逆転世界はもうどうしようもない   作:あああああ

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66 恋愛なんてそんなもの

 

 

 

「ギーくん、お昼寝しよう!」

 

 麗らかな日差しが降り注ぐ今日。

 暇だった俺はハイミシアの教会から古書を借りてきて解読している最中だった。

 

 最近は人間関係の緊張に追われてまともな息抜きができていなかったし、ここらでスクリータとの約束である昼寝をしてみるのもちょうどいいだろう。

 別に忘れていたわけではない。

 別に忘れていたわけではないのだ。

 

 パタン、と本を閉じる。

 

「約束だったしな」

「いいの? えへへ、ありがとう! ボクずっと待ってたの、ギーくんと一緒にお昼寝するの楽しみで、昔に戻ったみたいになれるかなって! 今はもう許嫁じゃないから、またそれくらいまで距離が縮められたらいいなって思うの!」

 

 うーん、フルスロットル。

 調子が良さそうで何よりだ。

 

 スクリータは俺を傷つけた人間に対する倫理観が終わっているものの、それを除けば精神が安定しているし、人間関係の不和も起こさない。付き合いやすい相手だ。

 

「それとね、ギーくん。ボク、ギルベリタが羨ましい」

「そりゃまたどうして?」

「ギーくんと一緒にギーくんのベッドで寝てるから。ギーくんの寝顔も、ベッドも、ギルベリタが独り占めって思うと、ちょっとだけ、寂しくなるの」

「つまり、昼寝はここでしたいってことか」

「うん! えへへ、言葉にすると照れちゃうね。ギーくんと一緒のベッドでお昼寝なんて、お嫁さんみたいだよ。ボクがギーくんのお嫁さん、なんて。夢みたい」

 

 自分で言っておいて自分で照れるんじゃない。

 こっちまで恥ずかしくなる。

 

 スクリータと昼寝か。

 何年振りだろう。

 五年前にはもうやめていた気がする。

 思春期に突入して魔法漬けの毎日を送ってた頃だし。

 

 ……これ思春期関係ないな?

 

 まあいいか。

 とにかく久しぶりなんだ。

 昔を懐かしむとしよう。

 

 先にベッドに入って寝転がる。

 窓から入ってくる風が心地よい。

 

「ほら、空いてるぞ」

「ギーくん!」

 

 スクリータが勢いよく飛び込んでくる。

 もうちょっと余裕があるだろうに距離を詰めてくるせいで、スクリータの顔が目と鼻の先だ。

 

「ギーくん、大好き。ボクずっと、ギーくんのこと大好きなの。ねえ、ギーくんのこと考えるといつも心臓が落ち着かなくって、でもイヤな感じじゃない。そこにいてくれるだけで、ボク、ずっとずっと幸せなの」

「……よくそこまで好きになれたなあ」

「だって、ずっと隣にいてくれたのはギーくんだよ。ボクが自分のこと好きになれたのもギーくんのおかげ」

 

 実感がない。

 そんなに想われるようなことをしただろうか。

 

 そう言えばスクリータは笑った。

 

「人に好かれるのってね、大変なことなんだよ。ボクが頭を捻ってみても誰かを助けられるとは限らないし、気持ちを伝えるのだって言葉だけじゃ難しいの」

 

 色素の薄い亜麻色が風に吹かれた。

 

 翠緑の瞳は純粋だ。

 濁りやすく、晴れやすい。

 少しのことでも揺らいでしまう。

 それが今は燦燦と光っている。

 

「ボクはボクよりずっとすごいみんなのことが大好きで、でも、だから、ボクを好きになってくれる人は少ないの」

「俺は好きだよ。ずっとそうだ」

 

 スクリータが人より劣っているなんて考えたことはない。

 まともに学校へ通ったこともなく、考えは幼い。

 それでも、誰かを愛し、誰かのために動き、心から案じることができる。

 たとえその相手が他人であったとして、スクリータの真っ直ぐな気質が働かないはずはない。

 

 根っからの善人だ。

 勇気を振り絞ることさえ必要ない。

 

 だから俺はスクリータが好きだ。

 

 当の彼女は照れた様子で髪をくるくるといじったあと、話を続けた。

 

