金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回から翌週の土曜日の出来事
刃〇ネタを入れたけど、後悔はない。これを以て、章の終わりとします


Q61 魔犬は静かに啼く

 バイト先の『大草原の小さな家』は、テーブルが広い。

 雑誌や料理を並べられても、まだ余裕がある。

 

「クリスマス特集、恋人と過ごす絶景スポット、クリスマスクルーズ、表参道イルミネーション、……金田君や……どうしたんだい、急に?」

「――いやですよ、ハジメさん。クリスマスのリサーチに決まっているじゃありませんか――」

「洋子」

 

 ハジメはアップルパイを齧りながら、沢山の雑誌を見比べる。お年寄りの口調で話しかけられ、一(いち)も老女っぽく嗄れ声で返した。

 

「秋絵と行くんだろうけどよ~……お前、ちゃんと誘えんの~?」

「月曜日に誘って、無事にOK貰いました。七瀬さんから、聞いていません? ……ハジメちゃんに伝えたくても、忙しいと避けられていた気がします」「洋子」

 

 クリスマスを大切な人と過ごす。

 氷垣(ひがき)氏のクリスマス登山に誘われたが、そう言って断った。折角の誘いを無下にしたせいか、黒沼(くろぬま)先生の目付きが怖すぎた。

 正月三が日は挨拶へ伺い、背氷村へ出向く段取りを話し合いたい。そんな約束を交わし、やっと納得してもらえた。

 

「……いやいや、今日には話すっつったじゃん。その仔犬みたいな目をやめろ……誤解を受けるだろ!」

「……まあ、何にせよ。事件捜査でしたら、キチンと学校へ報告して下さいね。公欠扱いにして頂けるかもしれません」「洋子」

 

 ハジメにからかわれ、一(いち)はふとした疑問に雑誌から顔を上げる。秋絵(あきえ)とのクリスマスデートを報告したかったが、ニアミス続きで今日になったのだ。

 

「コウケツ……? なんじゃそりゃあ……」

「……端的に言えば、欠席扱いにしない事です。部活動、生徒会活動、受験、就職活動で授業に出なかったりしますよね。あれらは公欠として扱われます」「洋子」

「……あ~、ミス研の活動としてさ……、『くちなし村』行ったじゃん。それも公欠になる感じ?」

「恐らく、そうでしょう。結果的に警視庁からお言葉も賜りましたし……自分が函館へ行った期間も、公欠扱いにされていました」「洋子」

 

 キョトンとしたハジメへ説明すれば、流石は頭の回転が早い。一(いち)が例え話も付け加えた途端、彼は前のめりに顔を覆った。

 

「マジかよ……吉長先生、何で言ってくんねえかなあ……。あの努力は何だったんだ……」

「……何か、学校で努力していましたか?」

「ヒデェ~な、おい! 必死に補習受けてただろ、バルト城のミステリーナイトへ行く為に!!」

「あの時点では、明智さんとの旅行ですから……適応外です」

 

 項垂れたハジメは、珍しく吉長(よしなが)先生の愚痴を溢す。慣れない補習授業をやり切っていたが、彼女に事件発生を想定しろなど、無茶な話だ。

 一(いち)は嫌な予感していたものの、事件捜査が公欠扱いにしてもらえるなど、つい先日まで知らなかった。

 

「ハジメちゃんの場合は、成績と出席日数と授業態度が、控え目に言っても……お調子者ですからね。認められないかもしれません」

「……いやいや、ノモッツァンはなんだかんだ言って……。……美雪、公欠について知ってんの?」

「演劇とミス研の掛け持ち、生徒会執行部。元生徒会長、知らないはずはないと思いますが……。……ハジメちゃん、今……同じ事を思い付きました?」

「お~♪ さっすが、美雪の子守り。俺の言いたい事、伝わった感じ~?」

 

 ハジメと違い、七瀬(ななせ)は校則を把握し、教師陣からの信頼も厚い。だからといって、毎回のサボ……事件捜査による欠席を公欠にさせるのは至難の業。

 ミス研へ入部させ、部活動による校外学習という体を取る。公欠の判断の通りやすく、七瀬も部長として同伴できる口実にもなる。

 名探偵の孫が事件から逃れられないなら、幼馴染として出来るだけ手を打つ。それだけの配慮、生徒会にも欲しいと、以前なら思っただろう。

 

