起きれば口に猿轡。翼は穴だらけ。片脚はジャンク品、歩くのもままならず。周りは柵で囲われており、柵の上には人間の監視者あり。
自由もプライベートも何1つない今の状態。なぜこのような状況になったのか。語らねばなるまい。
怪異克服クシャルダオラを倒した後。流れで共に戦った狩人も引き上げてしまい、吾輩は満身創痍の体で龍の死体と添い寝を続けていた。
数時間も経つと、嵐で外にも出られず腹を空かせている肉食獣たちが顔を出しに来た。隣の死体は当然食べられる。鋼鉄の皮膚に歯が立たない種族以外は貪り食っていた。
吾輩は毒があるおかげで食べられずにすんだ。とはいえ、擬態もくそもなく寝そべる吾輩の近くに来てくれる好き者もいない。これほどの痛手、傷を治すのも怪しい上に飢え死も視野と来ている。
絶望的な状況にも拘わらず、吾輩の心は淀みない。いくら先の戦いが己の矜持に則って行われたとはいえ、人間の頃であれば後悔の1つや2つ、出てくるに違いないだろう。
竜というのは単純で良い。吾輩を清いまま死なせてくれる。
決着から1日ほど経っただろうか。人間達が吾輩の周囲に集まって来た。奴らは先にクシャルダオラの死骸を運び、残った吾輩を囲む。
かごめ かごめ
かごのなかの竜は
いついつ死やる
あらしのあさに
πとまな板せおった
うしろのしょうめんだーれ
1つ歌い終えた所で顔面に麻酔玉が飛んでくる。抗わず、寝た。
♢
気づけば口に枷を嵌められ、人間に飼われていたのだ。傷だらけで逆らえない吾輩は家畜に甘んずる。
1日目。寝っ転がってるだけで飯が貰えた。
2日目。寝っ転がってるだけで飯が貰えた。
3日目。寝っ転がってるだけで飯が貰えた。
家猫の家犬の気持ちが今なら分かる。
これが生物の勝ち組。家の畜であった。
見た目も立場も畜生と成り上がった吾輩。唯一の仕事と言えば、色々と質問しに来る人間に返事をするぐらい。
「我々の言葉を理解していると聞いて君を捕獲したのだが、本当に君は言葉を理解しているのか?」
首肯。
「では尻尾を上げてくれるだろうか?」
尻尾を上げる。
「目を寄せる事は?」
寄り目にする。
「ううむ……本当に理解しているようだな」
「だから言ったでしょう?」
「それもかなり高い精度で理解しているのじゃ」
偉そうな人間と学者みたいな人間の後ろから、太刀使いとロリババアが合流してくる。2人共各所に包帯が巻かれており、あの戦いで相当な深手を負ったようだ。
それでも数日で歩けるようになるまで回復しているのは超人的と言わざるを得ない。後ろに片手剣使いとランサーも同伴している。
「そのようだ。なれば、もっと早期に報告してほしかったものだがな」
「普通モンスターが人語を理解しているともなれば大事だろうに」
「そ、それは……うちのフーちゃんも言葉を理解していますし、同じようなものかと……」
「そ、そうなのじゃ。あいるーやめらるーも人語を理解しておるし、同じようなもんかと……」
ちゃんとキツめの口調で責められて縮こまる2人。
「流石にフクズクや獣人族と飛竜を一緒にするのはどうかと思うがな。ともかく、死ぬ前にギリギリで捕獲は間に合ったのだ、これ以上詰問するのは止めておこう」
「それよりも人語を理解するとあれば、彼自身の生態やこの大陸についていくらでも聞くことがある。ギルドにも報告せねばならんし、しばらくは眠れない夜が続きそうだ」
「それに文字を教えるのも良い。ボディランゲージよりもはるかに情報量の多いコミュニケーションができる」
その言葉を聞いて顔を顰める。何の因果で竜になってまで勉強をしなければいけないのか。しかし、家畜の代価としては相当か。
改めて偉そうな人間が吾輩に向き直った。
