東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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すいません。前回の最後は紫が『運鈍根の捕物帖』を宣言して終わりましたが、『人間と妖怪の境界』に変更しました。続きは後書きで。


十日目 完全なる□□□の道②

「これで終わりにしましょう。『人間と妖怪の境界』」

 

 私が扇を完全に閉じると同時に、夜空の色彩が一瞬にして不気味な漆黒へと染まり変わった。

 

 開幕直後、私は境界の彼方へとその姿を完全に消す。天邪鬼の視界から消えると同時に、空間そのものを切り裂く激しく回転する放射状のレーザーを展開した。まるで巨大な光の剣が何本も突き刺さったかのような、逃げ場のない円状に回るレーザーの包囲網が、鬼人正邪の身体を四方から閉じ込める。

 

「――っ!?」

 

 慌てて周囲を確認し、弾幕を避け始める鬼人正邪。

 

(まだまだ私の弾幕は始まったばかりよ)

 

 空間から、青白い光弾が容赦のない密度で次々と発生し、激しく回転するレーザーの包囲網の動きに沿って、あの子を圧倒せんと襲いかかる。

 

 鬼人正邪は必死な形相で反則アイテムを使いながら、弾幕を避ける。

 だが、一瞬の弾幕を切り取るトイカメラも、私の力を注いだ折り畳み傘も、この境界の檻の前では、ただの気休めにしかならない。

 円状に荒れ狂うレーザーの刃、そして四方から無慈悲に押し寄せる光弾の濁流。それらに冷や汗を流しながらも、五感を極限まで研ぎ澄まし、死に物狂いで数センチの隙間に身を滑り込ませていく。傷を負い、体力を削られながらも、決して目を逸らさずに弾幕の隙間を掴み取るその泥臭い立ち回りは、まさに執念そのもの。

 

 だが、そんな足掻きを嘲笑うように、スペルカードは次の段階へと移行する。

 

 私はその鋭いレーザーの包囲網を結界の中央へと固定した。 

 光の剣の檻。その狭すぎる空間の中へ、今度は縦横無尽に飛び交う無数の青い弾幕を容赦なく流し込む。逃げ場など最初から存在しない。お行儀よく避けることすら許されない、視界を埋め尽くす色彩の暴力。

 

 避けるたびに弾幕が、固定されたレーザーがあの子の肉体を浅く、だが確実に切り裂いていく。

 満身創痍に至る決定打はすべて私が軌道を逸らしている。けれど、自由を奪い、心を折るための激痛までは免除してあげない。

 

「が、あぁぁぁっ……!!」

 

 悲鳴と共に、ついに弾幕の波が収まる。

 そこには、全身を切り裂かれ、傷だらけになって空中に力なく浮かぶ天邪鬼の姿があった。善戦した…と言ってもいいだろう。大妖怪である私を相手に、これほどの密度の檻の中で、時間切れまで逃げ延びるとは。

 

(とはいえ、気力は使い果たしたようね。)

 

 私は再びスキマから姿を現し、ぐったりと動かなくなった正邪の元へと静かに浮遊した。

 

「これ以上、夕雲の記憶を削らせるわけにはいかないのよ。……その陰陽玉、返してもらうわね」

 

 私が手を伸ばし、あの子の懐に眠る『血に飢えた陰陽玉』を直接掴み、引きぬこうとした、その時だった。

 

 ドクンッと世界が激しく拍動した。

 あの子の懐にある陰陽玉が、幻想郷の管理者である私を明確に「敵」と見なしたかのように、これまでにないほど悍ましく、凶暴に激しく蠢く。

 

「――なっ!?」

 

 陰陽玉から放たれたのは、私を、八雲紫という大妖怪の肉体そのものを容赦なく傷つけ、切り裂こうとする衝撃波だった。咄嗟に結界を張ったものの、その予想外の暴威に私の身体は僅かに後方へと弾かれる。

 

「へっ……ひっかかったな……大妖怪……!」

 

 気絶したふりをしてタイミングを計っていたのだろう。天邪鬼が、爛々と輝く執念の瞳を見開いて跳ね起き、暴走する『血に飢えた陰陽玉』をその小さな手でガッチリと掴み取る。

 

「何回も死んで、何回もやり直して、ようやく分かってきた……!そして、お前がこの陰陽玉を回収しようとした事で確信した。この陰陽玉、何かがあるんだろう?それも今の幻想郷をひっくり返せる、何かが!」

