もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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大変お待たせ致しました。
独自解釈・独自設定多めの回となっておりますのでその点ご留意下さい。




水面下②

 暗い廊下を真っ直ぐ進む。冷たい床の上を滑る自身の草履の音以外に何も聞こえないことが、独りを際立たせた。

 

 そこは、光の届かぬ、暗い昏い地の底。

 光の裏に在する、()すら知り得ぬ地下深く。

 

 奥底まで辿り着くと、無機質な扉が前方に立ち塞がった。それは来るものを拒むかのように、固く閉じている。

 この扉の先へ行くことは、引き返すことのできない泥濘へと沈むことと同義だった。進むには、相応の覚悟がいる。

 そう、覚悟だ。

 巨大な渦中にあっても大切なものを守り抜くための。己より大きなものすら丸呑みにせんとする、冷たい、蛇のような覚悟が。

 

 扉に触れる。指先から伝わる金属の冷たさが、手に籠った温もりを呑み込んでいった。押し開いた隙間から刺す薄い光が、一瞬視界を白くする。やがて目が慣れると、光の中に浮かび上がった影が、人の像を結んだ。

 扉の先に待ち受けていたのは、普段の温厚な人柄が嘘のように、他者を圧倒させる気配を纏った、恐ろしい男。

 

 「やあ。よく来てくれたね、ギン」

 

 いつもと同じ笑顔、口調で。それでいて、いつもと違う相貌、声色で、男──藍染惣右介はギンへと語りかける。

 ギンは、目にするのは何度目かになるその変化を受け入れ、落ち着き払っていた。そうしてゆっくりと辺りを見渡すと、いつもの態度で口を開く。

 

 「ずいぶんとけったいなとこですなあ」

 

 視線の先には、いかにも怪しげな器具や標本のようなものが存在感を放っている。

 惣右介はギンの目線を追うと、微かに首を傾げて微笑んだ。

 

「そうかな。研究施設なんてどこもこんなものなのだと思うけれど。……さて、まずは彼のことを紹介しようか。──要。彼が例の子だよ」

 

 指された先に居る、褐色肌の青年が一歩歩み出る。白い帯のようなもので覆われた目元からは、じっとこちらを押し測るような視線を感じた。

 

「東仙要と言う。藍染様の大志のため、共に尽力しよう」

 

 その声色からは微かに警戒の色を感じられたが、それにまるで気づかないかのように、ギンはにっこりと笑い、小さく会釈をした。

 

「よろしゅう頼みます」

 

 ──こん人も、副隊長さんのことを随分信奉しよるんやな。

 

 笑顔の下で、ギンはこれまでのことを思い起こす。

 全ては綱彌代時灘(あの男)に繋がるため。そのためだけに、ギンは死神を目指し、藍染惣右介に近づいた。霊術院で彼のことを探り、彼に近づくため、異例の速さで五番隊の席官にまでなった。

 全て思った通りに進んでいる。そう思っていた。だがその確信も、入隊して間も無くに崩れ去ることとなる。──それは、隊舎の離れで偶然二人きりになった時のこと。突如としていつもの穏やかな空気が重く纏わりつき、ギンの日常が砕け散った。

 

 『──それで。君の本当の目的をそろそろ聞かせてもらえるかな? 僕に憧れて、というのは嘘だろう』

 

 得意の腹芸の余地のない、真正面からの問いかけにギンが押し黙ると、その隙を許さぬとばかりに彼は柔らかく微笑みながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 『それじゃあ、当ててみせようか。

 君は僕がとある貴族と繋がりがあるとみて、僕に近づいたね。……どこで彼と僕の繋がりを知ったのかはわからないが、その真実を追い求めようとする意志は賞賛に値するよ』

 

 目的も、その奥にあるものまで全て読まれていた。無意識に握りしめていた手先から、サッと力が抜ける。さっきまで全身を巡っていた血液がどこかへ逃げ出してしまったかのように、体の芯が冷えていくような錯覚に陥る。それでもギンは、レンズ越の向こう側から監視するように覗く瞳から、目だけは逸らすことはなかった。

 しばらくの間そうして視線を交わしていると、どこか愉快そうな光を瞳に浮かべ、そしてまるでギンの内心を見透かすかのように、彼はこう言ったのだった。

 

 『そうか。そんなに彼のことが気になるのか。……ならば、私と共に来るかい? いづれ君の望む機会が訪れることを約束しよう』

 

 それはまさに、奈落へと誘う死神の誘惑。

 命を対価にしてのみ得られる、禁忌の蜜。

 

