「分岐点だと……?」
「っ、アンタ……!」
「クレア──下がって。あの人は得体が知れない。俺たちじゃ敵わない……!」
今にも飛び出しそうなクレアを日下部が厳しく諫める。
……ようやく契約者らしい面構えになった。そうだ、お前らはそれでいい。
村雨をどうにかするのは、俺たちの仕事だ。
「……もう一度だけ、訊いておくぞ。お前、アストラルを呼び出して何をするつもりだ」
「別に世界を滅ぼすようなことにはならないわよ」
「──何?」
「人類が死に絶えたところで世界の美しさが穢れることはない。貴方たちも命を懸けて生存圏を護るという目的で世界を守護している。手段と視点が異なるだけで、私たちの最終目的はおおむね一致していると思うけど」
「視点が高次すぎるだろうが! 一周回って馬鹿かテメエ!? 世界存続のためになんでも燃料にすりゃいいとか手抜きもいいところだぞ!」
「──なんて瑕のない正論なの。やっぱり人類は完全無欠の存在ね。でもごめんなさい、私は非才凡愚の身であるから、貴方たちのためにこのくらいのことしかできないの。手抜きと言われても仕方ないわ。だけど、本当に貴方たちの世界のためにやっているのよ」
「──余計なお世話だ。とっと自分の住処に帰れ、魔法使い」
「それはできないわ──だって私は、この世界に終わって欲しくないんだもの」
ズレている。
こいつは致命的に、この世界とズレている。
視点、思想、発想、言葉、行動。
なにもかもが──俺たちと似ているくせに、まったく違う──!
「質疑応答はここまで。後は、貴方たちの神秘性を見せてちょうだい」
「なにを──」
「起きなさい、
は?
「──ソーキ!? どうしたの!?」
「ッ!?」
嫌な予感がして日下部の方を見た時には、事が始まっていた。
力が抜けたように彼の身がその場に倒れる。
契約者の急変にクレアが呼びかける──だが。
「そう。何も知らされていなかったのね」
「おい……何を……!」
「私が奪ったのは、彼とそこにいる融合精霊との契約じゃない。彼女と溶け合っていた精霊は、たとえどんな状態であろうとこの世界の人類の味方。むしろ、ずっと
「……!?」
村雨の説明が淡々と紡がれる中、倒れた日下部の身から、黒い瘴気のような存在が発生するのを見た。
──なんだアレは。
魔獣とも異なる存在感に瞠目した瞬間、日下部の近くにいたクレアの身が、上から飛んできた白い存在にさらわれ安全圏へと連れていかれた。レティだ。
「ちょっ!! ちょっと、なにするのよ! 離しなさっ──」
「──いけません。貴方にできることはありません。アレは──あの、精霊は──」
レティもまた、日下部の身に起きている
ていうか──いや待て、精霊? 今、精霊と言ったのか?
「日下部草紀の経歴を知っている? 知らないようね。彼自身、覚えていなかったのかしら。死んでやり直し続けられる体質なんて、まぁ、観測者本人にしか分からない症例だものね」
「何を……何を言ってるのよアンタ!! ソーキの何を知っているつもり!?」
「基礎知識よ。日下部草紀がかつて聖召機関に捕まり、ある厄災精霊を封じるだけの器に選ばれただけの過去のことは」
「──」
なんだそれは。
そう、すぐに言葉にできる者はいなかった。既に、日下部の身から出てきた「それ」は、瘴気をまとう実体を持ち始め、そこに顕現していたからだ。
『時間、逆行』『時間、促進』『時間、循環』『時間、重複』
『累積時間情報、観測超過』
『システム:パラドックス、オーバーフロー』
『────600秒後。
「「──なんて?」」
思わずレティと言葉が被った。
日下部の身から姿を現した黒い肉塊のような存在は、デジタル、アナログ、恐らくこの世界にある全ての時間表示法で──現時刻とカウントダウンを表示した。
カウントダウンは600から599に秒数が変わり、……そのまま数字が減少していく──!
