シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第十九景・当道者 異聞譚

「こたびの下手人である伊良子清玄。その所在はまだ掴めておりません」

 

 蝉が啼く掛川の夏。

 岩本屋敷の縁側にて、その圧朝から着物を半分脱いでいる牛股の後ろ、座敷から源之助が声を掛けた。

 牛股は何も答えない。

 

 同じく座敷にて正座する丸子と興津が口を開いた。

 

「3年前の仕置きの際、清玄に竹光を握らせたるは宗像進八郎。その宗像の首がくわえしは竹光」

「同じく仕置きの際、清玄に焼き鏝を押し当てたるは山崎九朗右衛門。その山崎の頬は焼けただれてござった。そして、その首は回収する前に消えてしまわれた」

「さらに涼の首の置かれたる場所は清玄が当流へ入門した日、我らが追い詰めた……」

 

 蝉の啼く声が、やかましかった。

 照りつける太陽の下で、源之助はあの日のことを思い出す。

 道場に来て己と剣を交え、指を折られつつも反撃した。しかし、内容は負けたままだ。

 さらに弟の裕次郎と戦い、天井まで逃げて、さらに追撃をされている。

 

「清玄は盲目(めしい)ぞ。虎眼先生の手によって、ほぼ目は潰されておる。完全では、ないだろうが」

「それでも宗像と山崎は暗闇の中での立会いっ!」

「涼之介の腕は未熟!」

 

 丸子と興津は必死に訴えていた。

 源之助は思う。考える。死体への冒涜の方法が、己がされたことをそのままなぞっている。このことからも、裕次郎の言う通り伊良子が下手人で間違いないだろう。

 だが、伊良子の仕業であるなら裕次郎がここまで策によって封じられるだろうか? と。

 確かに裕次郎は少し抜けている所はあるが、あれでいて頭の回転は悪くない。

 どこぞで油断でもしてなければああはならないだろうが、あの裕次郎が油断するのだろうか? と。

 

 いや、油断したのではない。

 何かしら確信を持って動き、しかしその読みが外れたために嵌められた、と見るべきか。

 

 源之助は至って冷静である。

 裕次郎がどのような形で策に絡め取られ、動きを封じられるかを分析する。

 次に裕次郎がどのように動くかを読む。

 

 無理。

 

 あれは兄である源之助でも抑えられぬきかん坊だ。思ったら一直線どころか予想外の方向へ進んで目的地に辿り着く。

 あんな弟の動きを読むなど不可能だ。

 

 兄弟子の牛股が盲目についての話をしていたが、源之助は話半分に裕次郎がどうしているのか考えるのだった。

 

 

 

 

 

 虎眼流剣士たちはいずれも一太刀にて葬られている。

 

(下手人は伊良子ゆかりの者か)

 

 夏の暑い日、掛川の長屋に向けて歩むのは、その虎眼流剣士の虎子である丸子と興津の二人。

 二人の足は迷いなく、目的地に向けられていた。

 

(いずれにせよ……伊良子はいる。この掛川のどこかに!)

 

 二人の額から流れる汗は、単純に入道雲が浮かぶ夏の暑い日であるだけではない。

 何処から襲い掛かってくるかわからぬ、伊良子ゆかりの襲撃者への警戒による精神的疲労もあったのだろう。

 

 二人が長屋のとある家の前に立つと、丸子が中へと声を掛けた。

 

「蔦の市。おるか」

「どなたさまで?」

 

 長屋の表札には、蔦ノ市と書かれていた。

 

「虎眼流の者じゃ」

「へい、ただいま」

 

 丸子がずず、と入り口の戸を開けると、そこには坊主頭で白い着流しを着た小男がいた。

 目はうつろで半開き、正座であるが少し前のめりになっていた。この男は盲人であり、目が見えない。

 しかし自分が暮らし慣れた家と土地の中であるならば、触った手の感触や耳で聞く音から目が見えるものと遜色なく生活はできる。そんな小男……座頭、蔦の市の生業は按摩と灸である。

 

「これはこれは……岩本さまのお呼びでございましょうか」

 

 蔦の市は内心で嘲笑いながら、二人に聞いた。

 

「ちがう」

 

 そういうと丸子と興津は二人して勝手に蔦の市の家に上がり込んだ。

 

「あ……」

 

 止める間もなく二人はさっさと家に上がり込み、勝手に急須より茶を注ぐ。丸子は茶を飲んでいた。

 

「あの……ご用のおもむきは?」

「新顔の座頭の話はきかぬか?」

 

 興津は窓の外を観察しつつ、蔦の市へ視線を向けないままに聞いた。

 

「新顔? ……と、申されましても。私どもはごらんの通り目が見えませぬゆえ」

 

 いら、と丸子の気分が逆立つ。

 

「おぬしらには横のつながりがあろう」

「当道座のことにございまするか」

 

