東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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そろそろ長かった129季が終わります。
130季は……かなり長くなるでしょうな、原作イベントが目白押し!
時系列は茨歌仙第26話「野卑な怪異」からすぐです。視点は魔理沙ですね。


第129季/冬 永遠亭with星に恋した普通の魔法使い③

 木々が葉を落とし、冷たい風が魔法の森を吹き抜ける。すっかり冬だ。

 この季節の夜空は空気が澄んでいて星が綺麗に見えるんだが、今日ばかしは夜空に浮かぶ「月」を見上げるたびに、どうにも首筋が寒くなる。

 

 ことの始まりは数刻前、香霖堂で暇つぶしに行った時の事だった。

 

 

 

「――月が、人工物?」

 

「あぁ、あくまで外の世界の『都市伝説』というやつだけどね。最近、里で噂になってる本にそう書かれていたんだ」

 

 霖之助は、分厚い眼鏡の奥の目を光らせながら、古い雑誌をめくっていた。

 

「アポロ計画だとかいう、外の人間が月へ行った話の裏側で囁かれている噂さ。あの月は本物の天体ではなく、中身が空洞の金属球であり、誰かが意図的に配置した巨大な建造物、つまり『偽物の月』なのだという説があるらしい」

 

 霖之助はいつも通り、仕入れた外の世界の知識を衒学的(げんがくてき)に語っているだけだったが、私はその言葉に妙な引っかかりを覚えた。

 というのも、その「偽物の月」なんて突拍子もない噂が、ここ数日でなぜか人間の里、いや幻想郷の妖怪たちの間にまで、出所もわからないまま急速に広まり始めていたからだ。

 

「おいおい、そんなのただの作り話だろ? 月が鉄クズでできてるなんて、ロマンもへったくれもないぜ」

 

 一応、否定しておく。と言うもの、ここ最近の幻想郷では『都市伝説』が具現化するという現象が起こっている。忘れられた都市伝説が幻想入りしているのか、それとも全く別のナニカが起こっているのか。

 

 ひとつわかっているのが、妖怪たちとは違う性質を持っているという事。

 乱雑に言えば、存在が()()()()()()()()と言うのだろうか。

 

 わかりやすいのが、ついこの間まで噂になっていた『足売りババア』という都市伝説。

 内容は『人通りの少ない道を歩いていると、”足はいらんかねぇ、足はいらんかねぇ”と何処からともなく老婆の声が聞こえてくる。その老婆は人間の足を風呂敷に何本も入れており、思わず”いらない”と答えてしまうと、その老婆が片足を捥ぎ取ってくる。逆に”いる”と答えた場合は、風呂敷から取り出した足を押し付けて、被害者の足を三本にする』というもの。

 

 怪談というよりは悪質な嫌がらせに近い。

 だが、この怪異に対する対処法自体は実に驚くほど簡単だった。もし遭遇してしまったら、こう答えればいいのだ。

 

「私はいらないけれど、博麗神社が欲しがっていた」

 

 この新しく付け加えられた撃退方法が、里の人間たちの間にあっという間に広まったおかげで、事前に警戒が広がり、幸いにも足を捥ぎ取られたり増やされたりするような被害者は出ずに済んだ。

 

 もっとも、そのせいで行き場を失った足売りババアが本当に博麗神社へと現れたらしく、つい先日、霊夢から直に被害報告を聞かされたばかりだ。

 なんでも、境内に突如として現れた老婆が「足はいらんかねぇ!」としつこく迫ってきたため、霊夢が「うちは賽銭以外お断りよ! 邪魔だからさっさとその風呂敷畳んで帰んなさい!」と大声で怒鳴り散らし、かなり激しい言い争いになったらしい。結局、霊夢のお祓い棒で手ひどく追い払われたそうだが、しばらくの間、霊夢はぷりぷりと怒っていた。

 

(もし運が悪ければ、足が三本になるどころか、もっと増えてたのかもなぁ。いや、それどころか『足()踏み場もない』状態になっていたのかも)

 

 まあ、こんな感じで、都市伝説は存在そのものが希薄であり、人々の認識に引っ張られやすい性質を持っている。対処法さえセットで広まれば撃退が簡単なのはそのためだし、今までの怪談なんて所詮はその程度のものでしかなかった。

 

 だが……。

 

(偽物の月……か)

 

 今回のこの都市伝説は、今までのものとはワケが違う。対処しろと言われても、かなり難しい。

 

 何せ、相手は夜空に浮かぶあの巨大な天体そのものだ。『足売りババア』のように、目の前に現れた個人の怪異に「神社が欲しがってた」と言って追い払うような、そんな小手先の誤魔化しが通用する規模じゃない。

 

 加えて面倒なのが、()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 数年前の永夜異変。黒幕である八意永琳と蓬莱山輝夜は偽物の月を用意し、本物の月を隠した。

 

 もしも、幻想郷中の人間や妖怪たちが「ああ、やっぱり月は偽物なんだ。だって前にも本当に偽物だったしな」なんて風に、過去の記憶と今回の噂を結びつけて納得し、心の底から信じ込んでしまったらどうなる?