「……愛されていますね、ハジメちゃん」

「いや~そんなコトねえけど~」

「しかし、剣持さんが学校へ連絡していれば、基本的には公欠扱いですよ」

「金田は美雪を褒めたいのか、無駄な努力と貶したいのか……どっち?」

 

 照れ臭そうなハジメをからかうのは、楽しい。

 

「これでお付き合いしていないのですよ、どう思いますか? 水崎さん」

「もう付き合っちゃえよ」

「うおお、話しかけた……! 金田がずっと無視ってるから……俺も相手しなかったけどよ。どういう……知り合い?」

 

 一(いち)は隣にいる水崎 丈次(みずさき じょうじ)へ全力の愛想笑いで問いかけ、投げやりな返事を頂いた。

 ハジメが驚くのも無理はない。

 水崎は入店した直後に断りもなく、一(いち)の隣を陣取ったかと思えば、未練がましく元カノの名を連呼していたのだ。

 一生、警察に保護されていればよかったが、用なし……自由になったのだろう。報道陣を警戒してか、顔に合わない眼鏡を掛けていた。

 東亜オリエント海運には喧嘩を売り、東太平洋汽船にも居場所がない男だ。

 双方の会社に連絡して、彼を引き取ってもらいたいのが、本音。

 しかし、ツアー旅行中止に伴う賠償金を受け取った身として、未だに騒動の渦中にいる会社へこれ以上の負担を強いるのは心苦しい。

 

「知らない方がいいと思います。それでも知りたいなら、時原さんの知り合いとだけ紹介しておきます」

「すみません、水崎さんとはこの後……約束がありまして。私を待っているんです」

「……いやいや、ちっとも! 男同士で勝手に喋ってるんで、アハハ……」

 

 高校生男子の和やかなひと時を邪魔されたくない為、簡潔に紹介。時原(ときはら)は注文されたコーヒーをそっと置き、小さく詫びる。ハジメはすぐににこやかな笑顔で、取り繕った。

 

「金田さん……お願いです。洋子に会わせて頂けませんか? 居場所も分からなくて……」

「洋子さんは今、お父様と健やかなにお過ごしです。貴方と会う意味も、時間も、ありません」

「……金田、分かったから……せめて、水崎さんを見てやれよ。目~閉じて喋りやがって、漫画の糸目キャラかっ」

 

 縋り付く水崎に懇願されようが、一(いち)の心は氷点下。ハジメの人の良さが発動しても、情けは微塵も湧かない。寧ろ、イラッとする程度だ。

 一瞬、時原を意識する。カウンター席へ配膳中の彼女にその気があるなら、洋子(ようこ)の居場所を語るだろう。

 

「そんな話より、ハジメちゃんはどうされるのですか? 七瀬さんとの誕生日っ。秋絵さんに聞きましたが、24日とは……祝日の代休日っ。国から祝われていますね」

「それは張り切って、お祝いしないと」

「水崎さんまで、……美雪も高校生なんだぜ。誕生日なんざ……ガキみてえに喜ばねえよ」

 

 七瀬の話題になった途端、ハジメのツンデレが発動。一(いち)と水崎は、呆れた視線を彼に向けた。

 

「そんな心にもない事ばかり言われて、山梨の旅行へ誘われないのは当然ですね」

「ん? 何ソレ……」

「そちらに八尾君のお父様の別荘があり、そこで七瀬さんのお誕生日会をするそうです。千家君も誘われたみたいですよ、楽譜を返してもらう時に聞きました。先週の話です」

「はあ~!? 八尾~!! 俺に内緒で、勝手なあ!!」

 

 やはり、ハジメは連休の予定を知らない。彼がハブられたか、無意識に断ったかは、詮索しないでおこう。ちなみと自分と千家(せんけ)は、断った。

 

「絶対、行くべきだ。ここで何もしなかったら、失望されて……見向きもされなくなって……金田さんに盗られます!!」

「盗っていません。水崎さん、そんな風に思っていたのですねえ」

 

 水崎の本音が知れ、ムッとする。

 

「違うと言うなら……せめて、アナタのお母さんとの間を取り持って頂きたい。まだ一度も直接……お話出来ておらず、いつも弁護士が対応を……」

「あ、金田……俺もお前のお母さんに会いてえんだわ」

「うへえ……母、人気者……」

 

 水崎に便乗して、ハジメまで母・にいみに会いたがる。一(いち)は予想外の事態になり、嫌味が出てしまう。ふとした疑問を抱き、雑誌を閉じた。

 

