嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
あの日、あの“事件“が起きてしまったせいで、私の中で彼の存在が一気に『危険なもの』へと変わってしまった。
幼馴染であり、私の過去を知る数少ない人の一人。
彼が私の“裏の顔”を知ってしまったことは、私にとって大きな問題だった。
彼にそれを知られたままにしておくわけにはいかない。
そこで私は、彼に近づき、あわよくば監視下に置くことを決めた。
表向きはあくまで『幼馴染の仲良し』という体裁を装いながら、彼にとっては単なる気軽なお誘い、という風に見せかけて。
昼休み。
教室がほどよくざわついている時間を狙い、私は彼のいるもとに向かった。
普段はあまり話しかけることもないので、クラスメイトたちは少し驚くかもしれない。
でも、それがかえって自然に思わせるポイントになる。
「ねえ、久しぶり!」
彼はふと顔をあげて、こちらを静かにみつめてくる。
その表情が予想通りで、私は内心少しだけほっとする。
けれど、表情には一切出さず、あくまでいつもの明るい『櫛田桔梗』を演じ続ける。
「「「えっ、桔梗ちゃんが…? あの男に……?」」」
教室内で話しかけた瞬間、近くにいたクラスメイトたちが小声で驚いたように囁いているのが聞こえた。
普段なら特定の男子にこちらから声をかけることなんて滅多にないから、皆少しばかり興味深そうにこちらを見つめているのがわかる。
私はその視線には気づきつつも、それを無視するように微笑みを保つ。
「今週末、少し時間あるかな? せっかくだし、どこか一緒に行こうよ!」
自然な誘いを装いつつ、少しだけ声を弾ませてみせる。幼馴染みならこれくらいの誘い、変には思われないはずだ。
周りの視線が集中していることもわかっているから、演技には一層の気合を入れる。
彼は少し驚いたように私を見て、わずかに間をおいて、
――いいね。
と静かに応じた。
すると、クラスの数人が顔を見合わせ、また何か話しているのが視界に入る。
「へえ…意外かも」
「なんか珍しいよね、二人で話してるところ見るの」
「でも二人って幼馴染らしいよ……」
そんな会話が小さく聞こえてくる。
まるで、珍しい生き物でも観察するかのような視線だった。
私はその様子にも意識を向けつつ、柔らかく、明るく笑顔を見せておく。
あくまで、自然な雰囲気を保つべきだ。
「じゃあ、週末にショッピングモールで待ち合わせしようね!
――うむ。
相手の返事を受けて、私は満足げに微笑んだ。
周囲に見られているおかげで、「普通の幼馴染み同士」という印象が強まったはず。
これで、波風立てずに彼と出かける準備が整った……きっと。
ξ
週末が訪れる。
ショッピングモールで待ち合わせた私たちは、すぐに館内を歩き始めた。
お互いに変な緊張もなく、ただ懐かしい空気を感じる程度の距離感。
……私が誘ったのに、彼はどうしてこんなに平然としているのだろうか。
そう考えながらも、あくまで表向きの『櫛田桔梗』として、私は自然に振る舞う。
「ねえ、これ懐かしいよね!」
と私はふと、雑貨店の前で足を止めた。
並べられているノートやペンケースは、中学の頃にもよく見かけたデザインで、思わず無邪気な気持ちがよみがえる。
「中学の頃って、こういうの皆よく持ってた気がする! あの頃は、色々楽しかったな〜って思い返しちゃうよね」
彼に視線を向けて、にっこりと微笑む。
私の中で、その笑顔は「懐かしい友達」としての表情のはずだった。
しかし、彼はただじっと私を見つめ返してくるだけだった。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
あの日「秘密の顔」を見たときと同じように、冷静すぎる目で私を見ている。
「…ふふ、どうしたの? そんなに見つめて」
私は少し照れくさそうに見せて、笑ってごまかす。
昔の話を出すことで彼が多少は気を緩めてくれればと思ったけれど、彼はただ――そうだな。との一言返すだけで、相変わらず冷静なまま。
そんな態度が少し引っかかる。
彼は、いったい私をどう見ているのだろうか。
少し歩いた後、私たちは大きな服屋の前で足を止めた。
店の中には、新作の秋物が並べられていて、ショッピングモール全体に漂う季節の香りを感じさせる。
私は何も考えずに店に入り、手近な洋服のハンガーに手を伸ばした。
「ねえ、これ似合うかな?」
私は軽くスカートを揺らしてみせて、あくまで『表の顔』で無邪気に微笑んだ。
彼は気軽に答えてくれると思ったが、その冷静な視線からは何を考えているのか掴めなかった。
その目が私をじっと見つめていると、まるで私の意図を見透かされているかのように感じてしまう。
少し間を置いた後で、彼はようやく答えた。
――似合う……んじゃない?
