■■■閑話:大体はこいつらのせい■■■
天よりもなお高い場所。
そこから周りを見回すと、目に映るのはこの世の物とは思えぬ幻想的な風景。
見渡す限りの星、星、星。
それに淡く輝く月に、力強い生命の鼓動を感じさせる青い惑星。
あと、光の傍で不毛なババ抜きをしている廃ゲーマーが二人。
廃ゲーマーの男女はババ抜きをしながら青き世界の上に陣取り、空中に浮かんだ拡大映像を操作してある人物を観察していた。
観察対象となっているのは、二人の手によりこの世界に引き込まれる結果となった者。
そいつは両の手を組んで目を閉じ、空と白に向かって祈りを捧げていた。
「ちょっとはマシな面になったか? 相変わらず気に食わん奴だが」
二人の片割れ。"愛は人類を救う(※ただしイケメンに限る)"とプリントされたTシャツに身を包んだツンツン頭の少年、
それを聞いたもう一人。全体的に色素の薄い華奢な少女、
「にい……それ、同族嫌悪」
「シャアラーーーップ!! お兄ちゃんは、もっとイケメンですのことよ!」
「今は……あっちの顔の方が、かわいい。かわいいは、正義」
「くっ、馬鹿な! 既に取り込み工作が進んでいる……だとッ!?」
大仰な動作で驚愕の意を示し、頬に汗まで浮かべて空は絶望の表情を浮かべる。
無駄に迫真の演技だ。
空とは対照的に、白の方は表情も変えずに淡々と会話を続けている。
動きのあった箇所は、僅かに首を傾けたぐらいのものであろうか。
流れた白く細い髪が空気をサラリと撫で、少女の線の細さを強調していた。
「しかし」
ババ抜きがひと段落して。
祈り続けるジンから目を放して、空は伸びをした。
「まだ俺達が神様だって信じてるんだな。時勢に乗ったお茶目なジョークのつもりだったんだが……。ディスボードへの転生じゃないと思った時点で、他の言葉もちょっとは疑えよ」
「お祈り、されても……困る」
神様ごっこや嘘と真実を取り違えるような意地悪をしたのは二人だったが(99.9%の原因が空。0.1%が、無関心だった白)、空はそれを棚に上げて文句を言う。
空がジンに対してやや辛辣なのは、昔の自分を見ているようでイライラするからだった。
これも、かつての自分を棚に上げている。
無自覚にやっているのではなく、わざとである。なおさらタチが悪い。
「こっちで数ヶ月経過した頃に、また様子を見に来るか。……ったく、神霊種ってのは気が長すぎだろ。ゲーム自体は終わったようなもんだが、放置するわけにもいかんしな」
「気に、なる……?」
白が不思議そうに問いかける。
「もう、勝利条件、満たした……報酬も、受け取った。これ以上、監視する必要……ない」
不思議といえば、空がこのゲームに乗った事自体がそうだった。
二人が描いた勝利への道筋からは、完全に外れている。寄り道どころの話ではない。
勝利への道筋に修正まで加えてまでこのゲームに乗ったからには、大事な理由があるはず。
「わから、ない……にいが、何を考えているのか」
それは真実であり、嘘でもあった。
空の考えている事がわからない。
それはすなわち、空が白の事を考えているという事だ。
比翼連理で羽ばたく二人の相違点。
それは、互いが相手の方をより大事にしているという点。
でも、いい。
白は、そう結論付けた。
空が白を護るというのなら、白も空の事を護ればいいのだ。
互いに相手を護り、死角をなくす。全てを見通し、互いの負ける要素を叩き潰す。
それが、
二人は他の誰をも寄せ付けない、二人だけの空気を放っていた。
だがしかし、空気を読もうとしない奴には無駄である。
この場所に、騒々しすぎる乱入者の影が差し込み始めた。
