ありふれた降霊術師へ世界最凶の魔術師は贈る 作:sahala
「ダンスパーティー、ねえ………」
キャスターはメルドに対して胡乱げな声を出した。
ここはメルドの執務室だ。今や正式に“神の使徒”達の訓練教官となったキャスターは、メルドや騎士達に訓練成果の報告や、今後の育成方針などを話し合う職員会議を定期的に行っている。そうして今日の訓練成果を報告しに来たキャスターだが、話の終わりにメルドから意外な伝達事項を聞かされたのだ。
「正確にはハイリヒ王国の建国記念祭だ」
メルドが訂正を入れた。
「一ヶ月後、王都で記念式典が行われる。夜には公爵閣下や伯爵閣下などの貴族方が招かれる盛大な舞踏会も開かれるんだ。そこに“勇者”の光輝を始めとした“神の使徒”達を参列させる様に、との御達しだ」
「ふうん、貴族達に対するお披露目会でもするのか? 少し前にその勇者御一行が魔人族に殺されかけたのに、随分とのんびりとした話だな」
「ん………まあ、上には上の考えがあるのだろう」
言葉を濁して答えるメルドだが、キャスターにはその理由が分かっていた。
最近、“神の使徒”に対する求心力が以前より低下しているのだ。というのも、先日のオルクス迷宮の事が端を発している。
光輝達が迷宮の奥で魔人族の襲撃に抗っていた時、救援を呼ぶ為とはいえ「勇者達が魔人族に殺されそうだ」と、遠藤が辺り構わずに触れ回ってしまっていた。
人の口に戸は立てられぬもので、あっという間にホルアドを通して王都にも“魔人族に殺されかけた勇者達”の話は出回った。そうして庶民や貴族などの身分の上下に関係なく、町の酒場や高級な
『こんな勇者で本当に魔人族との戦争に勝てるのか?』
『魔人族に簡単に潜入されてるなんて、本当はハイリヒ王国は敗戦寸前まで追い込まれてるんじゃないか?』
光輝達を“神の使徒”と喧伝する聖教教会の手前で大っぴらには言えないものの、彼等の目に届かない所で国民達は“神の使徒”の実力を疑問視し始め、その動揺は日に日に目に見える形となっていた。
「そういえば噂で聞いたんだが、なんでも貴族様の中にはヘルシャー帝国に頻繁に連絡を取る奴が増えたそうだな? まあ、王国が潰れたら帝国に頼ろうというのはリスクヘッジとしては妥当だろうよ」
ついで言うなら以前から魔人族と内通してる者は殊更に王国を見限ろうとしてる動きがある様だ。
さすがに両者共に明白な裏切り行為は見せてはいないものの、分身を使って情報収集を行ってるキャスターには大半の貴族達が沈没船から逃げ出そうとする鼠の様に、王国を裏切ろうとする者が増えていると感じていた。
「ふう………どうやら、貴方には隠し事は無理な様だな」
キャスターの指摘にメルドは深い溜息を吐いた。賢い頭脳を持つ彼ならば、王国の上層部や教会の思惑などお見通しなのだろう、と考えた様だ。
「まあ、キャスター殿の考えてる通りだ。どうやら貴族達も“神の使徒”の実力を疑う者が増えたらしい。このままだと魔人族と戦う前に国が分断されると上層部や教会は考えていて、本格的に貴族達が離れる前に光輝達を旗頭にして“聖戦”を布告する腹づもりらしい」
“聖戦”。
それは聖教教会の名の下に、聖敵たる魔人族を討滅するという名目で行われる戦争だ。
これまでの戦いとは違って国王と教皇の両名の号令の下に大規模な遠征軍も組まれる為、これに与しない貴族がいれば王国からは貴族の義務を放棄した“恥知らず”、教会からは神の威光を否定する“異端者”の誹りは免れない。
貴族達の思惑など関係なく人材や資金を調達でき、同時に“裏切り者”に対する踏み絵が行えるという究極の一手ではあるだろう。
