この作品は虎杖悠仁を全力で曇らせることに全力を注いでいます。書いてる作者ですら今回は流石にやりすぎだと思う胸糞展開なので続きを読まれる際は十分に覚悟を決めて読み進めてください。
▽夏油傑の肉体は奪われた!
▽脳は新たな体を手に入れた!
・
・
・
▼脳は新たな体を手に入れた!!
___でんでらりゅうば、でてくればってん。
でんでられんけん、でてこんけん、
こんられんけん、こられられんけん、こーんこん。
九つの声が奏でる陰気な歌詞の童謡。合いの手のように挟まる「ぐちゃり」「べちゃり」と腐肉が崩れる愉快な音が明るいメロディの邪魔をする。花畑に蔓延した腐敗臭は世界に対する皮肉のようだ。『いくら見た目を取り繕おうが、お前の中身は醜悪極まりない』と、9人の赤子は産声を上げる。
でんでらりゅうば、教育番組で取り上げられて一気に全国に広がった手遊び歌。九州あたりの方言で明るい曲調とは真反対の閉塞感を歌っている。どこにもいけない田舎の風刺か。それとも一説にあるように長崎丸山の遊女が我が身を呪って歌ったのか。
詳しいことは定かではないが、コトリバコの中で奏でるにはこれ以上ないほど的確。哀れな赤子に穏やかな眠りを与えるどころかその手を
陰気な赤子など捨て置いて、俺の心は明るく晴れやかだ。なんたって予定調和、動揺なんてひとつもない。ころりと屍蝋となった指を手のひらの中で弄ぶ。
「くふっ」
ようやく手に入れた宿儺の指。
上手いこと宿儺の指を取り込めれば二十四方位を蹂躙することだって可能だろう。大本命は仙台だが前戯の渋谷ではしゃいでもいいだろうか? いや、やめておこう。楽しみは最後までとっておくべきだ。絶望は上げて落とされた時が一番深い。
順転術式を発動させて絶望にくれる悠仁を想像するだけで脳が震える。
「何笑ってんの、行李くん」
「だって、嬉しいんだ」
「夢にまた一歩近づいた。理想郷はもうすぐそこにあるんだよ、悠仁」
ああ、早く。運命の日が待ち遠しい。両面宿儺に勝ちたい。虎杖悠仁を最大限曇らせるのはこの俺だ。最初に抱いた
呪具内部の心象風景に悠仁を呼び込んだのも願望を再度確認するため。この溌剌とした少年を、希死念慮に取り付かせるほど追い詰めたい。あの日からずっと、一途にそれだけを思い続けている。
渋谷ではまだ早い。どうせなら羂索の目論見ごと破壊して親子丼を楽しみたい。それならばメインディッシュは全てが始まった仙台の地にしようかな、因果を感じてオツだろう?
「理想郷……と、行李くんの夢?」
「そう、俺の夢。術師が必要のない世界……すなわち、人々が呪いに脅かされない理想の世界だ」
嘘である。これは事前に用意した建前だ。俺が今後行う大虐殺に正当性があるように見せ、より悠仁を葛藤させる。ちょっとした隠し味程度の刷り込み。
「悠仁、こんな話を知ってるかい? 最強と名高い五条悟が生まれた後から呪霊の質が上がったらしい。一人の術師が生まれたことで呪霊がつよくなったんだ。世界の天秤は呪霊と術師でバランスを取っている」
これは本当。
「呪霊を言い換えれば感情の排泄物。たかだか一般人のナイーブでマイナスな感情の集合体。弱い呪力の非術師のごくわずかな呪力のせいで生まれる呪霊が人を殺すほどの力を得る。おかしくないか?」
「そ、れは……」
「俺が何を言いたいか、わかるよな?」
「悠仁は賢いから」と顎を掴む。瞳孔が揺れる。
「呪術師……が、存在するから」
