【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「っち……」
歯を食いしばって起き上がる。
すでに賢人の妖精の姿はなく、オレは一人で残されていた。
周りにはかつて兵だったものの血しぶきと肉片が散らばっている。この地で生きているのは、オレだけのようだった。
まったく、妖精の言葉に心を惑わされるなど馬鹿にもほどがある。新人でもあるまいし、オレはいったいなにをしていたんだ。
今はとにかくあの賢人の妖精を殺さないと。
さもなくば、さらに兵が死ぬ。人類がまた滅びかけてしまう。
「ミッカネンさん!」
赤に染まった天幕に、ラディムが飛びこんできた。周りに目をやって息を飲んだものの、すぐにオレに駆けよってくる。
「賢人の妖精にやられました! 三〇〇師団ほどがみんな食べられてしまって、戦線が崩壊しています……!」
「そうか、ありがとう」
オレは、パーティのリーダーなのだ。
ラディムに弱っているところをみせてはならない。ラディムは人類を救う勇者なのだから、オレに気をやっている暇はない。
「賢人の妖精はどのあたりにいるかわかるか」
「総司令部の北、およそ一〇〇キロに現れたそうです。巨人ほどの大きさになって、王都へとむかっているとか」
ようやく気づく。
賢人の妖精が己の情報を敢えてこぼしたのは、オレをここまでひきつけるためなのだろう。ここからでは、トラックでも七日はかかる。
それでは、駄目なのだ。
オレのせいで、すでに二千万もの命が失われた。このままではアグラシュタインも、残された兵も、パーティのあいつらも殺されてしまう。
このままでは、このままでは……。
「……その、ミッカネンさん。手、震えてます」
「む?」
言われて、己の手に目をやる。
手が、まるでネズミのように震えていた。カタカタとつられてロングソードまで鳴っている。
「ああ、すまない。だが、今はとにかく賢人の妖精を追わなければ」
「……ミッカネンさん?」
電信機を手にとり、願う。
「そばの滑走路に、ラッソという知人がいるんだ。爆撃機隊の者だから、もしかしたら後退ついでに運んでくれるかもしれない」
頼むから、ラッソにつながってくれ。爆撃機の速度なら、もしかすると手遅れになるより先にたどりつけるかもしれない。
その時、天幕のそとからすさまじい爆音が響いた。
◆◆◆◆◆
まるで崩れ落ちるように、一機の爆撃機が大地に横たわっていた。
オイルが漏れ、焦げ臭い香りがしている。灰の大地の上に転がる爆撃機の影は、黒々としていてまるで鳥の亡骸のようであった。
「こ、これ、燃えませんかね?」
「っ!」
オレはすぐさまコクピットのガラスをやぶって機に入る。
頭から血を流してぐったりとしているラッソを目にして、すぐさま抱きかかえてそばの窓から飛び降りる。
その一瞬の後、爆風が吹き荒れた。
「ごほっ、ごほっ」
たちこめる煙に巻かれながら、オレはなんとかラッソをひきずり、炎から遠ざけた。頭がガンガンと痛い。
「ミッカネンか」
ラッソの目がゆっくりとひらき、オレを捕らえる。ほかの乗員の姿が目に入らない俺は慌ててラッソに問いかけた。
「ほかに乗っているやつはいるのか! 編隊のほかの機は!」
「みんな、やられた」
ラッソは、虚ろな瞳で、オレをみつめかえした。
その目に、涙がうかぶ。ぽたぽたと垂れる雫が、灰にまみれた大地を濡らした。
「ワシのほかは、みんな、あの賢人の妖精に……!」
ラッソが嗚咽をこぼす。オレはただ、痛む心をおさえて黙りこむことしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「なるほど、ワインに伝染していたと」
頭に包帯をグルグル巻きにしたラッソが、顔をうつむかせる。
