魔法少女リリカルなのはStrikerS もう一人のストライカー 作:藤月沙月
マリアージュ事件が終結して、数ヶ月が過ぎようとしていた頃。事後処理やらなんやらを終え、再びの平穏を取り戻した時空管理局は、それでも休むことなくその業務を続けていた。
平和の意義と、力の是非。遥か古代の時代から繰り返してきた問答の行方は、今は置いておこう。結局、その先まで行かないと分からないのだから。
――次元世界の平和を守る時空管理局。
いくつもの部署に分類されるこの複合組織のうち、防衛任務を担当する「武装隊」とその出身者には、一軍に匹敵する能力を誇る一流の魔導師が数多く在籍する。
そしてそんな魔導師達の戦闘技術を「模擬戦闘」という形で披露するイベントが存在する。それが――本局武装隊名物「戦技披露会」である!
『とまあそんな前置きはさておいて! 次はいよいよ、エキシビジョンマッチです!』
前置きをさておくというとんでも発言を投下したアナウンスは、武装隊広報部に所属するセレナ・アールズのものだ。
『実況は私、武装隊広報部セレナ・アールズ。解説は空戦の部エリートクラスに出場されます、本局教導隊・高町なのは一等空尉です』
『どうもー』
開かれたモニターに、教導隊制服に身を包んだなのはさんが映し出される。カメラに気づいて、満面の笑顔で手を振っていた。
『今回の組み合わせは時空管理局に所属する魔導師・一般局員問わず”本来ならばまずあり得ないがなにはなくとも見てみたい対戦カード”アンケートを参考にしました。それでは赤コーナー!』
同時に空間モニターが一斉に開き、そこに立つ人物の姿を上下左右、様々な角度から映し出す。
『聖王教会騎士団最強の騎士にしてレアスキル保有者、渡辺零! 騎士カリムも認める
『セコンドは騎士見習いのフェアクレールト君ですね』
セレナ、なのはさんの紹介に合わせてフィールドに現れた零さんはフェアと話しながら、様子を窺っているようだった。既に騎士服に身を包んでおり、準備は万端らしい。
『そして青コーナー!』
そういう要請とはいえ、こんな凝った演出はインターミドル・チャンピオンシップ以来だ。そう思いながらも、私・秋月深琴もまた防護服を身に纏い、フィールドへ向かう。
『かつてはポジションフリー、奇跡の新人としてその名を馳せた秋月深琴執務官補佐! 魔導師でありながら騎士さながらの剣捌きは魔導師ランクにして、なんと! 空戦シングルS+という逸材です!』
『ランクだけで言えば零君や私たちと同格ですし、師弟対決ということで二人とも気合が入ってると思いますよ』
『ちなみにアンケートで一位をとったのは高町教導官と秋月執務官補の対戦カードです』
『あはは。それもそれで楽しそうですね』
軽く笑って、なのはさんは流した。だが――きっと楽しいとかそういう問題じゃない。
(フェイトの胃がやばいだろそれ)
(やばいどころじゃないですよ。中間発表の時、フェイトさん涙目だったんですから)
っていうかなのはさん、『楽しそう』は勘弁してください。念話でぽつりと呟いた零さんにツッコミを入れて、私は肩を竦めた。同時にカメラは私と、セコンドを担当する上司をその射程圏内に納める。
『高町教導官、秋月執務官補のセコンドってもしや……?』
『直属の上司ですね。ディバイン・アーウィング執務官です』
『おお! 部下のセコンドにつくなんて、理解のある上司ですね! 羨ましいです!』
興味は無いと言いたげに、涼しげな顔で執務官はカメラを無視した。それはともかく、実際は過保護な上司、の間違いじゃないだろうか。いや、なんだかんだ言いながらもこうしてセコンドについてくれることは非常にありがたいんだけども。……うん、本当に。
だがそれ以上に、私の意識は観客席に引き寄せられる。原因は席の一角を占める、紺制服の集団。本局制服組と、よく似たデザインだが若干異なるそれを身に纏う少年少女たちの混成集団だ。
『そして秋月執務官補の母校、時空管理局第一士官学校の卒業生、在学生による応援団が盛大な応援合戦を繰り広げております!』
「帰れ!」
叫ぶ私の声がアナウンスで掻き消され。
『対するは聖王教会騎士団! こちらは大人の意地を見せる、本気の応援です!』
「お前ら帰れ!」
同じく叫ぶ零さんの声は、野太い声援で掻き消される。
応援団の方が目立つ件について、今度からちゃんと実行委員会に話をつけておかねば。そう思いながらも、私と零さんは応援団を帰そうとしていた。
◇
「いやー、盛り上がってますなあ」
「二人とも、有名ですからね」
