シルヴァ家の忌み子は王になりたい   作:G.S.C

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前回のあらすじ:初見殺し特化魔法を作った結果、死ぬほど地味な絵面になった



空っぽの魔法

 

 教会の入り口前の広場にて、ジゼルは倒れ伏した白いローブの男の後頭部をげしげしと踏みつけながら詰問していた。

 

「それじゃあ、まずはお名前と所属と目的でも聞いておきましょうかね」

「ぐっ……!」

「ああ、言いたくなければそれでも結構。脳ミソ弄って(無理矢理)聞き出すだけですので」

「やれやれ、ヤベーやつに捕まっちゃったもんだよ。マジでメンドくせー……あんなクソコンボ初見でどうすりゃ良かったってんだよ」

 

 男は苦虫を噛み潰したような顔で嘆息する。

 強大な魔力と希少な魔法を生まれ持った彼にとって、こうして土の味を噛み締めるのはそれこそ数百年ぶりであった。

 

「そらさっさと吐け。そんで死ね。はいさーん、にー……」

「あーあー、わかったわかった! 喋る、喋るよ! そりゃもうペラペラと喋り散らかしますとも。だから最後に一個だけ言いたいこと言わしてくれ」

「遺言ですか? 良いでしょう、これから廃人確定コースですからね。死に行く哀れな賊の望みすら受け入れてやるのが寛大なる王というもの。せいぜい一言一句噛み締めて末期の言葉を紡ぎなさいな」

「おっ、マジ? 王族のくせに太っ腹じゃーん。そいじゃ、お言葉に甘えて」

 

 男は軽薄にヘラヘラと笑っていた。

 全身の神経系を掌握されているにも関わらず、まるで世間話にでも興じるように。

 光を呑むような黒々とした瞳は、そうしてずっと窺っていたのだ。

 

 

「……その傲慢が身を滅ぼすぞ、ニンゲン」

 

 

 ジゼルが最も油断する一瞬を。

 

「模倣透過魔法〝不可視の探索者〟」

 

 ジゼルとて、会話に夢中なばかりに致命的な隙を晒したわけではない。

 男の魔法の発動速度はすでに見切っていた。

 そして、その程度の速度であれば己が〝繋(パルス)〟を用いて神経を引き裂く方が速いという見立ても間違いではなかった。

 

 彼女が見落としたのは、開(・)い(・)た(・)状(・)態(・)の(・)ま(・)ま(・)落(・)ち(・)て(・)い(・)た(・)男の魔導書(グリモワール)の方である。

 

 先刻、男は魔法を発動し損ねたわけではない。

 目眩(めまい)によってぐらつく意識の中であっても鍛え抜かれた魔力操作によって反射的に肉体が魔法を発動状態まで持っていっていた。

 そして彼は発動する瞬間の、その一歩手前で魔法の発動を停止させ、ジゼルが勝ったと思い込んで最大限に油断したタイミングで遅延発動するように魔法式を肉体に仕込んでいたのだ。

 

 そうして男の読み通り、一手の差で彼は窮地を切り抜けた。

 

 発動した魔法は模(・)倣(・)透(・)過(・)魔(・)法(・)。

 現『紫苑の鯱』団長ゲルドル・ポイゾットが扱う透過魔法と同一の効果であり、〝不可視の探索者〟は自身を透明化させることで身を隠すことができる。

 

「鉄(くろがね)魔法〝繋(パルス)〟!!」

 

 しかしジゼルの反応速度も伊達ではない。

 不意を突かれたとはいえ、男は姿を消して踏みつけていた足を払いのけただけ。

 神経を操作し、魔法を中断させれば何の問題もない。

 そう判断して〝繋(パルス)〟で鉄線を操作した。

 

 そして、操られたワイヤーはあろうことか空を切った。

 

「は……?」

 

 今度こそ、ジゼルは困惑を露わにする。

 神経と癒着しているはずの鉄線が空振りするはずがないからだ。

 

「なぜ……いや、そうか透過魔法!」

「ご明察。透過魔法は姿が消えるだけじゃない。使用中はありとあらゆる魔法を透過する……! たとえ体内に巣食って除去不可能な魔法であってもね」

 

 体勢を立て直した男がジゼルの眼前に迫る。

 振りかぶった左腕に肉食獣の爪のような形の魔力を纏った上で。

 

「模倣獣魔法〝ベアクロウ〟——さっき散々踏みしだいてくれたお礼だよ」

 