「主様主様あるじ様ー! 酷いですわ、お二人だけで中に入ってしまわれるなんて。私も見たいですわ! 未知……未知の世界が、文字通り世界まるごと……うぇへ、うぇへへへへへへ」
まだ姿を現していないにも関わらず、声を聞いただけで押しつぶさそうになるプレッシャーが二人に襲い掛かった。
世界が悲鳴を上げ、軋み始める。
ついでに二人も悲鳴を上げて逃げ出したかったが、退路など無かった。
「ちょ、おま。何故中に入れた!?」
「何を今更。主様の居られる所であれば、たとえ地獄の底だろうともお供する覚悟はできておりますわ。……あら。完全な異世界ではないとはいえ、さすがの私も体まるごとの移動は難しいですわね。せめて頭だけでも……よいしょ、よいしょ」
「や、やめろーーー! まだ早いっ。バランスが崩れる、世界が滅茶苦茶になっちゃうからぁっ!! てかお前、頭だけの転移とか猟奇的すぎんぞ!」
空中に現れ始めた変態の頭を強く押し返す空。
だが、変態ことジブリールはそんな事お構いなしに顕現を続け、ついには頭部全体が見えるにまでなった。
そこにあるだけで光すら支配するのか。顕現の際に生じた風に煽られ広がった髪は、プリズムのような煌きを見せた。
と、ジブリールは唐突にハッと顔を強張らせる。
何か、重大な事に気づいたようだった。
「ここはもしや、" ゆ っ く り し て い っ て ね ! "と言うべき場面でございましょうか!?」
「いや違うから。むしろはよ帰れ」
次々と現代日本のいらない知識を吸収し続ける変態に若干イラッとしつつ突っ込み、空はジブリールの頭を押す力を強める。
だがジブリールはそれに構いもせず、頭をぶんぶん振っていけない妄想をぶちまけた。
「先っぽだけ、先っぽだけでいいですからぁ! ああ、コレが殿方の持つ、溢れる獣欲という奴なのでしょうか。抵抗されればされるほど、何やらそそられるものがっ! 口では触りのいい事を言いつつ、世界の壁を突き破って全身で味わってしまいたいですわ~」
「駄目だこいつ、早くなんとかしないと……」
「……おいたは駄目。おしおき」
白がジブリールの頭を押し返すのに加わると、ジブリールはすごすごと元の場所に戻っていった。
ジブリールが二人を相手にする時は、二人が出せる以上の力を行使しないのだ。
代わりに、口から不満の言葉を発する。
「ひどいですわ~。空様の要望を叶える為、あのクソ……長耳共からの屈辱的な要求に屈しまで致しましたのに」
「……屈辱的? 常識的の間違いじゃないのか」
魔改造という言葉が大好きな空を持ってしてもドン引きする数々のアイデアを思い出しながら、空は突っ込んだ。
「にいが、常識を説く……?」
「うるさいぞ妹よ」
白への突っ込みも忘れない。
理解に苦しむ事に、引きこもりであるはずの空はハイテンションかつ芸人気質の男だ。
ネタを拾い逃すなど、もっての他だった。
「完全に天翼種ベースで造ったのであれば、十分実現可能な範囲に抑えたつもりだったのですが」
「そもそも前提から違うし……って、抑えた? あれで?」
信じられないという目を向ける空だったが、ジブリールは100%本気でそう思っている。
ちなみに。空が許容範囲と思っている内容も、普通の人が聞いたら「こいつ頭おかしい」と判断される事請け合いだった。
50歩100歩だ。意外と似たもの同士であった。
ジブリールをなだめすかし、土産話をたっぷりすると約束する事でなんとか納得させた空。
落ち着いてから世界を軽く見て周った後、空はシリアスな顔をしてもう一度観察対象に目を向ける。
ジンを見下ろし、月を見下ろし、世界を見下ろし。空は決め顔でこう言った。
「お前は、英雄になる必要はない。勝者になる必要もない。だが……世界は救えよ?