「私が蒐集した契約は、『厄災精霊パラドックス』」
「……!!」
「憑依から二万回以上もの死と遡行。時間的矛盾を許容し、現行世界に一つを適用する、今は喪われた権能の残滓……あのカウントがゼロに至った時、世界は日下部草紀にパラドックスが憑依したところからリスタートされる」
「あ!?!?」
「さ……更に時間軸をループさせるつもりですか!? 今ある循環軸だけじゃなく、更にその外の大枠まで回帰に巻き込むと……!?」
「これも一つの永遠よね。時間が繰り返される限り、貴方たちに終わりはない。世界の存続は約束されたも同義でしょう?」
クソが、進行しない未来になんの価値があるんだと基本的なことから論じたいがそんな時間すらも今は惜しい──!!
「壊してみる?
「──っ、あ、貴方──」
……完全にレティの本質を読まれている。
火力の高さ、容赦のなさが彼女の魅力だが、今回ばかりは発揮できそうにない。
(とにかく今はパラドックスに対応しなきゃマズイ……だが、)
村雨がいる前で、奴との戦闘を開始していいのか。
契約を奪う魔法。その存在が頭をチラついて仕方がない。今この瞬間だって、村雨の野郎は此方の契約を奪おうと狙っている可能性がある──
最速最短で動くにしても。
村雨から意識を外した途端、動かない保証はどこにもない。
「さぁ、残り九分。作戦会議をするのもいいけれど……なるべく早く事を進めてくれると助か──」
──タァンッ、と。
村雨の言葉は、乾いた銃声で遮られた。
その頭部から鮮血が炸裂し、奴の体が崩れ落ちる──
「ちっ、一応撃ってみたが普通に化物みたいだな!! なんだあいつは……!?」
「……さ、榊ぃ!?」
駐車場の外。声がした方を見れば、片手に拳銃を構えた榊が到着していた。
いや拳銃ってお前──あ、いや、契約武装か! 流石に!
「ここで実銃とはね……やっぱり人類の抵抗力は侮りがたい……」
「!?」
当然のように聞こえてきた村雨の声に、また視線を向けることになる。
……その再生の仕方は、よくある、細胞から元に戻っていくようなものじゃなかった。
例えるなら──絵だ。
破られた画像が、キーの一つで元の形に戻るような。
三次元にいるのに、二次元的な再生の仕方。そこに俺たちが思う生物らしさはなく、なんとなく、「ああこいつは本当に人間ではないらしいな」という確信をその時得た。
『村雨』という絵が戻る。
傷は復元され、生死の概念があるかさえも怪しい相手が、此方を見た。
「魔獣ならともかく、人間相手ならそれに合った武器を使うべきだからな。だが殺しても死なない相手というのは初めてだ。どうやら殺人に対する覚悟は不要そうだな?」
……隣までやってきてそう言う榊の頼もしさは尋常ではなかった。
それはたぶん、村雨に対する認識の違いからだろう。
俺は「魔法使い」やら「異世界人」やらというワードで、村雨式実に対して過剰なまでの警戒心を抱いていた。だが榊は──徹頭徹尾、奴を「人間」として見ていた。
油断、というわけではない。
「……ええ。人間、だなんて畏れ多いわ。私は貴方たちほど、完璧な存在ではないから」
「謙遜のような驕りだな、下らない。そこまで言うなら『この世のゴミ』とでも改名しろ。──貴様のような自分の姿も見えていないような輩が、境界の害悪となる。
「っ……!」
その時、初めて村雨式実の表情が歪んで見えた。
普段感情を発露しない奴の怒り、とでも言うのか。……しっかし榊のヤツ、なんか、キレてねぇか? 凄まじいまでの言葉の切れ味なんだが?
