東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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うわ…正邪の解説むずすぎっ!?
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十日目 完全なる□□□への道。

 静謐な結界に守られた、現実と幻想の狭間。

 月明かりすらも歪んで届くこのスキマの裏側で、私は手にした扇で口元を隠したまま、物憂げに虚空を眺めていた。ここ数日、どうしても拭い去れない奇妙な「違和感」が、私の胸に暗い影を落としている。

 

 そうしていると、空間が音もなく揺らぎ、厳かに狐の尾を揺らして、私の可愛い式神――藍が背後に姿を現した。

 振り返らなくともわかる。彼女の端正な顔立ちはこれまでにないほど強張っており、その手に握られた報告書は微かに震えている。

 

「紫さま……鬼人正邪の異様な回復術。その絡繰りが分かりました」

 

 藍の声は低く、そして信じられないほどの戦慄を孕んでいた。

 数多の事件を調査し、幻想郷の事象を極めて緻密な数理によって解き明かしてきた私の式が、その結論を口にすることさえ恐れている。その異様な気配に、私はゆっくりと扇を閉じ、冷徹な視線を背後の彼女へと向けた。

 

「…………報告をお願いするわ」

 

 嫌な予感がしたからだろう。私の声には、いつもの余裕や戯れは消えていた。

 お触れを出してから、はや十日。あの取るに足らないはずの天邪鬼は、確実に命を落とすほどの「満身創痍」に陥りながらも、次の瞬間には何事もなかったかのように立ち上がってきた。

 天邪鬼自身の能力でもなければ、持ち出した反則アイテム本来の性能でもない。世界の理を根本から無視した、あまりにも不自然で傲慢なコンティニュー。

 

(私も少し手を加えたとはいえ、ここまで足掻くなんてね。折り畳み傘は失敗だったかしら。まぁいいわ)

 

 私の促しに応じ、藍は小さく喉を鳴らすと、自らが導き出した最悪の「答え」を震える唇で紡ぎ出した。

 

「はい、あれは――――――正邪自身の力でも、小槌の魔力でもありません。正邪が持つ最後の反則アイテム『血に飢えた陰陽玉』…それが、あの回復を引き起こす触媒です。おそらく、先々代巫女である博麗霊暮が使っており、夕雲様が管理していたモノだと思われます」

 

「…待って、なぜ天邪鬼に陰陽玉が使えるの?」

 

 あり得ない事実に、思わず声が鋭くなる。

 

「それは…正直、解かりませんが、一応の仮説ならあります」

 

「言ってみなさい」

 

「あくまでも仮説です。おそらくは天邪鬼と同族ともいえる存在、天探女が関係していると」

 

「確かに天探女は神託を解釈する巫女の神格化とも言える存在。殆ど同族である鬼人正邪が巫女が使うことが出来る陰陽玉を使えないわけないわ」

 

 でも、それはただの陰陽玉である場合だ。

 博麗の巫女が使用する陰陽玉はセーフティが付いている。博麗の血筋のものが使うことが出来るというものだ。

 

 …いや、ちょっと待てよ。

 

「藍。天逆毎(あまのざこ)も天邪鬼の祖神よね?」 

 

 天逆毎。

 日本神話において、須佐之男が猛り爆発させた猛気を吐き出した際、そこから生まれ出でたと言われる凶暴な女神。あるいは大妖怪の祖。天の理に逆らい、地の理を覆す、これ以上ない「反逆」の化身だ。物事をすべてあべこべにせねば気が済まない強烈な荒御魂であり、それゆえに後世、天邪鬼の起源・祖神として祀り上げられることとなった存在。

 

「!!!なるほど、天逆毎の神性を僅かなりとも引く天邪鬼の血が、黄泉神そのものである夕雲様と黄泉津大神の転生体である霊暮が使う陰陽玉を…!」

 

「……強引に結びつけてしまっている、というわけね」

 

 震える彼女の言葉を引き継ぐように、私は認めたくない事実を口にした。

 おあつらえ向きの歯車が、これ以上ないほど最悪の形で噛み合ってしまっている。鬼人正邪が陰陽玉を触媒にして何度も『やり直す』たびに、あの陰陽玉の本来の管理者である夕雲の力が際限なく引き出されている。

 

 それはつまり、夕雲の記憶が…「穢れ」が削り取られていくということだ。

 

「このままだと、夕雲は元に戻ってしまうわね……」

 

 Antichronal Rotation(リザレクション)