 当道座とは、ほぼ全ての盲人が加入する盲人の自治組織であり、座頭という呼び名は当道座の階位のひとつである。

 

「知らぬか? 新顔の当道者」

 

 丸子が重ねて聞く事に対し、ふ、と蔦の市は笑った。

 

「当道者について知りたければ検校(けんぎょう)さまにたずられては。検校さまなら、なんだってご存じにございまするよ」

 

 突如出てきた者の名に、興津と丸子の顔が引きつった。夏の暑さのせいではない汗が、二人の額を伝った。

 

((け……検校……))

 

 検校とは、四官十六階七十三(きざみ)からなる当道座の階級の最高位であり、旗本並みの家蔵(かぞう)を構え、家臣十三人緩々と暮らし、貸金の利を楽しむ身分の者である。

 武下師範の内弟子の身分では、検校に謁見することなど到底不可能である。

 

 つまり、蔦の市はこう言いたいのだ。

 

『お前ら如きに教えることはない。教えて欲しけりゃ検校さまにお会いして来い。無理だろうがな』

 

 たった一つの名前を使い、丸子と興津の身分と剣の腕、この二つ唾を吐きかけ愚弄した。

 

「蔦の市。お前はそれをわかっていながら」

 

 舐められてはならぬ。

 

 湧き上がる怒りそのままに、丸子は手刀を畳に押し当てた。指先が、畳にめり込む。

 

 ずぶぅ。

 

「へぇ」

 

 ずぶぶぶぶ……。

 

 異様な音が蔦の市を襲った。

 さらに興津が飛び上がり、家の天井の僅かな縁に、人差し指と中指の二本だけでぶら下がる。

 当然、鍛え込んだ成人男性の重量を縁だけで持ちこたえられるわけがない。

 

 ギィイイイイイイイイイギイイイイイイイ。

 

 縁が、重さに耐えきれずに異音を鳴らす。

 興津三十郎がぶら下がった天井は、やはり蔦の市の耳に悲鳴を上げて迫った。

 

 ずぶぶぶぶうぶ。

 ボズッ。

 ギイイイィィィイィイイイイ。

 

「手刀を畳に沈み込ませる音と、指だけで天井にぶら下がる音でございますか」

 

 しかし、蔦の市の顔に変化はない。それどころか、へっ、と鼻を鳴らしてバカにしていた。

 

「は、その程度の異音でこの蔦の市が怯えるとお思いですか?」

「なんだとぉ?」

 

 丸子が手刀を畳から抜き、蔦の市に迫った。しかし、蔦の市の見えないはずの目がカッと見開かれた。

 

「その程度、裕次郎様が出した異音に比べれば……へ、なんともわかりやすく大人しい音でございますなぁ? おっと、お帰りはあちらですよ」

 

 すす、と蔦の市は外の方を示しながら、壁際に寄って道を譲る。

 さも『もうやれることはないでしょ? ならさっさと帰れ』と言わんばかりの態度だ。

 あまりに堂々とした姿に切ることすら忘れた丸子の横で、興津が床に降り立った。

 

「待て。ここに裕次郎が来たのか?」

「ええ、ええ、そりゃお二方が来るよりも三日前に」

「三日前だと!?」

 

 興津は驚きのあまり声を荒げた。

 つまり、裕次郎は同心たちの目をかいくぐり掛川に潜伏しながら、さらにいち早く情報を手に入れるために蔦の市に接触していたというのだ。

 あまりにも行動が早い。

 裕次郎らしいと言えば裕次郎らしいが。

 

「ええ。あのときのグッパオンに比べればずぶぶぶぶ……とギィイイイイイイイイイギイイイイイイイなど……は、大したことございませぬな」

「ちょっと待て。ぐっぱおんとはなんぞや」

「私が聞きたいですよ!!!!!」

 

 突如として怒り出す蔦の市。

 

「わかりますか!? この世のものとも思えぬ音に晒され、さらに裕次郎様は掛川でも有数の剣の使い手! 理解できぬ音を出すのは理解できぬような強さを持つ男! 私はいったい何をされるのか、どうなってしまうのかわからぬ恐怖! メメタァという音と共に裕次郎様の圧は高まり、いつの間にか箪笥は粉のように砕かれる! 触ってみなさい、そこを! 私の箪笥が文字通りの粉みじんになったあとがございましょう!」

「そんなバカな……本当に粉が残っている!!」

「ふん、そうでしょう。それに比べてお二人は……大したことがない! さっさと出て行きなさい、裕次郎様を探せば良い、大したことのない音程度、そんな脅しには屈しませんよ私はぁ!」

 

 興津による手加減された虎拳のゲンコツが蔦の市を襲う。

 

 

 

 

 その後、丸子は縦一文字の重傷を負いながら銭湯から飛び出し、治療を受けるものの……治療の甲斐無く血を失い過ぎたことで死亡した。

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