 

(相当面倒なことになるだろうなぁ……)

 

 なんだって、多くの妖怪たちは太陽よりも月を好む。月が機能を果たさなければ、死活問題だろう。

 

 もしも都市伝説が、人々の「そうに違いない」という認識をエネルギーにして具現化するものだとするならば――。

 

 この幻想郷には、外の世界のデタラメを定着させるための『依代』として、かつて本物の月が隠された永夜異変という、これ以上ない最悪の『前例』が最初から用意されてしまっていることになる。このまま噂が広がり続ければ、あの夜空の月そのものが内側から書き換えられ、本当にただの冷たい金属球へと成り下がってしまうかもしれない。

 

 そこまで思考を巡らせたところで、私は自分の手のひらにじっとりと冷や汗がにじんでいることに気がついた。

 

(とはいえ、あの時、人間の里で本物の月が隠されている事に気づいた人間はいなかった…筈だ)

 

考えすぎ、ならいいんだがな……すまん、香霖。用事が出来た。また来る。それとその雑誌は貰っていく。代金はツケで頼むよ」

 

「おいおい、勝手に持っていくなよ。ツケが溜まる一方じゃないか」

 

 香霖は呆れたようにため息をつき、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

 

「……まぁいいさ。君がそこまで血相を変えるなんて珍しいからね。その雑誌に書かれていることが、君の言う『考えすぎ』で終わることを祈っているよ。気をつけるんだよ、魔理沙」

 

 私はそうして、『偽物の月』に関する噂を探るための調査を始めた。

 

 

 

 香霖堂を飛び出した私は、まず真っ直ぐに人間の里へと向かった。情報を集めるなら、まずは噂の震源地を探るのが鉄則だ。

 凍てつく寒さの中、赤提灯の並ぶ居酒屋の軒下や、夜風にさらされる長屋の路地裏をこっそり飛び回りながら、里の人間の会話に耳を澄ませる。

 

「なぁ、知ってるか? 空の月ってさ、実は中っぽらが空洞の金属球らしいぜ」

「バカ言え、そんなでかい鉄の塊が浮いてるわけねえだろ」

「いや、外の世界の人間が、月の裏側でネジを巻いて動かしてるんだってよ。何と言うか、数年前にもなんか、一晩中月がおかしかったことがあったらしい。お前、知ってるか?」

「なんだそれ、知らねぇや」

 

 ――ビンゴだ。私の予想通り、永夜異変と絡めて都市伝説が、里のあちこちで囁かれていた。

 ただの都市伝説だったはずの『偽物の月』が、過去の異変の記憶と完全に結合し、まるで最初からそうだったかのような『事実』として補強され始めている。このままじゃ、幻想郷の住人の共通認識が「月=人工物」へと完全に書き換えられてしまう。

 

 どうにも胸騒ぎが収まらない。

 ただの噂だと笑い飛ばすには、今夜見上げる月光が、いつもより妙に青白く、まるでブリキの玩具のように無機質にギラついている気がしてならないのだ。それはまるであの頃のように。

 

 これは私の手に負えるオカルトじゃない。念のために、あの異変のすべてを知る当事者のところへ行動に移した方が良い。

 

 私は愛用の箒に跨がると、夜の冷気を引き裂いて一気に高度を上げた。目指すは、迷いの竹林の奥深く――あの永遠亭だ。

 

「おっとその前に…お師匠様も持っていくか」

 

 私は一度家に戻り、黒色の魔導書を手に取り、永遠亭に向かった。

 


 

「おーーい、永琳、輝夜――いるかーー!聞きたいことがあるんだが……」

 

 竹林の冷気を切り裂き、永遠亭の重厚な門の前に着地するのと同時に大声を張り上げる。いつもなら暢気に出迎えてくる因幡の兎たちの姿はなく、静まり返った境内には私の声がやけに虚しく響くだけだった。

