世界に名だたるは我らがホンジョウ   作:あまみまくら

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第三話 妖精の子

 友達が話しかけてくる。いつも通りに口角を上げ、いつも通りに肩と平行に手を上げて挨拶の口上を述べた。こうすれば後は友達同士で話し始めるので自分は合わせて相槌を打つだけだ。授業が始まれば呪文を唱えて魔法を行使する。いつもの、なんの変哲もない日常の繰り返し。機械のようにマニュアル通りの動きを繰り返す毎日。

 

 ただ、自分でも分からないくらいどうしても身体が重い時がある。

 

 

 

 

 

 

「おはようサクラ、今日も少食なのね」

「おはようございますソニア、これはイギリスの魔法使いがものすごく食べるだけで私は至って標準的な食欲ですからね」

 

 ハッフルパフの机に来て挨拶してくるソニアに笑顔で応答する。最近だとソニアから話しかけてくれることが増えていた。どうやら嫌われていたというのは勘違いであったらしい。それと純血主義も。ソニア自身は特に血の濃さに頓着はないようだ。

 

「サクラ!俺たちの新作見てくれ!」

「こいつはすごいぜ、ホグワーツ中が驚きの悲鳴で溢れかえるぞ」

 

 そこにウィーズリーの双子がやってきた。手には新作の悪戯道具を携えてだ。彼らの発想と技術力には舌を巻かれるくらい認めてます。認めてますが、食事中に糞爆弾を持ってくるのは切実にやめてほしいのです。アドバイスを授けてしまう私も私ですが。そこで隣に座っていたソニアとフレッドの目が合った。もうばちりと。

 

(あ、なんだか嫌な予感が)

「あら?誰かと思えばウィーズリーのところの悪戯二人組じゃない。()()サクラに何か用かしら」

 

 あぁソニアそんな風に煽り口調で言わないでください。ほらフレッドがすごい不機嫌そうな顔になりました。

 

「おあいにく様、サクラとは君より前から仲良くさせてもらってるんだ。それだったら君の方がお邪魔なんじゃないか?」

 

 バチバチと、二人の間で閃光が迸る。この二人はスルースキルというものがないんですか。ジョージも後ろで肩をすくめていますし。

 

(ジョージ、双子の責任でフレッドを止めてください)

(無茶言うな、フレッドはこうなると俺にも手が付けられない。そして俺は面倒ごとに巻き込まれたくない)

 

 そんな殺生な。間にいる私の身にもなってください。しばらく笑顔で牽制し合う蛇と獅子の間で縮こまる穴熊になった。

 

 

 

「なによあいつ、まるで自分がサクラの一番の友達ですみたいな顔しちゃって。私の方が出会うの早かったわよ!」

「まぁまぁソニア、早い者勝ちとかそういうものじゃないので……」

 

 合同授業の魔法薬学でペアになった私たちは眠り薬の調合をしていた。ぷんぷん怒りながら少しばかり乱暴に鍋を回すソニアをなだめながら煎じたニガヨモギを加えたところで完成する。今回も我ながら上出来である。これ教科書にはニガヨモギは千切りと書いてますが押しつぶした方がよく汁が出るのではやく反応が進むんですよ。まだ不機嫌なソニアを連れてうきうきでスネイプ先生のところに提出しに行った。

 

「ふむ、上出来だ。今回も一番で完成させたな。その手腕に敬意を表してハッフルパフとスリザリンにそれぞれ五点」

 

 やりました。スリザリン贔屓とか言われてますがスネイプ先生は真面目に魔法薬学を受けている人には結構寛容なんです。ウィーズリーの二人は悪口ばっかり言ってましたけどね。授業で指定された薬とは違うものを作るからではと指摘しましたが。ソニアも自寮に加点されたことで少し機嫌が直ったようです。よかったよかった、と安堵しているともう一ペア、ハッフルパフの生徒が魔法薬の提出に来た。

 

「先生、僕たちもできました」

 

 提出しに来たのはセドリックだった。さすがは優等生、運動も勉学も卒なくこなす彼ならはやくに調合を終えると思ってましたが予想外の速さです。これは油断しているといつか追い抜かれそうですね……そこでふと、彼が隣を通り過ぎる時にまた違和感を感じた。何かずれているというか、うーん、やっぱりどこかで感じたことある気配なんなんですよねぇ。

 

「ということで、彼について何か知っていることはありませんか?」

「「俺らよりもサクラの方が知ってるだろ、同じ寮なんだから」」

「まだ出会って一か月ですよ!それにまだ友達とも言える関係じゃないですし、目が合ったら挨拶する程度です」

 