「そう、呪術師なんてバケモノがいるから、世界も対抗してバケモノを産むんだ」
絞り出すようなか細い声に満足した俺は「偉いよ、悠仁」と両手で彼の頬を撫でさする。俺に褒められたのがよっぽど応えたのか、悠仁が苦しそうに
自分で答えておきながらその「答え」を否定しようとして、できずにいる。悠仁の善性が俺の理想に共感できないからこそ起きる精神の不調。俺を悪だと断じて切り捨てれば随分と楽になれるはずなのに、それができない。だから苦しむ。
夏油の元で学んだ結果、中途半端についた呪術の知識が俺の嘘を真実だと錯覚させる。計画を台無しにされた恨みはあるが、こればかりは夏油に感謝だな。
それから、これは俺の持論なのだけれど。見知らぬ
「きっかけが大事なんだ。卵が先か鶏が先か。俺はさ、呪霊が人を殺すほどの力を持つ理由は
……ね、そう言うことだよ」
そうだ、ゆれろ。もっともっと揺れ動け。悠仁は優しくて善良だ。だからこそ呪霊被害を無くしたいと強く願っている。故にこの毒は深く深く脳髄に浸透する。
この年頃の子どもは不安定だ。多感が故に洗脳されやすい。だから教職は神職であり、時に悪魔となりうる。
問題解決を図るための手段に極端な選択肢に増やす。あとは勝手に傾くだけ。さながら共産主義に被れた学生たちが学生運動を起こして政府を打ち倒そうとしたように。はじまりは「よいこと」であっても、ひとつボタンを掛け違えたらその先に待っているのは血の池地獄。最高だ。
「術師がいるから呪霊が生まれる。術師なんて存在がこの世にいなければ排泄物が意思を持って動き出すことはない。呪力なんて目に見えない力をコントロールして物理法則に従わない異常者どものせいで、罪のない人々が犠牲になっているんだ」
……そういえば、夏油もこんな感じで道を踏み外したのだったか? 忘れた。正直どうでもいい。悠仁以外は覚えている価値がない。
あの日見た悠仁の道行きが、悠仁がたどる結末がずっと俺を狂わせている。君が葛藤を抱えて生き抜いた果ての世界。あの残酷なほど鬱くしい世界が俺を魅了してやまない。
「悠仁『も』、許せないよな?」
とうとう悠仁が耳を覆ってうずくまる。水音が混ざった嗚咽に脳汁が出る。雷を怖がる子供のような仕草で耳を塞ぎ、「やめて」とか細く震える悠仁が可愛い。可愛さに免じてやめてあげない。もっともっと可哀いくしてあげたい。だから善良な心が壊れる一歩手前まで呪いを刻むのをやめない。
「全ての術師を消したいと思った。悠仁と倭助さんに出会ったのはその後。君たちと過ごす日々はかけがえのないものだった。正常な時間が俺を癒してくれた。優しい人たちが呪霊被害に遭遇しないかといつも不安だった。
弱い俺は、弱いなりに考えた。どうすればみんなを救えるのか。そんな時、悠仁が言ったんだ」
ねえ、覚えているかい? 俺がそうなるように誘導して君に言わせた
「「世界一強くなって、行李くんの敵をやっつけてあげる……」!」
ああ、楽しいな。楽しくて仕方ない。ぎゅ、と団子虫のように固まる少年のつむじを覗き込んで「ちっちゃい頃から変わらないね」と懐古に耽る。興奮のあまり勃起した陰茎を隠すため、俺も悠仁と同じようにしゃがみ込んで視線を合わせる。
「光明がみえた。悠仁が俺を救ってくれるなら、俺は悠仁を世界一強くしないとだめだ。いろいろ調べて、コトリバコにたどり着いた。この世に蔓延る術師を殲滅し、無用な呪物を廃棄する。夢のような呪具だろ?