大勢の管理局員で埋め尽くされた会場を見渡して、秋月静真は感嘆の息を吐き、霜月秋葉は頷く。エキシビジョンマッチと銘打たれた、今回の試合。これまでありそうでなかったその組み合わせに、観客も期待の表情で開始の時間を待っていた。現在は戦闘空間の固定中で、紹介を終えた件の二人はそれぞれのセコンドの元に戻っていた。
普段は師弟として、そして遠縁の親戚にあたることもあって仲はいいはずなのだが――今、二人の表情はいつもの穏やかなものとは程遠い。鬼気迫るものすらあった。
「二人ともー! こっちこっちー!」
そんな妹と兄貴分の様子に恐怖を覚えた静真を、聞き慣れた声が呼び戻す。観客席の一角を占めるその顔触れは、元機動六課フォワードメンバーとアルト・クラエッタ、ヴァイス・グランセニック、そして高町ヴィヴィオだった。
「でもよ……」
アルトから缶コーヒーを受け取り、ヴァイスは空間モニターに視線を向ける。
「なんつー顔してんだよ、あいつら」
「二人合わせても、最低2、300人は軽く殺せそうですよね」
「待って待って、秋葉さん。何か色々と間違っている」
かつての同僚の表情に苦言を呈したヴァイスに、秋葉は頷いた。さらりととんでもない事を口にした彼女を、スバルが制止する。
「まあ、完全な『全力全開』じゃないとは言え……二人がああして戦うのって、何気に今回が初めてじゃない?」
「あ……」
「そういえばそうですよね……」
真剣な表情でモニターを見つめるティアナに、キャロとヴィヴィオが声を上げた。
「六課にいた頃は、あくまでも『模擬戦』だったし、零さんもそこまで本気出してなかったですし」
「セコンドの管制能力とか、そこら辺も今回は関わってくるだろうからねー。二人とも、怪我しない程度に頑張って欲しいなあ」
「ほんと……うちの身内が、すんません……」
同じく真剣に考察するエリオとアルトの隣で、静真は項垂れる。隣近所から聞こえる、妹への応援の声が虚しく響いた。
◇
戦闘空間の固定を待ちながら、
そして何よりも優先されることは、私自身の状態だ。肉体も健康そのもの、リンカーコアにも異常は見られない。
「さすがに、緊張しているな?」
「……あ、ばれてます?」
モニターで空間の状況を確認しながら、執務官は口を開いた。肩を竦める彼に、私は振り返って小さくも表情を崩す。
「こんな大勢の前で戦うの、かれこれ7年振りですから。ちゃんと予選とかあるんだったら、もうちょっとマシだったかも」
「何よりも返り血が似合いそうな表情で言われてもな」
「そんな表情してます?」
表情筋は正直だ。大勢の人の前で戦うことも、もちろん緊張の理由ではある。
だが、今回は相手が零さんだ。――それだけでも、気は引き締まって鋭さを増す。
「今までは模擬戦……しかも絶対に全力で相手してもらえませんでしたから」
どこまで私は戦えるのか。どこまでこの魔法は――この刃は届くのか。不安だし、それ以上に気になってしょうがない。
『皆様、お待たせいたしました!』
アナウンスが響くと同時に、世界が変わった。乱立する廃ビルと、それを飲み込まんばかりに上昇している海面。
『地形条件は海上、廃ビル群。開始位置は有視界範囲200m』
『魔導師も騎士も一撃必勝がやりづらい距離ですね。初手の攻防に注目です』
解説の声が響く。それに合わせて、私はもう一度執務官を見た。
「じゃあ、死なない程度に頑張ってきます」
「ああ。気をつけてな」
「はい」
戦闘空間に飛び込んで、開始位置に指定されたビルの屋上に着地する。データ構造物とはいえ当たれば痛いし、破壊できるものだ。崩落の危険性は無いと思うが、用心するに越したことはないだろう。
『また、この試合に限りカートリッジは使用不可となっております。制限時間は30分、一本勝負! 厳しい戦いが予想されますが、高町教導官?』
『そうですね。共通の知り合いとしては、心臓に悪いので遠慮してほしいんですけど……陸と空、その両方で繰り広げられる戦いは見物ですね』
『ありがとうございます。――おお、どうやら二人とも、準備が終わったようです!』
200m先の、同じく廃ビルの屋上に零さんが舞い降りた。私が立っているビルとは別の建物で、間には海。ジャンプできない距離では……ない。
腰を落とし、第一形態である二振りのショートソードを構える。視線は零さんから外さない。彼の視線を感じることから、どうやら考えていることは同じらしい。
『それでは……』
空間モニターに、残り時間の表示が現れる。同時に私は、ぐっと足に力を込めた。