「水崎さんはともかく、ハジメちゃんは母に会いませんでしたか?」

「バタバタして……何も話せなくてさ……」

「……困りましたねえ、あの人……暫く北海道なのです」

「「ええ!? なんで!?」」

 

 にいみの所在を伝えれば、出会ったばかりの2人は息の合った驚き方。何だか、申し訳なく思う。

 

「昨日、母と口論になりまして……自分も大人げなく――頭でも冷やしてこい――と言い返してしまったのです」

「……まさか、あの名台詞……冷やしてくればいいんでしょう! ってヤツ?」

「ええ、その通りです。目の前でタクシーへ乗り込み、東京駅、新幹線、仙台、函館と一々、現在位置を教えて来たのです」

「逆メリーさんか! それはそれで怖ぇ……」

 

 『どこでもドア』と『四次元ポケット』が無い為、南極へ行かなかったのは現実的。

 背氷村の邸宅を占領され、クリスマスデートにも使えないしっぺ返しを食らった。

 

「明智さん的にOKなワケ?」

「はい、粗方……終わったと聞きました。加納さんに突き落とされた件も、検察の方から返事待ちですので、しばらくはゆっくりすると思います」

「……っ」

 

 ハジメが事情聴取を心配してくる為、正直に答える。コバルトマリン号の元同僚の名を出され、水崎はビクッとした。

 

「え~と、竜王丸の生存者だったよな。にいみさん、検察と何の話したん?」

「起訴の取り下げです。母が帰国した時には、加納さん殺人未遂罪で起訴された後でした。……法的な意味で、色々と手を回しているのです」

「あ~、そっか……。起訴されちまったら、被害者側からの陳情しようが……「はい、取り下げ」ってワケにいかんらしいな」

「ええ、加納さんはどの道、偽証罪に問われます。それ以上は、重すぎると言うのが……母の見解です」

 

 にいみの考えは聞いたが、一(いち)はあまり納得していない。

 

「……それよりも、何が原因で北海道へ……」

「いや、水崎さん……聞いちゃいかんっしょ」

 

 水崎は真剣な表情で話題を逸らし、ハジメはツッコむ。

 

「構いませんよ。母に2人で暮らそうと言われました。祖父母の家を出て、横浜から電車を使い、1時間以上掛けて学校へ通えと……フザけた話です」

 

 昨日の口論を思い返し、腸が煮えくり返る。

 この店の裏口で待ち伏せされ、24時間営業のファミレスで堂々巡り。

 一(いち)は服役囚への器物損壊罪に対する損害賠償訴訟、『遊民蜂起』の出資者代理人、富士の樹海から救出した男性について、話したかった。

 しかし、にいみは東京から引っ越す話ばかり、一向に進まない。遂に、堪忍袋の緒が切れた結果だ。

 

「家から学校まで1時間とか、普通普通。ウチの学校にも、そういう奴いるじゃん」

「ハジメちゃん、母と暮らします?」

「北海道のどの辺り……」

 

 ハジメがやれやれと肩を竦め、水崎が更に追究してくる。そこへカランカランッと来客の鐘が鳴った。

 冬部(ふゆべ)弁護士と宇治木(うじき)、待ち合わせの相手。見知った2人の姿に緊張と安らぎが交互に臓物を揺らし、広げた雑誌を整頓して椅子へ置いた。

 学校へ行く直前、宇治木から連絡があった。どの件だろうと思えば、冬部弁護士から直接に報せたいとの事だ。

 

「冬部さん、宇治木さん、こちらです。水崎さん、邪魔です。退いてください」

「金田さん……そんな」

「水崎さん、後2人がここに座るんで……すいません」

「コーヒー2つ、トイレをお借りします」

「はい、畏まりました♪」

 

 水崎をシッシッと追い払おうとするが、しぶとい。冬部弁護士は店長へ注文した後、トイレへ向かう。宇治木のウィンクから、絶対に気を遣わせた。

 

「そちらの方……よろしければ、こちらの席へ来られますか? 相席の方も帰られて……私、1人ですから」

「!? ……小渕沢さん、いたんスね。じゃあ、お願いしや~す。水崎さん、ほら……席移ってっ」

「……水崎? あ! コバルトマリン号の航海士、水崎 丈次!」

 

 隣の席にいた小渕沢(おぶちざわ)の厚意に甘え、ハジメは水崎を押し付ける。宇治木が一瞬だけ考え込み、記者情報から言い当ててしまった。

 一(いち)はあっちゃ~と顔を覆ったが、もう遅い。ハジメの表情は強張った。

 