俺の肉体と魂を贄に作っただけあって、ほら。両面宿儺の指も仕舞えた。ようやく、俺たちの本懐は果たされる」
さあ、仕上げだ。魔法の言葉で縛りつけてあげよう。できるだけ柔らかな、聖母のような笑顔を作る。悠仁の頬に手を当てて、さりげなく。しかし晒すことは許さないという圧力をかけて視線を合わせる。
「ねえ、悠仁。君を世界で一番、強くしてあげる。だから、俺を救ってくれ」
「ヒュッ、ゔ、ァグっ!」
泣きすぎて過呼吸になってゲボまで吐いて。ああ、可愛い。本当に可愛いよ悠仁。本当は蹲って顔を上げたくないのに無理やり前を向かせたせいで余計に気道が閉まって苦しそう。昏い琥珀が潤み、一粒の雫が膝を濡らす。血が出るほど唇を噛み締めて、苦悩する表情に、俺は……俺はっ!!
『(あ、ンァ…っ……あぁっ!)』
涙と鼻水で汚れた顔っ! 子犬のように震える焦点の合わない瞳っ! 力が抜けて地面にへたり込んでしまった姿っっ! 見ろ! 立てなくなって女座りになっている! かわいい、かわいい、かわいい!! なんて可哀想で、なんて可愛い!! 背丈が伸びて筋肉がついて、見た目だけなら屈強といえる悠仁が、清楚な
綺麗だ、本当に綺麗だよ。これ以上ないほど芸術的だ。俺はもう、悠仁でしかイけない体にされてしまった。まさか陰茎に触れず視姦だけで
この先があるなんて、想像できない。俺はどうなってしまうんだ……♡
「俺、悠仁のためならなんだってできるよ」
もっと、俺を見てくれ。その瞳を堪能させてくれ。涙の膜が張った君の黄金は、世界で一番美しい。
少年院の任務から一ヶ月がたった。夏油先生が失踪したからとかでしばらくは監禁されたり尋問されたりと波瀾万丈なエピソードに事欠かなかった俺だけど、ついに外出許可が降りた。外出といっても任務だけどさ。
でも、ちょっとだけ気晴らしになった。高専にいると、五条先生を見ると、嫌でも行李くんの言葉を思い出すから。
呪術師が呪霊を強くする。だから、呪術師が滅べば呪霊は存在しなくなる。行李くんがたどり着いた理想は一種の極論で、暴論なんだろう。それでも行李くんの言い分に正当性なんてものを感じるのは……俺に、後ろめたさがあるから。
行李くんをそんな道に走らせてしまったと言う罪悪感。限界まで追い詰められた人を無責任な言葉で救って
行李くんを血の池地獄にぶち込んだのは俺だ。だから、俺も同じ地獄に落ちる。それが、けじめのつけかただってずっと思って生きてきた。
だけど伏黒に出会って、「死ぬ理由を押し付けてもいい」などと言われて、惑ってしまった。
本当は、誰も呪いたくない。けど今更引き返せない。だって俺が行李くんを否定したら、なんのために彼は犠牲になったのか。
考えれば考えるほどドツボにハマって抜け出せない。どっぴんしゃん。……抜けたら、どうなるんだろ。
「虎杖くん?」
ハッと、沈んでいた思考が浮上する。
「どうしたの、急に上の空になって」
「や、大丈夫、なんでもない!」
意識が任務に引き戻される。今回の任務は彼こと、吉野順平の護衛。推定特級の呪霊に取り憑かれている被呪者である。
ある日突然呪霊が見えるようになり、毒クラゲに襲われるようになったと言う順平。のちに彼の術式だと判明したが、今度は【呪毒】という、彼に芽生えた術式を狙い呪詛師に襲われるようになった。
と、いうわけで。呪術高専としては呪詛師御用達の裏サイトで懸賞金をかけられた不安な少年を救い出すべく彼の護衛の術師をたてた……と、いうわけではない。
高専側も順平の術式が危険なものとして認識し、呪詛師に取られる前にこちらが……と動いたに過ぎない。その護衛に選ばれたのが俺とななみん。ななみんは一級術師で、俺が順平の護衛をしてる間に順平を狙う呪詛師や呪霊の討伐に行っている。だから俺はのほほんと順平と駄弁っているわけで。
「へぇ〜、順平って映画好きなん?」
「まあ、嫌いってわけじゃないかな」