 ぐしゃり、と猛獣の剛腕がジゼルの横っ面に突き刺さる。

 背後に庇っていた村民の頭上を飛び越え、教会最奥の壁まで吹き飛ばされた。

 

「それじゃあ、さっきの質問に答えてやるよ。冥土の土産に持ってきな」

 

 老朽化していた壁面は大きく罅(ひび)割れ、衝撃で舞い上がった破片がステンドグラスを叩き割り、もうもうと立ち込める砂埃が蹲(うずくま)って震えていた村人の頰を撫でる。

 

「ウチの名はライア……『不実』のライア。

 クローバー王国を滅ぼす『白夜の魔眼』の最高戦力——『三魔眼(サードアイ)』の一人だよ。

 まぁ、もう聞こえちゃいないだろうけどね」

 

 ライアと名乗った男は温度の無い眼で土煙を眺めて言った。

 〝ベアクロウ〟は腕力を強化する身体強化魔法の一種であり、その上昇倍率は魔法騎士団長のものと比しても遥かに凌駕している。

 その一撃が顔面に直撃したのだ。

 頭部が弾け飛んでいても不思議ではない。

 

 しかし、男の予想はまたしても裏切られる。

 

 視界を遮る砂塵を振り払い、加速を最大限に乗せた飛び蹴りが雷(いかづち)ように襲いかかった。

 ライアは舌打ちをしつつも左腕の〝ベアクロウ〟で防御する。

 

「『不実』だの『白夜の魔眼』だの『三魔眼(サードアイ)』だの……寡聞にして存じ上げませんねぇ!! ビラでも配って宣伝した方がいいんじゃあないですか!?」

「ったく……しぶといヤツだね、オマエも。そこは大人しく死んどけよ!」

 

 その蹴りには強化した左腕の上からでも殺しきれない威力があった。

 ライアは軽口を叩きながら、それがインパクトの瞬間だけ接触面を鉄で覆い、かつピンポイントの魔力放出によってもたらされたゆえの威力であると極めて冷静に推察する。

 分析をしつつ、彼は〝ベアクロウ〟で上昇した腕力によって強引にジゼルを振り払い、己の得意とする中・遠距離の間合いまで飛び退いた。

 

「逃しませんよ……今度こそ八つ裂きにしてブッ殺してやる! 私の尊顔に無礼を働いた罰を受けよ!!」

 

 ジゼルは後退するライアを正確に〝裁(ラーミナ)〟の照準を合わせる。

 先ほどの焼き直しのような展開だが、彼女はこの攻撃は〝不可視の探索者〟によって空振りに終わると踏んでいた。

 対処されると理解してなお〝裁(ラーミナ)〟という選択肢を取ったことには理由がある。

 

 それはライアの操る模倣魔法では、同(・)時(・)に(・)2(・)種(・)類(・)以(・)上(・)の(・)魔(・)法(・)を(・)扱(・)う(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)な(・)い(・)と看破したからだ。

 

 もし魔法の同時発動が可能であったならば、先刻の〝ベアクロウ〟での攻撃は〝不可視の探索者〟と併用して行うのが道理である。

 それをせず、〝ベアクロウ〟の発動時に起動中だった〝不可視の探索者〟を解除したのが良い証拠だ。

 

 つまり、ライアは攻撃に移行する際に必ず透過魔法を解除してから攻撃魔法を発動させる。

 そしてその瞬間は無防備だ。

 ジゼルはわざと〝裁(ラーミナ)〟を放ってライアに〝不可視の探索者〟を発動させるように誘導し、彼が攻撃に移った間隙を突いて斬り刻む算段であった。

 

「模(・)倣(・)炎(・)魔(・)法(・)〝不死鳥(フェニックス)の羽衣〟」

 

 しかしライアもまた、ジゼルが自分の魔法の弱点を看破してくることを看破していた。

 

 ゆえに使用するのは透過魔法ではなく、ジゼルの鉄魔法に対する有利属性の炎魔法。

 ライアの全身は瞬く間に不死鳥を模した極熱の炎で覆われ、〝裁(ラーミナ)〟の鉄線を着弾前に尽く燼滅させた。

 

「そうそう同じ手は食わないよ」

「ちっ……予想が外れましたか。しかしその魔法を使ったところで私のやることは変わらな——」

「おっと、その見込みはあま〜いな」

 