「その為に光輝達をこれまで以上に“神の使徒”として喧伝しろと命じられた。今やっている殺しの訓練もある程度の成果が出てきてるから、上層部は戦地へ行く準備は出来てる筈だと言っているのだが………」
「ふうん。まあ、御偉方の思惑なんてどうでもいいよ。問題は肝心の“勇者様”がどうなのか、って話」
「それは………」
「勇者くんに関してはおたくがマンツーマンで教え込んでいたんだろ? それで? 結果的にはどうなったのよ?」
キャスターの指摘にメルドは再び黙り込んでしまった。
雫や鈴、龍太郎の様に戦争に対して一種の覚悟を決めた者達もいる。だが、光輝は未だにその覚悟が出来ていないのだ。
「そもそもさあ、噂を揉み消そうとするのに躍起なのか、“勇者は救援が来る前に真の力が覚醒して魔人族を倒した”とか教会は喧伝してるんだろ?」
正確には倒しかけたが見逃して逆にピンチになったわけたが。
「そのくせ本当に勇者達のピンチを救ったハジメ少年には異端審問にかけろ、と声が上がってるときた。そんなの功績を横取りさせてる様なものじゃないの。神輿に担ぐにしても、そいつに適切な重さでやらせた方が良いぞ?」
因みにだが、当事者としてキャスターにも教会から口裏を合わせる様に厳命されている。もっとも、口止め料として大金をせしめたのだが。
「分かっているさ、そんな事。俺も上層部に何度も進言はしたんだ。だが………!」
ギュッとメルドは拳を握る。
人手不足を理由にオルクス迷宮で部下を全滅させた責任を追及されなかったメルドだが、上層部からメルドに対する評価は急落した。
今までは光輝達を戦争の最前線に出したり、貴族達の政争の道具にされたりしない様にメルドが庇えていたが、もはやそうするだけの発言力など彼には無い。
「上層部は光輝に関しては“聖戦”で実戦経験を積ませれば、否が応でも人殺しに慣れると考えている。その過程で“神の使徒”達が何人か犠牲になっても、最終的に“
ギリィッと歯が食い縛られる音がする。
恐らくメルドは最後の最後まで教会や上層部に抗弁したのだろう。一国の騎士団長とはいえ、下手をすれば不敬罪や国家反逆罪の疑いをかけられてもおかしくはなかった。だが、事態はもはやメルドに止められる領域にはなく、これから光輝達は本人の意志とは関係なく“聖戦”のプロパガンダに使われていくだろう。
それこそ………その過程で何人の命が失われても。
過去の“聖戦”は人間族と魔人族の両軍共に戦争が激化し、甚大な被害が出たから痛み分けの和平を行っているのだ。今回も同じ様に途中で停戦するとしても、その日まで光輝達が生き残る保障など無い。
「情けない話だ。“神の使徒”とはいえ、まだ十代の若者達に頼りきりで戦争を始めるなんてな」
自嘲する様にメルドは呟いた。
「光輝は悪くないんだ。そもそも、これは光輝達とは関係ない俺達の国の戦争だ。少し前まで戦いを知らない子達を無理やり前線に送り込むなんて、何が騎士なんだろうな………」
この世界において、メルドはだいぶ異端な方なのだろう。エヒト神の遣いである“神の使徒”はエヒト神の為に戦うのは名誉であり、なんならば“殉教”しても神の御許へ逝く事が約束されてるとほとんどの人間は考えている。
だが、メルドは光輝達と一緒に過ごす内に情が湧いたのだ。彼等は聖教教会が喧伝する様な完全無欠な“神の使徒”ではない。一人の人間であり、戦火を知らずに平和に生きてきた子供達なのだ。