「考えてみたんだ、ギーくん。ボクがギーくんのことを好きになったのは、ギーくんじゃない男の人とお話したことがないからなのかなって」

「……まあ、そうかもしれないな」

「うん。たぶん、ボクはきっとそうなんだと思う。ギーくんだから好きになったんじゃない。ちょっと悲しいけど、ボクはギーくんのために生まれたわけじゃなかった」

 

 恋愛なんてそんなものだろう。

 人間は誰しもオンリーワンだが、その一方で代替可能なものだ。

 

 たとえ目の前の恋人を運命の相手だと思い込んでいたとしても、その程度の運命なら幾つも他に転がっている。初めてそれを掘り起こせたとき、その相手を愛することになる。

 そんなものでしかない。

 

 乾いた恋愛観だとは自分でも思う。

 ただ、しかし、それが目の前の現実で――。

 

「だから、ギーくんと一番に会えてよかった」

 

 スクリータはその現実を躊躇いなくぶっ壊してくれる。

 

「ギーくんみたいに素敵な人と運命を繋いでくれた神様にありがとうって、ボク思うの。えへへ、だって、こんなに幸せなんだよ? ギーくんのためなら何でもしてあげたいなって、そう思えるの、このボクだけなんだ」

 

 理想でしかない。

 他の可能性を知りもしないのに俺が一番だと思えるのはただの盲目だ。

 

 スクリータはそれができる。

 現実にある幸せを精一杯大きく見てしまえる。

 それがどうしようもなく貴重で尊いのだと、自覚もなしに。

 

「なあ、スクリータ。これから最低なこと言ってもいいか?」

「……ボクのこと嫌いになった、の? ボクがギーくんじゃなくてもよかったなんて酷いこと言ったから? 違う、違うの、ギーくん。ボクそんなつもりじゃなくて」

 

 取り乱すスクリータを宥め、笑ってみせた。

 

 簡単に揺らぐ。

 それが、どんなに難しいことか。

 

「たとえば俺が、いなくなったらの話だ。死んだって仮定でもいい。この先の運命が悲劇を連れてきたとして、それでも、スクリータには幸せになってほしいんだ」

「嫌だ。嫌だよ、ギーくん。ボクはギーくんがいないと幸せじゃない。ずっと隣にいてよ、ギーくん」

「無理かもしれない、それが戦場だ。どこまでいっても、死なないなんてのは幻想だ。だから、言っておきたい」

 

 スクリータは泣きそうだった。

 今にも涙がこぼれそうなほど顔を歪めている。

 

「俺はスクリータに生きていてほしいよ。俺自身がどんな終わり方をしても、幸せになってほしい。傲慢だと思う。最低だよな。でも、俺はスクリ―タの幸せを願わずにはいられないんだ」

 

 引き寄せ、抱きしめる。

 

「俺は全力で生き延びる。誰も不幸にはしたくない。俺の死で泣かせたくない。でも、それが叶わなかったら、それでも、笑っていてくれないか」

 

 スクリータの思いに真正面から応えてやることは、まだできないけど。

 幼い頃から一生を約束していた仲なんだ。

 元許嫁なんだ。

 相手の幸せを願うことくらいしてやりたい。

 それがどんなに傲慢であっても。

 

「……好きなんだよ、ギーくん。こんなに、大好きなの」

 

 その言葉は唯一できる反抗だったのだろう。

 

 いくら好きでも、最期まで俺の後を追うことは許さない。

 それを理解したのかしていないのか。

 しばらくすると、スクリータはすうすうと寝息を立て始めた。

 

 答えは得られていない。

 今はまだそれでいい。

 

 目を瞑り、これからのことを思う。

 それだけで俺の意識はすぐ闇へと落ちていった。

 

 

 最近は馬車に乗る機会が多い。

 クッションなんて持ち運んでいられないため、毎度のことだがケツが痛くなる。

 少し鬱屈した思いで見上げてみる。

 

 ギルドに用意されたそれはかなり立派なもので、その気になれば二十人くらい詰め込むこともできそうな大容量だった。

 その中からひょいと見覚えのある緑髪が降りてきた。

 