よく聞くと、部活は映画部だったらしい。やっぱ映画好きなんじゃん。そのあとは順平の家で飯食ったり、映画見たり、モノマネしたり。
正直に言う。俺は、この護衛任務を楽しんでいた。
順平が術式に目覚めたきっかけ。
順平が呪詛師に狙われる理由。
順平が、俺に隠していること。
本当に警戒すべき、敵の存在を。
「夏油がさ、言ってたんだよね。自分の意思で生きたまま呪物なった呪術師がいるって。
どんな
ちょうどいい感じに人を
でも失敗、生き物を別の形にするのってむずいね。聞いてる花御?」
翌早朝。
濃密な呪いの気配に導かれたどり着いた一軒家。何十という呪霊を祓い、中心を目指す。ようやくたどり着いたリビングの扉を開ける。先ほどお盆を使ってモノボケしたフローリングは真っ赤に濡れていた。充満する鉄錆の香りに目が眩む。ぶち撒かれた紫の体液と肉片。ぽた、と今も鮮血を流す赤く染まった椅子が一つ。何があったのかは容易に想像できる。
順平は……ここにはいない。二階か? 慎重に階段を上がると不自然に呪霊が近づかない部屋がある。ドアの隙間からそっと身を乗り出して中を見る。寝室のベットには、腰から上がない死体が一つ、ポツンと横たえられている。そして彼女を守るように、紫色の毒クラゲが毛布のように覆い被さっていた。これ以上母の尊厳を蹂躙させてなるものかという順平からのメッセージ。
「……ふざけんな」
俺の目には椅子に座ったままの下半身に縋りついて涙を流す順平がありありと見えた。それから、順平が次に考えそうなことも思い浮かんだ。
「此処までするのかよ。呪詛師は……っ!」
呪詛師のせいだと思いたかった。この残虐な行いをしたのが高専の術師だったら、俺は行李くんの言葉通りに道を踏み外す。
指を二本、呪霊に向ける。地面と水平なピースサイン。平和のシンボルマークで行うのは真反対の行為。的に向けた指先に呪力が集まる。雑に振り抜いた二本指が捉えた範囲の呪力をコトリバコが捕捉する。捻れて潰れる。
ガチガチに圧縮されてもはや泥団子サイズになった呪霊玉をでかい口を開けて飲みこむ。
呪具の性質上行わざるを得ない一連の儀式。幼少期から何度も繰り返してきたが慣れることのない、下水を飲んでいるような酷い味。
「順平は……」
どこに行ったのだろう。タイミングよくスマホに着信が入る。伊地知さんだ。電話に出ると順平が母校で呪術による攻撃を無差別に行い、呪詛師に認定されたという。わけがわからない。
俺の足は自然と順平の元に向かっていた。止めなきゃ、と。ただその一心で。
■■■
「何してるんだよ、順平……っ!!」
体育館の中の光景は「悲惨」の一言に尽きる。生徒の8割が毒で気絶して倒れている。起きている2割も、順平の毒に侵されて気絶できていないだけで満身創痍。
順平が胸ぐらを掴んでいる男の顔は毒で半分溶けていた。先日遭遇した太った教師だけかろうじて立っている。生徒を守ろうと手を広げている様はいい教師に見える。責任感があるのだろう。だからこそ、「なんでもっと早く順平に対してしてやらなかったんだよ」と思わずには居られない。
「来るのが遅いよ、
順平の体からぶくぶくとクラゲが沸いている。黒い髪から深い紫色の、毒の液体が滴り落ちる。病的なまでに白いを通り越して、血管のように浮き出た紫色の葉脈が脈打つ皮膚。汗の代わりに吹き出す毒薬。ぽたりと顎をつたって落ちた
異様だ、あまりにも。順平の「呪い」は、輪郭が明確すぎる。呪術特有の解釈の幅を廃した純粋な悪意。呪霊の悪意よりも鋭く作業的。【呪い殺す】のに特化しすぎている。
「……まさか」
術師でも呪霊でもない、そんな呪いの力を持つモノに、俺は心当たりがある。
例えば、そう____古戸行李が成り果てたコトリバコ。生きた結界と呼ばれた源信が成り果てた獄門彊。
特級呪物、もしくは忌み物。そんな人間呪具の一つが順平だとしたら。
「なんで」と「どうして」が脳みその中で踊っている。順平を助けたいのに、助ける術がわからない。