 彼が〝不可視の探索者〟ではなく〝不死鳥(フェニックス)の羽衣〟を選択した理由。

 それは、一度発動させてしまえば一(・)定(・)時(・)間(・)効(・)果(・)を(・)発(・)揮(・)し(・)続(・)け(・)る(・)点にある。

 つまり〝不死鳥(フェニックス)の羽衣〟は発動中であってももう一種の魔法を使えるのだ。

 

「オマエの鉄魔法は確かに厄介だ。奇襲はもちろん、迎撃においても攻防一体で隙がないところが特にね。

 ——だが、その魔法には致命的な弱点がある。今からそれを教えてやるよ」

 

 そう言ってライアは魔導書(グリモワール)のとある魔法を発動させる。

 ジゼルの〝裁(ラーミナ)〟では、仕様上の問題で防ぐことのできない魔法を。

 

「模倣光魔法〝断罪の光剣〟」

 

 それは刹那の閃光であった。

 ライアの周囲に魔力で構成された光の刃が展開され、瞬き一つする間もなくジゼルの肩に輝く剣が突き刺さる。

 

「っ……!?」

「へぇ腕ごと吹き飛ばしたつもりだったのに、思ったより傷が浅いね〜。

 瞬間的に魔力を集中させて防御したのかな? だとしたらさっきウチの獣魔法(ベアクロウ)を防いだのも納得だ」

 

 ライアはパチパチとわざとらしく拍手をしながら表面上ジゼルを称賛するが、その目には嘲りを浮かべていた。

 ジゼルが幼少の頃、嫌と言うほど晒された……低魔力の者を嘲笑う目だ。

 

「オマエの魔法は範囲内の魔法を感知し、それを相殺できるだけの魔力を自然の魔(マナ)から抽出して斬撃を生成している。

 それゆえの常軌を逸した費用対効果(コストパフォーマンス)が〝裁(ラーミナ)〟のウリでもあるんだろうけど、そのせいで相殺に必要な魔力を溜めるためにほんの一瞬だけタイムラグ(隙)がある。

 つまり——斬撃が形成される前に本体に到達する速度を持つ魔法に、オマエは無力だ」

「よく、見ていますね……」

 

 ライアの背後に無数の光剣が浮かび上がる。

 その数……五十振りを超えて尚も増加!

 

「串刺しだ。業深き王族共(オマエ達)には、裁きの光がお似合いだよ」

 

 飛翔する軌跡すら視認できない光速の刃。

 回避する時間も隙間もない。

 無数の光剣は為す術もなく立ち尽くすジゼルに殺到し——

 

 次(・)の(・)瞬(・)間(・)、(・)ラ(・)イ(・)ア(・)の(・)目(・)前(・)に(・)光(・)の(・)刃(・)が(・)跳(・)ね(・)返(・)っ(・)た(・)。

 

「うおっ、あっぶね!」

「何が『あっぶね!』ですか。しっかり透過魔法で躱しやがって。

 せっかく私が迫真の『窮地に陥った』風演技をしてあげたのに」

 

 〝断罪の光剣〟に貫かれたはずのジゼルは全くの無傷で不機嫌そうに吐き捨てた。

 その身体の全てを光沢を放つ鉄で覆い尽くした姿で。

 

「なるほど。避けられない速さの魔法であるならば防御してしまえば良いってことね」

 

 金属には大きく5つ性質がある。

 展性、延性、熱伝導性、電気伝導性、そして金(・)属(・)光(・)沢(・)。

 その名の通り、滑らかな表面を持つ金属は——光を反射する。

 

 たとえライアの光魔法がジゼルの魔法の反応よりも速くとも、そもそもダメージにならないのであれば身構える必要すら存在しない。

 

「さて、これで振り出しに戻ったわけですが……次はどうするんです?

 まだまだ大道芸は有り余っているのでしょう?

 全てを出し尽くした上で無情の敗北を与えてあげます」

「やれやれ、軽い気持ちでおつかいに来たつもりだったってのに、とんでもねーヤツに出会(でくわ)しちまったみてーだな。

 こりゃ一対一(タイマン)で殺し合うのはあまりにもメンドくせー……」

 

 ライアは俯(うつむ)いてぼりぼりと片手で後頭部を掻きむしりながら、心底うんざりとした雰囲気で溜め息を吐く。

 その瞳に、歪んだ悪意を滲ませて。

 

「だから、ちょいと趣向を変えさせてもらうとするよ……魔法騎士」

 

