132 戦略級魔法師だけど質問ある?(上)
2096年 4月。
新年度の始まりに伴って、日本では大規模な改革が実行された。
「改革」と言っても実際には、戦勝に伴い形の変わった国の在り方に合わせるものだ。
新たに増えた領土を監督・統治するための海外領土庁、脱退した国際魔法協会に代わる存在として設置された国際魔法師連盟、そして、魔法師行政のために設置された「魔法庁」。
これらが本格稼働を開始したことで、魔法師たちは名目上、完全に国の統制下の存在となった。
――省の下部組織でない官公庁が(新法の制定によって)新しく出来たことで、新しく大臣が任命される。
閣僚の人数が2人も(海外領土庁と魔法庁)増えるということで政府ではてんやわんやだったようだが、紆余曲折を経て初代魔法大臣には八代佑蔵氏が就任することが決まった。十師族・八代家当主である雷蔵の叔父にあたる人物で、前職は魔法大学学長である。
佑蔵氏は国会議員でないのは勿論、(十師族の水準に比して低レベルだが)魔法師だ。
これはつまり、「十師族は表立って政府の高官職につかない」という不文律が破られた形だ。恐らくは世界史上初めてとなる魔法師の大臣の誕生を皮切りに、各分野で魔法師が権力の場に進出し始めている。
最も露骨だったのは軍だろう。元々魔法師には軍人・軍属が非常に多かったが、九島烈が少将で退役したことを根拠に「魔法技能保持者は少将より上に行かない」という不文律があった。
プロ野球におけるシーズン55本塁打と似たような扱いを受けてきたこの慣例が、海軍で真砂大輔が中将に昇進したことで破られたのだ。
元々この慣例は、九島烈に遠慮して中将への昇進を断った軍人魔法師が何人か続いたことによって自然発生したものだ。誰が口に出すでもなく昇進の話自体が持ち上がらないようになっていたが、それが解消された形になる。
これを受け、さっそく陸軍でも三矢家傍流の人間が中将に昇進、新設される海外駐屯軍の師団長に任じられた。一色家、十山家など高級将校を擁する家は早くも出世競争を再開していて、内地より出世が早いと公表されている海外へ我先にと志願している。
新たに増えた領土のうち、陝西学研都市だけは年度が変わった今も軍政下にある。3か国に分割統治されている旧大亜連合領をけん制し、素早く展開できる能力を保っておくため、ここには国内も含めて最大規模となる国防軍の基地が置かれることになった。
そこに詰める兵力を確保するため「戦争が終わってから軍拡を始める」という前代未聞の事態が起こっており、最終的には陸軍の兵員規模をほぼ2倍に増強する見通しだ。その分、古株の士官としてはポストが増えて出世ラッシュになっていたが、財政的には火の車状態が続いている。
また、同盟国となったインド・ペルシア連邦や東南アジア同盟諸国との合同訓練や演習などが多く編制され、有事の際の連携が積極的に話し合われている。
特に有事の際の魔法師運用については日本側に一日の長があるため、それを売りに各国から様々な支援や特権を取り付け立ち回っている。
4月上旬のこの日、特選隊がシンガポールのとあるビルを訪れていたのも、表向きにはその一環ということになっていた。
『日本人!? 嘘でしょう!?』
このビルの1階周辺は飲食店で、上層階はマンションになっている。繁華街にはよくある性質の建物だ。
その飲食店に武装集団が押し入っている。喧噪と呼べるほどの騒ぎも起きず、上階の人間で事態に気が付いたのは、たまたま自宅で配信業をやっていた女性1人だけだった。
「あーうん、ちょっと外騒がしいみたい」
騒ぎを聞きつけての第一声こそ中華訛りの英語であったが、次の瞬間にはこれまた流暢な日本語、それも「アニメ声」の甘ったるいものに切り替え手元のデバイスに話しかける。