 学校終わり、悪戯道具の開発に勤しむ二人に連れられて私も彼らの手伝いをしていた。その傍らでセドリック・ディゴリーという人物について聞く。曰く聖28一族に名を連ねてはいないが有名な純血名家の出らしい。先祖のエルドリッチ・ディゴリーが闇払い局を設置したことで有名で、一族のほとんどが魔法省に仕えているエリート一家だとか。だから彼あんなに高スペックなんですね。納得です。

 

「なるほど、魔力の高さも純血の血があるからなんですね。にしては少々オーバースペック感が否めないような……」

「そんなにディゴリー君のことが気になるの?」

 

 隣のソニアが伺うように聞いてくる。そう、今回はソニアもいた。双子になかば連れ去られる形で連行された私を追いかけてきたのだ。それはもう般若の如くだ。双子、特にフレッドはそれはそれは怖がっていた。

 

「はい、どうにも彼、此岸の気配が薄いような気がするんですよねぇ」

 

 そういうと三人はん?と首を傾げた。

 

「シガン?なにそれ」

「日本でこの世のことを指す言葉です。逆の言葉を彼岸と言います。つまり死後の世界ですね」

「おいおい、セドリックが死んでるって言いたいのかよ」

「いえ、さすがに幽霊とまでは言いませんけど、こう、なんだか私たちとは生きている世界が違う感じがするっていうか……」

「電波か?サクラは電波な子なのか?」

「失礼ですね!至極真面目に言ってますけど!」

 

 茶化すウィーズリー兄弟に作りかけの開花花火を投げつければ彼らの頭の上に色とりどりの花が咲く。おや成功のようです。これは祭りの余興の盛り上げに使えそうなので要開発ですね。

 

「わお、まるでプリンセスだ。でもあれ、なんだか眩暈が……」

「おいフレッド、顔色がレインボーだぜ。いや俺の視界がレインボーなのか」

「ふん」

 

 ブチッと彼らの頭のお花をソニアが摘み取る。どうやら人に使うととんだ副作用があったようです。栄養でも吸い取ってるんでしょうか。このお花をなにかの調合薬に使えば強い滋養強壮薬が作れるかもしれませんね。

 ソニアは未だ目を回す双子の頭を叩き正気に戻させる。なるほど、強い衝撃が加われば元に戻るんですね。メモメモと……

 

「それで、ディゴリー君の生きている世界が違うっていうのはどういうことなの?私にも普通の優秀な子にしか見えないけど……」

「うーん、まだ確証がないので。感覚的な話ですしどう言ったものか……」

 

 確かに傍目から見たらセドリックはごく普通のホグワーツ生徒である。所作も性格も好かれる者のそれだ。成績優秀で仲間想い、実際桜も彼に助けられることは結構ある。しかしこう、どうにも完璧すぎるというか、例えるならカンペを読みながら喋る司会者みたいな……コードを掛け違えたテレビで海外の番組を見ているような感じです。

 

「どうしてこんなに彼のことが気になるんでしょうか……」

「お、恋か?」

「は?」

「違います」

 

 申し訳ありませんが私のタイプはサ〇ケ君みたいなツンツン男子なので。セドリック君は優しいですが正直彼の声はあのノンデリ暗部君を連想させるので恋愛対象になることはないです。あとソニアがフレッドの脇腹を殴ってましたがまた怒らせるようなことをしたんでしょうか?

 ふと、ゴブストーンを改良していたジョージが口を開いた。

 

「サクラの違和感の正体は分からんが、セドリックの過去が関係してるかもな」

「過去?」

「あぁ、あいつ三年前に行方不明になってたらしいぜ。半年したらピンピンしながら帰ってきたそうだけど。セドリックの親父さんがあいつに過保護なのもそれがあったからだって噂だ。もしかしたらその時、本当にセドリックはあの世に行ったのかもな……なんだよ、俺なにか変なこと言った?」

 

 きょとんとした顔でえげつない事を言うジョージを三人そろって目を細めて見つめる。

 

「ジョージ、俺ときどきお前のことが怖くなるよ」

「冗談言うなよフレッド、俺はいつだって人畜無害なハッピーガイだ」

「……でもディゴリー君にそんなことがあったなんてね、意外だわ……サクラ?」

「いえ、少し考え事をしてました」

 

 行方不明、いやまさかそんなことはないと思いますが。しかしそれなら辻褄が合います。しかしそもそもの前提条件が違うからこの仮定は成り立ちはしないのですが。

 

