼女に甘えてしまう。『メジロアルダン』という新しい夢に、甘えて……

 

──────────────

『……まず、君の『現在地』を改めて確認しようか、メジロアルダン』

『現在地、ですか?』

 

『ああ、だからちゃんと『Bくんの家からのルート』と、『それを踏破できるだけの体力』さえあれば、Bくんも絶対に公園に辿り着ける。のと同じように……』

『『そこからのルート』さえ分かっていれば、芝適性のウマ娘も……私も、ダートレースに、勝てる……と?』

──────────────

 

彼女と刻んだ全ての傷跡……の中から、無意識に僕が選び出したのは、あのノートを初めて彼女に見せた日のことだった。

やっぱり僕は、彼女には僕の夢や希望なんてまるで無視して、自分の行きたい所に行ってほしいと思う。その為には、僕の『一緒にいたい』という気持ちなんて、邪魔でしかないんだ。と、思っていた。

 

そうか、『ひっくり返る』必要があるのは……その『前提』だ。

 

     ◆

 

「メジロアルダン!是非うちのチームに来てくれないか!?」

「いいや、私のチームに来てくれ!君ならダートの女王になれる!」

「バカねぇ!私の所が一番に決まってるでしょ!どいてなさいよあんたたち!」

「ちょ、抜け駆けはないっすよぉ!早く独り立ちしろって言ったの、先輩じゃないっすかぁ!」

 

「ふ、ふふふふ……ええと……申し訳ございません皆様、お返事は、もう少しお待ちいただいても……」

 

「いいや!今決めてくれ!そして明日からトレーニングだ!私の考えた最高のトレーニングがあれば、誰だって……」

「ちょっと!どきなさいって!ダートなら私の方が経験あるんだから!」

「なにおぅ……ぐぎぎぎ……メジロアルダン!君は一体、誰を選ぶんだ!」

「……私、は。私の『トレーナーさん』は」

 

「はいはーい!すいませんみなさーん!ちょっと通りますねー!」

 

「ん?なんだね君は?私達は今大切な話を……って、なんだこの娘!体幹強っ!力士か何か!?」

「ひゃーっ!随分な人気者ですね?さすがはアルダンさん!」

「ち、チヨノオーさん!?何故ここに……」

「何故って、『応援』に決まってるじゃないですか?ほんっっっとうにいい走りでしたよ!」

「あ、ありがとうございます……?」

「それに……『強いニンジンは、土をも選ぶ』ですよ?ほんとはここじゃない、行きたいところ、あるんでしょう?」

「……!チヨノオーさん、どうして、そこまで……」

「ふふふ、『ライバル』は強くなきゃ、面白くありませんから!」

 

     ◆

 

初めての夢は、宇宙飛行士だった。

 

 

『それでは、先程の選抜レース最終ラウンドの結果を、今一度発表いたします』

 

「にしてもひでぇツラだな?顔洗ってくるぐらいは許してやるから、とっとと行ってこいよ?」

「……ああ、行ってくるよ」

 

きっかけは、大好きな特撮番組。何万光年先の星からやってきたヒーロー達が、『自由』に宇宙を駆け回る姿に、憧れた。

重量や物理法則なんて無視して、空のどこかをいつまでも気ままに流離う姿に、猛烈に焦がれてしまったのだ。

 

『10着……コスモフューチャー』

『9着……スペードジョーカー』

『8着……グラントホワイト』

『7着……シルバーパッチ』

 

二番目の夢は、ウマ娘のトレーナーだった。

きっかけは、たまたま見たテレビ中継。堂々たる佇まいのウマ娘達が『自由』にターフを駆け回る姿に、憧れた。

世の中のしがらみとか、過去とか将来とかそんなもの関係なく、今、目の前にあるゴールだけを目指してひた走る姿に、猛烈に焦がれたのだ。

 

『6着……フォーミリオン』

『5着……スカイハイブライド』

『4着……カタリナシャドウ』

 

けれども、この眼で現実を視てしまった時。それらの夢が何もかも、つまらなく思えてしまった。ガッカリだった、期待はずれで、酷く失望した。あの青空の向こうには何も無いし、どんなに強いウマ娘でも、いずれどこかに消えてしまう。スペースウマ娘の侵略も、全時代最強ウマ娘トーナメントもない世界は、僕にとってあまりにも狭苦し過ぎた。

周りの誰に言ってもあまりにも賛同されないから、自分がおかしい奴なのだということは、充分に理解していた、が。

 

『3着……ケミストリーリング』

 

────本当に、そうだろうか?