『試合、開始です!』
アナウンスとブザー。それらが鳴り響くと同時に、黒と淡紅色の魔方陣が輝いた。
「アクセルシューター!」
トリガーと同時に生成された全10発の誘導弾を回避して、零さんはそのままこちらへと向かってくる。鈍く輝く刃を、淡紅色の盾が阻んだ。遠慮も容赦も無い衝撃波と斬撃は、あっという間にバリアを削っていく。
「……ロゼット!」
《RF6. Impact Cannon.》
盾を解除し、ロゼットを第二形態である腕輪へ変形させる。そのまま零さんとの距離を一気に詰めた私は、右拳を叩き込んだ。黒い盾によって阻まれた拳から、高速で射撃魔法が発動する。
「っ……!」
「……プラズマスマッシャー……」
その上から環状魔方陣が展開し、電気を帯びた魔力が砲撃へと変化した。
「ファイア!」
広がる爆煙。距離を取って、互いの姿を確認する。――さすがと言うべきか、零さんはほとんどダメージを受けていないようだった。騎士甲冑に若干傷が入っただけで、それ以上のダメージは見えない。
『今の攻防、ご覧頂けましたでしょうか!?』
テンションが上がりっぱなしの、セレナ・アールズの声が響く。
『古代ベルカの時代を生きた、刃王・アルティスの血を引く末裔同士。かたや全ての始まりにして終焉を示す”無”を継いだ渡辺零。かたや全ての夢の象徴にして絶望を示す”永遠”を継いだ秋月深琴。誰よりも近く何よりも遠く! 根底は同じなのに、全く異なっています! その力が、今! 長き時を経て歴史の大舞台に姿を現しています!』
「テンション高いなあ……」
「ちょっと大げさですよね」
大本は同じ、アルティス。その兄弟から派生した自分たちはよく似ていて――こんなにも違っている。呆れた様な零さんの言葉に、私は頷いた。
過剰な力を否定し、あるがままの自分たちであろうとしたゼロ・アルティス。
過剰な力を「守るための」力にするため、より高めたクオン・アルティス。
その末裔である私たちも、結局は同じようだ。けれど、だからこそ負けられない。ロゼットの形態を戻し、再び構える。
「悪いな。負けてやりたいのはやまやまなんだが」
「……いらないですよ、そんなの」
翳る横顔を、ほんの僅かでいいから明るくしたい。私はまだまだ弱いけど、それでも一人で抱え込むなと言ったのはあなただ。
(一人で、何もかも背負い込まないで)
声にならない思いが、胸いっぱいに響いて消えた。
◇
空間モニターの向こうでは、深琴と零が空中で追撃戦を繰り広げている。秋葉に言わせれば、零の空戦適性は「可もなく不可もなく」。決して低くは無いが同世代のエースと比べると大分見劣りするとの言葉を思い出した静真は、その「低くは無い」というレベルが信じられなくなっていた。
(まあ秋葉も、元々エースだって話だしな……)
元からエース級と謳われた側からしたら、確かに零の空戦技能は低いのだろう。けれどそうでない側――静真の様に魔導師歴も浅く、未熟な者からしたら充分すぎる程だ。
『そういえば、高町教導官。秋月執務官補の術式なんですけど……説明をお願いしてもよろしいでしょうか?』
モニターの向こうの実況・解説はそんな話題になっている。セレナ・アールズの疑問に、なのはは一度頷いて、微笑んだ。
『特殊型近代ベルカ式、ですね。これは簡単に言うと古代・近代ベルカ式とミッドチルダ式、3つの術式に対して非常に高い適性を秘めているという、非常に珍しい術式です』
『そうなんですか?』
『はい。……ベースとなっているのは古代ベルカ式。これはアルティス家のものですね。遺伝子調整を加えられたその術式に、秋月家が偶然秘めていたミッドチルダ式と組み合わされました。そしてアルティス家の遺伝子調整の根幹には優れた血をより強く、濃く受け継がせるというものがあります』
『……それで、混ざり合った術式から近代ベルカ式の適性が生まれた、ということですね?』
ほう、と静真は小さな声を上げた。自分や伯父、妹が持っているとされる術式が非常に希少なものだというのは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。特性と所持者の数から、レアスキル認定されるのも無理は無い。
『はい。特に深琴は、古代ベルカ式でも珍しく純粋魔力の放出を得意としています。古代ベルカ式の技能である”剣閃”、ミッドチルダ式の射砲撃、そしてその二つを衝突させずに両立させる近代ベルカ式のエミュレート……それら全てを総称して、特殊型とされています』