 重圧。緊張。畏怖。

 手足の感覚がなくなり、背中に冷や汗が滲む。逃げ出したくなるようなその圧倒的な力を前に、ギンの心は竦み、縮み、バラバラになるような感じがした。だがその中で、一つだけ形を失わないものがある。それは柱のように真っ直ぐと、しなやかに存在していた。あの張りのある声。いつも自分を呼ぶ、底なしの笑顔。

 

 いつの間にか体の強張りは消えていた。

 そしていつものように笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いたのだった。

 

 こうして今、まさにギンはその深淵の一端を覗いていた。踏み入れた闇の中で、自身をここへと誘った男を見上げながら、そっと唾を飲み込む。

 

 「それで、今日集まってもらった理由なんだけれど。まずはこれを見てほしい」

 

 惣右介の言葉に、東仙の表情がかすかに引き締まる。ギンはただ黙ってその様子を伺っていた。

 

 奥から取り出されたのは、漆塗りのつづら箱。

 蓋が開けられ、中の覆い布が取り払われると、奇妙な物体が顔を出した。

 

 「なんですの? これ」

 「これは抗律の銀(ゲーゲンライム)──滅却師(クインシー)の力、その結晶だよ」

 

 箱の中では、樹枝のように、あるいは地中に這う根のように、歪に分たれ、広がった銀色の結晶が、部屋の薄暗い灯りを受けて鈍い光を放っていた。

 

 なぜ、滅却師(クインシー)が今出て来たのだろうか。首を傾げるギンを見て、惣右介が静かに頷く。

 

 「順を追って説明しようか。……まず、滅却師(クインシー)の力とは、そもそもなんだと思う?」

 「そら、(ホロウ)を消す力やろ」

 「そう。滅却師(クインシー)の力は(ホロウ)を滅却──霊子の砂へと変える。

 でも、それだけでは足りないね。この力の本質は、別のところにある。──要」

 

 短く呼ばれた東仙が、奥から小さい箱を運び出す。箱は透明で中身が透けて見えるようになっており、中では閉じ込められた小さな(ホロウ)が壁の上をチョロチョロと動き回っていた。

 

 「この(ホロウ)がどうなるのか、実際に試してみようか」

 

 その丁寧に教えを説く姿が、霊術院で教鞭を取る藍染惣右介の姿と重なる。だがその背後にあるものがあの穏やかな教室の景色などではなく、秘匿された禁忌の空間であることがギンにはどこかおかしく思えた。

 

 惣右介が東仙から受け取った箱を抗律の銀(ゲーゲンライム)へと近づけると、怯えたように(ホロウ)が箱の端へと逃れた。だがその抵抗も虚しく、その身の表面が剥がれ落ち、霊子が引き寄せられていく。やがて崩壊の波は(ホロウ)の全身へと広がり、その全てが儚く消えると、(ホロウ)を構成していた霊力だけが、抗律の銀(ゲーゲンライム)を取り囲むように輪を描いた。

 

 「霊力を……奪いはったん?」

 「そう。今起こったのは霊子の従属化だ。

 霊子を結合・分解し、隷属させる。つまり、霊子の支配こそがこの力の本質なんだ」

 

 青白い霊子の輪がくるりと回る。その輝きが部屋を微かに照らし、影の色を一層濃く見せた。

 

 「(ホロウ)の滅却は、その力の一旦に過ぎない。滅却師(クインシー)の力に触れた(ホロウ)は、一時的に支配下に置かれることで存在を保てなくなり、結果霊子の砂へと還る」

 「でもその理屈やったら、死神も滅却されてまうんとちゃいます?」

 

 思わず口から出た疑問に、ギンはいつの間にか彼の話に聞き入っていたことに気がつく。その態度に惣右介は満足気に頷くと、さらに話を続けた。

 

 「良い質問だね。確かに、その理屈であれば滅却師(クインシー)の力は(ホロウ)以外にも及ぶはずだ。だが、事実として死神は滅却されることはない。……何故だと思う?」

 「それは……死神と(ホロウ)とでは、魂魄の構造が異なるからでしょうか」

 

 ギンが考える途中で、東仙が口を開いた。

 

 「よく知っているね、要。この間教えたことをよく勉強している」

 

 惣右介の称賛を受けて、東仙は恭しく頭を下げる。

 

 「(ホロウ)の魂魄は、(プラス)の魂魄が変質したもの、或いは複数の魂魄が一つの個へと進化した存在だ」

 

 惣右介は手で、抗律の銀(ゲーゲンライム)を取り囲む霊子の輪を差す。その隣では、中身を失った箱が空虚に佇んでいた。

 