「水崎さん、アナタ……オリエンタル号の……」

「遅くなりました。お2人とも奥へ、宇治木さんは私の隣へ……」

 

 ハジメが呻いても構わず、冬部弁護士はテキパキと席替えを指示してくれる。その冷静さ、本当に助かった。

 

「ごめん、突然……呼び出して。今日は2人に、青森の件を伝えに来たんだ。はい、コレ。全国紙には、まだ載ってないからさ」

「……!? さくら、保護観察に……」

 

 青森新聞に【偽りの画伯殺人事件、少女Aに科せられた判決……】と勿体ぶった記事。

 ハジメの感極まった表情と違い、自分は落胆を意識する。少年法に強いとされた冬部弁護士の腕でも、無罪は勝ち取れず、和泉(いずみ) さくらに前科が付いた。

 一(いち)はそんな無責任な感想を抱いてしまい、口元を覆う。冬部弁護士はテーブルへ額が付かないギリギリまで、頭を下げた。

 

「……すまない、金田君。キミの期待に添えなかった……」

 

 眉ひとつ動かさない冬部弁護士から、詫びる想いが伝わってくる。彼は無罪放免を目指し、尽力してくれた。

 一(いち)の消火し切れない不満は花びらと散り、感嘆の息へ変わった。

 

「……ありがとう、冬部さん。本当に……」

「……俺からも、ありがとうございましたっ」

「……礼は、私の弁護を受け入れた彼女に言うんだな」

 

 高校生2人による心からの感謝、冬部弁護士の緊張が解けた様に思える。表情自体は変わらぬが、コーヒーを飲む仕草に、優しさを感じた。

 

「んで、話変えるけど……岸 一成って人から伝言っ。氷橋を見に行く約束、ちゃんと取り付けたって!」

「……おお、そっか~……さくら、岸さんと……約束したんだあ」

 

 宇治木は我が事のように喜び、まるで糸目のフリーライター。ハジメも感じ入り、判決の報せ以上に安心していた。

 背氷村の邸宅は当分、手放せない。せめて、約束を果せる日までは維持しよう。そう、腹を括った。

 

「……宇治木さん、岸さん……剣持さんに頼るとか、言っていませんでしたか?」

「それね。その人に連絡したら、色々とあって、俺が伝言を引き受ける事になったんだ」

「冬部さん、さくらがこれから住む家……犬と暮らせますかね? ウチに、ポアロって犬がいて……」

「ああ、問題ない。来週にでも、小宮山さんがそちらへ迎えに行く。ご両親には今頃、剣持警部が連絡しているはずだ」

 

 一(いち)が確認で問えば、宇治木の納得いく理由に頷く。ハジメはポアロの行く末を案じ、冬部弁護士は丁寧に予定を語った。

 愛くるしいポアロは、金田一(きんだいち)家を出る。耳に入った瞬間、胸が寂しさに溢れた。

 

「金田さん……そちらの弁護士さん、女性関係の揉め事に……お強いですか?」

「……水崎さん、向こうを見ない」

 

 水崎は深海魚のような平べったい目付きになり、4人の様子を眺めてくる。小渕沢が親切に宥めてくれた。

 

「水崎さん? 一応、名刺を渡しておきますので……」

「冬部さん、相手しなくていいですよ」

「金田……そこまで言わんでも……あれ? 冬部さんって千葉の人? 俺、てっきり……青森の人だと……」

「金田一(きんだいち)君。弁護士はね、依頼人がいるならどこにでも駆け付けるんだよ」

 

 視線に負けた冬部弁護士が水崎へ名刺を渡し、一(いち)は不満。ハジメが名刺の住所を偶然、目にして驚きの声を上げた。

 宇治木の得意げな言い草に、冬部弁護士は「まあ、間違ってない」と視線を外した。

 カランカランと来客の鐘が次々と鳴り、夕方のピークを予感させる。

 冬部弁護士と宇治木は会計に立ち上がり、ふと聞きたい衝動に駆られた。

 

「冬部さん、葉崎さん……どうなりますか?」

「……っ」

 

 案の定、冬部弁護士から微妙な威圧感。宇治木は口を閉じ、スッと気配を消した。

 

「……彼女から、伝言だ。次はこちらから、会いに行く……だそうだ」

「……はい、お待ちしております」

 

 仏頂面の言い放った伝言は、前向きに捉えていいだろう。一(いち)はこの場に居ない彼女の代わりに、冬部弁護士へ約束した。

 宇治木があからさまにホッとし、コーヒー代をお会計。

 