『なるほどー。聞いてるだけでもすごいとは思いますが……カートリッジとか、大変そうですね』
『深琴本人の魔力量から考えれば、数が少なくても何とかなるんですけどね。……まあ本人たちに言わせると、”対応を模索中”だそうです』
苦笑混じりに話すなのはは、観客席側ではなく模擬戦中の二人に向けられたカメラにそっと視線を遣った。そして、呟く。
『……まったく。二人揃って、似たもの同士なんだから』
青空を、自分と妹分は縦横無尽に飛び回る。飛行適性が『人並み』でしかない自分にとって空戦は不利でしかないのだが、そうそう文句を言ってはいられない。その分、彼女には「カートリッジの使用禁止」という条件が設けられている。溜息を吐いて、零は先程のオープニングアタックを回想した。古代ベルカ時代の王の末裔であり、その時代の魔法を受け継ぐ人間としては珍しく、零本人にはカートリッジシステムの適性も無い。
当時のカートリッジシステムは、魔力容量が少ないベルカの民が戦争を生き延びるため編み出したものだ。アルハザード提供の技術は殆どが国家等特権階級が掌握していたせいもあるのか、当時の技術の割に安定性は低い。
アルティス家を始めとした王族は代々魔力容量も多いからか必要に迫られることは無く、中でもアルティス家は「安全性に欠けるものを民に使わせるのはどうか」と言う様な集団である。そのため代々受け継がれてきたアームドデバイス――と自分たちは呼んでいる――刀・『無頼』と『悠久』にはカートリッジシステムが搭載されていない。
(……しっかし、深琴もやるようになったなあ)
先程のオープニングアタックもそうだった。誘導弾の軌道と速度、拳に乗せた射撃砲の威力――並大抵の魔導師なら一撃で沈んでいるところだろう。カートリッジ使用不可という条件と、師弟関係による情報共有、そしてアルティス家の『直感』が無ければ、確実に撃墜させられていた。
定石どおり、短期決着だな。そう内心で呟き、零は空でこちらの様子を窺っている深琴との距離を計り、セコンドとモニターを繋げる。
「よっしゃ。行くぞ、フェア」
『一人で勝手に行ってなよ。僕には関係ないし』
吐き捨てるような声が、青空に響いて消えた。
◇
『白熱した試合が続いております……現在の状況は』
『零君がやや優勢ですが、魔力消費が激しいのが気にかかりますね。お互いらしくない戦い方が続いています』
シザーズ機動を取り入れて、私と零さんは追跡戦を繰り広げる。
『深琴。しばらく魔力は温存した方がいい』
空間モニターの向こうで、執務官が忠告を入れた。
『あいつが馬鹿みたいにばらまいたせいで、周辺の残存魔力が尋常じゃない勢いで上昇している。
「『私に使わせる』ことが目的かもしれない、と?」
そういえば、と私は先程までの攻防を思い出す。
零さんは元々魔力量が少ないこともあって、無駄撃ちを嫌う節約志向だ。その分鍛え上げられた身体能力は男女の差はあれどなのはさん等同世代のエースのそれを大幅に上回る。例えはあれだが「試合では弱いが殺し合いでは強い」だ。おお、怖い怖い。
模擬戦とはいえ「戦技披露会」なのだから、零さんもそれなりに本気で迎撃はしてくるだろうとは分かっていたけど、それにしては彼らしくない。
だから執務官の危惧はまさにそれ。私が
そして、考えられるのはもう一つ。
『最悪、あいつ自身が撃ってくるかもしれない。そうなったらお前の装甲じゃ確実に墜とされる』
「そうだろうよ」
「っ!?」
反応した瞬間、幾重ものバインドに絡められる。壊しても壊してもキリがない。
そして次の刹那には全身を捕縛され、背筋に嫌な予感が走った。闇のような漆黒の魔力光が、周囲から彼の背後に四つ、集まっているのが見える。
「「「セーイックリッド、セーイックリッド!」」」
「――ぷちスターライトブレイカー×4!」
漆黒の魔力砲が4発、迷うことなく真っ直ぐに向かってきた。
「……っ!」
バインドは壊せない。自由を奪われた私に残された手は一つ。
思い至ったと同時に、
◇
漆黒の魔力砲が4発、深琴がせめてもの抵抗に発動させた幾重ものバリアを無残にも飲み込んでいく。衝撃と爆煙に飲み込まれた深琴の姿が、消えた。
『おおーっと、セイクリッドコールを無視した零選手に盛大なブーイングがー!』
「るっせえぞ外野! これだってかなり疲れるんだぞそれくらい分かれよ!」
聖王教会の応援団に、息も絶え絶えの様子で零は叫び返す。
「深琴お姉ちゃん……」
「……深琴の負け、なのかな?」
不安そうなヴィヴィオとアルトが、周囲を見遣った。