 「つまり、(ホロウ)の魂魄は他のものと比べて、とても不安定な状態なんだ。だからこそ、滅却師(クインシー)の支配を容易に受ける」

 

 そこで一旦話を区切り、惣右介はゆっくりと壁の方へ歩き始めると、飾られた浅打の前で立ち止まる。

 

 「一方で、我々死神はそうではない。……死神の力と言ったら何かな?」

 「そらあ、鬼道と斬魄刀やろ?」

 「そう。鬼道と斬魄刀──すなわち、自身の霊力で以て、望んだ事象を引き起こすこと。意志の顕現こそが、死神の力の本質だ。

 そのために、死神の魂魄は個として完全でなければならない。……逆に言えば、卓越した個を持つ者だけが死神になれるとも言えるね。

 ──つまり、死神の魂魄強度は滅却師(クインシー)の霊子隷属の力を上回るからこそ、滅却されることはないんだ」

 

 そのどれもが、霊術院で習うことのない、初めて聞くことばかりだった。目前の男の計り知れない造詣の深さに、改めて瞠目する。

 

 「ほーん。流石、よう知りはりますなあ」

 「そうかな。別に大したことではないよ。事実、このくらいのことは少しの調査と実証で確認できるしね」

 

 彼はそう言うが、こうして常に物事を疑い、真実を掴むことができるのなんて、ほんの一握りに過ぎないのだろう。

 その高い理想と矜持を当然のことと疑わない姿に、ギンは素直に関心を寄せていた。

 

 もたらされた講義の内容から察するに、どうやら抗律の銀(ゲーゲンライム)とは、本当に滅却師(クインシー)の力の結晶らしかった。

 鈍い輝きを放つそれをじっと見つめていると、なんだか引き込まれるような感じがする。

 東仙も盲目ながらその不気味な気配を感じ取っているのだろう。顔は惣右介の方を向きながらも、体は僅かに抗律の銀(ゲーゲンライム)の方へ傾いていた。が、突如として向きを正し始める。

 その気配を察したからか、惣右介は東仙の方を振り返ると、小さく首を傾げた。

 

 「どうしたのかな? 要」

 「……何故、滅却師(クインシー)(ホロウ)の霊力を隷属せず、ただ砂に変えるのでしょうか」

 「そうだね、それについても説明しようか。

 ……それは、彼らにとって、(ホロウ)が“死”の象徴だからだよ」

 

 再びもたらされた新しい学説に、二人の意識が引き込まれる。

 

 「彼らの支配の力は魂魄の循環を拒むんだ。

 そして、循環を拒んだ魂魄の行きつく先は、(ホロウ)。──ゆえに、(ホロウ)は彼らにとっての“死”そのものだ。だからこそ、彼らの体は(ホロウ)への抵抗力が極端に少なく、ごく短い時間でしか支配を保てない。その限られた時間の中で、彼らは(ホロウ)を霊子へと還す」

 

 その話は少なからずギンに衝撃を与えた。滅却師(クインシー)(ホロウ)を滅却する理由、そして死神と対立する理由の全てが腑に落ちた。彼らはただ死を恐れ、自分らを救う事のない調整者(バランサー)を厭うていただけなのだ。

 

 そして惣右介は、ふと付け加えるように言った。その言葉は、これまでの講義のようなものとは打って代わって、どこか熱を帯びているようにも思えた。

 

 「──尤も、死に抗い、歩みを止めない滅却師(クインシー)の姿こそが本来人のあるべき姿とも言える。廻転。循環。輪廻。……ただ同じところを廻ることなど、停滞と何ら変わりない」

 「……まるで、(ホロウ)になるんが自然みたいに言いなはるんやな」

 

 思わず零れ落ちた一言に、惣右介は薄く笑った。それはまるで、世界の全てを否定するかのような、冷たい笑顔だった。

 

 「その通りだよ。この世界は、意図的に管理されている。水が高所から低所へ流れるように、本来はすべての魂魄が(ホロウ)へと落ちていくのは自然なことなんだ。その摂理に抗って水が流れ落ちないよう水路を作り、循環させることが死神の役割であり──それがこの世界の“今の在り方”だ」

 

 語りながらゆっくりと歩き始める後ろ姿を、東仙とギンはじっと見守っていた。その一歩ごとに、空間を支配し、全てを従えるかのような幻覚を見た気がした。

 

 「そしてこの停滞した世界の中で、循環から外れた存在──(ホロウ)だけが、際限なく進化し続けることができる。……だからこそ、私は(ホロウ)のその特性に注目した」

 