 

「なあ、アルダン達は今どこにいるって言ってた?」

「ん?今さっきターフからこの校舎に向かってるって言ってたが……って、何やってんだお前?」

「言っただろ……行くんだよ、『僕』から、『彼女』の元に」

「は?」

 

『2着……ガーデンクローバー』

 

三番目の夢は、もういらない。

あの日憧れた、スペースシャトルのように。支柱が無くなったのなら、それは『打ち上げの合図』だ。

 

「は?は?何やってんだ?何やってんだ、嘘だよなお前?お前、嘘だよな?おい?」

「待っててね……最短ルートで行くよ、アルダン……!」

 

ぐるりと踵と視線を180度回転させて、僕はその扉に背を向け、この広い世界に、眼を向ける。そうしてその場に腰を、重心を落として……両足に、力を込めた。

 

僕は、彼女と一緒にいたい。

僕は彼女に、僕の夢や希望なんてまるで無視して、自分の行きたい所に行ってほしい。

 

簡単な話だった。夢だなんだと言うまでもないほど、簡単で単純な話だった。

両方叶えたいのであれば、そうだ、『僕』から『彼女』の元に、歩み寄ればいい。彼女が好き勝手に動き回るのなら、その度に何十回、何百回でも。

その為のルートも、それを踏破するだけの力も、僕の中には、きっと、あるはずだ。

 

 

『1着…………メジロアルダン』

 

 

「ふぅ……うぉぉおおおおおおおおっ!」

「っ……はああああああああああっ!?」

 

かくして僕はその日、床のアスファルトを力一杯蹴り上げて、屋上のフェンスを踏み台にして、大空へ一飛び、彼女の元へと旅立った。

 

「…………!」

 

屋上から身を投げ出して、ふわりと浮かび上がる僕の身体。そして逆さまに転がった僕の身体から視た世界は……大地が上にあって、空が足元にあって、なんだが懐かしい光景で、胸が高鳴……

 

「いや……やっぱり、つまんないな!」

 

ノスタルジーに包み込まれそうになる頭を叩き直し、僕は僕自身の『現在地』を見つめ直す。

悔しいが、今の僕はただ重量に引かれて落ちていってるだけ。『飛んでいる』訳じゃない。

それに、この光景だって……ただ僕の方がひっくり返ってるだけで、『世界がひっくり返ってる』訳でもなんでもない。

つまらない、つまらない、つまらない、やっぱりこの世界はどうしようもなく、つまらない。これでは今までと同じだ、僕がやりたいことは、これじゃない。僕は自分だけひっくり返りたい訳でも、仕事を肩代わりして欲しかった訳でも、おもちゃが欲しかった訳でも、『肯定』して欲しかった、訳でもなかった。

 

全部を、ひっくり返したかった。

 

僕を独りにした世界を、そして、彼女を独りにした世界全てを、何もかも『予想外』の形にひっくり返してやりたかった。だって、その方が僕が面白いから。『物語』とか『出番』とか『ウマソウル』だとか、そんな余計なものに邪魔されない。夢見るまでもなく、誰の望みだって思うがままに叶ってしまうような、未知の驚きと感動に満たされた世界。僕が生きたいのは、そんな世界だ。

 

「……えっ?あ、あああああアルダンさん!?あああああ、あれっ!?」

「……え?えええええっ!?」

 

そして、そうか。目的地にたどり着くためには、そこまでの『ルート』が必要なのと同じように。

何かをひっくり返すためには、基準になる『中心点』が必要なのだ。

この世界を、僕の視たい形にひっくり返すための中心点。僕にとっての、世界の真ん中。それが何かは、もはや言うまでもないな。

確かに君の言う通り、僕は何があっても諦めず、君の現在地からの新しいルートを導きだそうとしてしまうだろう。例え自分のトレーナー人生の、全てを捧げてでも。けれどもそれは、何も『君のため』だけの行為なんかじゃないし、一緒に燃え尽きるつもりだって、さらさらない。僕は君のためにも、そして、僕自身のためにも、君が─────

 

 

「『メジロアルダン』が、必要なんだ!」

 

 

     ◆

 

 

「ふんふふふ〜ん。さーて、この辺の落ち葉はだいぶ集め切ったかのぉ?さてさて、後はこれをトラクターに積み込んで、裏庭まで運んで火をつけて……それでお楽しみの、焼き芋タイムじゃ……」

 

ドシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!