この女性、いわゆるバーチャルNtuberであり、その手の分野では相変わらず先進国である日本をメインターゲットとして動画配信をしている有名なネットアイドルだ。年末にSNSでバズったことをきっかけに電撃的に登録者数を伸ばし、今や国防仮面に匹敵する大人気配信者へと成長していた。2095年度投げ銭ランキング世界1位、バズってからの実質4か月で5億円近く荒稼ぎした界隈の伝説である。
実写主体の国防仮面と異なり彼女はバーチャルなので、スマホアプリで顔の動きを検知してリアルタイムに3Dアバターを動かす方式だ。そのおかげでシンガポールのボロアパートからでも居場所を割られずに配信ができていた。ただ「中身」の方もそれなり以上の美貌を誇っており、青い差し色の入ったウルフカットの黒髪がいかにも海外のアジア人らしさを演出している。
シンガポールに流れ着く以前、無頭龍がケツ持ちをしていたガールズバーやキャバクラのようなところで嬢をやっていた彼女には、大の日本アニメ好きが高じてネイティブ並に日本語を話せるという特技があったのだ。
「ごめん皆、ちょっとこれヤバいかも!」
現在時刻は深夜帯、大衆居酒屋的な店構えであるここの1Fは既に閉店した後だ。バックヤードに残って締め作業や仕込みをしていた店長と店員1名はあっさり制圧され、警察が出動する気配もない。
いよいよ身の危険を感じた梓晴が、夜通しやる予定だった配信を切り上げようと話をまとめにかかったタイミングだった。
彼女が首筋に衝撃を感じるよりも早く意識を途切れさせ、机に突っ伏すような形で崩れ落ちた。
彼女は基本的に日本のコンテンツの話を日本語でやる。ゆえにファンも9割以上が日本人だ。
いわゆるバーチャルライバーとしての配信形式をとる場合、配信画面に現実の場面が写り込むことは基本ない。
主を失った機材はそのまま配信を続け、何やら不穏な物音と共に無音になった配信画面では、深夜だというのに視聴していた数万人のファンがコメントを続けていた。
「お、これまだ繋がってる? ラッキー」
そこへ、いたって静かにドアを破壊するという無駄に高度な技量で玄関を突破してきた覆面の男が現れる。
画面には映っていないが、野戦服に顔全体を覆うバイザー、2mを超えるだろう筋骨隆々の巨体は、それ自体がホラー映画に出てくるキラーとして完成できるくらいの風格を纏っていた。
対魔装特選隊、榊創一朗大佐である。
先ほど女性配信者が突然気を失ったのは、創一朗がマルチスコープで彼女を捕捉し、遠隔(壁越し)の鉄槌で頸動脈を圧迫したためだった。
創一朗が各種デバイスの設定状況を確認している間も、事態の深刻さが完全には伝わっていない画面の向こうのファンたちは好き勝手にコメントを続けていた。
「国防仮面、セッティングは任せちゃっていいですか?」
男が問いかけると、背後から仮面姿の女が姿を現す。
改造された海軍軍服、マント、軍帽、戦略級魔法師「鉄仮面」と同じ意匠の仮面。そして何より、軍服越しでも露骨に分かるほど豊満な肉体。
女はまさしく、日本の官製インフルエンサー「国防仮面」であった。
「そうですね、もともとの配信予定時刻も近いですし少し設定を弄って……はい。ちょっと変則的ですが2枠生配信と洒落込みましょうか」
国防仮面は手元のデバイスを軽く操作し、慣れた手つきで配信を開始。
実写主体の彼女がカメラを構えたことで、初めて部屋の様子が世界に公開された。
こちらは国防仮面が開始した配信のコメント欄。因みに彼女は本拠地たる配信スタジオのことを「大本営」と呼称している。
元々の配信が継続しているのを確認した国防仮面は、机から梓晴をどかして拘束。彼女をその辺に転がし、何事もなかったかのように配信を乗っとった。
結果として今この場では、2つの配信が同時並行で実施されている。
「えー、バーチャル側、亡国娘娘チャンネルをご視聴の皆様ごきげんよう。単刀直入に申し上げると、この配信は我々国防仮面チャンネルが占拠しました。これよりはわがチャンネルの企画にお付き合いいただきたい」
