ソードアート・オンライン ――パープル・シャイン―― 作:雪瀬 恭志
原作:ソードアート・オンライン
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その言葉では足りないほどに、彼女の事が好きだった。
これは、そんな”彼女”を好きになってしまった、影の人間の物語。
生まれてきてくれて、ありがとう。
──僕は弱者だ。
どんなときも上手くいかなくて、皆の矛先が全部僕に向く。ゲームもそうだ。僕の役目は前線の攻撃、でもいつもタゲ取りを任される。
「ユート!! タゲ取り任せた!」「お、おう!!」
僕は大剣を構え、タゲ取りスキルを展開。敵──レベル八十一エネミー〈ライトニング・ワスプ〉の目線がこちらに向く。
昆虫エネミー特有の鋭い眼光。ひくっ、と鳴る喉。しかし眼前を見据え、両手で持った得物で一打、二打と〈ライトニング・ワスプ〉に攻撃を与えていく。ギィッッ!! と金属を掻っ切るような鳴き声とともに突進してくるエネミーの攻撃をタイミング良く大剣で受け止めると、パリィ。
「──ヤマト! 行けェ!!」「ハァァァアアッッ!!」
ヤマトの連撃。上段下段左右から斬撃を繰り出すソードスキル〈東雲〉、その猛撃を食らった〈ライトニング・ワスプ〉は一瞬のタイムラグのような挙動を取ると、ガラスが割れるような音と、身体をカラフルな破片に変えながら霧散する。
「今日も難なく終わったな」「あ、あぁ……」
キ、ン……と刀を納刀するヤマト。ヤマトと僕は高校に入ってから出来た友達だが、このゲームを介して、今では相棒のような存在になっている。
「その大剣、そろそろ変えたほうがいいんじゃね?」「う、煩いなぁ! 気に入ってんだし、いいじゃんかよー」
この大剣〈ストレリチア〉も僕のもう一人の相棒であり、モノリスのような無骨な見た目の割に要求ステータスが低く、それでいて火力も高い代物で、同時にもうこのゲームにはいない仲間の形見なのだ。
僕はヤマトの声を聴きながらフィールドを見渡す。平原のような広大なフィールドでは何名かのメンバー群がそれぞれエネミーやアイテムを採取・討伐していて、それぞれが活気に満ちている。
否、活気に満ちている、というのはとんだ間違いだろう。なぜなら此処は──
「ユート! 後ろ!!」「え──」
吹き飛ばされる。壁に衝突し、視界が暗転する。
鈍痛。
「うぅ……」と呻く僕の遠くでヤマトが叫ぶ。ピピピッっとなるHPアイコン。ゲージを見ると安全地帯を示すスカイブルー色から一気にオレンジまで持っていかれている。──致命傷をもらったのだ。
「立てユート!! そこまで来てる!!」
「ぅ……ぁ……」
受け身を取らずに直撃を食らったためか、身体に力が入らない。否、これも間違いだ。怖くて足がすくんだのだ。
レベル八十三エネミー〈ラスティネイル・スコーピオン〉は名前の通りサソリ型のエネミーだ。尻尾にはポイズン異常を付与する棘が、両手には高火力の鋏を持っている。
そして運の悪いことに、僕は棘の方を食らったらしい。オレンジ色のHPゲージがじんわりと黄緑がかっていく。
(このまま……じゃ……)
ここで命を落としたら最後、二度と”向こうの世界”に帰れなくなる。そうなったら〈ストレリチア〉の元の持ち主──仲間と同じだ。
”武器落とし”状態の、所謂ステゴロの状態。吹き飛ばされた体勢のまま死を迎える──刹那
「……行くぞッッ!!」「うんッ!」
黒と紫の影。男女一人ずつだろうか。低い声と、明るく、どこか柔和な声が入ると同時に鍔迫り合いの音が聞こえる。「そこの君は、”彼”にポーションを!!」「わ、解った!」
「ゼェアアアアアアアアアアッッ!!」
指示を飛ばした”黒”は、雄叫びのような裂帛の後、両手に持った二刀の剣を巧みに使いながら、そして見たこともないソードスキルを使いながら、エネミーにダメージを与えていく。