「と!! 無意味なディスり合戦はここまでにさせてもらおう! じゃあ後は頼んだぞ──黄泉坂!!」
榊が急にそう宣言した時だった。
戦場の横から突撃してきた馬鹿がいた。
「人類の敵はっけーん!! ぶっ殺すぞぉー!!」
あまりにも簡単に村雨の姿がぶっ飛ばされた。
それはなにか、抗えない天災に出くわした被害者じみた奇妙な光景だった。
「よ──黄泉坂……!?」
目の前にスライド式で飛び入りしてきたのは、金髪を流した軽音楽部部長。
夏制服姿の黄泉坂古今──先輩だった。
その琥珀色の瞳はどこかギラギラしている。……気がする。
「あっ! 奇遇だね刈間くん! お疲れ! あっちの変なのは私がやっとくから! 君は榊くんとこっちお願いね!」
「え、いや待──早ぇなッ!?」
あれこそ、ばびゅーん、という効果音が似合う移動だろうか。一瞬にして黄泉坂の姿はそこから消え、村雨の吹っ飛んでいった方角の地平の彼方に消えていった。
「クックック……──圧倒的強者がいる時の論破って気持ちがいいな! ははは! 二度とやりたくねぇこんな時間稼ぎ!!」
……普通にアレは超カッコよかったんだが、なんだってこいつは自ら株を下げようとするのか。ハッタリでも異星人みたいな相手にあそこまで言い切るって、相当な勇気と胆力が要されると思うぞ? 村雨も効いてたっぽいし。
だが、ともあれこれで──
「ようやく集中できそうだな……!」
「なぁ、ところであの良からぬ予感がするカウントは一体なんだ?」
「あー、ゼロになると世界が滅んだ方がマシな現象が起こるっぽいぞ」
「どうにかしてくれ!!」
榊、渾身の他人任せだった。数秒前までの主役ヅラはどうしたこいつ。
「──■■%■&■※※■■」
パラドックスから声のような音がする。
カウントダウンは止まらない。この一帯の空間が歪み始め、境界にもノイズが入って、まるで界域のようだ。
と、いうか歪んだ空間の間から見覚えのあるのが出てきた。
《GrAAAA──》
「ヌォ!! 魔獣!! 最悪!!」
ビビリ散らかした声を上げながら、しかし契約武装らしき刀を手元に呼び出す榊。あの氷狼とのものだろうか? イカしてんな。
「隙あらば湧きますねアレらは……あちらは私たちで対処します! ディアは日下部さんとあの厄災精霊の契約を──!」
「! そうか!」
止める手立てが考え付かなかったが、シンプルな話だ。
あの厄災精霊を留めているものは日下部との繋がり。ならば契約を斬ってしまえば──!
「俺があいつらの契約を斬ったら──」
「──私が問答無用で消滅させます! あれはもう、浄化できる範疇にありません……!」
浄化、か──そうか。ここに獅子月がいたらそんな選択肢もあったのかもしれない。
……だがあの瘴気の濃さは、恐らくループした時間累積単位はある。たとえ専門家がいたとて、穏便な結末は望めまい。
やり直しは効かせない。
あの厄災精霊はここで滅ぼすべきだ。
「の、残り360……! 五分で片付けてくれ、刈間!!」
「分ぁってるよ! そっちも頼んだからな……!」
一気に飛び出した。
パラドックスとその下で倒れ込んでいる日下部へ一直線。その道に、横から魔獣どもが飛び出してくるが、上空からの破壊の光雨が排除してくれる。ナイスレティ。
「斬──」
攻撃範囲に入る。ここから斬撃を飛ばせばもう届く。
よって刀を振り抜こうとし、
『
「──ああ!?」
「「!?」」
何が起きたかすぐに把握する。此方の時間を戻された。カウントは──クソゲー極まる。順調に十秒ぶん進んでやがる……!