それなのに自分達の都合で勇者などと祀り上げ、戦争の矢弾の様に使い捨てようとしている。無辜の人々を守る騎士であるメルドからすれば、平和に暮らしていた少年少女を戦争に引き摺り込んだのは許し難い話であり、そしてそうしなければならなくなった自分の無力さが恨めしかった。
「………まあ、あんたが気に病む話じゃない」
悔恨の表情を浮かべたメルドに対して、キャスターは唐突にそう言った。
「あんたは立派に教師をやってるよ。それこそ他の人間がやってたら、とっくに何人かの少年少女は捨て駒にされてただろ。ここまで勇者くん達が生きてこれたのも、あんたのお陰だろうよ」
「ふっ………まさかキャスター殿に慰められる日が来るとはな」
「慰めじゃないさ。本気で良い教師だと思ってるぞ?」
ふとキャスターはどこか遠い目になった。
「そうだな………どこぞの魔術師よりはマシだろうな。そいつは何人かの弟子を取ったが………最初から関わらなかった方が良かったという結果にしかならなかったからな」
「………それは何故だ?」
「教師の才能が無かったから」
きっぱりとキャスターはそう言った。
「そいつはまあ、大抵の事を出来る才能はあった。ただし、自分が出来るのと弟子に教えるのとでは別の問題だ。“自分は大して苦労しなかったから、そんな難しい話じゃないだろう”。要するに他人の事なんざ、まるで考えてなかったわけだ」
それはおそらく、天賦の才能を持つ者に共通する悩みだろう。常人より上達が早く、そして目に見える成果を次々と出せるが故に、凡人が途中で躓く理由が理解できないのだ。
「途中で“これじゃ駄目だ”と色々な魔導書を書いて自分の魔術を分かりやすく説明しようとしたりはしたが………結局、誰もそいつが目指す地平には立てなかったし、視座を持つ事も出来なかった。そうしてそいつらの人生を狂わせちまった………あの“
「キャスター殿?」
疑問に思ったメルドが声を掛けるが、キャスターはメルドを見ていなかった。目の前のメルドではなく、窓の外に目を向けていた。
メルドの部屋からは奇しくも神山が見えていた。聖教教会の総本山にして、標高5000メートル以上を誇るトータス最高峰の山。
キャスターはその神山を通して、どこか遠くを―――それこそ、
「ん………話が逸れたな。とにかく、そいつよりは全然マシだから自信持てよ。それにまだ勇者くん達のお守り役は解任されてないんだろ?」
「ああ、一応な」
「だったら、戦地に行く前に色々と教えてやれよ。あいつらにとってこの世界で信用できる教師はあんただけだ。あいつらの誰かが戦場でくたばる事になったとしても、“もっと教えてやれば良かった”と思わない様に叩き込んでやれ。後悔するのはそれからでも遅くないだろ?」
そうキャスターは締めくくった。仮にも騎士団長という地位にいるメルドに対して、まるで悩める若者を諭すかの様な上から目線な物言いだ。見方によっては少し無礼だと思われそうな態度だというのに、何故かメルドは受け入れる事が出来た。
「………不思議だな。なんというか、キャスター殿の言葉がスッと胸に入るな。まるで歳で引退した前団長みたいだったぞ。俺より年下か、そう変わらない年齢だというのに」
「いやいや、そんな事は無いぞ“若いの”? こう見えても七十超えのドシニアですとも」
「嘘をつけ。貴方みたいに性欲もバリバリな年寄りがいて堪るか」
メイド達や街女達を口説き回ってる姿を思い出し、メルドは苦笑した。それに対してキャスターはいつもの様にニヤニヤと笑っていた。
「まあ、とりあえずダンスパーティーの方は了解しましたよ、と。そういう事ならガキ共に社交ダンスでも教えるのか?」