(頭に入れておいた方がよさそうですね)

 

 そうこうしている内に双子は新作の悪戯道具ができたらしく早速その場で試していたのだが、運悪くソニアの方にゴブストーン(改良版)が飛んでいき縦ロールになった彼女に双子はステューピファイを飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 ハロウィン、またの名をサウィンの夜。古代ケルトを起源にした祭りで死者が蘇るとされている日だ。日本でも似たようなお盆があるがこっちでは南瓜をふんだんに使った飾りや料理で祝宴をあげるのが特徴である。ケルトでは南瓜ではなくカブらしいですが。管理人のフィルチさんが廊下で南瓜の飾りつけを準備しているのが最近の日常の風景だった。

 

 食堂内、夕食の席でパクパクと吸い込むように料理を食べる男の子、セドリックをチラリと盗み見る。今回は遠くに座っているので話しかけることはできません。どうして私が彼を気に掛けるかというと最近セドリックの様子がおかしいからです。

 

 最初はセドリックが日没の談話室で突っ立っていたことからだった。もう日が暮れて上級生以外寮にいるはずなのに談話室でぼーっと立っている彼を怪訝に思った監督生が彼を自室まで送ったのが事の始まりである。真面目なセドリックにもそんな一面があるのかとみんな間で少しの間話題になっていた。ちょっと疲れていたとセドリックは言っていたが。

 しかしその後も食事中や自習中、果てには授業中にもぼーっとしていることが増え、遂には教授に注意も貰うくらいまであっては不可解に思わない道理はない。あの優秀で隙のないセドリックが叱られるなんて。日頃の行いから減点はされてなかったが。桜含むセドリックの周りの友達の間では彼を心配する声で溢れていた。

 

(もし私の仮定が合っているのなら、いや合っていてほしくはないのですが。この期間だけはセドリックの身が危ないかもしれません)

「なのでここで偵察です」

「だからって私も巻き込まないでほしいのだけど」

「「これで君も校則違反者の仲間入りだなロングボトム」」

「サクラの頼みだから仕方なくよ、分かったらそのうるさい口を閉じなさいウィーズリー」

 

 真夜中の廊下、消灯時間は既に過ぎているが、私たちは物陰でハッフルパフ寮の入り口を監視していた。本来であれば寮にいなければ校則違反だ。しかしルール違反とはバレなければいいんです。私含む四人分の変わり身を各々の部屋に寝かせているので同室の子たちにバレる心配はありませんし、目くらまし術をかけているので声を出したりぶつかったりしなければ誰かに見つかることもありません。

 

「こんな高等魔術いつ身につけたのよあなた」

「日本の防衛魔法は一撃必殺、ヒットアンドアウェイが主なので必修魔法なんです。マホウトコロの生徒はみんな使えますよ」

 

 すごい人だと空気の揺らぎもなく完全にその場に擬態する人もいる。うちの校長とか昔は有名な暗殺者だったとかいう噂もありますし、この魔法は究めれば究めるだけその隠蔽能力が上がるのだ。

 そうこうしている内に、ハッフルパフ寮の入り口から誰かが出てきた。セドリックだ。

 

「うそ、ディゴリー君……?」

「当たってほしくありませんでしたがやはり来ましたか。追いかけましょう」

 

 ゆらゆらと覚束ない足で歩いていくセドリックのあとを尾行した。

 

「しっかしあいつが夢遊病持ちだとはな。これを知ったらファンの女子たちは悲鳴をあげるぜ」

「セドリックが夜中に歩き回るようになったのは恐らく最近のはずです、そしてこれからそれをさせないようにするのでそれに関しては心配いりません」

「心配いらないって……って、彼どこに向かってるのよ、あっちは……」

 

 セドリックが向かう先は校外の森、禁じられた森だった。下級生が入ることは校則で禁じられている。それにも関わらずセドリックは森の中へと入っていく。

 

「ちょっと、本当に彼おかしくなっちゃったの?」

「実際今のセドリックは一種の錯乱呪文をかけられている状態なので正気ではありません。そんな状態で森の危険生物に襲われたら無事では済まないので追いかけましょう」

「バカ、無事で済まないのは私たちも一緒よ。大人しく先生を呼びましょう?事情を話せば罰も軽くなるわよ」

「それには及びません、私が何も無策で来たとお思いですか?」

 