 一定のリズムを刻んでいた足音が、ふと途絶える。

 惣右介は再び抗律の銀(ゲーゲンライム)の前まで辿り着くと、それをじっと見つめた。その時、瞳の奥に秘める、唯ならぬ熱量をギンは感じ取った。

 

 「それが、さまざまな魂魄を繋ぎ合わせて進化する存在──崩玉と、(ホロウ)の進化と適応力を利用して作り出した、この抗律の銀(ゲーゲンライム)だ」

 

 隣でこれまで身動き一つしなかった東仙が、微かに息を呑む音がした。

 

 「さっきは抗律の銀(ゲーゲンライム)のことを滅却師(クインシー)の力の結晶だと言ったが、厳密には少し違う。これは、(ホロウ)が創り出した、滅却師(クインシー)に抗う力なんだ。

 手順は単純だ。

 一、弱い滅却の力を浴びせる。生き残った個体だけを残す。

 二、互いに喰らわせ、再び浴びせる。

 三、繰り返す。

 ──するとやがて、滅却師(クインシー)の力にほとんど完全に耐性を持つ個体が生まれる。その個体から抽出したものがこれだ」

 

 惣右介が指先で抗律の銀(ゲーゲンライム)そっとなぞる。その横顔は、これまでに彼が見せたどんな微笑よりも、見たものを戦慄させるものだった。

 

 「面白いね。支配に抗うため、彼らが進化の先に選んだのは、“より強い力支配”だったなんて」

 

 その語りは、途中からギンの耳に入っていなかった。

 崩玉。

 惣右介から語られたその言葉に、ギンの意識は釘付けになっていた。

 乱菊が犠牲になった元凶でもある、あの奇妙な物体ですら、この男の掌の上の出来事だったなんて。

 

 ──一体、なんなんや。

 

 これまで話を聞き入るように聞いていたが、途端に恐ろしく感じた。

 今更ながら、この男のことを何一つとして知らないことに気がつく。

 人目を忍んでこのようなものを作り、あの大貴族までもを利用して、この男は一体なにを成そうとしているのだろうか。

 

 「……そないなもん作りはって、どないするつもりなんです?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、惣右介の瞳が抗律の銀(ゲーゲンライム)からギンへと移る。静かに笑う姿から滲み出すその偽りの温かさと、無機質な冷たさに、ギンはそっと唾を飲み込んだ。

 

 「天に居座り続ける、意思なき管理者を引き摺り堕ろす──そうだと言ったら、君はどうする?」

 

 突如ギンへ、この深淵へと誘われたあの時と同じ重圧がのしかかる。鳶色の双眸が、レンズ越しにじっとこちらを観察していた。足先から、じわじわと恐怖が染み込んでいくような気がして、肩に力が入る。意識しないと、足が勝手に退いてしまいそうだった。

 

 自分を奮い立たせて、再び心の真ん中にあるものに意識を巡らせる。

 世界? 管理者? そんなものはどうだってよかった。大事なのは今も昔もたった一つだけだ。

 

 「乱菊の取られたもん取り返すためなら、何だって協力する、ボク言いました。そのことに変わりはあらへん」

「……そうか。だが一応これも、君にとって無関係な話ではないんだ」

 

 そう言って、惣右介は眼鏡の位置を正した。レンズが光を反射して、白く映る。

 

 「綱彌代時灘が崩玉の作成をしていなかったにせよ、私が凡百の死神たちと同じだったにせよ。彼女には悲劇が訪れただろう」

 「なしてそないに断定しはるんや。……それは、副隊長さんの想像なんとちゃいます?」

 「いいや、これは約束されたことなんだ。この世界の成り立ちと、彼女の持つ因子。因果によってこの憶測は必然となる」

 

 この世界で霊王の欠片を持って生まれた以上、こうなる定めだったのだと。その主張は、乱菊が受けた仕打ちを正当化するかのようにギンには聞こえた。

 

 「副隊長さんが言いたいのは、全部、この世界が悪いっちゅうことなん?」

 「それは違うよ。“悪い”などと咎めるつもりはない。ただ、この世界の根底にある過ちが、今の世の惨劇を生んでいるのは純然たる事実だ」

 

 誤魔化すようにも受け取れるその言葉に、ギンは腹の底から熱いものが湧き上がるのを感じた。その衝動のままに口を開く。一瞬不味いという考えがよぎったが、一度喋り出したら止まらなかった。

 

 「……ボクは、乱菊があないな目に()うたんは、副隊長さんのせいでもあると思うとりますけどね」

 「……そうだね。それは否定しないよ」

 

 惣右介の顔から微笑みがスッと消える。その変化に、緊張が走った。

 