「ああ。お飾りとはいえ、少しは様になるようにしないといけないからな。“勇者”の光輝はもちろんだが、他にも希望者がいたら週末にダンスの教師を招くつもりだ」
「ふうん、なるほどねえ。それなら………」
何やらキャスターは一人で頷いてるのを見て、メルドは怪訝な顔になった。
***
「―――という事で、一ヶ月後にハイリヒ王国建国記念祭が行われる! 来賓される貴族方に恥ずかしくない様、振る舞う様に!」
翌日、地球から召喚された生徒達は合同訓練の終わりにメルドからそう告げられた。当然ながら教会や上層部の裏の思惑などは伝えられないが、それでも“神の使徒”として式典や舞踏会に出席する様にという旨を伝えていた。
メルドから解散の号令が出た後、生徒達は思い思いに喋り出した。
「舞踏会だって! なんか本当にファンタジーだよね!」
「はいはい、分かったから落ち着けって」
「だって、だって! お城で舞踏会だよ! こんなの地球じゃ絶対に経験出来なかった事だよ!」
いつもよりハイテンションに絡んでくる鈴に、恵里は鬱陶しそうにしながらも相手していた。
「どうせ御偉方がボク達を客寄せパンダにでもしようとしてるだけだろ」
「うっ………まあ、それはそうかもだけど。でもでも! せっかく舞踏会に招待されたんだから、楽しまなきゃ損だよ!」
生い立ち故に捻くれたところのある恵里は舞踏会の裏の思惑に即座に気付いたものの、鈴は純粋に舞踏会という非日常の催しに参加できる事に興奮してる様だ。それは他の生徒達の大半も同じ様で、一斉に友人同士でワイワイガヤガヤとお喋りを始めていた。
「ほら、舞踏会だから素敵な王子様とかいるかもしれないし! “さあ。僕の手を取って、プリンセス”とダンスに誘われたらどうしよ~!」
「この国の王子様は六歳だけどな。十歳以上の年の差婚を許容できるならどうぞ」
「むう……エリリンってば、さっきからテンション低~い」
オルクス迷宮の一件以来、以前までの大人しい図書委員の仮面を被る事を止めた恵里だが、そんな恵里にも鈴はいつも通りに接していた。それが少しだけ鬱陶しくあるものの、恵里の方もまた、周りが“事情があるとはいえ
「まあ、エリリンはダンスをしたい相手は最初から決ってるもんね。やっぱり天之河くんなんでしょ?」
ゴフゥ、と恵里は突然の発言に吹き出す。鈴からそんな事を指摘される日が来るとは思わなかった。
「べ、別にぃ? 光輝くんがダンスを踊るか決ってないし? ボ、ボクだってダンスとか興味ないし!」
「またまた……今更、恥ずかしがる事ないでしょうに。もうエリリンが天之河くんが好きなのは皆様公認の事実なんですぞ?」
なにせ普段からあれだけアピールしているのだ。余程の勘が鈍い者でもない限り、恵里の好意の行く先に気付けない者などいなかった。茶化してくる鈴に言い負かされそうになり、恵里も顔を真っ赤にしながら逆襲の一手を試みる。
「そ、そんな事を言うなら鈴だって! 誘いたいのは本当は坂上なんだろ!」
「ふぇっ!? いや、別に、龍太郎とは別にそういう感じじゃなくて………!」
今度は鈴が真っ赤になる番だった。手をわたわたと動かして慌てる鈴を見て、恵里のほんの少しだけ溜飲が下がった。
「なんであいつ? とか色々と疑問はあるけどさあ………夢の王子様より、そっちを優先した方が良いんじゃないの?」
「ちーがーうーのー! 龍太郎とはそんな関係じゃないの~!」
一転して反撃の立場に立った恵里は、ポカポカと叩いてくる鈴に対して「ククク……」と悪い笑みを浮べていた。大人しい図書委員の仮面を被っていた時には絶対に浮べなかった笑顔だった。
(あれ? こいつといる時………こんなに楽しかったっけ?)