「金田さん……浮気です?」

「なんですか、水崎さん。弁護士呼びますよっ」

「金田……落ち着けって、水崎さんも大人げない……」

 

 水崎の勝手な誤解を放置し、ハジメを見送りに外へ向かう。扉を開ければ、冷たい風が流れ込んだ。

 もうすぐ、冬が来る。

 

「うう~寒っ、山ってさあ……ここより寒いんだろ。美雪達、大丈夫か~?」

「心配なら、ご一緒なさい。明日の朝、駅に集合と言っていました」

「え? 明日は日曜……八尾の別荘でお泊りじゃん! イカン、イカン、若い男女がいかがわしい!」

「それだと修学旅行、アウトですよ」

 

 ハジメが百面相しながら、原付バイクへ跨る。彼を見ていると去年よりは、暖かい冬を過ごす。そんな確信を持てた。

 

「金田どこ? 俺、沖縄」

「自分達、芸術科は兵庫県と奈良県です」

「岡崎と仙道トコは、長野だろ。来年の2月に行きゃあ、オリンピック観られたってのに……。惜しいなあ」

「すっかり忘れていました……オリンピック。それなら、スノーキャンドルにお客様が来ますよ」

 

 和気藹々とした会話はハジメがヘルメットを被った時、不意に静まり返った。

 彼は眉間にシワを寄せ、ふうっと息を吐く。

 

「金田……、にいみさんが東京へ帰って来たら……教えてくれ。本当に、ちゃんと話したいんだ」

 

 ハジメの推理力ならば、にいみの居場所は既に見通している。それを敢えて言わず、深刻そうに頼んできた。

 今から追いかけるには、ちょっとタイミングも悪い。

 

「無理やりでも帰って来いって言わないところが、貴方らしいですね。分かりました……」

 

 他人であるハジメの方が、にいみと向き合っている。彼の想いに応えさせる為、我が母を縄で縛り、声が枯れるまで語らせよう。中々、縛り付けるイメージが湧かなかった。

 

「金田、物騒な想像すんなって……」

「何の事でしょう?」

 

 流石は聖人、一(いち)のイメージ内だろうと暴力を嫌う。実際にそこまでせずとも、ハジメが頼めば、にいみは対話に応じるはずだ。但し、逃走防止は忘れずに。

 

「んじゃ、火曜日なっ」

 

 原付バイクのエンジン音と共に、ハジメは走り去る。

 連休明けには、彼らは幼馴染から恋人へステップ、クリスマスの予定を相談し合う。見ていて微笑ましい光景を期待し、胸躍らせた。

 

 ――そんなふうに考えていた時期が、自分にもありました

 

 一(いち)は演劇部を休み、ハジメの家を目指す。愛車を手で押すのは、隣を歩く七瀬に合わせているつもりだ。

 

「それで、はじめちゃんったらね。二ノ宮さんにばっかり、デレデレしちゃって……」

 

 決して、誕生日会の愚痴を聞く為ではない。

 

「……成程、八尾君の別荘が……ボヤ騒ぎの火事になり、電話線も引いていないから消防も呼べず、どうにか鎮火したものの……風通しが良すぎて眠れず困っていたところ……偶々、近くの廃墟で合宿していた優蘭女子大の方々に助けられた……で、オチは?」

「や~ね、金田君。こんな話に、オチなんてないわよ!」

 

 七瀬はようやく鬱憤が晴らせたらしく、スッキリした表情になった。

 

「プレゼント自体は……嬉しかったわよ、このカチューシャ……」

「早速、使っているのですか。……それとこれとは、別というヤツですね」

「うん、しかもね……はじめちゃんったら、冬休みに雪影村へ行くのよ。あたしに何の相談もせず!」

(知らんがな)

 

 きめ細かな髪に着けられた真新しいカチューシャを指差し、七瀬はまたプンプンと怒り出す。その言動から、ハジメの秋田県行きはクリスマスに被らないだろう。

 

「お~い、美雪~金田~。おっせえぞ~」

「金田君は、あたしに合わせてくれたの。ハジメちゃんは遠慮なく、原付に乗って帰っちゃうからっ」

「ごめんね、美雪ちゃん。はじめに、ポアロを洗わせてやりたくて……」

「ポアロもキレイになって、前の家族に会いたいよね~♪ 」

 

 愚痴を聞き終えた頃、ハジメの家へ到着。ハジメの母親、従妹の小学生版ハジメもいた。

 そして、ポアロもお行儀良く鎮座。

 