 

 静かすぎる。いくら冬の夜更けとはいえ、まるで行く手を阻むような不気味な静寂だ。怪訝に思いながらも、私は勝手知ったる廊下へとずかずかと足を踏み入れた。

 

「魔理沙? こんな夜更けに大声を出すなんて…」

 

「あぁ優曇華か。ちょうど良いところに」

 

「ちょうど良いところって…あんたが来たんでしょ。それで、何用よ?」

 

 不満げに眉をひそめる優曇華に、私は歩み寄りながら声を潜めた。

 

「直球で聞くんだがな、最近里や妖怪の間で流れてる『月は人工物だ』って不気味な噂、お前ら何か知ってて黙ってないか? ほら、数年前の永夜異変の件もあるしさ……」

 

「月が、人工物……?」

 

 優曇華はきょとんとした顔で首を傾げた。その長い兎耳は力なく垂れ下がったままで、私の言葉に動揺した風でもない。ただ純粋に、何を馬鹿なことを言っているんだ、という顔をしている。

 

「何よそれ、ただの都市伝説でしょ?私たちとは多分関係ないわよ。少なくとも私は知らない」

 

(……チッ、優曇華は本当に何も知らないのか)

 

 こいつの性格だ。もし何かを隠しているなら、もっと露骨に目を泳がせるか、耳をピキピキさせて焦るはず。それが全くないということは、末端の兎たちには情報が降りてきていないか、あるいは本当にただの的外れか。

 

 だが、私の勘が「ここには何かある」と激しく叫んでいる。…単にお宝センサーが反応しているだけかもしれない。

 

「じゃあいい。お前じゃ話にならん。永琳に直接聞くから、医務室に通してくれ」

 

 そう言って優曇華の脇をすり抜けようとした私の前に、彼女は素早く回り込み、両手を広げて行く手を阻んだ。

 

「ちょっと待ち一歩! お師匠様は今、医務室にはいないわよ!」

 

「あぁ?いないって、じゃあどこにいるんだよ。奥の部屋か?」

 

「いや……その…とにかく、今夜はお師匠様に会わせるわけにはいかないの。大人しく帰ってくれる、魔理沙!」

 

 優曇華の引きつったような叫び声に、私の目は細くなった。

 おかしい。知らないと言いつつ、永琳を私から露骨に遠ざけようとしている。何かを隠そうとしているのは見え見えだ。そして、その隠そうとしているモノ……都市伝説に関係あるかはともかく、気になるな。

 

「へぇ……。何も知らない割には、ずいぶんと頑なじゃないか。やっぱり何か隠してやがんな?」

 

「隠してなんか……! とにかくダメなものはダメよ!」

 

 優曇華の手に、バチバチと赤く不気味な波長の妖力が集まり始める。狂気を操る瞳が、夜の闇の中で怪しく輝きだした。

 やっぱり、力ずくで私を追い返すつもりのようだ。だが、そう来なくっちゃ面白くない。ここまで警戒されているってことは、私の疑念が核心を突いているという何よりの証拠だ。

 

「上等だ。そこまでして永琳を隠したいってんなら、力ずくで割らせてもらうぜ!」

 

 私は不敵に笑うと、懐からミニ八卦炉を引き抜き、右手にしっかりと握りしめた。冬の凍てつく空気を切り裂くように、一枚のスペルカードを差し出す。

 

「さあ、夜戦の時間だ、優曇華! 隠し事があるなら、全部吐き出してもらうぜ!」

 

「望むところよ。新生(鈴仙)・優曇華院・イナバの力……見せてあげる!短視『超短脳波(エックスウェイブ)』!!!」

 

 


 

 

「きゅう」

 

 最後の弾幕を撃ち落とされ、優曇華は目を回して床に倒れ込んだ。波長を操る赤い瞳もすっかり光を失い、長い兎耳が力なく床にペタリと伏せられている。

 

「はぁはぁ、随分てこずらせやがって……」

 

 私も荒い息を吐きながら、熱を持ったミニ八卦炉を懐に収めた。

 さすがに必死な時の優曇華は手強い。だが、これだけの弾幕を張ってまで私の邪魔をしたんだ、この奥には間違いなく『何か』がある。

 

「ごめんないさい、お師匠様……守れ、なかった……」

 

「悪りぃな、優曇華。恨むなら私の好奇心を恨んでくれ」

 