 

「ひっ!?ひえぇぇぇ!?なんじゃ!?隕石!?隕石かぁぁあ!?」

 

「………………」

 

……予定通りに僕が着地したのは、校舎裏、僕の背丈程積まれていた枯葉の上。まあ、こればかりは予想外の事態が起こらなくて良かったけど、でもまあ、つまらないことには変わりないな。バンジーとかスカイダイビングとか、向いてない人種なのかもな、僕って。

 

「いやでも、思ったより痛かったな……もっとクッション性あると思ってたけど、これじゃしばらく動けなさそうじゃん……くそ、しくじった……」

 

「……トレーナー、さん!?」

 

「─────」

 

熱烈な声に誘われて、首を回して向けた目線の先。磨り硝子に乱反射した優しげな夕陽の照らす学園のプロムナードに、僕が見つけた、彼女の姿。

 

……情けない話だが。またしても初めに僕の脳髄へ強く突き刺さったのは、彼女のその何物にも例えようのない程の、『美貌』であった。

まるで何処までも何処までも、広大に拡がり続ける青空のようなロングヘアに、自由気ままに天空を跳ね回り続ける入道雲のようなきめ細かい肌に、そして、無限に変化を続ける、遥か『未知数』の宇宙をそこに内包したかのような、紫色の瞳に。

僕の特別でもなんでもないちっぽけな眼は、またしてもいとも簡単に、あっさりと、呆気なく、彼女の創り出す世界の一部分と化してしまったのである。この世の中に、まさかこんなに美しいものが、あっただなん……

 

「んぇ?今、なんて……」

「はあ、はあっ……大丈夫ですか『トレーナーさん』!ここがどこだか、分かりますか!?」

「あ、ああ、ここは校舎裏の空き地で、僕は今、屋上から飛び降りて、ここに着地して……」

 

「うぉおおおおおいっ!?てめっ、て、てめ、何やってんだ!?なんで今っ……じ、自分から飛び降り……!?」

 

「あ、あれは確か、チヨノオーさんのトレーナーさん?……って、えっ!?ご、ご自分で飛び降りたのですか!?屋上から?ど、どうして?」

「ああ、もちろん、今すぐ君に逢いたかった、からだよ、アルダン。それと……選抜レース、近くで見ていてあげられなくて、ごめん。本当に、最高のレース、だったよ」

「─────貴方、は」

 

そして、こちらに向けてその優しげな顔をぐぐいと近づけてくる彼女に……僕はつい、言わなければならないことをすっかり忘れて、見蕩れてしまう。

ああくそ、こんな甘え方はしたくないのに、そんな僕のプライドなんてまるで関係なく、彼女の存在が、否が応でも僕の『救い』になってしまう。全く『未知』の感覚だ、一体これはなんなんだ。その正体を知りたくて、知りたくて、僕はただ呆然と、彼女の頬に手を伸ばし……

 

「貴方は……そのっ、本当に……ほんっとうに……!『おバカ』っ!なのっ!ですかっ!?」

「えっ」

 

……彼女の口から飛び出したあまりに予想外な言葉に、伸ばした手も、へにゃりと脱力してこぼれ落ちてしまう。ああなるほど、『バカ』って言葉、本当に言い慣れてないんだなぁ……

 

「わた、私に逢いたいのならっ、大人しく階段で降りてきて下さいよっ……!ほんとっ、屋上から落ちていく貴方を見たときっ……!どれだけ驚いたかっ、おわかりですかっ……!」

「あ、え、ええと、その、ほんと、ごめん?でもほら、ちゃんとルート計算して、ここに落ちるようにはしてたから……」

「それにずっと言いたかったのですが、人のことばかり気にして、貴方こそちゃんとご飯を食べて、眠っているんですか!?会うたびにどんどんクマが濃くなっていくの、私ちゃんと気付いてたんですからね!」