 ライアは再び多数の〝断罪の光剣〟を形成し、浮遊する光刃を先刻と同様に解き放つ。

 先ほどと違うのは、その矛先の示す照準。

 ライアの光魔法は教(・)会(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)に向かって放射状に放たれた。

 

 ろくに補修されてもいない恵外界の教会が高威力の魔法の乱打に耐えようはずもない。

 

「うわぁああああ! 教会が……崩れる!!」

「助けてー!」

 

 ガラガラと崩壊する外壁に天井。

 罅(ひび)割れ飛び散る燭台(しょくだい)に金属片。

 飛散し落下する瓦礫の衝撃と塵芥(ちりあくた)。

 

 ライアはジゼル本人を攻撃することを面倒に感じ、村人ごと生き埋めにしようとしたのである。

 無論、ライアとてこの程度の目眩(めくらま)しでジゼルの命を獲れるとは思っていない。

 クローバー王国の王族であれば、下民の命などそれこそ掃いて捨てるような塵屑(ゴミクズ)にすら劣る。

 ジゼルも同様に傲岸不遜なクローバー王族そのもの。

 間違っても下民を庇って大きな隙を晒すような真似はしないとライアは踏んでいる。

 仕切り直しができれば恩の字程度の認識であった。

 

 しかし。

 

「鉄魔法〝裁(ラーミナ)〟!」

 

 ジゼルは殺到する瓦礫を斬撃で粉微塵にし、生じる風圧で粉塵を吹き飛ばす。

 教会一棟分の木と石と金属の奔流を原型すら残さず刻み尽くした。

 死を覚悟していた村人を擦り傷の一つも付けることなく守り抜いたのだ。

 

「へぇ〜、こりゃあ驚いた。まさか王族が下民を庇うとは。

 クローバー王族の血筋にもまだ高潔さを持つ魔法騎士が居たとは意外だったよ。

 ただ、その代償は大きかったようだけどね」

 

 魔法騎士として国民を守る。

 騎士としてあるべき姿を見せたジゼルにライアは存外と感心の念を露(あら)わにするが、その程度で手を止めるような男ではない。

 戦闘中に隙を見せたのであれば、猛禽(もうきん)のようにその傷に爪を突き立てるのみ。

 ジゼルが村民を助けるために動いた瞬間、ライアもまた追撃を行っていた。

 

 模倣鎖創生魔法〝魔縛鉄鎖陣〟

 

 ライアは触れたものの魔力を封じる鎖を瓦礫の崩落に紛れさせてジゼルの両足に巻きつけたのだ。

 どれほど強力な魔導士であってもこの鎖に触れてしまえば赤子を縊(くび)る程度の手間で蹂躙できる。

 魔法を封じられたジゼルに対し、〝断罪の光剣〟で頭部を狙って確実に止めの一撃を放つライア。

 

「舐めるなッ!」

 

 ジゼルは脆くなった床の木板を思い切り踏み抜き、即席で尖った杭を作成。

 その杭を自分の足に突き刺し、肉を抉り、鎖から逃れることで窮地を脱した。

 迫り来る光剣には急所(頭と心臓)を即座に鉄で覆うことで対処する。

 

「あらら……捕まえたと思ったらノータイムで足抉って脱出とか覚悟決まりすぎでしょ。絶対殺したと思ったんだけどな〜。

 でも、とりあえず機動力(足)は潰したことだし形成はこっちが有利になったかな」

「ふん、ほざきなさい下郎が。所詮は四肢の一本二本が欠けた程度、キサマごとき膾(なます)にするのにどれ程の造作があるものですか」

「クク……両足ぐしゃぐしゃになってるのに顔色一つ変えずにその態度とはね。

 威勢が良いのは結構だけどさ、そんなに余裕ぶっちゃっててもいいのかな?

 ——背中に隠してる人間共(そいつら)がハチの巣になっても知らないよ〜?」

 

 ニタリと鎌首をもたげる蛇のような笑みを浮かべ、ライアは数十に渡る〝断罪の光剣〟を展開する。

 その切先が示す照準はジゼルのみならず。

 輝く剣は四方八方を取り囲み、彼女が背後に匿う村人達に鋭い刃を向けていた。

 

「ちィッ、面倒な……!」

 

 自分は鉄で表面を覆えば光魔法は何とでもなる。

 しかしジゼルが守る村人達はその限りではない。

 その光刃に貫かれれば容易く命を落とすだろう。

 

 故にジゼルもまた〝裁(ラーミナ)〟で迎撃するより他にない。

 しかし通常の斬撃では相殺が間に合わない。

 