「わがチャンネルの方では予告しておりましたが、貴チャンネル側では何も告知できておりませんでしたからな。戸惑うのは当然でありましょう。結論から申し上げますと、亡国娘娘は本当に大亜連合残党の息がかかっているのであります。証拠品や事実関係については追って正式発表があります故、そちらを参照されたし」
国防仮面の説明の裏で、創一朗が昏倒している「亡国娘娘」をひょいと担ぎ上げて引っ込んでいく。
彼ら以外にもこの建物に突入している隊員はおり、各部屋の平定を終わらせて戻ってきた兵士たちに身柄を預けたのだ。
その様子を生配信されている国防仮面チャンネル側の視聴者は、しかし「あくまでそういう演出」という認識のものが大半であった。
この時代、映像技術の発達によりほぼ現実と見紛うクオリティの動画を作り出すことは難しくない。
ただでさえその手のアングラ動画を見慣れている視聴者たちは、彼女の「芸風」もあってまさか本当に世界のどこかで行われている捕り物を放映しているとは思わなかった。
大方、国防仮面が掴んだ「亡国娘娘」のスキャンダルを暴露するにあたり茶番をくっつけたのだろうと。
商売敵の超新星であり真逆の政治信条を持つ彼女と戦うために仕組んだブックであろうと、ネットの海を泳ぎ慣れた者たちはそう判断した。
平均年齢が高くやたら訓練されていることで有名な「国防仮面」ファンたちは、チャンネルの主が仕掛けた「お祭り」にきちんと乗れる一体感を有していたのである。
「といっても、政治信条的に真逆、いわば不俱戴天の仇であるところの私がダラダラと話していても皆さんの興味は引けますまい」
「
戻ってきた創一朗が何の気なしに感想を漏らすと、すかさず隣の国防仮面が補足を入れる。
「弊チャンネルは同胞を守る正義を掲げる一方、亡国殿は可哀想な者に手を差し伸べる正義で支持者を集めましたから。わが国の同胞が慈悲の心に溢れているのは喜ばしいですが、敵に同情して刃を鈍らせるのは感心しませんな」
「と言う訳で、両チャンネルの視聴者諸兄が等しく注目せざるを得ない超豪華ゲストをお呼びしました。さ、こちらへお願いします♡」
「黙らっしゃい! ウチの愚視聴者がとんだ無礼を……」
(すげぇ……キャラ維持したまま怒ってる……)
そして、創一朗の妙なところへの感心やファンたちのお祭り騒ぎは、次の一言によって完全に吹き飛ぶことになる。
創一朗は国防仮面の求めるまま席に座り、亡国娘娘向けにフェイストラッカーを起動し、そして
「あー、ご紹介にあずかりました。国防海軍対魔装特戦隊、戦略級魔法師"鉄仮面"大佐です」
「当たり前だけど誰も信じてないな」
「予告しませんでしたからなあ。ですが心配ご無用、こんなこともあろうかと国防軍にはお話を通しておきました。つい15分前に発表されたこちらのプレスリリースをご覧いただきたい」
すかさず国防仮面が示したスマホ画面には、日本国防海軍の公式サイトが表示されている。
「にわかに信じがたいという方は各自で目を通していただくとして、これは本当の政府案件でありますよ」
ふふん、とただでさえ巨大な胸を揺らして誇る国防仮面だが、配信の外ではこの時から阿鼻叫喚が始まっている。
この時代、口コミの類は一瞬でネットを介して世界中を飛び回り、数分のうちに防衛省と日本政府のサーバーがパンク。政府広報が改めて声明を出す事態となり、やがて事実らしいと判断した人々の注目は一気に配信へ。
日本国内で流通している某SNSでは「鉄仮面」が世界トレンド1位を記録し、国防仮面チャンネルは口コミにより殺到した視聴者によって史上最高の同時接続者数を記録した。
「さて、本物なのを証明したところで。国防仮面サンからは1コーナー任せてもらってる訳だけど、まぁこういう時言うことなんか決まってるよな」
――戦略級魔法師だけど質問ある?
質問部分までたどり着けなかったので分割します。