「やあや、ギルバートとエマちを除けばお目にかかるのはこれが初めてだね。オレはカルラ。東方戦線までの同行人さ。よろしく!」

「ギルさん、お知り合いですか?」

「知らん」

「こう言っているけれど」

「照れ隠しに決まってるじゃないか」

 

 お前みたいな邪悪は知らん。

 ええい寄るな、鬱陶しい。

 

「ふーん。カルラちゃん、か」

 

 俺にうざったく絡んでくるカルラを眺め、ファトゥスが珍しく真面目な表情で目を細めた。

 

「んー、もしかしてだけど……」

「あ、ファトゥスだ」

「カルラちゃんって魔物だったりする?」

 

 リアが剣を抜いた。

 相変わらず行動までが早すぎる。――というのは『混沌』の神族がいなかったらの話だ。

 ファトゥスが疑ったのであればその可能性がまず一番に上がる。

 咄嗟に身構えるのは正常な反応だ。

 

「オレが魔物? 何言ってるんだか。オレはこれ以上ないってくらい人間だよ。何せ生まれる前からそうだったんだからね」

「証明、して。わたし、が、殺す前に」

「いやいや、『混沌』の神族がいるからってそう簡単に人を疑っちゃダメだぜ。……マジにオレのこと殺す気かい?」

 

 キサラが包帯をするすると外していく。

 あれは常日頃から纏っている『嫌悪の魔法』を内側に閉じ込めるためのマジックアイテムだ。それがなくなれば、キサラの魔法は赤子の手をひねるより簡単に、人間をジュースにできる。

 それより先にリアが斬り刻むかもしれないが。

 

「二人とも、待てよ。ファトゥスがどうしてそう思ったのかを聞いてからだろう」

「そうだね、その通りだ! 疑わしきは罰せず、大事な考えだから覚えておくのがいいと思うよ」

「煽るな。殺されるぞ」

「ギルバートの後ろに隠れたことで一層ヘイト買ってるんだから同じことだろうさ。守ってくれよ? オレの存在力はカスみたいな強度なんだ」

 

 別に今も守ってやってるつもりはない。

 これから旅立つって時に妙な行き違いで血を見たくないだけだ。

 

「ククッ、ツンデレかよ」

「……それで。ファトゥス、説明してくれよ」

「なーんかさ。メア様のものじゃない祝福がかかってるように見えるんだよね。ただ、メリス様でもない、のかなぁ? ファトゥスちゃんでも分かんないや! 殺していいよ!」

「冗談だろう?」

「ファトゥスちゃんは優しいから、カルラちゃんの墓前でどっちか答えてあげるよ」

 

 ということでカルラには死んでもらうとして。

 

「ちょ、ちょっとタンマ! オレが『混沌』の神族だったらそんな模倣しないって! あいつの模倣は完璧なんだ。誰にも見破れない。実際にやりあったファトゥスなら分かってるだろう?」

「わあ、正解! バレちゃったら仕方ないなぁ。うんうん、カルラちゃんは『混沌』の神族じゃない可能性の方が高いよ」

「ファトゥス、ふざけるのも大概にしようか」

 

 今度はファトゥスに剣先が向く。

 

「だって聞いてよリアちゃん。カルラちゃんってば大した力もないくせに盤の外から見下ろすプレイヤー気取りなんだよぉ? 少しくらいからかってあげなきゃ『冷笑』が廃れちゃう!」

「そんなもの廃れて当たり前でしょう。あたしたちの緊張を返しなさい」

「あははっ、ごめんごめん!」

 

 これから馬車で移動、ということはこの道化とまたしばらく付き合わなければいけないわけだ。

 

「どったのギルくん、変な顔して」

「覚えとけ、これは渋面って言うんだよ」

 

 ぶっちゃけめちゃくちゃ嫌だ。

 それ以外の選択肢がないから受け入れてやるけど。

 

 はあ、と大きな溜息を吐いてやると、ファトゥスはキャッキャと声を上げて喜んだ。

 どうにかして排除できねえかな。

 

「ねえ、お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんはすぐ変人に好かれるわけ?」

「それは俺が一番知りたい」

「……で、なんでそっちの人はいつまでもお兄ちゃんに縋りついてんの? それ私の役割なんだけど」

「単純明快、オレがギルバートの友達だからさ。邪な気持ちなんて毛ほどもない。昔の君みたいなものさ、ギルベリタ」

「は? 別に昔の私にだって邪な気持ちくらいあったけど」

「えっ」

 