「聞いての通りだが我々は君を養うつもりだ。その間、君には我々の質問に答えてくれることを望む。更に濃毒血でも分けて貰えるのであればこれ以上はない」
「もちろん強制はしない。君が我々の世話になりたくないとあれば、すぐにでも解放しよう。期限も君が決めてくれて良い。傷が治るまででも結構だ」
何ともこちらに有利な条件だ。怪我が治るとまで言わず、一生世話になりたい。
「世話になるつもりなら首を縦に振って欲しい」
当然の首肯。
「そうか、我々は君を歓迎する。これからよろしく頼むぞ」
偉そうな人間が空気を弛緩させた瞬間、周りの人間が一斉に寄ってたかって来る。
「早速で悪いが君の交尾について聞きたいのだが。生態などはある程度研究が進んでいるが、交配の場面には未だ出会えていなくてね。仮に君が童貞だとしても、本能で分かる部分だけでも良い」
「それよりも幼体の時に毒を持っているかが気になるな。幼体の観察も進んでいないんだ。君たちエスピナスは毒のある獲物を食べている事から食事経由でその身に毒を蓄えていると考えられているが、実際の所どうなのかと思ってね。ランゴスタやカエルから得ているにしては君たちの毒は凶悪過ぎるとは思うんだ」
「となると、子育てについても聞かねばなるまい。リオレウス、リオレイアのように夫婦仲良く子育てをするのか。それとも雄か雌、どちらかが子育てを担当するのか。それとも放逐されるのか……君の経験を聞かせてもらいたい」
やたらめったら話されては返事にも困る。今の状況でもただ1つ言えるとしたら、吾輩は童貞であるということだけ。
「少し待て。彼は”はい”か”いいえ”でしか基本的に返答できない。二択で答えられるように質問を練り直してから仕切り直してくるように」
そして群がって来た学者風の人間は偉そうな人間に一掃されていった。
一方でハンター組は別の話題で盛り上がっている。
「で、今日の傷付の食事は誰が調達するんだ?」
「病み上がりじゃが儂が行こう。今はどこも猫の手でも借りたい忙しさじゃろうしな」
「そうですねぇ……。嵐で崩れた拠点の補修、嵐が止んで外を闊歩するモンスターの対処、私たちの食料の確保、ギルドへの連絡……。正直クシャルダオラと戦ってる時の方が忙しくなかったですよぉ……」
「普通、古龍とかデカブツ倒した後は宴会ではなくって?」
「そんな余裕今はねぇよ。新しいペットも飼う事になったし。仮にあったとしても怪我人のお前は不参加な」
「一応、クシャルダオラ討伐の立役者の一人なのですが、扱いがあんまりでなくって?」
吾輩を囲う柵の上から大声が響く。
「近くにアンジャナフが出たんだ! 嵐で門が半壊してるから、こっちに来るとヤバい! 誰か追い払ってくれないか!?」
「分かった! 俺が行く!」
「一人で大丈夫ですの? また爆弾でも使いますか?」
「もう懲りたよ……。追い払うだけだし、自然に優しくこやし玉でもぶつけてくる」
「アンジャナフにとっては優しくないがのう」
片手剣使いが席を外す。
「そういえば、この子の名前はどうしますの? いつまでも傷付と二つ名で呼ぶのも味気ないですし」
「確かに……飼うなら名前つけても良いかもしれませんね……」
「私としては無難にエスピナスの頭文字を取って”エーちゃん”あたりが良いと思いますが」
「無難と言うか安易と言うかぁ……。初めての共同ペットなので、”一号”とか……」
「その名前の付け方はペットというより家畜寄りな気がするがのう。儂は”傷付”のままでも良いと思うが」
本竜を他所に名付けで盛り上がるハンターたち。しばらくして偉そうな人間に連れられていった。職務に戻ったのだろう。
吾輩はエスピナスである。
名前はまだ無い。
これで完結です。
短い作品ですが、読んでいただきありがとうございました。