「時間操作で近づけないやつか! 考えたことはあるが実際に見ると最悪だな!!」
「そっちも認識できんのな……やべぇぞ。どうする」
このままでは同じ展開になるのは明らか。
その間にも魔獣は空間の隙間から出てくるし、カウントも過ぎていく。
「こういう時こそ頭脳労働の出番だろう! ──おい作戦指揮官! 時間逆行の相手にはどう近づけばいい!!」
榊が即座に出したのは携帯で、通話相手は一影の野郎に違いなかった。
スピーカーモードの奴の声が聞こえる。
『一、時間概念のない場所に移動する。二、向こうのルールに付き合わない。三、元凶を消す。四、逆行より速く動いて相手を殺す。こんなもん?』
「どれも人間には不可能に聞こえるんだが……?」
『つーかなにさ逆行って? 効率悪いな。そんなことができるのって一か所だけでしょ。進んでいる時間が存在する上の逆行なら大したことない。完全な時間支配者系じゃないなら、
……本当に人格は終わっているが有用な助言しかしない奴だな……
つまり、以上を踏まえての作戦方針はこうだ。
「俺が突撃する間にレティが破壊砲撃叩き込んで向こうが対処する間に斬る……!」
「ゴリ押し!? いけますかそんなの!?」
なんにせよレティの砲撃を食らえばあっちも終わりなのだ。確実に干渉はしてくるだろう。
「とにかくやってくれ! 試行回数が残ってる内に試すぞ……!」
言うなり、再びパラドックスへ向かって突貫した。
向かってくる魔獣を斬り飛ばす。一切止まることなく肉薄する中、
『
「砲撃いきますッ!」
『──
レティの砲撃に干渉が入る。
ノイズが走り、パラドックスに近付いた彼女の砲撃が巻き戻されるように消え始める。
──その間に俺が攻撃範囲に辿り着く。
「いい加減にッ……」
『
嘘と言え……!!
聞こえた音に絶望的な心境になりながらも斬撃を放つ。
しかしそこにパラドックスの干渉が入り──
「これってどうだ?」
銃声が二発、聞こえた。
榊だ。恐らく奴が放った銃弾は──倒れている日下部を狙っていた。
厄災精霊の入れ物として必要不可欠な日下部を。
『
銃弾の逆行を、見た。
直後に。
「斬れろォ──!!」
刀を振り下ろした。
権能が起動する──だが干渉は追いつかない。放った斬撃はそのまま、パラドックスへと突き刺さる。
『──逆行累積メインシステム、停止──』
「さようなら──二度と出てこないでください」
辛辣かつ至極当然なレティの一言と共に、破壊の砲撃が叩き込まれる。
黒の怪物は光の中に消え去り──跡形もなく消滅した。
「お、おぉ……」
……歪んだ空間が修復されていく。
界域になりかけた場は現世へと戻り、侵入してきた魔獣たちもまた存在を保てず崩壊した。
「できたな……ほぼ初見攻略……」
「いや、お前がナイスすぎたわ!!」
流石に素早く榊へと振り返った。
思いつきっぽかったとはいえ、お前の一手がなかったらまた逆行されてたわ!
「う、うーん……? なんか体が固い……」
「ソーキ!! アンタ呑気に寝すぎなのよッ!!」
……ぶっ倒れていた日下部も意識を取り戻したらしい。
駆け寄ってきたクレアにビクッとしたが、普通にハグを食らっていた。あ、榊の野郎が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。ほんとブレねぇなお前。いっそ頼もしいよ。
「これでパラドックスは消えた……から、もうループはしないんでしょうか……?」
「……たぶん、日下部の奴のはな。だが……」
「他にもループしている奴らがいるんだろう? また一波乱ありそうだな……」
ひとまず日下部の奴は、また観測局の方にでも預けるとしよう。死に戻りがなくなった以上、自分の命の重さを思いながら生きる時だ。
「おーい! そっち終わった感じー!? こっちはねぇ、逃げられたー!」
一体どこを道にしてるのか、近場の建物の屋上から黄泉坂のそんな声が聞こえる。
まだ問題は残っているが、ともあれ今は──少しだけ、休みたかった。