ふと恵里の胸の中に微かな疑問が生まれた。鈴を
「ああ、もう。そろそろ離れろってば」
「うぅ~………でもさあ、真面目な話をするけど。天之河くんと踊るのはちょっと倍率が高いかもよ?」
まだ顔を真っ赤にしながらも、叩くのを止めた鈴は唐突にそう言った。
「だって天之河くんは“勇者”なんだし………。多分、私達の代表として色々な人と踊るのは確定じゃないのかな?」
「言われてみれば………」
恵里は少し顔を顰める。舞踏会には貴族の令嬢なども多数来席してくるだろう。なんだかんだ言って、光輝はこの国の“勇者”なのだ。様々な思惑がありながらも、ダンスを申し込んでくる相手が出てくるというのは想像に易い。それこそ余計な虫達が光輝に群がるのは目に見えているのだ。
「だからさ、天之河くんとダンスしたいなら早めに約束をした方が良いと思うよ?」
「………その“勇者”の一番の相棒である“拳士”も、まあまあ倍率が上がりそうだけどな」
「だから、龍太郎とはそんな関係じゃないってば~!」
***
そうして鈴と別れた後、恵里は光輝を探して中庭を歩いていた。少し周りを見渡せば、クラスメイト達の中にもダンスを申し込んでいる男女が複数いた。
どうやら鈴と龍太郎の様にいつの間にやら仲が進展した者も多い様だ。あるいはオルクス迷宮で死の危機を間近に感じた事で、この先に後悔のない様にと積極的になった者が増えたのかもしれない。
地球ではクリスマスやバレンタイン・デーに結ばれるカップルを見ても自分には関係ないと無視していたが、何故か今日は自分もそわそわとしてきていた。
そうしてしばらく探して、ようやく目的の人物を見つけた。
「なあ、雫。一ヶ月後の舞踏会で良ければ―――」
「ええと、ごめんなさい。貴方とは踊れないの」
光輝から申し込んだものの、雫はあっさりと断っていた。
「というか、もう既に先約がいるのよね」
「え? 誰なんだ? 俺よりも、その男が雫と踊るなんて―――」
「女の子よ」
「………はい?」
「だから、女の子。私に申し込んできた相手、み~んな女の子」
どんよりとした目で雫は語っていた。凜々しい出で立ちから異性よりも同性に好かれやすい雫の事だ。それこそ、そこら辺の男より、と雫にお願いしにきて、雫も彼女達の熱意に断り切れなかったのだろう。
「そ、そうか………雫は凜々しくて、男の俺から見ても男性役が似合いそうだもんな」
「褒めてるつもりならありがとう。そんなワケでダンスの約束が複数あるから間に合ってるわ。他の人を誘ってちょうだい」
それじゃ、と雫はさっさと立ち去ってしまった。その後ろ姿を名残惜しそうに光輝はしばらく立ちすくんでいた。
「ふう………よしっ」
雫が完全に居なくなった後、柄に無く恵里は気合いを入れる。そうして光輝へずんずんと歩いていった。
「光輝くんっ」
「ん? ああ、恵里か。どうかしたのか?」
緊張のあまり、声が少し上擦った。しかし、光輝はいつもの様に輝く笑顔を恵里に向けてくれた。
「あ、あのさ。メルドさんが言っていた舞踏会だけど、光輝くんはどうするの?」
「ああ、その事か。なんでもこの国の伝統だと“勇者”がトップバッターとして踊らないといけないそうなんだ。だからダンスの相手を見つけとけ、ってメルドさんから言われたのだけど………」
「………ボ、ボクが一緒に踊ろうか?」
「え?」
「だ、だから! ボクがダンスの相手をしても良いよ?」
言った。言ってしまった。
きっと鏡があったら、トマトよりも自分の顔は真っ赤になっているだろう。ドッ、ドッと鼓動が五月蠅く耳に響き、心臓が口から飛び出しそうだ。
それでも逃げ出したくなる足を堪えて、恵里は光輝の返事を待った。
光輝は驚いた顔になる。一秒、二秒………それだけの時間が恵里の中では永遠に感じられた。
「いいよ」
「え?」
「だから、いいよ。恵里がダンスのパートナーを務めてくれるなら、俺は嬉しいな」
「ほ、本当!?」
思わず恵里は聞き返してしまう。そんな恵里に気圧された光輝は慌てて頷いた。
「も、もちろんだって。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだよ。俺も社交ダンスは初めてだから、これから練習するけど当日は楽しみにしてるよ!」