「僕は、もうこんな世界に居たくないんだ。全部壊してしまいたい。でも僕に世界を壊す力なんてない。だからせめて、僕を苦しめた
順平が男子生徒の胸ぐらから手を離す。腰が引けて四つん這いで逃げていく後ろ姿を虚無の瞳で眺めてから、一拍。ドドメ色の眼孔が俺を射抜いた。
「止めたいなら殺せ、呪術師」
順平を中心に半径二メートルの大クラゲが顕現した。順平の家ですでにみた毒の結界。ぞわぞわと揺れる触手の中で順平が指銃を構える。親指をかくりと倒した刹那ーーー広がったクラゲの口腕から無数の毒の塊が射出される。マシンガンじみた広範囲銃撃、ならぬ毒撃。講堂にいた生徒の大半が被弾した。痛みを訴える壮絶な悲鳴の合唱。目頭に力が入る。奥歯を硬く噛み締める。
「何やってんだ、よ!」
この毒の銃撃を止めるには順平の掌印を崩すしか方法はない。だが順平は毒の結界に守られて近づかない。ならば、と。俺はあえて毒結界に飛び込んだ。
「な!?」
当然毒で全身大火傷……とはならず。無傷な俺に驚き緩んだ右手を捻り上げ、順平を床に叩きつける。そのまま押し倒し、マウントポジションをとって両手を床に縫い付ける。
「なんで」
「毒にやられないのかって? 呪力で表面コーティングした。一か八かだったけどうまくいってよかった」
「……やるね」
「それならこうだ」と、踵を床に軽く打ち付ける。瞬間、順平を中心とした同心円を描き広がる毒の波。
「やっば……っ!」
本能が「危険」と信号をあげている。痺れそうなほどのアドレナリンに突き動かされ、咄嗟に順平を抱えて飛び上がる。バスケットボールのゴールに足をかけ、手すりに飛び移りそのまま勢いをから窓ガラスを蹴り割る。外に出た瞬間、小脇に抱えていた順平を宙に放り投げた。まるで打ち上げ花火のように広がった毒の波。目一杯広がった毒が中心に寄せ帰り……爆発。かろうじて被害者はいない。だがこれが体育館の中で炸裂したらと思うと……考えるだけでもゾッとする。
「いい加減にしろよ、順平!」
「いい加減にするのはお前のほうだ、呪術師!!」
毒のクラゲが湧けば湧くほど、順平の体が実態を失っていく。毒の滴る水が人の形をとったような姿。輪郭が水塊のようにゆらめき、時折崩れて乾いた土に浸透していく。
「っ!」
地面に足をついた瞬間、足首を掴まれた。コーティングが追いつかずモロにくらった毒に視界が霞む。吐き気と頭痛を堪えて呪力の核をさがす。
目を凝らして……見つけた核は心臓。握りつぶすことはできない。ぴたりと止まった俺を責めるように、順平が「やれよ」と吐き捨てる。
「なんで、こんなことしたんだ」
「……なんで?」
乾いた笑い声。諦観に塗れた遠い瞳で、一言。
「僕は、君に殺されたかった」
それは、「一緒に映画を観たかった」とでもいうように。なんでもない日常の延長のような気軽さで告げられた。
固まる俺をよそに順平の独白は続く。
「本当は自殺するつもりで此処にきたんだ。どうせなら当てつけみたいに教室で首でも吊ってやるかって。
でも、死ねなくてさ。自分で死ねないなら殺してもらうしかないって考えて。力を使って暴れたら君が殺しに来てくれるじゃないかって期待した。
君は、優しいから。僕のことも呪霊みたいに潰して食べてくれるかもって、考えた」
「もちろん、あいつらが憎いって気持ちは本物だよ。どうせ死ぬならスッキリしてから死のうとおもった。自分勝手だよ、本当に」
「でも、もうそれしか方法がない。だって僕は……もう人間じゃない」
「何がきっかけなのか、わからないんだ。
でも、許せなかった。僕の尊厳を壊して、すり減らす様を見て笑うあいつらが。遊び感覚で僕を侵害する奴らを殺してやりたくて、でも殺せなくて、日々摩耗することしかできない無力な自分が嫌だった。
関係ないところで不幸になって死んで欲しいと願って……目が覚めたら【こう】なっていた」
「最初は嬉しかった。万能感があった。不幸になればいいと願うだけで澱月が……毒クラゲが本当に不幸にしてくれるんだ。面白くないわけがない!