「あ、空様。お話だけでなく、物理的なお土産もお願いしますね。私、悪魔の実というものに知的探究心をくすぐられます……あいたっ」
再びニョキッと頭を出したジブリールをパコーンと叩きつつ、空は決め顔を崩さなかった。
■■■閑話:朴念仁、一人目■■■
ある日のメリー号、厨房にて。
飯の匂いに誘われて船室に下りたゾロの目に、ジンとサンジが並んで料理の仕上げをしている後ろ姿が映った。
暗い色であるにも関わらず燦然と光輝くそのワインレッドの髪をアップにまとめ、ジンはパタパタとせわしなく動き、香り付けのハーブを料理に仕込んでいく。
サンジは相変わらずバレエダンサーのように踊りながらデザートの盛り付けを行い、ポエムのような口舌を上げている。
ジンは耳をピコピコ動かし、笑いながらサンジの言葉に相槌を打っていた。
ずいぶんと、サンジとの会話を楽しんでいるようだ。
ジンの気分は、耳を見れば大体わかる。
犬の尻尾ですら、あそこまで感情をあらわにしないだろう。
真面目な顔をして真っ赤な嘘をゾロに教えようとしてくる事がたまにあるが、そんな時もゾロはジンの耳を見て真偽を判断していた。
笑いを堪えようとしているのか、耳がフルフルと震えているのだ。真面目な顔が台無しである。
毎回デコピンの刑を執行しているので嘘がばれている事はわかっているはずだが、何故ばれているのかは未だに気づいていないのだろうか。
そんな他愛もない事を考えつつ。まもなく料理も出来上がりそうなので、ゾロは椅子に腰掛けて待つことにした。
ただ料理を待っているだけのつもりだった。
しかし、サンジが席を外した時だ。特に言葉を発しようとしたわけでもなかったが、ポツリとゾロの口から言葉が漏れ出てくる。
「……仲、よさそうだな」
小さな言葉だったので、普通であれば誰の耳にも入ることなく、彼方に消え去るのみだっただろう。
だがあいにくこの場には、普通ではない耳を持っている奴が一人居た。
というか、ゾロの他にはそいつしかいなかった。
ゾロの言葉を逃さずキャッチしたそいつは、耳をピーンと伸ばしキラキラと目を輝かせながら近寄ってくる。
あ、うざいパターンだ。
天然が発動するパターンだ。
そう思ったゾロは腰を浮かせて逃げようとする……が、すぐに椅子に腰掛けなおした。
ゾロが逃げようとした瞬間、そいつはゾロの目を持ってしても視認困難な速度で移動してゾロの行く手を塞いだのだ。
これは逃げられない。
「そ、それは! 嫉妬と言う奴ですか? 仲間同士の、友情を育むためのスパイスなんですか!?」
ゾロの手に自身の手を覆いかぶせるようにして握りしめ、興奮した様子で詰め掛けてくるジン。
こいつの言うことは、たまによくわからない。
わからないが、何かずれた事を考えている事だけはゾロにはわかった。
「大丈夫、任せておいて下さい。私が一肌も二肌も脱ごうじゃありませんか!」
ドン、と胸を叩いて高らかに宣言し、勝手に話を推し進められる。
耳を羽ばたかせるようにパタパタと動かし、ジンは天に向かい指を立てて宣言した。
「サンジさんとの仲は、私が取り持ちますっ!」
ちげぇよ。
ゾロは、その言葉を飲み込んだ。
■■■閑話:朴念仁、二人目■■■
注意事項1:羽を触っているだけなので健全です。大事な事なので二回言いました。
注意事項2:(っ・ω・)っ悪霊退散!! ┌(^o^ ┐)┐
ゾロがつまみ食いを終えて甲板に横になっていると、鳥がこちらに接近してくる気配を感じた。
おそらく、残飯でも漁りに来たのだろう。
「……酒の肴には、ちょうどいいか」
ゾロは体を起こして指で刀の鯉口を切り、接近してくる鳥を待ち構えた。
鳥が脇を通過する瞬間、一気に抜刀し、鳥を切り裂く!
――つもりであったが、鳥はゾロの刀をひらりとかわし、テーブルの上にわずかに残った肉の欠片を咥えて去っていった。
「……修行不足だ」
ゾロは、刀を抜いたままの姿勢で固まりつつ漏らした。
空気を切り裂くように刀を振るったつもりだったが、わずかに残った空気の流れから刀の軌道を見切られたのか。
仮にそうだとしても、体を乗せられるほどの風圧は無かったはずだ。それで避けられるものだろうか?