「ワシが、あの時とめていれば、ワインが手に入った時、理由をつけて飲ませなければ助かったと、そういうわけか」
「しかたのない話だ。誰もそんなこと考えもしなかった」
ラッソを慰めながら、オレは静かにため息をついた。爆撃機でいけないのなら、賢人の妖精に追いつくことはできないように思えた。
だが、それでも逃げてはならない。
すべてオレがまねいてしまったことだ、オレがなんとかしなければならない。二千万人の死は、オレが負わなければならない。
「ラディム、ここまでくるのになにに乗ってきた」
「そばの師団からバイクを借りて、それでここまで」
バイク。
歯ぎしりしてしまう。いくらどんなに速いバイクでも、この距離なら七日かかる。しかもそのあいだに賢人の妖精は歩き続けると考えると、亀のようなものだった。
「しかたがない。借りていいか、なんとかして賢人の妖精のもとまで……」
「おい」
肩をつかまれる。
ふりかえると、ラッソがオレの肩をつよく掴んでいた。
「ワシがいる。ワシに運ばせろ」
「しかし、爆撃機はもう壊れて……」
顔をうつむかせたラッソが、眼光鋭くオレをにらみつける。
「戦線の基地なら、伝令のための複葉機ぐらいあるだろう」
◆◆◆◆◆
もう一人も兵の残っていない陣地を、三人で探す。
ろくにつかわれもしなかったのだろう複葉機がひとつ、ほこりをかぶってトラックの後ろに乗っていた。
「古臭いやつだが、いけなくはないだろう。バイクよりはずっとましだ」
降ろした複葉機のエンジンをかけながら、ラッソはきゅっと唇をひきしめた。
「とっとと乗れ、三人ぐらいは運べる」
小さなむきだしのコクピットに三人をつめこむ。プスプスとエンジンは重たそうに複葉機を天へと飛ばしていった。
「ラッソ、賢人の妖精のところまでどれぐらいでつく」
「こいつはでても二○○キロがギリギリだ。二日はかかるだろうな」
二日。
歯ぎしりする。
そのうちに、いったいどれほどの数の兵が殺されることになるのだろうか。そのあいだ、オレはただこのコクピットで縮こまることしかできない。
その時だった。
白い雲の下から、無数の影が現れる。
「もしかして、友軍機……」
オレは身を乗りだしたラディムの首をひっぱってもどした。
その目と鼻の先を、機銃の銃弾がかすめていく。
「まさか……」
飛んできた機のコクピットに座っているのは、虚ろな瞳をした兵たち。その口からは、ちらちらと白い手がみえ隠れしている。
「賢人の妖精の駒かっ、やっかいな……!」
爆撃機にとりつけられた無数の機銃が、すべてラッソの操る機にむけられた。
とたん、けたたましい音とともに無数の銃弾が飛んでくる。オレはすぐにエンジンにおおいかぶさった。
オレの背に銃弾が撃ちこまれ、激痛が走る。
それでも、オレは歯を食いしばってたえた。ここでエンジンをやられて落とされればオレやラディムはともかく、ラッソが助からない。
「ラディム、爆撃機を落としていけ!」
「わかりました」
気軽に盾になれるのは、傷が治るオレだけだ。
複葉機を左右上下にゆらして死にもの狂いで銃火をよけるラッソが機の先についている機銃で爆撃機を狙うことなどできない。
おそいくる爆撃機をなんとかして落とせるのは、ラディムしかいなかった。
「っ!」
魔術炉に火を入れたラディムが、黄金の刃をふるった。
斬られた爆撃機はすぐに火を吹き、どんどんと落ちていく。しかし、残された機はみな、まるで曲芸のように刃をよけていった。
「っ、なんでこんなきれいによけて!」
ラディムが思わず言葉をこぼす。
賢人の妖精は食った人の知識や技術、魔術を手に入れる。となれば、今の爆撃機の軌道はまずまちがいなく生きていたころの兵たちの腕だ。
「……あれは、ワシの編隊の者だ」
ラッソが、歯を食いしばりながらしぼりだすように言葉を口にした。
「だから、ワシが命にかえてでもおまえをつれていく」