「よし、スイッチ!!」「うん!!」
連撃をタイミングよく止めると、地面を蹴り勢いよく後ろに下がる二刀の男性剣士。
そして──
「おい、大丈夫か?」
意識がはっきりすると、眼の前にいる人物に手を差し伸べられているのが解ってくる。
年は十代半ば──もしかすると後半かも知れない──くらいだろうか。女顔に近い童顔にスーツのような、それでいて精緻なデザインの黒装束。背中には二刀剣。片側は黒く、もう片方はクリスタルのように透き通っている。
「ありがとう」「──おっと、大丈夫か?」「大丈夫です」
差し伸べられた手を用いて立つと、少しよろける。「貴方は……?」
「えっと……俺の名前はキリト。さっきは介入して悪かったな。それでもどうしても助けたくて──」
(キリト……あぁ……〈黒の剣士〉か)
俯く僕。
──噂には聞いている。あの〈閃光〉と肩を並べる存在。〈攻略組〉の最前線メンバー。その前からわかってはいた。なぜなら二刀の剣を使うのは、僕の知りうる限りでは”彼”しかいないのだから。
「キ〜リトっ♪」「ちょっ、おいストレア……抱きつくのは!」
えへへ〜、と声が入ると同時に、僕は顔を上げる。
そこには紫の美女が、いた。
明るいがどこか消えてしまいそうな、それでいて儚げな印象を受ける顔立ちは今は糸目になる程に笑んでいる。そして淡紫色の、おくれ毛を緩くロールがけしたかのようなボブほどの長さの髪と、情熱的な紅い瞳。明るく、どこか優しいような声は、今は眼前の人物──キリトに注がれていて、ひしっ、と彼を捕まえて離さない。
服装もそうだ。姫騎士を思わせる、その華やかかつ機能的な、それでいて紫を基調とした衣装には、見たことのない精緻な幾何学模様が描かれている。
加えてメリハリの付いたボディラインに高めな身長は、見た目よりも少し大人びて見えるだけではなく、彼女のその華やかさに落ち着きを与えているかのようだった。
それら収束した中でも彼女を強い存在にしていたのは、他でもない。その武器は、僕の持つ〈ストレリチア〉と同じ大剣だったのだから。
「──い、おーい。──大丈夫か?」「は、はいっ」
黒の剣士に話しかけられ、僕は素っ頓狂な声を漏らす。思わず彼女を見る。見てしまう。
その挙動に彼女はふふっ、と小さく微笑をする。根の優しい女性特有の、柔和な微笑み。
──今、”向こうの世界”では心拍数の異常を鳴らす警告音とが鳴っているかも知れない。僕はなるべく彼女たちに気づかれないように「あ、ありがとうございましたっ」とその場をあとする。「あっ、おい!!」と後をついてくるヤマトの声。僕はその声に目もくれず、そそくさとその場を後にする。
◇
「ストレア……さん、か……」
ベッドに仰向けに寝転がり、手を伸ばす。
夜。ヤマトと別れ、宿に戻った僕は、先程の出来事を反芻する。紫の彼女──ストレアへの疑問は益々増えていくばかりだ。彼女はどういう立ち位置でどういうギルドに属しているのかとか、周りにはどんなメンバーがいて、どんなキャラなのかとかそんなことだけではない。彼女はどこ出身で、どんな人生を歩んできたかとか、そんなことが現れては積もっている。
所謂一目惚れ、というものだろう。ここでそう思っていれば、ずっと引き摺ることもなかっただろう。それは”彼”にも同じことが言える。”彼”──キリトはどんな人物で、どんな人柄なのだろう……否、今はそれよりも
「……かわいかったな」
笑った表情はとても魅力的で、見た目よりも幼いその表情を思い出すたびに、”彼”に段々と棘が生まれる。
──欲しい。あの微笑みが
「……僕がそんな事、いけないよな」
僕は弱者だ。どんなときも上手くいかなくて、皆の矛先が全部僕に向く。ゲームもそうだ。僕の役目は前線の攻撃、でもいつもタゲ取りを任される。
でも、この日はなんだか、彼女のお陰で少しだけ”いい日”になれた。そんな気がしていた。