予想外だ。
落石に圧し潰される覚悟はしていた。
有毒ガスを吸って窒息する覚悟もしていた。
遭難した挙句餓死することだって想定していた。
だが、しかし────こんな死に方は、まるで想像さえしていなかった。
隊員が一人倒れた。
東京に残してきた妻と娘の顔が脳裏に浮かぶ。今は何をしているだろうか。
私が居なくても元気にやっていってくれるだろうか。
隊員がまた一人倒れた。
思えば彼らも今日は様子が普段と違った。
特段気にしてはいなかったが、もしかすると何かの予感があったのかもしれない。
まあ、あったとしても結局何の役にも立たなかったわけだが。
最後の隊員が倒れた。
暗闇から現れた白い影がゆっくりと近づいて来る。
足元に置いてあったカメラに躓いて転んだ。影がこちらに手を伸ばす。
俄かにあたりが熱くなってきた。何かが燃えている?
ああ、そうか、燃えているのは─────────私だ。
長野県 南長野
薄暗い森の中で、二つの人影が対峙している。
一人の名はズ・グムン・バ。二千年の時を経て蘇生した殺戮民族グロンギの下級戦士である。
ゲゲルの準備でラ集団の監視の目が薄い今、順番が回ってくる前の肩慣らしにリントを狩るため潜んだ山から下りようとしていた。
そしてもう一人は、
「ごきげんよう。そしてくたばりやがれ、ですわ」
足場の悪い山中にはまるで場違いな、豪奢なドレスに身を包んだ女だった。
「ビガラ、クウガバ? …ギジャ、ヂガグバ。バビロボザ」
「通じる言語で喋りやがれですわよ。
所詮はズ、いくら学習能力が高いといってもタカが知れてますわね」
ベルトに宿した魔石ゲブロンの力を励起させ様子をうかがうグムンに対し、女は腕に下げた傘を慣れた手つきで解体し、布と骨を投げ捨てた。
柄に仕込まれていた二本の金属棒は地面に突き刺し、完璧なカテーシーで一礼し名乗りを上げる。
「ネガショッカーはお嬢様部、A級お嬢様筆頭。『数えて殺す』、フレンド・シープですわ」
頭を上げると同時に背後から首を目掛けて突き出される爪を躱して前に跳びのく。
視界から外れる一瞬で口から吐き出す蜘蛛の糸と常人をはるかに凌駕する身体能力を巧みに操り真後ろに回ったグムンに対し、地面に飛び込み逆立ちの姿勢から放った蹴り上げが咄嗟に受けた腕を軋ませ、金属が仕込まれたヒールが爪を砕き折った。
武器の再生に思考を割かれ明らかに反応が遅たグムンに、蹴りの反動でさらに反転し向き直る。
即座に腕を振り、袖に隠した無数の針を投擲するが、軽く払われ周囲の木々や地面に空しく突き刺さる。
「バンザソグドゴバジボドザ…ギベ!」
こちらの動きを止めようと高速で追ってくる糸を避け、拳を叩き込む。
お返しとばかりに爪が突き出され、かするだけで皮膚が裂け流れる血。
アドレナリンに押し流されるその痛みを無視してさらに殴り返す。
殴打と蹴撃の応酬が続き、滴り落ちる血が服と地面に赤い点を描いてゆく。
―――しかし、魔石が齎す埒外の再生力がただでさえ強靭なグロンギの身体を癒してゆく。
皮も肉も骨も、何度傷ついても瞬く間に時間を巻き戻したかのように回復する。
対してこちらは戦い慣れた転生者とはいえただの人間。
ダメージは蓄積し血液は失われ、次第に動きは鈍ってゆく。
重ねてグムンが吐くのは粘性の高い蜘蛛糸で、戦場は森林。
狙いを外れた糸は岩に樹木に絡みつき、既に周囲はクモの巣に覆い尽くされている。
数分もすれば逃げ場はどこにもなく、勝利を確信した怪人の顔が喜悦に歪んだ。
「クウガゼロバギリントグ、ボボラゼヅジョブバスドパバ。
ザガギョゲンパリントザ。ゴセンデビゼパバギ」
勝ち誇ったグムンが止めを刺そうと一歩踏み出し─────止まる。
すぐさまその場を飛びのこうとした足が縺れ、魔石と脳からの危険信号が神経を駆け巡った。
「派手にバラ撒いてくれやがりましたわね。お陰でこっちの細工にも手間取らされましたわ」
八つの目にも留まらぬ速さで振るわれた何かがグムンの脇腹に炸裂し、大きく抉り取っている。
震えはじめた視界に、ついさっきまで地面に突き刺さっていたはずの棒を握る手が映った。
いったいいつの間に回収し、攻撃した?
─────いや、違う。気づけば辺りに見覚えのない糸が張り巡らされている。
「曲弦糸*1、ですわ。糸使いはなにも蜘蛛だけの特権ではなくてよ」
視認できないほど細い糸によって急速に引き戻された武器が、シープの手元へと吸い込まれた。
これほどの手傷を負えば、ズ集団に許された力しか使えないグムンの魔石では再生に長い時間を要する。暫くは蜘蛛糸の生成もままならないだろう。
弛緩する四肢に鞭打ち木々を飛び移りながら逃走する怪人の背に向けてゆっくりと歩きだし、シープは誰にともなく呟いた。
「尻尾巻いて逃げやがりましたか。
では精々、想定通りに踊ってくださいまし」
2000の技を持つ青年、五代雄介は混乱していた。
長旅を終えて久々に日本に帰ってきたと思えば、大学時代の恩師である夏目教授の突然の訃報。
事故現場に乗り込んでみれば妙に目を引くベルトやら謎のフラッシュバック。
警察に詳しい話を聞けば不明瞭なビデオの中に調査隊を殺戮する白い人影。
極めつけには帰ろうとした途端、全身血塗れの怪人がパトカーごと警察署に突っ込み暴れ始めた。
脳裏によぎる身に覚えのない記憶に従いベルトを巻いて拳を振るえば全身を白い装甲が包み、怪人と殴り合えば巻き込まれた建物やアスファルトが罅割れ砕ける。
ビルをよじ登りヘリコプターに飛び込む死闘の末、何とか怪人を地上へと突き落とし撤退させることに成功したが、慣れない暴力の応酬に疲労はピークに達し、ふらつきながら帰路に就く
─────その背後に付かず離れずの距離で追随する、怪しい人影があった。
「多少の想定外はあれど、グロンギは本来の歴史通り復活した。
アークルは無事に五代雄介へ継承され、しかし未確認生命体第一号による犠牲者は皆無。
ズ集団共の潜伏地点も概ね割れて、メ以上の奴らも時間の問題とくれば、記念すべき1年目、EPISODE1の戦果は上々だ。
さあ─────時代をゼロから始めよう」
極細の糸による殺人的拘束術。
フレンド・シープ
本名メーランド・シェリー。
原作は『十二大戦対十二大戦』より、牡羊座の大戦犯。
コテハンのないネガショッカー一般怪人枠の戦闘員であり、お嬢様部のソーイング副部長。
武装は超合金製巨大編み棒
オリジナルに倣ってバリカンと櫛を使おうとしたこともあったが戦い方が欠片も分からず挫折したのをそれなりに後ろめたく思っている。
変な武器と変な肩書が好きです。