しかし、その言葉にはどこか感情が薄く、ただ無難に答えているだけのようにも思える。
私はその反応に少し不安を覚えたが、顔には一切出さず、
「ほんと? じゃあ、これにしようかな」
と、あくまで無邪気に振る舞った。
店内を歩きながら、私は次々と服やアクセサリーを手に取り、楽しげに見せては、
「どうかな?」
と、彼に意見を求めてみた。
けれども、彼の反応はいつも通り控えめで、感情が読めないままだ。
どんな反応をするか少しでも期待していたがゆえに、少しずつ苛立ちが湧いてくる。
私がアクセサリーのコーナーで髪留めを手に取り、何気なく彼の方に見せてみたとき、彼がふと小さく息をつくのが見えた。
――櫛田は……こう、“着飾る”のが好きなんだな。
その一言が、やけに胸に突き刺さる気がした。
私の『表の顔』を皮肉っているのか、それとも単に何気ない感想なのか判断がつかない。
けれど、内心でどう受け取るべきか迷いつつも、私は自然に笑って返した。
「そりゃ、可愛いものは好きだよ! 女の子なら普通だもん」
内心は少し苛立ちながらも、そんなそぶりは絶対に見せない。
私が何かを探っていると彼に気取られるわけにはいかないからだ。
そのまま、私は試着室に入り、少し気分を落ち着ける。
カーテン越しにちらりと外を確認すると、彼は相変わらず静かに待っている。
試着を終えて、ため息をつかないように気をつけながらカーテンを開け、彼の前に立つ。
「ふふっ、こんなのどう?」
鏡越しに見せるようにして、少しスカートを整えてみせる。
彼はしばらく私を見つめて、それからふと口を開いた。
――今のままの櫛田でも、悪くないと思う。
その言葉があまりに唐突で、しばらくどう返せばいいのかわからなかった。
今のままの私? それはどの顔のことを言っているの? 無理に作り上げられたこの『表の顔』のこと? それとも彼が知っている、もう一つの顔のことなの?
「は? 何それ、どういう意味?」
無意識のうちに、冷たい口調が出てしまった。
けれども、彼はただ柔らかく微笑んでいるだけだった。
その穏やかな表情には、何かを読み取ろうとしているような深い目があって、私はつい視線をそらしてしまいたい気持ちになっていた。
ショッピングを続ける間、私は冷静さを取り戻し、内心で慎重に彼の様子を探り続けた。
彼が「今のままの私」をどう見ているのか、その真意を見極める必要がある。
もしこのまま、彼を私の監視下に置けるのであれば、過去の『知られたくない一面』が明るみに出る心配もない。
逆に、この機会を逃せば、彼に好き勝手にされるかもしれない。
私はゆっくりと呼吸を整え、彼に向けて軽く微笑むと、言葉をかけた。
「ねえ、私たち、今って友達だよね? だから、私のこと、ちゃんと守ってよね?」
どこか無邪気な口調で、けれども微妙に強い響きを込めて言ってみた。
これで、私の意図を察してくれるはず。
彼がこの言葉をどう受け取るのか、それによって今後の接し方が決まる。
内心でそう確信しながら、彼の反応を伺う。
すると、彼は一瞬こちらを見てから、静かに頷いた。
――もちろん、友達だ。
あっさりとした口調で返してくるその余裕に、私は一瞬戸惑った顔をしてしまった。
すると彼は、私の表情に気づいたかのように微笑み、そっと視線をそらした。
その何気ない動作が、かえって私の心を揺さぶる。
彼が何を考えているのか、ますますわからなくなっていく。
それでも、絶対に彼に『裏の顔』を突かれるわけにはいかない。
確かなことは、どこまでも『友達』でいること。
それが私にとって、今は何よりも大事なことなのだ。
夕暮れの色がすっかり濃くなり、ショッピングモールを出ると、街の輪郭が紫紺の薄闇に溶け込んでいた。
ちらほらと点り始めた街灯が、私たちの足元に淡い影を落とし、どこか非現実的な光で周囲を包み込む。
息をひそめるような静けさの中で、揺らめく街の灯りが私たちの影をゆっくりと長く引き延ばしていた。
モールの入り口近くで立ち止まり、私たちは向かい合う。
「今日は本当に楽しかったね、ありがとう! また今度も、一緒に出かけていいかな?」
自分でも完璧だと思うくらいの、明るく無邪気な声色で彼に話しかけた。
けれど、内心では彼の一挙一動を見逃すまいと気を張っている。
少なくとも、今の「表の顔」とうまく付き合ってくれている限り、私にとって都合のいい関係を維持できるはず……そう信じていた。
ところが、彼は一瞬考え込むような仕草を見せ、静かに口を開いた。
――今度は、いろいろ聞きたいかな。
その言葉に心臓が一瞬、強く脈打った。
彼の言う「いろいろ」とは何なのか。
その曖昧な響きが、かえって私に妙な不安を抱かせる。
まるで私の『裏の顔』について確かめるような、そんな意図すら感じてしまうのは気のせいだろうか。
私は笑顔を崩さないよう努めながら、
「へぇ〜そうなんだ! 期待してるね‼︎」
とあくまで無邪気に返す。
だが、その言葉の後には彼の視線が絡みついているようで、かすかな微笑の奥にある彼の真意を図りかねた。
どれだけ注意を払っても、彼が何を考えているのかがつかめない。
その不安がゆっくりと胸の奥で膨らんでいくのを感じながら、私は一切の動揺を見せないようにして、その場を後にしたのであった。
「また今度ね」
ξ
夜の静かな帰り道、私はふと、彼の微笑みを思い出していた。
思い返せば、あの笑顔にどれだけ惑わされていたのだろう。
無防備そうなあの表情に、私の内面を見透かされているかのようで。
「……本当に、バカみたい」
ついそう呟き、気づけば小さく舌打ちしていた。
彼を自分の思う通りに動かして、不安な記憶を払拭するつもりだったのに、どうして私はこんなにも彼の視線や言葉に振り回されているんだろうか。
彼に対して抱いているこの感情は何だろう?
胸の奥底で、言葉にならない何かがくすぶっている。
気づきたくないその微かな熱を振り払うように、私は足早に歩き出した。
それでも、歩けば歩くほど、彼の柔らかな微笑みが胸を締めつける。
警戒と、曖昧な何かが交差する中、家路を辿る私の足音だけが夜の静けさに響いていた。
「ほんと、バカみたいだよね……」
―END―
おんなのこやぞ?(ワイト)