 

 天邪鬼の咆哮と共に、陰陽玉から赤黒い光が噴出する。

 

 彼女は知らないだろうが、陰陽玉に刻まれているのは歴代の博麗の巫女の力。そこには当然、先々代の巫女であり黄泉津大神の転生体――博麗霊暮の魔力も含まれている。

 

 霊暮の能力は『日を沈める程度の能力』。

 それは単なる天体の運行を司るだけではない。概念的には「あらゆる全盛を強制的に衰退へと向かわせる」という、絶対的な凋落の力だ。どれほど強大な存在であっても、その全盛の勢いを奪い、一気に斜陽の斜面へと引きずり下ろす。

 

 そんな「日を沈める程度の能力」と「何でもひっくり返す程度の能力」が組み合えば―――

 

(――しまっ……!?)

 

 脳裏に走った強烈な悪寒に、私は自らの身体の異変を悟った。

 今、この空間における「(全盛)」とは何か。それは、正邪を完璧に追いつめ、勝利を確信していたこの私に他ならない。

 私の圧倒的な優位、完璧な防壁、そして「八雲紫の勝利」という確定した未来が、斜陽の坂を転がり落ちるように凄まじい勢いで衰退へと向かっていくのを感じる。

 

 逆に、傷だらけで敗北するはずだった正邪の敗北の因果が、180度ひっくり返り、猛然と浮上してくる。

 

 強者と弱者。勝者と敗者。

 この絶対的な優劣が、概念ごと強引に入れ替わっていく。鬼人正邪が二つの能力を本能的に共鳴させて行き着いた、文字通り『勝敗をひっくり返す程度の能力』――。

 

「あははははは! ざまぁみろ八雲紫! あんたの勝ちも、私の負けも、全部まとめてひっくりかえしてやる!!」

 

(まだよ!『日を沈める程度の能力』には発動から落ち切るまでのタイムラグがある。その隙に倒せばいい。それに対処法もある!)

 

「式神『八雲藍』」

 

 対処法その一、斜陽の力に侵されていない者を呼び出せばいい。

 私の開いたスキマから滑り出るように、我が最愛の式神が九つの尾を翻して現れる。主の危機を察した藍は、一瞬の躊躇もなく、計算し尽くされた殺意の弾幕を正邪へと展開する。

 

「式輝『四面楚歌チャーミング』

 

「チッ!面倒な!」

 

 鬼人正邪が忌々しげに舌打ちをする。

 藍を中心に展開された幾何学的な光の網が、瞬く間に天邪鬼を包囲し、逃げ場を完全に塞ぐように四方から狂いなく収束していく。寸分の狂いもない、主を護るための絶対的な迎撃の陣。

 

「ひっくり返れぇッ!!」

 

 それに対し、彼女は狂ったように『血に飢えた陰陽玉』を突き出した。

 その瞬間、藍の放った光の網が、その軌道を逆転させる。四面楚歌の包囲網は、今度は藍自身を、そしてその背後にいる私を全方位から圧殺するための刃へと変貌し、猛然と牙を剥いた。

 

「なっ……魔力が、逆流して……!?」

 

「藍、下がりなさい!」

 

 私の絶対的な優位性が「斜陽」へと向かう因果の鎖は、私の式神にまで伝染し、その動きを完全に縛り付ける。これ以上の連鎖は命取りになるだろう。そう考え、私は藍をスキマに戻す。

 

「あははは! 盾も消えたな!」

 

 正邪が『打ち出の小槌(レプリカ)』を大きく振りかぶる。

 

 ――ズ、ブゥッ!!!

 

 鈍い衝撃と共に、私の胸元へ、あの禍々しい赤黒い光を纏った『打ち出の小槌(レプリカ)』が突き立てられた。

 

「く、ぅっ……、あぁぁぁ!」

 

 直撃。

 

 急速に冷えていく身体。思考の霧。

 だが、幻想郷の賢者が、この程度の不条理にただ屈するわけにはいかない。口から血が吐き出そうになるが、気合で堪える。

 

『――随分と無様な姿じゃないか、紫』

 

 脳裏に、直接響く不敵な声。

 私の背後の空間が、パカリと音を立てて”扉”が開いた。それは私のスキマではない。背中の扉から、あらゆる存在の生命力と精神力を強制的に引き出す、あの秘神たちの狂気的な魔力が私の背中に直接流れ込んでくる。

 

(――隠岐奈……!?)