 ジゼルはこれを〝裁(ラーミナ)〟の射程を村人を守れるギリギリの範囲、半径10メートル程度にまで圧縮。

 更には自然の魔(マナ)からではなく自分の内にある魔力によって刃を生み出すことで強引に光速の刃を撃ち落としてみせた。

 

「うへぇ〜、やる気なら普通に防げんのかよ! ほんッとうにメンドくせーよ、オマエ」

「鉄の強さは柔軟さです……! いかなる魔法であろうとも対応してみせましょう!」

「あーそうかよ。それでもウチが有利なことには変わりねー。

 さっき〝魔縛鉄鎖陣〟(鎖魔法)で触れて測ったオマエの魔力量はそこの下民共にすら遥かに劣る。

 自然の魔(マナ)じゃなく自前の魔力を使い始めた時点でバテるのは時間の問題さ。

 ウチはそれまでこーやってチマチマ囲んで鴨撃ちしてるだけで済む。とっくに詰んでんだよ、オマエは」

 

 ライアの言う通りであった。

 背後に民間人を庇ったこの状況において、長期戦はジゼルにとって分が悪い。

 絶えず差し向けられる光刃をいくら叩き落とそうが、彼我の魔力差は広がるばかりの防戦一方。

 そして次第にその防戦にすら綻びが生じ始める。

 

「うわぁああん」

「な、なんだあっ!? 何が起きてるんだあっ」

 

 村人達の叫び声。

 彼らの視点では光に照らされた瞬間、自身の足元に無数の斬痕が刻まれるという悪夢が繰り広げられている。

 間断なく飛来する光剣のいくつかがついに〝裁(ラーミナ)〟の斬撃の壁を突破し始めたのだ。

 

 さしてついに、一条の死の光線が蹲る少年の頭蓋を砕かんと迫り来る。

 

「させません!」

 

 間に合わない、と悟ったジゼルは刃が少年に到達するより先に右腕を滑り込ませて肉壁とする。

 しかし咄嗟であったため鉄で防御する暇もなく、断罪の剣が深々と前腕を刺し貫いた。

 

「やれやれ、王族のくせに魔(マナ)に愛されていない下民を守るのに随分と必死じゃないか。

 そんなゴミ共を守って一体何になるんだか。

 あれかな? 滓(カス)みたいな魔力しか持ち合わせない獣(けだもの)同士、傷の舐め合いといったところかな?

 そいつらを見捨てりゃあ生きて帰るぐらいはできる実力もあるだろうに」

「……」

 

 嘲るように、くつくつと嗤うライア。

 彼は一体何のために、魔力も乏しく生きる価値などないと蔑まれる下民を必死に守ろうとするのかと問う。

 

 その言葉に最も大きな不安を抱くのはジゼルが背後に庇う下民達当人である。

 魔力の貧弱な薄汚い獣などと中央の貴族達は彼らを見下す。

 自分達に助けられる価値など微塵もないということはこれまでの人生で嫌というほど思い知らされてきた。

 ましてや王族であるならば、救うどころか目に留める価値すらもないであろうに。

 

 未だ光剣は雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。

 それらをただひたすらに撃ち落とし続ける小柄な少女騎士。

 戦いなど知らぬ下民の出であろうとも、劣勢であろうことは伺い知れる。

 

 生殺与奪を握られている不安。

 もし、ジゼルが自分達を見捨てて逃げたなら。

 そんな恐怖が彼らの中で蔓延する。

 

「助けてよ、魔法騎士のお姉ちゃん……!」

 

 ジゼルが右腕を盾にして庇った少年が徐(おもむ)ろに彼女のローブの裾を弱々しく掴んで懇願する。

 どうか助けて。

 お願いだから見捨てないで、と。

 

 ジゼルはそう言って震える少年に振り返り、そっとその頭に手を置いて——

 

「なんだとこのクソガキぃ……まさかこの私が逃げるとでも思っているんですかぁぁあ!!?」

「いやそうは言ってな……あだだだだだだだだだっ!?」

 

 アイアンクローをキメた。

 

 未だライアは攻撃の手を緩めていないが、とにかく10才にも満たないであろう少年にアイアンクローをキメた。

 

「この私が! 王族ジゼル・シルヴァが! 直々にブッ殺すと宣言した敵を前に尻尾を巻いて逃げるなど!