 息も絶え絶えな彼女をその場に残し、私は一歩、また一歩と静まり返った廊下を突き進む。

 行き着いたのは、永遠亭の最奥、永琳がいつも薬の調合や患者の診察を行っている医務室の前だった。

 

 引き戸に手をかけ、一気に横へと滑らせる。

 

「おい、永琳! 立てこもりは終わりだ、観念して私の質問に――」

 

 怒鳴り込みながら部屋へ踏み入った私の言葉は、途中でピタリと止まった。

 

 鼻腔を突いたのは、いつもの薬草の苦い匂いじゃない。冬の寒さを一瞬で忘れさせるような、どこか甘く、けれど酷く冷ややかな、記憶の底を揺さぶるような不思議な香りが、部屋を満たしていた。

 

(これは……橘の香り?)

 

 そして、部屋の中央。

 永琳がいつも座っている診察用の椅子の傍らに、見知らぬ『彼女』が立っていた。

 

 仕立ての良い着物に身を包み、月の髪飾りのような美しい装飾品が光を反射している。その端正な顔立ちには、幻想郷のどんな大妖怪とも、あるいは月の都の人間とも違う、圧倒的で異質な気配が揺らめいていた。

 

(何というか住んでいる世界が違うというか)

 

「……おや」

 

 彼女は私の方へゆっくりと顔を向けると、初めて見るはずの私に対して、少しも動じることなく、実に物静かな、そして丁寧な声音で言葉を紡いだ。

 

「これは珍しいお客様ですね。確か……霧雨魔理沙さん、とお見受けします。……そんなに血相を変えて、一体どのような御用件でしょうか?」

 

 名前を呼ばれ、私の背筋にゾクリと冷たいものが走る。

 

「あんた……一体誰だ? 永琳はどうしたんだよ」

 

 私が八卦炉に手をかけ直しながら警戒を強めると、彼女はただ穏やかに微笑んだ。その微笑みは驚くほど優しく、けれど世界のすべてを見透かしているかのように深い。

 

「私はヨモツと申します。永琳ならどうやら会議があるがなんとかで、ここにはいませんよ」

 

「…そうか、残念だ」

 

 お目当てが不在とあっちゃあ、これ以上ここに居座る理由もない。優曇華と一戦交えてまで乗り込んだってのに、空振りだ。それに、この「ヨモツ」とかいう素性の知れない女の前にいると、どうにも居心地が悪い。私はつまらなそうに鼻を鳴らし、踵を返して部屋を出て行こうとした。

 

「おやおや、せっかくここまでいらしたのに…帰られてしまうのですか?」

 

 背後からかけられた物静かな声に、私は足を止めた。

 振り返ると、ヨモツとやらは相変わらず穏やかな笑みを崩さないまま、どこか楽しげに私を見つめている。

 

「永琳はいませんが……霧雨魔理沙さん。もしかしたら私が貴女の力になれるかもしれません」

 

「…あんた、私が何を調べにここに来たかも知らないだろ」

 

 じろりと睨みつける私に、ヨモツは隠すことなく「ええ、存じ上げません」とあっさりと首を縦に振った。

 

「ですが、私も結構な長生きでして。永琳ほどじゃありませんが、結構いろんなことを知ってますよ」

 

何について調べているかも知らないくせに、ずいぶんと自信たっぷりな物言いだ。永琳の留守の理由を知っているというのも気になるが、何よりこいつの放つ底知れない気配が、ただのハッタリじゃないと本能的に告げている。

 

「へぇ、大きく出たな。……けど、ただで教えてくれるわけじゃねえんだろ? あんたの目的は何だ」

 

「うんうん、話が早くて助かります。ええ、もちろん条件があります」

 

 ヨモツはそこで一度言葉を区切ると、部屋の奥の閉ざされた窓へと視線を向けた。その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、気が遠くなるほど深い寂寥と、外の空気を熱望するような強い光が混ざり合う。

 

 そして彼女は再び私に向き直ると、悪戯が成功した子供のような、それでいて酷く真摯な笑みを浮かべて言った。

 

「私が持っている知恵を貴女に貸し出す代わりに、一つ、私のお願いを聞いていただきたいのです。……霧雨魔理沙さん、私をここ…永遠亭から出してくれませんか?」




満月は月と地上を結ぶ唯一の鍵。
これさえ無くせば、追手も月から地上にやって来れない。
今頃、偽の地上に辿りついているでしょう。そう、黴臭い地上に。

――『東方永夜抄』ステージ6A 八意永琳の台詞(幽冥組)
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