9月、対即日戦。神奈川が2点リードしている状況での9回裏、ツーアウト。
マウンドにはここまで1失点の藤浪晋二郎。その目線の先には、ここに投げろとばかりに構えられたキャッチャーミット。
捕手の伊東司からのハンドサインに頷き、投球モーションに入る。
一瞬脱力したように腕を垂らした直後。
右腕から風を切るような剛速球が放たれた。
相手打者が咄嗟に反応しようとするが、それも及ばず。
スイングは空振り、ワンストライク。
電光掲示板のメーターには158km/hの表示。
バットを握り直し、再度藤浪を見つめる打者。
藤浪が右腕を振り下ろすと、今度はスライダー方向に鋭く切れ込む変化球。
それを打ち損じ、ファウル。
カウントはツーストライク。藤浪は腕をだらりと垂らすと。
――ズバンッ!
アウトロースレスレのストライクゾーンに投げ入れたストレート。
それがやはり、ストライクと判定されゲームセット。
この打者に手も足も出させず、藤浪は試合を締めくくった。
直後、伊東が藤浪に対しグッと親指を立てる。
藤浪もそれに親指を立て返し、ベンチへ戻っていった。
――なんか思ったより強くない?
藤浪に対し、そういう言葉が浮かび始めたのは、オールスターからだった。
プロ入り1年目からオールスターに出場するというだけでも素晴らしい。それだけ活躍しているということだから。
オールスター本番では、第1戦で5、6回を投げた。が、内容は予想以上のものだった。
その中には首位打者経験のある打者や勝負強い打者もいて、なにより大谷と吉田もいた。
だがこれらをほとんど粘らせることなく三振に仕留めた。……流石に吉田には少し粘られていたが。
と、まあ流石にここまでだと、とんでもない掘り出しものとして騒がれるわけで……。
――『超大型ドラ4現る!? 身長190cm台後半の速球投手が未来の神奈川のエースか!?』
スポーツ新聞には、そんな見出しが躍り出ていた。
……なるほど、と首を捻る。
今ある神奈川の三本柱に、またひとつ、いやふたつの柱が加わる。
それは非常に、非常に喜ばしいことだろう。
……まあFA移籍した場合の8年後はどうなっているか、考えたくもないが。
そう、今が最大のチャンス。二度と来ないかもしれないチャンスなんだ。
リーグ優勝、そして日本一を成し遂げるチャンスだ。
投手陣も固く、打線も厚く。
もし今年を逃せば、またチャンスは遠のいていくばかり。
だから、だからこそ。
今ある戦力、今ある首脳陣で必ず、必ず優勝を。
そして、それを――――繋いでいければ。
9月中盤、その時は訪れた。
横浜スタジアムのスタンドところどころからは、息を呑むような音。
そんな状況でマウンドに立つのは、ここまで3安打無失点と好投している松坂。
9回表ツーアウト、神奈川4点リードの場面。
対するは、エレクトロの3番村上宗満。
今季では打率.288、30本とやや低迷しているが、それでも甘い球を長打にしてしまうスイングは相変わらずだ。
だから油断は一切できない。松坂にとっても甘くない勝負になる。
そんな松坂が投じた第1球は――縦に鋭く曲がるスライダー。
村上はそれを大きく踏み込んでフルスイング。……狙っていたように。
が、ポール際にわずかに切れていってファウルに。
しかしこれで村上の狙い球は露呈したはず。
コースに気を配りつつのピッチングにはなるが……。
捕手の伊東がミットを構え直す。
その所作に松坂も頷き、腕を掲げ。
――2球目、ノビのあるストレートをインロー間際に投じる。
流石にこれには手出しできないと判断したか、見送ってストライクに。
伊東から返球され、再度構える。
腕を高く掲げ、ワインドアップのモーションから。
指はストレートの握り。
ならば、あとは。
――インハイめがけ投じられたその球。
村上は思わずといったように豪快に踏み込み、フルスイング。
が、それを空振り、村上は地面に膝をつく。
松坂は咆哮し、伊東が駆け寄った瞬間。
横浜スタジアムにはどっと大歓声が巻き起こる。
ああ……ついに今日か。
ついに、ついに、ついにこの日が!
もう脇目も人目も、なにも関係ない!
今はただ、ただ――!
神奈川の選手たちもグラウンドに飛び出し、スタンドに、ファンに手を振っている。
中監督はまだ呆然としたような表情で、コーチ陣と抱き合っている。
ああ――そうだ。これが、これが
――『神奈川ブルーホエール、セ・リーグを制す!