 ローブの中から出したのはスプレー缶。それをみたフレッドとジョージがそういうことかと目を見合わせてにやりと笑い、同じくローブからスプレー缶を取り出した。未だ状況の飲み込めないソニアにスプレー缶を握らせて彼女の手を引いた。

 

「さぁ、まずは外来生物の駆除です。行きますよソニア!」

「ちょっと!?」

 

 

 

 禁じられた森が立ち入り禁止になっている理由はいくつかあるが、大きな理由が危険な魔法動物がうじゃうじゃいるからだ。その内の一つ、特定危険魔法動物に指定されている巨大蜘蛛がこの森には生息していた。致死性の毒を持ち、吐く糸は鋼鉄のように固く千切れない。そしてその圧倒的な数。これらによって禁じられた森のヒエラルキーの頂点に立つあまりにも危険な動物、それがアクロマンチュラだった。今回も餌が迷い込んできたと蜘蛛たちは巣から這い上がってくる。その凶牙が子供たちに今襲い掛からんとしていた。

 

「はい駆除」

 

 プシュー、とスプレー缶から噴き出た霧がとびかかる蜘蛛に降りかかる。蜘蛛は勢いを無くして地面に落ち、しばらく痙攣してから動かなくなった。

 

「効果は絶大、絶命するまで少々時間はかかりますが許容範囲内ですね」

「「俺たちの研究の賜物だな」」

「あんたたち、なんてもの作ってんのよ……」

 

 なんてものとはなんですか。これは双子と共に共同開発した殺虫剤、名付けてスグコロースジェットです。効果は今見てもらった通り、巨大な危険魔法動物でもイチコロです。少々材料のコストが高くて量産はまだできていませんが。いずれ大量生産、販売につなげることができれば魔法界で大ヒット間違いなしです。

「「そしたら俺たち大金持ちだ!」」

「もちろん特許は取りますよ、いずれはイギリスだけでなく世界中に……」

「……スネイプ先生にバレたら無事じゃ済まなさそうね」

 

 呆れた目で盛り上がる三人を見つめていたソニアだが、彼女も手にしたスプレーとステュ―ピファイで蜘蛛たちを蹴散らしていた。

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりと、夢うつつの中、霧の広がる森を歩く。さっきまで自分は何をしていたのだったか、何も覚えていない。気付いた時にはぽきりと自分の足で小枝を踏む音以外、何も聞こえない霧の海をただただ彷徨っていた。

 

『おいで、おいで』

「……誰?」

 

 ふと声がした。女性なのか、男性なのか、どっちもかもしれないし、どっちでもないかもしれない声。訪ねても声の主は返事をしない。

 するとさっきまで薄暗かった霧の中にぼんやりと明かりがいくつも灯る。赤、青、黄、ピンク、オレンジ。カラフルで不規則に宙を舞うそれらは僕の周りを囲うとある方向に向かっていく。

 

『おいで、おいで』

 

 また声がした。どこかで聞いたことのある声。僕は、この声をどこかで……

 一歩、一歩、誘われるように足を踏み出す。進めば進むほど明かりは眩しくなっていく。周りの明かりじゃない。もっと大きい、青白い光だ。

 

『おいで、おいで』

 

 そこには大きな木があった。幹には大きな洞が開いており、地面の下へと続いている。青白い光は下から漏れているようだった。周りの光たちが次々にそこへ降りていく。おいでと言われる声も下から聞こえてくるようだった。でも駄目だ、僕、父さんが待ってるから。

 

『おいで、セドリック』

 

 父さんの、声だ。そっか、そっちにいたんだね。ごめん、僕もう逸れないから、勝手にブラッジャーを追いかけたりなんてしないから、だから、お家に帰らせて。

 地下にいる柔和な笑みを浮かべる父に向かって、洞の中に入ろうとした。

 

「セドリック!」

 

 肩を掴まれた感触がした。

 

 

 

 

 

 

 パジャマにしわができるくらい強く、全員で彼の肩を掴んで引き戻す。どさっと、力なく倒れた彼はまだ夢うつつといった感じだったがしばらくするとパチパチと瞬きを繰り返して私たちの顔を順番に見た。

 

「ホンジョウ、フレッド、ジョージ、それに、ロングボトム?なんで君らが……それにここは」

「ここは禁じられた森です。あなたは夜中に寮を抜け出して自分の足でここまで来たんですよ。私たちは追いかけてきたんです」

「禁じられた森……!そうだ、父さん、あっちで父さんが待ってるんだ!」

 

 突如ガバリと起き上がり、セドリックはさっきまで立っていた木の前まで行く。しかしすぐに肩を落として落ち込んだ様子になった。

 