 それは夕雲が、愛し子である博麗の巫女を守るためだけに組み込んだ最終機能だ。だが、対象の時間を逆回転させ、事象を「なかったこと」にするその秘奥は、強大すぎるがゆえに代償を伴う。術を行使するたび、夕雲自身の「穢れ」が削り取られていくのだ。

 

 穢れとは「変化する事」そのもの。

 幻想郷に降り立ち、映画館兼古道具屋『羅万館』の店主として、親バカで毒舌で、人間味にあふれた日々を過ごしてきた彼に蓄積された大切な「変化」。それが理不尽に剥ぎ取られていくということは、夕雲が人間としての情や記憶を失い、かつての神の姿に戻ってしまうということを意味する。

 

 ただの博麗神社の祭神に戻るだけなら、まだいい。

 けれど、それがもし――黄泉の国の復活を目論む、唯一の黄泉神『ヨモツ』の姿に完全に回帰してしまったら。

 

「幻想郷が危ないわね」

 

 ぽつりとこぼした私の呟きは、スキマの空間にひどく冷たく響いた。

 藍は押し黙ったまま、深く頭を垂れている。

 

 愛娘の願いを叶えるため、閻魔の裁定を受け入れ、私に協力を仰いでまで神格を封じ、人間として生きることを選んだあの神。その並々ならぬ覚悟と愛情を、私は誰よりも知っている。

 

 だからこそ、幻想郷の管理者として、これ以上の綻びを見過ごすわけにはいかない。彼女が愛したこの幻想郷を守らなければならない。そんな暗く冷たい覚悟が私の胸の奥底で静かに形を成す。

 

 

 ――いざという時は、私が夕雲を、この手で。

 

 

 そんな最悪な未来が私の頭に浮かんだ。

 

「藍、貴女はこれから羅万館に行き、夕雲の様子を見に行きなさい」

 

「紫さまは?」

 

「あの天邪鬼は私が捕まえるわ」

 

 

 


 

 

 

「初めまして、鬼人正邪」

 

 その声は、夜の闇そのものが形を成して囁いたかのように、私のすぐ背後から響いた。

 

 心臓が跳ね上がるより早く、私の本能が警鐘を鳴らす。

 バッと飛び退きながら振り返ると、そこには空間を裂いて現れた『スキマ』に腰掛け、優雅に扇を弄ぶ大妖怪――八雲紫が佇んでいた。

 

(チッ……ついに本尊のお出ましってわけか!)

 

 これまで相手にしてきた異変解決者や天狗どもとは、放つプレッシャーの「格」が違いすぎる。

 幻想郷の境界を司る、文字通りの怪物。

 だが、今の私には反則アイテムがある。このアイテムらがあればきっと対抗できるはずだ。

 

「へっ、わざわざ引きこもりのお大層な大妖怪様が、直々にお出迎えとは光栄だねぇ! だけど、あんたのその澄ましたツラも、今夜で終わりだ!」

 

 私は懐から『打ち出の小槌(レプリカ)』を持ち、不敵な笑みを浮かべて先手を打った。

 これまでの戦いと同じだ。どれほど圧倒的な力で捻り潰されようが、コンテニューさえあれば私は何度でも「やり直せる」。そして、コンティニューの果てに、コイツの境界の隙間をブチ抜いてやる。

 

「ふふ、威勢がいいこと。……でも、お遊戯にはもう付き合ってあげないわ」

 

 八雲紫の瞳が、怜悧な光を帯びて細められる。

 次の瞬間、彼女が美しく袖を翻すと同時に、夜空の色彩が完全に狂い始めた。

 

「『不可能弾幕結界』」

 

 ――それは私を襲う弾幕だというのに、美しく残酷な光景だった。

 

 彼女の周囲から放たれた無数の光弾は、まるで空間そのものを縫い合わせるように縦横未尽に走り、一瞬にして夜空に逃げ場のない「格子」を形成した。それだけではない。その格子は、私の『ひっくり返す程度の能力』でどれだけ方向を反転させようとしても、空間の境界そのものが歪んでいるせいで、歪んだベクトルごと私を全方位から圧殺せんと狭まり続ける。

 

(くそっ、空間ごと私の能力を噛み殺してやがるのか……!?)

 

 網膜を焼き尽くすほどの光の檻。だが、おかしい。

 これだけの密度と規模でありながら、弾幕に宿る「殺意」が、これまでの連中よりも遥かに薄いのだ。触れれば肉体を削り取られる暴威には違いないが、私を跡形もなく消し飛ばすような決定的な一撃は、あえて巧妙に外されている。

 

(……舐めやがって。手加減、されてる……!?)