「……深琴の装甲は、私に比べたら大分低い。でもバリア出力は私と同じか、深琴の方が少し高いから……バリアで上手く相殺できていたら……」
スバルの呟きに、ティアナが頷く。しかしモニターの爆煙は消えることが無く、観客のざわめきの声が増え始めた。
『秋月執務官補の安否が気になるところですが……』
『確かに直撃コースでした。……でも』
薄れ行く爆煙に目を遣って、なのはは微笑んだ。
その向こうでは、バーストフォームに身を包んだ深琴が、無傷で立っている。
『な……なんと無傷です! ど、どういうことなんでしょう、高町教導官!』
『ジャケットを切り替えて、それによって発生した余剰魔力をバリアの出力に回したんでしょう』
「や、だからって無傷っていうのもあり得ない様な……」
――相変わらず、化け物じみた魔力なんだから。呆れた様な声が続き、観客は再びモニターに注目した。
◇
煙が晴れる。その向こうで「化け物かよ」と呟く零さんの声が聞こえた。バーストフォーム時、防護服に使用される魔力の配分は攻撃と速度優先に変更されるため、若干ではあるがロングアーチスタイル時に比べて魔力が余る。それをバリアの出力上昇に回して、自分の魔力に上乗せしたっていうのが実態だ。……けっして、私が化け物だからということではない……と思う。
「ありがとね、ロゼット」
《No problem.》
バリアのタイミングも強度も、綿密な計算が要求される。「最終的には全力全壊」(誤字に非ず)と評される私に合わせて、ロゼットはちゃんと行動してくれた。
『本気で心臓止まるかと思った……』
執務官が呟く。それでもセコンド席から飛び出さなかっただけありがたいけど。――「ぷち」とはいえあの威力。多分執務官でも一撃で撃墜される。
「――次は、こっちの番です」
ロゼットをエクセリオンフォームへと変形させて、一気に距離を詰めた。迎撃する零さんの魔力は、ほとんど残っていないようである。だが体力は男性のもの。魔力では私が上回っていても、そういう面では持久戦は避けたいところだ。
《Chain Bind.》
刃がぶつかり合う音。刃同士がぶつかったその瞬間に、淡紅色の鎖で零さんと刀を纏めて縛りつける。零さんがもがき、鎖が軋んだ。
「一閃必倒!」
「っ……!」
魔力を集束させた刀を振るう。黒い盾が阻んだ。だが、音を立てて、黒い盾はその罅を広げる。しかしそれと同時に修復を開始するのだから侮れない。
「剣閃――『桜華一閃』!」
膨らんだ魔力を、集中させる。形を持った集束魔力刃が、盾を完膚なきまでに叩き潰した。
爆煙が上がる。零さんの反応は――消えた。
『き、決まりました! 師弟対決ともなったこのエキシビジョンマッチ、秋月執務官補の勝利です!』
「零さん!」
ダメージが大きすぎたのか、零さんは地上にまっすぐ落ちていく。落下防止のフローターを発動させて安全無事に着地させるが、中々意識が戻らない。
「……っ……」
「零さん!」
ゆっくりと開かれた瞳に、涙を湛えた私の姿が映る。
「……強く、なったなあ。お前も」
「……皆さんのお陰です」
何も知らなかった私がここまでこれたのは、全て周囲のお陰だ。みんながいなければ、私はここまでこれなかった。……それは、零さん。あなたも含まれている。
俯いている私に、零さんは笑った。
「結局お前も見た目、ほぼ止まりかけになったしな。……面倒な血筋だよな、ほんとに」
自嘲の笑みを零さんは浮かべる。年齢的なものもあるのか、私の外見成長も最近は止まりつつあった。元々の入院とかで成長が遅かったことを考えても、そろそろ潮時だったのかもしれない。
それでも不安に感じないのは、自分が一人ではないと理解しているからだろう。
そんな私の様子に呆れたのか安心したのかは不明だが、零さんは微笑んだ。
先程までとは違う、穏やかな笑みで。そして乱雑に、私の頭を撫でた。
「ちゃんと、幸せになれよ」
「……はい」
こらえきれず、涙が落ちる。どこまでカメラが回っているかは分からないが、「全ほにゃららが泣いた」状態に陥っているようだった。予定なら握手して終わるってだけだったのに。
『……そう、ですよね。お二人は師弟である以前に家族ですからね……』
涙混じりの実況の声で、私と零さんはどちらからともなく念話を繋げた。
(ど、どうします? 何かすごく『良い話だなー』になってるんですけど)
(っべーよ、マジやっべーよ。俺なんか「なんて言うと思ったかーバロス」とか言うつもりだったんだぜ。何だよこの雰囲気!)