「金田のオニイチャン……変な呼び方、してな~い~? フミって呼んで欲しいなあ~」

「いえ、小学生でも女性の方をいきなり下の名前で呼ぶのは……親しくありませんし」

「……金田、フミって呼んでやって」

 

 同じ顔からゴリ押しされ、フミ呼びが決定。正直、呼びにくい。

 何の前触れもなく、ポアロの耳が痙攣する。1台の青森ナンバー・ワゴン車がゆっくりと進んで来たかと思えば、運転席に知った顔。フロントガラス越しでも分かり、別れが来たと胃が竦んだ。

 自分達の前で停車し、運転席から作業着の男が降りてきた。

 

「こんにちは、小宮山です。お待たせいたしました」

「小宮山さん、金田一(きんだいち)です。遠いところから、ありがとうございます。夫は仕事の都合で見送れませんが……」

 

 小宮山(こみやま)は先日の執事の身なりと違っても、礼儀正しい。ポアロは好意的に、尻尾を振った。

 自分達も会釈し、ポアロとの別れを惜しむ気持ちでナデナデした。

 

「ポアロ、元気でな。向こうが嫌になったら、いつでも帰って来てね」

「……ポアロ、さくらを頼んだぞ」

「ワン、ワン」

 

 フミとハジメに優しく語り掛けられ、ポアロは信頼を込めて吠える。小宮山が頷きながら、後部座席のドアを開け放つ。賢き犬は、一瞬だけ金田一(きんだいち)家を振り返った。

 クンクンと座席の匂いを嗅ぎ、しっかりと飛び乗る。ポアロは別れを済ませ、新生活を待ち望んでいた。

 

「こちらが、動物病院の先生から紹介状です。ポアロの健康診断に言われたメモ書きと……色々と入っていますから……」

「これはご親切に、金田一(きんだいち)様。本当にポアロがお世話になりました。お嬢様に代わり、お礼申し上げます。さあ、ポアロ」

 

 ハジメの母親から紙袋を受け取り、小宮山は恭しく頭を下げる。一(いち)は事情をよく知らぬが、彼は和泉と本当に主従関係らしい。

 

「さあ、ポアロ。皆様にご挨拶を……」

「ワン、ワン」

 

 小宮山に促され、ポアロは小さく吠える。そこに何の後悔はなくても、別離の淋しさを感じた。

 

「ポアロ、青森へ行っても……お元気で」

「あたし……会いに行くわ。さくらさんに……」

 

 一(いち)と七瀬が微笑めば、ポアロはキュ~ッと呻く。これ以上長引かせるのは、お互いに辛くなる。そう察して、ドアは閉められた。

 小宮山は最後の一礼を済ませ、運転席へ乗り込む。シートベルトの確認と共に、発進した。

 

「ポアロっ」

 

 フミの声に反応し、ポアロはサイドガラスへ鼻を付けた。

 行きと同じ速度でゆっくり、ゆっくりと住宅地を抜けていく。青森のナンバーが遠退く程、待ち人へ近付いていると思えば、どうにか涙は堪え切った。

 

「さあ、お茶を淹れるわ。金田君、美雪ちゃんのどうぞ。今日はお父さんが出張先で買ってくれたアレ、出しちゃおう~っ」

「わ~い、あの美味しいヤツ~♪」

 

 ハジメの母親とフミが目尻に溜まった涙を拭い、先に家の中へ入った。

 いつもの面子になり、一(いち)はやっと気を緩められる。

 

「小宮山さん、和泉さんの知り合いだったのですね」

「「……言わなかったっけ?」」

 

 息のピッタリ合った幼馴染な2人が面白くて、笑った。

 仔犬のように――。




冴子「……結局、あたしはトイレに閉じ込められるんかい! キンダニめえ! 本当に一発、殴らせろ~!! さて、次回は『魔犬は静かに啼く-八尾と冴子』!! やっほ~い、修学旅行だ~♪」

二ノ宮 朋子
優蘭女子大学文学部2年、原作にて松〇か〇似と明言される程の美女。ドラマ版も綾瀬さんが演じている
作中にて、無断で施設に入り込みキャンプ。結果的に高校生を救助した為、地元警察から口頭注意を受けるだけで済んだ

水崎 丈次
幽霊客船殺人事件ゲストキャラ。作中にて、破局。今回、はじめちゃんと初対面

和泉 さくら
怪盗紳士の殺人ゲストキャラ。作中にて、保護観察。ポアロと再会する
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