三隻体制となった我々は、いよいよ、本腰を入れて、この星系の調査を行うこととなった。
幾度かの調査によって分かったことだが、この星系は調べれば調べるほど、かつての人類のゆりかごである太陽系に酷似していた。
居住可能な星系第三惑星は、一個の衛星を保有しており、巨大ガス惑星である第五惑星は、木目を思わせる巨大な高気圧の渦があり、同じく巨大ガス惑星である第六惑星には、無数の小惑星や氷塊で構成されたリングが存在している。
「時空を超えて、並行世界の太陽系に現出したなんてことは無いだろうな」
冗談めかしてはいるものの、司令がそんな印象を抱いてしまうほどに、この星系はかつての太陽系と酷似していた。
とはいっても、細部はかなり違うし、実際には、全く無関係な良く似た星系なのだろう。
何しろ、オリオン腕内だけでも恒星の数は、数千万から数億個程と言われているのだ。
すべての恒星が星系を形成しているわけでは無いだろうが、それだけ膨大な数の恒星系があれば、太陽系に類似した星系が一つや二つ存在しても不思議ではない。
「はーい、司令。提案でーす」
『すいう』がぶんぶんと大きく手を振りながら叫んだ。
「何か、『すいう』」
「ここまで太陽系に似てるんだったら、いっそのこと、太陽系って呼んでも良いんじゃないですかぁ?」
「ふむ」
司令は思案げな表情で、意見を求めるように私に視線を向けた。
「宜しいのでは無いでしょうか。あくまで、我々の中での仮の呼称ですし。第一惑星、第二惑星などと呼ぶのも判り難く面倒です」
「そうだな。では、そうしよう」
「では、同様に、火星と木星の間に存在する小惑星帯をメインベルト、メインベルト内に存在する準惑星をケレス、カイパーベルト以遠に存在する準惑星を、冥王星、マケマケ、ハウメア、エリスと名付けます」
いずれも、西暦21世紀代に発見もしくは惑星から準惑星に再定義された天体群だ。その後も準惑星はいくつも発見されているが、キリが無いのでこのぐらいで良いだろう。
「そういえば、人類の故郷の太陽系って、なんで、名前がついてないんですかねー?」
オリオン腕に進出し、すでに数多の星系を発見し、いくつもの星間国家を形成しているにも関わらず、人類発祥の地である太陽系には、固有名詞が存在しない。
未だに人類は、ただ太陽系とだけ呼称している。
『すいう』の疑問はもっともだが、人類にとって、それが唯一無二の特別な存在であるということなのだろう。
かつて人類がひしめき暮らしていた惑星、地球についても同様で、特別な名称は与えられず、ただ地球とだけ呼称されている。
「司令は、太陽系に行った事あるんですかぁ?」
「いいや、無いよ」
無邪気な『すいう』の疑問に、司令は苦笑気味に答える。
「じゃあ、『りょうかみ』は?」
「ありません。そもそも、太陽系はオリオン条約の保護星系で、あらゆる軍事行動が禁じられています。軍人である司令や、軍艦である本艦が立ち入ることは出来ません」
人類発祥の地である太陽系は、オリオン条約によって保護されており、居住や立ち入りは固く禁じられている。
太陽系への立ち入りを許可されるていのは、厳しい審査をパスした、研究や学術調査目的の人員だけだ。
警備も厳重で、帝國を含む条約加盟国の軍隊で構成された多国籍の大艦隊が、太陽系のオールトの雲外縁部を常時巡回する厳戒態勢が敷かれているのだ。
しかも、無許可で接近する船舶は、理由の如何を問わず無警告で撃沈するという徹底ぶりだ。
「軍艦が立ち入れないのに、軍艦が警備してるって、なんか矛盾してますねえ」
「確かにな。だが、その警備艦隊もオールトの雲から内側には1AUたりとも進入できないことになっている」
「私、地球がどんなところなのか、超気になります!」
「以前、地球の記録映像を見たことがあるが、中々興味深いものだったぞ」
本艦のアーカイブにも、現在の地球および太陽系の最新の調査情報が映像データとして保存されている。
人類が完全に退去した地球では、人類の残した文明の残滓を覆いつくすかのように、急速に自然が回復していた。