そもそも鳥の翼ってのは、どれぐらい風を受けられるものなのか。
そんな事を考えていると、新たな鳥がメリー号に接近してくるのを感じた。
でかい。大物だ。
その鳥は甲板に降り立つと、あろうことかゾロに声を掛けてきた。
「……ゾロ、なんで変な体勢で固まってるんですか」
ていうかジンだった。
変なポーズを見られて若干気まずい思いをしながらも気を取り直し、気にするなと声を掛けつつ刀を鞘に納める。
「そういや、参考になるやつが傍にいるじゃねえか」
「?」
ゾロはジンの前まで歩みを進め、気軽にそのセリフを口にした。
「ジン、ちょっとその羽、触らせてくれ」
「えっ」
耳をクタッとしおらしく垂らしつつ、なぜか赤面して視線をそらすジン。
空中を彷徨わせた視線を時折チラチラとゾロに向けつつ、耳が立ち上がりかけたり再び萎れたりしている。
ゾロの予想だにしていなかった反応だった。
あの耳を見るに、何か迷っているらしい。
「こ、これは……よからぬフラグがびんびんに立ってますよ。私には分かります! ……しかし、逃げてばかりでもいられません。考えようによっては、ネタ的に美味しいイベントともいえるのではないでしょうか? 突撃取材というのも、アリなのではないでしょうか?」
ぶつぶつとそんな事を呟きながら、せわしなく耳を動かすジン。
なんだかよくわからないが、どうやら選択肢を間違えたらしい。こんな時は、理不尽な目に合うのだ。
ゾロが早くも心の中で反省を始めていると、やがて決心したのか。耳をピーンと伸ばしながらジンが叫んだ。
「……わかりました。ぜひよろしくお願いします! どんと来いっ。さぁ、さぁ、さぁ!」
腕を組んで仁王立ちし、一大決心をしたかのように声を張り上げる。
なんだそのテンション。
ゾロは突っ込みたかったが、とりあえず言われたとおりに羽に手を這わせた。
後ろを向いて翼を差し出したジンの羽先を、手の平で押してみる。
「……ッッ!?」
こそばゆいのか、羽に触る度にジンは体と耳をビクッと震わせる。
とりあえずジンの反応は無視して、ゾロは羽の構造を見て取る事にした。
なるほど、たしかに少しの風でも大きな力を受けられそうだ。
羽の構造を確認しながら1分ほど撫で摩っていると、突然カクンとジンが膝を崩した。
ゾロは咄嗟にジンの体を抱きかかえ、支える。
「……どうした?」
「な、なんでもありません。お気になさらず」
「いや、気になるだろ」
ゾロの言葉にジンは言葉を返せない。
息も絶え絶えといった面持ちで、先ほどの言葉を発するのがやっとだったようだ。
膝以外からも力が失われているのか、こてん、とゾロの胸に頭を預けてくるジン。
サラサラと滑らかな髪がゾロの体を伝って滑り落ち、シャツ越しに心地よい感触をもたらした。
髪と一緒に広がった甘い匂いを嗅ぐと、なぜだかゾロまでクラクラしてくる。
ジンの顔を見下ろすと、熱に浮かされたようなトロンとした表情でボーっとこちらを見つめ返して来た。
荒い吐息は熱い空気を孕んでおり、その瞳は濡れそぼっている。
力なく垂れた耳が、時折激しくビクンと跳ね上がる。今まで見たことの無い反応だった。
ジンの状態は気になるが、ゾロはなんと声を掛けていいかわからない。
いろいろと迷ったゾロは、ふと血迷ってジンの耳に触れてみる事にした。
別段、ものを考えて行動したわけではない。どうすべきか迷った挙句、耳も翼のような形状をしているなと思った瞬間手が伸びていた。
はじめはゾロの指から逃れるような動きをしていた耳だったが、一度掴んでしまえば大人しくなった。
ジンの耳は柔らかく、体の他の部分より高い温度を持っていた。
片側の耳を拘束されたジンは、残った方の耳をゾロに擦り付けるように頭を動かしながら、熱い吐息に混じって鳴くようなかすれ声を上げる。
「にゃぁぁぁぁ……」
こいつは発情期の猫か何かか?
ゾロがそんな事を思いながら翼や耳に触れていると、ジンは徐々にこちらの方へ体の向きを変えてきた。
始めは背中を向けていたはずだが、ゾロの胸に頭を預けた時点では横向きに。今では、ほとんど正面から抱き合うような形になっている。
両肩を寄せるような体勢でくっついて来るジン。例によってルーズな胸元からは危険信号を感じたため、ゾロはジンから目を逸らす事にした。
「……あんた達、何やってんのよ」
目を逸らした先には、悪魔が立っていた。
普段はジンが盾になるので直接的にゾロに被害が及ぶ事は少ないが、この状況ではそれも望めない。
ナミはゾロとジンの間に体を割り込ませたかと思うと、ジンを抱きかかえて勢いよく引き剥がす。
ガルルと声を上げて威嚇してくる猛獣を、ゾロは溜息をついてただ眺めた。
最近のナミは、どうもゾロとジンが接近するのに過敏に反応する。
ゾロは、理不尽だと感じた。なにしろ、理由が全くわからない。大体の女は理不尽の塊だ。
ゾロは、朴念仁だった。
閑話はR15、ノゲノラ成分多めでお送りしました。
これで、第1話後書きで紹介した人は全員出たかな?
誰か忘れているような気もするけど……