「ない、洞が、ない」

「洞?最初からこの木に洞なんてなかったぜ」

「きっと夢でも見てたんだろ、ほらセドリック、よいこの坊ちゃんはもう帰る時間だぜ、ほら」

 

 もう帰ろうとジョージがセドリックの手を掴んだ。しかしセドリックは項垂れるだけで動こうとはしない。彼のそんな様子に一同は怪訝な顔をした。

 

「本当に、ディゴリー君はどうしちゃったの?寮を抜け出したこともだし、洞?もないのに木から離れようとしないなんて」

「それに関しては後で説明します。セドリック、ひとまず今夜は帰りましょう。貴方のお父さんはそちらにはいませんから大丈夫ですよ、全部夢だったんです」

 

 桜がそう言うと、ようやくセドリックは緩慢とだが歩き始める。彼の歩幅に合わせて全員はゆっくりと、森の出口へと向かった。

 

 

 

 翌日、桜に腕を引かれて四人の輪の中にセドリックは座らせられた。セドリックは昨夜ほどではないが変わらずぼーっとした様子である。パンッと、桜が両手を合わせて手を叩いた。

 

「それでは、昨夜のことも含めて説明します。ただしあくまでこれは私の予想から導き出した仮説にすぎないということを覚えておいてください」

 

 そう前置きをしてから桜は一息吸って話を始めた。

 

「まず最近のセドリックの様子についてです。彼は妖精の魔術にかかっていました」

「妖精……?なんで急に妖精?」

「それを説明するには彼の過去に触れなくてはなりません。セドリック、確かあなたは三年前に行方不明になったと聞きましたが、本当ですか?」

 

 こくりと、セドリックは頷く。詳しく聞いても?と聞けば彼はまた一つ頷いた。

 

「僕が、八歳の時だ。父さんに連れられてスコットランドに旅行に行った時だ。ちょうどそこでクディッチの試合が行われていて、子供相手に選手たちが遊んでくれていたんだ。僕も一緒に遊んでいた。でも途中でブラッジャーが逃げ出しちゃって、誰も気づいていない様だったから僕一人で追いかけたんだ」

 

 ぽつり、ぽつりと溢すようにセドリックは話す。三年前の話だというが彼はゆっくりでもその全てを端から丁寧に話す。まるですべてを鮮明に覚えている様に。

 

「それで、気付いたら僕は森の中にいた。迷子になったんだ。霧が濃くて、どこから入って来たかも分からなくてとにかく我武者羅に走ったよ。そしたら、声が聞こえたんだ。女の人と、男の人の声だった。呼ばれるままに進んでいったら、いつの間にか自分の家の前にいたんだ。不思議だよね、僕ん家、スコットランドから随分離れたところにあるのにね。それで家から父さんが飛び出てきて僕のことを泣きながら抱きしめたんだ。後から僕がいなくなってから半年たってたって聞いたんだ。あの森に僕はたった数時間しかいなかったはずなのに」

 

 おかしいよね、本当。そう無表情で語る彼からは普段の朗らかな笑みは消えている。こっちが通常運転だとでもいうように、まるで無感動な機械がそこに佇んでいるようだった。

 桜はこれで納得いったという風に頷く。

 

「やはりそうでしたか……みなさん、日本にはとある都市伝説があることをご存じですか?」

 

 神隠し、と呼ばれるそれは、日本では有名な伝説だった。人が忽然とその場から姿を消す。何の痕跡もなく、まるで最初からその場にいなかったように姿を消すのだ。その人は帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれない。原因は天狗や神様が攫ったともいわれ、日本人の間では子供に知らない場所に行ってはいけないと言い聞かせるように作られた話でもあった。

 

「実際、日本魔法界ではいなくなる人はそう珍しくないんです。妖怪かはたまた神様に攫われたか。気に入った者はこちらの領分関係なく無理にでも攫うようなものが多くいるので一概に都市伝説だ、とは言えないんです。帰ってくる人も帰ってこない人もいる。ですが帰ってきた者は皆口をそろえて言います。『そんなに時間が経っていたのか』と」

「……似てるわね、ディゴリー君の話と」

「はい、とても酷似しているんです。私はあまり欧州の伝説に関して詳しくありません。ですからここ最近調べた知識でしか語れませんが。結論を言えば、恐らく当時のセドリックは妖精に攫われたのではないでしょうか」

 