 

『貸しにしておくよ。さあ、その天邪鬼の鼻柱をへし折ってやれ!』

 

 背中から注ぎ込まれる、圧倒的な後戸の魔力。

 それは博麗霊暮の「斜陽」の呪いすらも、底なしのエネルギーで無理矢理押し返す、もう一人の賢者のバックアップ。

 私の身体を蝕んでいた凋落の因果が、隠岐奈の絶対的な力によって一時的に相殺され、世界が再び激しく均衡を取り戻す。

 

「な、んだと……!? なんでまだ動けるんだよ!?」

 

 正邪の顔が驚愕に染まる。

 

「……伊達に長く、この幻想郷の境界を維持しているわけではないのよ……!」

 

 私は血を吐き捨てながら、再びスキマを開いた。

 隠岐奈の後戸の力と、私の境界の力。そして正邪の「反転」と霊暮の「斜陽」。

 二つの巨大な概念の塊が、夜空の真ん中で真っ向から衝突した。

 

「うるせぇぇぇ! ひっくり返れ! ひっくり返れぇぇぇ!!」

「紫奥義「弾幕結界」!!!」

 

 世界が白と黒、赤と青に目まぐるしく反転し、空間そのものが悲鳴を上げて引き裂かれる。

 正邪が放つ赤黒い光の奔流と、私が全魔力を注ぎ込んだ光弾が、互いの存在を消し去るように噛み合い、爆発を繰り返した。強者と弱者の境界が激しく揺れ動き、お互いの肉体を容赦なく削り取っていく。

 

 ――そして。

 

 

 臨界点を迎えたエネルギーが、敵味方の区別なく全てを吹き飛ばす大爆発を起こした。

 

「が、はっ……!」

「あ、ぐぁぁぁっ!」

 

 完全な痛み分け。

 正邪の身体から赤黒い光が霧散し、彼女の持っていた打ち出の小槌(レプリカ)がパキンと音を立てて砕け散る。

 そして私自身も、隠岐奈からのバックアップが途絶え、大妖怪の肉体がただの肉の塊のようにくの字に折れ曲がった。

 

 口から苦い血が溢れ、視界がぐらりと歪む。

 今度は本当に、あの漆黒の夜空をまっさかさまに転落していった。

 

「はっ、はは……! 覚えてろよ……八雲紫! 今回は……引き分けにしておいてやる……!」

 

 上空で、苦々し気な表情の正邪が『血に飢えた陰陽玉』を抱え、血を流しながらも執念深く笑う。彼女はこれ以上の戦闘は不可能と踏んだのだろう、ふらつく身体で夜闇の彼方へと猛スピードで逃亡していった。それを追うだけの力は、今の私には一滴も残されていない。

 

 激しい風の音が耳を打つ。

 落下していく私の視界の中で、私の『人間と妖怪の境界』がパキパキと音を立てて未だにひび割れていく。あぁ、きっともう戻れない。彼女たちが境界を越えてしまう。

 

 スキマを開ける気力もない。地面に激突すれば、今の私ならば十分に死に至るだろう。風が私の身体を切り裂くように吹き抜けていく。重力に逆らえず、ただ無様に墜落していくその刹那――。

 

 不意に、落下の衝撃がふわりと消えた。

 

 冷たい地面の感触ではない。誰かの腕が、私の身体を優しく、それでいて決して揺るがない確かな力で受け止めたのだ。

 

「おや、メリーじゃないですか。貴女もここにいたのですね」

 

 一番聞きたい声が、一番聞きたくない言葉を発した。




『運鈍根の捕物帖』と言うスペルカードに含まれている『運鈍根』。
これは成功のために必要とされる3つの要素とされます。その3つの要素とは「幸()」、「()()ほどの粘り強さ」、「()気」のことです。
つまりは紫からの正邪に対する「どれだけ不器用で、どれだけ周りから孤立しようとも、泥臭くしぶとく生き残り、自分を貫き通せ」という激励ですね。無論、妄想ですが、少なくとも自分にはそう思えました。

という事で、拙作では流石に当てはまらないので、急遽「人間と妖怪の境界」さんに出張ってきてもらう事に。

正邪と霊暮の能力を絡めるのはずっとやりたかったことの一つです。やれてよかった。半分ぐらいこれをしたくて、霊暮の能力を決めたまである。

多分、次で弾幕アマノジャク編は終わりです。おそらく。
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