 えっ。

 

「いや、だから、『マジでお兄ちゃんえっちだな』とか思う機会なら散々あったし。恋愛的にどうこうとかはなくても性的なあれそれくらいあって当たり前でしょ」

「……そうなのかい?」

「俺に聞くなよ。今は幼少期の記憶を一から疑ってる最中だ」

 

 ちょっとしばらく立ち直れないかもしれない。

 

「ギーくん、ギーくん。結局その人はギーくんにとってどんな人なの? 仲良くした方がいい?」

「程々に仲良くやってくれ」

「うん、分かった。カルラちゃんだよね、ボクはスクリータって言うの! ギーくんとはどこで出会ったの? これからよろしくね!」

「……それがきみの程々なんだね。距離感バグってない?」

「言うな、カルラ。そこはスクリータの良い所だ」

「えへへ、褒められちゃった」

「本当に良い所ならいくらでも言っていいと思うんだよな、オレ」

 

 気付くな。

 

 スクリータとカルラの会話を眺めていると、御者を務めるのだろう馬持が準備完了を告げる。

 出立の時間はほど近い。

 そんな時、後ろから声がかかった。

 

「皆様、お揃いですの?」

 

 振り返ると、そこにはキサラと同じ様式の軍服を着た見覚えのある女性が立っていた。

 ふんわりと広がったブロンドに柔和な笑み。

 

 もう一人の同行人が到着したらしい。

 剣を抜いたままのリアをティアが物陰に引っ張っていったのを横目に確認しながら、一礼する。

 

「ご無沙汰しております、フレデリカ様」

「ええ、久しぶりね。そしてそちらが――キサラ様かしら?」

 

 フレデリカが腰に佩いていた儀礼用のそれを抜剣し、真っ直ぐに持つ。

 終章軍ではそれが敬礼の代わりになると言う。

 

「わたくし、『安心』の聖女、フレデリカと言いますの。今回の作戦で終章軍に貸し出される二人目の聖女として、キサラ様に同行させていただきますわ」

「そう」

「お会いするのは二度目かしら。と言ってもキサラ様が聖女として就任した時のことですから、たんなる顔合わせに過ぎませんし、覚えていらっしゃらないのも無理はないかと存じますわ」

「知らない」

 

 よーし、キサラ。

 ちょっと礼儀ってものが足りてないから一旦反省してくれ。

 

「とりあえず敬礼だけでも」

「いえいえ、そのままでいてくださいな。わたくしが勝手にしていることでしてよ」

「しかし、聖女様……」

「ギルバート、あなたもそう遠慮しないで。これを言うのは以前と合わせて二回目よ」

「ギルと、知り合い? いつから?」

「ええと、ファトゥス様についての報告でしたし、ちょうど二ヶ月ほど前かしら」

「そう。なら、いい」

「何についての確認ですの……?」

 

 うちのキサラが本当にすみません。

 

「フレデリカ様、少々お時間を。ご同行させていただくセルウィタ・クーラと申します。何なりとお申し付けくださいませ」

「ご丁寧にありがとうございますわ。けれど、クーラ家の方がどうしてこちらに?」

「あたしの従者として仕えているからですわ」

 

 物陰から戻ってきて早々、ティアが小さくカーテシーを行う。

 

「遅ればせながら、あたしはティア、ファトゥス様護衛の任に就いたパーティの会計担当を務めていますわ」

「え、ええ。そんなに畏まった敬語でなくていいのよ?」

「あら、失敬。しかし、この言葉遣いはあたし個人からフレデリカ様にお贈りする敬意そのものでしてよ。受け取っていただけるかしら」

「……お貴族様、です、の?」

「もう一度名乗ればよろしくて?」

 

 ああ、色々な複雑さが噛み合って変な雰囲気に。

 既にセルペンス家を出ているとは言え、ティアはもう本名を名乗った方が楽に生きられるんじゃないのか。

 

「そして、こちらが」

「リーダーのリアと申します。ファトゥス様の護衛を務めておりますが、礼儀作法には疎いものですから、何卒ご容赦願います」

 

 ――ッ!?