ちょっと体調が悪くなるぐらいの毒だった。だけど毒の威力がどんどん強くなっていって……気づいたら一人殺しかけた。そうしたら急に自分のことが怖くなって、外に出られなくなった。
怖くなったんだ。強くなるばかりで制御できないこの力が」
「呪詛師や呪霊に狙われるようになったのもその頃から。僕がいずれ人間から呪物に成り果てると知ったのもその時。
逃げて隠れて、ドツボにハマって。そんな時……君に出会った。母さん以外で初めて僕を助けてくれる君に」
固かった表情がほんの少しだけ穏やかに綻ぶ。幸福を噛み締めるような優しい声音に一瞬、息が止まる。
「昨日の夜、母さんがしんだ。僕が殺したんだ。低級だったんだ。僕の残穢と呪力の区別もつかないヤツだったんだよ。……なんで、こうなっちゃったんだろう」
なぜそんなことに、と。浮かんだ疑問はあっさり解決する。理由は自分にある。昨日、二級以上の呪霊を片っ端から祓除したからだ。ある程度強くて知能がある呪霊は
「まさか、自分のせいだとか思ってる? 違うよ、虎杖くん。僕の罪を取らないでよ」
「……なんで」
なんで、そんなことを笑って言うんだよ。
どうしてこんなにも、世界は理不尽に回るのか。優しいヤツが損をして、冷たい奴がのうのうと生きる。そんなことが罷り通るから呪いは今日もどこかで生まれて、そして誰かを殺している。たかだか感情の澱みが普通に生きている
「ねぇ、
「……いやだ」
聞かなくてもわかる。だが聞かなければ知らないままでいられる。そんな心理が叩いたからか、それともシンパシーを感じたからなのか。スラリと唇の隙間からこぼれ音を目の前の少年に叩きつけた。
「順平に言ってなかったんだけど。俺さ、呪物なんだよ。術式なんてない。指して潰して飲むっていう一連の
「そっか」
だからどうか、諦めてくれと。そんな意志を込めて告げた言葉。順平の目が少し見開いて、暗澹色にほんの少しだけ光が戻った。ような、気がした。
「やっぱり、君は優しいよ」
順平が仕方ないと言いたげに微笑む。そしてそのまま、そっと両手で
「は?」
指を動かせない。今すぐ人差し指を順平から逸らしたいのに俺の意思などまるで無視して、コトリバコ起動の一段階目が進行する。固定された指を逸らさないのなら呪具本体を
「う、嘘だろ。冗談きついって、コウリくん」
一段階、対象を指し示す。コトリバコはシャットダウンするどころか次の工程に進んでしまった。
「違うんだ順平、これは何かの間違いで……」
「大丈夫。なにも間違ってない」
二段階、呪力を捕捉する。吉野順平は虎杖悠仁の行動を肯定する。
「順平を呪いたくない。本当だ、今なら間に合う。俺から逃げろ順平!!」
吉野順平は逃げない。それどころか「ありがとう」と微笑み、感謝の言葉を告げた。なんの感謝だとパニックになった脳が叫ぶ。
「やめてくれ!! やだ、やだやだやだやだやだ!!
やめろって言ってるだろ!! 俺の体で勝手なことしてんな!」
三段階。対象を圧縮する。
「……あ、ああ。あああああっっっ!!!!」
捻れ上がって、圧縮されていく。見慣れた光景。聞き慣れた音。血の噴水を頭から浴びて、久々に俺は尻餅をつく。指はまだ、順平を指し続けている。
が、びぢゅ、バキ、ぐじょ、ァグ、ゴキン!