聳え立つ高層建築物が繁茂する植物に呑まれていく様は、ある種の美しささえ感じられる光景だった。
しかも、驚くべきことに、類人猿の一種が急速に進化を遂げ、原始人類のような社会生活を営んでいることまで確認されているのだ。
人類が地球上から居なくなり、そのニッチの空白を埋めるべく、爆発的な進化を遂げたのだろう。
何百万年後には、彼らが新たな人類として、地球上に君臨する日が来るのかもしれない。
「ねえねえ、司令! 『ずいう』が戻ってきたら、みんなで観ましょうよー」
「興味があるのなら、本艦のアーカイブにあるデータを転送しますが? 『すいう』」
「もー! そうじゃないでしょ、『りょうかみ』!」
『すいう』は、私の提案を言下に拒絶した。
「なぜですか、『すいう』。最新の地球のデータを閲覧したかったのではないのですか?」
「えー……。本気で言ってるの、『りょうかみ』……」
『すいう』のほうこそ、いったい、どういう了見なのだろう。
私は、地球のデータが見たいという彼女の要望に、応えようとしただけなのだが。
「司令! 司令からも、なんとか言ってくださいよう!」
挙句、司令に対してそんなことを言い出した。いったい、何だというのか。
「まあまあ。落ち着け、『すいう』」
どこか呆れ顔の『すいう』を、司令が苦笑しながら宥めている。
「『りょうかみ』。『すいう』が言いたいのは、皆で団欒したいということだよ」
司令の言葉に、『すいう』がそうだとばかりに、何度も頷く。
「そうそう! そういうことだよ、『りょうかみ』! だって、私達は、家族なんでしょ?」
家族。ああ、そうか。家族の団欒ということか。
確かに司令は、私達を家族のようなものだと考えていると仰っていた。
『すいう』は、地球の情報データが欲しいのではなく、家族の団欒だというものをやってみたかったということなのだろう。
「わかりました。『ずいう』が戻りましたら、皆で地球の映像を鑑賞しましょう」
そう締めくくった直後、『ずいう』から超光速通信が入った。
『ずいう』は、第八惑星……いや、海王星近傍で、SIGINTドローンの敷設および、空間跳躍座標確定のための空間調査を行っていたところだった。
司令の正面にあるモニターに『ずいう』の姿が表示される。
「司令。『ずいう』です。第八惑星近傍空間のSIGINTドローン敷設および、空間座標調査を完了しました。これより帰還します」
「ご苦労。気を付けて帰ってこい」
「了解しました」
格式ばった敬礼を遺し、『ずいう』との通信は終わった。
「司令。これで、海王星空域への空間跳躍による進出が可能となりました」
「うむ。後は……」
「この星系の知的生命体との接触ですね」
「楽しみですね、司令! 『りょうかみ』! ここに住んでる人達って、どんな人達なのかなぁ?」
無邪気そうに笑う『すいう』だが、事はそう簡単ではない。
これまでのSIGINT活動により、この星系の知的生命体の活動領域や言語の解読、現在この星系がどのような状況なのかを、ある程度知ることが出来た。
この星系の住人が主に活動している領域は、地球以外では金星と火星周辺のようだ。
その三つの惑星の近傍の空間に宇宙ステーションが点在しており、彼らの活動領域がその三惑星の周辺に集中していることが伺える。
「しかし、この星系の知的生命体には、奇妙な点が多いな」
「はい」
「奇妙な点って、何ですかぁ?」
『すいう』は、きょとんとした表情で小首を傾げる。
「もしかして、目からビームを出すとか?」
「どんな妖怪ですか、それは」
司令は苦笑し、私は額に手を当てて頭を振った。
どうも『すいう』は、あまり深く考えずに、思った事をすぐに口に出してしまう性質のようだ。
司令と私の遺伝子情報から生成されたはずなのに、どうしてこのような性格設定になってしまったのだろうか。
私達の反応が不満だったのか、『すいう』は、頬袋に餌をため込んだハムスターのように頬を膨らませた。
「えー、そんなの、わからないじゃないですかー! 宇宙人なんですよ、宇宙人! 私達の常識が通じる保証なんて、どこにも無いじゃないですか!」
目からビームはともかく、常識が通じる保証が無いということについては正しい。