 「“必要な犠牲だった”などと、言い逃れをするつもりはない。常に、行動には責任が伴うものだ。仮に私の行いが誤りなのだとしたら、相応の報いを受けることになるだろうね」

 

 感じる重圧以上に、紡がれる言葉には確かな重りがあった。

 

 「……だからもし、君がそうだと判断する時が来たのなら──いつでも私を殺しにくると良い」

 

 冷たい汗が背中を伝う。……いつの間にか、右手は刀の柄を掴んでいた。無意識の行動による動揺を隠すようにゆっくりと息を吐くと、努めて肩の力を抜いて、手を離す。

 その間も、試すような、期待するような眼差しから目が離せなかった。

 

 「……恐いわぁ。副隊長さんを殺せる人なんておらんやろ」

 

 口の中はカラカラに乾いていて、ようやく口から出たのは、掠れたような声。

 それが今言える精一杯だった。

 もはや今、自分がどんな顔をしているのかさえもわからなかった。

 

 「そうかな。少なくとも、君は必要とあれば牙を研ぐように思えるが」

 「……それは、買い被りすぎとちゃいます?」

 「ふふ。君の成長を楽しみにしているよ」

 

 そう言うと、惣右介は抗律の銀(ゲーゲンライム)をそっと手に取り、部屋の奥へと歩いていった。

 重圧からようやく解放されて、ほっと肩を撫で下ろす。気がつけば、全身が汗で濡れていた。ゆっくりと息を吐き出して、気持ちを落ち着かせる。そうして強張った体をほぐすように手を握ったり開いたりしていると、不意に声がかかった。

 

 「……市丸ギン、といったな。君は、本当に復讐のためならなんでもするというのか?」

 

 声の方を見ると、東仙の布の下に隠された双眸が、じっとこちらを見つめていた。

 

 「君の主張は理解できる。だが、復讐は時に正義を歪めることがある。……私はそれを望まない」

 

 この間平子にも同じようなことを言われたことを思い出す。そんなことはわかっていた。それでも、やらねば先に進めないこともある。

 

 「ご忠告おおきにな」

 

 ギンの中にあるちょっとした子供らしい反抗心が、返事を投げやりなものにした。

 

 「私は、君のためを思って……」

 「余計なお世話なんがわからんの?」

 

 東仙の差し出がましい一言にムッとしたギンは、思わず挑発するような言葉を口にする。

 そのまま、思ったことが口から溢れ出して止まらなかった。

 

 「聞いたで。あいつ、ご友人の旦那さんなんやってな。やからって贔屓しはるん?」

 「そんなことは……!」

 「ならもし、あいつがご友人のことを手にかけとったとして、同じことが言えるん?」

 「それは────、」

 「止すんだ。要、ギン」

 

 奥から戻ってきた惣右介の一声に、二人は口を閉ざす。

 

 「申し訳ございません。差し出がましいことを……」

 「……ボクも少し言い過ぎました」

 

 東仙は恭しく、ギンは渋々と言った様子でそれぞれ謝罪を口にした。

 

 「自分の意見があるのは良いことだけれど、ほどほどにね。私たちは共に歩む者同士なのだから」

 「はい……」

 

 そう言って二人へ柔らかく微笑むと、部屋の中央に置かれている画面の方へと歩み寄る。途中で何かを感じ取ったのか、不意に東仙へ振り返り、首を傾げた。

 

 「要。何か言いたいことがあるのかな」

 「……なぜ、彼を側に置くのでしょうか。言ってしまえば、彼の復讐に付き合う必要はないかと」

 「そうだね……隊長に彼の面倒を見るように言われたからかな。受け持つと決めたからには、きちんと役目を果たさないとね」

 

 尤も、その“役目”がどこまで広がるかは、私自身にもまだ測りかねるけれど。

 そう言って流した視線の先、画面の中では、ちょうど隊首会から出た平子が、浦原喜助と話をしていた。

 監視蟲の送る情報は、映像庁ほどでないにしろ、地上の様子を随時地下へと伝えている。

 

 「──おや、そろそろ()()だ。戻ろうか」

 「……そういや、式典やったんやっけ?」

 「そうだよ。今日は新しい隊長就任の日だ」

 

 出入り口に向かって歩き出す惣右介の後に、二人が続く。

 

 「計画は順調に進んでいる。──あとは舞台に立つ者たちの行く末を見守るとしようか」

 

 やがて地上に出ると、ギンは目を細め、柔らかいその陽射しを手で遮る。

 いつものように暖かく迎えてくれた太陽が、今日はやけに眩しく、少しだけ遠くに感じられた。

 

 






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