「うん………うん! ボクもいっぱい練習するから! 約束だからね! 絶対だからね!?」
「ふふ、分かったよ。それじゃ、そろそろ夕食の時間だから、またな」
興奮して何度も確認してくる恵里に苦笑ながら、光輝は立ち去った。恵里は、今のは夢ではなかったのか、と思わず立ち尽くしていた。そうしてしばらくして、ようやく動き出した。
そろそろ夕食の時間なのだが、食堂には向かわずに自分の部屋へと入った。念入りに鍵を閉め、そして――――。
「~~~~~~っ、やったああああああっ!!」
恵里は両手を上げて歓声を解き放った。それは普段の彼女を知る者がいれば、思わず二度見したくなる様な喜びようだった。
「やった、やった! 光輝くんのダンスのパートナーに選ばれた! ボクは光輝くんと踊るんだっ!」
ぴょん、ぴょんと飛び跳ね、クルクルと小躍りまでしてしまう。
なにせ、ずっと憧れていた
「体が軽い……こんな幸せな気持ちは初めて……! もう何も恐くない―――!」
「な~んか、死亡フラグ臭い言葉だな。具体的には頭からパックンチョされそうな」
「ぬわあああああああっ!?」
思わず恵里は飛び上がった。いつの間にやら、恵里の部屋にはキャスターがいて、壁に寄りかかりながら呆れた様子でこちらを見ていた。
「お、おまっ……! 霊体化して入ってくるなら、一言は断ってから来いって言っただろうがっ!!」
「いや、ちゃんと声は掛けていたぞ? ぴょんぴょん嬉しそうだったから気付かれなかっただけで」
ジト目で見てくるキャスターに、恵里は先程とは別の意味で顔を真っ赤にする。冷静になってみると自分は悶絶したくなる程に浮かれていたらしい。
「それで、なんか良い事でもあった? いつになく上機嫌だけども」
うっ、と一瞬だけ恵里は言葉に詰まる。少し前に恵里はキャスターから「光輝に熱を上げるのは薦めない」と忠告されていた。あの後、なんとなくその話題を避けてキャスターとは気まずい雰囲気になっていた。
そうでなくとも最近は恵里も意図的に避けていた。なにせ夢を通して彼の過去を覗き見しており、その事に少し後ろめたさを感じてもいたからだ。
「………今度の舞踏会で、光輝くんにダンスパートナーに指名して貰った」
それでも恵里は絞り出す様な声でキャスターにはっきり言った。いずれは分かる事だし、ここを譲るつもりはなかった。
「ボクは……なんて言われても、光輝くんが好きだ」
それこそが恵里の原初の想い。恵里にとって全ての根幹となる
「お前に止められても無駄だからな? ボクは絶対、光輝くんと踊るんだ!」
ほとんど怒鳴る様にして力一杯、恵里は宣言していた。だが、同時に自分の言い方に少しだけ後悔していた。
(なんだよこれ………これじゃまるで、親に反抗してる子供みたいじゃないか)
残念ながら恵里の父親は早逝したのでこんな会話は無かったものの、今の自分はさしずめ父親に反対されてる男と付き合おうとしている娘みたいだ。
魔術の師匠とはいえキャスターにそんな義理を感じる必要は無いし、この女誑しが父親とか生理的に嫌なのだが。
「ふ~ん、そっか………」
キャスターは恵里を見ながら一人で勝手に頷いていた。それを見てどう反対してくるか、と恵里は身構えていた。
「ところで………恵里はダンスをやった事があるのか?」
「え?」
唐突に聞かれて、恵里は戸惑った顔になった。
「だから社交ダンスの経験。日本のハイスクールはそこら辺も教えてるのか?」
「………ないよ、そんな経験。それはこれからどうにかするから」
てっきり反対されると思っていただけに拍子抜けだが、恵里は素直に答えた。舞踏会に向けてダンス教室が何回か開かれる、とメルドが言っていた。それで覚えるつもりだ。
「そうは言うがねえ、たった数回の練習でどうにかなるものやら………。まあ、御偉方はそこまでの出来は求めてないみたいだけどな」
暗に“神の使徒”達は踊れなくても構わないと思われてる事をキャスターは言ってきた。やはりというか、恵里の予想通りに“神の使徒”は客寄せパンダぐらいの扱いらしい。
「だからこそ―――ここで勇者くんをリードするぐらい踊れたら、度肝を抜くと思わねえか?」
「へ?」
「なんだ、察しが悪いな」
スッとキャスターは手を差し伸べた。
それはまるで、淑女にダンスの誘いを申し込む様に。
「ダンスのやり方、教えてやろうか?」