 

「お、おい、聞いたか、ルナ」

「聞きました、聞きましたけど、これは、現実ですか? あのリアさんが礼儀正しく振舞ってるなんて、そんな!」

「成長したなあ……!」

「本当ですね……!」

 

 ルナと感涙に咽ぶ。

 なんて感動的なシーンなんだ。

 

「ふふん。あたしの指導あってこその賜物よ」

「ティアさんの努力、きっと宝石よりも価値があります」

「さすがはパーティーの頭脳担当!」

 

 行動が報われるとは、難しいことだ。

 現実が応えてくれるまで継続しなければならず、先の見えない暗闇に足を踏み出すことと変わらない。

 それでもティアはやってのけた。

 全く素晴らしい。

 

「いや、その、ギルバート。それにルナちゃん。そこまで泣くことなのかい?」

「当たり前です! 私たちがこれまでどれだけの肝を冷やしたことか、あなたは知っているんですか!?」

「そんな剣幕で」

「いいか、カルラ。あのリアは――」

 

 何も分かっていないカルラにリアの非常識さを一から語る。

 その間にもフレデリカは挨拶を交わしていた。

 

「はじめまして、フレデリカ様。妾は『不信』の名をいただいております、司教のエマと申します」

「ええ、はじめまして。庶民でありながら、ということには共感を抱いていますわ。お互い、格式ばった言葉遣いはなしにしませんこと?」

「お心遣いありがとうございます。ですが、妾はこちらの方が落ち着くので……」

「どうやらそのようですわね」

 

 ふむ、と見定めるようにぐるりと周囲を眺めた。

 ギルベリタとスクリータの紹介はまだだが、彼女らは聖女直轄兵だ。キサラのそばに控える置物として扱われていい。

 

 フレデリカが面倒くさいのはこれからだ。

 

「さて。まだ緊張しているのは、ギルバートと、それからエマ様、あなた方ですわね」

「……あまりにもお綺麗なものですから」

「お世辞が上手ね。でもそれだけでは誤魔化せないのよ、ギルバート。わたくしがいると言うのに、なぜそうも何かを警戒しているのかしら?」

「フレデリカ様、あの、お、怒っていらっしゃいますか?」

「いいえ、寂しいのですよ、エマ様」

 

 フレデリカは平民出身の聖女であり、とある偏執症を持っている。

 

「わたくしはいずれあなた方の姉となりますのに」

「……ギルさん、説明ください」

「フレデリカ様は俺たちの姉になることを決意している」

「どういうことですか?」

「全人間種の姉になることが目標らしい」

「何も分からなかったのは私が悪いんでしょうか」

 

 正直言って俺も分からん。

 

「ギルバート、いえ、ギル。そしてエマ。わたくしの下においでなさい。抱きしめてあげるわ」

「不審者ですね。衛兵を呼んできます!」

「やめておけ、ルナ。この人を裁く法律は未整備だ。それに聖女様だからな。通報したところで効果はない」

「なんて卑怯な!」

「言いたい放題ですわね」

 

 変人に対する扱いとしては真っ当じゃないか?

 

「なあなあ、オレもフレデリカお姉ちゃんって呼んでもいいのかい?」

「あら。ふふっ、勿論よ。あなたは……」

「オレはカルラ。光希(ミツキ)でもいいよ」

「では、カルラ。お姉ちゃんがあなたのすべてを受け止めてあげるわ」

「変人と変人が噛み合ってやがる」

「事件とか起こりそうですね」

「いいかしら、二人とも。どんなに変わっていても聖女様よ」

 

 あいたっ。

 

「そういえば、ファトゥス様はいらっしゃらないのかしら?」

「あれ? フレデリカお姉ちゃんが来るまではいたんだけどな」

 

 あたりを見渡してみる。――と、背後に異様な気配が生えてきた。

 

「ファトゥス」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! ファトゥスちゃんを呼んだのは君かな?」

「なんだその白々しい演技は。もっと真面目にやれ」

「えっ、あの、ギルくんってファトゥスちゃんが道化師だってこと忘れてたりする?」

「分かってて言ってるだけだ」

「そっかぁ、うんうん、そっちの方が酷くない!?」

「うるさい」

「道化師はうるさくしてなんぼです〜!」

 