 ヨーロッパに伝わる妖精、それは人間が台頭してくるずっと前の大昔、神代と呼ばれる神秘が色濃く残る時代にいた伝説のもの。現代でもちらほらと見かけはするがもうあまり目にすることはなくなったものだった。曰く、妖精たちは悪戯好きでよく人間の子供をからかって遊ぶのだとか。もし遊びの範疇ではなく、本気で彼らが気に入った人間がいたとしたら。

 

「セドリックが聞いた女の人と男の人の声というのは、十中八九妖精女王ティターニアと妖精王オベロンではないでしょうか。今回、彼らに呼ばれていたからセドリックは自分の意志とは関係なく森へと向かったんです」

 

 きっと、セドリックはあちらの者に好かれやすい性質なのだ。日本にも何人かそういう者はいた。しかし随分と大物に目をつけられたものだと同情の目を彼に寄こす。

 

「今はハロウィン間近、あちらとこちらが繋がる狭間の季節。しかもここホグワーツは世界でも有数の霊脈の一つ。様々な条件が重なって、私たちが暮らす世界と妖精の国が繋がってしまったんです。セドリックが見たと言っていた洞はきっとあの世とこの世をつなぐ入り口だったのでしょう」

「じゃあ、もしあのままセドリックを引き留めなきゃ……」

「……もう二度と帰らぬ人になってたと思います」

 

 しんと、辺りが静まり返る。全員がひりつき緊張で背筋を伸ばした。もし彼を追いかけていなければ、もし彼を引き留めるのが少しでも遅れていれば。ここにセドリックは居なかったかもしれない。当の本人は顔色一つ変えないのが余計不気味だった。

 そして話をもう一度切り出したのはそのセドリックからだった。

 

「じゃあ、僕が幼い頃と性格が変わったのも妖精のせい?」

「はい、さすが、鋭いですね」

 

 え、と三人の視線がセドリックに突き刺さった。

 

「ごめん、隠してた。ずっと笑って人当たりの良いセドリックは昔の僕なんだ。今の僕はこっちが素だ」

「妖精に一度触れられたものは心を奪われるそうです。今のセドリックは何にも、喜びも悲しみも怒りさえも感じることはできません」

 

 困ったように眉を下げてそう言う桜の話に、三人は信じられないと言った顔をする。まさか、じゃあ今までの、誰にでも分け隔てなく、朗らかに接するあの姿は全部演技だったとでもいうのか。

 

「彼の演じ方がうますぎて今の今まで気づきませんでした。もし感情の欠落に気付いていればもっとはやくに対策できていたのですが……」

 

 これに関しては私の知識不足からきた怠慢である。もっとヨーロッパの伝説について調べておけば、同じ寮の男の子の異変にだっていち早く気付けていたはずなのに。

 

「ホンジョウがそこまで気に病むことないよ。父さんだって僕の事には気付かなかったんだから」

 

 だから、みんな、僕のことを助けてくれてありがとう。

 一ミリたりとも口角は上がっていない。目は氷のように温度を持たないし、抑揚のないそれはいつもの彼から出た声とは思えなかった。それでもこの言葉が彼の本心からだということはその場の全員が理解した。

 和らいだ空気の中で桜は考えていたもう一つの仮定を話すことを決める。

 

「実は、妖精による感情の欠落は永久ではないんです」

 

 セドリックが成人していないのが幸いでした。第二次成長期を迎えれば前頭葉の働きはもっと活発になります。つまり、思春期を迎えればまだ精神の成長は促せるはずです。それには相応の人間関係を積んで刺激を増やす必要がありますけれど……

 

「じゃあ解決だな、なにせここにいるのは」

「天才留学生と、おっかないゴーント家のお嬢様、そして」

「「悪戯好きの俺たちさ!刺激は十分だろ?」」

 

 退屈な優等生も爆笑間違いなしさ!そう言って双子はセドリックの両方から肩を組む。こういう時二人の陽気な性格には救われます。相も変わらずセドリックの表情は鉄仮面みたいですが。

 それでもほんの僅かだけ、セドリックの表情が和らぐのに彼らは気づけない。それに気付けるようになるのは彼らが共に過ごすようになってから一年後のことだった。




・セドリック・ディゴリー
 幼少期に妖精に攫われそれが原因で感情の一部を欠落する。感情はこれからの情操教育によって補填可能。作中で言及はしていないが唯一彼が心を動かされた人間が彼の父親、エイモス・ディゴリーである。エイモスの存在がセドリックが現世に置いてきた未練となり彼を繋ぎ止める楔となっていた。
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