(ぶち壊すのはあれですけど、言うほどしんみりした引き出しも無いんですけども)
(お前はまだいいほうだろ。俺なんかあれだぜ? 『贈る言葉』かよ。人と言う字は支えあってできているとか言えばいいのか)
ただ終わらせるのはもったいない。だからって「じゃあ茶番でもしようぜ!」っていう軽いノリが駄目だった。もとよりボケツッコミは持ち合わせていても、こういう「しんみりした」雰囲気に合わせたものは持っていない。
(とりあえず、立って握手な。起こしてくれ)
(了解です。その後とりあえずありがとうございましたとか言えばいいですよね)
(おっけ、ナイス深琴。それ採用)
ものの数秒で対応を決めて、私たちは立ち上がる。お互い差し出した手を握り合い、拍手と歓声に混じって「ありがとうございました!」と声を張り上げた。
◇
そして、それから半日後。戦技披露会会場には関係者と機動六課の面々が集まっていた。
「それでは」
各々にジュースが入ったコップが行き届いたことを確認して元部隊長の八神はやて捜査司令が声を上げる。本日の主役ということで前に出ているのはエキシビジョンマッチに参加した私と、つい数時間前まで行われていた空戦の部・エリートクラス最終決戦を戦ったなのはさんとシグナム二尉だ。
「スターズ1とライトニング2、ロングアーチ04のちょっと過激な健闘と、元機動六課+αの同窓会に、乾杯!」
音頭に合わせて、参加者は「かんぱーい!」と声を揃える。
「まったく、怪獣め。殺されるかと思ったぞ」
「それはこっちのセリフです。シグナムさん、すぐ熱くなるんですから」
そうお互いに苦言を呈しているのは、なのはさんとシグナム二尉。先程まで感想戦でも仲良く争っていたと言うのに、まだまだ余力は残っているらしい。少なくとも「生意気な」と、シグナム二尉がなのはさんの頭を「ぐわっしゃ」みたいな擬音語が聞こえそうなくらいにぐりぐりしている点では、そう判断してもおかしくはないだろう。
私と零さんの魔力及び体力もそこそこまで回復。……同窓会のテンションを生き抜くことはできるはずだ。こうして大勢で会うのって、数年ぶりだし。
「はーい。じゃあせっかくですから、写真撮りますよー」
スバルの言葉に、まずはなのはさん、フェイトさん、八神司令と八神家、そしてヴィヴィオがカメラに視線を向けた。次に残ったメンバーで撮り、最後は全員で。それが終わった後、あ、とスバルが声を上げた。
「あ、待って! なのはさんとシグナム副隊長と、深琴と零さんで1枚!」
「はーい」
言われるがままにカメラの前に移動する。順はカメラを構えるスバルから見て右からなのはさん、私、零さん、シグナム二尉だ。
「何だこのハーレム。嬉しくねえ」
「零さん。自重」
「みなさんこっち向いてー」
零さんの呟きに突っ込みを入れていると、スバルがカメラを覗き込んで位置を確認している。
「……まあ、悪くないな。こういうのも」
そう呟いた零さんの顔に、翳りはなかった。