 子供じみたセリフ回しで一通り戯けてから、ようやくファトゥスはまともな顔になる。

 

「それで、どうしてギルくんはファトゥスちゃんを呼んだのかなぁ。世界の半分でも欲しくなっちゃった?」

「それを言うのは魔王だろ。たんにフレデリカ様との顔合わせが必要だからだ」

「え、なんで?」

「なんでって、そりゃ聖女様だし」

 

 ファトゥスは心の底から理解できないといった表情で首を傾げた。

 

「なんで聖女風情を特別扱いしなくちゃいけないのぉ? ファトゥスちゃんは神族様だよ、神族様。村長と村娘の違いなんて分からないし、聖女と司教の違いも分からないんだよ」

「そんなに嫌なのか?」

「少なくとも、そんなことに時間を使うくらいならギルくんにセクハラした方が有意義だね」

「へえ。まあ、そんなこともあるか」

「おい雑に流すな」

「ってことでフレデリカお姉ちゃん。ファトゥスとの挨拶はナシでいいかい?」

「……神族様がそう仰るのであれば、わたくしはそれでよろしくてよ」

 

 合意したなら、これ以上俺が口を出すわけにはいかない。ファトゥスの言葉を尊重し、馬車の中に叩き込んだ。挨拶しないなら先に入っとけ。

 俺たちの準備はとうに終わっている。

 フレデリカの方も確認したところで、順に馬車へ乗り込むこととなった。

 

 今日は風が強い。

 ひゅうと草が揺れたのを、何とはなしに眺め――目の前に割り込む存在があった。

 

「おセンチなのかな、ギルバート。そんな暇があるのかい、って言わざるを得ないけど」

「別に、ただの気分だよ。それともなんだ、これがイフルートってやつに繋がる問題なのか?」

「さてね。どう思う?」

「……世界が滅びるってのが本当なら、もう少し真面目になった方がいいんじゃないかと俺は思う」

「ククッ、これでも必死なのさ。きっときみは、そう多くを知らない方がいい。これはオレの勝手な独断と偏見による判断だけど、それでも本心なんだぜ」

 

 俺に伝えられる情報は少ないままがいい、と。

 それをカルラが、本心から、か……。

 

「いや、まあ、本心から何を言ったところで性根が邪悪だし」

「根本から否定するのは違うんじゃないかい」

「でも邪悪だし」

「……オレってもうその扱いで決定なの?」

 

 軽率に人死にを望むようなやつだし。

 

「あー、えっと、そうだな。『安心』の聖女なだけあるよね」

「いきなり何だよ」

「フレデリカのことさ。我慢ができる作中唯一の聖女だよ、あの人」

 

 話をなかったことにする気か。

 

「我慢ができる作中唯一の聖女だよ、あの人」

 

 そんなセリフを繰り返すな。

 俺はそれを聞いてどう返せばいいんだよ。

 率直に言えば「比較的マシってことか〜」になるぞ。

 失礼すぎる。

 

「で、それが何だって?」

 

 聞くと、カルラは目を点にした。

 何をそんなに驚いているのか。

 

「原作だったら、ああ、オレが関わったからか。全く面倒なことだよ、ギルバート」

「待てよ、さっきから何の話なんだ」

「気付いていないなら教えてあげよう。フレデリカはさっきの会話で明確に我慢したのさ。些細な、それでいて聖職者としては落第級の我慢をね」

 

 めちゃめちゃ奔放だったと思うけど。

 カルラは眉尻を下げ、呆れています、と満面に表した。

 

「まあ、本筋には無関係だし、オレはどうでもいいけどさ」

 

 ルナに呼ばれてあたりを見回す。

 気付けば馬車に乗っていないのは俺たち二人だった。

 

 俺を置き去りにしてカルラが馬車へと向かい、振り返り、そして特大の爆弾を放り投げる。

 

「一応言っておくと。このままじゃ死ぬぜ、フレデリカ」

 

 ああもう、この旅路には問題しか起こらないのか?

 

「いい言葉を教えてあげようか。そういう時にはこう言うのさ。もう二度とやらねえこんなクソゲー、ってね」

 

 うるせえ。悩みの種のくせに。

 

 

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