だからこそ、少しでも不測の事態を減らすために、私達は慎重に星系の調査を進めているのだ。
「それで、司令。何が奇妙なんです?」
「うん。まず、知的生命体の宇宙への進出度についてだ」
この星系の知的生命体は、少なくとも、母星である地球の周辺空域や近隣の惑星に進出し、衛星軌道上やラグランジュポイントのような重力安定空間に、ステーションなどの建造物を構築するだけの技術力を持っている。
それにもかかわらず、木星圏に進出した形跡が、全く見られないのだ。
火星と木星の間にあるメインベルトには、辛うじて人工物が存在した形跡は存在するが、そこから先は、一切の痕跡が存在しないのだ。
「それは、単純に技術力の問題なんじゃないですかぁ? 距離的なものとか、軌道投入の難易度とかー。木星は重力が凄いし、放射線もヤバめだしー」
「だとしても、探査衛星すら投入した形跡が無いのは不可解です」
我々人類でさえ、当時の覇権国家の一つであったアメリカ合衆国が西暦1973年に打ち上げたパイオニア10号をはじめ、数多くの探査機が木星軌道に投入されている。
その頃の人類の宇宙進出度はというと、地球の衛星である月に到達したばかりだった。
技術力でだけ言えば、この星系の知的生命体の方が、当時の人類よりも圧倒的に優れているのだ。
「うーん、興味が無かったとか……?」
「宇宙に進出するような種族が、ですか? あり得ませんね」
「まあ、それについても調査が必要……」
言いかけて司令は、何かに気づいたように言葉を止めた。
顎に手を当てて、考え込んでいる。
「どうかされましたか、司令」
「いや、何でもない。大したことじゃない」
「司令~! 家族の間で、隠し事は無しですよー」
司令は苦笑しつつ、わかったわかったと『すいう』を制した。
「いや、本当に些細な事なんだが」
「それでも、情報を共有いただけると幸いです」
司令がどんなことに気づきを得たのか、私も興味があった。
私からもお願いすると、司令は「本当に些細な事なんだ」と繰り返した後、話してくれた。
「メインベルトまでは、人工物の痕跡が確認されただろう?」
「はい」
「ですねー」
「つまり、少なくとも、メインベルトまでは調査しようとしたわけだ」
「確かに、現時点で確認できる状況からは、そう推察出来ます」
「しかし、稼働中と思われる宇宙ステーションや衛星の存在が一切確認出来ない」
司令はメインモニターに映し出されている星系図から、指示棒でメインベルトの箇所を指し示した。
「ここに何か、彼らが外惑星系へ進出できない理由が潜んでいるのではないかと思ってな」
「それって、何なんですか、司令!」
「それがわかれば、苦労はしないよ。俺の単なる思い付きだ」
「あ、私、気づいちゃった! きっと、メインベルトに宇宙怪獣がいるんですよ! 宇宙怪獣!」
「怪獣か。そいつは、大変だな」
司令とじゃれつく『すいう』を眺めながら私は考えた。
司令は単なる想像と仰るが、彼らが何らかの理由で、メインベルト以遠への進出や観測が不可能なのであれば、あまりこそこそする必要は無いのかもしれない。
「司令。提案があります」
「何か、『りょうかみ』」
「先住知的生命体に無用な警戒を与えないため、外縁部の天体から慎重に探査を続けて来ましたが、土星と天王星の調査はほどほどに、一気に木星空域まで進出するのは如何でしょう」
「おいおい。俺が言ったことは単なる思い付きだぞ?」
「意外と正鵠を射ているかもしれません。もし、彼らに何らかの変化が見られれば、我々の行動指針の目安にもなります」
「あっ、私もさんせー! 早く宇宙人さん達に会いたいー」
「知的生命体と接触するかは別問題ですよ、『すいう』」
「えーっ」
「ふむ……」
私は静かに、『すいう』は期待に満ちた眼差しで司令の言葉を待つ。
「多少強引ではあるが、時には大胆な決断も必要か。わかった。了承しよう」
「ありがとうございます、司令」
私は司令に微笑みかけた。
「心配はいりません。不測の事態が起きた場合、私達三隻が、障害を悉く粉砕いたしますので」
「んなっ!?」