 

 その事実を悟った瞬間、私の脳にドス黒い怒りが沸騰した。

 なぜ殺しに来ない。なぜ全力で私を消し去ろうとしない。天邪鬼への哀れみか、それともただの玩具としての弄びか。

 

「手緩いんだよ、大妖怪!殺す気がないなら、その隙に寝首を掻き切ってやる!」

 

 私は強引に弾幕の格子の僅かな隙間に身体を滑り込ませ、懐から『四尺マジックボム』を掴み出した。導火線を歯で噛み千切り、小槌の魔力を注ぎ込んで即座に点火させる!

 

「そらよっ!!」

 

 八雲紫の顔面へ向けて投げつけた大爆弾が、至近距離で凄まじい爆音と共に炸裂した。だが、紫は眉一つ動かさず、爆風の境界を『スキマ』でいなして無傷でやり過ごす。

 

(チッ!博麗の巫女には通じたというのに…ちょっとは慌てやがれ)

 

 だが、私の本命はそこじゃない。爆煙を隠れ蓑にして、身を隠す。そして、全魔力を込めて『打ち出の小槌(レプリカ)』を八雲紫に向けて投げた。

 

(まさか小槌を投げるとは思わないだろう?)

 

「おっと、危ないわね」

 

 手応えはあった。しかし、小槌が砕いたのは紫の残像だった。本物はすでに私の遥か上空、別のスキマから現れて私を見下ろしている。

 すかさず大妖怪の手から、追撃の不可能弾幕が容赦なく降り注ぐ。私はすかさず『天狗のトイカメラ』を構え、ファインダー越しにその圧倒的な光の檻を捉えてシャッターを切った。激しいフラッシュの光と共に、眼前に迫っていた弾幕の一角が綺麗に消失する。

 

 そして生まれた僅かな隙間に滑り込みながら、私はすぐさま『スキマの折り畳み傘』をバッと開いた。空間に生じた歪みの裂け目に手を突っ込み、先ほど投げ飛ばした『打ち出の小槌(レプリカ)』の柄を強引に掴み取って手元へと回収する。

 

「ははっ!あんたの得意分野で防いで、道具も取り返してやったぜ!」

 

「別に取ったわけじゃないけどね」

 

 息つく暇もなく、私は回収したレプリカを再び構え、紫の足元へ向かって弾丸のように鋭く急接近した。懐の奥で、何かがドクドクと狂ったように拍動し、私に未知の莫大な力を注ぎ込もうとしてくる感覚がある。

 

 だが、そんな正体不明の違和感に構っている暇はない。私にはこの小槌と、今まで泥をすすりながら使いこなしてきた反則アイテムの数々があるんだ。

 

「これで、ひっくり返れぇぇぇ!!」

 

 私は全力で『何でもひっくり返す程度の能力』を発動し、八雲紫が知覚するすべての方向、そして彼女が支配する空間の表裏を強引に反転させた! さしもの大妖怪とて、トイカメラと折り畳み傘を組み合わせた変幻自在の立ち回りと、この超至近距離からの空間反転の波状攻撃には、一瞬だけその美しい顔を驚きに強張らせる。

 

 掴んだ最大の勝機。

 私はニヤリと凶悪に唇を歪め、無防備になった八雲紫の胸元へ、回収したレプリカを今度こそ真横から豪快に叩き込もうとした。

 

 だが、私が振るった小槌が、腕ごとスキマに絡み取られる。

 大妖怪はあくまで冷ややかに、どこか哀れむような視線を私に向けているだけだった。

 

「勘違いしないで頂戴。私は貴女を殺さないだけ……ただ、これ以上その『やり直し』をさせないためにね」

 

 その言葉の意味を、私は知る由もない。

 ただ、彼女の狙いが「私を殺すこと」ではなく、私が死の瞬間に発動させるコンテニューそのものを完全に封殺し、無傷で「捕縛すること」にあるのだと、彼女の次のスペルカードが証明していた。

 

「これで終わりにしましょう。『運鈍根の捕物帖』」




Q.陰陽玉はなぜ血に飢えているのか?
A.霊暮…もっと言うのならば、黄泉津大神の転生体が使っていた陰陽玉だから。黄泉津大神ほどつに飢えている存在はいないじゃろ?

他にも陰陽玉の力を使って、リザレクションされるのではなく、あくまでも夕雲が代償を払う理由(すげー端的に言えば、夕雲の我儘。幻想郷の危機のためにもいざと言うときに陰陽玉の力を保存しておきたかった。)とかも書きたかったのですが、尺が…ね。
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