 甚だ侮辱の極みですよ、まったく! 戦う力もないガキんちょは大人しく私の後ろで黄色い声援でも送っていなさい!」

「うわっ!?」

 

 そう吐き捨ててジゼルは少年を解放し、改めてライアと向かい合う。

 

「さて。質問はなぜ下民を守るのか、でしたね?

 その答えは実に単純……私が王族であるからです」

 

 光刃舞い散る嵐の中、両足を削がれ、右腕を射抜かれてなお、その瞳に宿る覇気には一切の翳(かげ)りなく。

 

「王族とはこの国で並ぶものなき強き者。

 されど、いくら強かろうと。例えば無人の国にただ一人佇(たたず)んでいたとして。

 一体誰が、それを王だと認めるでしょうか」

 

 その威風堂々たる背中に、先ほどまでは軽い恐慌状態(パニック)に陥っていた村人でさえ釘付けになっている。

 

「民なくして王は名乗れず!

 魔力があろうとなかろうと、たとえ下賎な身分の下民だろうと!

 この国に生きる民であれば、その命には王が王たるために身命を賭して守る価値がある!

 彼らには生きて私を崇め、敬い、褒め称える何より大切な義務がある!

 私は私のためだけに、自分勝手にこの国の民を守り抜く!

 彼らは私の大切な財産だ! 薄汚い盗人ごときにくれてやる命など一つたりともありはしない!

 それだけの単純な道理です!」

 

 その言葉は力強く、彼ら村人達の心を震わせた。

 いつしか恐慌の騒乱は治り、叫声に代わって歓声が吹き抜けた教会から覗く青空に木霊(こだま)する。

 

「がんばれー! 魔法騎士さまー!!」

「あんな奴やっつけちゃえー!!」

 

 ——未だ小さき背中なれど、それは紛れもなく王の威風(カリスマ)。

 

 守るべき民の声援を背に、ジゼルは不敵に笑いかける。

 

「この通り、私には私を信じる民がいる。

 空っぽのアナタには生涯理解できない価値かもしれませんが、ね」

「空っぽ、ねぇ……。言ってくれるじゃねーの」

 

〝ふぁ〜あ、模倣魔法ねぇ〜……まぁ自分自身が空っぽなウチにはおあつらえ向きってか。ははは!〟

〝ライアは誰よりも優しいヤツだよ〟

〝へぇ? 何言ってんのリヒトくん〟

〝ライアは人のことをよく見て、人のことが好きだから、そういう魔法になったんだろうね〟

 

〝人を真摯に見つめなければ使うことの出来ない、優しい魔法だ〟

 

 ライアにも、かつては信じ合える友がいた。

 彼との穏やかな時間は、何にも代え難い価値があった。

 

「それを奪ったのは人間共(オマエら)だ……!

 お遊びはこれで終わりにしよう……大切なんだろ? そのゴミ共が。

 ならせいぜい守って見せろよ、コイツからな!!」

 

 新たにライアの魔導書(グリモワール)が捲られ、強大な魔力が渦を巻く。

 

 現れたるは一匹の肩に乗るほどの大きさのトカゲのような魔力生命体——を、模倣した魔法。

 

「模倣炎精霊魔法〝サラマンダーの吐息〟……!!

 オマエの魔力じゃどう足掻いてもこの魔法を相殺するだけの威力と範囲の斬撃は出せねーよ」

 

 火を司る四大精霊〝サラマンダー〟

 極まれば一国を一夜で焦土と化せるほどの圧倒的な殲滅力を誇る伝説の精霊。

 ライアはあろうことかそれを精霊本体ごと模倣して己の魔法に取り込んでいた。

 無論オリジナルほどではないが、それでも村一つ分を丸ごと焼き払えるほどの火力はある。

 

「芥(あくた)になるまで燃え尽きろ。オマエらが生きていたという痕跡さえ、この地上から消えるまで」

 

 空気すら蒸発する獄炎の大波がジゼル達の視界全てを埋め尽くす。

 殺意と怨嗟が炎の壁となって牙を剥く。

 

 〝裁(ラーミナ)〟は間に合わない。

 仮に間に合ったところで、この炎を打ち払うだけの威力は出せない。

 

 そして現状、これを背後の村人含めて無傷で切り抜けるような魔法をジゼルは習得していない。

 

 絶体絶命。

 死の間際。

 

 その窮地にあってなお、次代の王(ジゼル)は微笑みを絶やさなかった。

 ——獣の如き、その笑みを。

 





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