順平が、潰れていく。ゆっくり肉の塊になっていく。もはや悲鳴もわからない。せめてどうか、最初の衝撃で即死していてくれと。最低なことを願う。絞りすぎて太ももの肉が弾けた。弾力のある真っ赤な筋肉を貫通する大腿骨。砕けた骨の断面から除く神経と海綿体。脂肪の少ない赤い筋肉がみちみちと嫌な音を立てて歪に膨らみ、盛大に弾け飛んで散らばる。胸から上は割と形がそのまま残っていて、呆然とした順平の顔が嫌でも目に映る。一頭身になるまで潰され、もはや俺の膝より小さくなってしまった彼の瞳が、俺に無言で訴える。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
やがて呪いは佳境に入り、残った上半身がプレス機に挟まれるように畳まれる。圧力で目玉が飛び出て、衝撃で砕けた歯や骨が千切れた黒いカーディガンの上に散らばった。目は、逸らさない。どんなに目を背けたくなっても、それだけはダメだと幼い頃に
何度見ても慣れない、慣れたくない贄の慣れ果て。実行したのは俺で、涙を流す資格なんてないくせになんて図々しい。
「あ、ああ……っ!! ごめ、じゅんぺ……うわぁぁぁあ!!」
決められた行動。一連の動作。そこから外れて、床に散らばる肉片をかき集める。まだ温かい肉の弾力、血で湿っていて指が滑る。凍える指先がその生ぬるさを拒絶する。ぬるま湯に指を浸すような感触に込み上げる胃液。それを無理やり飲み込んで震える指を伸ばして順平だったものに触れる。ひとつ、ふたつと拾い上げて、拾い食う。繰り返すこと10回。同じ数だけ喉元に這い上がってきた吐瀉物を飲み込んだ。いつものように、
____数時間前まで同じ飯食ってた友達を、食べてるんだから。
「俺の中、割と心地いいみたいだからさ。悪いようには……なるかも。ほんとう、最低だ、俺」
鼻の奥を抜ける鉄の芳香。すっかり慣れた、あの下水のヘドロを煮詰めてタールでコーティングしたような味とは違う野生味。喉越しは最悪、美味しいなんて感じるわけがない。
「ごちそう、さま、でした……」
順平からしたら、ふざけんなって感じかもしれない。だけど、俺にこれ以外の言葉を語る語彙力はなく教養もない。命をいただくからいただきます。ご馳走になったからご馳走様。ありきたりな言葉が実はとても残酷なものだと知った。
ーー
一面真っ白な花畑に立っている。周りに人の気配はない。人の代わりに姿が崩れた子どもが手を繋いで歌を唄っている。
呪霊かと身構えたがそういうものでもないらしい。
「(水子とか……そういうやつ?)」
しばらく警戒していたがこちらを襲う気配はない。彼らはただそこにいるだけで害意はないのだろう。
最初の疑問に戻る。此処はどこなのだろうか。最後の記憶は涙に濡れた悠仁の瞳。彼に、酷いことをしてしまった。僕の自殺に利用した。
あの後、僕は悠仁に食べてもらえたのだろうか。それなら、此処は……
「天国なのか?」
「残念ながら違うよ」
気配がしない。でも声がした。反射で掌印を結び振り向く。顔がやたらといい男が一人、やわらかな微笑みを携えて立っていた。
「こんにちは、吉野順平くん。
呪物。悠仁が最後に言っていた言葉だ。呪霊でも呪術師でもない呪われた“物”。分類的には僕もそうなのだろう。
僕を『こう』した白い男がそんなようなことを言っていた。生きたまま呪物になったニンゲンがいて、興味があるから自分も作ってみたいのだと。頭を掴まれて中身をぐちゃぐちゃにされたことまでは覚えている。
「(呪物に転じた人間……まさか、この人が?)」
僕の内心を悟ったのか。それともお構いなしに早く喋りたかったのか。
「君をスカウトしたいんだ。僕の理想の同志として、ね?」