「……それは、はい、ごめんなさい」

「本当に……本当に貴方は、私がいないと、だっ、ダメなんですから……!」

「……ああ、本当にそうみたいだね、アルダン。僕は、僕という奴は、君がいないとダメみたいだ」

「本当に、もう……気付くの遅すぎますよ、貴方も……私も……」

 

 

「……あ、アルダンさんが怒ってるの、初めて見……怒ってる?のかな、あれ?」

「おーい!チヨーっ!お疲れ様ーっ!あいつ、本当に大丈夫そうかーっ!?」

「あ、あーっ!トレーナーさんもお疲れ様でーすっ!身体は大丈夫そうですが……これ、一件落着ってことで、いいんですかねーっ!?」

「そんなもん、俺が知るかよーーーっ!」

 

 

「……そ、それで。アルダン、今日は、さ、僕からも君に、伝えたいことが、あるんだ」

「っ……は、はい」

 

キュッと下唇を噛み締めながら、ふわふわと前髪のまとまりを気にするアルダン。その照り返す青空のような髪の束のグラデーションは、他の何よりも美しくて、まるで僕がずっと夢想してきた、空想の姫君のようで……高鳴る鼓動のモードに合わせて、勢い任せで僕は、口を開いた。

 

「もしも、君が良ければ……僕を、君のトレ

 

「こりゃぁあああああっ!何をフザけておるんじゃあああああっ!あんなところから飛び降りるなんて、危ないじゃろうがぁああああっ!!!」

 

「えっ」

「えっ」

「それと!せっかくワシが集めた落ち葉をまた巻き散らかしおって!ワシの三時間の仕事がパァじゃ!本当に、フザけるのも大概にせぇ!」

 

……不意に聞こえてきたのは、先程まで落ち葉拾いをしていた用務員さんの怒鳴り声。そのあまりの正論っぷりに、僕は思わず口を開けたまま、石のようにその場に固まるしかないのであった。

 

「ほれ!いつまでも寝ちょらんで!こっちに来んか!」

「あの、えと、す、すいませ……グエッ!」

「どこの誰じゃか知らんが、理事長さんに突き出してやる!それと……そこの屋上におるやつも!」

「……えっ!?俺も!?」

「どうせそこからキャメラに撮って、なんじゃ、うまとっくだか、うまちゅーぶだかに投稿するつもりじゃったんじゃろ!顔は覚えちょるからな!逃げずに降りてきい!一緒に理事長室に行くんじゃ!」

「は、はぁ〜〜〜!?おい、勘違いすんなよ爺さん!飛び降りたのはそいつの勝手で……!」

「ぐ、くえぇ!自分で歩けますからぁ……!首根っこ掴むのは、勘弁して……」

 

ジャケットの襟を捕まれ、そのままずりずりと地面を引きずられていく、僕の身体……くそう、かっこ悪い……!百パーセント用務員さんの方が正しいだけあって、余計にかっこ悪い!

 

「と、トレーナーさ……」

「あ、アルダン……!」

「は、はいっ!」

「もしも……!もしも良ければ……明日のいつもの時間、カフェテリアのいつもの席で、待ってて欲しい!どうしても、どうしても伝えたいことが……!グエッ!」

「やーかましいんじゃ!とっとと行くぞ!」

「ぐ……せ、せめて自分で歩かせて……」

 

「……トレーナー、さん」

「……ええと、その、今日の所は帰りましょっか?ほ、ほらっ!今日の勝利を祝して、私達だけでも祝勝会を開きましょう?あ!ヤエノさんや、クリークさんも呼んできますよ!」

「………………」

「あ、アルダンさん?」

「……ふふっ……ふふふっ!ふふふふふっ!ええ、ええ!そうですね?せっかくですし皆さんお呼びして、豪勢にいってしまいましょう♪」

「ふふふっ!ええ、もちろんです!」

 

ああ、くそう、どうして僕は肝心なところで決められないんだかなあ……情けなく見上げた空には相変わらずの鮮烈な夕日と……けれども、か細くも、それに抗うように懸命に光りを放つ、一番星と二番星が既に昇ってきていたのだった。

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